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当ブログのSSは女性への暴力行為(いわゆるリョナ的な)の描写を含む場合があります。嘔吐や流血などの表現に現実を見失う方は閲覧をご遠慮ください。 登場人物などは全てフィクションです。存在するわけがありません。

●お知らせ(2019/07/06)
・連載「果汁系戦士アップルハート・リブート 第4話」

■お題箱
※読みたいシチュエーションがあればお気軽にどうぞ。ですが必ず書くとはお約束できません。

●質問箱
※感想も含めてなんでもどうぞ。

目次

女の子がズタボロになってるシーンを手っ取り早く読みたい方は★マークをどうぞ。

『花びらたち』
★序
1-1 ★1-2
★2-1 2-2 ★2-3 ★2-4 ★2-4(BAD) 2-5
★3-1 3-2 ★3-3 3-4 ★3-5 ★3-5(BAD)
★4-1 4-2 ★4-3 ★4-4 ★4-5 ★4-6
5-1 5-2 5-3 5-4 ★5-4(BAD) 5-5
―連続短編―

魔法少女リューコ ★その1 ★その2
果汁系戦士アップルハート ★第1話 ★第2話 ★第3話 ★第4話 ★第5話
果汁系戦士アップルハート・リブート 第1話 ★第2話 ★第3話 ★第4話

―単発ネタ―
★博士と責め子ちゃん
★NHK
★女王ステラ
★悪魔っ娘サーたん
★シチュエーションプレイ
★がんばれデスアロマ
★スーパーヒロインの資格 ★スーパーヒロインの敗北
★光の国のルナ
★ある日の望月星華
★ウルトラスイマー・ミウ
★未知との遭遇
★おにはそと、ふくはうち
★不良少女あずき
★スカーレット夫妻
★アリス姫の願望
★魔法少女マヤ
★スイート・キャンディ
★少女騎士レイナ
★金と黄の交差
★設定屋さん
★空手美少女アユミ
★赤髪メイジのキティ
★超戦姫マイティ・キッス
★速攻 ―くのいち姉妹―
―二次創作―
★ポケモンBW2女主人公

★果汁系戦士アップルハート・リブート 第4話

『思い出して』
 
 白い空間の中で、目の前に怪人オニラスが迫ってきている。そんな中で、変身凛子は先ほどの言葉を聞いた。
 ここには自分とオニラスしかいない。いまの言葉は誰が言ったのか?
 するとまた聞こえてきた。鼓膜じゃなくて、頭の中に直接。

『憧れを、思い出して』
「だ、だれ!? なんのこと!?」
『力に溺れないで。思い出して。憧れを――』

 意味が分からなかった。
 戸惑っていると、彼女は怪人の拳が迫ってきていることへの反応が遅れてしまった。
 白と緑のコスチュームの中央に、オニラスの左拳がめり込む。

 「おぐッ、ぇ゛!?」

 内臓まで響く一撃に、凛子は目を見開いて苦悶した。
 固く大きい拳はコスチュームごと柔らかな腹へ、少し捻りながら沈みこんできた。変身して強化されているはずの肉体はまったく抵抗できずに、内臓へとまともにボディブローが突き刺さる。
 拳が引き抜かれると、反動で口から唾液が飛び出した。へこんだ腹を押さえるより早く、返しの右ボディアッパーが打ち込まれる。

「ぅえ゛!! ぐご、ぉ゛ッ……!」

 一撃目で内臓がすでに萎縮していたのに、二撃目でさらなる猛打。しかもより深くめり込んだから、拳が直接胃まで到達していた。
 ダメ押しで、オニラスの拳がグリグリと左右に捻じられる。

 グチッ、グチッ、グリュリッ――――!!
「はぐッ……!? ごふっっ! う゛、ぉぇぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ッッ!!」

 腹肉が捻れる。胃がよじれる。
 顔面蒼白になっている凛子は、絞り出されるようにたちまち黄色い胃液を吐き出した。
 濁った液体を撒き散らす美少女ヒロインに、怪人オニラスは顔色一つ変えない。無表情のまま、ただひたすらに少女の胃袋を弄んでいる。

「や、やめ゛っ、もう、げぽッ! やめへェ……! おなか、ぐへッ! おなか、ぐちゃぐちゃに、なっちゃうぅ――!!」

 腹の中をかき回されながら、口から胃液をボタボタとこぼしながら、なんとか彼女は言葉にした。しかし当然聞き入れられるはずもない。
 拳による胃袋への凌辱は、やがて――

「はッ――!?」

 怪人オニラスの拳が腹の中で強引に開かれた。
 ごつごつした五本の指が、胃袋をがっしりと掴む。
 
「や、やめてっ、ごほ、そ、それだけは、やめ゛ッ――!」

 涙と唾液と胃液と吐瀉物でぐしょぐしょになった美少女ヒロインの表情は、必死だった。だけど、無表情の怪人はまったく気にしていない――いや、感情すら見て取れなかった。
 凛子の抵抗むなしく、オニラスの手が胃袋を――
 グシャッ。
 少女の体内で胃袋が音を立てて握り潰される音。
 行き場を失った胃の内容物が、口からゴボリとあふれ出す。
 一瞬で白目を剥いた凛子は――

――――
――

 文字通り、ベッドから跳ねるように飛び起きた。夢の中で階段を踏み外したときのようなあの感覚よりも、もっと命に直接響いてくるイメージが襲いかかってきたのだ。
 
「はぁっ、はぁ、はッ――――!!」
 
 眠っていたはずなのに、全力疾走したように呼吸が荒い。汗もびっしょりで、寝間着が肌にぴったり張り付いて気持ち悪い。
 
「うう……なんであんな夢……最悪」
 
 腹部を思わず押さえてしまう。
 夢はともかく、現実において怪人オニラスにボコボコにされた凛子は、あの後、人目に付かないように、フラフラになりながらもなんとか自宅へ帰り着いた。
 携帯には結から何度も着信が来ていたが、全身の疲労と痛み、そして精神的なダメージにより、なんの返事もできないまま倒れるようにして眠り込んだ。

(お母さんは、なんとかごまかせたけど……)

 その夜、夕飯へ呼びにきた母は娘の顔を見て慌てた。と言っても、赤くなった顔を見て風邪だと勘違いしたようで、食べやすい食事をつくりなおし、あれこれ世話をしてくれた。
 そして今飛び起きた時刻は、お昼前。いつもより長く眠っていたようだ。今日が平日じゃなくて一安心する。

(なんか、だいぶ回復してるみたい……)

 変身能力者の力なのか分からないが、かなり痛めつけられたにも関わらず痛みが七割程度消え去っていることに気付いた。
 しかし、精神的に負った傷は深く、だからこそあんな夢を見たのだろう。そう簡単に立ち直れるものではないし、できれば記憶から消し去りたいくらいだ。
 凛子は上の空で部屋を見回した。一見すれば男子小学生の部屋かと思えるほどに、ヒーローの玩具やポスターでいっぱいの自室。
 そして、実際に凛子はヒーローの力を手に入れた。そのはずなのだが――

「ひっ――!?」

 昨日の戦いがフラッシュバックされる。
 腕を強引に捩じられたり、顔を地面に何度も叩きつけられたり、お腹を殴られて胃液を吐いたり、しかも最後は漏らしてしまったところまで――
 
「違う……違う違う! ぜったい違う! こんなの知らない! どっか行ってよ!」
 
思い出したくないのに、頭から振り払おうとしているのに、あのときの出来事が脳内で再生される。
 タオルケットを頭からかぶって、うずくまるようにベッドへ再び倒れ込んだ。彼女が思い描いていたものは、かっこよくて、力強い存在だ。ずっとずっと憧れている正義の味方は、あんな無様で情けない姿を晒したりしないのに。
 
(こっちが夢なんじゃないの? だったら早く覚めてよ……!)
 
 そう思いたいのも無理はなかった。が、彼女はすぐに現実だと自覚することになる。
 
「――――あッ!?」
 
 ズキッ、と頭の中に何か走り、さらに耳鳴りのような音が鼓膜にまとわりついてきた。
 この感覚は知っている。昨日も感じたものだ。
 
(ここは……学校?)
 
