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当ブログのSSは女性への暴力行為(いわゆるリョナ的な)の描写を含む場合があります。嘔吐や流血などの表現に現実を見失う方は閲覧をご遠慮ください。 登場人物などは全てフィクションです。存在するわけがありません。

●お知らせ(2019/4/27)
・連載「果汁系戦士アップルハート・リブート 第2話」

■お題箱
※読みたいシチュエーションがあればお気軽にどうぞ。ですが必ず書くとはお約束できません。

●質問箱
※感想も含めてなんでもどうぞ。

目次

女の子がズタボロになってるシーンを手っ取り早く読みたい方は★マークをどうぞ。

『花びらたち』
★序
1-1 ★1-2
★2-1 2-2 ★2-3 ★2-4 ★2-4(BAD) 2-5
★3-1 3-2 ★3-3 3-4 ★3-5 ★3-5(BAD)
★4-1 4-2 ★4-3 ★4-4 ★4-5 ★4-6
5-1 5-2 5-3 5-4 ★5-4(BAD) 5-5
―連続短編―
魔法少女リューコ ★その1 ★その2
果汁系戦士アップルハート ★第1話 ★第2話 ★第3話 ★第4話 ★第5話
果汁系戦士アップルハート・リブート 第1話 第2話←NEW

―単発ネタ―
★博士と責め子ちゃん
★NHK
★女王ステラ
★悪魔っ娘サーたん
★シチュエーションプレイ
★がんばれデスアロマ
★スーパーヒロインの資格 ★スーパーヒロインの敗北
★光の国のルナ
★ある日の望月星華
★ウルトラスイマー・ミウ
★未知との遭遇
★おにはそと、ふくはうち
★不良少女あずき
★スカーレット夫妻
★アリス姫の願望
★魔法少女マヤ
★スイート・キャンディ
★少女騎士レイナ
★金と黄の交差
★設定屋さん
★空手美少女アユミ
★赤髪メイジのキティ
★超戦姫マイティ・キッス
★速攻 ―くのいち姉妹―
―二次創作―
★ポケモンBW2女主人公

★果汁系戦士アップルハート・リブート 第2話

「おお~~~! すごいすごい!」
 その場でぴょんぴょん跳ねたり、くるくる回ってみたりすると、緑のツインテールが滑らかになびく。コスプレ経験のない凛子は目をきらきらさせてはしゃいでいた。
「ん~~~、でもこれ、どっちかって言うとアニメ寄りだな~。わたしは『マスクレンジャー』とか『宇宙警察』とかそっち系のが好きなんだけどな~」
 今の姿は、端的にいえば女児アニメっぽくて、凛子がご執心な特撮ヒーロー感はあまりない。しかし日曜日の朝にお茶の間を楽しませる仲間であり、実のところ放送中のアニメは欠かさずに見ている。
 窓ガラスの前でいろんなポーズをキメていると、先ほど体当たりで吹き飛ばした怪人がよろよろと戻ってきた。
「わわ、き、来たっ!」
「グ、グぬぬ! よクもやってクれたな!」
 クイチラスが長い舌で威嚇している。
 凛子は変身したとはいえ体が大きくなったわけではないから、怪人の体格にはやはり圧倒されてしまう。
「気が変わったぞ……お前から先にクってやる! クぇぇぇぇぇイ!」
 赤黒くて太い舌がしなり、凛子へと襲いかかる。まだまだ小柄な女子中学生とはいえ、親友である結を気絶させるほどの攻撃だ。
「ッ!?」
 しかし凛子には、その舌の動きが見える。見えた。察知できた。
 左から右へ薙ぎ払うかのような攻撃を、凛子は左手で軽く振り払う。たったこれだけで、攻撃を無力化できるという確信が持てたからだ。
 バシッ! と音が響いて、クイチラスの太い舌が、小さな手によって軽々と弾かれる。
「な、なんだと!?」
「ひいぃ!? き、キモい! ぬ、ぬるぬるしてる! マジきもっ!」
 手の甲に生暖かい唾液が――凛子は思わずぶんぶんと手を振りまくった。
「おイお前! きもイとか簡単に言うんじゃなイ! その何気なイ一言で傷つク奴もイるんだぞ!」
「あっ、ご、ごめんなさい――――え? いや、いやいや、なんで敵に謝ってるのわたし!」
 目の前には人々を脅かす怪人、すぐそばには気絶したままの親友、そして、何やら秘められた力に目覚めたらしい自分。
 ずっと憧れていたヒーローに、わたしは変身したんじゃないか。
 それなら、やるべきことはただ一つ。
「よし! そこのあなた! これ以上の悪事はこのわたしが――――ええっと――――ん? ――――わ、わたしが許さない!」
 少し言葉に詰まったのは、重大な要素が分からなかったからだ。
 ヒーローといえば名乗りという醍醐味があるというのに、変身後の名前が分からないのだった。
「い、いや、マスクレンジャーブレイズだって最初は名前が分からなかったし、これは後で判明するパターンだ! きっとそう! あとの展開に期待ね!」
「お前はさっきかラ何を一人で盛り上がってイるんだ! 俺をほったラかしにスるな!」
 トカゲの足で地団駄を踏むクイチラスに、凛子はキッと鋭い視線を向ける。
(さっきのキモい舌をガードできたんだから、こっちの攻撃だって……!)
 防御した左手には痛みもない。まだちょっとベタついているけど、きっとこっちだって殴ったり蹴ったりすれば、怪人を倒せるはず――!
「とにかく、結はわたしが守るんだから! いっくぞぉー!」
 凛子は右腕をぐるぐる振り回してから、クイチラスへと向かって地を蹴った。
 ただ単純に走るだけのつもりだったのに、凛子の体は一瞬にして、クイチラスの眼前まで“跳んだ”。
「はぇ!?」
 空気が全身を駆け抜けたかと思ったら、凛子はもう顔面を怪人の腹にぶつけていた。
「グぇるぼぉ!?」
 意味の分からない呻き声を残して、クイチラスがまた吹っ飛ぶ。
「い、いたたたた……」
 さすがに今のは勢いが強すぎたのか、思わず鼻を押さえる。
 彼女にとっては軽い痛みではあったものの、クイチラスの方はそうもいかないようだった。
 怪人はフラフラと立ち上がったものの、体中から煙を吹き出しながら、
「グ、グググ! そ、そんなばかな! こ、この俺様がーーーーーー!」
 いかにも悪役らしいセリフを吐いたあと、その体が激しく爆発した。
「わっ! ほ、ほんとにそうやって死ぬの!?」
 特撮ヒーローの敵キャラといえば、必殺技をぶちかまされたあとは爆散して死に至る。怪人クイチラスは破片すら残らないほどの爆発で消え去ってしまった。
 お約束の演出だが、まさかリアルでこんな光景を目にするなんて。
「ていうか、倒しちゃったってマジ? さっきので? うわーっ、なんかもったいないことした!」
 心底悔しそうに凛子は頭を抱える。せっかくだから色んな技を試したかったのに……
「わたし、強すぎない? いきなりインフレ? 最初だけ強いやつ? それとも使いこなせてないだけかな?」
 これは凛子だからこそ、そんな風に理解できるのだった。あまりマンガとかに関心を持たない人間だったら、ちんぷんかんぷんだったろう。
 とにかく、人間のスケールで動いては危険だ。さっきみたいにダッシュするつもりで走り出すと、マスクレンジャーブレイズのブレイジングタックルみたいになってしまう。大技は最後まで残しておかないといけないのに。
ふと、彼女は視界の隅でかすかに動くものを捉えた。
 結だ。
「やばっ、つーか忘れかけてた! ど、どうしよう、今の姿は見せられない!」
 それはもちろん、ヒーローは正体を隠すものだからだ。
 凛子がそう思考した瞬間、グリーンのコスチュームがあたたかくて柔らかい光を帯び始める。
「お、おおっ?」
 まるで凛子の思いに従うようにして、そのやわらかな光が制服へと変化した。
 完全に普段の女子中学生へと戻っている。裸になったらどうしようかと一瞬焦ったが、大事には至らなかったようだ。
「うう……い、いたた……」
「ゆ、結! 大丈夫!?」
 右脇腹を押さえながら身を起こす結。
 いつも通りの制服姿に戻った凛子は、親友に駆け寄ってその背中を支えた。
「凛子……? あ……怪我は、してない?」
「わたしは大丈夫。でも結が……」
「あはは、大丈夫だよ。これでも一応鍛えてるから」
「ん……ありがとね」
 最初の攻撃から守ってくれた結の手を握ると、柔らかく握り返してくれた。
「あれ、さっきの怪物は……?」
「あ~、えーっと、どこか行っちゃった! なんでだろ?」
 怪人は跡形もなく爆発四散したし、ひとまずそう答えておいた。凛子は少し視線を逸らしつつ、結を支えながら一緒に立ち上がる。
 脇腹がまだ痛むようで、結の表情が険しい。凛子は胸の内がチクリと痛むのを感じた。もとはといえば、自分が危険に気づかなかったせいなのだから……
 ふと気づくと、少し離れたところから警官が何人も現れて、二人へと駆け寄ってくる。
 その中の若い男性警官が、辺りに散らばっている椅子やらシュークリームやらの残骸を見回して、
「君たち、大丈夫かい? ここで暴れている――化け物がいるという通報があったんだけど」
 と優しい声で伺ってきた。
「あ、あー、はい、どこか行っちゃいました。あっちの方!」
 凛子はとっさに、自宅とは逆方向を指さしてそう答えた。内心は心臓バクバクだった。だって、お巡りさんに嘘をついているから。
 でも、悪い事をしたわけではないし――と凛子は自分を落ち着かせる。
「そうか、協力ありがとう! まだ近くにいるかもしれないからね。車で送っていきましょう。どうぞこちらへ」
 一瞬、変装した悪い人じゃないかと不安になったが、警官は一人だけじゃなかったし、手帳も見せてくれたから、一応は安心。
 結と一緒に初めてのパトカーを体験しつつ、凛子は自宅へと帰ることになった。
 

