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当ブログのSSは女性への暴力行為(いわゆるリョナ的な)の描写を含む場合があります。嘔吐や流血などの表現に現実を見失う方は閲覧をご遠慮ください。 登場人物などは全てフィクションです。存在するわけがありません。

●お知らせ(2019/2/20)
・短編「速攻 ―くのいち姉妹―」

■お題箱
※読みたいシチュエーションがあればお気軽にどうぞ。ですが必ず書くとはお約束できません。

●質問箱
※感想とかなんでもどうぞ。

目次

女の子がズタボロになってるシーンを手っ取り早く読みたい方は★マークをどうぞ。

『花びらたち』
★序
1-1 ★1-2
★2-1 2-2 ★2-3 ★2-4 ★2-4(BAD) 2-5
★3-1 3-2 ★3-3 3-4 ★3-5 ★3-5(BAD)
★4-1 4-2 ★4-3 ★4-4 ★4-5 ★4-6
5-1 5-2 5-3 5-4 ★5-4(BAD) 5-5
―連続短編―
魔法少女リューコ ★その1 ★その2
果汁系戦士アップルハート ★第1話 ★第2話 ★第3話 ★第4話 ★第5話
―単発ネタ―
★博士と責め子ちゃん
★NHK
★女王ステラ
★悪魔っ娘サーたん
★シチュエーションプレイ
★がんばれデスアロマ
★スーパーヒロインの資格 ★スーパーヒロインの敗北
★光の国のルナ
★ある日の望月星華
★ウルトラスイマー・ミウ
★未知との遭遇
★おにはそと、ふくはうち
★不良少女あずき
★スカーレット夫妻
★アリス姫の願望
★魔法少女マヤ
★スイート・キャンディ
★少女騎士レイナ
★金と黄の交差
★設定屋さん
★空手美少女アユミ
★赤髪メイジのキティ
★超戦姫マイティ・キッス
★速攻 ―くのいち姉妹―←NEW
―二次創作―
★ポケモンBW2女主人公

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★速攻 ―くのいち姉妹―

一撃さんのキャラクター、くのいち姉妹である杏さんと阿音さんの短編です。
強くリスペクトしておりますので、今回はしつこい描写を書いていません。タイトルの通りです。

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 ターゲットを確認した。杏は、記憶している人相と照らし合わせ、ターゲット本人であると確信する。
 一見するとパッとしない男だ。髪は手入れされておらずボサボサで、背は高いが手足は細い。
 また、白衣をまとっているものの、医者ではないことが調査で判明している。
「まだよ。拠点が判明するまで、接触は控えて」
「うん、了解」
 決して少なくない人通りの中で、二人は白衣の男をずっと尾行していた。
 与えられた資料によれば、男の正体は“謎”の一言に尽きる。
 本名も、年齢も、職業も、住所も、ほとんど不明。分かっているのは人相と、危険度が高いという情報くらいである。
「お姉ちゃん、あいつって本当にヤバいヤツなの? ぜんっぜんそんな印象ないよ」
 妹には同意見だったが、油断は禁物だ。
「阿音、見た目で判断しては駄目。わたしたちだって、たまにあるでしょう?」
 二人は非常によく似た姉妹だ。さらにすれ違う人々が男女問わず目で追ってしまうくらい、とびっきりの美人ときている。
 姉の杏はショートヘアにクナイの形をしたヘアピンを留めている。ボーダーのハイソックスを履いた両脚は、肉感的だがスポーツ選手のように引き締まっていた。
「あ~そうだよね。あたしたちのことただの女子高生だと思って、油断する人多いし」
 にひひ、と阿音はまんざらでもない表情で笑っている。
 妹である阿音はポニーテールに結った髪が特徴的で、ニーハイソックスに覆われた両脚は姉と遜色なく、長くて健康的だった。
 ただ、きれいなバラには棘があるとはよく言ったもので、彼女たちは普通の女子高生ではない。
「そういう阿音も人のこと言えないでしょう。小学生の男の子だからって高を括って、一撃で気絶させられたこと忘れたの?」
 すると阿音は、ぎくりとした表情で姉から目を逸らした。
「あ、あーあー。あれはほら、そのー……だ、だって! いきなり鳩尾を突かれたら絶対無理だもん! あれ息できないし! お姉ちゃんだってすぐ落ちるって!」
「残念でした。わたしはどんな相手だって油断なんかしてないの。今回だってね」
 むー、と妹は不満そうにふくれている。
 ともかく、自分たちが出向く必要があるということは、ターゲットだって『まとも』ではないということが確実。警戒するに越したことはない。
 姉妹はターゲットから離れすぎないよう、行き交う人々に紛れながら追跡を続けた。
 
 次第に、男は人気のない路地裏へと歩みを進めた。いかにも隠れ家のような場所がありそうな気配が漂ってくる。
 ターゲットは周囲をぐるりと見回した。尾行されていないか確認しているのだろう。
 杏と阿音は物陰に潜み、同時に息も殺していた。たとえターゲットが物音一つ聞き逃さないような地獄耳の持ち主だったとしても、姉妹がすぐそばで狙っていることには絶対に気付かない。
 安全であることを確信したのか、男は一つうなずいた。そして、コンクリートの地面を三回、こつこつこつ、と靴で鳴らす。
 すると、ごごご、と軽い地鳴りと共に、地面が“下がった”。
(隠し通路……!)
 杏は浅い呼吸を乱さないようにつとめた。同時に阿音へとアイコンタクトを送る。
 妹が瞳だけで相槌を返してきた。
 タイミングは、今だ。
 まず阿音が飛び出す。ほとんど音もなく。
 普通だったら、呼吸の乱れとか、何かが動く気配とか、武道に触れていない人間でもあっさり気づくものだ。
 だが、阿音も杏も、普通ではない。
 姉妹はこれまで何度も困難な任務をクリアしてきた『くのいち』だ。音もなくターゲットを無力化することなんて、造作もない。
 仮に一人では難しいレベルだったとしても、二人なら成功率は格段にアップする。ほぼ百パーセントに近い。
(オッケー、捕った!)
 杏はそう確信した。阿音の行動は男に気付かれていないし、たとえ今すぐに後ろを振り向いたところで、防御や回避は絶対に間に合わない。
 
