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★果汁系戦士アップルハート 第5話「戦士の追憶」

 正義の味方に助けてもらった。
 彼女はクラスメイトだ。みんなは揃って『委員長』と呼ぶ。しかし自分が知っている委員長は、髪をピンクに染めてなんかいないし、あんなひらひらしたスカートを履いてるところなんて制服でしか見たことない。
「あっちゃー、バレちゃしょうがない。みんなには秘密にしといてくれる?」
 見た目は全然違っても中身は変わっていなかった。委員長というと勉強一筋みたいな印象があるかもしれないが、彼女はいい意味でそれを裏切っていた。溌剌とした体育会系で陸上部に所属している。それだけでなく他のスポーツまで万能にこなし、四人いる兄弟や姉妹の長女で面倒見もいい。
 中学二年にしては背も高く大人びていて、既に告白を何度か受けているほどの美人ときている。性格もよければ容姿のレベルまで高いなんて、まるで小説の登場人物だ。
「この前から正義の味方やってるの。いやーこれが大変でさ」
 まるで趣味を話をするかのように嬉々としている。普段クラスメイトと会話するのと何ら変わらず、本人はその運命的なものを受け入れているようだった。
「怖くないの?」
「最初はね。でもほら、映画のアクションシーンみたいにさ、こう、ありえない動きとかできるんだよ。すごくない?」
 実際に見た。彼女がアニメに出てくるような姿に変身――ほんとに変身するのだ――とにかくその姿になって、怪人を蹴散らしているシーンを忘れるわけがない。
 鮮やかな桃色ショートヘア。真っ白なブラウスは袖などにフリルがあしらえられており、髪と同じ色をしたミニスカートはキックを繰り出す度にひるがえる。安心してほしい、下は黒のスパッツを履いてる。足はスニーカーソックスとスパイクシューズだ。彼女の生き生きとしたエネルギーがコスチュームで表されている。
「二人だけの秘密ね」
 微笑む彼女に頷きを返す。とはいえ、例え誰かに話したところで信じてもらえないだろう。委員長が正義のヒーローに変身し、人々を守るために怪物と激闘を繰り広げているなんて。

 肌寒さが感じられる季節になり日没も早まってきた。放課後、少女は委員長と二人で帰宅途中だった。家が近いこともあったが、なにより秘密を共有するという一種の絆が生まれ、平日だけでなく休日でも一緒に過ごすことが多くなっていた。
「あっ、ごめん、行かなきゃ」
 唐突に委員長が、どこか上の空で呟いた。
 少女はすぐに気付く。その表情はもう何度も見ていた。きっと怪人の出現を察知したのだろう。最近多い気がする。
 ついて行きたい。たった一人で敵と戦う彼女が心配だし、脅かされている人々も気がかりだ。少女は引っ込み思案で口数が少ない性格だが、奥底では委員長と同じくらい正義感溢れる心を持っている。
「分かった。気をつけてね」
 だけどいつも見送るだけで終わってしまう。迷惑になるって分かっているから。今や正義の味方としての能力を備えている委員長とは違って、一般人である自分じゃ足を引っ張るだけだろう。
「うん。今日もはりきっていくよ!」
 ぎゅっと拳を握り締めながらウインク。部活で疲れた後だったとしても、彼女はいつだって人々のために戦ってきた。それにひきかえ自分はどうだ。真実を知っているくせに何もできやしない。
「それじゃね!」
 手を大きく振りながら駆け出していく委員長は、商店街のさらに向こう側、あっという間に通行人に紛れて見えなくなってしまった。
 残された少女は妙な孤独感を身を震わせた。帰ろう。できるのは祈ることだけだ。
 重い足取りで一歩踏み出したときだった。
『待って――』
「……え?」
 女性の声が聞こえた。だが周囲を素早く見回しても、こちらに視線を向けている人はいない。通行人同士の声が聞こえただけだろうか。