 時刻は18時前。
両親は共働きでまだ帰ってきていない中、凛子は自分の部屋に置いている鏡の前に立っていた。
 もちろん、変身の練習である。
「ん~~~~~、変身!」
 特撮ヒーローのポスターやフィギュアが見守る中で、彼女は“いつものように”叫んでみた。
 すると、全身がわずかに熱を帯びたことを感じる。鏡の中の自分は白と緑の光を放ち始めたと同時、目を開けていられないくらい輝きを強めた。
 それもほんの一瞬で、光が四方へ弾けると、怪人クイチラスと戦ったときの姿へと変貌していた。
「おお、おおおお~~~~!」
 半分冗談のつもりだったが、いとも簡単にまた変身できてしまった。
 鮮やかな緑のツインテールをいじりつつ、凛子はすでにこの状況を受け入れ始めている。
 それは、彼女が心のどこかでヒーローの存在を信じていたからである。
 現実は特撮ドラマやアニメのような、超人みたいなのは存在しない――魔法としか思えないマジックだって、何らかの仕掛けかある――それは分かっている。理解できる。
 でも、宇宙人とかだって、まだ嘘とは言い切れないじゃないか。
 津軽凛子はやっぱり、どこかで夢の世界を信じていた。
「えーっと、名前どうしよ? こういうのって変身した本人の頭に何かこう、ぶわーってビジョンみたいなのが浮かぶのが定番なんだけど……」
 だけどそんな都合の良い映像やキーワードが浮上してこない。
「まあいっか、名前は大切だしじっくり考えよう。とにかくわたしは、世にはびこる怪人を倒すため、これからがんばるのでっす!」
 誰も聞いていない部屋の中で一人、今後のヒーロー活動に向けて宣言するのだった。
 
 翌朝。結に心配されるくらい、目の色が充血していた。
 単純に興奮が冷めやらずに1時間ちょっとしか眠れなかったからだ。別に、変身したことによる副作用とか、そんな特別な事情ではない。それならまだヒーローぽいからよかったけど、ただの寝不足だ。
 いま、凛子は結と一緒に下校している。時刻が午前九時であるにも関わらずもう学校が終わったのは、昨日の騒ぎがニュースで報道されたからだった。
「ニュースも結構すごかったよね。テレビにあそこ映ってたし」
 結の言葉に凛子は相槌を返しつつ、道行くパトカーを眺める。
 学校自体は休校になる可能性もあったが、どうやら生徒の安否を登校状況で確認したかったらしい。それなりに生徒数の多い学校だし。一応、一人も欠けてはいなかった。
「あのシュークリーム屋さんもさ、少しお休みするってさー」
「まあでも安心して結。この町の安全は、保障されているんだよ」
「……え、なに? 警察の話?」
「いや~、大丈夫だよとにかく。うんうん」
 ほくそ笑んでいる凛子に、親友は訝しんでいた。
 本当は真実を話したいところだが、ヒーローは正体を隠すもの。いや、『鋼鉄超人アイアンガイア』みたいに自ら明かすこともあるが――
(やっぱり、人知れずみんなを守るってのがそそるよね~。だから、結には悪いけど黙っておこう)
「り、凛子。だいじょうぶ? なんか顔おかしいよ」
 凛子のニヤつきが止まらないので、結はちょっと引き気味だった。
 おっといけない――凛子が頬を両手で撫でまわしたとき、
「ッ、いたっ!?」
 頭に一瞬、痛みが走った。
「凛子!?」
 結の声が遠い。
 耳鳴りのような音が、鼓膜に響いている。
 続いて、頭の中でもやもやした映像が浮かび上がってきた。
 どこかの公園。滑り台。ブランコ。崩れた砂山。
 逃げ惑う子供たち。
 そこにいる、昨日遭遇したものとは違う“怪人”の姿。
「こ、これは――センサー! 怪人センサーだよこれ! 感知できるやつだ!」
 鋭い痛みが走ったというのに、凛子はやはり興奮するのだった。
 今のはいわゆる感知能力だろう。怪人が現れたときに分かるやつ。ヒーロー自身に感覚が備わっている場合もあれば、機械的なもので反応を――とにかく自分は前者である。
「凛子……ほんと大丈夫なのさっきから……みんな見てるよ」
 唐突に叫んだ凛子を、遠巻きに眺める下校生徒たち。結はちょっと恥ずかしかっただろう。
 しかし今はそれどころではない。凛子はすでに怪人のことで頭が満たされており、一刻も早く駆けつけなければならない。
「結、ごめん、先に帰って! わたし行かないとだから! あっ、このセリフも何かそれっぽいよね!? フゥーッ!」
「え? いや、ちょ、ちょっとぉー!」
 意味不明なテンションのまま結に背を向け、凛子は鞄を脇に抱えてダッシュする。
 場所は分かっている。割と近場にある小さな公園だから、走ればすぐに着くはずだ。
 名前を叫んでいる結には振り向きもせず、凛子はやや下り坂の道を突き進んでいった。
 