 しかし――杏には見えていなかったが、阿音だけは気づいていた。
 右から襲ってくる、何かを。
 
「ッ――!? 阿音!」
 ほんの一呼吸だ。その瞬間的な時の間で、妹の体が弾き飛ばされていた。
 蹴りだった。阿音の腕が男の首に巻き付こうとする直前に、彼女は右横から何者かの飛び蹴りを受けていた。
「くあ!?」
 かろうじて両腕でガードしていた。それは、阿音の反射神経があってこそ。
 しかしそれでも、阿音の体が数メートル転がるほどの威力だった。
 妹は転がりながらも地面に手を添え、跳ねるようにして勢いよく立ち上がる。
「だ、誰なの!?」
 阿音の疑問はもっともだ。杏も視線で追う。
 そこには、場違いな存在がいた。
「……メイドさん?」
 杏が思わずそうつぶやくくらい、分かりやすい衣服を着ていた。
 メイド服を着た少女。中学生か――下手すると小学生くらいの、あまりにも小さな女の子だ。
 いや、そもそもどうしてそんな少女が、阿音に不意打ちなんてできるのか?
 小さなメイドが、均衡を破るように口を開く。
「博士。おっしゃっていたのはこのお二人ですか?」
 年相応の、幼く高めの声だ。しかしどうも感情に乏しいというか、抑揚のない声色だった。
 メイド少女の言葉に、それまでうつむき気味に歩き続けていたターゲットが、白衣を翻しながら振り返る。
 若いがどこか陰鬱そうな男の顔は、やけに嬉しそうだった。
「そうだとも! いやはや、こんな美少女たちにストーカーされる日が来るとは! これがモテ期というやつかな!」
「お生憎ですがストーカーなんて生易しいものではありませんよ。童貞特有の都合のいい解釈はやめてください」
「ぬぬっそれはきつい事実! ううむ、現実に引き戻されてしまったよ。少しは夢を見させてくれてもよくないかい?」
「お気持ちは分かりますが、夢は眠っているときに見るものです。残念ですが現実こそリアルなので、現在の状況を受け入れていただかないと」
 たはー、と白衣の男が額に手を当てている。
 一体なんなんだ、この二人は――くのいち姉妹は半ば呆然としながら歪な組み合わせの二人を凝視している。
「ほら、お二人が困っているではありませんか。まずは自己紹介すべきだと思います」
「ごもっともだね! そちらのお二人さん! 僕は――おおっと、思わず本名で名乗ってしまうところだった。とりあえず気軽に博士とでも呼んでくれたまえ」
 博士と名乗ったターゲットは、次にメイド少女の頭に手をのせた。
「そしてこっちは、僕のとってもっても大切な――」
「初めまして。正式名称は無駄に長いので省略します。どうぞ『責め子ちゃん』とフレンドリー感覚でお呼びください」
 彼女はロングスカートの両端を摘まんで、軽くお辞儀してみせた。
「せ、せめこ、さん?」
 思わず、といった口ぶりで阿音が聞き返している。
「ノー。『ちゃん』までが名前です。マイネームイズ責め子ちゃん。呼びやすい愛称であることは認めますが、センスは最低と言わざるを得ません。名前でネタバレしていますからね」
「ノォー! キミはいちいち僕を罵倒しなければ死んでしまうウイルスにでもかかっているのかね! 僕はガラスのハートなんだからもう少し丁寧に扱ってもらいたいのだが!」
「なーにがガラスのハートですか。一般的な精神を持つ人間はわたしを使って実験などしませんよ」
 実験、という言葉に姉妹がぴくっと反応する。続いて鳥肌が立つような悪寒が背中を駆け抜けていき、思わず身構えてしまう。
「あーあ、見てください博士。ドン引きされていますよ」
「キミが余計な事を言ったからじゃないのかな! しかし実験しているのは事実だから、謝るつもりもないよ」
「お二人とも、安心してください。別にわたしの体をエロ同人誌みたいに都合のよい肉便器にしているわけではありませんので」
「そもそもキミは生殖行為できないからね! しかし世の中にはたとえ人形でも事に及べる人種もいるようだが……」
「他人の趣味を否定することは誰にもできませんし、許されません。たとえ博士のようなどんなに気持ち悪い人間でも」
「気持ち悪いとは失礼な! 僕はキミの生みの親なのだから少しくらい言葉を選んでくれてもいいんじゃないかな!」
「キモい」
「いや変わってないし!? そっちの方が嫌だよ僕は!」
 わけのわからない会話を展開するメイド少女と、博士なる人物。
 意味不明すぎる状況だったが、彼らのペースには巻き込まれまいと、杏は精神を尖らせる。
「お分かりと思いますが、わたしたちは、そちらの男性にのみ用件があります。一緒に来ていただけますか?」
 穏便に事を済ませられるなら、それに越したことはない。今回はあくまでも「確保」が任務であり、「抹殺」ではない。
 情報が洩れることを防ぐため、杏と阿音には、その目的や依頼人などの詳細は知らされていない。だから、確保された男がどうなるのかも知らない。
 しかし任務として自分たちが動く必要があるというのは、重要度が極めて高いのだ。場合によっては、実力行使さえやむを得ない。
ふむ、と博士が顎に手を当てる。
「こんな可愛い女子高生に連行されるのはむしろ嬉しいことだが……責め子ちゃんはどう思う?」
「さて。有無を言わさず確保しようとしてきたので、明らかに博士を危険視しているものと考えます。どう見ても訓練されている人間ですよ」
「ふうむ。二人とも美人でかわいくて、しかも隠密行動に優れているとは、よもや忍者――違う、この場合はくのいちだなあ!」
 ぞくっ、と姉妹は肌寒さを覚えた。それは得体のしれない悪寒だった。
 いや、彼――博士は、ただ単に茶化すように言ってみせただけかもしれない。この現代において、忍者なんていうものはそもそも消え去った存在だから。
 しかし、博士は姉妹を「くのいち」であると洞察し、それでいて危機感というものを抱いていないのが、異常だ。
「いいぞいいぞ、くのいち美人姉妹か! これはフェチ心をくすぐられるね! 衣服が破れたりすると観客は大喜びだよ!」
「博士、観客はあなただけです。一人で勝手に興奮するのはやめていただけませんか」
責め子ちゃんは感情の乏しい声と表情で続ける。
「それで、どうされますか? とっ捕まってしまっては、とてもじゃないですが無事で済むとは考えられません」
 そうだよねえ、と博士は他人事のように、うんうんと頷いている。
「僕にはまだやり残していることが数え切れないほどあるから、そう簡単に捕まるわけにはいかないなあ。責め子ちゃん、ここはひとつ頼んだよ」
「了解しました。危ないですから下がっていてください」
 博士の言葉に嫌な顔ひとつせず――いや、実際にはずっと無表情なのだが、ともかくメイド少女は一歩前に進んだ。彼を守るようにして。
 戦闘の意思があると判断せざるを得ない。阿音が迎撃された時点で、責め子ちゃんは相当な手練れであり、一筋縄ではいかないことは明白だ。
 杏と阿音は、まったく同じ動きで格闘戦の構えを取る。
 妹と左右対称になるように位置を調整した杏は、責め子ちゃんを見据えながら、
「わたしたちは、正々堂々なんてプライドは捨てています。相手が誰であろうと」
「ええ。ハナから期待していませんよ。どうぞお構いなく」
 メイド少女は余裕綽々――というわけでもない。言葉はともかく、その声色や、表情のわずかな動きにいたるまで、信じられないことに『一切に変化がない』のだ。
 それは絶対に不可能なはず。こうして杏だって、表情に出していないものの、心臓の鼓動は少しずつ早まっている。阿音だって同じだろう。
 何度も戦いを潜り抜けてきた自分たちだからこそ、あのメイド少女は異常であると理解できる。だからこそ、当然見くびったりなんかしない。
 お互いが見つめあうこと、数秒。
 姉妹は、お互いの呼吸が同調したことを肌で感じ取り、その瞬間に行動に移った。
「「覚悟ッ!」」
 まず、二人が肩を並べて駆ける。
 姿勢を低く、しかしそれでも失速することのない俊敏なダッシュは、到底人間業ではない。
 相手の距離までわずかというところで、姉妹は直線状に並んだ。杏が前で、阿音が後ろだ。
 メイド少女の視界からは、阿音は杏に隠れていて視認できない。この状態で、杏が次のアクションを起こす。
 跳躍。
 軽く踏み込んだ直後、ほとんど音もたてずにジャンプした。相手へ飛びかかるような弧を描く跳躍である。
 しかし、本命は杏ではない。
 跳ぶ直前に、背後にぴったりくっついていた阿音がクナイを投擲していた。軌道は真っ直ぐではなく、やや下方に向けられている。
 相手からすれば、跳躍している杏に視線を移してしまうが、彼女よりもスピードの速い得物が唐突に迫ってくるのだ。
 杏に対する反撃姿勢を、クナイのために瞬間的に防御姿勢に移行することはほぼ不可能である。仮に化け物じみた反射神経で対応できたとしても、次は杏の攻撃が待っているのだ。
 だからこれは、くのいちの必須スキルともいうべき『必殺』の攻撃。
 そのはずなのだが。
 メイド少女が、軽く右足を引く。真正面を向いていた体を、横に向けるかたちになった。
 たったそれだけだ。それだけで、避けた。
 クナイはそのまま、責め子ちゃんがつい先ほどまで踏みしめていた地面に突き刺さる。
 しかも、
(どうして、こっちを見たまま――!?)
 杏は、そして阿音も、メイド少女の目が一切泳いでいなかったことに驚愕していた。
 責め子ちゃんは、視線を杏から外さないまま、クナイを最低限の動きだけで避けたのである。
(いえ、まだ!)
 杏は腰に装備していた短刀に手をかけた。
 着地寸前で、短刀を逆手で振り抜く。
「あッ!?」
 メイド少女に打ち込まれるはずだった短刀は、先ほどのクナイと同じように、寸前で回避された。
 そして伸びた腕を掴まれて、ぐいっと引っ張られる。
 怪力というわけでもなかった。それでもなぜか、ふわりと自分の体が浮き上がる感覚に、杏は思考を一瞬停止させてしまう。
 背負い投げだ。それも、数メートル先へ投げ捨てるかのような。
 背中を打ち付けられる寸前で杏は思考を取り戻し、咄嗟に両手で受け身を取り、肉体へのダメージを最小限に抑えた。すぐに、体をバネのようにして跳ね起きる。
「お姉ちゃん!?」
「大丈夫ッ!」
 慌てつつも防御の構えを取るが、メイド少女は追撃してこなかった。
 結果だけ見れば、責め子ちゃんはその場からほとんど動かないまま、くのいちの二人をいなしていたのだった。
「舐められたものですね」
 少女が無表情のまま口を開く。
「鞘から抜かないのであれば、ただの木の棒ではありませんか。この得物も、地面に刺さってはいますが先端が削られていました。この私を傷つけずに無力化できると思っていたのですか? 舐めプは相手を怒らせますよ」
「責め子ちゃん! 彼女たちは心優しいくのいちなんだよ! きっと昔は同胞さえ恐れる冷徹な忍者だったが、とある幼い男の子を暗殺しろと命じられ、もちろん任務を即座に遂行するはずだったが、その男の子は弟や妹たちにご飯を食べさせるためにやむなく犯罪に手を染めていたことが分かり、彼の境遇をおもんぱかった二人は逆に依頼主を殺――」
「だーれがお得意の妄想を展開しろと言いましたか。博士は今なんの役にも立たないただのでくの坊なのですから、そこで黙っていてください」
 ぴしゃりと博士の言葉を遮り、責め子ちゃんが続ける。
「とにかく、殺さないのであれば私の手足をもぎ取るとかしない限り、博士を拉致できませんよ。ご理解をお願いいたします」
 ぺこり、とメイド少女が美しいお辞儀を披露した。
(いけない……この子、強い)
 一体なんの使い手なのか――杏は攻撃をかわされたことに歯を噛みつつも、好奇心を覚えていた。
「ふふ、ふっふーん」
 そのとき、杏の妹が何やらほくそ笑んでいた。
「たしかにあなたは凄いけどさ、そのクナイ、本当に何もないと思う?」
「どういう意味でしょうか。どう見ても地面に突き刺さっているだけのオブジェと化していますが」
「あたしたちはこれでも一応、くのいちだし? それっぽいこともできるんだよねー」
「回りくどいですね。もったいぶって悦に入るタイプですか? 博士と同じですよそれは」
「ひぃっ! そ、そこの人とは一緒にしないでよ!」
 明らかに嫌悪感丸出しで阿音は博士を指さしている。対して博士はショックのあまりか口をあんぐり開けている。
 しかし杏も、阿音の言葉の意味するところが分かっていなかった。
「阿音? いったい何を言ってるの?」
「あはっ、やっぱお姉ちゃんも気になるでしょ? 見ててね!」
 阿音は人差し指だけ立てた左右の両手を、がっちりと組み合わせた。
「縛術――“影縫い”!」
 呪文のようにそう唱えた瞬間、地に突き立っているクナイが軽く振動した。
 同時に、杏はクナイから発せられる”気”を感じ取る。
 数秒間の沈黙があり、責め子ちゃんが「ふむ」とつぶやく。
「なるほど。本当に忍者――いえ、くのいちなのですね」
 関心している――しかし無表情なので分からないが、とにかく理解したらしい。
 それは博士もなんとなく察しているようで、
「おいおい責め子ちゃん。まさかとは思うが、そこから身動きできなくなったとか言わないだろうね?」
「そのまさかです。私は体そのものをこの地点で縛られたようですね。このクナイが私の影を固定したということでしょう」
「の、飲み込み早っ! いや、その通りなんだけどね。どう? もう抵抗できないでしょ」
 そもそも責め子ちゃんがほとんど微動だにしないので分かりにくいが、確かに阿音の術は発動しているようだ。
「阿音、あなたいつの間に? 忍術の訓練はいつもだらけていたのに……!」
「ふふん、お姉ちゃん、いわゆる才能ってやつだよ才能。もとから忍術スキルにポイント振られて生まれたってだけ。だから勉強しなくたっていいのだー!」
「あら~? 学校の勉強をサボっているのも才能があるからなのかしら~? それなら来週のテストはわたしが力を貸さなくてもいいわけね」
「あっ、ああー! 待って違うの! 調子乗りましたごめんなさい! お願いだから見捨てないでー!」
 両手を合わせてお祈りのポーズ。仕方ないなあ、と姉はため息を吐きつつ苦笑するのだった。
「仲が良いのはよろしいことですが、私を置いてきぼりにしないでください」
 姉妹の間に挟まれ、影縫いによって体を封じられた責め子ちゃんは、それでも表情が変わらなかった。まるで人形のようである。
「いかがいたしますか博士。このままでは博士が拉致され、酷い拷問を受けた挙句に殺さてしまうかもしれません」
「それは嫌だなあ! 痛いのは勘弁だ!」
 ひょろっとした体格だが声量だけはある博士は、言葉をつづける。
「仕方がない……責め子ちゃんからすると、レベルいくつになればこの状況を脱することができるんだい?」
「この影縫いとかいう術を強引に突破するために、レベル11が最低条件です」
 そうか、と博士は頷いた。
 杏は思わず彼を凝視した。彼の声色が明らかに変わったからだ。なんというか、これまでのお気楽な態度とは打って変わって、真剣味を帯びていた。
「僕にはまだやることがたくさんある。それは分かるね?」
「把握しています。私は博士の目的を達成させるために生まれました。どう扱おうと博士の自由であり、それに従う義務があると考えます」
「うむ。責め子ちゃんにはひと踏ん張りしてもらおう。リミットの解除を許可する」
「博士の下命を確認。リミットを解除します」
 責め子ちゃんがそう答えた瞬間、空気が震えた、気がした。
「続いて戦闘レベルをイレブンに設定。一部の衣服と塗装の蒸発は許容範囲とします――レベルアップ開始」
 続いて空気が、鳴いた。
 責め子ちゃんのメイドスカートが、突風を受けたように激しくなびいている。いや、自然の風は吹いていないのに、しかもそのスカートは内側から――
(彼女自身から、何か――!)
 そう、メイド少女自身から、何かが発せられているのは間違いない。しかし、杏は違和感がどうにも拭えなかった。
 人間にも”気”が存在する。いわば生命エネルギーのようなもので、自在に操るには相当な訓練が必要とされる。先ほど阿音が見せた忍術も、気を操らなければできない芸当だ。
気は強ければ強いほど、容易に感じ取ることができる。身近なことでいえば、存在感が濃いとか薄いというのを、誰だって感じることがあるだろう。考え方はそれと同じだ。
(だけど、あの子からは何も感じない……! 何もない!) 
 空気が震えている。彼女自身が何かしらの力を放っているのに、何一つ掴み取れないのだ。
杏が戸惑っている間にも、メイド少女に変化が訪れる。
 まず、メイドスカートの裾が発火した。激しい風で瞬く間に燃え広がり、スカートの半分ほどを蒸発させてしまう。
 歪なミニスカート状態になった彼女の両脚は、色白で細かった。
が、杏の鋭い観察眼は真相に辿り着いた。彼女の両脚は人間と同じに見えるが、もう溶け始めている肌から、銀色の骨組みが露出している。
「ロボット……!」
「いいえ。わたしはアンドロイドです。そこ重要です」
 メイド少女――責め子ちゃんは、そもそも人間ではなかった。だから“気”が感じられないし、二人の攻撃をいとも簡単に凌いだのだ。
 おそらく痛みなども感じないのだろうが、少女の体はとてつもなく高温で、間接から火花さえ散り始めている。
「四肢の信号伝達にショート発生。レベルアップを一時停止します。博士、熱暴走により重大な問題が発生する可能性が極めて高い状況です」
「問題を無視して続行。僕の安全が確保されるまで稼働したまえ」
「承知いたしました。博士の安全性を最優先事項に再度設定。私に発生するエラーの可能性、事後の問題は一切考慮しないものとします。レベルアップ再開」
 また、空気が振動する。熱量がさらに高まる。スパークが起きる。
 機械的なもの関して知識は深くないが、杏と阿音には、メイド少女が酷な仕打ちを受けていることだけはすぐ理解できた。
「ちょ、ちょっと! ひどいでしょこんなの! モノみたいに扱ってさ!」
 特に阿音は感情的になりやすいから、すぐ口を出してしまう。しかし杏も博士を睨み付けることで同意を示した。
「責め子ちゃんは僕のモノだよ。どう扱おうと、キミたちには関係ないことだ」
「博士の言う通りです。部外者に心配される謂れはありません。どうぞお気遣いなく」
 とは言うものの、責め子ちゃんの体はかろうじて人間としての姿かたちを保っているが、体のいたるところから火花と煙が立ち上っていた。彼女が発している機械熱が、十メートル近く離れている二人の肌に突き刺さってくる。
 数秒後、メイド服がボロボロになっている少女は再び口を開く。
「レベルイレブン到達。時間がありませんので”一撃”で終わらせます」
 責め子ちゃんの生気のない瞳が、炎を思わせる赤に染まった。
 直後、空気を切り裂く音。風が高速で走る音。
 同時に杏の視界から、メイド少女が消え失せる。
「――――あ」
 杏がかろうじて視認できたのは、責め子ちゃんが阿音に視線を向けた瞬間だけ。メイド少女が立っていたところには、メイド服の切れ端と、濃い陽炎と、ひび割れた地面が残された。
 気づいたときには、妹のために何かできることは、もう無くなっているのだった。
「がッ――!?」
 阿音が大きく目を見開いて、舌を突き出している。
 空気が破裂したような音を杏は聞いた。その正体は、責め子ちゃんの右拳が阿音の腹部を突き上げた音。
 見えなかった。杏には、メイド少女が駆け出す直前動作も、妹に肉薄するシーンも、妹が防御か回避をおこなう素振りも、拳が腹部にめり込む瞬間も、何一つ見えなった。漫画のコマが一つか二つ抜け落ちたかのように。
 しかも、責め子ちゃんは鳩尾を的確に突き上げていた。
 くの字に折れている体。その両足が地を離れていることから、威力も相当なものであることが分かる。
「か、ひゅッ」
 阿音が唾液の塊を吐き出すと、瞳孔がきゅっと細くなり、フッと瞳に陰が差し込んだ。
 杏は妹が失神させられた状況を目の当たりにして、確かに動揺してしまった。だが、仮に万全を期していたとしても、次に降りかかる攻撃を凌げたかどうかは分からない。
 もう、責め子ちゃんが自分の懐にまで飛び込んできていた。またあの超スピードで。
 メイド少女の瞳が赤く染まっている。だけどそこにはなんの感情も表れていない。ただとにかく、主人である博士の命令を実行しているだけの人形だ。
 杏は、肉薄してきた責め子ちゃんに息を呑む。脳が体を動かす前に、メイド少女の細腕から繰り出されるボディアッパーが鳩尾に叩き込まれた。
「ぅ゛ッ……!?」
 腹筋が打ち破られる。
 腹の肉が強引に奥へと押し込まれる。
 メリメリ、という音が聞こえた。
「かはッ」
 着弾の衝撃で、内臓全部が圧迫された。
 一瞬で呼吸を止められた杏は、異常なほど精密に打ち込まれた拳の感触を内臓で感じていた。
 痛めつける目的ではなく、眠らせるための、当身。
 杏の視界が急激に暗く、狭くなっていく。
「素晴らしいですね。この一瞬でわずかでも着弾点をずらしたとは。称賛を送ります」
 拳をめり込ませたまま、責め子ちゃんが何か言っている。しかし杏は呼吸停止により意識が混濁していて、言葉を理解することができない。
「かッ、は……! かッ……!」
 まったく呼吸ができず、かすれた声の杏はがくがくと小刻みに痙攣し始めた。
「しかし、それでは失神する前に痛みを自覚してしまいますから、少しお手伝いいたします」
 無表情の責め子ちゃんは、手首までめり込んでいる拳を、反時計回りに捻り上げた。
「ぐ、ごッ!?」
 ぐちゅ、と肺が捻られる音を、意識を飛ばす直前の杏は聞いた。