『ああ、よかった。わたしの声が分かりますか?』
 肩が震える。聞こえるというより、頭の中に語りかけてきているみたいな――背筋がぞくっとした。こんなのは初めてだ。
「なに、なに?」
 思わず口に出してきょろきょろとしてしまい、何人かが険しい目で一瞥しつつ通り過ぎていった。少女は頬を赤くし、避けるようにして狭い路地へと身を隠す。
『お願い聞いて。あの子には助けが必要です』
「あの子? 委員長のこと?」
『そう。これから彼女に災いが起きる』
 心臓が跳ねるような思いだった。委員長の身に何が起きるというのか。強力な能力を手に入れた彼女は向かうところ敵なしのはず。
『あなたにしかできないことがあります。すぐに追いかけて』
「でも……」
 躊躇したのも一瞬。少女はどこかでこの変化を望んでいることに気がつく。常日頃から委員長の力になりたいと感じていた。この声の正体が謎だが、もしかしたら自分にも特別な何かが備わっているのではないかと思わせてくれた。
「うん、行く」
『ありがとう! 北の方角、そう、そのまま真っ直ぐ走って。場所はすぐに分かります』
 もうほとんど薄暗い街中を、少女は人々の間を駆け足ですり抜けていく。不思議と恐怖感はなかった。だって、委員長の役に立てるんだから。

 場所は立体駐車場の屋上だった。少女が到着すると同時、残り一体となっていた怪人が倒された。奇怪な悲鳴と共に爆発四散する。すぐそばにはピンク色の髪をした彼女が拳を突き出していた。
「よっし終わり! うーん、でもなんかいつもより物足りないなぁ」
 正義の味方としての姿に変身している委員長は首を傾げていた。
 少女はぴたりと立ち止まる。まだだ、安心してはいけない。あの謎の声が言うには、これから災いが降りかかるはずなのだ。
「委員長――きゃっ!?」
 それを伝えようとした少女の身体に、背後から細い腕が絡みつく。
「よく来たわね。偉いわ」
「あっ……この声……」
 まさに、さきほど語りかけてきたあの声だった。慌てて振り向く。
 大きなとんがり帽子をかぶった美しい女性が間近まで接近していた。まるで魔法使いのようなローブを着込んでいる。反対の手に持っている杖がそのイメージに拍車をかけた。それにしても、気配なんてまるで感じなかったのに……
 ローブの女性は少女の身体を抱えるようにしながら委員長の前へと躍り出る。すると正義の味方は愛らしい顔を驚愕の色に染めた。
「あっ、どうしてここに?」
「果汁系戦士ピーチハート! お前の命運もここまでね! あははは!」
 女性は勝ち誇ったような声で高笑いする。
 意味が分からない。自分を呼んだのはこの人のはずだ。委員長が危ないからって。なのにどうしてこんな。
「え? え? どういうこと?」
「お前は私に利用されたのよ」
「利用……?」
「そう。ピーチハートにはこれまで散々してやられたわ。どうすれば倒せるか、睡眠時間を削って考えたのよ。それがお前」
 まだ分からない。自分がどうして。
「ピーチハートが仲良くしている友だちを人質に取る。これが私の考えた最強にして最悪の作戦! あははっ、見なさい彼女の表情を!」
 委員長――ピーチハートは歯を噛んでいる。あんな悔しそうな顔をしている彼女は見たことがない。いつも溌剌として元気いっぱいなのに。
「魔女シャーロット! 友だちを放して! 正々堂々と戦いなさいよ!」
「なにそれ? あはっ、笑っちゃう。この子の命は私が握っているのよ?」
 その言葉に寒気がした。ようやく利用されたという意味が理解できた。
「それに、戦うのは私じゃない。お前にふさわしい相手を用意してあげるわ。出でよサイクロプス・リボーン!」