 公園のすぐそばまでやってきたとき、まさに怪人の手が男の子に伸びようとしていた。
「あっ、ちょ、ちょっと待った! ストップ! ストップ・ザ・怪人! やめなさーい!」
 恐れもせず、凛子は叫びながら公園へとダッシュのまま足を踏み入れる。
 ム、と怪人が視線を投げてきた。
(お、鬼だ……!)
 第一印象は、それだった。絵本とか、マンガで見るような。
 体格はやはり大きいが、クイチラスよりも幾分小さい。成人男性くらいだろう。
 赤黒い肌が全身を覆っていて、頭には二本の角。ほぼ全身裸で、下は一応海パンらしきものを履いている。
 その肉体は嘘みたいに筋肉隆々で、それこそ漫画の敵キャラを思わせた。子供一人なんてひねり潰してしまいそう。
「なんだ、お前?」
 低い男のような声は、心臓にずしりと来る。
「はぁ、はぁ、ちょ、待って。はあ、もうちょっと待って」
 凛子はほぼ全速力で走ってきたので呼吸が乱れていた。
 しかし、心はなぜだか踊るように心地よいのだった。だって、また変身して戦えるんだから!
 謎の乱入者に怪人は意表をつかれたようで、子供への意識がほぼ消えていた。その隙に男の子はつまづきながらも公園から逃げ去っていく。
 凛子はその背中を見送りつつ、見えなくなったところでビシッと怪人に指を突きつける。
「そこの怪人! えーっと……名前なに? クイチラスじゃないよね?」
「ム……? そうか、お前がそうなのか! クイチラスを倒したのは」
 新怪人はガハハとそれっぽい笑い声をあげて、凛子を見据える。
「どんな人間にやられたかと思えば、こんなちんちくりんな女か。どんなからくりか知らないが、こりゃ期待できんな」
「ちんちくりん!? 言ったなこの! 今から見せてあげる!」
 鞄を足元に放り投げる。
 両手をぎゅっと握りしめた後、特撮ヒーローよろしく腕を斜め横に突き出した。
「変……身!」
 叫ぶと同時に、昨日と同じように、全身に光が満ち溢れた。
 一陣の風が周囲を吹き抜けると、光がはじけて凛子の姿をあらわにする。
 グリーンがベースのコスチュームを着た、ツインテールが鮮やかな少女。凛子はどちらかというと地味な印象ではあるが、変身した姿は存在感が何十倍にも増していた。あきらかに生き生きしている。
「わたしの名は! えーと…………いや、知る必要ないわ! どうせここで倒されるんだからね!」
 まるで悪役みたいなセリフを吐いて、変身凛子は『マスクレンジャーブレイズ』と同じファンティングポーズを取る。
 ガハハ、と怪人も愉快そうに笑って、ボクサーのような構えに移行した。見た目通り、どうやら格闘タイプであるらしい。
「こんなところで変身能力者に出会えるとは! こいつは楽しめそうだ。来るがいい!」
「待った待った、その前にそっちの名前教えてよ!」
「あ? お前が名乗らずにどうして俺が名乗らなければいけないんだ」
「悪は自分の名前を誇示するものでしょ!? ほら、俺様はほにゃららだーって言ってみ! いろいろ理由があるんだから、察してよねそれくらい!」
「なんなんだそれは、不公平じゃないか!?」
「いいからさっさと名乗れー! こう、盛り上がらないでしょ! いまCMに入る直前くらいのシーンだからね!」
「ワケが分からんわお前! ええい埒があかん、俺の名は“オニラス”だ! これでいいか!」
「おっけぃオニラス! ていうか名前そのまんまね! とにかく今は悪を裁くとき! いっくぞぉー!」
 ひとまずやり取りに満足した凛子は、軽く膝を曲げて、軽く地を蹴った。
 土煙が吹き上がり、空気を裂く音。
 感覚レベルではあったが、軽い動作だけで、やはり超人的なポテンシャルが発揮される。凛子はオリンピック選手なんか目じゃないスタートダッシュを決めた。
クイチラス戦でいきなり必殺技レベルの攻撃を繰り出してしまったので、今回はまずジャブ的に戦おうと思ったのだ。
「な、なにッ――!」
 とはいえ奇襲といえるレベルの初期動作だったから、オニラスは鋭い目を見開いていた。防御も間に合わない。
「えぇぇーーーーい!」
 小学校の運動会のときより何倍も大きな声を張り上げて、何の小細工もない子右ストレートパンチを打ち放つ。
 ガン! と鈍い音がして、凛子の右拳は、
 オニラスの胸板に弾かれた。
「いぁっ……!?」
 思わず呻く。
 右拳にジンジンと痛みが走っている。まるで大木を殴ったみたいに、手応えがほとんどなかった。
 見れば、オニラスの赤黒い肌には傷一つない。
 しかも怪人の表情は、さも拍子抜けといった具合だった。
「……なんだ? いまのは何のつもりだ?」
 初手のスピードには確かに驚愕していたものの、パンチが効いている様子が見受けられない。
 攻撃が通用していない――――?
「そ、そんな……! そんなはずない! うあぁぁぁぁ!」
 もう一度だ。もう一度!
 もしかしたら、無意識に力をセーブしていたのかもしれない。きっと、クイチラス戦でいきなり爆発力のある攻撃を出したせいだ。
 次は左拳で、オニラスの分厚い胸板を殴りつける。今度は本気だ。いや、さっきも本気でパンチしたけど、今度こそマジなんだ。
 正面からのストレートパンチは、やはり挙動が速い。二発目も防がれることなく、怪人の胴体へと突き刺さる。
「い゛っ……!」
 やはり呻いたのは、凛子の方だった。
 オニラスの体には着弾した痕すら残らず、左拳に大きな痛みが広がっているだけ。これっぽっちもダメージを与えていない。
「な、なんで!? なんで何ともないの!?」
「お前、ちっこくて俊敏なのはいいが、パワーが全然足りていないぞ。人間と変わらんな」
「人間と同じって……そんなはずない! わたしは今、変身してる! この姿なら悪いやつを倒せるはずなの! だから……!」
「やかましいぞ。いい加減、黙れ」
 イラついたような声色のオニラスが、太い腕を引き絞る。
 動揺していた凛子は反応が遅れてしまった。
ハッとした時にはすでに大きな拳が眼前まで迫っていて――
「んぶゥッ――――!?」
 ものすごく、大きな音がした。
 目の前で何か爆発したみたいな衝撃。
 視界が急激に動いて。
 怪人が小さくなっていく。
 自分の足が地を離れている。
 宙に浮いている。
 自然と空を見上げるかたちになって。
 不自然なくらいそれらが長い時間に感じて。
 凜子は背中から地面へと落下した。
「ぐぅぅ! い、いぃッ、いたい……!」
 激痛が走る鼻を押さえる。背中はもちろん、顔面にも強烈な痛みが広がってきた。
 いま、殴られた。
 両親にもぶたれたことがない。友だちと喧嘩しても手を出されたことなんてない。
 人生で初めて、敵意を持って顔を殴られたのだ。
「いたい、いたい痛いっ……! 痛いよッ……! うぅ……」
 頭がぐわんぐわん回っている。顔が痛い。痛い痛い痛い! ずっと何か刺さっているみたいに!
 目尻からは涙さえ流れていて、まるで泣きじゃくる子供のようにに凛子は悶えている。
(どうして……? あの怪人が、強いから? でも……!)
 凛子の頭には疑問しか浮かばない。同時に、なんとなく違和感もあった。
 最初に変身したときより、体が熱くない。慣れたからなのか、それは見当もつかないが、なんだか“力が湧いてこない”のだ。
 あのときの、エネルギーがあふれ出るような高揚が、無い。
「ガハハッ! 変身しておきながらなんだそのザマは? 意気揚々と殴りかかってきた割に、大した力を持っていないじゃないか!」
 意識がぐるぐるしている中で、怪人の声はかろうじて聞こえた。
 ズキズキと背中に走る痛みもこらえつつ、凛子はよろめきながらなんとか立ち上がる。
 視界がはっきり定まらない。揺れる電車に乗っているみたいに足元がふらふらする。
「ほう、やる気だけはあるようだな」
 にやりとオニラスが口元を歪めているのを見て、凛子は足がすくむのを感じた。
 ――いったい、どうしてしまったんだ。こんなはずじゃないのに。
(だ、だめ、弱気になっちゃだめッ! ヒーローは悪に屈しない! 正義は絶対に勝つんだから!)
 震える足と心。それを強引に奮い立たせて、凛子は涙を拭った。

果汁系戦士アップルハート・リブート 第1話

 「悪の帝国ワルアークよ! 子供たちの未来を奪うことは、この俺が許さん!」
 青年が相手を指さしながら言い放つ。
「馬鹿め、たった一人で何ができるというのだ! 我が帝国の軍勢にかなうはずがなかろう!」
 その帝国の幹部は、すでに勝ち誇ったような高笑いで青年を崖の上から見下ろしている。
「数など問題ではない! この俺が正義の炎を自ら消さない限り負けることはない! そして人々が――みんなが俺に力を与えてくれるんだ!」
「しゃらくさい! ではここで死ぬ姿を人間どもに見せつけ、全てを闇に染め上げてくれるわ!」
「みんな、俺に力を貸してくれ! 一緒に叫ぶんだ! いくぞ!」
 
「変、身!」
 少女は――青年と一緒に、それだけで喉が枯れるくらいに力強く叫んだ。
 同時に、頭に軽い衝撃が走って、視界がぼやけていった。
 
「りんこー? おーい起きてー」
 聞きなれた友人の声に、津軽凛子は机から飛び起きた。
「……はっ! わ、ワルアークは!? シンタローさんの超絶カッコいいバトルは!?」
「ワル……? ああ、いつものやつね。ここは教室だし、バトルは起きてないし、もう放課後ですよー」
 日が暮れかけている教室には、凛子と、クラスメイトの白鳥結しかいない。他の生徒は部活か、もうとっくに家に着いていることだろう。
 見れば、結は手に下敷きを持っている。それで頭を軽く頭を叩いたらしい。
 凛子は壁時計を見上げて、大きくため息を吐いてから座り込んだ。
「うわ~、せっかくシンタローさんの活躍が見れると思ったのに。もう引退しちゃったからテレビにも出なくなってさ~」
「知ってる知ってる。前にも聞いたよそれ。ほんと好きだよねえ」
 結は少し呆れているようだったが、凛子に対する瞳は穏やかなものだった。
「ていうか、友だちを待たせてたのに、ほかに何か言う事はないんでしょうか、凛子さん?」
「……あっ! ご、ごめん! 一緒に買い物行くんだったぁ~! ごめんなさーい!」
 両手を合わせてごめんなさいのポーズ。体をつかって感情たっぷりに表現する凛子は、どこか憎めず、甘やかしてしまうような雰囲気を持っていた。
「いいよいいよ。凛子の寝顔が見れたし。あ、駅前のシュークリームでいいかな」
「ええ~、結局奢るんじゃーん」
「ほらほら行こ。夜になっちゃうよ」
「まあ寝ちゃってたわたしが悪いもんね。おっけー」
 二人は仲睦まじく、通学鞄を持って教室を後にした。
 