「状況終了しました。レベルダウン開始」
 横たわるくのいち姉妹の姉のすぐ傍で、責め子ちゃんは戦闘モードを解除した。体の至るところから、今度はドライアイスのように冷たい煙が吹き上がる。
「各機関の被害状況を確認中――四肢系統がオーバーロード寸前。メモリも限界値です」
「責め子ちゃん。今すぐスリープモードに移行してくれ」
 博士が歩み寄りながら彼女に命令している。
 しヵし主人の言葉に、責め子ちゃんはすぐには従わなかった。
「まだです。博士が百パーセント安全とは言えません。周囲に危険が潜んでいる可能性があります」
「そんなに大勢で僕たちを囲っていたりしないだろう。仮にも忍のようだからね」
「不確定要素ですが――了解しました」
「うむ。よくがんばったね。ありがとう」
「どういう風の吹き回しでしょうか。博士がお礼を言うなどと」
「いやいや、本当の気持ちだよ。こうして明確に僕を狙ってきたケースは初めてだからね。責め子ちゃんがいなければ、僕は何もできないからね」
「らしくありませんね。いつものハイテンションムーブはどこへ忘れてきたのですか? シリアスムードなんて似合わ、ナ――イ――」
 感情が乏しい機械的なボイスに、ノイズが走った。全身の熱はすでに冷却済みではあったが、一時的にスペックをフル稼働させたから、メンテナンスが必要になる。
「責め子ちゃん、僕へのツッコミはそれくらいにして、ただちにスリープモードへ。後始末は僕に任せない」
「――――カ、かしこマり、マし、タ――」
 途切れ途切れになった責め子ちゃんの声は、やがて完全に止まった。両目は閉じられているが、直立不動のままである。これ以上の負荷をかけないために、スペックを最低限まで落とした状態なのだ。
 さて、と博士は倒れているくのいち姉妹を一瞥してから、空を見上げる。
「ううむ、今すぐにでも拠点を移動させた方がよさそうだ。こんなに素晴らしい女子高生が二人とも眠っているというのに……現実は厳しいなあ」
 博士はそのひょろっとした腕で、責め子ちゃんを抱え上げる。
「さらばだ美少女くのいち姉妹! また会ったらよろしく頼むよ!」
 再びボリュームの大きい声で独り言を言い放つと、ずっと露出していた隠し通路へと、責め子ちゃんと共に姿を消した。
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超戦姫マイティ・キッス

 数年ぶりに怪人が現れた。
 ついにこの時が来た、と小早川未咲は拳を握りしめる。
 高校に入学したばかりの彼女は最近十六歳になった。黒髪のショートボブと丸顔でふわっとした印象だが、決意の火を灯した表情は凛とした雰囲気をまとっている。
 背も幾分高めで、デニムのショートパンツから伸びる脚は適度な筋肉が付いており、スポーツ選手のような肉感があった。
 そして、上半身は下着だけで、姿鏡の前で自分の身体を見つめていた。がっしりとまでは言わないが、二の腕は引き締まっており、縦筋が浮いた腹筋は綺麗に薄く割れている。
「ふう……よし」
 実際、未咲は常日頃から体を鍛えていた。部活は陸上部で、先輩たちにも引けを取らない。有望な一年生が入学したと、教師からも注目されているほどだ。
「大丈夫……大丈夫だから……」
 同年代の少女と比べて背は拳一つ分高く、手足も長い。加えて、程よい筋肉が全身に張り付き、姿勢の良さ、可愛らしく整った顔立ちと、文句なしの美少女である。
 そして彼女の前には、白を基調とした衣装が飾られている。これは、彼女にとってとても大事なもので、大切な繋がりで、これから共に生きていく存在だった。
「……行くよ、マイティスーツ!」


 町の様子は、閑散としていた。
 破壊された店やバリケード、パトカーを含んだ車たち。人間たちは一人も見当たらないのは、すでに恐れをなして逃げ出してしまったからだ。
「グハハハッ! 人間とはこんなに弱い生き物なのか。こんなものが地球を支配しているとはな」
 人間の言葉だが、声色は確実に人間のそれではない。
 彼――いや、性別があるのかどうかも分からないが、とにかく彼は、この町にやってきた“怪人”である。
 体は大人の人間で男性的だが、頭だけは狼になっているのが彼、ヴォルフだ。
 怪人は端的にいえばヒーロー番組に登場する悪役で、見た目通り人間に分類される存在ではない。そのほかの動物、ひいては、この星の脅威ともいえる。
 そして、彼らは空想や妄想の域に収まらない。現実に、確実に存在しているのだ。
「まだ手をつけられていないこのシマ、意外と穴場だったかもしれんな。グハハッ、この俺、ヴォルフ様の名を上げるのにちょうどいい」
 彼は怪人としての力を発揮し始めたばかり。しかも無駄に自身ありげな様子は、有り体にいえば“イキっている新人”だ。
 怪人はそのほとんどが、人間たちの恐怖心といったマイナスエネルギーを吸収して活動している。だから、彼はこうして知名度をあげていこうとして、まだ魔の手が行き届いていないこの町にやってきたのだろう。
「ム、この時計台は……」
 ヴォルフが目をつけたのは、町の中心にある大きな時計台だ。直径五メートルほどある大きな柱には、小学校の子供たちが無邪気に描いた絵が踊っている。
「フン、不愉快な絵だ。人間とは本当に愚かだな。こんな無邪気な絵ごときでプラスのエネルギーを生むとは。しかしこれを破壊すれば……」
 狼怪人はそのたくましい腕に力を込めた。ぐぐっ、と筋肉が盛り上がり、血管が浮き出してくる。それだけで、コンクリートさえ軽く砕けるのではないかと思われた。
「さぞかし負の感情が溢れ出すことだろう……! ゆくぞ……!」
 
「待ちなさいッ!」
 
 今まさに拳を叩きつけようとした瞬間、声量のある少女の声に怪人は耳をピンと立てる。
「ム、何者だ」
 ヴォルフは背後へと振り向くと、声の正体は息を少し弾ませながら指を突きつけていた。
 白をベースにした衣装は妙にぴっちりしていて、身体のラインを艶やかに浮き出させている。
「はぁ、はぁ、そこまでよ! はぁ、怪人――――えっと、名前、なに?」
「何だいきなり。名前は自分から名乗るものじゃないのか」
「ん、言われてみれば確かに。そっか、あたしはいま正義の味方! 名乗って登場してこそ、よね!」
 呼吸を整えながら、少女はほどよく成長している胸を張った。
「わたしは――マイティ・キッス! みんなの平和を守る者よ!」
 ビシッ、ともう一度指を突きつけながら告げる。
 白いレオタードに似たコスチューム。ブルーのリボンやフリルで装飾されているが、少女の抜群なスタイルがしっかりと表れている。
 青のロンググローブは汚れ一つなく、同様に膝下まで覆われている青いロングブーツも美しく輝いている。
 最後に、目元のみを隠したブルーのドミノマスク。無邪気な子供が見れば、スーパーヒーローだ、と声をあげて喜ぶかもしれない。
 お分かりだと思うが、彼女の正体は現役女子高生、小早川未咲である。
「ムム、貴様は……もしや正義の味方というヤツか? 本当にいるとは!」
「そうよ、正義の味方――スーパーヒーローは実在するの! だからお前は――えーっと、あ、アレよ、そう! 名前!」
「いいだろう、教えてやる。俺様の名はヴォルフだ。だが、キサマが俺様の名を口にすることはない……今すぐここで死ぬからだ……!」
 威圧するようにヴォルフは鋭い眼光で未咲を――マイティ。キッスを睨みつける。
 う、と彼女はその目に気圧されたが、拳をぎゅっと握りしめて睨み返した。
ドミノマスクを付けているから表情はある程度隠れているものの、ヴォルフは「ほう」と感嘆する。
「力強い目だ。こうして一人で立ち向かってきただけのことはある。これは楽しみだな!」
 グハハ、と愉快そうに笑うヴォルフ。
マイティ・キッスは胸に手を当てた。心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。
これは武者震いだ。初めての実戦ではあるが、彼女はどこか高揚していた。
(やっと……やっとお母さんみたいになれる! 今度はあたしが、怪人をやっつけるんだ!)
 小早川未咲は、【二代目】である。
 彼女の母親は、ずっとこの町の平和を守ってきた。このマイティスーツを着て。
幼い頃から未咲はそんな母親の強さに憧れ、いつか一緒に肩を並べられるようになりたいと感じた。
 だから、時間はほとんど自分を磨き上げるために使ってきた。勉強はいつまでもできないけど、それはどうだっていい。
 友達付き合いはそこそこ。男子に告白されても全部一秒以内で断ってきた。女子中学生らしい青春は、自分を強くするために捧げている。
「さあ、かかってきなさい! お前なんか、あーしてこーして、もう謝りたくてしょうがないくらい、コテンパンにしてやるから!」
「グハハッ、面白い! この町を守る貴様を倒せば、この地域は支配したも同然というわけだ! ゆくぞ!」
 怪人が突撃を開始する。彼は頭部が狼だが、身体的にはほぼ大人の男性だからなのか、人間と同程度の速さだ。
 