 シャーロットなる女性は杖を大きく振り上げて叫んだ。すると地響き。両者の間には数メートルの距離があるが、その中心のコンクリートがぼこりと音を立てて膨らんだ。
 土埃を巻き上げながら何かが起き上がっていく。映画か何かで見た。埋葬された死体が蘇ってくるシーン。
「あ、こいつは……!」
 ピーチハートはそいつの正体を知っているようだった。少女の記憶にも鮮明に刻まれている。以前戦ったことがある相手だ。
 強張った筋肉は岩のようにも見え、人間とは明らかに異質な存在感を放っている。神話などで登場するサイクロプスの名のとおり、眼球は一つだけであった。
「グゥゥ……ォォ……!」
 地獄から聞こえてくるかのような唸り声だ。生気もまるで感じられず言葉も話せないらしい。体も土のような色をしているし、ゾンビといっても過言ではないだろう。なるほどリボーンとはそういうことか、と少女は納得した。
「サイクロプスはお前にあっさり負けてしまった無念さが残っているのよ。復讐したくてたまらないって言ってる」
「ふーんだ、もう一回倒してあげるよ。この前みたいにさ」
「あーら待ちなさい。こっちには人質がいるのよ?」
 ぎくり、とピーチハートが肩を強張らせる。それは捕まっている少女も同じだった。
「くっ……どうすればいいの」
「簡単なことよ」
 悪意ある笑みを浮かべたシャーロットが杖を振って合図すると、サイクロプスが若干ふらふらしながら桃色の戦士へと近づいていく。完全復活ではないためか足元がおぼつかない。
 目の前まで接近すると、幾分小さくなっても人間のものより遥かに太く頑丈な腕が振り上げられた。ゆっくりと。ピーチハートは拳を構える。
「ダメよ。分かるでしょ?」
 シャーロットが気味の悪い笑みを深くすると、戦士はわずかに拳を下ろした。
 運動が苦手な少女から見ても簡単に避けられそうなパンチが、ピーチハートの頬に激突した。
「ぶっ!」
 女子中学生らしい小柄な体が飛んだ。そうとしか言いようがない。殴られた桃の戦士は勢いを殺すこともできず吹き飛び、駐車されていたワゴン車に叩きつけられる。衝撃でフロントガラスが砕けた。
「くあっ……!」
 へこんでしまったワゴン車に体を預けながらずるずると崩れ落ちる。愛らしい顔は左頬が赤く腫れていた。
「委員長!」
 これが目的だったのだ。人質がいるためピーチハートは抵抗さえも封じられ、暴虐的な攻撃を無防備で受け入れるしかない。
 十数メートルも飛ばされた桃の戦士へ再びサイクロプスが近づいていく。のろのろと。その間にピーチハートは立ち上がったが、逃げない。それさえも許されないのだ。
「へえ、こんなに強かったんだ」
 痛みは残っているはずなのに、かすかに微笑んでいる。以前戦ったときは圧勝だったのだ。敵の攻撃はほとんど受けることなく勝ち続けてきた彼女にとって初めてのダメージともいえる。
「グウウウオオオォォォォォォ!」
 ゾンビ状態でも相手の表情の変化が分かるのだろうか。サイクロプスは苛立っているように見え、またしても攻撃の姿勢へと入る。
 ごつごつした岩のような拳が、今度は腹部へと食い込んだ。
「ぐぶっ……!?」
 爆発したかのような音が響いた。拳とワゴン車に挟まれた華奢な肢体がくの字に曲がっている。丸い両目がこぼれんばかりに見開かれていた。
「ごぇ、ぇぉ」
 委員長の――いや、もはや女の子とは思えないほどの呻き声だった。嘔吐感を堪えているのか両手で口を押さえている。
 しかし突き刺さった硬い拳はさらに奥深くへと沈み込んでいく。
「むぐっ、ん! んんんうぅぅぅ!」
 こみ上げてくるものを吐き出すまいと、目をぎゅっと閉じて首を横に振っている。
 この音はなんだろう。車か、それとも骨の軋む音か。捕らえられている少女は悶絶しているピーチハートを呆然と眺めていた。目をそらすことも忘れて。
「めちゃくちゃにしてやりなさい」
