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当ブログのSSは女性への暴力行為(いわゆるリョナ的な)の描写を含む場合があります。嘔吐や流血などの表現に現実を見失う方は閲覧をご遠慮ください。 登場人物などは全てフィクションです。存在するわけがありません。

●お知らせ(2023/10/25)
・【skeb】リコリス・リコイル ―井ノ上たきなの拷問記録―

■マシュマロ
※コメント書きづらい内容とか質問など何にでも使ってください。Twitterで返事する場合があります。

■skeb■
※リクエストは是非skebをご利用ください。リョナや腹責め以外でもお好きにどうぞ。 ※停止中の場合、しばらく作業期間に入っています。

目次

女の子がズタボロになってるシーンを手っ取り早く読みたい方は★マークをどうぞ。

『花びらたち』
★序
1-1 ★1-2
★2-1 2-2 ★2-3 ★2-4 ★2-4(BAD) 2-5
★3-1 3-2 ★3-3 3-4 ★3-5 ★3-5(BAD)
★4-1 4-2 ★4-3 ★4-4 ★4-5 ★4-6
5-1 5-2 5-3 5-4 ★5-4(BAD) 5-5
―連続短編―

魔法少女リューコ ★その1 ★その2
果汁系戦士アップルハート ★第1話 ★第2話 ★第3話 ★第4話 ★第5話
果汁系戦士アップルハート・リブート 第1話 ★第2話 ★第3話 ★第4話

―1話完結―
★博士と責め子ちゃん
★NHK
★女王ステラ
★悪魔っ娘サーたん
★シチュエーションプレイ
★がんばれデスアロマ
★スーパーヒロインの資格 ★スーパーヒロインの敗北
★光の国のルナ
★ある日の望月星華
★ウルトラスイマー・ミウ
★未知との遭遇
★おにはそと、ふくはうち
★不良少女あずき
★スカーレット夫妻
★アリス姫の願望
★魔法少女マヤ
★スイート・キャンディ
★少女騎士レイナ
★金と黄の交差
★設定屋さん
★空手美少女アユミ
★赤髪メイジのキティ
★超戦姫マイティ・キッス
★速攻 ―くのいち姉妹―
★大庭こころは諦めない
★エルフ少女リリィの腹責め快楽調教記
★スーパーヒロインライバー・アイカ
―二次創作―
★ポケモンBW2女主人公
★マリィの受難

―skebリクエスト―
★新堂恵美は目を逸らさない
★花びらたち ―カトレア外伝―
★女騎士ジュリアの姿
★不良JK伊藤玲奈
★琴無千鶴VSボクサー
★超戦姫ジャスティスレッド
★母なる女戦士リオ
★琴無千鶴への拷問記録
★超戦姫ジャスティスレッド2 ―VS怪人ガイー
★ソルジャーピンク大ピンチ!
★女冒険者リサ
★花びらたち ―モミジの憧れ―
★デート・ア・ライブ ―崇宮真那への拷問記録―
★正義のヒロイン・ナイトレディ
★琴無千鶴の試合記録
★スタージェムライダーの敗北
★鏡面界に響く呻き声 ―美遊・エーデルフェルトー
★プリンセスコネクト!Re:Dive ―リンの受難―
★リコリス・リコイル ―井ノ上たきなの拷問記録―

【skeb】リコリス・リコイル ―井ノ上たきなの拷問記録―

skebを納品しました。リクエストありがとうございます。
千束を人質に取られてしまったたきなが、おなかを好き放題殴られる話です。
https://skeb.jp/@otoha_39/works/22
==============================
銃を手にした二人の少女が、とある廃ビルに潜入した。
 とは言っても彼女たちの姿は学校の制服と思われる衣服に通学鞄を背負っている。誰がどう見ても『女子高生』だが、それはあくまで表向きの姿であった。

「……やけに手薄ですね」

 スミス&ウェッソンM&Pを装備している少女――井ノ上たきなは、難なく潜入できたことに少なからず違和感を抱く。
 黒髪のロングヘアは柔らかく艶やか。十六歳だが同年代と比べても大人びた雰囲気なのは、美少女と言って差し支えないほど整った顔立ちで、声色も落ち着いているからだろう。
 加えて、周囲を気配を視線と肌で探ろうとする姿は、明らかに女子高生の度を超えていた。

「ありゃ、もう逃げちゃったんかな? たきながこっわ~い顔で入ってくるから~」

 たきなの隣で、白に近い黄色のボブカットの少女が面白そうに笑っている。
 錦木千束――彼女はたきなの一つ年上だが、感情豊かな表情や言動がたきなとはまるで違う。いかにも女子高生と言える溌剌とした印象ではあるものの、拳銃を手にしているせいで、やはりただの少女ではないことが分かるだろう。

「私はいつもこういう顔です」
「そお? なんかお金に切羽詰まって必死になってる顔だよ?」
「……千束、分かってて言ってますよね?」

 じろり、と千束へ視線を投げかけながら、たきなは心の中でため息を吐いた。
 二人は、『リコリス』である。その単語は一般的には知られていないし、学校の教諭や法律家に聞いたとしても首を傾げるだろう。
 リコリスとは、秘密組織DAのエージェントである。日本は世界的に治安が良すぎると言われる国であるが、それはDAが裏で凶悪なテロリストなどをひそかに暗殺し、未然に犯罪を防いでいるからだ。

「あ、あっはは、はい、分かってます、分かってますよー! ごめんてたきな~! そんな顔しないでって~!」

 千束はばつが悪そうに苦笑している。それもそのはず、発砲をほとんど禁じられているからだった。
 命大事に、が心情である彼女の銃には、実弾ではなく特殊な非殺傷弾が入っている。命中すれば激痛必至であるものの、実弾と比べれば即効性に劣るのも事実だった。
 だから、こうして任務における弾の消費量がたきなよりも遥かに多い。表向きはカフェとして経営しているDAの支部『喫茶リコリコ』の支出は、今や依頼の報酬を合算しても赤字経営であった。

(一度外に出て確認する……? いや、そうしている間に逃走されるかもしれない)

 喫茶リコリコの経理担当を名乗り出たたきなとしては、なんとしても依頼を達成し報酬を得なければならないのだった。

「ともかく、敵を逃がすわけにはいきません。進みましょう」
「お金貰えないもんねー。よーし、私、今日は一発も撃ちません!」
「本当ですか? どうやって敵を無力化するんです?」
「そりゃー、ホワチャッ! アチョーッ! って感じに」
「格闘戦でも構いませんが、できるだけ怪我しないようにお願いします。手当てにもお金がかかりますから」
「わーかってますってー。千束さんに任せなさーい!」

 そうしてこのまま任務続行と判断したたきなは、千束と共に奥へと歩を進める。
 この廃ビルは老朽化が進んでおり、空気も悪く薄暗い。できるだけ足音を立てないようにしながら、二人は内部を捜索した。

「ここが最後だね。たきな」

 銃を構えつつ、千束とアイコンタクトを取る。扉を開けるのはたきなだ。
 相棒のうなずきを確認すると、たきなはボロボロになっている木製の扉を、強引に蹴破った。
 カチッとスイッチが入るような音がたきなの鼓膜を叩く。

「っ!?」

 同時に、部屋の四隅からおびただしい量のガスが音をたてて吹き出し始めた。
 鼻腔を突いた匂いに、たきなは咄嗟に口元を押さえたが、もう遅かった。

(まず、睡眠ガス……!)

 ほんのわずかではあるものの、そのガスの効力は人間一人の意識を奪うには、十分であった。
 ぐらり、と視界が揺れる。脳がふわふわと浮かび上がるような感覚に陥って、たきなは足元がおぼつかなくなり始めた。

(千束…・…!)

 ガスが充満する薄暗い部屋の中。目をこらすたきなの視界に、床へと倒れ込む千束のシルエットが映っていた。

(ちさ、と……)

 彼女の身体を支えることもできずに。
 なんとか自分の意識を保たせようとしたが、瞼が自然と重くなる。乗り物に酔ったかのように、視界がゆらゆら揺れている。
 数秒と持たずに、たきなも倒れるようにして眠りへと落ちていった。

============

 頭から上半身にかけて冷たいものが走り抜け、たきなは目を覚ました。

「――――ッ、あ」

 ポタ、ポタ、と黒い髪の先から雫が落ちている。水の中、というわけではない。頭から思い切り水を浴びせられたのだ。
 グッ、と力を入れるも、両腕が動かないことに気づいた。少しぼやけている視界の中で、彼女は己の状況を素早く確認した。

(手錠――天井に繋がっている――)

 両手首は拘束されており、万歳に近い恰好。眠っていて体重がかかっていたせいか、手首が少しヒリヒリする。

「目が覚めたか? おい?」

 目の前の男が顔を覗き込んできた。
 金髪をオールバックにした、二十代前半ほどの若い男性だ。彼は手に緑色のホースを持っている。いま水をかけてきたのも彼だろう。足元にはバケツが転がっている。
 たきなは目覚めたばかりの意識をすぐに奮い立たせ、現状の把握につとめた。天井には小さな電球がいくつかあるだけで薄暗いが、暗闇というほどでもない。
 金髪の男のほかには、スキンヘッドの男もいる。そいつは拳銃を手にしており、たきなとは違う方向に銃口を向けていた。
 その銃口の先。たきなから数歩先で雑に設置されている簡易ベッドがあり、そこには赤い制服を着た少女が横たわっている。

「ち――ッ!」

 千束の名前を呼ぼうとして、咄嗟に口を閉じた。自分たちは極秘の治安組織DAの人員だ。名前を知られるわけにはいかない。
 たきなが見た限りでは、外傷はない。わずかだが呼吸による肩の上下も確認でき――

「……くかー、んにゅ……」

 むしろ、よだれを垂らして爆睡している有り様であった。

(ガスを吸って、どうしてそんなに気持ち良さそうなんですか――!)

 呆れる思いを抱きながらも、現状の危険度を自覚する。
 自分と千束は拘束されており、周囲に銃も落ちていない。かつ、千束はもう一人の男がトリガーを引くだけで命を奪える状況だ。
 普通の女子高生であれば、こんな窮地になればパニックになるところだが――リコリスである井ノ上たきなは、極めて冷静であった。

「ハッ、やっぱただの学生じゃないってか。マジで殺し屋なのか? JKに見えるけど、ホントはもっと歳いってたりすんのかな?」
「と、東堂サン、あんまり刺激しない方が……」

 金髪男は東堂と言うらしい。名前を軽々しく口にするところから、さほどレベルの高い武装集団ではなさそうだ、とたきなは結論付けた。それにしても、スキンヘッドの方が見た目が怖い方だし、体格も良いのだが、少し臆病そうな声色がなんとも拍子抜けだ。

「あ? ビビってんなよまったく。銃は取り上げてんだから、何もできやしねーよ」

 東堂はほくそ笑みながら、たきなの身体を舐め回すように視線を巡らせている。
 たきなはつとめて冷静に、彼らの要求を伺った。

「……目的は?」
「チッ、この女ぜんぜん怖がらねーな……」

 くい、と東堂は顎で示すと、スキンヘッドの男が銃口を千束に向けた。

「――ッ!」

 その瞬間、たきなの目が一瞬揺れて、頭の上で手錠の鎖がガシャリと音を立てた。
 わずかな彼女の反応に、東堂はひひっ、と小さく笑う。

「さすがにお友達は大事ってわけだ。安心しろ、まだ殺さねえ――お前次第だけどな」

 助けも呼べない一室。男が女を抵抗できないようにして、何を望むかなんて誰しも見当がつくだろう。
 男たちがこの後、自分たちを殺さないという保障もないが……わずかでも可能性があるなら、身体をどうにかされたところで、何ということはない。たきなはそう考えていた。
 もとより、殺人さえ許可されているのがリコリスだ。たきな自身も命を危険に曝け出す任務を請け負っているし、死ぬ覚悟なんて常日頃からできている。
 そんな日常からかけ離れた特異な存在が、今さら貞操を失うことに関して、純粋な少女のように取り乱すことなんてするわけもなかった。

「……分かりました。私の身体を好きにして構いません」

 だから、彼らの言いなりになりつつも、たきなの瞳は一切濁らなかった。声も震わせず、意志の強さがまざまざと表れている。
 チッ、と東堂は再びつまらなそうに舌打ちした。

「強気な女だ。まあいい……弱っていくところを見んのも良いもんだからな」

 彼はそう言うと、薄汚れたワイシャツを脱ぎ始めた。
 たきなの視界に東堂に肉体が映り込み、思わず彼女は息をのんだ。
 たくましく、分厚い体をまとっていた。腹筋は見事に割れており、腕は血管が浮いて見えるほどの筋肉が張り付いている。
 たきなもリコリスとして身体は鍛えているものの、到底たどり着けない領域のボディだろう。これほどの肉体にこれからされる行為を考え、一瞬だが不安な思いがよぎる。

(ううん、関係ない。そんな肉欲なんかに――)

 弱気な表情を見せれば付け込まれる――たきなはマイナスの思考をシャットアウトして、拘束されていながらも胸を張り、決意に満ちた瞳を宿した。
 主導権を握られてはいけないと、彼女は東堂を睨みながら告げる。

「あいにく私は手が塞がっています。脱がすならお前が――」
「ああ? ――おいおい、何を勘違いしてるか知らねえけどよ」

 筋骨隆々な金髪の男が、肩に片手を添えてきて――その瞬間に、たきなの腹部に鈍痛が走った。

「ぅぐッ……!?」

 ズン、という音。部屋に鳴り響いたそれは、殴打である。
 力強い光を灯していた瞳が一瞬驚愕の色に見開かれ、直後、苦痛に淀んだ。
 たきなの身体が「く」の字にやや曲がっている。彼女の視界に映ったのは、自分の腹部に突き刺さっている、筋肉質な男の腕だった。
 