 凜子が通っている中学校が、脳内に映像として浮かび上がってきた。
 そして、校庭に佇んでいる異質な存在。その筋肉質な体躯。
 全身に鳥肌が立った。昨日戦った――いや、まともな戦いすらさせてもらえなかった、あの怪人オニラスが校庭にいる。
 しかも。
 
「あっ、逃げて――!」
 
 土曜日だから授業はないものの、部活の練習に出ている生徒が数人いたようだ。ユニフォームを着た野球部やサッカー分の面々が、慌てふためいて逃げ惑っている。
 さらに。
 
「え……? ど、どうして……!?」
 
 血の気が引いた。
 生徒たちの中に、結が見えたからだ。
 彼女は真っ先に逃げようとせず、転んだり、遅れている生徒を男女関係なく助けていた。危険なのはみんな同じなのに。
 凜子の心臓が、ぴくっ、と鼓動した。
 
(――――わたし、ここでなにをしてるの?)
 
 一般人かつ、ただの女子中学生である結が、誰かを助けようと必死に行動している。
 それなのに、変身能力がある自分は、どうしてベッドで震えてるんだ?
 助けないと。
 凛子はヒーローとしてではなく、結の親友としての思いが勝り、体を突き動かすのだった。
 
--------------------------------------------------------------------

「はあっ、はあっ、つ、着いた!」
 
 途中で何度も転びかけながら、凛子は学校のすぐ近くまでダッシュしてきた。
 校庭から数人の生徒が必死の形相で逃げてきたが、逆らうようにして凛子はその中へ入り込んでいく。
 グラウンドに足を踏み入れると、すぐに親友の姿を見つけた。すでに周りには生徒がおらず、代わりに――あの怪人がいる。
 結は逃げ遅れたようで、オニラスに目を付けらてしまっていた。倉庫の壁に追い込まれていて、今にも捕まってしまいそう。
 
「結ッ!!」
 
 位置としてはこちらの方が親友に近かったから、凛子は彼女の名を呼びながら駆け寄った。
 結と、怪人オニラスも驚いた表情を浮かべた。が、怪人の方がすぐにニヤリとした表情に移り変わる。
 
「凛子……!? どうして?」
「ガハハッ! なんだ、昨日のガキじゃないか。チビったところはちゃんと洗ったか? んん?」
 
 怪人が明らかに見下すような視線を投げかけてきた。結に聞かれてしまい恥ずかしくて爆発しそうだったが、今はそんなこと後回しだ。
 
「結、逃げるよ!」
「おいおい、わざわざこいつを助けにきたんだろ? それなのに逃げるだけか? 失禁ヒロインさんよぉ!」
 
 ガッハッハ、とオニラスは煽るような笑い声をあげる。
 だけど凛子は、とにかく親友を助けることを最優先に動いていた。いまここで戦わずに逃げることが、別に悪いことだなんて思わなかったし、むしろなぜだか強気な感情さえ沸き上がってくるのだった。

「うるさいなぁ! 女の子の恥ずかしいところ突っつくなんて最低! 変態! キモッ! 筋肉!」
「なんだとコラッ! つーか最後のは見た目を言っただけだろ!」
「とにかく近づかないで! 結は、わたしが守るんだからぁ!」

 そう叫んだ瞬間に、凛子は自分の胸の奥がさらに熱くなったことを感じた。
 さらに、ほんの少しだけど、空気さえ震えた気がする――いや、気のせいではない。
 なぜなら、オニラスが目を見開いて足を止めていたからだ。

「なっ、なんだ、今のは。なにをした?」
「なにをって、なに? なにもしてないよ」
「う、嘘をつくな! なら、どうしてこの俺が、お、怖気づいているんだ……!? どうして後ずさりなんかしている!?」

 凛子は怪人の言動に眉をひそめつつも、彼が何やら怯えているような感情を抱いていることは分かった。

(よく分からないけど、なんだか、力が湧いてくる……なんかこう、波動みたいなのが出てる感じ!)

 威圧感とか、プレッシャーとか、とにかく自分の何かを怪人は感じ取っているのだ。
 
「そ、そっか、分かった……! あの言葉の意味が……!」

 ――憧れを思い出して。
 弱り切っていたはずの精神力が次第に自信を取り戻していく。同時に、自分が愚かだったことに気付いた。
 思い出したのだ。ヒーローって何なのか。正義の味方ってどういう存在なのか。
 自分は、何に憧れていたのか。

「わたしは勘違いしてた……正義の味方は、悪を倒すためだけに戦ってるわけじゃない! ブレイズだって、いつも誰かのために戦ってるもん!」
「ああ? いきなり何ワケの分からんこと言い出しやがる! とにかく今からお前を――」
「ちょっと! いまいいところなの! 主人公が自分の間違いに気づいて、正しい心に目覚めるアレよ! 段階を踏んでこその覚醒なんだから、敵キャラが口を挟むの野暮! そういうのダメー!」
「ええい、意味の分からんことをゴチャゴチャと――! ぐ、ぐぬぬぬっ! どうして足が震えるんだ――!?」
 
 今にも掴みかかろうとするくらいの敵意をオニラスはむき出しにしているが、凛子が放つ見えない威圧感に圧倒されているようだった。
 凛子も、自分の持つ“力”が溢れんばかりに満ちていく感覚を自覚している。
 これは、あのときの感覚と同じだ。怪人クイチラスが結へ襲いかかろうとしていたとき。
 怪人を倒すよりも、何より『親友を助けたい』という気持ちが強かったはずだ。
 
「そう、そうだよ! この力は、悪を倒すためじゃない! 守る力なんだ!!」
 
 今なら行ける気がする。根拠はないけど、とにかく自信がある。
 隣には、戸惑いと不安で瞳が揺れている親友。
 彼女になら、知られてもいいと思えた。理由を聞かれるとうまく答えられないけど、結なら、受け入れてくれると感じたのだ。

「結、ちょっとだけ待ってて。すぐに”片づける”から」
「り、凛子……? なに言ってるの? 危ないよ……!」
「これ以上、結の涙は見たくない。結には笑顔でいて欲しいの。だから見てて……わたしの、変身!」

 ドクンッと心臓が大きく鼓動した。
 そして次の瞬間、凛子の視界が白い光でいっぱいになり、思わず目を腕で隠す。
 ――気配が消えた。結と、オニラスの。
 ゆっくり腕を下ろすと、景色が一変していた。
 激しい高揚感で満たされていた凛子は、ふと、浮遊感を覚える。
 
「――へっ? あれ、ここって夢の中で……」

 ちろん唐突に眠ってしまったわけではない。どういうわけか今、夢の中で見た空間の中にいるのだ。
 違う点は、オニラスがいない。自分一人だけだが、あの声は響いてくる。
 
『そう、それでいいの。力に溺れないで』
 
 聞いたことがある声な気がした――絶対に聞いたことがあるのだけど、どうしても誰かが思い出せない。
 
『わたしのようにはならないで。お願い』
「ど、どういうこと? あなた、いったい誰なの!?」
『わたしは、あなたの――――』
 
 ――――
 ――
 
 燃えるように熱い。
 意識が夢の空間から戻ってくると、凛子は全身の血が沸騰しているのかと錯覚するくらいに、エネルギーの流動を感じていた。
 体の周囲で竜巻のような風が巻き起こって、体は次第に光を帯びていく。高揚感で心臓の高鳴りを覚えた凛子は、
 
「変……身!」
 
 “変身”する。
 言葉の瞬間に光が弾け飛んで、凛子の体が再び親友と怪人の前に現れた。
 
「凛子……!?」

 親友が驚愕に目を見開いている。
 髪型はツインテールで、緑色。衣服も白と緑で、ミニスカートにニーハイソックスは、いつもの津軽凛子が着る服装とは雰囲気が全然違うのだった。
 ただ、今回はこれだけで終わらない。

「まだっ! まだいける! うあああああああああ!」

 満ち溢れるエネルギーを解放するように、凛子は喉が裂けそうなくらい叫んだ。
 すると、イメージカラーともいうべきグリーンの髪色が変わっていく。
 髪だけではく、コスチュームの緑色だった部分が、すべて変化していった。
 