 津軽凛子は、女子中学生である。一年生になって、まだ一ヶ月程度。
 
 髪はゆるいショートヘアで、ふわふわとした印象。二重で目も丸く、同年代の中でも幼く見られることも多い。体の成長もまだまだ発展途上といったところ。
 そして彼女は、この多感な時期でも異性には目もくれていない。それよりも何よりも、夢中になっているものがあるのだ。
 
津軽凛子は、いわばヒーローオタクである。
 
 中学生の男子だって、もうそんなものは恥ずかしくて卒業するかもしれない。日曜日の朝、テレビの前に座っていることもなくなったかもしれない。
 だが凛子は、ずっとずっと、ヒーローに憧れていた。それの思いは日に日に増していっている。
 きっかけは別に、なんてことはない。日曜日に朝早く起きてしまったものだから、なんとなくテレビを見ていただけ。
 そのとき放送していた『マスクレンジャー』が、津軽凛子という人格を決定付けたといっても過言ではなかった。
 どんな男子よりも、どんな俳優よりも、とにかくかっこよかったのだ。
 
 駅前にあるシュークリーム屋は、キッチンカーで販売するスタイルをとっている。県外からも食べに来る人がいるくらい有名で、特に中高生は帰り道で買うことが多い。事実、周辺に設置されているテーブルとイスは先客でいっぱいだ。
 しかしシュークリーム自体は安くないし、学生の身では毎日食べるわけにもいかない――が、凛子は爆睡していたお詫びをしなければならなかった。
「わーいありがと凛子! さっすがヒーロー女子!」
「ん~~~、誰かのために行動するっていうのはヒーローの醍醐味だけど、奢るのはなんか違うなぁ。もっとこう、危険が押し寄せてきて、命を顧みず体でぶつかっていくのがヒーローでしょ?」
「言いたい事は分かるけどさ、テレビじゃあるまいし、怪物が襲ってきたりしないよ」
 至極まっとうな意見に、凛子は口を閉じて唸るしかない。
 もちろん分かっている。ヒーロー番組は作り物だ。現実では誰かが変身したり、ロボットに乗ったり、世界が滅亡したりなんかするわけがない。自分はもう中学生だし、それくらい理解している。
 でも、夢を見るのは自由だ。凛子は親に諭されたって、ヒーローへの憧れをやめることはなかったし、これからもやめるつもりなんてない。好きなのだから。
 凛子のブレない瞳を見ていた結は、くすくす笑っている。
「凜子ってさ、頑固だよね。わたしは好きだけどそういうの」
「頑固って褒めてないじゃん。“真っすぐ”って言ってよね」
 凛子と結は、自他ともに認める親友同士である。結はヒーロー物に興味があるわけではないけど、他人の趣味嗜好にケチをつけたりしない女の子だ。
唯一の理解者と言ってもいい結に、凛子はいつも感謝しているのだった。だからこうして奢ることになっても、嫌な気分ではない。
 二人で仲良く立ったままシュークリームを頬張っていると、凛子の視線が一人の人物に引っ張られた。
(うわ、夏も近いのに、暑そ~)
 真っ黒な帽子と大きなコートに身を包んだ客である。男か女かも分からない。あまりにも浮いている存在だから、凛子だけでなく他の客たちも少し気になっているようだ。
 しかし店員の女性はさすが慣れているというか、スマイルは崩していない。心の中ではどう思っているか分からないけど。
 コートの人はキッチンカーの目の前までやってくると、展示されているメニューを眺めてから、
「ここ、うまイのか」
 と発した。
 凛子は車両に近いから、すぐそばでその音を聞いた。
(……いまの、この人が喋ったのかな?)
 音、と感じたのは、その人物が声を発したとすぐには気づかなかったからだ。男の声でも、女の声でもないような――人間の中で、こんな音程の声は聞いたことがない。
だけど多分男だろう。体も大きいし。
 思わず結へ視線を向けると、彼女も訝しんだ表情を浮かべていた。
 だがそれでも店員さんはスマイルである。
「とっても甘くておいしいですよ! ご家族にもどうですか?」
「おお、あまイのは好きだ。みんな好きだ」
 一応、会話になっているようである。
 なんだか不思議な印象を抱きつつも、凛子は自分のシュークリームへと意識を戻した。周りの客たちも、もうコートの人物には目もくれていない。
「初めてですよね? では、よろしければ試食してみてください! 小さいですがこちらをどうぞ!」
 人気がある理由の一つともいえる、サービスの良い対応。プチバージョンのシュークリームを、店員が渡した。
 それを手に取ったコート男は、ぐるりと眺めまわしてから、口へと運ぶ。
「こ、これはうまイ。気にイった」
 カタコトの外国人みたいな口調だが、おいしいと感じていることは分かる。
「それはよかった! どこか気に入りましたか?」
「それは……“値段“だ!」
 突然、男のコートが急激に膨らみ始めた。内側に大きな風船でも隠しているのかと思うくらいに、唐突に膨張したのである。
「――へ?」
そぐそばでシュークリームを食べていた凛子は、周りの誰よりも先に気付いた。
そして、破裂音。
「わひゃッ!?」
 凛子はちょっと間抜けな声をあげて、隣の結に抱き着いた。
大きな音に周りの中高生たちも一斉に視線を向ける。
コート男は――いや、そいつは、人間ですらなかった。
 女性店員が悲鳴をあげる。
 コートの内側にあったのは風船でもなんでもない。そいつの身体そのものだった。
 明らかに人間とは違う体格を目の当たりにした凛子は、
「か、か、怪人だぁーーーー!」
 と、ヒーローオタク的思考のもと、叫んでいた。
 周りの中高生が悲鳴をあげて逃げ始める中、凛子は『マスクレンジャー』第4話に出てきた「トカゲ怪人」をすぐに連想する。
「ぜんぶ食イ尽クしてやるぞ! このクイチラスがな!」
 頭の中がフィクションや創作でいっぱいの凛子は、『クイチラス』がこの怪人の名前であるとすぐに気づいた。
「え? え? なになに? もしかして撮影? いまドラマパートじゃなくて特撮パート!?」
 さらに、逃げるどころか感動すら覚えるくらいに興奮している。彼女はきょろきょろと周りを見渡してみたが、逃げ惑う人々ばかりで、今放送中の『マスクレンジャーブレイズ』は見当たらない。
「これも、それも、ぜんぶイただクぞ!」
クイチラスなる怪物は、口から長い舌を覗かせる。
それが長いゴムのように伸びて、中高生たちが落としていったシュークリームを拾い上げる。
「す、すごッ!? 今ってCGじゃなくてもこんなことできるの? やばすぎ!」
 興奮度がうなぎ上りの凛子は、両腕をぶんぶん上下に振りながら怪人の行動を眺めていた。
「ちょ、ちょっと凛子! こんなのおかしいって! 逃げよ!」
「大丈夫すぐにブレイズが来る! それにここ特等席じゃん! わたしエキストラやってみたかったんだから!」
「いやいやこれ絶対に変だってば! なんかそいつめっちゃヌメってるし!」
「最近のガワはクオリティ高いの! 特撮界の未来は明るいよ! まだまだいけるね!」
 とにかく凛子はテンションが上がりまくっており、親友が腕を引っ張ってもずっとその場で踏ん張っている有様だった。
「おまえ、さっきからうるさイぞ」
 やはりというか、逃げもせずノリノリな凛子にクイチラスは目をつけた。
 濁った色の瞳が凛子と結に向けられると、結は「ひっ」と息を呑む。
 凛子はというと、この期に及んでも動じないというか、ある意味では肝が据わっているのだった。
「お、おお……! なんてリアルな目の動き……! いや、実際リアルってか現実なんだけどさ、その、こう、生々しいっていうかさ、ほら分かる? わたしの言いたいこと!」
「わっかんないよ! いいから早く逃げようよー!」
「やかましイな。イイ加減黙ってイろ!」
 クイチラスはさすがに頭にきたのか、シュークリームの拾い食いを一旦中断した。
 そして、長い舌をムチのように動かし、女子二人を薙ぎ払おうとする。
「ッ! あぶない!」
 すぐに反応したのは、結だった。彼女はスポーツ系の部活に入っていて運動神経も良いから、すぐに舌の動きが判断できたのだ。
「わっ!?」
 ドンッ、と凛子は背中を親友に突き飛ばされた。
 倒れ込むときに、頭上を右から横に音が駆け抜けていく。それがクイチラスの舌が結に襲い掛かる音だということを、すぐには気づけなかった。
「い゛ッ!?」
 続いて、親友の声。それはうめき声だ。
 倒れ込んだ凛子はあわてて身を起こしたが、結はもうそこにいない。
 すでに、怪人の舌が彼女を跳ね飛ばしていて、十数メートル先でぐったりと倒れ込んでいた。
「ゆ、結……!?」
 ようやく凛子は、事の重大さに気付いて、自分の愚かさを自覚した。
 これは、ヒーロー番組の撮影なんかじゃない。
 でなきゃ、結があんな目に遭うはずない。
 これは、事件だ。
 本物の怪物が、襲ってきたんだ。
「グははっ、人間ってのは軽イんだな。どれ……」
 クイチラスの赤黒い舌が、凛子へと迫る。
「あ、や、やぁ……!」
 尻餅をついたままの彼女は、ずりずりと後ろへ下がるしかない。走り出したくても、足にまったく力が入らないのだった。
 怪人の舌から、シュークリームの匂いがする。でもドロッとした匂いが鼻を通り抜けてきて、吐き気がこみ上げた。
「……いや、お前は貧相だな。あっちの方が大きクて上手そうだ」
 ザラザラしていそうな舌が頬に触れる直前、クイチラスは視線を凛子から外した。
 そして、結へ向かって歩いていく。
「っ、あ、あッ……!」
 声が出ない。
 凜子自身は叫んでいるつもりだ。だけど、喉から声が全然出てこない。恐怖で頭が真っ白になっている。
 どうして――どうしてこんなことに?
 さっきまで、一緒にシュークリームを食べていた親友が、どうして失神しているんだ?
 わたしが、もたもたしていたからじゃないか。
 結が、守ってくれたからじゃないか。
「う、うぅぅ……!」
 音をたてるくらいに歯を強く噛みしめる。
 そうだ、守ってくれたのは――ヒーローではなく、一般人である結だ。
 それなのに、何をやっているんだ、わたしは。
 なんでずっと震えてるだけで、ただ見てるんだ。
 その間に怪人クイチラスは、気絶している結のすぐそばまで接近していた。
「むむ、やっぱりこイつは肉付きがイイ。今のうチにひとり占めしてやる……!」
 スカートから伸びる瑞々しい脚に、制服の胸元を押し上げている膨らみは、凛子も密かに羨むくらいのボディだ。
 その親友を、いま、誰が助けられるのか。
 周りには誰もいないし、警察とか自衛隊とかは、サイレンが聞こえるけど、まだ姿を見せていない。
(わたし……! わたししかいない! 今はわたしだけ!)
 勇気を振り絞って、凛子は自分を突き動かした。
 とにかく、何よりも優先して、結を助けたい。その一心で。
「う、うう、うあああああああああぁぁぁああぁぁぁ!!!」
 めいっぱいに声を張り上げながら、凛子は立ち上がると同時に駆け出した。一目散に結のもとへ突き進む。