「っ、げほっ……! けふっ、かッ……は……!」

 少女が苦しげに咳き込む声と、手錠の鎖が揺れる音が響き渡る。
 拳が引き抜かれてもなお、腹部の痛みはズキズキと後を残しており、たきなは前傾姿勢を戻すことができないでいた。

「なにを期待してたんだ? お前みたいなガキだとヤるわけねえだ――ろ!」
「あ゛うっ――!?」

 ドグッ! と再び腹部に拳が叩き込まれると、たきなの薄い唇から唾液がわずかに飛んだ。
 身体の中心から波紋のように広がる痛み。黒髪のリコリスは突然の暴力行為に、思考を鈍らせていた。

「あっちの女に手を出されたくなかったらな、俺らが飽きるまで弱音も吐かずに耐えきってみせろ。そうすりゃ解放してやるよ。だけどな――」

 黒髪を掴み上げられ、たきなの鼻先と触れそうなほど顔を近づけてくる。

「くっ……!」
「てめえの心が折れたら、目の前であの女を殺す。分かったか?」

 腹部の鈍痛に歯を嚙みながら、たきなは彼の言葉に従う。もとより、それ以外の選択肢は今のところ存在しない。せめて、千束が目を覚ましていてくれれば、まだやりようはあったのだが。
 ともかく、この男は強姦するつもりがないらしい。たきな自身は自覚していなかったが、心の奥底では少なからず安堵していた。少女として。
 
(耐えればいいだけなら……)
 
 リコリスは秘密組織のエージェント。当然、一般的な運動神経や肉体では勤まらない。
 たきな自身も喫茶リコリコで働く傍ら、射撃のほかに肉体的なトレーニングにも余念がない。筋肉や体力は、同年代の女子高生と比べるまでもないだろう。
 また、リコリスは一般人には知られていない――間違っても知られてはいけない存在だ。DAの情報が漏れるなんてことがあれば、それは日本全体に影響を及ぼし、歴史的な事件を引き起こしかねない。
 だから、リコリスは拷問に対する訓練さえ怠らない。どんなに痛めつけられたって、一切口を割ることがない強靭な精神も持ち合わせている。

(殴るだけなら、たいしたことない)

 そう、東堂がやろうとしているのは、ただの殴打だ。爪を剝いだり、火や電気で責められるようなものではない。

「レイプは勘弁してやってんだ。せいぜいがんばれよ!」
 
 東堂の腕がグッと引き絞られていく――狙いはやはり腹だ。
 たきなは呼吸を整え、少しの酸素を取り込んでから腹筋に力を込めた。攻撃される箇所が分かっているなら、抵抗もしやすい。両手は拘束されているためガードできないが、威力をほぼ軽減させられるだろう。先ほどは不意打ちのようなかたちだったが、次はそうはいかない。
 シュッ、と小さな呼気が東堂の口からこぼれた。なんの小細工もない真正面からのボディブローが、真っすぐ打ち放たれる。

 ドッ!!
「う゛ぅッ……!!」

 表情が、確実に苦へと変化した。着弾の瞬間、堪え切れない呻き声が漏れる。
 たきなが固めた腹筋は、拳へと確かに抵抗を示していたのは事実。しかし、分厚い筋肉の腕から放たれたパンチは、十六歳の少女の肉体では、防ぎきれない威力を持っていたのだった。

「かはっ! げほッ! く、かッ――ァは――ッ!!」
「はーん、よく鍛えてんじゃん。やっぱ殺し屋はちげーな」

 三発目の感触から、東堂はたきなの抵抗にも気づいたようだ。ひひ、と楽しげに笑うと、さらに追加の一撃を加える。
 今度は横から、フック気味に放たれる拳。それは、やや鍛えにくい内腹斜筋を狙っていた。
 ドムッ、と少女の肉体を容赦なく打つ音が響く。

「ふっぐゥ!? あ゛はッ……!! げはッ、う゛、ぁッ――――!!」

 脇腹の内側へと突き刺さったボディフックは、たきなの内腹斜筋をグリッと歪ませていた。衝撃が肌と肉を突き抜け、内側の肝臓にまで響き渡る。

「どうした、おい? 威勢の良さはどこ行ったんだぁオイ!」

 たきなの呻き声と咳き込む姿に気をよくしたのか、東堂も興奮を抑えきれないようであった。彼は空いていた左手も固く握りしめると、左右の連打を少女へと浴びせ始める。

 ドッ! グブッ! ボクッ!
「お゛ぐぅ!? っ……ぐぇ……! ぇ゛ほッ……けほっ! ご、ふッ……!?」

 正中線を拳で連打され、そのたびにしなやかな肢体がくの字に曲がる。
 手始めこそ固めた腹筋によりダメージをいくらか削いでいたものの、何度も殴られれば抵抗力を失っていくのは必然だった。
 なんとか跳ね返すような音だった殴打音は、次第にくぐもった音に変化していき、肉を凹ませるような重低音に移り変わる。

(ただのボディブローなのに……!)

 歯を食いしばって耐えようとするものの、拳が打ち込まれるたびに口が勝手に開かれ、呻き声をこぼしてしまう。その声は次第に十六歳の少女とは思えないほど、苦悶な色に染まり始めた。

(お腹が、こんなに苦しいなんて……!)

 格闘戦の訓練を行っていないわけではない。銃撃戦を主とする以上は要求される肉体のハードルも高く、仮に実弾を脚や腕に受けたとしても、すぐに行動不能になるようなヤワな精神力でもない。
 しかし、腹部への殴打による痛みは、死に直結しないにしろ――じわじわと彼女の身体を軋ませ、逃れようのない苦痛を味わわされていた。想像していたよりも遥かに。

「ぇ゛ほっ、かはッ――! はあ――けふッ! はあ、はあ――」
「どうした、おい。腹がやわっこくなってるぞ? もう限界か?」

 五、六発と連打を浴びせた東堂が、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを張り付けている。
 たきなは咳き込みながらも、視線を上げて男を睨み返した。その瞳の色はまだ決意に満ちており、ほとんど濁っていない。東堂が少し怯んでいるくらいだ。

「おっかねえガキだな……! おい、ホースつけて水を出せ」
「水っすか? へ、へい!」

 スキンヘッドの男が指示されたとおり、左側の壁に備え付けられている洗面器に歩み寄った。
 足元に転がっている緑色のホースを蛇口に繋げると、めいっぱい蛇口を捻る。水音がなり始めて、ホースの先から水が勢いよく溢れ出した。

「喉が渇いたろ? これでも飲みな」
「な、なにを言っ――うッ!?」

 戸惑うたきなの腹に、東堂は容赦なく拳をめり込ませた。メリッ、と腹部の中央に硬い拳が埋まり、再び口から唾液の飛沫が飛ぶ。
 痛撃に目を見開き、顎を突き出すたきな。酸素を求めようとしたとき、ホースの先が強引に口の中に押し込まれる。

「む゛ッ――!? んぐッ!! お゛っ、ごぷッ! ぐぅ、ぷッ!!」

 ホースから噴き出る水の勢いが強く、即座に口内は水で満杯になった。
 たきなの喉が、上から下へ脈動する。腹を殴られたことで酸素を取り込もうとしていたから、彼女は抵抗する間もなく水をゴクリと飲み込んでしまったのだ。

「んくッ! ごくッ、んっくッ!! ごフッ、ごくン! ぐぶふッ――!!」

 一度飲み込んだことで身体が受け入れる態勢に入ってしまい、口に注ぎ込まれる水を次々と嚥下してしまう。それでも、水の勢いは強すぎて、飲み込めない分は口から溢れ出していた。
 時折、ビクッビクッと身体を震わせながら、たきなは満足に抵抗することもできずに水を胃へと流し込んでいった。
 
(無理――! もう入らない――! 苦しい――!)
「よし、こんなところか」

 東堂は一つ頷くと、ホースを引き抜いて床に放り投げる。

「あ゛はッ! ぇぇほっ! げっほッ、げほッ――! はあっ、はっ、けふッッ――」

 ようやく水責めから解放されたたきなは、肩を激しく上下させながら咳き込んだ。飲み切れずに溢れ出した水は首元と制服を濡らし、ポタポタと床に雫を垂らしている。
 この部屋には時計がなく、どれくらいの時間で飲まされ続けたかは分からない――たきなはウエストのベルトがきついと感じるほど、腹腔内が膨張していることを自覚していた。相当な量を飲み込んでしまったようだ。

「腹いっぱいでキツいか? やっぱ殺し屋の女でも腹が出るのは恥ずいってか?」
「けほっ、けほっ! いったい、なにを、考えて――」
「安心しな。すぐにもとの腹に戻してやるからよ」

 そう告げた東堂は、右の拳を握りしめると、たきなの腹部へピトリと押し当てた。
 ヒヤリとした感覚が背筋を通り抜ける。任務中でも決して取り乱すことのないたきなは、このとき確かに恐怖を感じていた。

「あ、やっ――」

 意図せず「やめて」と零しそうになった。銃を突きつけられても怖気づかないリコリスが――単なる拳に怯えている。
 ただ、たきなは寸前のところで口を固く閉じた。弱音な意思を見せれば、千束が殺されてしまう――この絶望的な状況を打破するチャンスを伺うためにも、今は耐えるしかないのだ。
 少し震えた瞳に、再び光が灯される。絶対に負けないという意思の表れが、東堂を睨みつけている。

「チッ、生意気な目しやがってェ――!」

 添えられていた拳が離され、東堂の腕が大きく引き絞られた。彼の腕は幾分、先ほどまでより血管が浮き出ており、さらに力が込められているであろうことが伺える。
 ベルトがキツいくらいに張っている腹部を、たきなは全身を使って腹筋を形成しようと試みた。呼吸を止め、歯を食いしばる。

「おらあァァッッ!!」

 ヒュッ、と拳が空気を切る音。たきなは男の腕が猛然と迫り来る光景を、目を逸らさずしっかり睨みつけていた。
 掬い上げるような打撃は、ボディアッパーの軌道。東堂の拳は的確に、たきなの腹を突き上げた。
 
 ドプッ――
「んう゛ッ……!!」

 殴打の音より先に、水音が聞こえた気がした。東堂の拳が着弾した瞬間、胃の中の水が振動で揺れたのだ。
 耐えようと力を込めていたたきなだったが――大量の水で膨らんだ腹では、土台無理な話であった。
 彼女の制服の中央に、拳が沈み込んでいく。目を見開いたたきなの視界に、メリメリと自分の腹の中へと突き進んでくる拳が映っていた。

(あ゛――ッ、お腹に、食い込んで――)

 着弾時には拳の半分ほどだったが、東堂が呼気を吐きながら力を注ぎ込むと、ズボリと手首の近くまで一気にめり込んだ。
 水が満たされている胃袋に、固い拳が埋まる感覚。
 パンパンに張った胃袋の壁が、外側から強引に歪められた。水がチャプンと音をたて、胃の形を変えられたことで行き場をなくしてしまう。
 ごぽっ、という音と共に、たきなの喉が蛇のようにうねる。彼女は腹の奥から、行き場を失った水が駆け上がってくる感覚に目を剝いた。

「ごふッ!? くぶッ、う゛ぅッ――ごっぷッ! お゛ぇ゛――――ッ!!」
 
 一秒たりとも堪えられず、口から大量の水が吹き出される。こんなに胃に入るものなのかと驚愕するほどの量を吐き出し、ビシャビシャと足元を濡らしていく。

「かはッ――! ぇほッ! げほ、げっほッ――!」
 
 激しく咳き込むたきなの口からは、唾液と混ざった水が糸を引いていた。拘束されたまま苦悶する姿は、妙な色気を醸し出している。
 胃に水はほとんど残っていないが、殴られたことでヒクヒクと震えており、少女の身体は艶めかしく痙攣していた。
 しかし、それでも。

「こ、こいつ――! 何なんだよ――!」

 ギュッと閉じられていた両目を開いたたきなの瞳。
 彼女の目はまったく衰えておらず、むしろ、それがどうしたと言わんばかりの表情さえ見せていた。

(負けない――絶対――お腹を殴られるくらいで――!