「な、なんだと……!?」
 
 続いて、怪人が以前とは違うスーパーヒロインの姿に動揺した。
 赤。
 特徴的なツインテールは、緑から赤に変わった。かといって血やバラのように刺激的な赤というわけではなく、美しく鮮やかな赤だ。
 さらに、その赤と白を基調としたコスチュームを身にまとっているのだった。

「おおっ、おおおお!? こ、これは……そっか、これが本来の姿だよ!」

 凛子本人も驚愕に目を見開いたが、持ち前の”ヒーローオタク思考”ですんなり理解した。
 ――そうだ、目覚めたんだ。真のヒーローとして。
 理解した凛子に、もう迷いなどなかった。今なら親友を守れる。そして、守るために怪人を倒すという確固たる意志を持っていた。 
 決意を秘めた瞳で、明らかに恐怖している怪人を見据える。
 
「怪人オニラス! わたしの友だちを傷つけることは絶対にさせない! 勝負よ!」
「ぐ、ぐぬぬぬっ! 昨日ボコボコにされたくせに……! なんなんだ、お前は! 」
「わたしは、津軽凛子――! あ、いや、今のなし! ちょっとタイム! えーっと――」

 さすがに本名を名乗るのはおかしい。結には知られたけど、変身ヒーローとは本来正体を隠すものだ――しかし凛子は頭を抱える。

「覚醒したんだからさすがに名前決めないと~~~! ね、結、なんかない!?」
「へっ? あ、あたしに言われても!?」
「なんでもいいの! こういうのはひらめきが大事なんだよ! インスピレーション! インスピ!」

 敵を目の前にして余裕をかましすぎではあるが、オニラスはやはり身動き一つできないようだった。 凛子には彼の心情を読むことはできなかったが、実際のところ『いま攻撃するとやられる』と、本能で感じていたのだ。
 もちろん結だって、名前をいま決めることの重要さを理解できなかったが、ものすごい剣幕だったので、

「そ、そう言われたら――――りんごみたいだなって」
「りんご? 果物の?」
「ほら、青りんごと、普通の赤いりんご。凛子って名前も似てるし? い、いやさすがにテキトーすぎた――」
「――――そ、それだ! それだよ!!」

 りんご、というワードを聞いた瞬間、凛子の頭に電流が走った。それしかない、と感じたのだ。

「緑色は、まだ熟してなかった! そしていま赤色になったのは、ヒーローとして熟したからだ! 心が! ハートが!」

 一人で興奮している正義のスーパーヒロインは、目をきらきら輝かせながら宣言する。

「よーく聞きなさい怪人オニラス! わたしはアップル! アップルハートよ!」

 この瞬間、本当の意味で誕生した。津軽凛子は――正義のスーパーヒロイン、“アップルハート”として覚醒を果たしたのだ。

 「アップルハートだとぉ? 色が赤くなっただけで急にイキり始めやがって!」
「赤くなっただけじゃないわ! これは――そう、『完熟フォーム』! アップルハートの基本形態なの! だから緑色の状態は『未熟フォーム』ね! フォームが違うのは重要なのよ!」

 楽しそうに説明をする凛子――もといアップルハートに、オニラスも、結もぽかんと口を開けるしかなかった。
 
「わたしは昨日まで未熟だった……でも今は違う! 悟ったの全てを! 我こそは平和を守る者! アイアムヒーロー!」
 
 決して良くはない成績の英語スキルを持つアップルハートだが、彼女の声や言葉には“魂”が込められており、怪人を圧倒しているのだった。
 
「お、おのれっ……! さっきから何の話をしているのかさっぱり分からんのに、なんだこの意味不明な威圧感は!?」
「当然! それこそわたしの持つ正義の力が――――そう、“正義力”の力よ!」
「“力”が二つ被ってるだろーが! くそっ、こんな無茶苦茶なやつに負けてたまるか! うおおおおお!」
 
 怪人オニラスはついにヤケを起こして、アップルハートへと突撃を開始した。仮にもスーパーヒロインの“正義力”に戦意をそがれていたはずだが、こうして反抗できたのはさすがといえる。
 昨日の公園での戦闘と同じように、オニラスはその筋肉質な腕でもって少女へ拳を叩き付けようとしたが――
 バシッと空気が弾けるような音と共に、美少女ヒロインは片手でそれを受け止めていた。
 
「ヌッ!? そんなバカな……!」
「おおっ、み、見えるよ動きが! しかも攻撃が軽い! 昨日とは全然違う! さすが完熟フォーム!」
 
 自分のポテンシャルの高さに感動しているアップルハートは、テンションの高さそのままに右拳を握り込んだ。
 
「じゃあ、今度はこっちの番――――あ、そうだ。もう一つ重要な要素があった!」
「なんだ今度は!? いちいち説明しないと駄目なのか!」
「技の名前よ! これを叫ぶことに意味があるわ! 言葉には魂が宿るんだから! コトダマスピリッツ!」
 
 これは特撮ヒーローでなくても通ずるものがあるだろう。アップルハートが名前を重要視するのは、今に始まったことではないが。
 
「だからね、ん~~~、いや、こういうのは見た目通りの名前がいいと思うの。ややこしい漢字とか使ってもちょっとアレだし? 中二病とは違うから。ねえ結?」
「またあたしに振る!? ぜんっぜんわかんないけど、いいんじゃないのそれで……」
 
 もはや諦めの境地に達した結は、どこか安心したような表情で答えていた。
 すっかり姿が変わってしまっているものの、この特撮オタク節は間違いなく津軽凛子だ――結はそう感じたのだろう。
 うん! とアップルハートは満足げにうなずいて、
 
「よーし行っくぞー! アップルゥ――――パァーーーンチ!!」

 たっぷり名前でタメた後、ごく普通のストレートパンチを怪人の胸元へと打ち込んだ。
 昨日のようにダメージを与えられないかもしれない、という不安は微塵も感じなかった。だって、自信があったし、確信を持っていたから。
 事実、分厚い胸に小さな拳が着弾すると、オニラスの表情が一瞬で崩壊。
 殴打とは思えない衝撃音と共に、巨体が凄まじい勢いで吹き飛んだ。

「グッガアァァァァアアアアアアァァ!!?」

 野太い声色でオニラスが悲鳴をあげている。パンチ一発で二十メートルは殴り飛ばされ、グラウンドに背中を打ち付けた。
 とんでもないパワーを発揮したことは、結はもちろん、アップルハートも自分の拳を見ながら驚いている。

「すっご……! すっごーい! これが完熟フォーム! 中間とか最強フォームになったらどうなっちゃうの!?」

 進化形態がある前提の発言だったが、その根拠のない自信すら、彼女の強さに反映されているのだった。
 正義の拳を受けた怪人オニラスは荒い息を吐きながらフラフラと立ち上がり、

「ゴフッ……! こ、こんな……こんなバカなことが……!」
「これが現実なのよ怪人オニラス! 人々を脅かす悪は正義力をもって断罪するわ! 次でトドメよ! とーうっ!」

 アップルハートは両膝をぐっと曲げてから、地を思い切り蹴り込んだ。すると嘘みたいなジャンプ力で、すぐそばにある倉庫の屋根よりも高く飛び上がる。

(できる……! 今ならできる!)