 ――彼女はそのとき無我夢中だったから、『声』に気づかなかった。
 ――彼女にしか聞こえない『声』だったから、何を言ったのか誰も知ることができない。
 ――とにかく、『声』は彼女を選んだのだった。

 クイチラスは倒れている少女に舌を伸ばそうとしたとき、背後からの甲高い叫び声を聞いた。
 さっきの貧相な娘か、と怪人はだるそうに振り返ったのだが、すぐに濁った眼を見開くことになる。
「ぬっ!? な、なんだこの光は!」
 そこにいたのは、光の球体だった。まるで太陽にみたいに輝くそれは、真っ直ぐクイチラスへと突撃している。
「うああああぁぁぁああぁぁ!!」
 光の中から、またしても叫び声。もはや雄たけびと言っていい。その声は確かに、凛子のものだった。
 そしてクイチラスに衝突する寸前、光の球体から”彼女”は現れた。
 まるで卵から誕生するかのように。
 まったく違う姿になって。
「結に、近づくなぁ!」
 まだ凛子は自分に何が起きたのか気づいていない。とにかく結を助けねばと、ただがむしゃらに怪人へと体当たりをぶちかました。
 なにかが爆発したような衝撃音。
「グぇぇ!?」
 すると、クイチラスは潰れた呻き声をこぼしながら、ウソみたいに後方に吹き飛んでいった。さながらサッカーボールみたいに。
「はぁ……はぁ……あれ?」
 怪人は何十メートルも飛んで無様に転げ回っている。
 それより――自分よりもはるかに大きな巨体にぶつかったのに、痛みがほとんどない。軽く衝撃があったくらいで、全然気にならない程度だった。
「そ、それよりも、結!」
 凛子は気絶したままの結へと手を伸ばそうとして、そのとき異変に気づいた。
 自分の腕の肌がむき出しだ。制服の袖が無い。
 視線を腕から足元へ。靴が指定の物じゃなくなっている。何やら派手な色のショートブーツへと変わっていた。
「え、え? ええっ!?」
 自分の体をあちこち触ってみる。ブラウスも、靴も、スカートも、何もかも変貌していた。
 近く立っているビルのガラス――そこに映っているのは、知らない少女だった。
 その姿を見た凛子は、
「わっ、めっちゃかわいい――はぇ!? いま喋ったのわたし!? んん!?」
 自分が口を開けば、ガラスに映ったその少女も。
 自分が手足を動かせば、ガラスに映ったその少女も。
 ――その少女はまぎれもなく、自分自身だった。
 髪はショートからロングになり、ふわふわしたツインテールを大きなリボンで結っている。
 ブラウスはフリルでアクセントが加えられていて、幼い印象を濃く見せている。
 短めのプリーツスカートからのびた両脚はニーハイソックスで覆われ、足には硬めだけど羽のように軽いショートブーツ。
 ブラウスは透き通るような白だが、髪、スカート、ニーハイ、ショートブーツは、”緑色”。イメージカラーはどうやらグリーンらしい。
 一見すると、まるで魔法少女みたいだ――
 凛子は、ドラマの女優みたいに両頬にぺったりと手を当てて、
「こ、これっ、変身してる! わたし、変身してる!」
 人々が逃げ去り、親友が足元で倒れているその隣で、ヒーローオタク凛子はすぐに状況を理解した。

★速攻 ―くのいち姉妹―

一撃さんのキャラクター、くのいち姉妹である杏さんと阿音さんの短編です。
強くリスペクトしておりますので、今回はしつこい描写を書いていません。タイトルの通りです。

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 ターゲットを確認した。杏は、記憶している人相と照らし合わせ、ターゲット本人であると確信する。
 一見するとパッとしない男だ。髪は手入れされておらずボサボサで、背は高いが手足は細い。
 また、白衣をまとっているものの、医者ではないことが調査で判明している。
「まだよ。拠点が判明するまで、接触は控えて」
「うん、了解」
 決して少なくない人通りの中で、二人は白衣の男をずっと尾行していた。
 与えられた資料によれば、男の正体は“謎”の一言に尽きる。
 本名も、年齢も、職業も、住所も、ほとんど不明。分かっているのは人相と、危険度が高いという情報くらいである。
「お姉ちゃん、あいつって本当にヤバいヤツなの? ぜんっぜんそんな印象ないよ」
 妹には同意見だったが、油断は禁物だ。
「阿音、見た目で判断しては駄目。わたしたちだって、たまにあるでしょう?」
 二人は非常によく似た姉妹だ。さらにすれ違う人々が男女問わず目で追ってしまうくらい、とびっきりの美人ときている。
 姉の杏はショートヘアにクナイの形をしたヘアピンを留めている。ボーダーのハイソックスを履いた両脚は、肉感的だがスポーツ選手のように引き締まっていた。
「あ~そうだよね。あたしたちのことただの女子高生だと思って、油断する人多いし」
 にひひ、と阿音はまんざらでもない表情で笑っている。
 妹である阿音はポニーテールに結った髪が特徴的で、ニーハイソックスに覆われた両脚は姉と遜色なく、長くて健康的だった。
 ただ、きれいなバラには棘があるとはよく言ったもので、彼女たちは普通の女子高生ではない。
「そういう阿音も人のこと言えないでしょう。小学生の男の子だからって高を括って、一撃で気絶させられたこと忘れたの?」
 すると阿音は、ぎくりとした表情で姉から目を逸らした。
「あ、あーあー。あれはほら、そのー……だ、だって! いきなり鳩尾を突かれたら絶対無理だもん! あれ息できないし! お姉ちゃんだってすぐ落ちるって!」
「残念でした。わたしはどんな相手だって油断なんかしてないの。今回だってね」
 むー、と妹は不満そうにふくれている。
 ともかく、自分たちが出向く必要があるということは、ターゲットだって『まとも』ではないということが確実。警戒するに越したことはない。
 姉妹はターゲットから離れすぎないよう、行き交う人々に紛れながら追跡を続けた。
 