 ただの女子高生であれば、泣き叫んで命乞いをするところだろう。しかし、たきなはリコリスだった。
 死と隣り合わせの仕事を請け負い、死線を潜り抜けてきたリコリスだ。腹を殴られるくらい、耐えられなくてどうする。
 千束を守れなくて、どうする。

「と、東堂サン! 時間かけるとヤバいっすよ!」
「ああ? うっせぇ黙ってろ! くそっ、女のくせに――!」

 どうにも、東堂という男は負けず嫌いのようだった。女という存在を見下していて、しかも見た目が女子高生のたきなを負かすことができず、イライラしている。
 そこが、つけ入る隙だ――たきなはそう感じた。
 胃を殴られた痛みは、ずっと残っている。とてもやり過ごせるような苦痛ではないのだが、たきなはそのダメージを表情に出さないように――

「けほっ、けほっ――! はぁ、はぁ――つまらない、男――」
「――あぁ!?」

 あえて挑発するような言葉を放つと、東堂は案の定食いついた。

「抵抗できなくして、好き放題殴ったのに、それでも負かすことができないなんて――それでも男?」

 肩で息をするたきなは間違いなくダメージを受けているのだが、それを感じさせない声色だった。やや流し目で、挑発するような目つきと口元。その様子はある意味、男を誘う妖艶な女の色気だった。
 ふつふつと、東堂の怒りが色濃くなる。ギリギリと拳が握りしめられている音が、たきなの鼓膜にも届いた。

「……もういたぶる必要もねえか。マジでやってやる」

 東堂はたきなの肩に左手を置き、己の態勢を固定する。
 ゆっくり引き絞られていく腕は、怒りに震えているようだった。おそらく、これまでより最大限に威力のある打撃を打ち込むつもりだろう。

「ナメてんじゃねえぞ、このクソガキっ!!」

 東堂の腕がビキッと鳴り、筋肉が膨れ上がる。
 今までは本気ではなかった――目を瞠るたきなの腹部へと、東堂の拳がうなりを上げた。
 先ほどと同じ、ボディアッパーだった。だがそれよりも鋭い角度の軌道を描き、小柄な少女の腹を激しく突き上げる。

 ドグンッッ!!!!
「ッ――、かッ――――!?」

 零れ落ちそうなほど見開かれた両目。きれいで力強かった瞳の瞳孔が、キュッと縮む。
 たきなの両足が、一瞬浮いた。ボディアッパーの衝撃を受け止めきれず、身体ごと浮き上がったのだ。

「うぐッ――ぶッ――あ゛ッ――!??」

 たきなは目を白黒させて呻いている。あまりの衝撃に脳の理解が追いつかず、腹を殴られた、という事実を脳が理解できていないのだった。
 しかし、くの字に折れた彼女の視界には、拳が手首まで埋没している自分の腹部が映り込んでいる。
 そして東堂の腕が、今もなお奥へとめり込もうとしていた。
 一瞬でたきなの腹筋を突き破った拳が、腹腔内を犯していく。斜め上へと鋭角に、内臓たちをかき分けながら突き進んだ。

 メリィッ、ギシッ――

 少女のきめ細かい腹肉を歪ませ、肋骨を軋ませる音。たきなは自分の中に異物がどんどん入り込んでくる感触と、その音を体内越しに聞いた。
 東堂の腕が半分ほど沈んだところで、ついにたきなの胃袋を再び捉えた。胃袋に拳が密着する感触に、たきなの身体がビクンと震える。

「はぐッ――!? あ゛、がァッ――!! げはッ――!!」

 ガクガクと痙攣しながら、たきなの口元から粘ついた唾液が溢れ出す。

「ぶっ潰れろォッ!!」

 叫ぶと同時に、東堂が腕を捻りながら拳を押し上げた。
 腹肉の組織が捩じられ、ギチギチという音を立てる。
 拳が胃袋にズブリとめり込み、変形させる。
 さらに胃袋を捩じり回しながら、腹腔内の奥――脊椎付近まで押し上げる。
 背骨にまで達した拳が、胃袋を隙間が無くなるほど、グチャリと圧縮する。

 ボグンッ!

 肉が強引に歪まされる生々しい音が鳴り、たきなの背中が盛り上がった。
 背骨まで通り抜ける衝撃に、たきなの脳がようやく現状を理解する――いや、理解しない方が、まだ良かったかもしれない。
 潰れた胃袋がグチュグチュと悲鳴をあげ、少女の喉元が大きく脈動した。

「ぐぷッ!? お゛ォッ――ぅ゛――! ぐッえェ――――ッ!!!」
 
 苦痛に表情が歪むたきなの口から、黄色い胃液が勢いよく吐き出された。唾液と混ざって粘着性のある糸を引いて、突き刺さっている東堂の腕にビチャッと降りかかる。
 リコリスとはいえ、十六歳の少女の肉体ではとても耐えられない猛撃だった。すでに何度も殴られて腹筋はおろか、内臓さえも潰されているのだ。まともな肉体と神経では、泣きわめいて許しを乞うだろう。
 だが――井ノ上たきなはの瞳は、今もなお彼女の芯の強さが表れていた。決して屈するものかと、目で、身体で、全身で、訴えかけている。
 ひっ、と東堂は、情けない声をこぼした。身体が浮き上がるほどのボディアッパーで内臓ごと腹を潰されて、ビクビクと痙攣し胃液を吐きながらも、生気に満ちているその瞳に睨まれて。
 彼は拳をめり込ませたまま、スキンヘッドの男に呼びかけた。

「お、おい! おい! お前もぶち込め!」
「え? オ、オレもっすか? ですけど……」
「いいから早く来いってんだよ! さっさとやれ!」

 千束に銃口を向けていたスキンヘッド男が、拳銃を腰のホルダーに収納しつつ、命令されるまま東堂の隣にやってくる。

「ミゾだ! ミゾにいけ!」
「な、なんスか、ミゾって……」
「鳩尾に決まってんだろ! 俺の腕のちょうど上だ! そこに思いっきりやれ!」
「へ、へえ! 了解っス……!」

 スキンヘッドの男が袖をまくり、腕を引き絞っていく。
 今もなお身体が「へ」の字で持ち上げられたままのたきなは、そいつの腕を見て背筋がヒヤリとするのを感じた。
 東堂よりも体格が良いのは最初から分かっていたことだが……彼の筋肉量よりもはるかに分厚く、丸太のような腕が視界に映ったのだ。大木さえ殴り倒せそうなほど。

(さすがに――まずいかも――)

 こんな状態で鳩尾を殴られたら――ライフルやショットガンで撃たれることよりも、予想がつかなかった。今なら、殴られただけでも内臓が破裂して、絶命もあり得るかもしれないと感じる――しかし、たきなは全てを受け止めるしかない。

「うおおおおおお!!!!!」

 部屋全体が揺れるかと思うほどの、声。
 筋肉の塊のような腕が撃ち出されて、ゴツゴツと角ばった握り拳が、たきなの腹部に襲いかかった。
 今もなおめり込んだ東堂の腕のすぐ上。鳩尾と呼ばれる人体の急所がある。そこに二本目の凶器が、激しい殴打音と共に突き刺さった。

「がッ――!? ぁ゛、ッ――――! ッ!!」

 たきなの腹筋は当然まったく機能しておらず、拳の威力は減衰されることなくありのまま彼女の腹に叩き込まれる。
 東堂の拳がハンドガンだとすれば、このパンチはショットガンか、下手すればロケットランチャーだった。
 腹筋に着弾した瞬間、たきなの肢体を揺らし、腹肉の組織を四方八方に弾き飛ばしていく。
 メリメリッ! と何の抵抗もなく硬い拳はあっという間に腹腔内へ到達。その先には、たきなの肝臓がヒクヒクと無防備に痙攣していた。
 すでに東堂の腕によって逃げる範囲まで狭くなっていたたきなの腹腔内では、その拳から逃れる術はない。

 ドチュッ!!
「ぐ、ふッ――――!!」

 拳が肝臓にめり込む音が体内から響き渡り、たきなの身体が空中でビクンと跳ね上がる。
 肝臓という一種の壁もあったというのに、拳の威力は衰えなかった。そのまま肝臓ごとたきなの腹の奥へとズブズブと沈み込んでいき――

 ボゴッ!! と激しい音をたて、たきなの背中が再び膨れ上がった。
 への字に折れた少女の身体は、二本の腕で腹の中から持ち上げられ、背中に二つの異様な膨らみを形成させている。
 ヒュッ、とたきなの口が音をたて、黒い瞳の瞳孔が収縮した。

 ゴフゥゥッ……!!

 致命的な殴打に呻き声すら出せずに、彼女の口から再び胃液が噴出した。への字になった状態から真っすぐ床へと垂れ落ちて、すでに床は水、唾液、胃液によってビチャビチャに汚れている。

(ぁ゛――ち、さと――)

 何度も腹を殴られ、内臓を繰り返し潰され。リコリスでも泣きわめくであろう殴打の嵐に、たきなの目の色がついに淀み始めた。
 彼女の視線は――二人の男の背後に向けられている。
 自分が耐えなければ、殺されるはずだった、ファーストリコリスの少女。
 彼女は――
 たきなの懸命な陽動により、自由を取り戻していた。

「女の子のお腹になにしてんだコラァーーーーッ!!!!」

 相棒の声が、響き渡る。
 茶色のシューズが、スキンヘッドの首元に直撃した。見事な足刀蹴りが、頭をもぎ取るような勢いで命中し、大柄な身体を蹴り飛ばす。

「ふ、っぐゥ――――!」

 ズポッ――と太い腕が引き抜かれると、肝臓が元の位置へ戻ろうとし、たきなは更なる激痛に身をよじらせた。

「なっ!? て、てめ、いつの間――うごァッ!!?」

 くるっ、と千束が回転しながら、しなやかな左足を振り上げる。東堂に反撃の暇も与えず、ハイキックによって彼の頭を蹴り抜いた。
 
 グボリッ――

 東堂の拳も引き抜かれ、たきなはついに地上に下りることを許された。しかし自分の足では支えることができず、拘束されている手首に全体重がかかる。
 彼女の制服にはいまだに陥没が残っており、二発の拳の威力を物語っていた。盛り上がっていた背肉は、なんとか修復されている。

「たきな!? たきな、しっかりして!」

 さすがファーストリコリスと言うべきか、銃を使わずに大人の男二人を昏倒させた千束は、たきなを抱きかかえるように腕を回した。
 手を腹部に添えたとき、熱いものに触れたかのようにビクッと手を離した。触れた感触だけで、たきなの内臓が深刻なダメージを負っていることに気づいたのだろう。

「先生にすぐ連絡するから! 死んじゃやだよ、たきな! ねえ!」

 今にも泣き出しそうな千束の顔を見たのは、久しぶりだ――
 たきなは彼女の腕に抱かれている感覚に、底知れない安心感を覚えた。誰かに心配されることが、ちょっとだけ、心地良いと感じる。
 自分を呼びかけ続ける千束の声を聞きながら、たきなは意識を眠りの海に沈めた。


===================

「たきな、ホントにもう大丈夫なの?」
「ええ。長期間休んでいるわけにもいきません。何せ赤字経営中ですから」
「いやいや、そんなん気にするような状態じゃなかったでしょー? お腹の写真マジホラーだったからね? 内臓もうグッチャグッチャ――」
「千束、その話はやめてください……痛むので」
「ああっ! ご、ごめんごめん! とにかくさ、何かあったら遠慮なく、この千束さんに言いなさいねー」
「……はい」

 喫茶リコリコの店内。客からは見えない店内奥の部屋から、千束は手をひらひらさせながらフロアへと出ていった。
 あの任務の後、たきなはしばらく休養を取っていた。千束がショックを受けるほど、彼女の身体は傷を負っていたから。
 その甲斐もあってか、なんとか身体は本調子に戻りつつある。彼女は自分の身体はもちろんだが、喫茶リコリコの経営状況を好転させるという使命を自ら課しているため、いつまでもベッドで寝ているわけにもいかなかったのである。
 たきなは気合を入れるように、両頬を軽く叩く。喫茶リコリコの制服が乱れていないか確認しながら、彼女は部屋の端――押し入れの襖に手をかけた。

「クルミさん、ちょっと聞きたいことが――」

 無遠慮に襖を開けると、そこに”住んでいる”少女、クルミが驚いたように声をあげる。

「わーっ!? た、たきな! いきなり開けるな!」

 彼女は最強ハッカー「ウォールナット」その人である。見た目は千束やたきなより若そうだが、年齢は不詳。追われる身だった彼女を助けたのは、ほかならぬ二人である。
 世間的には死んだことになっている彼女だが、ここで匿ってあげるということを条件に二人の任務をサポートしたり、一応店も手伝ってもらっている。
 押し入れの中が彼女の定位置で、上段にチェア、モニター、キーボードがセットされており――何やら慌てた様子でモニターを手で隠そうとしていた。
 
「声をかけたでしょう。なにをそんなに慌てて――」

 モニター自体は大きいため、小柄なクルミの腕では、そこに映し出されている映像を到底隠しきれていなかった。
 
「――な、なななな、なんですか! これは!?」

 大変解像度の良いモニターで再生されているのは、天井からの鎖で手錠をはめられている、黒髪の少女。そして、彼女をひたすら拳で殴打している男の映像であった。天井の隅から撮影されているため、それぞれの顔はかろうじて隠されている。
 クルミは気まずそうに目を逸らしたが、事実を教えてくれた。

「どうやらあの部屋は録画されていたみたいだな。1分程度にカットされてるけど、アングラな動画サイトにアップロードされちゃってる」
「そ、それなら早く消してください! できるんでしょう?」
「そりゃまあ簡単だが……ここ、見てみろ」
「なにが……は、はぁ!? に、二百万回、再生……!?」

 たきなも名称だけは知っている動画サイトであったが、再生数は他の動画と桁違いだった。
 ふん、とクルミは少し面白そうにほくそ笑む。

「これだけの再生数だ。元の映像を押収して、動画販売したら死ぬほど売れると思うぞ」
「ほ、本気で言ってます!? 女をサンドバッグみたいに殴る映像なんて誰に需要が……!」
「そりゃあ、女をサンドバッグみたいに殴る映像が好きな奴らだろ。この再生数が証拠だ」

 ぐっ、とたきなは思わず口ごもった。
 喫茶リコリスは絶賛赤字真っただ中で、自分はしばらく休んでいた。その間には任務を多く受けることができなかったし、経営の回復にはさらに時間を要している。

(い、いや、いやいや! 何を考えてるの私は!)