 憧れのスーパーヒーローが最も得意とする必殺技。何度見返しても飽きることのない、魅力的な必殺技。
 代名詞ともいえる、決め技。

「アップル――――! キィィィィィィィィック!!」

 助走による跳躍と、その落下と、彼女自身のポテンシャルをすべてかけ合わせた飛び蹴りの威力は、説明するまでもないだろう。
 空中で加速するように美少女ヒロインが怪人へと接近し、林檎色ショートブーツがオニラスの少しへこんでいる胸元へと直撃した。

「ゴアアアアアアアアアアアッッ!!?!」

 ヒットすると同時に衝撃波が生まれて、足元の地面がひび割れる。風圧が一気に拡散されて、少し離れているはずの結は突風にあおられたように長髪が揺れた。
 アップルハートが着地すると、オニラスはがくがくと体を揺らしながらよろめく。これでもすぐ倒れ込まなかったのは、彼もそれなりに力のある怪人であることに他ならないが、勝負は決まっていた。

「ググッ……!! そんな、この、オレ様がぁぁぁぁぁァァァッ!!」

 大きく叫んだ後、怪人オニラスの巨体がゆっくり倒れていく。
 グラウンドの土に背中が触れた瞬間、轟音と共に彼の体が――爆発した。怪人が敗北するときの爆死である。

「はあ、はあ……!」

 爆発の炎と土煙を、アップルハートは軽く息を切らせながら眺めていたが、すぐに目を輝かせて、

「わああーーーー! やったやった! やったよ! やっぱり正義は勝つんだよ! 見た? 見てたよね!?」

 後ろを振り返って、ダッシュで結のもとへと駆け寄っていく。そして彼女の両手を掴んでぴょんぴょん飛び跳ねるのだった。
 親友はというと、唖然としながらも、目の前にいるスーパーヒロインが確実に凛子であると理解していたから、すぐに表情を和らげた。

「み、見てた見てた……これ現実なの? 信じられない……」
「残念だけど、現実なの。この世界に怪人は存在する……でも!」

 林檎色のツインテール――片方を手でさらりとなびかせながら、あまり成長していない胸をおおきく張って、

「わたし、アップルハートが平和を守ってみせるから! あっ、でも正体はバラさないでね? 正義の味方は人知れず悪と戦うものだし! くぅーっ、かっこいい! わたし今かっこいい!」
「で、でも、さっきみたいに勝てるとは限らないし、怪我しちゃうでしょ……? もし、死んじゃったりしたら……」

 結は、本気で心配していた。表情で分かる。
 彼女の優しさを目の当たりにして、舞い上がっていた心にある程度の落ち着きを取り戻した。

「ありがとう、結。わたしもそれは分かってる」

 アップルハート――津軽凛子は、昨日すでに敗北したのだ。だから十分に理解している。
 この変身能力が自分に備わった理由は、正直なところ分からない。だけど”自分が今できること”は分かる。
 それは、友だちを守ること。もっというと、誰かを守ること。今、自分にしかできないことはこれなのだ。
 凛子は『運命』という言葉を信じていたし、そしてなにより、やっぱり憧れだったから。

「大丈夫。ぜったい無理はしないから。言ったでしょ、結の涙は見たくないって」
「ほんとう……? 約束してくれる?」
「する。ほら、指切りしよ? ゆーびきーりげーんまん、ウソついたら――」
「シュークリームおごってもーらう! はい、指切った!」
「えっ、また!? この前おごったばっかりなのにぃー!」

 いつの間にか、結の表情はいつも通りになって、けらけらと笑っていた。
 凛子が彼女に変身を見せたように、結もまた、凛子を信頼しているのだ。
 だからこそ、この笑顔は絶対に守らなければならない。
 アップルハートは、決意を新たにして親友に微笑みかけるのだった。

★果汁系戦士アップルハート・リブート 第3話

(大丈夫、わたしはヒーロー! スーパーヒロインなの! 正義は悪に負けない!)

 こうして凛子が立ち上がれたのも、ヒーローという存在に絶対的な信頼を持っているからに他ならない。
 根拠が無いといえばそれまでだが、彼女にとって細かい理屈なんて些細なことだった。
 正義は勝つ。それが当たり前なんだから。

「絶対負けない! もう、最初からクライマックスで行くからね!」

 殴られた鼻の奥がずっと痛むけど、彼女は正義の味方の意志を強引に立ち上がらせて、再びオニラスを見据える。

「ガッハッハ! いいぞ、お前みたいなやつは嫌いじゃない。もっとヤりあおうじゃないか!」
「望むところよ! ん~~~~~!!」

 変身凛子は力を溜めるようにして、両膝を曲げて左右の拳を固める。
 すると、足元の砂や石ころが四方へと飛び散った。彼女自身の周囲に、かすかに風が巻き起こっている。アニメみたいなエフェクトにテンションが上がる。
 あの怪人の体がどれだけ丈夫とはいえ、一切ダメージが与えられないなんてこと、あるはずがない。そんな無敵の存在なんて、むしろヒーロー側の特権。

「――――だぁッ!!」

 だから凛子は初陣のクイチラス戦みたいに、体ごとぶつかるつもりで突撃した。
 両足で地面を蹴り込むと、視界が一気に後ろへと流れる。
 とてつもない風圧を体で感じる。
 一瞬、耳が聞こえなくなるほどのスピード。避けることなんてできない。
 ガンッ! と大きな音が公園全体に響き渡る。
凛子は右拳に痛みを感じるとともに、驚愕に目を見開く。

「あっ、な、なんで――――!?」

 最大限の力を込めたストレートパンチは、オニラスのごつごつした手にあっさりと受け止められていた。

「そんな真正面からの攻撃はバレバレだぞ。なめるな!」

 ぐりっ、と右拳を反時計周りに捩じられた。
 手首から肘にかけて、皮膚と肉がミチミチと悲鳴をあげる。

「ぁぁぁぁ゛あ゛あ゛っ!?」

 そのまま肩まで捩じ切れてしまいそうな痛みに、凛子は痛々しい声を洩らす。
 彼女の細腕は、変身している今なら鋼鉄よりも頑丈で、痛みなんか感じないはずだった。少なくとも彼女自身はそう信じていたが――
 この痛みはあまりにも現実的だった。喧嘩なんてしたこともない凛子にとっては、信じられないような痛み。
 間髪入れずに、怪人の右拳が今度は左頬に叩き込まれる。

「づあッ……!!」

 ためらいなんか一切ない、右フック。
 拳が大きく、ためらいのない一撃は、首ごともぎ取れそうな衝撃。
 緑色のスーパーヒロインは空き缶のように軽々と、十メートル近く殴り飛ばされる。
 またしても地面に倒れ込み、少女は頬を押さえてのたうち回った。

「ッ……! ぁ、がぁッ……!」

 思い切り頬を殴られて、顎がうまく動かない。
 今の一撃は、脳にまで振動が入った。
 意識がぐるぐる回っていて、倒れているのに視界があちこち揺れている。

(い、いたい! 痛い痛いいたぃぃぃ……!!)

 もう二回も顔を殴られた。
 凛子自身、殴られること自体は理解できる。だって自分は今、正義のヒーローになのだ。傷つきながらも悪と戦い、最後には勝利する正義の味方。
 でもやっぱり、殴られたら痛い。それは普通の女子中学生が体験することのない痛みだ。
 しかも喧嘩とかそんなレベルじゃない――現実なのに、現実離れした痛み。

「おいおい、もうオシマイかぁ?」

 ドスの効いた声と、足音が近づいてくる。
しかし凛子は殴られた衝撃と痛みで頭が混乱していて何もできず、怪人オニラスの大きな手で頭をわしづかみにされた。

「う、くぅっ……!」
「ガハハッ! 泣いているじゃないか! 無様なヒロインさまだなあ?」

 そのままオニラスの目の高さまで持ち上げられる。筋肉の塊みたいな腕は、片腕でも女子中学生くらいどうってことないようだ。

「な、泣いてなんかない……! はなしてよ……!」
「威勢はいいがな、その程度じゃこの俺は倒せんぞ!」

 頭をがっちりとホールドされたまま、勢いよく振り下ろされる。
 凛子は顔面から地面へと叩きつけられた。すさまじい衝撃音が公園中に響き渡り、地面がわずかにピシッと軋む。

「ぶぐぅぅっ!?」

 猛スピードで迫ってきた地面へと真正面から衝突し、顔面全体が地に埋まった。
一瞬呼吸困難に陥ったが、すぐさま引きはがされる。

「――――ぷあッッ!!」

 だけどまた、地面に顔がめり込む。

「んぶッ! づッ! がぁッ――――!!」

 ズン! ズン!! ズン!!!
 それを凛子は何度も繰り返された。悪意のない子供がめちゃくちゃに振り回す、壊れかけのおもちゃみたいに。
 がっしり掴まれた頭が痛い。土に何度も埋まった顔が痛い。口の中に土や砂が入り込んでいる。鼻が曲がっているような気がする。

「どうだ、痛いか? えぇ?」

 一時中断して、オニラスは少女の顔を確かめるように、再び凛子を持ち上げる。
 紛れもなく美少女といえる変身凛子のかわいらしい顔立ちは、今や土と傷まみれで痛々しく歪んでいた。

「うっ、けほっ、けほっ! はぁっ、はあ……!」
「チッ、されるがままになりやがって。少しは抵抗したらどうなんだ!」

 そう言って怪人は凛子を紙クズのように地面へ放り投げる。

「ぐぅぅっ! くはっ……!」

 オニラスが変身能力者と呼んだのだから、そういったものを知っているのは確かだ。だから何かしら期待を持っていたのだろう。
だけど実際、凛子は変身しても貧弱で泣いているだけの少女だった。

(分かった……わたしはまだ、ちゃんと目覚めていない……だって、こんなに弱いわけない……)

 文句なしに美少女といえる顔立ちがボロボロになりながらも、意識だけはハッキリしている凛子はそう感じていた。
 変身できていることは事実。これはコスプレなんかじゃない。人間以上の力が備わっているのは、間違いないのだ。きっと、変身したばかりだからまだ慣れていないだけ。

(それなら、戦っているうちに、勝てるようになる……! 絶対!)