 次第に、男は人気のない路地裏へと歩みを進めた。いかにも隠れ家のような場所がありそうな気配が漂ってくる。
 ターゲットは周囲をぐるりと見回した。尾行されていないか確認しているのだろう。
 杏と阿音は物陰に潜み、同時に息も殺していた。たとえターゲットが物音一つ聞き逃さないような地獄耳の持ち主だったとしても、姉妹がすぐそばで狙っていることには絶対に気付かない。
 安全であることを確信したのか、男は一つうなずいた。そして、コンクリートの地面を三回、こつこつこつ、と靴で鳴らす。
 すると、ごごご、と軽い地鳴りと共に、地面が“下がった”。
(隠し通路……!)
 杏は浅い呼吸を乱さないようにつとめた。同時に阿音へとアイコンタクトを送る。
 妹が瞳だけで相槌を返してきた。
 タイミングは、今だ。
 まず阿音が飛び出す。ほとんど音もなく。
 普通だったら、呼吸の乱れとか、何かが動く気配とか、武道に触れていない人間でもあっさり気づくものだ。
 だが、阿音も杏も、普通ではない。
 姉妹はこれまで何度も困難な任務をクリアしてきた『くのいち』だ。音もなくターゲットを無力化することなんて、造作もない。
 仮に一人では難しいレベルだったとしても、二人なら成功率は格段にアップする。ほぼ百パーセントに近い。
(オッケー、捕った!)
 杏はそう確信した。阿音の行動は男に気付かれていないし、たとえ今すぐに後ろを振り向いたところで、防御や回避は絶対に間に合わない。
 