 一瞬でも、心が揺れたのをたきなは恥じた。

「あり得ません! 今すぐ消してください! 元の映像も! この世界から跡形もなく抹消しなさい!」
「まあ、そう言うと思ってたけどな。けど、店はどうするんだ? このままじゃ……」
「心配は無用です。休んでいる間、新メニューを考えていましたから。それでは」

 やや乱暴に襖を閉めると、たきなは怒りの色を落ち着かせる。
 はあ、と小さくため息をつくと、すぐに気を引決め直した。いつもの井ノ上たきなの表情に戻っていく。
 彼女はフロアへと出て、同じく働いている女性に声をかける。

「ミズキさん、あの、新しいパフェ考えてきました」

 ――そうして彼女が開発したパフェは、色んな意味で話題沸騰となり、喫茶リコリコの赤字経営を救うことになるのは、また別のお話。

【skeb】 プリンセスコネクト!Re:Dive ―リンの受難― 

skebを納品しました。リクエストありがとうございます。
プリコネのリンが、チートアイテムを持ったゴブリンにお腹をボコボコにされます。
https://skeb.jp/@otoha_39/works/21
==============================
 「あ~~~、もうタイミング悪すぎるよ~~~」

 リスのような――というより、間違いなくリスの耳。その可愛らしい耳を、ぺたんと前に垂らしながらトボトボと少女が歩いている。
 彼女は獣人族で、容姿のとおりリスの獣人である。えんじ色を基調とした身軽な衣服をまとっており、おへそが堂々と見えるくらいには腹部がむき出しになっている。また、その手には愛用の槍が握られていた。
 だが、耳と尻尾は垂れさがっており、明らかにしょぼくれているといった様子である。

「……まさかこの辺に魔物が出るなんてさ~」

 そう、彼女が請け負った仕事は、魔物の討伐である。
 リンはもとより、【自警団(カォン)】という武闘派のギルドに所属していた経緯がある。一応それなりの実力は持っていて、【牧場(エリザベスパーク)】に出向を命じられ、周辺の警備を一任されているのだ。
 一応、と評されるのにも理由がある。

「今日はあいつと一日中ゲームするはずだったのにな~。魔物も空気読んでほしいよね~」

 このとおり、当の本人はぐうたらな性格であった。
 【牧場】は基本的に平和ということもあって彼女の出番はほとんどなく、これ幸いとばかりに自分の部屋でマイペースな生活を送っている。有り体にいえば”サボっている”のだ。好物のあんぱんやどんぐりを食べながら、ゲームで徹夜することもある。
 今日だって、”あいつ”と遊ぶはずだったのだが――珍しく、【牧場】のギルドがあるオラル高山で魔物が目撃されたとのことだ。

「まあしょーがないか~。あいつが来るまでまだ時間あるし、それまでに終わらせたいな~」

 木々の間をすり抜けながら、【自警団】から連絡のあった地点に向かう。聞いた限りでは魔物の姿は一体だけらしいので、時間はさほどかからないだろうと思われた。
 【牧場】から出発して約十分ほど。自堕落な生活を送ってきたリンはすでに疲れが見え始めていた。山の中を歩いているとはいえ、【自警団】の一員だったとは思えないほどの体力の乏しさである。

「はあ、はあ……ちょ、ちょっと休憩しよ……」

 そう考えた視線の先で、少し開けた場所が見えた。
 リンの両耳がピクッと反応する。心地の良い、心が休まるような音――水のせせらぎが聞こえたからだ。

「――川だぁ! ラッキー!」

 ぱっと表情に光の色をたたえて、疲労感はどこへやら。リンは槍を持ちながらも意気揚々のダッシュで駆け抜けていく。オラル高山は決して楽な山道ではないのだが、ぐうたら自堕落生活を送っていても【自警団】に所属できている理由が、そこに見え隠れしていた。

==========

 オラル高山にしては比較的緩やかで、きれいな水の流れる川だった。足元も安定しており、キャンプやバーベキューさえできそうな河原である。

「わ、けっこう風通しも良いし、一休みしよ~っと」

 ただ、インドアな体質のリンにはそんな”陽”な考えはまったく浮かばなかった。なぜならとにかく仕事を早く終わらせて、帰ってゲームしたいという気持ちでいっぱいだったからである。
 とりあえず、リンは体力回復という名目で少しサボるために、川へと近づいていった。
 そのとき、また彼女の耳が反応する。ピクッと傾いたその先――やや東の方角から、水の弾ける音が聞こえてきたのだった。
 魔物が目撃されたという情報を貰ったばかりだから、もし誰かがいたら避難させた方がいいだろう。まだ陽が高くて明るいとはいえ、一般人がここにいると危険だ。
 リンが視線をそちらへ向けたとき、彼女の思考がフッと停止した。

「…………え」

 丸い瞳に映るのは、緩やかに流れる川。
 全身緑色。耳はやや尖っているが、エルフ族のようにお世辞にも綺麗とは言えない。リンと同じか、下手すれば彼女よりも小柄な体格。
 赤く濁った目と、高く伸びている鼻。人間でも、獣人族でもないことは一目見て分かるだろう。

「――――?」

 リンがこぼした声に気づいたのか、そいつも赤い瞳で見返してきた。
 お互い、何も言わずに。川のせせらぎの音だけがこの空間に流れ、たっぷり三回ほど深呼吸するくらいの時間が経過した。

「あああーーーー!!?」
「ウギ!? ギギィーーーー!?」

 ほぼ同時に驚愕の声をあげて、リンは槍を構えた。

「い、いた! 魔物いた! こいつだ! ゴブリンだぁ!」

 リンの視界に映ったのは、肌が緑色の小鬼――ゴブリンである。
 予想していなかった遭遇にやや面食らったが、リンは構え直しつつ、魔物を凝視した。
 先ほども感じたように、この魔物はゴブリンの中でも小柄な方だろう。身体の線は細く、筋肉量もさほど多くない。むしろヒョロッとしているくらいで、なんともひ弱そうな印象だった。

(な~んか弱そうなゴブリンだなぁ。これはほんとラッキーかも……!)

 思わず口元が緩んでしまう、リスの少女。【自警団】から指示を受けたときは非常に厄介でめんどくさいと感じたが、この程度の魔物であれば、すぐに討伐できそうだ。
 それに、これを倒すだけで【自警団】にも顔が立つ。日頃サボっていることを看破されそうになって焦っていたのだが、願ってもないチャンスが訪れたと言っていいだろう。

「よーし、さっさとやっちゃって終わらせ――あ! こらー! 逃げないでよ~!」

 遭遇したゴブリンは肉体もそうだが精神的にもかなり弱気なようだった。槍を持っているとはいえリンは大柄ではないし、性別も女だが、どうも勝てないと踏んだらしい。
 しかし、この場から逃げ出そうとして足をもつれさせ、川から出たところで無様に転倒した。その表示に河原の砂や石があちこちへ飛び散る。

「わ、いたそ~。何かかわいそうになってきた……あんまり害も無さそうだし……」

 だが、【自警団】からの指示は”討伐”である。また、その証拠を持ち帰らなければ功績として認められない。
 だから、こんなに弱っちそうな魔物を相手にして何だが――確実に仕留めなければならないのだ。
 派手に転んだゴブリンへと、リンは槍の刃先を向けながら接近していく。

「や~、ごめんね~。逃がしてあげたかったけど、あたしも仕事だからさ~」

 ぼやきながら彼女は槍を構えつつ、もう手を伸ばせば届くところまで歩み寄った。

「ギャヒッ!?!」

 砂利を踏む音がすぐそこで聞こえたからか、ゴブリンはビクリと肩を震わせた。そいつは身体を起こそうともがいていたが――
 手にキラリと何か光るものを、リンは視界に捉えた。一瞬、刃物かと思い思わず足を止める。

「何を持って……え? 時計?」

 リンは拍子抜けしたように、緊張の糸を解いた。
 丸く錆びた色をした、金属製のもので小さいサイズ。リンもそれは見たことがある。
 ポケットウォッチ――懐中時計だ。まだ機能しているのかはリンの目からは確認できなかったが、ともかく時計であることは間違いない。
 ゴブリンがなぜそんなアンティークなものを大切にしているのか謎ではあったが、得物でないなら危険度はガクンと下がる。この魔物は丸腰と言っていいだろう。
 リンは槍を握りしめて、ひと思いにやってやろうと大きく振り上げた、
 
「それじゃあ、ごめんだけど、あたしのぐうたら生活の糧に――!」

 倒れ込んだままのゴブリンを見下ろしつつ、グッと手先に力を込める。
 今まさに、槍を突き刺そうとした瞬間だった。

 ドフッ! という鈍い音。
 リンはその音を、自分のすぐ傍から鳴ったことに一瞬、気づかなかった。
 その音よりも早く――己の腹部に鈍痛が走ったからだ。

「う゛、ぐッ――ぁ――!?」

 瞳が揺れ、わずかに見開かれる。
 ズキッ、とした腹の痛みが、ジワリと波紋のように広がっていく。
 槍を持ったまま、痛み押さえ込むようにして彼女は身体を折り曲げた。自然と足がふらついてたたらを踏んだが、なんとか堪える。

「い、た――ッ! な、なに――?」

 唐突な痛覚に動揺しながらも、リンはゴブリンに視線を戻した。

「ギヒッ、ギギッ!!」

 そいつはそこにいる。いるのだが……いつの間にか立ち上がっており、先ほどまでの臆病な様子が嘘のように、ニヤリと口角を上げているのだった。

(なに、何が起きたの……? あたし、変なのモノでも食べた……? 家を出る前に食べたあんぱん、消費期限切れてたとか……?)

 リンは自堕落な生活で栄養の偏った食事になってしまっているが――それにしたって、こんな急激に食あたりを起こすなんて。タイミングが悪すぎる。

「ギッヒヒ――!!」
「あ……! わ、笑わないでよ……! いまのなし! やり直すからね……!」

 腹の中を締め付けるような痛みに耐えながら、リンは態勢を整えた。食べたものが当たってしまったとして、とにかく、早く終わらせないといけない。

「もう、動かないでよね……! たあああぁぁ――――!!」

 いつになく真剣な面持ちで得物を構え、緑色の魔物へと突撃する――
 
 ドグッ!!
「ぐっう゛ぅ゛ぅ――――!? ぇ゛ほッ――――!!」

 再び鈍い音が響いて、リンは先ほどよりも両目を剥く。
 また、腹部に激痛が走ったのだ。
 勢いよく駆け出した身体が、突然停止していた。まるで見えない壁にぶつかったみたいに。
 思わず前かがみになった身体。自然と下りた視線の先で、リンは自分の懐に潜り込んでいるゴブリンを姿を捉えた。
 お世辞にも筋肉のある腕とは言えないが、それでも獣人らしいゴツゴツとした腕の先にある拳が、腹部に突き刺さっている。

(あ――おなか、殴られて――)

 ゴブリンは槍に怖気づくこともなく、一瞬の間にリンの内側へと入り込んで、彼女の腹部に拳を叩き込んでいたのである。

「っ、げっほっ! げほッ――!! かはっ! ぅ、ぇ――――ッ!!」

 後ずさりしながら腹を抱えるリン。彼女が咳き込むと、小さく可愛らしい口元から唾液が飛び出した。それでも槍を手放さないのは、腐ってもさすが【自警団】の一員と言えるだろう。

(な、なんなの、こいつ――!? 動きがおかしいよ――!)

 戦闘経験豊富とはいえないリンだが、それでもこの魔物の攻撃は異常だと感じていた。こんなにひ弱そうで、自分よりも機敏な動きができそうにないヤツなのに――

「ギ、カカッ――――!!」

 面白そうに笑うゴブリンの声。まるで新しいおもちゃでも見つけたみたいに。
 そいつはリンをギロリとした瞳で見ながら、左手に持っている時計を何やらもてあそんでいた。
 リンの視線が、その時計に吸い込まれる。ほぼ無意識だったのだが、彼女のゲーマーとしての感覚が、攻略の糸口を探る際の意識を呼び起こしていた。
 竜頭――懐中時計のてっぺんにある、かすかな凹凸。
 ゴブリンはその出っ張った部分を、カチッ――と押し込んだ。

 ドズッ!!
「ぐっぶ! え゛ぁ゛……!?」

 瞬間、リンは口から再び唾液の飛沫を吐き出していた。
 ゴブリンの拳が、生腹に沈み込んでいる。メリッと音をたてながら、リンの柔らかな腹肌をへこませ、腹肉にめり込んでいた。

「ぐっあ゛……! かは――ッ! が、あァ……!」

 ズボ、と拳が引き抜かれると、リンは肢体をくの字に折り曲げながら、ついに両膝をついた。槍さえも手放し、鈍痛が広がる腹を抱えてうずくまる。

(あ゛――もしかして、あの、時計――!)

 腹部の痛みに思考がパニックになりかけながらも、彼女は一つの可能性を見出していた。
 自分の立っていた場所は、ほとんど変わっていない。ゴブリンとの距離は数歩程度ではあるが、密着するにしても深呼吸一つ分くらいは時間がかかるはずなのだ。
 それを、リンの瞳で追い切れず、なんの事前動作もなく攻撃、それを命中させるまで完遂するなんて――

(時間を止められてるの――!?)

 突拍子もない推測は、リンだからこそ結論に至ったと言ってもいい。
 彼女は確かに実際の戦闘経験はあまり無いが、ゲームではよくモンスターとバトルしている。ヨリほどのコアなゲーマーではないが、それでも現実では起こりえないような設定、展開には多く触れてきたと言っていい。
 そのゲーム的な思考で辿り着いたのは、ゴブリンの時計が時間を止める効力があって、その間に腹部を殴打されたということ。

「げほっ――ぇ゛ほっ――! そ、そんなの、けほっ――! そんなのチートだよ! ずるいじゃんかぁ――!」

 明らかに反則級のアイテムで、リンの抗議は至極全うな意見だった。だが、相手は魔物。当然聞く耳を持つはずなかった。

(ほ、ほんと、やばいかも――! 逃げよう――!)

 リンは腹を押さえながらも、震える両足を伸ばしてなんとか立ち上がった。槍には目もくれず、なんとか魔物から離れようとして――

「カカッ! ギヒッ!」

 そんな彼女を尻目に、ゴブリンの左手の指が再び懐中時計のスイッチへ伸びていく。何の躊躇もなく、魔物はカチッと押した。

 ピタリ、と。
 リンの耳に、川のせせらぎが聞こえなくなった。
 木々の揺れさえ聞こえない。
 風も、感じない。

(……え?)