 放送中の『マスクレンジャーブレイズ』だって、初めての変身はいわゆる“不完全体”だった。しかし戦いを通じて自分の力を目覚めさせていき、本来の姿へと変身する。
 しかも、ピンチな状況というのは、いわば覚醒への前触れといっていい。
 これはいわゆるフラグってやつだ。ぜったい。
 だから今は、痛いのを我慢してでも……!
 変身凛子はいまだに痛む右腕を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。鼻血がぽたぽた流れて、足元に赤い点が広がっていく。心なしか、グリーンのツインテールも落ち込んだように垂れ下がっていた。

「んくッ……、ま、まだ、負けてない……! 負けてないもん……!」

 涙と鼻血をぐいっと拭って、変身ヒロインは怪人へと向き直った。
 彼女としては自分の力を信じているからこそ、こうして戦う意志をありありと見せているが、オニラスからすればただ意地になっているだけにしか見えていない。

「フン、いい加減にしておけよ。こっちだってザコに時間をかけている場合じゃないんだ」
「ザコって、わたしが……!? 違うもん、わたしは、いま、スーパーヒロインなの! ぜったい勝手みせる!!」

 バカにされるのは腹が立つ。だけど自分よりも、ヒーローそのものを罵倒された気がして頭が沸騰しそうだった。
 痛みも強引に忘れて、少女は再び怪人へと突撃していく。

「だぁぁぁあああああ!!!」

 怒りに身を任せるようにして、凛子は叫びながら拳を繰り出した。
 でも、そんな真正面からのストレートパンチなんて、当たるわけもなく。
 スッ、とオニラスが体を傾けただけで、必死のパンチは空を切るだけに終わった。
 怪人の目がぎらりと光る。
 どこを狙っているのか、分かる。

「――――あっ」

 気づいたときには、掬い上げるような拳が、もうすでに唸りをあげていた。
 ズムッ! と公園に響き渡る打撃音。

「う゛ぇっ……!?」

 目をいっぱいに見開いて、口から舌がピンと伸びた。
 暴力的な威力によって体がくの字に折れ曲がって、両足が地面から浮き上がる。
 怪人の筋肉質な腕から放たれたボディアッパーは、変身ヒロインの華奢な腹部――アニメチックなコスチュームの中心にずっしりとめり込んでいた。

「ぃぎッ――ごッ、ふ!? げぁッ」

 大きく咳き込むと、唾液の塊が飛ぶ。
 お腹を殴られた、と自覚したとき、着弾点から一気に痛みが全身へと広がった。
 指やつま先、脳に至るまで。女子中学生にはとても耐えられない激痛の信号が、体の神経すべてを蝕んでいく。
 拳に支えられたまま、変身凛子はガクガクと痙攣し始めた。

「ハッ、なんだ今のは。そんなトロい攻撃なんか当たるわけないだろ」

 心底呆れたような声色で、オニラスは拳を引き抜いた。
 グボッ――
 生々しい音と共に、凛子のコスチュームに大きな陥没が残る。
 浮いた足が地を着くより早く、その陥没へと返しの左拳が突き刺さる。
 凛子はお腹の奥で、グチュッ、と音がしたのを聞いた。

「ぉ゛ッ――!? ぐぶっ――――!?」

 間髪入れずの二連打。それは内臓を押しつぶすようなボディブローだった。
 一撃目はやわらかな腹肉へダメージを与え、なんとか抵抗しようとする薄っぺらな腹筋を機能停止にさせた。
 二撃目は、そんな抵抗力を失ったところへの、本番ともいえるパンチ。
 やわらかい腹筋をぶち破り、女子中学生らしいきめ細かい肌をめりめりと巻き込みながら、奥にある内臓器官へと打撃を与える。
 プロボクサーでさえこんな一撃は食らわないだろう――凛子はまだまだ発展途上の肉体に、暴力的な拳を叩き込まれたのだった。

「ぐっ、ぇ゛ぇ゛――――!? え゛ほッ! うげぇっ――!!」

 殴られた腹部を抱えながら、額を地面にくっつけてうずくまる。鮮やかな緑のツインテールが砂まみれになった。
 大きな鉛玉がお腹の中に埋められたみたいに、痛くて、吐き気までこみ上げる。それは抑えることもできなくて、白っぽい胃液がごぽりと溢れてきた。

「ぐぷぇッ――ぅ゛、がはッ――!! ぁ゛っ――――!!」

 ハッハッハッ、と子犬のように早い呼吸を繰り返して、なんとか痛みから逃れようとする。
 腹部を殴られただけで、痛くて、気持ち悪くて、頭が真っ白になった。開かれている口元からはボタボタと唾液が零れている。叫び出したいくらいに苦しいのに、身じろぎすらできず、ただうずくまっていることしかできないのだった。
 そこへ、人間よりもゴツくて硬い足が、後頭部を踏みつけてくる。

「ん゛ぶっ!?」
「なあおい、お前は本当に何なんだ? こんな弱っちいくせに、よく俺と戦おうなんて考えたな」

 屈辱的にもぐりぐりと顔面を地面に押し付けられるが、殴られた痛みで抵抗もできずされるがままだ。

(ち、違うっ……! こんなの、おかしいよ……!)

 心の中で現実に抗議しても、いまの状況は覆らない。怪人にボコボコにされているというのは事実だし、助けてくれる味方もいないのだった。

「何とか言ってみろよコラァ!」

 ただ悶えているだけの凛子にイラついているのか、オニラスは怒気をあらわにして足を引き絞った。
 そしてサッカーボールみたいに、凛子を蹴り上げる。

「づぁッ――?!」

 膝をついたうずくまっていた凛子は頭に衝撃を受けて、文字通りひっくり返った。鼻血の糸を空中に引きながら、仰向けに転がる。
 腹部を押さえたまま、打ちあがった魚のように凛子はひくひくしていた。

「ったく、話にならん。目障りだからとっとと殺しちまうか」
「ひっ――!?」

 ぞくっ、と心臓の辺りに悪寒が走った。

(い、いま、殺すって言ったの? 本気で? し、死んじゃう――!?)