 腹部の中央に埋まっている拳が、強引に鳩尾へと突き上げられた。ぐぼっ、と胃袋が抉れる音と共に戦士の爪先が浮く。
 瞬間、再び両目をむき出しにして細い喉が蠢いた。
「ふぐぅっ!? んぶ、ぇぁっ、ぅぅえええええぇぇぇ!」
 押さえていた口元から液体が吐き出された。指の隙間から薄く黄色い液体が溢れ、内臓ごと腹部を突き上げている敵の腕にびちゃりと降りかかる。
「ごぼっ、ぇほっ、がはっ」
 重く咳き込む度に胃液が喉の奥から飛び出した。舌を垂らして子犬のようにハッハッと細かく痙攣するように呼吸している。
 彼女の腹部には岩のような拳が半分ほど埋まっており、背を押し付けられていたため途方もない衝撃が内臓へと加えられたことだろう。
「やめて……! もうやめてよ……!」
 痛々しい姿を直視できず、少女は涙を滲ませながら俯いた。
「やめて? 誰のせいでこうなったと思ってるの?」
 耳元で囁かれる。委員長は人質である自分がいるから反撃すらできない。
「かわいそうに。本来ならあの程度の怪人は楽勝なのにねえ。誰かさんが私の声にほいほい誘われて、こんなところに来ちゃったのがいけないのよ」
「うっ……うぅ……!」
「役に立ちたかったのよね。だから来たんでしょ? でも、それが足を引っ張ぱるんじゃ身も蓋もないわね。あははは!」
 言葉というナイフが心に潜り込んでくるようだった。じわじわと胸が締め付けられる。
「ごめんんさい……委員長、ごめんなさい……」
 涙が頬を伝っていく。そうだ、自分が捕まりさえしなければこんなことにはならなかったのに。敵の言葉に誘われて、思いあがって――
「どうして、げふっ、あやまるの?」
 え、と少女は思わず顔を上げる。涙で滲んだ視界には、いまだに拳を埋められたままのピーチハートが映った。口から粘ついた液体を垂れ流しながら、サイクロプスの腕にすがりつくようにして身を丸くしている。
 内臓を丸ごと圧縮されて呼吸さえ満足にできないはずなのに、それでも委員長は声を絞り出す。
「あやまることなんて、ないよ」
「でも……! わたしが悪いのに!」
「だって、手伝いに、来てくれたんでしょ? ぇほっ、悪くなんてない。嬉しい」
 はっきりと見た。ピーチハートが今、微笑んだのだ。
「悪いのは、シャーロットだよ。友だちだけじゃない……死んだこいつまで利用して」
「……はぁ?」
 魔女シャーロットは理解できないとばかりに首を傾げている。
「分かんないの? こいつ、かはっ、泣いてるよ。無理やり起こされて。あんたの言うことを聞かなくちゃいけない人形に、ぐっ、されちゃって」
 あろうことか、正義の味方は敵にまで同情の念を抱いていた。少女にはその理由に思い至った。サイクロプスが生前戦いを挑んできたときだ。思えば、彼は正々堂々と勝負を望んできた。委員長いわく、
――すっごい気持ちのいいヤツだったね。スポーツマンシップ溢れてたよ。 
 結果的には彼女の圧勝ではあったが、そんな風に敵を評価していた。
 だから分かる。サイクロプスが恨みを晴らそうとしているなんて嘘だ、と。それは他でもないピーチハートが一番よく分かっている。むしろこうして魔女の言いなりになっていること事態が無念なのだ。
「わけわかんないこと言うのはやめなさい。今どういう状況か分かってるの?」
「本当のサイクロプスだったら、今頃あたしの内臓は、破裂してるよ。へへっ、でもあばら一本、折れて、ない。こいつが、あんたに、逆らってるからね」
 それが事実なのかどうか、少女には判断できない。だけど委員長の苦に歪んだ表情の中に、別の色が表れているのを見て取った。それは悲しみに近い。
「……! サイクロプス! なにしてるの、もっとやりなさい!」
 苛立ちを抑えきれないようにシャーロットが命令を下す。
 しばらく微動だにしていなかったサイクロプスが反応した。ピーチハートの腹部に沈ませていた拳が反時計回りに捻られていく。