 彼女は周囲を探ろうとしたが――身体がまったく動かないことに気づいた。
 瞳も。呼吸さえ。心臓の音さえ、止まっている。動かせない。
 それでも、リンは自分の意識だけはハッキリと覚醒している自覚があった。
 世界の時間が――停止している。
 その中でも唯一動いているのは、目の前にいるゴブリンだけであった。

「ギヒヒッ――!」

 そいつはニヤニヤと笑いながら、リンへと再び近づいてくる。
 ヒヤリとした何かが、リンの背中をツーッと撫でた。全身に怖気が走るようだったが、肉体は一切動かせず、視界に入ってくるものを見ていることしかできない。
 立ち上がったばかりのリンに近づいたゴブリンは、右手の力強く握りしめていた。
 また、腹部を狙っている。

(や、やめて、やめてよ――! おなか、もう殴らないで――!)

 言葉どころか唇ひとつ動かせないリンは、ゴブリンの攻撃を受け入れる以外の選択肢がなかった。
 百発百中が約束されている少女の腹へと、魔物の拳が真っすぐ叩き込まれる。
 
 ドズッ!!!

 その音は、ゴブリン側から発したものだからか、リンにも鼓膜にもしっかり届いた。
 緑色の拳が、やや赤く染まり始めた生腹に突き刺さる。
 時間を止められているから、腹に力を込めて抵抗するといったこともできない。
 ほぼ防御力ゼロの状態であるリンの腹に、拳がズブリとめり込んだ。
 
(あれ……、痛くない……?)

 思い切り拳がめり込んでいるにも関わらず、リンは肉体に何も感じなかった。身体が衝撃で折れ曲がることも、何も変化がない。
 しかし、ゲーマーとしての直感が、すぐにこの事実の把握に至る。

(や、やだ――! これ、時間を動かしたら、来るよね――!)

 その推測は、正しい。時間を止められている以上、彼女の五感は一切なにも感じないが、”殴られた”という事実は確実に発生している。
 だから、この時間で殴られた分だけ、時が戻ったときに一斉に押し寄せてくる――!

「カッヒヒッ――!!」

 ゴブリンはおそらく、リンが意識を保っていることを知っている――いや、あえてそうなるように時間を止めたのだろう。
 だって、こんなに面白そうにほくそ笑んでいるのだから。
 ゴブリンが拳を引き抜くと、リンの生腹にわずかな凹みが残された。時間が止められているから、それは元に戻ろうとしないが――

「ギャヒッ!」

 その凹んだ腹へと、ゴブリンは再び拳を突き刺す。

 スブン!!

 再び叩き込まれた拳は先ほどよりも深く入り込み、拳のほとんどが丸々飲み込まれてしまった。

(い、いやだ、やめてよ――! そんなにおなか殴ったら――!)

 グボッ!!!

 ゴブリンはためらいなく、リンの腹に再度拳をめり込ませた。
 腹肌はどんどん腹肉の奥底へと押し込まれて、もうすでに内臓付近にまでへこまされている。
 それでもなお、ゴブリンは殴打を止める様子はない。

 ドボッ!!

 その次にめり込んだ拳は、すぐに引き抜かれなかった。
 ググッ、とゴブリンはその拳をどんどん奥へと押し込んでいく。面白いように奥深くまで沈み込んでいくゴブリンの腕は、すでに半分ほど埋まるまでに至っていた。

 メリ、メリィ――グチュン――

 拳が腕ごと沈み込んでいく過程で、リンは体内で、何か水っぽい音が鳴り響くのを聞いた。

(なに、今の音……? もしかして……な、内臓……)

 リンには分からなかった。時間を止められて、痛みもなにも感じない状態にさせられて。自分の腹の中が今どうなっているのか――分かりたくもなかった。
 ようやくゴブリンが腕に引き戻していく。拳がリンの肉体を離れ、外界に姿を表したときにズポッと生々しい音が鳴った。
 リンの生腹は腹肌が見えないほど陥没し、まるで穴が空いたように空洞を残している。その深さは致命的なもので、胃や肝臓にまで達しているであろうことは明白だった。
 ゴブリンが、再び時計のスイッチに指を乗せる。
 ひっ、とリンは動けない世界の中で、息をのんだ。

(やっ――やだ、やだやだやだ! やめて! 助け――)

 カチリ、とスイッチが押し込まれる。
 停止して灰色のようだった世界で、川が再び流れ、木々の葉が揺れ、風が髪を撫でる。色を取り戻したように動き始めた。
 逃げ出そうとしていたリンの身体が――激しく痙攣する。
 ビクンと雷で撃たれたように跳ね、腹腔内でゴポゴポッと内臓が歪む音が響く。彼女の喉が大きく蠢き、丸い瞳が大きく見開かれた。

「ごっぶッッ――――!!?」

 小さな口からおびただしいほどの量が噴き出される、黄色く濁った胃液。
 時間停止されている間に叩き込まれた、四発のパンチ。腹肌を打ち破り、薄い腹肉を歪ませ、腹腔内をかき分けながら、内臓を歪ませるまでめり込んだ拳。
 時が動き出した瞬間に、リンはその四発分の殴打を、一度にまとめてその身に受けたのだ。

「おごゥ゛ッ! ……!! うぐえ゛え゛ぇぇぇェェェッ~~~~~!!」

 時間が再生されてもいまだに陥没の戻らない腹部を、リンは両腕で抱え込みながら再びうずくまった。止まらない胃液の嘔吐が、河原の砂利にボタボタと垂れ流される。

(やば――ほんと――やばい――)

 腹腔内からギュルギュルと水音が聞こえてくる。彼女の内臓は四発の拳を一瞬で受けたことで、お互いが擦れ合うほどに突き動かされていた。もはや、リンの体内は正常に機能していないと言っていい。
 ガクガクと小柄な身体を痙攣させているリンの頭を、ゴブリンの手が鷲掴む。

「う゛ぁッ――!?」

 口元を胃液で濡らした顔が、強引に引き起こされた。
 彼女の視界に映る、ゴブリンの懐中時計。そいつはまた、スイッチを押そうと指をかけていた。

「あ゛――や、め――」

 彼女の声が届いたとしても、魔物はやめないだろう。
 カチッ、と。再び世界の時間が停止し、周辺から一切の音が聞こえなくなった。
 また、リンだけの意識だけを残して。

「キッヒィ――ッ!」

 うずくまっていたリンの上半身を起こすと、腹部を押さえていた両腕をたやすく引きはがした。
 リンの腹部にはやや青くなった痣が生まれている。わずかにへこんでいる様子からも、まだ先ほどの殴打は彼女にダメージを残していたようだ。
 ゴブリンは何度目かの拳を構える。狙いはもはや、言うまでもない。

(待って――これ以上なぐられたら――し、死んじゃ――)

 ドッボォッ!!!

 繰り返された殴打と、時間停止による防御力ゼロの状態で相まって、リンの腹部はもはや、彼女の好きなあんぱんのこしあんよりも柔らかく潰れた。
 青くなった痣がまるでターゲットの中心であるかのように、ゴブリンの拳は正確にリンの正中線――腹のど真ん中に突き埋まる。
 一瞬でズブリと腕の半分までめり込み、拳はあっという間にリンの内臓、胃の付近まで届いた。

「ギギ、ッヒ!!」

 楽しげに笑うゴブリンは、突き刺した拳をそのままさらに押し込んでいく。
 メリッ――グリュッ――メリィッ――
 途中、内臓を無理やり外側へかけ分けながら、ゴブリンはさらに拳をめり込ませていった。
 どこまで入るのか、確かめるように。

(やめ、やめて――もうやめて――ほんとに死んじゃう――)

 言葉を発することもできず、リンは心の中で必死に懇願するしかなかった。無意味とは分かっていても、命乞いをするしかなかった。
 彼女の視界に映る、ゴブリンの腕。ズブズブと沈んでいくその緑色の腕は、ついに肘にまで届こうとしていた。

 ボゴッ――

 リンの背中から、聞いたことのないような音が発せられた。彼女自身も何の音なのか理解できずにいたが、それはむしろ幸運だったと言えるだろう。
 ゴブリンの拳は脊椎まで通り抜け、リンの背肉まで抉り上げていたからだ。小柄な背中に、拳一つ分の丘がつくりあげられている。

「ギヒィ! キキッ――!」

 にやりと口角を吊り上げたゴブリンは、時計のスイッチに指をかけた。

(え……? 待って――まだ、お腹に――!)

 肘近くまで拳をめり込ませたまま、ゴブリンは左手の時計のスイッチを、強く押し込んだ。
 瞬間。
 少女の体内がグチュグチュと激しく音が鳴り、背中まで突き抜けるような衝撃が、瞬時に襲いかかる。

 ゴフウウゥゥゥッ――――!!
 
 紫色に変色した唇から飛び出す、白と黄色の粘液。
 乱暴に突き動かされた胃から、未消化の内容物が盛大にぶちまけられたのだった。もはや呻き声さえも出ず、ただひたすらにビチャビチャと、口から溢れる音と砂利に零れる音が響き渡る。
 ギヒッ、とゴブリンが笑いながら拳を引き抜くと、盛り上がった背中がゆっくりと戻っていく。だが、やはり腹へのダメージは計り知れず、まだ陥没から回復しない。
 拳により支えられていたといってもよい彼女の身体は、グラリと上半身が揺れ、仰向けに傾いた。
 ドサリと背中を河原にぶつけ、両腕が力なく横に投げ出される。

「あ゛――ぶッ――ごぽッ――――」

 時折ビクンと痙攣すると、口から吐瀉物と胃液が溢れた。
 リンの瞳はうつろで、こうして意識があること事態が奇跡と言える。だが彼女には抵抗する余力が、ほとんど失われていた。
 仮にあったとしても、時間を止めるアイテムを持った魔物に、勝てるわけもなかった。

(あ~……)

 嘘みたいに良い天気の空を、リンは見上げている。
 走馬燈、というやつだろうか。
 彼女の脳裏に、これまでの出来事がフラッシュバックしていた。
 なまじそれなりに戦える素質があったばっかりに、【自警団】の入団試験をクリアしてしまったこと。
 【牧場】のみんながやさしくしてくれたこと。
 自分の部屋で、好物のあんぱんやどんぐりを食べながら、ゲームしていたこと。
 だらだらしようとしていたときに、”あいつ”と出会ったこと。
 今日、一緒にゲームしようと約束していたこと。

(ごめん――約束、破っちゃった――ごめんね、ユウキ――)

 あいつの名前を心の中で呟いたときに、彼女の小さなリス耳が、わずかに震えた。
 
「――――リンちゃん!!!」

 ハッ、と。
 今にも消え入りそうだった意識の灯が、わずかに力を取り戻した。
 声が聞こえた方角へ視線を移したとき、リンは苦痛とは異なる涙を浮かべる。
 あいつが。
 ユウキが、来てくれた。
 彼だけではなかった。他にも三人の少女が、ユウキと共に現れたのである。

「あいつね、激ヤバチートアイテム持ってるっていうのは! コロ助、サポートお願い!」
「コ、コロ……? しょ、承知いたしました、キャルさま。では、ペコリーヌさま!」
「はい! ユウキくんのお友だちをこんなひどい目にあわせて……! 絶対許しません!」
 
 手慣れたチームワークで、ユウキとその仲間たちが駆け寄ってくる。
 ゴブリンが、あわあわとうろたえている声が聞こえた。時間を止める時計を今も持っているが……ユウキたちなら、なんとかしてくれそうな気がする。
 リンは安心したように微笑んで、眠るように意識を手放した。

【skeb】鏡面界に響く呻き声 ―美遊・エーデルフェルトー

skebを納品しました。リクエストありがとうございます。
プリズマ☆イリヤの美遊が、正体不明の英霊にひたすらお腹を殴られる話です。
https://skeb.jp/@otoha_39/works/20
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「ここなの? サファイア」

 黒髪の少女――美遊・エーデルフェルトは、声量は小さいが芯の通った声で呟いた。

『間違いありません。微力ながら歪みが観測できます』

 その呟きに答えたのは、彼女が手にしている青色の杖だ――そう、杖が言葉を発しているのである。
 美遊は眉をひそめ、小等部の五年生にしてはやけに顔立ちの整った表情を、やや険しく変えた。
 彼女の隣でもう一人――銀色の長髪の少女が、不思議そうに首を傾げる。

「クラスカードは、この前全部集め終わったよね? それなのにどうして……?」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼女は美遊のクラスメイトで、唯一と言ってもいいかけがえのない”友だち”だ。

『いやー、さっぱり分っかりませんねえ。凛さんたちは意気揚々と帰っていきましたし……魔術協会も知らないクラスカードが実はあったとか?』

 マジカルサファイアとは違って、抑揚のある声色でそう言ったのはイリヤが持つ桃色の杖である。
 美遊とイリヤ、そしてマジカルサファイアとマジカルルビー。
 二人と、二本の杖が訪れたこの場所は、穂群原学園のグラウンド。時刻はまもなく日付が変わる頃合いだ。美遊とイリヤは私服姿だが、当然深夜の学園へ遊びにやってきたわけではない。

(なんだろう、この感じ……変な胸騒ぎがして……)

 美遊は自然と、マジカルサファイアを握る手に力がこもっていた。

「美遊、だいじょうぶ?」
「……え?」

 不安げな表情のイリヤに声をかけられ、美遊は胸の内を見透かされたのかと、少しどきりとした。
 イリヤの日本人離れした、しかし十歳らしいあどけなさのある表情がやや曇っている。そんなに自分は顔色が悪い状態だろうか、と美遊は隠すように視線を逸らした。