 空を見上げている凛子の視界に、無表情のオニラスが映り込んだ。
 無。彼の表情からは、ほとんど何も感じ取れない。
 それもそうだ。この怪人は自分をゴミ呼ばわりした。それは実際にそう感じているわけで、例えば紙くずをゴミ箱へ捨てるときにいちいち感情が揺れ動く者なんていない。
 彼はただ、それを始末しようとしているだけだ。
 だから、きっと、本当に殺される。

「や、やぁ――やだっ――!」

 このとき、凛子は明確に“恐怖”を味わった。
 先ほどまでは間違いなくヒーローとしての意志を抱いていた……しかし、目に見える殺意ではなく、虫でも潰すみたいに自分を殺そうとする怪人が、急に得体の知れない幽霊のように感じたのだった。
 そして、その感情は姿にも反映される。全身が淡く緑色に光り輝き始めたかと思うと、薄いガラスを割ったような音と共に、黄緑のコスチュームとツインテールが光の粒子となって霧散した。

「あ――」

 後に残ったのは、女子中学生の制服を着た少女。変身が解除されても鼻血と胃液で口元がベトベトに汚れている津軽凛子である。
 こうなってはしまっては、もはやどうすることもできない。変身した姿なら、人間離れした走力で逃げることはできたかもしれないが――
 ズシン、と怪人オニラスが地を踏む。びくっと肩を震わせた凛子は、

「ご、ごめんなさい……! ごめんなさ、げほっ! ごめんなさいっ、ごめんなさぃ……!」

 謝った。
 怯えた表情で涙を溢れさせ、お尻でジリジリ後ずさりながら、ひたすらに謝った。

「お、おね、お願いしますッ、たすけてっ、げふッ! お、お願いですからっ、ひ、し、死にたくないぃぃッ――」

 腹を殴られたことで嘔吐感が渦巻いていたが、構わずに彼女は続けた。
 もう、スーパーヒロインとしての凛子はそこにいない。悪をやっつけようと意気込んでいた彼女はもう消え去って、死を目前にして命乞いをするだけのかわいそうな女子中学生。
 心はもうとっくに折れていた。本当に殺されると直感した彼女の脳は、全身を硬直させ、体のあらゆるところへ”恐怖”の信号を送っていた。その結果はすぐに表れる。

「…………ハッ」

 怪人オニラスはそれに気づくと、失笑をひとつ。
 凛子は失禁していた。
 制服のスカートから、液体が地面に円を形作っていく。

「ガッハッハッハッ! こいつは傑作だ。スーパーヒロインさまが漏らすとはな! ハッハ!」

 心底面白そうに、オニラスは腹を抱えている。
 凛子は頬を真っ赤に染めていたが、命を取られる間際というところだから、漏らしてしまったことなんてどうでもよかった。
 とにかく、助かりたかったのだ。

「フン、失禁ヒロインなんぞ殺したって何の名誉にもならんわ。つまらん」

 くるり、とオニラスは背中を向けた。
 仮にも変身能力を持つ凛子だ。その彼女に背中を見せるというのは、よっぽどの自信があるか、もはや敵にすらならないか――
 間違いなく、後者だろう。凛子の願いを聞いてくれたわけではない。ただ単に、彼は興味がなくなっただけだ。

「あ、ああっ――ありがとう、ございますっ――!」

 言わなくてもいいのに、凛子は思わず感謝まで口にしていた。あまりにも命の危険を感じたものだから、まともな思考さえできなくなっているのだった。

「おい、二度と俺の前に姿を見せるなよ。お前を見るとイラつくからな、次は本当に殺すぞ」
「はいっ! わ、分かりました――!」

 震えた声で凛子は情けなく答える。
 もう一つ失笑を吐いた怪人は、首を横に振りながら歩き始めた。特に急ぐでもなく、何かを狙うわけでもなく――面倒くさそうな雰囲気さえ感じた。
 彼の姿が見えなくなるまで、凛子は公園のほぼど真ん中で、失禁したまましばらく震えているのだった。

★果汁系戦士アップルハート・リブート 第2話

「おお~~~! すごいすごい!」
 その場でぴょんぴょん跳ねたり、くるくる回ってみたりすると、緑のツインテールが滑らかになびく。コスプレ経験のない凛子は目をきらきらさせてはしゃいでいた。
「ん~~~、でもこれ、どっちかって言うとアニメ寄りだな~。わたしは『マスクレンジャー』とか『宇宙警察』とかそっち系のが好きなんだけどな~」
 今の姿は、端的にいえば女児アニメっぽくて、凛子がご執心な特撮ヒーロー感はあまりない。しかし日曜日の朝にお茶の間を楽しませる仲間であり、実のところ放送中のアニメは欠かさずに見ている。
 窓ガラスの前でいろんなポーズをキメていると、先ほど体当たりで吹き飛ばした怪人がよろよろと戻ってきた。
「わわ、き、来たっ!」
「グ、グぬぬ! よクもやってクれたな!」
 クイチラスが長い舌で威嚇している。
 凛子は変身したとはいえ体が大きくなったわけではないから、怪人の体格にはやはり圧倒されてしまう。
「気が変わったぞ……お前から先にクってやる! クぇぇぇぇぇイ!」
 赤黒くて太い舌がしなり、凛子へと襲いかかる。まだまだ小柄な女子中学生とはいえ、親友である結を気絶させるほどの攻撃だ。
「ッ!?」
 しかし凛子には、その舌の動きが見える。見えた。察知できた。
 左から右へ薙ぎ払うかのような攻撃を、凛子は左手で軽く振り払う。たったこれだけで、攻撃を無力化できるという確信が持てたからだ。
 バシッ! と音が響いて、クイチラスの太い舌が、小さな手によって軽々と弾かれる。
「な、なんだと!?」
「ひいぃ!? き、キモい! ぬ、ぬるぬるしてる! マジきもっ!」
 手の甲に生暖かい唾液が――凛子は思わずぶんぶんと手を振りまくった。
「おイお前! きもイとか簡単に言うんじゃなイ! その何気なイ一言で傷つク奴もイるんだぞ!」
「あっ、ご、ごめんなさい――――え? いや、いやいや、なんで敵に謝ってるのわたし!」
 目の前には人々を脅かす怪人、すぐそばには気絶したままの親友、そして、何やら秘められた力に目覚めたらしい自分。
 ずっと憧れていたヒーローに、わたしは変身したんじゃないか。
 それなら、やるべきことはただ一つ。
「よし! そこのあなた! これ以上の悪事はこのわたしが――――ええっと――――ん? ――――わ、わたしが許さない!」
 少し言葉に詰まったのは、重大な要素が分からなかったからだ。
 ヒーローといえば名乗りという醍醐味があるというのに、変身後の名前が分からないのだった。
「い、いや、マスクレンジャーブレイズだって最初は名前が分からなかったし、これは後で判明するパターンだ! きっとそう! あとの展開に期待ね!」
「お前はさっきかラ何を一人で盛り上がってイるんだ! 俺をほったラかしにスるな!」
 トカゲの足で地団駄を踏むクイチラスに、凛子はキッと鋭い視線を向ける。
(さっきのキモい舌をガードできたんだから、こっちの攻撃だって……!)
 防御した左手には痛みもない。まだちょっとベタついているけど、きっとこっちだって殴ったり蹴ったりすれば、怪人を倒せるはず――!
「とにかく、結はわたしが守るんだから! いっくぞぉー!」
 凛子は右腕をぐるぐる振り回してから、クイチラスへと向かって地を蹴った。
 ただ単純に走るだけのつもりだったのに、凛子の体は一瞬にして、クイチラスの眼前まで“跳んだ”。
「はぇ!?」
 空気が全身を駆け抜けたかと思ったら、凛子はもう顔面を怪人の腹にぶつけていた。
「グぇるぼぉ!?」
 意味の分からない呻き声を残して、クイチラスがまた吹っ飛ぶ。
「い、いたたたた……」
 さすがに今のは勢いが強すぎたのか、思わず鼻を押さえる。
 彼女にとっては軽い痛みではあったものの、クイチラスの方はそうもいかないようだった。
 怪人はフラフラと立ち上がったものの、体中から煙を吹き出しながら、
「グ、グググ! そ、そんなばかな! こ、この俺様がーーーーーー!」
 いかにも悪役らしいセリフを吐いたあと、その体が激しく爆発した。
「わっ! ほ、ほんとにそうやって死ぬの!?」
 特撮ヒーローの敵キャラといえば、必殺技をぶちかまされたあとは爆散して死に至る。怪人クイチラスは破片すら残らないほどの爆発で消え去ってしまった。
 お約束の演出だが、まさかリアルでこんな光景を目にするなんて。
「ていうか、倒しちゃったってマジ? さっきので? うわーっ、なんかもったいないことした!」
 心底悔しそうに凛子は頭を抱える。せっかくだから色んな技を試したかったのに……
「わたし、強すぎない? いきなりインフレ? 最初だけ強いやつ? それとも使いこなせてないだけかな?」
 これは凛子だからこそ、そんな風に理解できるのだった。あまりマンガとかに関心を持たない人間だったら、ちんぷんかんぷんだったろう。
 とにかく、人間のスケールで動いては危険だ。さっきみたいにダッシュするつもりで走り出すと、マスクレンジャーブレイズのブレイジングタックルみたいになってしまう。大技は最後まで残しておかないといけないのに。
ふと、彼女は視界の隅でかすかに動くものを捉えた。
 結だ。
「やばっ、つーか忘れかけてた! ど、どうしよう、今の姿は見せられない!」
 それはもちろん、ヒーローは正体を隠すものだからだ。
 凛子がそう思考した瞬間、グリーンのコスチュームがあたたかくて柔らかい光を帯び始める。
「お、おおっ?」
 まるで凛子の思いに従うようにして、そのやわらかな光が制服へと変化した。
 完全に普段の女子中学生へと戻っている。裸になったらどうしようかと一瞬焦ったが、大事には至らなかったようだ。
「うう……い、いたた……」
「ゆ、結! 大丈夫!?」
 右脇腹を押さえながら身を起こす結。
 いつも通りの制服姿に戻った凛子は、親友に駆け寄ってその背中を支えた。
「凛子……? あ……怪我は、してない?」
「わたしは大丈夫。でも結が……」
「あはは、大丈夫だよ。これでも一応鍛えてるから」
「ん……ありがとね」
 最初の攻撃から守ってくれた結の手を握ると、柔らかく握り返してくれた。
「あれ、さっきの怪物は……?」
「あ~、えーっと、どこか行っちゃった! なんでだろ?」
 怪人は跡形もなく爆発四散したし、ひとまずそう答えておいた。凛子は少し視線を逸らしつつ、結を支えながら一緒に立ち上がる。
 脇腹がまだ痛むようで、結の表情が険しい。凛子は胸の内がチクリと痛むのを感じた。もとはといえば、自分が危険に気づかなかったせいなのだから……
 ふと気づくと、少し離れたところから警官が何人も現れて、二人へと駆け寄ってくる。
 その中の若い男性警官が、辺りに散らばっている椅子やらシュークリームやらの残骸を見回して、
「君たち、大丈夫かい? ここで暴れている――化け物がいるという通報があったんだけど」
 と優しい声で伺ってきた。
「あ、あー、はい、どこか行っちゃいました。あっちの方!」
 凛子はとっさに、自宅とは逆方向を指さしてそう答えた。内心は心臓バクバクだった。だって、お巡りさんに嘘をついているから。
 でも、悪い事をしたわけではないし――と凛子は自分を落ち着かせる。
「そうか、協力ありがとう! まだ近くにいるかもしれないからね。車で送っていきましょう。どうぞこちらへ」
 一瞬、変装した悪い人じゃないかと不安になったが、警官は一人だけじゃなかったし、手帳も見せてくれたから、一応は安心。
 結と一緒に初めてのパトカーを体験しつつ、凛子は自宅へと帰ることになった。
 