 しかし――杏には見えていなかったが、阿音だけは気づいていた。
 右から襲ってくる、何かを。
 
「ッ――!? 阿音!」
 ほんの一呼吸だ。その瞬間的な時の間で、妹の体が弾き飛ばされていた。
 蹴りだった。阿音の腕が男の首に巻き付こうとする直前に、彼女は右横から何者かの飛び蹴りを受けていた。
「くあ!?」
 かろうじて両腕でガードしていた。それは、阿音の反射神経があってこそ。
 しかしそれでも、阿音の体が数メートル転がるほどの威力だった。
 妹は転がりながらも地面に手を添え、跳ねるようにして勢いよく立ち上がる。
「だ、誰なの!?」
 阿音の疑問はもっともだ。杏も視線で追う。
 そこには、場違いな存在がいた。
「……メイドさん?」
 杏が思わずそうつぶやくくらい、分かりやすい衣服を着ていた。
 メイド服を着た少女。中学生か――下手すると小学生くらいの、あまりにも小さな女の子だ。
 いや、そもそもどうしてそんな少女が、阿音に不意打ちなんてできるのか?
 小さなメイドが、均衡を破るように口を開く。
「博士。おっしゃっていたのはこのお二人ですか?」
 年相応の、幼く高めの声だ。しかしどうも感情に乏しいというか、抑揚のない声色だった。
 メイド少女の言葉に、それまでうつむき気味に歩き続けていたターゲットが、白衣を翻しながら振り返る。
 若いがどこか陰鬱そうな男の顔は、やけに嬉しそうだった。
「そうだとも! いやはや、こんな美少女たちにストーカーされる日が来るとは! これがモテ期というやつかな!」
「お生憎ですがストーカーなんて生易しいものではありませんよ。童貞特有の都合のいい解釈はやめてください」
「ぬぬっそれはきつい事実! ううむ、現実に引き戻されてしまったよ。少しは夢を見させてくれてもよくないかい?」
「お気持ちは分かりますが、夢は眠っているときに見るものです。残念ですが現実こそリアルなので、現在の状況を受け入れていただかないと」
 たはー、と白衣の男が額に手を当てている。
 一体なんなんだ、この二人は――くのいち姉妹は半ば呆然としながら歪な組み合わせの二人を凝視している。
「ほら、お二人が困っているではありませんか。まずは自己紹介すべきだと思います」
「ごもっともだね! そちらのお二人さん! 僕は――おおっと、思わず本名で名乗ってしまうところだった。とりあえず気軽に博士とでも呼んでくれたまえ」
 博士と名乗ったターゲットは、次にメイド少女の頭に手をのせた。
「そしてこっちは、僕のとってもっても大切な――」
「初めまして。正式名称は無駄に長いので省略します。どうぞ『責め子ちゃん』とフレンドリー感覚でお呼びください」
 彼女はロングスカートの両端を摘まんで、軽くお辞儀してみせた。
「せ、せめこ、さん?」
 思わず、といった口ぶりで阿音が聞き返している。
「ノー。『ちゃん』までが名前です。マイネームイズ責め子ちゃん。呼びやすい愛称であることは認めますが、センスは最低と言わざるを得ません。名前でネタバレしていますからね」
「ノォー! キミはいちいち僕を罵倒しなければ死んでしまうウイルスにでもかかっているのかね! 僕はガラスのハートなんだからもう少し丁寧に扱ってもらいたいのだが!」
「なーにがガラスのハートですか。一般的な精神を持つ人間はわたしを使って実験などしませんよ」
 実験、という言葉に姉妹がぴくっと反応する。続いて鳥肌が立つような悪寒が背中を駆け抜けていき、思わず身構えてしまう。
「あーあ、見てください博士。ドン引きされていますよ」
「キミが余計な事を言ったからじゃないのかな! しかし実験しているのは事実だから、謝るつもりもないよ」
「お二人とも、安心してください。別にわたしの体をエロ同人誌みたいに都合のよい肉便器にしているわけではありませんので」
「そもそもキミは生殖行為できないからね! しかし世の中にはたとえ人形でも事に及べる人種もいるようだが……」
「他人の趣味を否定することは誰にもできませんし、許されません。たとえ博士のようなどんなに気持ち悪い人間でも」
「気持ち悪いとは失礼な! 僕はキミの生みの親なのだから少しくらい言葉を選んでくれてもいいんじゃないかな!」
「キモい」
「いや変わってないし!? そっちの方が嫌だよ僕は!」
 わけのわからない会話を展開するメイド少女と、博士なる人物。
 意味不明すぎる状況だったが、彼らのペースには巻き込まれまいと、杏は精神を尖らせる。
「お分かりと思いますが、わたしたちは、そちらの男性にのみ用件があります。一緒に来ていただけますか?」
 穏便に事を済ませられるなら、それに越したことはない。今回はあくまでも「確保」が任務であり、「抹殺」ではない。
 情報が洩れることを防ぐため、杏と阿音には、その目的や依頼人などの詳細は知らされていない。だから、確保された男がどうなるのかも知らない。
 しかし任務として自分たちが動く必要があるというのは、重要度が極めて高いのだ。場合によっては、実力行使さえやむを得ない。
ふむ、と博士が顎に手を当てる。
「こんな可愛い女子高生に連行されるのはむしろ嬉しいことだが……責め子ちゃんはどう思う?」
「さて。有無を言わさず確保しようとしてきたので、明らかに博士を危険視しているものと考えます。どう見ても訓練されている人間ですよ」
「ふうむ。二人とも美人でかわいくて、しかも隠密行動に優れているとは、よもや忍者――違う、この場合はくのいちだなあ!」
 ぞくっ、と姉妹は肌寒さを覚えた。それは得体のしれない悪寒だった。
 いや、彼――博士は、ただ単に茶化すように言ってみせただけかもしれない。この現代において、忍者なんていうものはそもそも消え去った存在だから。
 しかし、博士は姉妹を「くのいち」であると洞察し、それでいて危機感というものを抱いていないのが、異常だ。
「いいぞいいぞ、くのいち美人姉妹か! これはフェチ心をくすぐられるね! 衣服が破れたりすると観客は大喜びだよ!」
「博士、観客はあなただけです。一人で勝手に興奮するのはやめていただけませんか」
責め子ちゃんは感情の乏しい声と表情で続ける。
「それで、どうされますか? とっ捕まってしまっては、とてもじゃないですが無事で済むとは考えられません」
 そうだよねえ、と博士は他人事のように、うんうんと頷いている。
「僕にはまだやり残していることが数え切れないほどあるから、そう簡単に捕まるわけにはいかないなあ。責め子ちゃん、ここはひとつ頼んだよ」
「了解しました。危ないですから下がっていてください」
 博士の言葉に嫌な顔ひとつせず――いや、実際にはずっと無表情なのだが、ともかくメイド少女は一歩前に進んだ。彼を守るようにして。
 戦闘の意思があると判断せざるを得ない。阿音が迎撃された時点で、責め子ちゃんは相当な手練れであり、一筋縄ではいかないことは明白だ。
 杏と阿音は、まったく同じ動きで格闘戦の構えを取る。
 妹と左右対称になるように位置を調整した杏は、責め子ちゃんを見据えながら、
「わたしたちは、正々堂々なんてプライドは捨てています。相手が誰であろうと」
「ええ。ハナから期待していませんよ。どうぞお構いなく」
 メイド少女は余裕綽々――というわけでもない。言葉はともかく、その声色や、表情のわずかな動きにいたるまで、信じられないことに『一切に変化がない』のだ。
 それは絶対に不可能なはず。こうして杏だって、表情に出していないものの、心臓の鼓動は少しずつ早まっている。阿音だって同じだろう。
 何度も戦いを潜り抜けてきた自分たちだからこそ、あのメイド少女は異常であると理解できる。だからこそ、当然見くびったりなんかしない。
 お互いが見つめあうこと、数秒。
 姉妹は、お互いの呼吸が同調したことを肌で感じ取り、その瞬間に行動に移った。
「「覚悟ッ!」」
 まず、二人が肩を並べて駆ける。
 姿勢を低く、しかしそれでも失速することのない俊敏なダッシュは、到底人間業ではない。
 相手の距離までわずかというところで、姉妹は直線状に並んだ。杏が前で、阿音が後ろだ。
 メイド少女の視界からは、阿音は杏に隠れていて視認できない。この状態で、杏が次のアクションを起こす。
 跳躍。
 軽く踏み込んだ直後、ほとんど音もたてずにジャンプした。相手へ飛びかかるような弧を描く跳躍である。
 しかし、本命は杏ではない。
 跳ぶ直前に、背後にぴったりくっついていた阿音がクナイを投擲していた。軌道は真っ直ぐではなく、やや下方に向けられている。
 相手からすれば、跳躍している杏に視線を移してしまうが、彼女よりもスピードの速い得物が唐突に迫ってくるのだ。
 杏に対する反撃姿勢を、クナイのために瞬間的に防御姿勢に移行することはほぼ不可能である。仮に化け物じみた反射神経で対応できたとしても、次は杏の攻撃が待っているのだ。
 だからこれは、くのいちの必須スキルともいうべき『必殺』の攻撃。
 そのはずなのだが。
 メイド少女が、軽く右足を引く。真正面を向いていた体を、横に向けるかたちになった。
 たったそれだけだ。それだけで、避けた。
 クナイはそのまま、責め子ちゃんがつい先ほどまで踏みしめていた地面に突き刺さる。
 しかも、
(どうして、こっちを見たまま――!?)
 杏は、そして阿音も、メイド少女の目が一切泳いでいなかったことに驚愕していた。
 責め子ちゃんは、視線を杏から外さないまま、クナイを最低限の動きだけで避けたのである。
(いえ、まだ!)
 杏は腰に装備していた短刀に手をかけた。
 着地寸前で、短刀を逆手で振り抜く。
「あッ!?」
 メイド少女に打ち込まれるはずだった短刀は、先ほどのクナイと同じように、寸前で回避された。
 そして伸びた腕を掴まれて、ぐいっと引っ張られる。
 怪力というわけでもなかった。それでもなぜか、ふわりと自分の体が浮き上がる感覚に、杏は思考を一瞬停止させてしまう。
 背負い投げだ。それも、数メートル先へ投げ捨てるかのような。
 背中を打ち付けられる寸前で杏は思考を取り戻し、咄嗟に両手で受け身を取り、肉体へのダメージを最小限に抑えた。すぐに、体をバネのようにして跳ね起きる。
「お姉ちゃん!?」
「大丈夫ッ!」
 慌てつつも防御の構えを取るが、メイド少女は追撃してこなかった。
 結果だけ見れば、責め子ちゃんはその場からほとんど動かないまま、くのいちの二人をいなしていたのだった。
「舐められたものですね」
 少女が無表情のまま口を開く。
「鞘から抜かないのであれば、ただの木の棒ではありませんか。この得物も、地面に刺さってはいますが先端が削られていました。この私を傷つけずに無力化できると思っていたのですか? 舐めプは相手を怒らせますよ」
「責め子ちゃん! 彼女たちは心優しいくのいちなんだよ! きっと昔は同胞さえ恐れる冷徹な忍者だったが、とある幼い男の子を暗殺しろと命じられ、もちろん任務を即座に遂行するはずだったが、その男の子は弟や妹たちにご飯を食べさせるためにやむなく犯罪に手を染めていたことが分かり、彼の境遇をおもんぱかった二人は逆に依頼主を殺――」
「だーれがお得意の妄想を展開しろと言いましたか。博士は今なんの役にも立たないただのでくの坊なのですから、そこで黙っていてください」
 ぴしゃりと博士の言葉を遮り、責め子ちゃんが続ける。
「とにかく、殺さないのであれば私の手足をもぎ取るとかしない限り、博士を拉致できませんよ。ご理解をお願いいたします」
 ぺこり、とメイド少女が美しいお辞儀を披露した。
(いけない……この子、強い)
 一体なんの使い手なのか――杏は攻撃をかわされたことに歯を噛みつつも、好奇心を覚えていた。
「ふふ、ふっふーん」
 そのとき、杏の妹が何やらほくそ笑んでいた。
「たしかにあなたは凄いけどさ、そのクナイ、本当に何もないと思う?」
「どういう意味でしょうか。どう見ても地面に突き刺さっているだけのオブジェと化していますが」
「あたしたちはこれでも一応、くのいちだし? それっぽいこともできるんだよねー」
「回りくどいですね。もったいぶって悦に入るタイプですか? 博士と同じですよそれは」
「ひぃっ! そ、そこの人とは一緒にしないでよ!」
 明らかに嫌悪感丸出しで阿音は博士を指さしている。対して博士はショックのあまりか口をあんぐり開けている。
 しかし杏も、阿音の言葉の意味するところが分かっていなかった。
「阿音? いったい何を言ってるの?」
「あはっ、やっぱお姉ちゃんも気になるでしょ? 見ててね!」
 阿音は人差し指だけ立てた左右の両手を、がっちりと組み合わせた。
「縛術――“影縫い”!」
 呪文のようにそう唱えた瞬間、地に突き立っているクナイが軽く振動した。
 同時に、杏はクナイから発せられる”気”を感じ取る。
 数秒間の沈黙があり、責め子ちゃんが「ふむ」とつぶやく。
「なるほど。本当に忍者――いえ、くのいちなのですね」
 関心している――しかし無表情なので分からないが、とにかく理解したらしい。
 それは博士もなんとなく察しているようで、
「おいおい責め子ちゃん。まさかとは思うが、そこから身動きできなくなったとか言わないだろうね?」
「そのまさかです。私は体そのものをこの地点で縛られたようですね。このクナイが私の影を固定したということでしょう」
「の、飲み込み早っ! いや、その通りなんだけどね。どう? もう抵抗できないでしょ」
 そもそも責め子ちゃんがほとんど微動だにしないので分かりにくいが、確かに阿音の術は発動しているようだ。
「阿音、あなたいつの間に? 忍術の訓練はいつもだらけていたのに……!」
「ふふん、お姉ちゃん、いわゆる才能ってやつだよ才能。もとから忍術スキルにポイント振られて生まれたってだけ。だから勉強しなくたっていいのだー!」
「あら~? 学校の勉強をサボっているのも才能があるからなのかしら~? それなら来週のテストはわたしが力を貸さなくてもいいわけね」
「あっ、ああー! 待って違うの! 調子乗りましたごめんなさい! お願いだから見捨てないでー!」
 両手を合わせてお祈りのポーズ。仕方ないなあ、と姉はため息を吐きつつ苦笑するのだった。
「仲が良いのはよろしいことですが、私を置いてきぼりにしないでください」
 姉妹の間に挟まれ、影縫いによって体を封じられた責め子ちゃんは、それでも表情が変わらなかった。まるで人形のようである。
「いかがいたしますか博士。このままでは博士が拉致され、酷い拷問を受けた挙句に殺さてしまうかもしれません」
「それは嫌だなあ! 痛いのは勘弁だ!」
 ひょろっとした体格だが声量だけはある博士は、言葉をつづける。
「仕方がない……責め子ちゃんからすると、レベルいくつになればこの状況を脱することができるんだい?」
「この影縫いとかいう術を強引に突破するために、レベル11が最低条件です」
 そうか、と博士は頷いた。
 杏は思わず彼を凝視した。彼の声色が明らかに変わったからだ。なんというか、これまでのお気楽な態度とは打って変わって、真剣味を帯びていた。
「僕にはまだやることがたくさんある。それは分かるね?」
「把握しています。私は博士の目的を達成させるために生まれました。どう扱おうと博士の自由であり、それに従う義務があると考えます」
「うむ。責め子ちゃんにはひと踏ん張りしてもらおう。リミットの解除を許可する」
「博士の下命を確認。リミットを解除します」
 責め子ちゃんがそう答えた瞬間、空気が震えた、気がした。
「続いて戦闘レベルをイレブンに設定。一部の衣服と塗装の蒸発は許容範囲とします――レベルアップ開始」
 続いて空気が、鳴いた。
 責め子ちゃんのメイドスカートが、突風を受けたように激しくなびいている。いや、自然の風は吹いていないのに、しかもそのスカートは内側から――
(彼女自身から、何か――!)
 そう、メイド少女自身から、何かが発せられているのは間違いない。しかし、杏は違和感がどうにも拭えなかった。
 人間にも”気”が存在する。いわば生命エネルギーのようなもので、自在に操るには相当な訓練が必要とされる。先ほど阿音が見せた忍術も、気を操らなければできない芸当だ。
気は強ければ強いほど、容易に感じ取ることができる。身近なことでいえば、存在感が濃いとか薄いというのを、誰だって感じることがあるだろう。考え方はそれと同じだ。
(だけど、あの子からは何も感じない……! 何もない!) 
 空気が震えている。彼女自身が何かしらの力を放っているのに、何一つ掴み取れないのだ。
杏が戸惑っている間にも、メイド少女に変化が訪れる。
 まず、メイドスカートの裾が発火した。激しい風で瞬く間に燃え広がり、スカートの半分ほどを蒸発させてしまう。
 歪なミニスカート状態になった彼女の両脚は、色白で細かった。
が、杏の鋭い観察眼は真相に辿り着いた。彼女の両脚は人間と同じに見えるが、もう溶け始めている肌から、銀色の骨組みが露出している。
「ロボット……!」
「いいえ。わたしはアンドロイドです。そこ重要です」
 メイド少女――責め子ちゃんは、そもそも人間ではなかった。だから“気”が感じられないし、二人の攻撃をいとも簡単に凌いだのだ。
 おそらく痛みなども感じないのだろうが、少女の体はとてつもなく高温で、間接から火花さえ散り始めている。
「四肢の信号伝達にショート発生。レベルアップを一時停止します。博士、熱暴走により重大な問題が発生する可能性が極めて高い状況です」
「問題を無視して続行。僕の安全が確保されるまで稼働したまえ」
「承知いたしました。博士の安全性を最優先事項に再度設定。私に発生するエラーの可能性、事後の問題は一切考慮しないものとします。レベルアップ再開」
 また、空気が振動する。熱量がさらに高まる。スパークが起きる。
 機械的なもの関して知識は深くないが、杏と阿音には、メイド少女が酷な仕打ちを受けていることだけはすぐ理解できた。
「ちょ、ちょっと! ひどいでしょこんなの! モノみたいに扱ってさ!」
 特に阿音は感情的になりやすいから、すぐ口を出してしまう。しかし杏も博士を睨み付けることで同意を示した。
「責め子ちゃんは僕のモノだよ。どう扱おうと、キミたちには関係ないことだ」
「博士の言う通りです。部外者に心配される謂れはありません。どうぞお気遣いなく」
 とは言うものの、責め子ちゃんの体はかろうじて人間としての姿かたちを保っているが、体のいたるところから火花と煙が立ち上っていた。彼女が発している機械熱が、十メートル近く離れている二人の肌に突き刺さってくる。
 数秒後、メイド服がボロボロになっている少女は再び口を開く。
「レベルイレブン到達。時間がありませんので”一撃”で終わらせます」
 責め子ちゃんの生気のない瞳が、炎を思わせる赤に染まった。
 直後、空気を切り裂く音。風が高速で走る音。
 同時に杏の視界から、メイド少女が消え失せる。
「――――あ」
 杏がかろうじて視認できたのは、責め子ちゃんが阿音に視線を向けた瞬間だけ。メイド少女が立っていたところには、メイド服の切れ端と、濃い陽炎と、ひび割れた地面が残された。
 気づいたときには、妹のために何かできることは、もう無くなっているのだった。
「がッ――!?」
 阿音が大きく目を見開いて、舌を突き出している。
 空気が破裂したような音を杏は聞いた。その正体は、責め子ちゃんの右拳が阿音の腹部を突き上げた音。
 見えなかった。杏には、メイド少女が駆け出す直前動作も、妹に肉薄するシーンも、妹が防御か回避をおこなう素振りも、拳が腹部にめり込む瞬間も、何一つ見えなった。漫画のコマが一つか二つ抜け落ちたかのように。
 しかも、責め子ちゃんは鳩尾を的確に突き上げていた。
 くの字に折れている体。その両足が地を離れていることから、威力も相当なものであることが分かる。
「か、ひゅッ」
 阿音が唾液の塊を吐き出すと、瞳孔がきゅっと細くなり、フッと瞳に陰が差し込んだ。
 杏は妹が失神させられた状況を目の当たりにして、確かに動揺してしまった。だが、仮に万全を期していたとしても、次に降りかかる攻撃を凌げたかどうかは分からない。
 もう、責め子ちゃんが自分の懐にまで飛び込んできていた。またあの超スピードで。
 メイド少女の瞳が赤く染まっている。だけどそこにはなんの感情も表れていない。ただとにかく、主人である博士の命令を実行しているだけの人形だ。
 杏は、肉薄してきた責め子ちゃんに息を呑む。脳が体を動かす前に、メイド少女の細腕から繰り出されるボディアッパーが鳩尾に叩き込まれた。
「ぅ゛ッ……!?」
 腹筋が打ち破られる。
 腹の肉が強引に奥へと押し込まれる。
 メリメリ、という音が聞こえた。
「かはッ」
 着弾の衝撃で、内臓全部が圧迫された。
 一瞬で呼吸を止められた杏は、異常なほど精密に打ち込まれた拳の感触を内臓で感じていた。
 痛めつける目的ではなく、眠らせるための、当身。
 杏の視界が急激に暗く、狭くなっていく。
「素晴らしいですね。この一瞬でわずかでも着弾点をずらしたとは。称賛を送ります」
 拳をめり込ませたまま、責め子ちゃんが何か言っている。しかし杏は呼吸停止により意識が混濁していて、言葉を理解することができない。
「かッ、は……! かッ……!」
 まったく呼吸ができず、かすれた声の杏はがくがくと小刻みに痙攣し始めた。
「しかし、それでは失神する前に痛みを自覚してしまいますから、少しお手伝いいたします」
 無表情の責め子ちゃんは、手首までめり込んでいる拳を、反時計回りに捻り上げた。
「ぐ、ごッ!?」
 ぐちゅ、と肺が捻られる音を、意識を飛ばす直前の杏は聞いた。