『――無駄な戦いは、できるだけ避けようね。そのためには、圧倒的な力を見せること』
 
 彼女は、母の言葉を反芻した。
 そうだ、まずは、自分の強さを怪人に見せつける。幸いにもヴォルフは人語が理解できるようだから、「勝てない」と分かればこの戦闘もすぐ収束するだろう。
 それでも向かってくるようなら、それこそコテンパンにするだけだ。
「グオオオオオオオオオッ!」
 狼らしい咆哮とともに、怪人の右腕が唸る。なんの小細工もない、純粋なストレートパンチ。
 マイティ・キッスはそれを軽々と避けた。これくらい、通っている空手の道場で何度も見たことある突きだ。
「ヌウッ……!」
 怪人がキッスの反射神経に目を見張る。
「――ッ!」
 すぅっ、と彼女は短く息を吸う。
瞬間的に呼吸を止めてから、
「――ッは!」
 右の拳を、怪人の腹部へと叩き込んだ。マイティスーツを着ている今、常人とは比べものにならない力を秘めている。
 そのはずなのに。
「いッ……!?」
 思わず声が漏れる。
まるで大木を殴ったみたいに、拳が痛い。
 スーパーヒロインの拳は、怪人の腹筋に簡単に阻まれていた。
「……なんだ、今のは?」
 怪人ヴォルフは、平然としている。いや、むしろ逆に驚いているようにさえ見えた。
(こいつの身体が固すぎる……!? それなら……!)
「――だあッ!」
 今度は、ハイキックが飛び出す。
 狙いは頭部だ。どんな生物だろうと頭部を固く鍛えることは不可能に近い。
 怪人といえど、こうして言葉を話したりするなら脳だって存在するはず。そこに打撃を加える!
 モデルのように高い身長から繰り出される、滑らかな筋肉をまとった右足。関節も柔らかい彼女は、たとえ相手の身長が高くても足が届く。
 この蹴りで痴漢を撃退したことだってある。しかも警察から表彰された。
そして今はスーツを着てマイティ・キッスになっている。パワーは人間を遥かに超越していて、コンクリートだって簡単に砕けるはずなんだ――!
 でも。
「ぐうっ……!」
 マイティ・キッスの右足は、怪人の腕であっさりガードされた。しかも、痛い。
「フン、動きはそれなりだが、パワーがまったく足りん。そんな力では俺様に傷一つ付けられんぞ」
 彼は平然としていた。
こんなのはおかしい。超人であるマイティ・キッスの拳や蹴りが、まったく効いていないなんてこと、絶対にあってはならないのに。
「キサマ、本当に正義の味方か? その辺にいる人間と何ら変わらんではないか」
「そ、そんな……! マイティパワーが通用しないなんて……!?」
 目を見開いたマイティ・キッスが後ずさりする。
(い、いや、わたしが悪いんだ。わたしがまだ、このスーツに認められていない……! お母さんには、まだ届いてないんだ……!)
 彼女は歯を強く噛んだ。
 まだ、自分の意志や力が弱い。マイティスーツが応えてくれていないんだ。
(お母さんは、もっともっと努力してたんだ……わたしなんかよりずっと……!)
 この神聖なるマイティスーツは、母親をスーパーヒロインとして認め、そして彼女に大いなる力を与え、共に人々を守ってきた。ただの衣装なんかじゃなく、文字通り一心同体となるパートナーなのだ。
 血がつながっているとはいえ、その娘がただ身にまとっただけでは、すぐに力が発揮されるわけではないということか。
「どうした、マイティ・キッス。今度は俺様の番か?」
 ヴォルフの目がぎらりと光り、右腕が唸る。
(く、来る……!)
 動揺していたキッスは、なんとか防御するだけの反応を取ることができた。
 奴の狙いは顔。拳が飛んでくるであろう軌道を読み、スーパーヒロインは左腕を構えた。
 ゴッ、と拳が空気を切り裂き、キッスの腕と激突する。途端に、
「ぐっあぁ!?」
 少女の口から苦痛の声。キッスは敵の拳を防いだにも関わらず、衝撃だけで体ごと吹っ飛ばされていた。
 車道へ無様に倒れ込んだキッスが、左腕を押さえて小刻みに震える。
(い、痛い! 痛い……! 防御力も、上がってない……!)
 やはり、今の自分ではダメなのか。彼女はジンジンと痛む腕を隠すように押さえ続ける。
 マイティスーツは攻撃も、防御も、おそらく身体能力すべてを向上させてくれてはいない。
 きっとまだ、母親と一緒に戦いたいんだ。
(でも、わたしだって……! お母さんの血をひいてるんだ! だから……!)
 認めさせてやるんだ、今この瞬間!
「くっ、はあ、はあ……」
 マイティ・キッスは腕を押さえながらも立ち上がる。その目に一切の曇りがなく、怪人を射抜くような光りを帯びていた。
「グハハ! その意志だけは褒めてやろう! だが、それだけでは俺様に勝てんぞ!」
 容赦なくヴォルフが再び迫ってきた。お返しのつもりなのか、今度は左足が攻撃の挙動を見せる。
(次は、蹴り? 受け止めちゃダメ、避け――!)
 どこを狙われているのか――少女の瞳が怪人の脚部へと集中する。
 だから、彼女は本命の攻撃に気づけなかった。
「馬鹿め。ガードが緩いぞ!」
 もう遅かった。キッスが気づいたときにはすでに、ヴォルフの拳が目の前に迫っていた。
 ストレートパンチが、もろに顔面へと突き刺さる。
「ぶッ……!」
 ドミノマスクが、バキッと割れて地面へと落下する。
 物凄い衝撃だった。
 鼻の奥がズキズキする。鼻血が口に入り込む。
 しかし、彼女は踏みとどまっていた。真正面から叩き込まれたパンチでかなりよろめいたものの、ギリギリのところで地を踏みしめている。
(ッ、目が……!)
 ドミノマスクが外れて素顔を晒したマイティ・キッスは、思わず目を押さえた。
 視界がぼやけている。痛みで涙が滲んでいるのだ。
 情けない、と自分に腹が立った。顔を殴られたくらいで、泣くなんて。そんな弱々しいスーパーヒロインになんかなりたかったわけじゃないのに。
 涙を誤魔化すために、鼻が真っ赤になっている彼女は精一杯、強がりを見せる。
「こんなの……! 痛くない……!」
「グハハッ! その意気はたいしたものだがな、キサマの肉体はヤワすぎるぞ!」
 ヴォルフは再び殴りかかってくる。
 滲んだ視界では満足に対応できず、彼女の腹部へと固い拳が突き刺さる。
「う゛ッ……!?」
 ドムッ、と張りのある肉を打つ音。腹部への殴打に美少女ヒロインは呻き、真ん丸の目を大きく見開いた。
 マイティスーツの臍の辺りに、怪人の拳が埋まっている。握られた指が見えなくなるほどめり込んで、ぎりぎりとスーツが悲鳴をあげていた。
「ぅ゛え、げほっ……!」
 襲いかかる嘔吐感で反射的に咳込むと、唾液の飛沫が飛ぶ。
 打撃の瞬間とは違う痛みが、腹の奥から波紋上に広がってきた。痺れるような感覚が全身に巡っていき、膝がガクンと折れ曲がる。
「ッ、かはッ……ぁ……!!」
 一瞬で呼吸困難に陥り、殴られた腹部を抱えてうずくまる。
(ぁ゛……! おなか……効くっ……!)
 自分はボディが弱いことを知っていた。だからこそ、腹筋を重点的に鍛えてきたのに。
 空手の稽古だって、女子よりも筋力のある男子といつも組むようにしていた。できるだけ本気でお腹に打ち込んでもらって、時には吐いたりもしたけど、それなりに引き締まった筋肉をつくってきた。
 なのに、こんなにあっさり膝をつくなんて。
 暴力的な悪に屈したような気がして、キッスは歯を強く噛みながら首を振った。
(違うッ! まだ負けてない。今ここで、マイティスーツに認めてもらう……認めさせてやるんだ……!)
 小柄なスーパーヒロインは、腹部を押さえながら立ち上がる。足も小刻みに震えていて今にも崩れ落ちそうだが、やはり瞳の力は失われていなかった。
「ほう、なるほど……正義の味方を名乗るだけはある。貴様から光の波動を感じるぞ」
 怪人ヴォルフは、マイティ・キッスの内に秘められている何かを感じ取っているようだった。
「けほっ、あ、当たり前でしょ……! このスーツが、お母さんと、どれだけ戦ってきたと思ってるの……!」
 殴られた腹の痛みに耐えながら、自分を奮い立たせる。
 これはただのコスチュームなんかじゃない。母親の相棒だ。
 マイティスーツに強い力が秘められていても、装着する者がいなければ意味がない。
(お母さんは今、戦えないんだから……! わたしが……! 今はわたしが相棒よ!)
 心の中でスーツに言い聞かせる。今だけでもいい。母親ではなく、わたしを見てほしい。
 フン、とヴォルフが鼻で笑う。
「お互い、今回が初めての戦いだろう。いわば晴れ舞台というやつだ。ならばもう少し楽しませてほしいものだな!」
「くっ……! 絶対お前なんかに、負けない……! だああああぁぁッ!」
 叫びながら放つストレートパンチも、あっさりと受け止められてしまう。
「まったく、そんな攻撃では傷一つ付けられんというのに」
 ヴォルフはその拳を掴んだまま、彼女の右腕をロンググローブごと、ぐりっと捻りあげた。
「い゛ッ!? ぁあああッ!!」
 皮膚と骨が、ミシミシと音をたてる。千切れそうな痛みが右腕に広がって、キッスは表情を苦に歪めた。
 さらに、腕を掴み上げられて無防備になっている腹部へと、再び猛打が打ち込まれる。
「ぅお゛ッ……! ぐぷっ……!」
 くの字に折れる体。
鍛えているはずの腹筋が、また抉れた。
 殴られた瞬間には目を見開き、すぐに何かを堪えるようにして口をすぼめる。
 この二発目は、痛みよりも嘔吐感。
(ぁ゛……! は、吐いちゃうッ……!)
 内臓を守る腹筋はすでに機能を失いかけており、胃や肝臓が悲鳴を上げていた。
 喉の奥からからこみ上げてくるものを、彼女は必死に抑え込む。
「むぐっ……んぐぅぅ……!」
 涙目になりながら口元を右手で覆い隠す。左手は腹部を押さえようにも、怪人の拳がめり込んでいるためその手首を掴むしかない。
「グハハッ! そんな体では俺様の拳を受けきれんぞ?」
 ヴォルフは拳を引き抜いたが、返す反動で今度は左の拳が飛ぶ。先ほどのボディブローで少しへこんだ腹部の中央を、三度目の拳が突き上げた。
 ぐちゅ、と腹の奥で生々しい音。
「ぅっ、げッ!?」
 中身が女子高生とは思えない、濁った呻き声が零れる。
 両足が浮き上がるほどの強烈なボディアッパーだった。スーツごと巻き込むように拳がねじ込まれ、引き締まった腹筋がぐにゃりと歪む。
(ッ、胃が、よじれッ……!?)
拳が腹筋を押し上げ、胃袋にまで到達していることが彼女にはハッキリと分かった。
そして、完全に形を変えられた胃袋から、何かが逆流してくる感覚。
内臓を殴打されるという初めての経験に、正義のヒロインは成す術がなかった。
「ぅぶっ、ぐ、ぅ゛えぇぇぇぇッ!」
 大きく目を見開いた少女の喉元がゴボッと波打つ。押さえることはかなわず、青白くなった唇から薄黄色の胃液が飛び出し、ビチャビチャとアスファルトを汚した。
「グッハッハ! 正義のヒロインとあろうものが、なんとも無様じゃないか?」
 煽るような怪人の言葉に、反論も、反撃もする余裕がない。
 拳が引き抜かれると、正義のコスチュームに拳の痕が残った。マイティ・キッスは腹部を抱えるようにしながら膝をつき、小さくうずくまる。
「ぇ、げほッ! ッ、か、っは……! ぐぇぇッ」
「弱い! 弱すぎる! その程度でよく平和を守るなどと言えたものだな!」
「づうぁっ!?」
 うずくまって無防備になっているマイティ・キッスに、怪人のキックが容赦なく振るわれる。
 固い靴がうつむいている顔を捉え、口の中にあった胃液を吹き上げながら彼女は仰向けに転がった。
「フン、つまらん。わざわざ出てくるから少しは期待したんだがな」
「はぁッ……! はぁ、はッ……!」
 マイティ・キッスは、まだ鈍痛が残る腹部を押さえながら荒い呼吸を繰り返している。
 もろにキックを受けた鼻から鼻血が一筋流れ、口の中にまで入り込んでいる。
「時間の無駄だったな……まあいい。キサマはそこで見ているがいい。俺様がこの町を凌辱していくところをな!」
 高笑いあげながら怪人が背を向ける。正義のヒロインをあえて放置し、己の欲望を満たそうというのだ。
 敗北し、目の前で悪事を働く――正義の味方にとって、それは屈辱的だ。
「ぐッ、ふ、ぅううう―――!」
 だからマイティ・キッスは、ふらつきながらも立ち上がった。そして、半ば抱きつくようにして筋肉質な怪人にしがみつく。
「ヌッ、なんだキサマ。往生際が悪いぞ!」
「行かせない……! わたしが――わたしがお母さんに代わって、みんなを守るんだから……!」
「ええい、いい加減うっとうしいぞ! キサマでは役不足だというのが分からんのか!」
 ヴォルフは少女を強引に引きはがすと、空き缶でも捨てるかのように小柄な体を放り投げた。
 アスファルトの地面を跳ねて、正義のヒロインは再び地に転がってしまう。
「あうっ! く、ううぅぅぅ!」
 だが彼女は、諦めなかった。諦めようという仕草さえ一切見せない。
 それが、怪人ヴォルフにとっては理解し難いことだった。
「おのれ……どうしてそこまで戦おうとするんだ? 人間ごときでは勝てないということくらい、いくらバカでも分かることだろう」
「今は、わたしなの……! けほッ――お母さんの娘であるわたしが……やるべきことなの!」
 マイティ・キッス――小早川未咲は、何よりも母と同じことがしたいと考えていた。
 とても美人で、スタイルも良くて、優しくて、時には厳しくて。未咲はそんな母に夢中だった。
 そして、母がヒーロー活動をおこなっているという事実に、驚きつつも感動すら覚えた。やはり母はすごい人なんだって。
 だから、彼女は母の力になろうと思い、小学生の頃から様々な習い事に取り組んだ。それこそ空手や柔道といった、肉体派のジャンルにも積極的に。
 だが、母は先日から病気で倒れてしまっている。いくらヒーローでも、人間である以上は病とは切っても切れない関係であるためなのか……
 とにかく、分かりきっているのは母の代理は自分しかいないということ。
いや、代理なんて生半可な気持ちじゃない。もう自分がスーツを受け継いだと確信している。
「このスーツは、お母さんに力を与えた……! だから、次はわたしの番……!」
 拳を力強く握りしめながら、自分を奮い立たせる。
 すると怪人は、何やら不審な表情を浮かべた。本当に意味が分からない、といった顔。
「――なあ、キサマは」
 と、マイティ・キッスの足先から顔までを眺めて、
「その服が、特別な力を持っていると本気で信じているのか?」
 心底アホらしい、とでも言うかのようにヴォルフはため息を吐いている。マイティ・キッスは、その仕草に怒りを覚えた。
「このっ――バカにして――」
「いや、何を勘違いしているか知らないがな、そのスーツには何の力も無いぞ」
 ヴォルフの声が、何故だか頭に強く響いてきた。相手をおちょくるとか、煽るとか、そんな声色や口調でもない――
 突っぱねてやりたいのに、マイティ・キッスは言い返せなかった。
 なぜだ。
「フン、いいか? この世には光と闇が存在する。それくらいはキサマでも分かるだろう?」
 戦いの最中だというのに、怪人ヴォルフは余裕綽々で講義を始めた。
「生きているものどちらかの属性を持っている。例えキサマのような弱小な人間でも、だ。俺にはキサマの弱っちい光のエネルギーが感じ取れている」
「はあっ、はあっ――当然でしょ――わたしは――!」
「だがな、それは”キサマ自身の力”だ。その服、何一つエネルギーが感じられんぞ」
 そんなわけない――マイティ・キッスは相手を睨んだ。
 その怪人は、本当に、不思議そうに、首をかしげている。
「それこそ当然なんだが、衣服なんぞに力が宿るわけないだろう。もう一度言うぞ? キサマはともかく、身にまとっているそれはただの”モノ”だ。キサマに何の力も与えてはいない」
「な、なにを言って……そんなのあり得ない!」
 体の痛みをこらえながら、少女は声を荒げる。
「だって、お母さんはこのスーツを着てこの町を守ってきた! ただの人間が勝てるはずないんでしょ? じゃあ、どうしてお母さんはずっと戦って勝ってきたの? このスーツが、力をくれたからでしょ!」
 同じクラスの友人にも見せないような怒りを、真正面から彼女はぶつけた。ヴォルフの言葉は聞き捨てならない。母を侮辱された気分だ。
 しかしヴォルフは、やれやれとでも言わんばかりに首を振った。
「ではキサマは、その母親が戦っている姿を見たのか?」
「――――え?」
 ふと、怒りが瞬間的に心の奥底へ沈んだ。
 代わりに浮き上がってきたのは、得体のしれない違和感だった。
「見てないんだな? 石頭のようだから分かりやすく言ってやる。キサマの母親はウソつきだ」
 その言葉を聞いたとき、沈んでいた怒りが違和感を凌駕した。頭が沸騰したように熱い。
 何の恐れも感じないまま、目の前にいる怪人へと殴りかかる。
「ハッ、学習しないなキサマは!」
 ヴォルフは正面から突っ込んでくるスーパーヒロインの腹部へと、カウンターのボディブローを叩き込んだ。
 ズンッ! と腹筋が怪人の拳で抉られる。
「う゛ぇほッ!? げぽッ!」
 勢いよくくの字に折れ曲がる美少女ヒロイン。腹の中央へ見事に突き込まれた拳は内臓を揺るがし、マイティ・キッスの口から再び胃液を吐き出させた。
 またしても地面にうずくまる彼女を、怪人ヴォルフは鼻で笑う。
「本当にそのスーツに力があるというなら、俺の拳であっさり膝をつくのか? ずいぶんと頼りないじゃないかぁ? グッハッハ!」
 高笑いがマイティ・キッスの鼓膜を叩く。少女は殴られた腹を抱えながら、膝をついたままで、怪人を睨み上げた。涙目になりながらも。
「フン、まだ何か言いたい事があるのか?」
「げほッ――! じゃあ、なんで、お母さんは、帰ってきたの――? 顔に傷を負わせてまで――! その傷は、怪人と戦ったからじゃないの!?」
 そうだ。母親は何度か傷ついたまま帰ってくることがあった。頬に殴られた痕があったり、苦しそうにお腹を押さえていることもある。それが全部、嘘?
「人間ごときが怪人と戦って生き残れるわけがない。つまりだな、そもそも怪人はこの町に来ていなかったってことだなあ!」
「そん、なの――うそ――!」
「そう、ウソだ。平和を守っているという”かっこいい母親”を演じていただけだ。おおかた、適当に顔を汚していたんだろう。女というものはそういうのが得意だそうじゃないか? グッハッハ!」
 そんなわけない。そんなわけない。
 マイティ・キッスの脳裏に母の姿が浮かぶ。
 傷ついた顔で苦しそうにお腹を押さえながらも、「今日もやっつけてきたよ」と笑みを浮かべて娘に迎えられる姿。
 どんな時も。
 どんな時でも。
 母親は最高のヒーローだ!
「――――謝って」
「……あ? なんだと?」
 狼怪人の耳がピクリと上に伸びる。文字通り、耳を疑ったようだった。
「謝ってよ! お母さんのことウソつきだなんて、会ったこともないくせに! 謝れ、謝れぇ!」
 マイティ・キッスは――いや、小早川美咲は、娘としての感情を露わにする。
 母親を嘘つき呼ばわりされて、黙っていられるわけがない。だから、彼女の怒りは至極当然であり、何らおかしいものではない。
 だが怪人ヴォルフには理解できず、
「な、何なんだキサマは! 事実を突きつけられて、まともな思考もできなくなったか!」
「うるさい黙れ! お母さんはウソつきなんかじゃない! 絶対違うもん! お前が間違ってるんだからね!」
「ええい、救えない石頭だな!」
 子供のような反撃に苛立ったヴォルフは、マイティ・キッスの頭をがっしりと鷲掴む。
「きゃっ……!」
「うらァッ!」
 小柄な体を軽々と掴み上げると、足元へと強引に叩き付けた。
「かはッ……!?」
 背中をアスファルトに強打し、なんとか吸い込んでいた酸素がまたしても叩き出される。
 さらに怪人の攻撃は止まらず、仰向けになっている少女の腹部を、空き缶を潰すように踏み抜いた。
「ぐはッ!? あぐぅあぁぁっ!」
 アスファルトが揺れるほどの威力に、美少女ヒロインは腹部を支点にして折れ曲がる。
 メキッと肋骨が軋み、ヒビが入ったことを彼女は自覚した。加えて、殴られていた内臓がさらに圧迫されていく。
 激痛に身をよじるマイティ・キッスに、怪人は言葉の追い打ちをかけた。
「いい加減に理解しろ! 本当にその服が力を持っているというなら、この程度の攻撃で苦しむか? キサマの内臓はもうボロボロだぞ!」
 足を上げると、彼は続けてマイティ・キッスの脇腹を蹴り飛ばした。
「ッが!?」
 腹の中から、異音が鼓膜まで駆け上る。
 ごろごろと地を転がっていく少女の口から、わずかに血交じりの胃液がこぼれた。
 折れたかも、しれない。
 十メートル以上蹴り飛ばされた可憐な体躯。いくら鍛えているとはいってもまだ女子高生である彼女にとって、怪人の暴力を耐えるだけの力も秘められていなかった。
「げほっ! か、ハッ……! ごえっ……!」
 腹部を抱えて丸くなる。呼吸するだけで骨と内臓がギシギシと音を立てる。
 激痛から逃れようと身もだえするが、そのせいで余計に痛みが消えない。
 小刻みに痙攣している小柄な少女を睨みつけている怪人は、しかしそれ以上追い打ちをかけることはしなかった。
「……フン、馬鹿馬鹿しい。ただの人間相手に何をやっているんだ俺は」
 自分自身に呆れているのか、彼は肩をすくめる。
 だがすぐに表情を切り替え、倒れている少女に背を向けた。
「まあいい。この町に脅威が無い事は分かったからな。さあて……」
 彼は、これからこの町を拠点して支配を広げていくことを夢想しているようだ。腕を組みながら辺りを見回している。
「まずは俺の根城を決めるとしよう。そうだな、デカいところがいい。人間どもを始末するのは簡単だが、どうせなら使わせてもらおう。男どもは奴隷のように働かせ、女は――ハッ、人間の体は貧相だが、その女としての体は利用させてもらうかなあ! グハハハハッ!」
 いかにも悪役らしいセリフを高らかに叫び、彼は肩を揺らして笑う。
 この町に、彼を止められる者は存在しない。悪の怪人に町も、男も女も、子供でさえも、彼に蹂躙されてしまう。
 だが、『正義の味方』がそれを見過ごすわけもないのだった。
「――――キサマ」
「はぁっ……はッ……うぇほっ……!」
彼女は、立ち上がった。
 足は今にも崩れそうなほど震えていて、苦しげに腹部を押さえて、呼吸を荒くして、痛みで泣き出しそうになりながら。
 彼女の瞳は、死んでいなかった。
「いい加減にしてくれないか。キサマのような勘違い女にはいちいち付き合っているヒマはないんだ」
「うるさい……! 謝っても、ぜったい許さない……!」
「まったく。しつこい女は嫌われるぞ。事実を認めたくないのは分かるが……」
「事実なんかじゃない……! お母さんは、ウソなんか、ついてない! つくわけない!」
 小早川未咲は、母親のことを信じていた。
 石頭とか強情とか、意地を張っているとか、そんなことを彼女は微塵も思っていない。
 だって、子が親を信じるのは当たり前のことだ。
 母を信じている。母を嘘つき呼ばわりするヤツなんて絶対に許せない。
 だから、これは不自然のない怒り。当然の感情だ。
 スーパーヒーローである前に、未咲は一人の人間として立ち上がったのだ。
「グヌゥ……! いい加減、俺も我慢ならんぞ!」
 ヴォルフもヴォルフで怒りを放っているが、マイティ・キッスとはベクトルが違った。彼の場合、ただ単に気に入らないだけであって、その怒りに芯となる想いが無いに等しい。
 しかし、彼も怪人としてはそれなりにステータスが高い。だからこそ、少女のかすかな変化に気付いた。
「ム? これは……」
 少女自身の持っている“光のエネルギー”が、次第に強さを増しているのだ。
 ヴォルフはすぐさま、一つの結論に至った。
 これは、おそらく『覚醒』に近づいている――!
 ヴォルフは同族からその話を聞いたことがある。人間は『危機に陥ると、超人に目覚めることがある』らしい。つまりこの目の前にいる少女の様子は、その前兆を表している可能性がある!
「ヌゥ、人間というのは全く理解できんな! しかし、そういうことならキサマを放っておく理由もなくなった」
 少女はいずれ、特殊な能力を得るかもしれない。今すぐではないにしても、このまま放置しておくと脅威になる恐れがあった。
 だから、ここで始末しなくては――彼はそう考えた。
「ッ……!?」
 怪人の目が明らかに変わったことを、マイティ・キッスは気づいた。放たれているのは明確な殺意で、十数メートル離れていても容易に感じ取れる。
 だが、たじろいだのも一瞬だけ。
 彼女は母を信じ、マイティスーツを信じ、そして自分自身を信じていた。
母のように戦って、勝って、平和を守る。それがいま自分のやるべきこと――いや、やりたいことなのだ。
「勝つ……絶対に勝ってみせる……! うあああああああああああ!」
 声を張り上げて、痛みや恐怖を吹き飛ばす。少女は震えていた足で、しっかりと地を蹴り出した。
 ただの女子高生なら、泣き喚いて逃げ出していたかもしれない。だが彼女は違った。
 肉体と共に精神も鍛えた彼女は、確かに一般的な女子高生よりも心が強く、力もあって、存在感も人一倍あった。
 友人からも、見知らぬその友人からも、教師からも、近所の大人たちからも、期待されて育ってきた。それを彼女は鼻にかけることなく、己を常に律しながら成長し、今後もさらに飛躍することになることは、もはや約束された未来といえる。
 しかし――彼女は『ただの人間』だった。
「フン、馬鹿が」
 真正面から正直に突っ込んでくる美少女ヒロインのストレートパンチをたやすく回避した怪人は、がら空きになっているボディへと拳を打ち込む。
「お゛ッ……!?」
 鍛えた腹筋は何の役にも立たず、ヴォルフの猛打を歓迎する。
 着弾した瞬間に目を見開かれた。ややアッパー気味に打ち込まれた拳は柔らかくなった腹筋を突き破ると、強引に腹膜を突き進んでいく。
「ごッ、が……!」
 口から唾液が飛び散った。
 拳がメリメリと引き締まった腹肉を犯していき、すでに疲弊している胃に到達する。それだけにとどまらず、完璧なまでに決まったカウンターのボディアッパーはさらに胃を押し上げていった。
 やがて胃は、背骨にまで押し込まれ、拳とサンドイッチ状態になる。
「ッぐぶ! お゛ぅぇ……!」
 逆流する胃液。ビクビクっと肢体が痙攣し、顔の色が一気に蒼白へと変わる。
 今の一撃で決したと思ったのだろう――怪人ヴォルフはにやりと笑った。
「終わりだ、偽物のヒーロー。ぶちまけろ」
 グリュゥ! と、手首までめり込んだ拳が、体内で思い切り捻られる。
 胃が、完全に潰れた。
 腹の奥底から喉にかけて、ゴボボッと何が駆け上がる音。細い喉が大きく波打つ。
「ぐぅッ!? う、っ、ごぼォォぉぉッ! ぉぶッ!!」
 ついに、スーパーヒロインは嘔吐した。
 胃袋をねじられて、黄色く濁った吐瀉物をアスファルトにぶちまける美少女。拳に支えられながら、ガクガクと体を震わせる。
(ぁ……おかあ、さん……)
 何の小細工もない、圧倒的な暴力によって、マイティ・キッスは敗北した。