「うん、大丈夫。イリヤもいるから」
「あ……えへへ、そうだね! あたしも美遊がいれば、安心できるし!」

 二人はクラスカードを集める途中ですれ違いはあったにせよ、今はお互いを親友と呼べる間柄にまで成長し合っていた。学校では四六時中イリヤのそばにくっ付いて離れないという、友人同士と呼ぶにはいささか過剰な友情表現を見せているが――その世間の一般的な価値観が多少ズレているのが、美遊・エーデルフェルトという少女だった。

『そうですそうです! あの実体化したバーサーカーだって倒したんですから、今さら何が出てきたってお茶の子さいさいですよ! パーッと行って、パーッと終わらせちゃいましょう!』
『油断は禁物よ、姉さん。美優様を見てください。イリヤ様はともかく、美遊様はどんなときでも真剣に臨んでいます』

「ともかくってなに!? さり気なくバカにされた気がするんだけど! ルビー、あなたの妹さん教育はどうなってるのー!」

 ステッキとイリヤのやり取りを見て、美遊は肩の力がいくらか抜けたような気がした。自然と柔らかな笑みがこぼれる。
 そうして緊張が解れたところで、時刻が0時を周った。

『はいはい、時間ですよお二方~。準備できてますかー?』

 マジカルルビーの言葉に、美遊はイリヤは視線を交わしながら頷く。
 そうだ。彼女と二人なら、なんだってやれる気がする。どんな脅威が襲ってきたとしても、二人なら乗り越えられるって、そう確信がある。

『じゃあサクッと転身しますよー! コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開!』 

 そのワードが告げられると同時に、二人の少女の身体をまばゆい光が覆い始めた。一瞬だけ一糸まとわぬ生まれたままの姿になると、それぞれのカラーを基調とした新たな光の波が体中に広がっていく。
 光の波は薄い生地の衣服へと変化し、彼女たちは漫画やアニメキャラクターのような姿へと変貌した。
 幼い少女がテレビの前で釘付けになるような――眩しくて、可愛くて、二次元の世界から飛び出してきたような姿。いわゆる”魔法少女”と呼ばれる存在が、美遊とイリヤだった。
 二人はお互いの転身を確認すると――イリヤが少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「どうしたの、イリヤ?」
「い、いやー、その、わたしのも大概アレだなーって思うんだけど……美遊はその恰好、恥ずかしくない……の?」

 銀髪の親友は、チラチラと何かを覗くみたいに視線を送ってくる。
 イリヤは白と桃色を基調としたドレス姿で、ちらりと見える太ももが特徴的なニーハイソックス。腋の部分は甘いが、基本的には肌の露出が少な目だ。
 大して美遊はというと、スクール水着の脇腹部分を大きくカットしたようなデザインだった。さらには、大事なところをかろうじて隠しているレベルのハイレグカットで、太ももの付け根は丸見えである。 もっと言えば、マントで隠れているだけで背中も大きく開いている。下半身はニーハイソックスと白いショートブーツなのでまだマシではあるが、上半身は明らかに肌面積が多かった。

「別に恥ずかしくないけど」
「メイド服のときはあんなに恥ずかしがってたのに!? 美遊の感性が怖いよっ!」
『まあまあイリヤさん、これはサファイアちゃんの趣味なんでしょうから、そっとしておいてあげましょう』
『趣味とは何ですか、姉さん。これは機能性を考慮した完璧な魔法少女姿です』
『可愛いのは間違いないんですけどねえ。なんかこう……えっちじゃないですか?』
「わーーーーっ! ダメダメッ! わたしたちまだ小学生なんだから! そういうの早いんじゃないかなぁ!?」
「……なんの話をしてるの?」

 イリヤが赤面しながらわたわたしている様子が、美遊にはよく理解できなかった。自分としては、この転身した姿は動きやすくて、柔軟に対応できるから何の問題も感じていないのだが……

「も、もういいから、早く行こうよ! 放っておいたら危ないんでしょ!」
『おっとそうでしたね。コスチューム談義はまた今度にしましょう。反転準備開始!』

 マジカルルビーが告げると同時に、少女たちの足元に光輝く魔法陣が生成される。
 ”歪み”を観測しているのはこの地点にあるが、元凶となるそれは”こちらの世界”には存在しない。
 ならばどうするのか。
 ”あちらの世界”――『鏡面界』に直接移動するのだ。

『限定次元反射炉形成――鏡界回廊一部反転――』

 マジカルサファイアが詠唱を繋げる。
 夜空にオーロラに似た鏡の連なりが現れ、次第に世界が移り変わっていく様子が美遊にも見て取れた。

(やっぱり、なんだか……変な感じがする)

 こう言ってはなんだが、鏡面界への移動は初めてではなくもう慣れたものだ。今さら恐怖心など感じないが……美遊はやはり、どこか違和感を捨てきれずにいた。端的に言えば、嫌な予感がするのだ。

(でも……イリヤがいれば)

 真剣な表情でマジカルルビーを握りしめている親友は、こちらの視線に気が付くと、にっこりと微笑んでくれた。たったそれだけの仕草でも、安心感が全身に染み渡っていく。

「――接界<ジャンプ>!!」
「――接界<ジャンプ>!!」

 二人が言い放つと同時に魔法陣が一際輝きを増し、お互いが見えなくなるほど視界が白く染め上げられる。
 そうして、二人と二本のステッキは、この世界から忽然と姿を消した。

===================

 鏡面界に飛んだ美遊は、転移が完了したことを認識したが――

「――!?」

 目をわずかに見開き、周囲に視線を配る。
 ここはグラウンドではなかった。見渡す限り木々だらけで、方角もほとんど分からない森の中にいるようだ。
 本来あり得ないことだ。空間転移は座標を固定したうえで行っているから、ジャンプに成功したなら場所は一ミリも動かないはずである。

「……イリヤ?」

 そして、美遊を最も動揺させたのは、イリヤの姿が見当たらないことだった。数秒前まで目の前にいた銀髪の親友は、蒸発したかのように消え失せている。
 胸のざわつきが、再び呼び起こされた。肩を強張らせながら、美遊はマジカルサファイアに尋ねる。

「サファイア? どうなったの?」
『分かりません……美遊――さ――。――』
「なに? サファイア? どうしたの!?」

 突然、マジカルサファイアの言葉が聞き取りづらくなった。電波状況が悪い通話のように、遠くて、途切れ途切れになっていく。

『お気――つ――何か――、――――』
「サファイア……? サファイア!」

 そうしてついに、ステッキは何も言葉を発しなくなった。マジカルサファイアは自律的に行動することも可能だが、今や完全にただの杖になったのか、動作による反応も返ってこない。
 だが、魔力供給は問題ないようだった。自分の体中に魔力が満ちている感覚があるし、戦闘自体に支障はないだろう。

(今までとは違う……何かが起きてる……)

 胸騒ぎの正体はこれだったのかと、美遊は胸のあたりをグッと掴んだ。
 状況をまず整理する。場所は不明だが、ジャンプできている以上は学園からさほどズレてはいないはずだ。であれば、イリヤも近くにいる。
 彼女を探そう。
 空へ昇るか思案したが、すぐに却下。得体の知れない敵性存在がいる可能性があり、不用意な行動は危険度が高い。
 美遊は杖を握り直すと、ひとまず前へと歩き始めた。
 ピリッと張りつめたような空気に、少し息苦しさを感じる。周囲は木々で覆い隠されているし、余計に孤立感が増していた。
 ふと、彼女は鼻の奥に残る匂いに気がついて、足を止めた。
 肌にまとわりつくような空気、焼け焦げた匂い――そして、前方からかすかな魔力の残滓が漂ってくるのを感じる。

「――ッ!」

 美遊はこらえきれないように土を蹴って駆け出し、木々の間をするすると走り抜けていく。
 木々だらけで数メートル先も薄暗かった視界だったが、月明かりに照らされた空間に躍り出た。

「ここ、は……?」

 学園の体育館ほどの広さはあるだろうか――この箇所だけ木々のほとんどが、根本から吹き飛ばされている。チェーンソーで切られたとか、自然に倒木したとか、そんな生易しいものではない。
 地面もところどころが抉れている。爆弾が大量に炸裂したのかと思うほどだ。

(間違いない……戦闘行為の形跡……! でも、いつ……?)

 この鏡面界で戦闘が行えるとすれば、自分とイリヤだけ――そして、まだ見ぬ正体不明の敵性存在だ。
 だが、これほどの傷跡が残る戦闘の音はまったく聞こえなかった。接界してからまだ数分程度しか経過していないし、視界などを完全に遮断するような結界でも貼らなければ、探知されずに戦闘を行うなんて不可能だろう。

(まさか……転移完了時間までズレていたの? イリヤが先に来て、わたしは遅れて……?)

 ……それなら、イリヤは今どこに?
 美遊が険しい表情を色濃くしたとき、背筋にぞわっとした感覚を覚え、全身に鳥肌が浮かんだ。

「――、はっ!?」

 咄嗟に頭を守りながら左へと身を転がす。
 次の瞬間に、彼女が立っていた場所が衝撃音と共に何かが激突した。
 地面が抉れる音と、振動が地を伝って、転がる美遊の身体に響く。土の破片が飛び散っているのか、背中に降りかかる感触があった。
 三回転した後に手のひらを地面に突き、ふわりと身体を浮き上がらせる。態勢を即座に立て直した黒髪の少女は、ステッキを構え直した。
 視線を先ほどの場所に巡らせると、襲撃してきた存在がハッキリと視界に映った。

(……人? いや、違う……)

 美遊は眉をひそめる。
 姿かたちは人間そのものだが、間違いなく”ヒト”ではなかった。そいつから放たれる存在感やプレッシャーが、明らかに異質だったからである。何より、どす黒い魔力の渦が感じ取れた。
 性別としては男。表情も背丈も一般的な男子高校生とさほど変わらない。漆黒のライダースーツのような装束を着用しており、高身長ではないが肉体は引き締まり、鍛えられた筋肉で覆われているだろうことは見ただけでも分かった。

「――――」

 男は地面に突き刺している腕をズボリと引き抜いた。着弾地点は完全に陥没しており、周囲数メートルまでヒビが広がっている――凄まじい威力の拳だったことが伺えた。
 そいつは鈍く光る瞳で美遊を睨むと、こう言った。

「さっきのヤツの仲間か?」

 はっきりと、知性が感じられる声と言葉――やはり、これまで実体化してきたクラスカードのような存在とは異なる存在だ。
 しかし、美遊としてはそんなことよりも、彼の言葉から読み取れる事実に目を見開く。
 この鏡面界には、それこそ全く予想もしていないイレギュラーな存在でもない限り、”さっきのヤツ”を指しているのは一人しかない。

「イリヤをどうしたの!?」

 普段のクールな美遊からは考えられないほどの声量と、怒りを表面化させた表情。
 彼女の言葉に反応するかのように、向かい側の木々から足音が聞こえてきた。マジカルサファイアを強く握りしめながら、美遊はその方角を睨みつける。
 しかしすぐに、彼女の瞳が動揺に揺れた。

「ッ、イリヤ……!!」

 視界に飛び込んできたのは、黒い男と瓜二つの存在。そして彼の手は、美しく透き通るような長い銀髪を鷲掴みにしていた。
 イリヤが。大切な、親友が。
 銀髪を掴まれ、ズルズルと引きずられている。

「――イリヤッ!!」

 頭がカッと熱くなり、視界も一瞬揺らぐほどの怒りが込み上げてきた。美遊はステッキを振りかざしたが――

「動くな」

 一人目の男が冷静な声色で呟くと、二人目の男がイリヤの頭を掴みなおし、盾にするように掲げてきた。

「くっ……!!」

 怒りによって暴走しかけた脳を、なんとかクールダウンさせる。美遊は悔しげに歯を嚙みながら、マジカルサファイアを下ろした。
 拘束されているイリヤは――気絶しているようだった。眠ったような表情で、肌の色も血色が良い。わずかではあるが微弱な魔力も感じられる。

(殺されてはいない……良かった……)

 しかし、状況は悪すぎる。大切な親友は敵性存在の手にあり、いわば人質だ。
 加えて、マジカルサファイア、そしてイリヤのマジカルルビーもどうやら活動を停止している。彼女が自力で逃げ出す可能性はほぼゼロに近いだろう。

「……なにが目的なの?」

 その問いかけに、一人目の男は答えなかった。その代わりに、ゆっくりと美遊へと歩み寄っていく。
 目の前に立ちはだかった男から、魔力の本流が感じられた。どことなくクラスカードにも似ていて、やはり実体化した英霊だと美遊は確信する。
 二人の体格は一目瞭然。なにしろ美遊はまだ小学五年生で、肉体的にもまだまだ発展途上の少女だ。しかし男の威圧に臆することなく、力強い瞳で睨み返している。

「――ぬうッ!」

 男の、呼気。
 美遊は持前の運動神経と反射神経の良さ、そして転身した状態の鋭敏な感覚によって、彼の予備動作をすぐに理解した。咄嗟に魔力を物理保護の強化へと回す。
 英霊の拳が、視界の下で軌道を描く。
 空気を切る音が鳴って、黒い拳が美遊の腹部へと突き刺さった。

「ッ――、ぐ、あッ――!?」

 ドフッ、とコスチュームの中央が歪む。腹部に襲いかかった衝撃と痛みに、美遊は両目を見開きながら酸素をこぼした。
 真正面からのボディブローを受けて、その衝撃を殺しきれずに少女はたたらを踏む。
 腹部に、じわりと痛みが残った。鉛玉でも埋まっているかのように重く、じんじんと腹腔内を響かせている。

(防御に回したのに……!?)