 時刻は18時前。
両親は共働きでまだ帰ってきていない中、凛子は自分の部屋に置いている鏡の前に立っていた。
 もちろん、変身の練習である。
「ん~~~~~、変身!」
 特撮ヒーローのポスターやフィギュアが見守る中で、彼女は“いつものように”叫んでみた。
 すると、全身がわずかに熱を帯びたことを感じる。鏡の中の自分は白と緑の光を放ち始めたと同時、目を開けていられないくらい輝きを強めた。
 それもほんの一瞬で、光が四方へ弾けると、怪人クイチラスと戦ったときの姿へと変貌していた。
「おお、おおおお~~~~!」
 半分冗談のつもりだったが、いとも簡単にまた変身できてしまった。
 鮮やかな緑のツインテールをいじりつつ、凛子はすでにこの状況を受け入れ始めている。
 それは、彼女が心のどこかでヒーローの存在を信じていたからである。
 現実は特撮ドラマやアニメのような、超人みたいなのは存在しない――魔法としか思えないマジックだって、何らかの仕掛けかある――それは分かっている。理解できる。
 でも、宇宙人とかだって、まだ嘘とは言い切れないじゃないか。
 津軽凛子はやっぱり、どこかで夢の世界を信じていた。
「えーっと、名前どうしよ? こういうのって変身した本人の頭に何かこう、ぶわーってビジョンみたいなのが浮かぶのが定番なんだけど……」
 だけどそんな都合の良い映像やキーワードが浮上してこない。
「まあいっか、名前は大切だしじっくり考えよう。とにかくわたしは、世にはびこる怪人を倒すため、これからがんばるのでっす!」
 誰も聞いていない部屋の中で一人、今後のヒーロー活動に向けて宣言するのだった。
 
 翌朝。結に心配されるくらい、目の色が充血していた。
 単純に興奮が冷めやらずに1時間ちょっとしか眠れなかったからだ。別に、変身したことによる副作用とか、そんな特別な事情ではない。それならまだヒーローぽいからよかったけど、ただの寝不足だ。
 いま、凛子は結と一緒に下校している。時刻が午前九時であるにも関わらずもう学校が終わったのは、昨日の騒ぎがニュースで報道されたからだった。
「ニュースも結構すごかったよね。テレビにあそこ映ってたし」
 結の言葉に凛子は相槌を返しつつ、道行くパトカーを眺める。
 学校自体は休校になる可能性もあったが、どうやら生徒の安否を登校状況で確認したかったらしい。それなりに生徒数の多い学校だし。一応、一人も欠けてはいなかった。
「あのシュークリーム屋さんもさ、少しお休みするってさー」
「まあでも安心して結。この町の安全は、保障されているんだよ」
「……え、なに? 警察の話?」
「いや~、大丈夫だよとにかく。うんうん」
 ほくそ笑んでいる凛子に、親友は訝しんでいた。
 本当は真実を話したいところだが、ヒーローは正体を隠すもの。いや、『鋼鉄超人アイアンガイア』みたいに自ら明かすこともあるが――
(やっぱり、人知れずみんなを守るってのがそそるよね~。だから、結には悪いけど黙っておこう)
「り、凛子。だいじょうぶ? なんか顔おかしいよ」
 凛子のニヤつきが止まらないので、結はちょっと引き気味だった。
 おっといけない――凛子が頬を両手で撫でまわしたとき、
「ッ、いたっ!?」
 頭に一瞬、痛みが走った。
「凛子!?」
 結の声が遠い。
 耳鳴りのような音が、鼓膜に響いている。
 続いて、頭の中でもやもやした映像が浮かび上がってきた。
 どこかの公園。滑り台。ブランコ。崩れた砂山。
 逃げ惑う子供たち。
 そこにいる、昨日遭遇したものとは違う“怪人”の姿。
「こ、これは――センサー! 怪人センサーだよこれ! 感知できるやつだ!」
 鋭い痛みが走ったというのに、凛子はやはり興奮するのだった。
 今のはいわゆる感知能力だろう。怪人が現れたときに分かるやつ。ヒーロー自身に感覚が備わっている場合もあれば、機械的なもので反応を――とにかく自分は前者である。
「凛子……ほんと大丈夫なのさっきから……みんな見てるよ」
 唐突に叫んだ凛子を、遠巻きに眺める下校生徒たち。結はちょっと恥ずかしかっただろう。
 しかし今はそれどころではない。凛子はすでに怪人のことで頭が満たされており、一刻も早く駆けつけなければならない。
「結、ごめん、先に帰って! わたし行かないとだから! あっ、このセリフも何かそれっぽいよね!? フゥーッ!」
「え? いや、ちょ、ちょっとぉー!」
 意味不明なテンションのまま結に背を向け、凛子は鞄を脇に抱えてダッシュする。
 場所は分かっている。割と近場にある小さな公園だから、走ればすぐに着くはずだ。
 名前を叫んでいる結には振り向きもせず、凛子はやや下り坂の道を突き進んでいった。
 