「まったく、くだらん正義感だ」
 ヴォルフが拳が引き抜くと、スーツにぐっぽりと陥没の痕が残った。糸が切れた人形のようにマイティ・キッスが崩れ落ち、自ら吐いた吐瀉液へと倒れ込む。
 すでに失神しかけているのか、ぴくぴくと痙攣しているだけで、痛みにのたうち回ることもなかった。
 そして彼は、このままとどめを刺さなければならないことを自覚していた。覚醒とかいう厄介な現象がこの少女に起きる前に、元を断つのである。
「キサマに見せてやりたかったがな、この俺が町を支配するところを。まあ、あの世から眺めるのもいいかもな!」
 完全に息の根を止めてやろうと、ヴォルフは少女の細い首を掴み上げ――
「……何だ?」
 空気が、変わった。
 それはヴォルフがそれなりに力のある怪人であり、人間が持つわずかなエネルギーさえを見分けられるくらいには基本ステータスの高い存在であるからこそ、察知できたのだった。
 すぐに、彼は目を見開く。
 ぐったりしている少女の内に潜んでいた光のエネルギーが、にゅるっと“飛び出してきた”。
「うおッ!?」
 思わず少女を放してしまうが、目の前で起きている現象の確認を優先する。
 そして、そのエネルギーが次第に光を増していき、別の形へと変化していくのが見て取れた。
 まず、その時点で彼は動揺している。
「な、何だこれは? どうしてエネルギーが、生きているように動くんだ!?」
 明らかにおかしいのだ、これは。
 生物が少なからず持っているエネルギーは、あくまで善や悪という意識そのものが視覚化されているものであって、それ自体に意思など当然あるわけがない。
 しかし、目の前で起きていることは、まさしくそれだった。
 白く輝く発光体が、色はそのままに、次第にヒトの輪郭を形作っていく。
 少女よりも背が高く、髪と思われる部分も長い。発光しているが、体つきや胸の形から、かろうじて女性であることが分かる。
 ついに成人女性ほどの大きさと輪郭を形成すると、顔の目に位置する部分から、ギラリと何か動いた。
「――ウッ!?」
 それだけで、怪人ヴォルフは呻いてしまう。
 今、『瞳』が動いた。
睨んできたのだ。
 たったそれだけで、ヴォルフは得体の知れない感覚に支配される。今まで感じたことのない――それは恐怖と呼べるものだった。
(し、信じられん! 俺でなければ、今ので意識が飛んでいた!)
 自惚れではない。ヴォルフが強力な怪人であるからこそ、ギリギリのところで踏ん張ることができたのだ。
 同時に、発光体はそのヴォルフを遥かに凌ぐ力を持っていることを意味する。
「き、キサマは何だ!? どうして俺に干渉できる!?」
 彼が動揺するのも無理はなかった。
 そもそも、光や闇といったエネルギーは、この次元の存在ではない。いうなれば“霊体”のようなものだから、触れることもできないし、当然あちらから何か害を受けるということも絶対にあり得ない。
 だから発光体の存在は、ヴォルフの理解できる常識の外にあり、対抗策すら思いつかないのだった。
 しかし――そいつは明らかな敵意をむき出しにして睨んできている。
(駄目だ、女を殺すことはできん! 殺した瞬間に、こいつが受肉する!)
 漠然と、彼はそう理解した。おそらくそれは正しい。
 この霊体は、少女の血に流れている古の存在だ。
 遥か昔は強大な力を持った一族だったに違いない。光と闇の戦いは次第に水面下していき、時代がその力を必要としなくなり、次第にその存在は忘れ去られていったのだ。
 だが、こうしてただの霊体になっても、”悪”に対する敵意が凄まじい。その意志だけでも、物質次元にすら干渉できている。
 この敵意が計り知れないほど大きい。だからこそ確信を持てる推測が生まれる――
(殺した瞬間、俺は即座に殺される……! い、いや、俺だけではない。同胞は全員――こいつ一人で滅ぼされる!)
 単なる想像でしかないはずなのに、絶対にそうなるという確信があった。
 この霊体が復活することは、すなわり怪人側の敗北に繋がると考えていい。自分だけではない、幹部クラスでさえ手も足も出ず、おそらく、
 大魔王デスサタンですら太刀打ちできまい。
(に、逃げなくては……! この町は触れてはいかん場所だ! デスサタン様に報告を……!)
 ヴォルフはそう思考しつつも、足が全く動かないことに気付いた。震えてすらいないのは、もはや恐怖を通り越しているからだった。肉体は何の反応も示さず、ただ目の前にある異形から目を離すこともできない。
 だからこそ彼は考える。この存在について。なぜ今まで我々は無事だったのか――自分の中で疑問と回答を繰り返す。
 