「状況終了しました。レベルダウン開始」
 横たわるくのいち姉妹の姉のすぐ傍で、責め子ちゃんは戦闘モードを解除した。体の至るところから、今度はドライアイスのように冷たい煙が吹き上がる。
「各機関の被害状況を確認中――四肢系統がオーバーロード寸前。メモリも限界値です」
「責め子ちゃん。今すぐスリープモードに移行してくれ」
 博士が歩み寄りながら彼女に命令している。
 しヵし主人の言葉に、責め子ちゃんはすぐには従わなかった。
「まだです。博士が百パーセント安全とは言えません。周囲に危険が潜んでいる可能性があります」
「そんなに大勢で僕たちを囲っていたりしないだろう。仮にも忍のようだからね」
「不確定要素ですが――了解しました」
「うむ。よくがんばったね。ありがとう」
「どういう風の吹き回しでしょうか。博士がお礼を言うなどと」
「いやいや、本当の気持ちだよ。こうして明確に僕を狙ってきたケースは初めてだからね。責め子ちゃんがいなければ、僕は何もできないからね」
「らしくありませんね。いつものハイテンションムーブはどこへ忘れてきたのですか? シリアスムードなんて似合わ、ナ――イ――」
 感情が乏しい機械的なボイスに、ノイズが走った。全身の熱はすでに冷却済みではあったが、一時的にスペックをフル稼働させたから、メンテナンスが必要になる。
「責め子ちゃん、僕へのツッコミはそれくらいにして、ただちにスリープモードへ。後始末は僕に任せない」
「――――カ、かしこマり、マし、タ――」
 途切れ途切れになった責め子ちゃんの声は、やがて完全に止まった。両目は閉じられているが、直立不動のままである。これ以上の負荷をかけないために、スペックを最低限まで落とした状態なのだ。
 さて、と博士は倒れているくのいち姉妹を一瞥してから、空を見上げる。
「ううむ、今すぐにでも拠点を移動させた方がよさそうだ。こんなに素晴らしい女子高生が二人とも眠っているというのに……現実は厳しいなあ」
 博士はそのひょろっとした腕で、責め子ちゃんを抱え上げる。
「さらばだ美少女くのいち姉妹! また会ったらよろしく頼むよ!」
 再びボリュームの大きい声で独り言を言い放つと、ずっと露出していた隠し通路へと、責め子ちゃんと共に姿を消した。