 マジカルサファイアが機能停止になっているとはいえ、魔力自体は本来の力を出力できているはずだ。防御に回せば並大抵の物理攻撃ではかすり傷さえ生まれない。
 それなのに、ただのパンチとしか思えない攻撃に、美遊は確かな痛みと、横隔膜が圧迫される感覚を味わっていた。

「けほっ、けほっ……! このっ……!」

 反射的に杖を振り上げると、ステッキの先に魔力の塊を生成する。輝く魔力の渦が、激しい音を響かせながら光弾へと収束していく。

「いいのか?」
「――!?」

 静かに告げられたその言葉だけで、美遊はビクッと肩を震わせた。その瞬間、魔力のチャージを保てずに、光弾が中空で霧散する。
 視界の奥で、見せつけるようにイリヤを掲げている二人目の英霊。彼は親友の首を鷲掴みにしていた。今にも首をへし折ろうかと言わんばかりに――

「くうっ……」

 イリヤの状況を見て、美遊は心が激しく揺れ動いた。
 これまでと似たような魔力の波動があるものの、目の前にいる英霊は、実体化したクラスカードよりはステータスが低いという確信がある。おそらく、魔力を全力でぶち込めば即座に蒸発させることは可能だろう。
 しかし――それは同時に、親友を見捨てることになる。今ボディブローを撃ち込んできた英霊に魔力弾をぶち込んだとしても、イリヤを捕らえている英霊までは攻撃が間に合わない。確実に、イリヤは――

「抵抗すればどうなるか、分かるだろう?」
「……」

 美遊は唇を噛み、抵抗しないことを示すように、マジカルサファイアを手放した。カランを乾いた音をたてて、地面にステッキが転がる。
 フ、と英霊が小さくほくそ笑む――

「我々とて鬼ではない……チャンスを与えよう」
「イリヤを人質にして、どの口が……!」
「まず聞け、魔法少女。我の攻撃に最後まで耐え抜けば、あちらを解放してやる」

 解放するという言葉に、美遊は眉をピクリと動かした。

「……本当に?」
「嘘は言わぬ。だが、耐え抜けば、の話だ」

 英霊の瞳は、左右が鈍い灰色で、感情らしい感情はハッキリと伝わってこない。
 彼の言葉を信用できるはずもない――が、美遊にとって選択肢は一つしかなかった。告げられたとおり、自分は痛めつけられるしかない。

(魔力をありったけ――もう全部、物理保護に回す……!)

 先ほどは不意な一撃だったから、完璧な防御ではなかった。抵抗を禁止されたなら、逆に言えば、もう攻撃に関して魔力配分を考慮する必要がないのだ。
 美遊の魔力状況に気づいたのか、英霊はフフッと再び小さく笑った。

「それくらいの抵抗は許そう。すぐに倒れてしまっては、つまらないからな」

 余裕綽綽といった様子で、英霊は右腕を腰のあたりで引き絞った。
 位置と角度からして、また、腹部を狙うつもりだ。

(分かるならむしろ都合が良い……お腹だけに……!)

 物理保護の魔力を、腹部前面に集中させた。身体全てに配分するよりも効率的だし、局所的な防御力アップも見込める。魔力での攻撃ならともかく、物理的な殴打ではそう簡単に貫くことはできない。むしろ殴りつけた拳の方が使い物にならなくなるだろう。

「――――ッ!!」

 英霊が短く息を吐くと、右の拳を打ち出してきた。先ほどと同じ軌道のボディブローだ。
 抵抗を禁じられた美遊はそれを甘んじて受け入れるしかないが、今の物理保護であれば――

 ドグッッ!!!
「う゛ッぐ……!? か、はっ……!!」

 意図せず吐き出される、肺の酸素。同時に腹部へ湧き上がる痛み。
 魔法少女の身体は、くの字に折れていた。
 自然と下がった視線の先――紫のコスチュームの中央に、黒い拳がかすかにめり込んでいた。

(な、なに? この威力……!?)

 たとえ、実体化した”セイバー”の剣でさえ防ぎきるはずの物理保護なのに。
 英霊の拳はそんなもの関係ないとばかりに、美遊の腹部に確実なダメージを刻み込んでいた。

「ぐっ……、げほっ! けっほ……ぁ゛……!」

 薄っぺらい腹筋と腹腔内に、拳の衝撃が広がる。こらえきれず苦しげに美遊は咳き込み、腹部を両手で押さえ込んだ。

「ふむ。さすが魔法少女といったところか。しかし、それでは魔力がいつか尽きてしまうぞ」
「くっ……!」

 英霊の言葉に、美遊の背中に冷たいものが走るのを感じた。
 魔力を総動員してもこのダメージ――とてもではないが、何度も受け続けてはいつか魔力切れを起こしてしまう。いったい何発までなら耐えられるのか、自分でも見当がつかない。

(でも……イリヤが……!)

 そう、親友を救う方法は、この理不尽ともいえる暴行に耐えるしかない。
 荒く呼吸しながらも、美遊は折り曲げた体を起こした。その瞳の光は力強く、ここで決して折れないという意志が宿っている。

「良い目をしているな。いや、試すようなことをしてすまない。魔法少女には、本気で向き合わねばな」
「……え?」

 彼の言葉を聞いて、美遊は心臓が冷えるような感覚を覚えた。
 ――今のが本気ではない?
 動揺の色が見え始めた美遊を尻目に、英霊は再び小さくほくそ笑んだ。

「次からは全力を参るとしよう――ヌウン!!」

 ずしんと心臓に響くような、声。
 大きく全身を力ませたかと思うと――瞬間、彼の両腕が、文字通り”膨れ上がった”。
 まるでしぼんでいた風船に空気を詰めたように。背丈は変わらず胴の幅も変化していないため不格好だが、腕は一回り太く成長したのである。クラスカード、バーサーカーを彷彿とさせる筋肉の塊であった。
 水蒸気のような湯気が立ち上る拳を、英霊は再び握りしめた。

「行くぞ、魔法少女。簡単に潰れてくれるなよ?」

 美遊の全身がゾクッと粟立った。脳が危険だという信号を発している。この攻撃を絶対に食らってはいけないという、明確なビジョンが浮かんでくる。

「――ヌアァァ!!」

 呼気と共に放たれる拳は、先ほどまでがピストルの弾なら、これはグレネードランチャーとでも言おうか。物量と威力は確実に増しており、生身の人間では到底受け切れない。
 魔法少女では、どうなのか。

(物理保護最大……!!)

 直感的に、美遊は無理だと悟っていた。この拳は防御するものではなく、本来なら回避すべきもの。
 だけど、回避は許されない。イリヤを解放するには、攻撃に耐えるという条件。それが絶対的な条件。だから、美遊はなんとかダメージを軽減しようと、魔力が枯渇するのもいとわず防御を固めた。
 少女の腕より何倍も太く、重厚な腕から繰り出されたボディブローが、小学生の少女に叩き込まれる。

 ドッボオオォォ!!!
「ッ゛――!? ご、ふッ――――!!」

 むき出しになる瞳と、小さな口から漏れる鈍い呻き。
 同時に、唾液の塊が空中に飛び散った。
 腹筋を貫き、内臓に響き渡る衝撃が少女に襲いかかる。

「が、ハァッ――!? あ゛がッ、ぅぐはッ…………!」

 ひとりでに折れ曲がる小柄な肢体。視界に飛び込んできたのは、先ほどよりも深くめり込んだ拳だった。
 物理保護など最初から無かったかのように、腹筋を越えて腹肉へと半分隠れるほどまで沈み込んでいる。

「フフ、内臓を揺らされる感覚はどうだ?」
「げほっ、げほッ――――! ぐ、ぅぇッ――!!」

 拳が引き抜かれると、美遊は激しく咳き込みながら腹部を抱えた。膝をガクガクと震わせ、身体をさらにくの字に折る。

(こ、こんなの……! バーサーカー並の、威力……!)

 かつて実体化したバーサーカーの攻撃を受けたとき――その痛みが思い起こされた。その威力と遜色ないほどのボディブローだったのだ。
 もし、物理保護に魔力を割いていなかったら――想像するだけで怖気が走る。

「うぷっ――、けほっ! けっほっ! はぁ、ぐ、かはっ、はぁッ――――!」

 少女は口から唾液を垂らしながらも、膝を震えを止めた。
 ほう、と英霊が感嘆したように頷く。

「――なるほど。継続的な魔力供給と回復能力を備えているな?」
「――ッ!」

 図星をつかれたように、美遊は息をのんだ。
 英霊の推測は的中している。マジカルサファイアは言葉を発しなくなり、自ら動くこともしなくなったが、魔力供給と自動回復は通常通り機能しているのだ。
 ただし、攻撃を受けたときの痛みを失くすことはできない。痛覚は当然そのままだから。
 いわば、減らされたHPを回復させているのであって、それも魔力があればこそ。決して無尽蔵ではないのだった。
 そしてそれは――美遊の体が彼女の意志とは関係なく、魔力の続く限り崩壊しない肉体であるということ――

「フッハッハ! おもしろいな、魔法少女というのは。これなら長く楽しめるというわけだ!」

 喜びに打ち震えるように英霊は笑い声をあげて、さらに拳を繰り出そうと構えた。
 美遊はこのとき、間違いなく恐怖を感じていた。自分は魔力供給が続く限り壊れない身体――ただし殴打の痛みは、これからも繰り返し味わい続ける――

(……関係、ない!)

 恐怖を振り払うように、少女は今も光を失っていない瞳で英霊を睨み返す。

(イリヤを助けるまで、絶対に耐えきってみせる……!!)

 小学五年生とは思えない、芯の強さを彼女は持っていた。クラスカード回収だって、死と隣り合わせの戦いだったのだ。痛みなんて、今さらなんということはない。すでに何度も味わっている。

「良い顔だ。魔法少女であることが、なんとも惜しい――な!」

 最後の言葉を呟くと同時に、英霊の拳が迫ってくる。
 次の狙いは、これまでより少し上――鳩尾に叩き込まれた。

「ぐっぷッ――――!?」

 人体の急所とも言うべき鳩尾に、太い拳が突き刺さる。
 背中まで貫通しそうなほどの、衝撃と激痛。さらに重厚な圧迫感が襲う。
 美遊の目が見開かれ、瞳孔がキュッと細く収縮した。呼吸ができなくなるほど、横隔膜が圧迫されたのだ。

「か、ひゅ――!? かっ――ッ――ぁ゛――ッ!?」

 呼吸困難に陥り、みるみる瞳孔が開いていく――
 だが、拳はすぐに引き抜かれた。反射的に、肺が酸素を求める。

「フフ、防御は間に合っているのか?」

 そう言いながら英霊は、右の拳を再び打ち出す。
 次の狙いは、鳩尾からややズレた――胃袋がある位置だった。
 だが、呼吸に意識を割いていた美遊は、魔力の集中にタイムラグが生じていた。
 ズムウッ!!!

「お゛ぐッ……!!? ぐぼォッ……!?」

 掬い上げるようなボディアッパー。
 少女の小さな体が浮き上がり、両足が完全に地を離れた。
 英霊の腕一本で支えられるようにして、体躯がへの字にまで折れ曲がる。

(あ゛――お腹――)

 美遊は、自分の腹を突き上げている黒い腕を目の当たりにした。
 拳は完全に見えなくなるほど、手首までめり込んでいる。
 物理保護が半分ほど間に合わなかったことで、拳の体内への進入を許していた。なおかつ、英霊の狙いは正確無比で、十分なスピードと威力をもって少女の胃袋に突き刺さったのだった。
 グチュ……と胃袋がねじれ、変形する音が体内から響き渡る。
 同時にかけあがってくる、腹の奥からの熱。

「ぅ、ごっぷッ!? ごえ゛え゛ぁァッ――――!!」

 まだまだ肉体的に幼い少女の口から、透明な胃液がゴフリと迸った。英霊の黒い腕に降りかかり、地面にパタパタと垂れ落ちていく。
 やけるように喉が熱くなり、胃袋に刺すような痛みが相まって、美遊の両目はついに涙が滲み始めた。

「フフ、魔法少女といえど、この歳では胃も小さいものだな。どれ、感触はどうかな」
「う゛ぐッ!? いぎァッ――――!!」

 ビクン! と美遊の身体が大きく震える。

(ああ゛――!? い、胃が、もてあそばれて――!?)

 少女の体内で、グチュグチュと異音が鳴り響いている。英霊が拳を開いて胃を鷲掴み、こね回しているのだった。
 今ままで受けたことのない攻撃手段。内臓を直接掴まれて弄り回される激痛が、少女の脳までも焼き焦がしていく。

「自動回復能力があるなら、多少のことでは死なんだろう? ならば、こうしても問題ないな?」

 言うが早いか、英霊が一瞬手の動きを止めた後――

 ボチュッ!!!
 体内で何かが潰される音が、彼女自身にも聞こえた。

 ゴフゥゥッ――――!
 握り潰された胃から絞り出される、黄色く濁った胃液。唾液と混ざって粘着性を増した液体が、口からバシャリと地面に零れ落ちた。
 拳が引き抜かれると、美遊は受け身を取ることもできずに地面へと叩きつけられる。

(胃が……潰れて……)

 確かに胃袋が完全に潰される感覚があった――しかし――

 グチュ――クチュリ――
「うぷっ、げほっ! う゛ぅ゛ごェッ――――!?」

 彼女に備わっている自動回復の能力によって、胃袋の形がゆっくりと戻っていく。だが、今まで味わったことのない感覚は、とてもまともな精神では耐えられないものだった。

「やはり、内臓も元に戻るのだな」

 英霊はためらいなく、うつ伏せに倒れている少女の頭を掴むと、軽々と持ち上げた。
 そして、ゴミでも捨てるかのように、少女を放り投げる。

「ぐ、あッ――!?」

 先に行われたであろう戦闘で被害を免れていた大木が、あった。そこへ背中から激突し、わずかに残っていた肺の酸素が叩き出され、脳がぐらりと揺れる。
 力なく前へと倒れ込もうとする彼女へと、英霊は瞬時に接近していた。その超人的なスピードを乗せたまま、強烈なボディブローをめり込ませる。

 ドグゥゥッ!!!
「ぐぶッ!? ごッ……ァ……!!」

 大木の枝葉が揺れる動くほどの衝撃が、少女の腹に突き刺さった。腕の半分ほどまで沈み込んだ着弾地点を見て、唇が小刻みに震える。
 拳と木に挟まれた腹部は薄っぺらくなるほど潰れ、背骨までミシッと軋む音さえ響く。内臓を突き上げるような一撃は、崩れ落ちようとしていた美遊の身体は、大木を背に磔状態にとなった。

「どこまで回復が続くのか、見物だな」

 ズブッ、と引き抜かれる拳と、すでに次に繰り出されている反対側の拳。
 混濁した意識の中で、美遊は攻撃の動作を確認していながらも、もう物理保護に回すほどの意識と判断力を持ち合わせていなかった――

 ドグッッ!!!!
「おぶゥッ……!? がっあァァ~~~~ッッ!]