 なぜ、今まで受肉していなかったのか?
(寿命による死亡ではおそらく受肉できない……! 俺のような“悪”の手で死ななければ! それが復活するトリガーだ!)
 
 なぜ、今までこの町は悪の手にかからなかったのか?
(俺が間違っていた……きっと何人は襲ったはずだ! だがこいつの、こいつの一族が、いつも邪魔していた! きっとこの状況を何度も繰り返しているはずだ!)
 
 では、その怪人たちはどこへ行ったのか?
(………………それは)
 
「――――ギッ」
 瞬間、怪人ヴォルフの体が、爆散した。
 当然の結果だった。強大な光の波動によって、直接攻撃を与えられるまでもなく、そこにいるだけでヴォルフの闇のエネルギーが臨界点を達したのだ。
 後に残ったのは、倒れている少女と、光輝く伝説の超人。
 女性の姿をしている霊体は、不満そうに少女を見下ろした。まるで『また復活しそこねた』とでも言うかのように。
 小早川未咲は、失神しているが浅く呼吸している。誰かが助けてくれるのが早いか、目が覚めるのが早いか――まあ、そんなことはどうでもいい。
 この超人は、血筋を断つ”悪”の存在を待ち望んでいた。いま倒れている少女の母親は病気で倒れてしまったから、宿主としては期待できない。だから、健康的で活力もみなぎっている少女、未咲に憑いた。
 母親とおなじく正義感に燃えているのは都合がいい。超人的能力があると勘違いして、怪人たちに突っ込んでくれているからだ。
 だが、宿主が命の危機に直面すると、どうしても自分自身が表出してしまう。それは自然的なことなので、避けようがない。
 霊体ではあるものの、そこにいるだけで怪人どもは勝手に蒸発してしまう。結果的に、宿主を助けていることになるのだ。
 なんとも皮肉な話。宿主を殺してほしいのに。
 そうすれば、受肉して物質次元に降臨し、一瞬で”悪”を滅ぼせるのに。
 だから彼女は待ち続けるしかない。どうしようもないくらいに最強といえる自分と、対等に渡り合える敵の存在を。
 ぴくっ、と未咲の指が動き、呻き声が漏れる。すると霊体の発光が一瞬ブレた。
 目を覚ましたなら、戻るしかない――彼女は不満げに空を見上げつつ、元の球状形態へと戻り、未咲の中へと帰還していった。

★赤髪メイジのキティ

「壁役は任せてくれ。この磨き上げられた剣と盾で、皆を守ってみせると胸を張る熟年ナイト。
「真っ先に倒したいヤツがいたら教えてくれ。百発百中の矢で射貫いてやるからさ」と豪語する青年アーチャー。
「怪我をしたらわたしにすぐおっしゃってください。でも、無理はしないでくださいね」とほほ笑む少女プリースト。
 
 仲間の三人が、あっという間に倒れた。
 無様に転がっている。無様としか言えない。何の抵抗もできずにやられてしまった彼らを見て、魔法使いのキティは思わず、
「あんたらバッカじゃないの!? あっちにはシーフがいるんだから、トラップ張ってるのは当たり前じゃん! なに真正面から突っ込んでんの! バカバカ! バーカ!」
 と声を荒げて罵倒した。
 すれ違う男性は思わず目で追ってしまうほど可愛らしい顔立ちで、背も低いから、まだ十代になったばかりと紹介されても納得するだろう。
 いかにも魔法使い然とした紺色のローブはミニスカタイプ。両足は同じく紺色のオーバーニーソックスに包まれていて、肌の露出はほとんどない。
 ショートヘアは燃えるように赤く、そして、先ほどの遠慮のない罵倒からして、性格はキツめだ。
「つーかアーチャーとプリースト! ナイトと肩並べて前進してどうすんの? ウオオオオとか叫んで、何がしたかったのあんた達!」
 どう見ても距離を取ってサポートするのが得意のはずなのに、気でも触れたように前へと突撃していった二人を見下ろす。いや、見下す。
「す、すまない。矢だけでも戦えるか試したくて……」
「ごめんなさい、新しく手に入った無駄に攻撃力の高い杖で殴りたかったのよ……」
「アホかマジで焼くわよ!?」
 幼い顔にはっきりと怒りを浮き上がらせている。同年代の少女でもこんな表情にはなるまい。
 また、すぐそばでくねくねしている甲冑姿の男がひとり。
「キ、キティたん! ボクも! ボクも罵ってほしいですゥ! ナイトのくせに守れなかったボクを、ハァ、汚い言葉で責めてぇ!」
「うわ気色わるっ! オッサンのくせに黄色いあげんな! 動くな! つーか最初の時とキャラ違いすぎでしょ!」
 今度はあきらかな嫌悪感で満ちた顔になる。キティは歯を噛みながら、杖をミシリと握りしめた。 本気でぶっ叩いてやろうかと思ったところ、がしゃり、と鎧がこすれる音が聞こえる。この気色悪い熟年ナイトのものではない。
 あー、とキティは心底面倒くさそうに、そちらに振り返った。
 十数歩先にいるのは、いかにもキザっぽいナイト、体つきがたくましい少年顔のファイター、やけに肌を露出しているセクシーなメイジ。あと一人シーフがいるはずだが、どこかに隠れているのだろう。
 キザナイトがやたら白い歯を見せて笑った。
「ハッハッハ。おやおや、もしやと思ったが、本当に罠に引っかかっていたとは。ナイトはまだ分かるが、なぜ後衛職の二人まで麻痺しているんだ?」
「聞かないであげて。バカなだけだから」
 キティは少し距離を離しつつ、キザナイトに答える。
「先輩、油断しちゃ駄目っすよ。あえて罠をくらっておいて、油断させるつもりかもしれないっす」
 と、真面目そうな少年ファイターは倒れている三人を注視した。。
「うふふふふふ」
 お姉さんメイジは謎の含み笑いを繰り返すだけで意味不明だ。このパーティも頭のネジがずれている印象がある。
 キティはロリ顔に苛立ちを貼り付けて、あからさまに大きな舌打ちをした。
「まったく、まともなヤツいないんかこのゲームは!」 
 
 近年のオンラインゲームの発展はめざましく、皆が思い描いていた未来はすでに実現されているといっても過言ではない。
 特に、つい先日発売された『シンクロファンタジーオンライン』はゲーマーのみならず、多くの人間を魅了した。
 値段こそ張るものの全ての周辺機器を揃えれば、自分の体がゲームと一体になることができる。バーチャルリアリティなんて言葉すら生ぬるいほどで、五感も思いのまま。まさに「異世界に召喚された」という昨今のライトノベルのような感覚が全身が味わえるのだ。
 キャッチコピーは「あなたがキャラクターになる」というシンプルなもので、まさにそのワードだけでこのゲームの醍醐味を表している。
 キティのプレイヤーも相当なゲーマーで、特にオンラインゲームには糸目がない。ただし言動から分かる通り性格に少々難ありなのでほとんどフレンドができず、ほぼ一人で遊び続けている生粋の“ぼっち”プレイヤーであった。
「これだからパーティはイヤなのよ。メンドくさいから!」
 ではなぜそんな彼女がパーティを組んだかというと、このバトルコンテンツで勝利すると限定報酬が貰えるからである。
 それはソロでは手に入らないレア装備なので、どうしても欲しかったのだが、パーティでしか参加できないコンテンツなので今まで敬遠していたのだ。
 しかし根っからのゲーマーである彼女はレア装備と聞くといつまでも放っておけず、こうして一億歩くらい譲歩して、メイジを求めているパーティに入ってやったのである。
 それがこの有様。
キティは三人の頭上に現れている『麻痺』というログを殴り飛ばしたくなった。実際は手が通り抜けるだけなのでやらないけど。
「ハッハッハ。いやいや、ハズレパーティを組んでしまうことはよくあることさ。今回は運がなかったと思って諦めるのが賢明だよ」
 喋り方がいちいちイラッとくるが、キザナイトの言うことはもっともだ。
 このバトルコンテンツは四対四の対人戦で、勝利する方法は二つある。
 相手パーティを全滅させるか、相手自陣に配置されているオブジェを破壊するか――後者は時間がかかって面倒だし、そもそもオブジェを破壊するということは相手パーティを突破しておく必要があるため、実質全滅させることが勝利条件といえる。
キティ側はすでに三人が一時的にダウンしている。だから一対四。麻痺や毒といった状態異常はある程度時間がたてば自然回復するが、パーティ戦においてそんな時間を与えてくれる相手がいるわけもない。
 さらにあちらは高火力を手軽に出せるメイジがいるし、どこから急所を狙ってくるか分からないシーフもいる。
「あーそうね、もう絶望を通り越して地獄って感じ。でもさー、あたしは諦めるって行為が大っ嫌いなのよ」
 悪い癖というか、キティはいつもそうだった。
 オンラインゲームは基本的に、複数人とコンテンツを楽しむことが醍醐味のゲームだ。
 だがキティは、ずっと、いつでも、いつまでも、一人でプレイしてきた。パーティじゃないと絶対倒せないようなボスモンスターでさえ、負けたとしてもそこで諦めずに、攻略するために挑戦し続けてきたのだ。
 表情を引き締めているキティに、キザナイトはさらに白い歯を見せつける。
「ハッハッハ。これはこれは、面白い冗談だね。メイジ一人だけで我々に勝てるとでも?」
「やってみないと分かんなくない? それともなによ、そっちこそ。あたしを諦めさせようとしてるのって、本当は勝つ自信がないからじゃないの?」
 あえて挑発するようにキティはにやりと笑う。
「ハッハッハ。なかなか、強気なお嬢さんだ。いいだろう。ここは譲歩して一人ずつ……」
「ちょっと、なに勝手に決めてんの? ていうか甘く見ないで。それに一人ずつとかメンドくさいでしょーが。あんたらまとめて相手してやる」
 杖をくるりと一回転させて、三人へ突きつける。
 はっ、と少年ファイターが目を見開いて、
「先輩先輩! こいつ絶対何か企んでる! 正々堂々なんか捨てて、ここはリンチでフルボッコにするのが賢明っす!」
「ハッハッハ。タイマンが得意なはずのファイターとは思えない発言だね。いやしかし僕も同意見だ。キミもそうだろう?」
「うふふふふふふふ」
「賛成って言ってるっす!」
「いやただ意味もなく笑ってるだけでしょそこのエロメイジ」
 やはりあちらのパーティも頭のネジが飛んでいる、とキティはため息を吐いた。
 とにかく、自らギブアップを宣言するのは御免だ。そんなことはプライドが許さない。
「だ、駄目だキティ……! お前ひとりでは……!」
「そうよ……! 後衛職が一人でパーティに挑むなんて無茶よ……!」
「んほぉぉぉ! キティた痛いっ! いたたたたた! つ、杖で叩くのはやめてぇッ!」
「開幕全力ダッシュしたあんたらに言われたくないっつーのよ! あとそこのキモナイトは口開くな!」
 もういい、関わらないでおこう。キティはいつも通りソロプレイの気分で、相手パーティを見据えた。
 壁役のナイト、攻撃役のファイター、範囲攻撃のメイジ、そして今ここにいないが俊敏性の高いシーフ。バランスの取れたパーティだ。ソロのメイジではどうあがいたって勝てる要素なしである。
 だが、だからこそキティは燃える。ソロで攻略不可能とされたダンジョンやボスをクリアしてきたのだ。
「ハッハッハ。では参ろうか!」
 キザナイトが抜刀した瞬間、キティは――――
全速力で逃げ出した。
「あっ! 逃げた! あいつ口だけっすよ!」
「ハッハッハ。ここはちょっと狭いからな。メイジが得意とする場所に移動するんだろう。しかしこちらにもメイジがいるからな。ともかく追いかけるとしよう」
 まだ床で麻痺し続けている三人を一瞥することもなく、彼らはキティの後を追い始めた。
 