 公園のすぐそばまでやってきたとき、まさに怪人の手が男の子に伸びようとしていた。
「あっ、ちょ、ちょっと待った! ストップ! ストップ・ザ・怪人! やめなさーい!」
 恐れもせず、凛子は叫びながら公園へとダッシュのまま足を踏み入れる。
 ム、と怪人が視線を投げてきた。
(お、鬼だ……!)
 第一印象は、それだった。絵本とか、マンガで見るような。
 体格はやはり大きいが、クイチラスよりも幾分小さい。成人男性くらいだろう。
 赤黒い肌が全身を覆っていて、頭には二本の角。ほぼ全身裸で、下は一応海パンらしきものを履いている。
 その肉体は嘘みたいに筋肉隆々で、それこそ漫画の敵キャラを思わせた。子供一人なんてひねり潰してしまいそう。
「なんだ、お前?」
 低い男のような声は、心臓にずしりと来る。
「はぁ、はぁ、ちょ、待って。はあ、もうちょっと待って」
 凛子はほぼ全速力で走ってきたので呼吸が乱れていた。
 しかし、心はなぜだか踊るように心地よいのだった。だって、また変身して戦えるんだから!
 謎の乱入者に怪人は意表をつかれたようで、子供への意識がほぼ消えていた。その隙に男の子はつまづきながらも公園から逃げ去っていく。
 凛子はその背中を見送りつつ、見えなくなったところでビシッと怪人に指を突きつける。
「そこの怪人! えーっと……名前なに? クイチラスじゃないよね?」
「ム……? そうか、お前がそうなのか! クイチラスを倒したのは」
 新怪人はガハハとそれっぽい笑い声をあげて、凛子を見据える。
「どんな人間にやられたかと思えば、こんなちんちくりんな女か。どんなからくりか知らないが、こりゃ期待できんな」
「ちんちくりん!? 言ったなこの! 今から見せてあげる!」
 鞄を足元に放り投げる。
 両手をぎゅっと握りしめた後、特撮ヒーローよろしく腕を斜め横に突き出した。
「変……身!」
 叫ぶと同時に、昨日と同じように、全身に光が満ち溢れた。
 一陣の風が周囲を吹き抜けると、光がはじけて凛子の姿をあらわにする。
 グリーンがベースのコスチュームを着た、ツインテールが鮮やかな少女。凛子はどちらかというと地味な印象ではあるが、変身した姿は存在感が何十倍にも増していた。あきらかに生き生きしている。
「わたしの名は! えーと…………いや、知る必要ないわ! どうせここで倒されるんだからね!」
 まるで悪役みたいなセリフを吐いて、変身凛子は『マスクレンジャーブレイズ』と同じファンティングポーズを取る。
 ガハハ、と怪人も愉快そうに笑って、ボクサーのような構えに移行した。見た目通り、どうやら格闘タイプであるらしい。
「こんなところで変身能力者に出会えるとは! こいつは楽しめそうだ。来るがいい!」
「待った待った、その前にそっちの名前教えてよ!」
「あ? お前が名乗らずにどうして俺が名乗らなければいけないんだ」
「悪は自分の名前を誇示するものでしょ!? ほら、俺様はほにゃららだーって言ってみ! いろいろ理由があるんだから、察してよねそれくらい!」
「なんなんだそれは、不公平じゃないか!?」
「いいからさっさと名乗れー! こう、盛り上がらないでしょ! いまCMに入る直前くらいのシーンだからね!」
「ワケが分からんわお前! ええい埒があかん、俺の名は“オニラス”だ! これでいいか!」
「おっけぃオニラス! ていうか名前そのまんまね! とにかく今は悪を裁くとき! いっくぞぉー!」
 ひとまずやり取りに満足した凛子は、軽く膝を曲げて、軽く地を蹴った。
 土煙が吹き上がり、空気を裂く音。
 感覚レベルではあったが、軽い動作だけで、やはり超人的なポテンシャルが発揮される。凛子はオリンピック選手なんか目じゃないスタートダッシュを決めた。
クイチラス戦でいきなり必殺技レベルの攻撃を繰り出してしまったので、今回はまずジャブ的に戦おうと思ったのだ。
「な、なにッ――!」
 とはいえ奇襲といえるレベルの初期動作だったから、オニラスは鋭い目を見開いていた。防御も間に合わない。
「えぇぇーーーーい!」
 小学校の運動会のときより何倍も大きな声を張り上げて、何の小細工もない子右ストレートパンチを打ち放つ。
 ガン! と鈍い音がして、凛子の右拳は、
 オニラスの胸板に弾かれた。
「いぁっ……!?」
 思わず呻く。
 右拳にジンジンと痛みが走っている。まるで大木を殴ったみたいに、手応えがほとんどなかった。
 見れば、オニラスの赤黒い肌には傷一つない。
 しかも怪人の表情は、さも拍子抜けといった具合だった。
「……なんだ? いまのは何のつもりだ?」
 初手のスピードには確かに驚愕していたものの、パンチが効いている様子が見受けられない。
 攻撃が通用していない――――?
「そ、そんな……! そんなはずない! うあぁぁぁぁ!」
 もう一度だ。もう一度!
 もしかしたら、無意識に力をセーブしていたのかもしれない。きっと、クイチラス戦でいきなり爆発力のある攻撃を出したせいだ。
 次は左拳で、オニラスの分厚い胸板を殴りつける。今度は本気だ。いや、さっきも本気でパンチしたけど、今度こそマジなんだ。
 正面からのストレートパンチは、やはり挙動が速い。二発目も防がれることなく、怪人の胴体へと突き刺さる。
「い゛っ……!」
 やはり呻いたのは、凛子の方だった。
 オニラスの体には着弾した痕すら残らず、左拳に大きな痛みが広がっているだけ。これっぽっちもダメージを与えていない。
「な、なんで!? なんで何ともないの!?」
「お前、ちっこくて俊敏なのはいいが、パワーが全然足りていないぞ。人間と変わらんな」
「人間と同じって……そんなはずない! わたしは今、変身してる! この姿なら悪いやつを倒せるはずなの! だから……!」
「やかましいぞ。いい加減、黙れ」
 イラついたような声色のオニラスが、太い腕を引き絞る。
 動揺していた凛子は反応が遅れてしまった。
ハッとした時にはすでに大きな拳が眼前まで迫っていて――
「んぶゥッ――――!?」
 ものすごく、大きな音がした。
 目の前で何か爆発したみたいな衝撃。
 視界が急激に動いて。
 怪人が小さくなっていく。
 自分の足が地を離れている。
 宙に浮いている。
 自然と空を見上げるかたちになって。
 不自然なくらいそれらが長い時間に感じて。
 凜子は背中から地面へと落下した。
「ぐぅぅ! い、いぃッ、いたい……!」
 激痛が走る鼻を押さえる。背中はもちろん、顔面にも強烈な痛みが広がってきた。
 いま、殴られた。
 両親にもぶたれたことがない。友だちと喧嘩しても手を出されたことなんてない。
 人生で初めて、敵意を持って顔を殴られたのだ。
「いたい、いたい痛いっ……! 痛いよッ……! うぅ……」
 頭がぐわんぐわん回っている。顔が痛い。痛い痛い痛い! ずっと何か刺さっているみたいに!
 目尻からは涙さえ流れていて、まるで泣きじゃくる子供のようにに凛子は悶えている。
(どうして……? あの怪人が、強いから? でも……!)
 凛子の頭には疑問しか浮かばない。同時に、なんとなく違和感もあった。
 最初に変身したときより、体が熱くない。慣れたからなのか、それは見当もつかないが、なんだか“力が湧いてこない”のだ。
 あのときの、エネルギーがあふれ出るような高揚が、無い。
「ガハハッ! 変身しておきながらなんだそのザマは? 意気揚々と殴りかかってきた割に、大した力を持っていないじゃないか!」
 意識がぐるぐるしている中で、怪人の声はかろうじて聞こえた。
 ズキズキと背中に走る痛みもこらえつつ、凛子はよろめきながらなんとか立ち上がる。
 視界がはっきり定まらない。揺れる電車に乗っているみたいに足元がふらふらする。
「ほう、やる気だけはあるようだな」
 にやりとオニラスが口元を歪めているのを見て、凛子は足がすくむのを感じた。
 ――いったい、どうしてしまったんだ。こんなはずじゃないのに。
(だ、だめ、弱気になっちゃだめッ! ヒーローは悪に屈しない! 正義は絶対に勝つんだから!)
 震える足と心。それを強引に奮い立たせて、凛子は涙を拭った。