 臍よりも下、下腹部へと突き埋まる豪打。ビクリと肩が震えあがり、少女は突き抜けるような悲鳴をあげながら、唾液を溢れさせる。
 下腹部にめり込んだ拳は手首まで沈み、膀胱と、小さな子宮、そして腸までも巻き添えにしながら、ズブズブと最奥まで沈んだ。胃などを殴られたものとはまた異なる属性の痛みが、女子小学生の体内で炸裂する。
 腸の感触を味わった英霊は、拳を引き抜くと間髪入れずに逆の拳を発射する。

 ドズン!!!!!!
「ぐッふゥ……!? ぅごぉ゛え゛ッッ……!! がっは……!!」

 臍のあたりに、再度着弾する猛撃。少女の身体は一瞬でくの字に曲がり、白く粘ついた唾液の飛沫を吹き出す。あまりの威力に、背中の大木までがミシミシと音をたてていた。
 拳はいとも簡単に薄い腹筋を突破し、メリメリと腹肉を歪ませながら体内へと進入。膵臓と肝臓にまで届くと、その二つの臓器をまとめて背骨付近にまで押し込んでいった。
 内臓を強引に移動させた英霊は満足げに頷き、拳を引き抜く――

 ドボォッ!!!!!!
「う゛ッ……!? お゛ごッ…………!!!!」

 またすぐに、叩き込まれる黒い拳。
 臍の上、鳩尾付近へ槍のように突き刺さった拳は、一瞬で腹肉をかき分け、狙いすましたかのように胃袋へと到達した。
 ズブリと小さな胃袋に硬い拳がめり込んだ瞬間、美遊の瞳孔が開かれ、血色の悪くなった唇から、再び胃液が飛び出した。

「お゛っうぇ……!? ごぷッッ……!!!」

 胃液で濡れた唇を震わせながら、美遊はまだ拳の進行が止まっていないことを察していた。

(あ゛ッ――おなか――ッ、中が、動いてッ――)

 メリメリと音をたてながら少女の体内を犯しつつ、拳は胃袋の位置を強制移動させる。
 そうして容易く背骨にまで到達した拳は、ミシリと背骨が軋むほど、胃袋を押し付けた。

「ふむ、やはり形が戻っているな。たいした回復能力だ……このまま続けても回復するのか?」

 英霊は言葉と共に――突き刺した腕をグリグリと左右に捻り回した。
 瞬間、美遊の身体が電気を流されたように大きく痙攣し、天を見上げるまでにのけ反る。

「がふゥ!? お゛ぐェッ……あ゛、ぐへっ、けぽっ、ッ゛――、ごぽォッ――!!」

 ガクガクと痙攣しながら、美遊の口元から黄色い胃液が断続的に吐き出される。ドロドロと首元を流れ、紫色の愛らしいコスチュームを汚した。
 そのコスチュームがねじり破れそうなくらいに、左へ、右へと英霊は拳を何度も半回転させている。
 胃袋はそのたびにグニャグニャと変形させられ、背骨もズレそうなほど。想像を絶する激痛が少女の肉体と、精神を苛む。

(胃が、グチャグチャに、なるッ――!?)

 美遊は神経が焼き切れそうな激痛に悶絶していたが、厳密には胃はまだ完全に潰れていなかった。
 今でこそ背骨を挟まれ、拳による蹂躙を受け続けているが、その最中でも自動回復は行われているのだ。
 左に形が歪み、元に戻る――右に形が歪み、元に戻る――
 そんな永遠とも思えるループを、美遊の胃袋は味わっている。

「魔法少女というのは厄介だな……こちらもそう長くはいられない。惜しいがそろそろ終わりにしよう」
「あ゛ッ……!?」

 ズボリと拳を一瞬で引き抜かれ、胃袋が解放された。反動で美遊は再びビクリと痙攣し、胃袋が元へ戻ろうとする感覚を自覚する。その感覚は生易しいものではなく、内臓の位置が再び変わるのだから、今にも発狂したくなるほどの苦痛だった。
 だが、殴られた腹肉と腹筋はまだ戻っておらず、大きな陥没を残したままになっていた。次第に回復するだろうが――

「エンディングの時間だ、魔法少女。ここまで耐えたことを褒めてやる」

 英霊の言葉と、風を切るような音。
 拳という支えを失った美遊はゆっくりと前のめりに倒れ込むところだった。
 彼女の視界は英霊の姿から下側へと動き、地面が映る。浮いていた身体が落下し始め、その地面が近づいていく――
 が、自分と地面の間に割り込むようにして、黒い剛腕が真っすぐ伸びてきた。

 ドボオゥゥッ!!!!
「ッ゛~~~~~~~~~!!?」

 抉り上げるような、ボディアッパーだった。地面に落ちようとする美遊の身体を掬い上げる、おそらくこれまでよりも強力で、最凶の一撃。
 重厚な拳は少女の腹の中央を突き上げると、そのまま背後の大木へと再び押し付けた――いや、激突させた。
 瞬間、大木が激しく振動。腹を殴られた美遊の背中を中心に、メキメキと軋んだ音をたてる。
 彼女の腹腔内だけでは受け止めきれない衝撃が、すべての内臓と背中を突き抜け、大木にまで影響を及ぼした。

 メキメキッ――バキッ!

 少女の背中に面した部分に亀裂が走り、それは次第に、蜘蛛の巣のように広がり始めた。
 一呼吸する間もなく、大木はついに亀裂が広がりきって、けたたましい音と共に崩壊を始める。ガラガラと土煙が激しく立ち込めて、美遊と英霊の姿が包まれた。

「あ゛――ッ――――」

 大木が完全に崩壊し、しばらくして土煙が消え去った後には――拳で突き上げられる美遊の姿があった。
 その小さな背中は、異様に膨らんでいた――よく見れば英霊の拳はもちろん、腕までほとんど見えなくなっていることが分かるだろう。肘近くまで深く沈み込んで少女の脊椎を越え、背肉を抉り上げるほど拳がめり込んだのだ。

「む゛、ぐッ……! げぽァッ……! ッ……!?」

 ドロドロとした胃液がへの字になって浮き上がる少女の口から溢れ出る。小柄な体躯は激しく痙攣しており、瞳は虚ろで、瞳孔も開ききっていた。
 しかしまだ、意識は残っている――瞳も決して死んではいない。
 負けてたまるかという意志が、見える。
 その事実が、英霊としては不服だったらしい。

「ぬっ……しつこいぞ、魔法少女!!」

 彼が腕を引き抜く――同時に、美遊の背中も隆起が収束する。
 空中で支えを失った少女は、物理的な法則に従って落下し始めるが――彼女の視界に、またしても英霊の黒い拳が映り込んだ。
 再度襲いかかる凶弾。幾分威力がさらに増しており、着弾の音は壮絶で、衝撃が周囲の枝葉を揺らすほどだった。
 少女の腹腔内を一瞬で突き抜けると、ボゴッ!と音をたてて背中を盛り上げる。

「ぐぶッッ!? んぐッ、げぶふッ、ごぼろッ――――!!」

 美遊の両目が大きく見開かれ、再び黄色の胃液が迸った。
 もはや痛いというレベルをとっくに通り越している。こうしてまだ肉体的に死んでいないのは彼女が魔法少女に転身しているからこそ。ギリギリ生きているといっても過言ではないだろう。
 だが、精神的なものは小学五年生の少女のままだ。常人であれば、こんな連続した苦痛を味わっていては、気が狂い、殺してくれと叫んでもおかしくない。
 それなのに、美遊は――”弱音”を一切吐いていなかった。そう、考えてすらもいないのだ。

「なんなんだ、お前は!!」
「ふっぐッ!? ごっ、ふゥッ……!! お゛え゛ぁ゛ッ――! げぽッ――――ッ!!」

 拳が引き抜かれ、再び腹を突き上げられる。グボリと背中が大きく盛り上がり、美遊の瞳は苦悶に揺れ、唾液と胃液をこぼした。

「なんなんだ、この魔法少女は!」

 ドゴッ!! ズムゥッ!! ドッグゥ!! ドボンッッ!!!
「ぐぶぅぅ゛ッッ――――!!? あァ゛ッ――!? ゴボッ! はぐッッ、ごぉェッ……!!!」

 連続で繰り返される左右のボディアッパー。
 その一撃全てが、腕まで完全にめり込み、何度も少女の背中をボコボコと盛り上げる。
 殴打されるたびに、紫色に変色した唇から、黄色い胃液が撒き散らされる。
 胃は陥没し、肝臓はよじれ、腸がほかの内臓と擦れ合い――内臓がめちゃくちゃに殴り荒らされた。
 空中で何度も腹を殴打される美遊は、幼い肉の詰まったサンドバッグ。魔力供給と自動回復が続く限り、壊れない肉人形と化していた。
 それでも。

(――――イリヤ)
 それでも、なお。
(――――イリヤを……)
 それでも、なお、彼女は。
(――――イリヤを、助ける……)
 親友のために、この猛攻を耐えようとしていた。

 たとえ胃が破裂しても。肝臓が破れても。腸が千切れても。内臓が血の海になっても。
 絶対に、諦めない。

「はあっ――はあっ――、かくなるうえは……!!」
「待て」

 不意に、英霊の背後から別の声。殴られ過ぎて感覚が鈍重になっている美遊は、かろうじてその声を聞き取っていた。
 イリヤを捕らえている、もう一人の存在だ。

「宝具の使用は許容できん。存在を感知されるぞ」
「ぬっ……!? そう、だったな」

 仲間であるもう一人に諭されたのか、英霊は怒りの色を沈めていく。

「それに、時間をかけすぎたな。この世界はそろそろ維持できない。移動しよう」
「……承知した」

 もう何十発目かも分からない拳を繰り出そうとしていた彼は、今もめり込ませたままの腕を引き抜いた。

「お゛ぐッ……!!」

 グボッと生々しい音がして、美遊の腹部に生々しい陥没が残される。支えるものがなくなった美遊の身体は地面へと真っすぐに落下し始めた。
 落下する少女の身体は、腹部が深く陥没し、背中は拳二つ分ほど盛り上がっている。自動回復能力が働き、腹腔内の内臓と、腹部と背中が元に戻ろうとし――

「ぬうううあああああッ!!!」

 英霊の怒号が、響く。
 彼は地面に落ちていく魔法少女の背中へと、拳を打ち下ろしていた。
 まだ完全に回復しきっていない、ボディアッパーによって隆起させられた背肉。そこをめがけて、英霊は破壊的な拳を叩き込んだ。

「お゛ァぐッ――――!!?」

 背中に突き刺さる衝撃と、激痛。
 隆起していた背肉を腹の中へと押し戻すように、英霊の拳がめり込んだ。
 めちゃくちゃに揺れ動かされていた内臓たちが、一瞬で一塊に集められ、殴り潰される。
 グジュリッ!! と人体から発したとは思えない音が鳴り響き、美遊の身体は地面へと叩き落された。
 地面に激突したと同時に、彼女を中心に周囲の地面に亀裂が走った。ビキビキと数メートルに渡るヒビが、拳の威力を物語っている。

「ゴ、フッ――――!! ごっぽッ――――!!!」

 うつ伏せに叩きつけられた美遊の口から、胃液が溢れ出た。地面へと円形に広がっていく。

「残念だが、お別れだ。魔法少女」

 英霊が拳を引き抜くと、陥没した背中がスウッと元に戻る。彼は苛立ったように舌打ちしながらも、うつ伏せの美遊をつま先で転がした。
 仰向けに転がされる少女の体。
 その身体が叩きつけられた地面には、英霊の分厚い拳と同じ形をした穴が、まざまざと刻まれていた。

「がはっ……! かはっ、がふっ――――げぽッ――!!」

 腹部を抱えながら激しく咳き込む魔法少女。口の中に残っている胃液と唾液が噴き上がった。
 肉体的な損傷は回復が見込めるが、ダメージを受けすぎたことで脳は危険信号を放っており、意識を眠らせようとしていた。その感覚に、美優は目を見開く。

(あ、ダメッ――いま、ここで意識を失ったら――)

「さらばだ、魔法少女。次に会える日を待っている。彼女は、それまで預かっておこう」

 英霊の言葉は、淡々としていた。
 イリヤが、連れていかれる。

「イ、リヤ――ッ! イリヤを、かえ、し――」

 必死に彼女は意識を持たせようとしたが――英霊たちの姿が視界から消えた瞬間、瞼がひとりでに落ちた。