 
 キザナイトの予想は正しく、フィールド内でも特に開けた場所でキティは足を止めていた。軽く息を弾ませながら、追いついてきた相手パーティに振り返る。
「いた! あそこっす!」
「ハッハッハ。もはや言葉はいらないだろう。このまま仕掛けるぞ! まずは退路を塞ぐのだ!」
「うふふふふふふ」
 目配せされたお姉さんメイジが、笑いながら杖を掲げた。広いフィールドであればメイジがまず行動する――キティ狙いはそれだった。
「かかった!」
 お姉さんメイジが呪文を唱える瞬間、彼女の足元でカチリ、とスイッチのような音。
 直後に爆発したように煙が吹き上がり、一瞬で彼女を包み込んだ。
「わっ!? な、なんだ!?」
 少年ファイターが驚愕していると、次第に煙が薄れていく。
 お姉さんメイジは立っておらず、床で寝息を立てていた。杖を抱き枕にして。
 彼女の頭上には、『睡眠』のログが表示されている。
「こ、これはマジックトラップ……! 先輩、あいつメイジなのにサブジョブにシーフ付けてやがるっす!」
 このゲームは、いわゆるメインジョブの他に、他プレイヤーとの差別化をはかるべくサブジョブというシステムが導入されている。
 性能はメインの半分以下になってしまうが、メインの欠点を補うかたちで設定するのが定石だ。
たとえばプリーストならメイジをサブにして、治療だけでなく攻撃魔法も扱えるようにするとか、そんな具合である。
 キティはというと、常にソロであるため、ダンジョンの攻略にはシーフのスキルがほぼ必須だったのだ。仮に性能半分でも、罠の解除や隠し宝箱の発見、はては敵モンスターの察知がソロで可能になる。
「いやー、こんな簡単に引っかかるなんてね。メイジから潰すのは基本でしょ。ソロ志向のあたしですらパーティの立ち回り分かるってーの」
「ハッハッハ。これはなんとも、異色なメイジだ。だがしかし、僕のサブはプリーストでね。状態異常はすぐに解除できるのだよ。さあ起きたまえ」
 キザナイトが治癒魔法を唱えようと口を開いた。が、今度は彼の足元から煙が吹き上がる。
 そして大きないびきをかいて爆睡する姿が現れる。
「アッー! 先輩ィ!」
「あ、あんたらホントにバカ? 攻撃魔法の罠を張ってたんだから警戒くらいしなさいよ」
 本当は何かしらでダメージを与えた後の治癒魔法で引っ掛けるつもりだったのだが、もう二人をダウンさせてしまった。
「くそっ、可愛い顔をして外道なやつ! けど俺は魔法使えないからカンケーないな!」
「あはっ、ただの脳筋がメイジに勝てると思ってんの? この距離で」
 ファイターは実装されてるジョブの中で極めて物理攻撃力が高い。見た目通り格闘で相手を打ち倒すのが得意だ。
その反面、魔法属性の防御面はからっきし。接近される前に攻撃魔法を一発当てれば終わりである。そしてこの少年ファイターは見るからにアホっぽいので、キティはもう勝利を確信していた。
「メンドくさいから広範囲魔法ぶちかましてあげる! 消し飛んじゃえ!」
 キティは杖を振り上げ、単体ではなく複数の敵を攻撃するための呪文を唱え――
「この瞬間を待っていたわよ……!」
「――ッ!?」
 囁くような声は真後ろから。しかし、すでに詠唱段階に入っているせいでただちに行動をキャンセルすることができず、何者かの攻撃を受け入れるしかなかった。
「あッ……!?」
 首にチクッ、と針に刺されたような痛み。
 マズった、とキティは瞬時に理解した――と同時に、即座に反撃の魔法詠唱を完了させていた。
「“ファイアボム”!」
 轟音が弾ける。
彼女とその背後にいる者、両者の間に小さな爆発が生じた。胸のあたりでモロに爆発を受けた襲撃者は、くぐもったうめき声と共に吹き飛ばされた。
「ちっくしょ、シーアサか……! 通りで探知できなかったわけね……!」
 がくりと膝を着きつつも、首元を押さえながらキティは吹き飛んでいった相手に視線を移す。
 十数歩ほど離れた場所で転がっているのは、相手パーティの最後の一人、シーフ職の少女だった。サブジョブはアサシンで間違いない。シーフが好む組み合わせジョブで、俗にシーアサと呼ばれる。
 吹き飛ばされた女シーフは、少し焦げた胸元を押さえながら立ち上がった。
「あいたたた……! ふふ、そうよ! 実は最初からのこのフィールドで待っていたの! アサシン初期スキルの“霧隠れ”は便利ね! さすがチートスキルと言われるだけあるわ!」
「おいッ! 最初から待ってたなら、先輩たちが眠らされる前になんで助けなかった!」
「…………ほら、敵をあざむくにはまず味方からと言うじゃない?」
「最初の間はなんだよ!? あとそれ使い方ちょっと違うと思うぞ!」
 こいつらよくパーティ組めたな……とキティはどうでもいい疑問を抱いたが、現状の危機に冷や汗をかいていた。
「うくっ、しびれる……!」
 アサシンは暗殺に長けたジョブだ。特にシーフのサブジョブとなれば、攻撃の厄介さに拍車がかかる。本来ならHPが瞬時にゼロになってもおかしくないのだが、キティの判断力の良さが功を奏した。
 が、おそらくシーフの武器に麻痺属性が付与されているのだろう。ダメージ自体は軽く済んだが、全身の筋肉がビリビリと突っ張ったようになっていて、うまく体が動かない。
 麻痺状態になると、治癒するか自然回復を待つしかない。キティたった一人の状況では――
「まあでも、グッジョブ。これで勝ったも同然だな」
 少年ファイターは屈託のない笑みを浮かべてサムズアップ。
 だがキティは、「は?」と煽るように彼を睨んだ。
「なに、言ってんの。まだバトルは終ってない。言ったでしょ。あたしは諦めるのが大っ嫌いだって」
「おいおい、こんな状態でもまだギブアップしたくないってか? 無駄なことやってないでさっさと――」
「そっちこそ、メイジ一人になに手こずってんの? あはっ、あたしが女キャラだからって遠慮してんの? 根性なしのガキ。ゲームなんかやめて寝とけっつーの」
 ゲームのキャラクターで見ればキティの方が年下だが、プレイヤーの年齢は判断がつかない。
 が、少年ファイターはどうもそれが気に障ったようだ。
「こ、このやろ、ガキって言ったかお前! もう俺はガキなんかじゃねーよ!」
「ああ、そう? じゃあ、随分と“ガキみたいな大人”ね。女一人ヤれないくせに大人ぶってんじゃねーわよ」
「て、てめぇ……!」
 この程度の煽りに分かりやすく反応するんだから、プレイヤーもはまだまだ子供で間違いないだろう――キティはあからさまにため息を吐いてやる。
「いいぜ、後悔すんなよ? もう許してやらねーから」
「いちいち前置きしなくていいって。おどおどしてんのバレバレ」
 ますます眉間をぴくぴくさせる少年ファイター。
 彼は動けないキティの胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせると、空いている拳をギリギリと握りしめた。
「こんのやろ! ……っらァ!!」
 一瞬ためらう素振りを見せたが、少年ファイターの拳はキティの腹部に飛んだ。ミニスカローブの中央に拳が埋まる。
 ぼふっ、と布団でも殴りつけたような音が響いた。
「ふッぐ……!」
 少女の目が見開かれ、体がくの字に折れる。
 メイジは軽装になりがちで、装備に物理耐久がほとんど無い。そもそも防御力に乏しいジョブだし、攻撃力がものをいうファイターに殴られてはひとたまりもない。
 胸倉が放されると、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「ぅっ、げ、ぇほッ! げほっげほッ…………!」
 まだ麻痺状態が続いているため、手足が思うように動かせない。腹の痛みを押さえこむこともできず、彼女はだらりと弛緩した体をぴくぴくと痙攣させるしかなかった。
「どうだ、おい……! 俺だってな、女の腹を殴るくらいできんだよ!」
 胸を張って言えることではないと思うが、少年ファイターは興奮した様子で言い放つ。お仲間の女シーフはというと、肩をすくめて呆れていた。
「げほッ、ぁはっ、あっはははは」
 なんとか仰向けに転がったキティは、なぜだか笑い声を洩らした。
気味が悪いのか、少年ファイターは少し後ずさる。実際異様な光景だ。体が痺れ、思い切りボディブローをくらった少女の方が、笑っているのだ。
「なに、もう終わり? あたしのHPまだ残ってるんだけど?」
「なっ……お前、もう無駄なことするなよ……!」
「無駄ぁ? ふざけたこと言わないで。まだ負けてないでしょーが!」
 転がっている杖を掴んだ。ロリ顔魔法使いは麻痺という状態異常になりながらも、杖を支えにゆっくりと立ち上がろうとしている。
 オーバーニーソックスに包まれた細い脚がぷるぷると震えて今にも崩れ落ちそうだが、瞳の力強さはいまだ失われていない。
「やるだけ無駄? 往生際が悪い? ふん、上等よ。それをひっくり返すのが気持ち良いんだから……!」
 彼女はいつもそうやってゲームをプレイしてきた。
 一度は考えたことがないだろうか? RPGやアクションゲームのいわゆる『負けイベント』は、どうにかすれば勝てるんじゃないか、と。
 キティは常にそんな思考の持ち主で、そして自ら実行してきた。システムの穴を突いたり、時にはバグを利用してイベントをクリアすることだってあった。
 だがMMOというのはそうもいかない。確認された不具合は修正されるし、バグを利用した攻略は、不正利用としてアカウントを停止される可能性すらある。
 だから彼女は、真っ向からこのゲームに挑むしかなかった。パーティを組むことが推奨されるオンラインゲームにおいて、ソロでどこまでやれるのか。
「ソロはパーティに勝てないなんて、どこに書いてあんの? ねえ? できるわけないって、勝手に決めつけてんじゃないわよ……!」
 細々とした声量ながらも、心臓を突き刺すような声は少年ファイターと女シーフを動揺させていた。
 が、女シーフはジョブの基本能力で、キティの行動に素早く気づく。
「ッ……! 止めて! そいつ、杖の先で呪文を書いてるわ!」
 ちっ、とキティは舌打ちし、少年ファイターが即座に行動する。
「あっ……! やらせるか!」
 リーチの長い脚が、少女の杖を蹴り飛ばす。
 支えを失ったキティが倒れ込むより先に、少年ファイターの固い拳が、ボディアッパーとなって少女の腹部を突き上げた。
「ごぶッ…………!!」
 肉を打ち付ける音と、低い呻き声。同時に、キティの頭上に『クリティカルヒット!』のテキストが浮かび上がった。
 まだ十二、十三歳程度の体格でしかない彼女は、メイジゆえ物理的な防御力も薄い。少年とはいえたくましい腕から放たれる拳は、柔らかな腹筋に完全に埋まり込んでいた。
 くの字に折れた細身な体が、ボディアッパーで強引に宙へ持ち上げられる。メリメリとした音が体内から響き、キティは全身をびくりと痙攣させた。
「っ、ぁ、かはッ……ぁ゛っ……!」
 横隔膜が圧迫され呼吸が止まり、ひくひく悶えながら舌を突き出している。滴り落ちていく唾液の筋が、妙な色気を醸し出していた。
「よし……! クリ入った!」
 少年ファイターが言いながら拳を引き抜く。
支えを失ったキティはどさりと地に落ちる。ようやく麻痺が回復したため、なんとか腹部を抱えることはできたが、呼吸困難な状態が続く。
「終わりだろ! ファイターのデバフなしパンチなんだ……メイジならもうHPが……」
 少年ファイターはしかし、表情をさらに曇らせた。
 いまの攻撃は、確かに入った。クリティカルヒットした。少女はメイジで、物理的な耐性はほぼ皆無と言っていい。
 それなのに。
「げほッ……! かはッ……! はあ、はあ゛ッ……!」
 それなのにキティは、また立ち上がった。なんとか酸素を取り込み、荒い呼吸を繰り返している。
「なんでだ……! メイジが、ファイターの攻撃を食らって無事なはずが……! お、おい! なんか分かるか!?」
 優位に立っているはずの少年ファイターは女シーフに視線を飛ばす。
「ダメージは入ってるわよ! でも、まだゼロじゃない!」
「んなバカなことがあるか! 直接攻撃が二回入ってんだぞ? しかもこいつは防御バフもかけてないのに……!」
「……いや、まさか。ちょっと待って、“調べる”!」
 女シーフの両目が、わずかに青い色を帯びた。これはシーフ特有のスキルで、相手の具体的なステータスを可視化することができる。すでにバトルは終盤に差し掛かっているからほとんど無駄ではあるのだが、今回だけはあまりにも状況が異常だった。
 ぜえぜえと肩を上下させるキティの周囲に、いくつかのウィンドウが展開された。彼女のステータスが数値となって表示されている画面である。
 それを見た少年ファイターと女シーフは、あんぐりと口を開いた。
 HPが一、二、三……五桁ある。
「……は? おい、表示バグってんぞ」
「違うわよ! 正真正銘こいつの基本ステだってば!」
「いや、いやいやいやおかしいだろ! なんでHPがナイトより高いんだよ!? 先輩の二倍近く――――」
 動揺の最中、何かに気づいたように言葉が止まる。少年ファイターの視線はステータス画面から仲間の方へ移り、女シーフは驚愕の表情で何度もうなずく。
「こいつ、成長ポイントをHPにガン振りしてるのよ! 信じらんない……!」
 察しの良いプレイヤーなら分かるだろう。『成長ポイント』はレベルが上がるごとに獲得できるポイントで、筋力や魔力などに振り分け、好みのステータスに成長させることができるシステムだ。
 普通、長所となるステータスを上げることが基本である。ファイターで魔力をアップさせても無意味だし、クレリックで敏捷性をアップさせても前に出ないのだから宝の持ち腐れ。
 だがキティは、不可能といわれたものを強引になんとかするタイプの人間。常識というもの捨て去るスタイルのプレイヤーなのだった。
 にやり、と彼女は口元を吊り上げる。
「あはっ、気付いた? すごいっしょ? げほッ、メイジでも、HPこんなになるのよ、けほっ」
 HPがゼロにならない限り、キャラクターが倒れたという判定にはならない。だから、彼女が倒れない限り、キティ側のパーティは『敗北』にならないのだ。
「ほら、どうしたの。二発くらい、げほっ、全然余裕なんだけど?」
 先ほどの攻撃は、普通ならメイジくらい戦闘不能になっている。しかしキティのHPが尋常ではないため、まだ五分の一も削れていなかった。
 制限時間はまだまだ残っている。彼女が倒れない限り、このバトルはいつまで経っても終了しない。
「それとも、もうこんな可愛い女の子は殴れない? くふふっ、意気地なし。男なら暴力で女を屈服させてみろっつーの」
「てんめぇ……! ”発勁”!」
 少年ファイターがスキルを発動する。頭上に現れるのは『攻撃力増加』のログ。わずかの時間だが二倍近い数値になっているはずだ。
 さらに、
「”経穴”!」
 続けて彼はキティのこめかみを、両サイドから人差し指で突く。
「んッはぁ!?」
 電流でも流れたかのようにロリ顔少女の肢体が震える。瞳孔がキュッと狭まり、顎を上げてぴくぴくと痙攣した。
 頭上に表示されるのは『防御力低下』。成長ポイントをすべてHPに振り分けているキティにしてみれば、もはや防御力がゼロに等しい状態だ。
「”四連突き”、一! うおらああああああああああッッ!!」
 激しく叫びながら、少年ファイターは再び拳を打ち放った。
 威力の上がった拳が、防御力の下がった少女の腹へと、遠慮なくぶち込まれる。
「グッ……! ぐぷッ!?」
 ズンッとめり込んだのは腹部の中央。
 拳がすぐに引き抜かれると、くの字に折れ曲がるキティの口から、唾液の飛沫が飛び出す。
「二!」
 次に狙われたのは脇腹。左拳が右脇腹を壮絶に抉る。
 メギッ――という音を、キティは体内で聞いた。
「ぃぎッッ!? っがァ……!」
 弓のように体が曲がった少女の頭上に『右肋骨(九番 十番)骨折』のログ。体内から全身に行き渡る激痛に、キティの瞳が一瞬裏返る。
「三!」
 続けて臍の辺りに、拳が振り下ろされる軌道で着弾した。防御力皆無な腹筋はバンッと風船が割れるような音をたて、猛打を受け入れる。
 拳がズブリと下腹部まで侵入すると、少年ファイターは駄目押しとばかりに拳をひねり込んだ。
 折れた肋骨の一部が、体内を泳ぎ回る。
「ふぎゅッ!? くぶッッ……!! ぇ゛お゛ぉぉぉッ!」
 キティは紫色に変色した唇から、赤みがかった胃酸がこぼれた。『大腸 小腸 一部断裂』。
「四! とどめだああああああああああ!」
 ミニスカローブの上からでも分かるほど、ボコボコに変形している少女の腹部。”四連突き”最後の一打は、鳩尾めがけて放たれる。
 掬い上げるような軌道の拳が、ローブを巻き込みながら鳩尾にめり込んだ。
「ッ……!? ッぐ……!」
 一瞬で手首まで沈みこんだ拳は、胃袋まで一気に抉り込まれた。ずっしりと埋まった拳を、少年ファイターは再び強引にねじり上げる。
 ――なにか、破れる音がした。
「ぉ゛ッ……ォ゛……!?」
 腹腔内から喉にかけてゴボッと生々しい音が上っていく。ロリ顔少女の瞳がむき出しになり、喉が大きく脈動したかと思うと、桃色に上気した頬が膨らんだ。
「ぶぷッ、ごええぇ゛ぇ゛ッ! ぇえ゛っ、ぐぇ゛ぇ゛ぇっぇぇぇ!!」
 濁り切った吐瀉液が溢れた。びちゃびちゃと地面を叩き、足元を一気に汚していく。
 わずかに混じる固形物は、一時的なステータスアップのために食べた食事アイテムだった。二人の足元には、キティが吐きだした唾液、胃液、血液、吐瀉物でまみれている。
「どうだ、おらぁ!」
 少年ファイターは拳で持ち上げたキティを、地面へ投げつけるように振り払った。
「ぎゃうっ! ぁッ、がはッ……! げぼッ、ごほッ……!」
 背中から打ち付けられ、再度口から吐瀉液が吹き出る。ようやく猛撃から解放されたキティはすぐに腹部を抱え、小さくなるようにうずくまった。
 彼女の頭上に表れているステータスは、蒼然たるものだった。

『右肋骨(九番 十番)骨折』
『大腸 小腸 一部断裂』
『肝臓 陥没』
『胃袋 破裂』

 内臓器官に属する状態異常がほぼすべて、小さな体をがんじがらめにしている。
 胃が空っぽになるまで嘔吐した少女は、口の端に小さな泡を吹かし、中途半端に潰された虫のように悶えた。
「カハッ、く、ごっぽ……! げぼッ! んくッ……ぇ゛っ……」
肋骨で傷つけられた腸の血が腹腔内に広がり、咳き込むたびに腹からぐちょぐちょと、血と内臓が絡み合う音が聞こえる。
「ちょっと、あんたやりすぎ……!」
 さすがに顔を引きつらせている女シーフ。見ているだけで内臓が痛くなってくる光景に、無意識のうち手を腹部に添えていた。
「はぁ……はぁ……! まだ、削り切れてねえ……! むちゃくちゃだこいつ……!」
 むちゃくちゃに少女の腹を殴り潰した本人が言うセリフではないが、これだけの殴打を受けてもキティのHPはまだギリギリで二桁を保っていた。
ただ、今も内臓から出血しているため、HPが毒状態のように減り続けている。こうなれば後は放っておいても、ゼロになって再起不能だ。
 そこでようやくというか、残り二人の役立たずが目を覚ました。目をこすりながら状況を確認すると、
「ハッハッハ。どうやら寝ている間に終わったようだね」
「うふふふふふ」
 と、まるで反省の色もない様子だった。
「あはっ、あっは、げぽっ、あはははははッ」
 腹を抱えながら仰向けに転がったキティは、吐瀉液で汚れきった唇を歪ませる。
「かはッ、あんた、やるじゃん。女の子の胃も、腸も、ほとんど、げほっ、破けるまで、お腹を殴りまくるなんて、あははっ、見直しちゃったよ」
内臓を全てぐちゃぐちゃにされたせいで気でも狂ったか、というような笑い声だった。かなり異様な光景で、お姉さんメイジすら口をつぐんでいる。
「でもさ、ちょっと、時間かけすぎじゃない? いくら可愛いからって、けほッ、あたし一人夢中になって、いいの?」
 む、とキザナイトが初めて表情を曇らせる。
「どうしたんスか、先輩?」
「……ハッハッハ。これはしてやられたようだ。我々は最初から彼女に釣られていたということだね」
 キザナイトが宙で指を踊らせると、彼自身のログ画面が展開された。
 そのウィンドウに表示されているのは、パーティの拠点となるオブジェ周辺。そこには、
「アッー! あいつらは!」
 キティとパーティを組んで、最初からいきなり突っ込んで罠に引っかかったあの三人が、オブジェを攻撃している。その残り数値も、あとわずか。
 キティは、囮だった。
 全員が悟った瞬間、オブジェの防衛力数値がゼロになる。
『Bチームの拠点が破壊されました。Aチームの勝利です』
 フィールド全体に女声のアナウンスが流れると同時、満身創痍の少女は仰向けのまま拳を掲げた。
 HPは、残り「1」で止まっている。彼女のパーティは最終的に、全員生存の状態。文句なしの勝利だった。
 
「はーーーーーマジ疲れた。もう二度とやんないわ」
 報酬受取所の前。治療を受けたキティは、限定報酬である金色の首飾りを弄んでいた。レア装備を手に入れたので、瞳には喜びの色が満ちている。
 そこへ、背後からおずおずとした声がかかる。
「あ、あの……」
「んあ?」
 キティはだるそうに、座ったまま首だけそらして後ろを見た。
 熟年ナイト、青年アーチャー、少女プリースト。先ほどまでパーティを組んでいた面々が並んでいる。
「なに?」
「いえ、あの、すみませんでした」
 プリーストの少女がぺこりと頭を下げると、あとの二人も彼女に続いた。三人ともどこか窮屈そうな表情である。
 あー、とキティは立ち上がり、お尻をぽんぽんはたきながら告げる。
「あれが勝つための最適解よ。あたしが言い出したことだし、あんた達は謝る必要ない」
 ほぼ全て、キティが考えた作戦である。あえて三人が突っ込んで罠に引っかかるのも、それに激怒するキティも、その後の行動も。
 三人はお世辞にもレベルの高い装備を持っているとは言い難かった。だから彼女は、どうすれば勝てるかを考え、そして自分を犠牲にするような作戦を提案したのである。
「……では、改めてお礼を。ありがとうございました」
 再度、三人が深く頭を下げる。
 ん、とキティは恥ずかしそうに目をそらす。
いつもソロで遊んでいた彼女にとって、パーティを組むことはほぼ初めてのこと。だからお礼を言われることに慣れておらず、頬をぽりぽりとかいた。
「あー、はいはい、どうもね。そんじゃあたし行くから」
「ああっ、待ってくださいっ。狩りですか? それなら一緒に行きましょう!」
「え? いや、最初に言ったっしょあたしはソロプレイヤーだって。パーティは組まない主義なの!」
「じゃあ、せめてフレンド! 相互フレンドだけでもお願い! せっかく一緒に遊んだのに、このままさようならなんて寂しい! こっちから申請送っちゃいます!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
 静止する暇もなく、少女プリーストからのフレンド申請がメッセージBOXに届いた。続けて、あとの二人の申請まで送られてくる。
 会話することすらなかった彼女のオンラインゲーム人生に、初めてのフレンド申請が届いたのである。
「えっ、いや、あのっ」
 バトルでの強気な姿勢はどこへやら。思いもよらぬ出来事にあたふたしている様子は、まさに年齢相応の少女そのものだった。あくまで、キャラクターの年齢ではあるが。
「許可! 許可だけでもいいのでお願いします! そんなしょっちゅう声かけたりしませんからー!」
「わわっ、な、涙目でしがみつかないでよ! 分かった、分かったから!」
 一刻も早くこの場から離れたかったので、キティはマイコンソールを表示し、フレンド申請の【許可】ボタンを急いでタップした。
 今までたった一人でプレイしてきた彼女のフレンド一覧に、少女プリーストのキャラネームが追加される。
 すると、間髪置かずに新たなフレンド申請が届いた。残り二人と、そして、さきほどバトルした相手パーティ四人からも申請が届いている。
「あ?」
 見れば、施設の入り口に立っている彼らが見えた。白い歯を光らせるキザナイトが、そっぽを向いているが目がこちらに向いている少年ファイターが、意味不明な含み笑いをこぼしているお姉さんメイジが、手を振りながらウィンクしている女シーフが。
「ああ? なによもう! バッカじゃないのあんた達……! こんな、一人でずっと生きてきたあたしに……ほんと、なんなのよ……!」
 
 別に、一人でも全然平気だ。
 リアルでも同じ。キティは――キティのプレイヤーは、一人でいることが多かった。
 友達がいないわけじゃない。かといって多くもない。親友と呼べる人もいない。
 親はいつも遅くて、家では一人でいることがほとんど。だからオンラインゲームに手を出した。
 ちょっとアレな性格は自分でも分かっている。ここでもやっぱり一人だったが、全然平気だ。だって慣れているから。
 でも、いまはなんだか、悪い気はしない。
 
 キティはとっさに、目元を腕で隠す。そうしながら、少し震えた声で言う。
「しょーがないわね、ほんと。フレンドになってやるわよ。でも言っとくけどね、ソロ志向なのは変わらないから、絶対に」
 その点だけは譲れないところだった。実際、ソロで攻略し続けることに快感を覚えているし、これからもそうしてこのゲームを遊ぶつもりだ。ゲームのサービスが終了するまで。
「まあでも、あたしが必要なら呼べばいいんじゃない? そんとき暇だったら、なんか手伝ってやんないこともない、かもね」
 ぐすっ、とキティは鼻を鳴らして、口元に笑みを浮かべた。
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