「ぐっ!? ごぉっ、ぁがっ!」
 電流が走ったように丸まっていた体がびくりと跳ねる。くぐもった水っぽいな音が彼女の腹から洩れ始めた。抉られている胃袋がひしゃげていく音だろうか。
「げふっ、っ、うううぅぇぇぇぇっ」
 拳が少しずつ捻れていくにつれ、汚れた白いブラウスに生まれている皺も追いかけるようにして深くなっていった。搾り出されるかのように、小さな口から黄ばんだ液体が溢れている。
「ぐっ……ぇ、がはっ! ぁっ!」
 新しい音が混ざり始めた。めきめきと、硬い物質が締め付けられているような。骨だ。おそらく肋骨。回転していく腹部の組織が骨まで巻き込み始めたのである。
 瞳孔が次第に小さくなっていき焦点も合わなくなっていった。最初は引き抜こうと賢明に反抗していた両腕もただ添えられているだけとなり、抵抗の意志も見られない。ただひたすらに呻き、喘ぎ、痙攣するだけだった。
「今のそいつは命令を聞くだけの人形なのよ。意思なんて持っていない。逆らうなんてあり得ないわ」
 シャーロットの言葉通り、サイクロプスは攻撃の手を緩めようとしない。このままでは胃袋がすり潰されるだけでなく肋骨もへし折れ、他の内臓器官へと被害を及ぼしてしまう。いかに特殊な能力があるとはいえ、人体組織が変わっているわけではないのだ。
 最悪の結末を想像してしまった少女は首を振った。それだけは――委員長が死ぬなんてことは絶対に嫌だ。
「委員長! 委員長!」
 彼女の元へ駆け寄りたい。しかし体にぐるりと巻きつかれているシャーロットの腕はビクともせず、どれだけ力を振り絞っても身じろぎするだけで終わってしまう。
「あははっ、無駄なことはやめなさいな。お前ごときが何もできやしない。むしろ、お前のせいであいつは負けるのよ!」
 確かに自分のせいだ。そんなことは分かってる。だから……だからこそ何とかしなくちゃいけないんだ。
「力が欲しい!」
 もうなりふり構っていられない。少女は委員長にさえ隠してきた己の本性を露にする。
「聞こえているんでしょう! このまま放っておくつもりか! この者たちを自由にさせておいていいのか!」
「な……なに、おまえ。誰に向かって喋ってるの」
 魔女が若干引き気味になっているのも無理はなかった。見た目も大人しそうな少女が突然声を荒げて、何事か叫び始めたのだから。ただし当の本人は本気なのだ。
 ピーチハートという存在を知ったとき、少女は驚愕しつつも心の中で狂喜乱舞していた。常識という枠を超えた能力者。普通の人間とは一線を画したその正義の味方は、少女が常々空想していたファンタジーそのものだったのだ。
 だから、いるはずなんだ。委員長をピーチハートへと変身させた何者か、あるいは何かが。
「あなたが直接この世界に関与できないのなら、代わりに手を下す! だから私に、力を貸してええええええええええ!」

 それが、少女の言う『何か』なのかは分からない。
 もしかしたら、人間が誰でも持っている潜在能力なのかもしれない。
 だけど、少女は信じて疑わなかった。
 その『何か』を。

 少女の体が光を突如として帯び始め、拘束していた魔女が狼狽する。
「お前――きゃあああああ!?」
 電流が激しく散ったような音がした。一瞬強く発光した後、シャーロットの体が弾き飛ばされていく。数メートルほど吹っ飛んで背中からコンクリートに叩きつけられた。
「な、なんなのこれは……!」
 異変は少女だけに限らず、ピーチハートの身にも起こっていた。桃色の光が同じように体を覆っていたが、やがて少女の方へと移動していく。
 二人の間に光の橋が架かっていた。
 次の変化。少女の周囲に風が巻き起こる。小さな竜巻のようなそれは彼女を守っているかのように。さらに、体を包み込んでいる光が次第に白から緑へと色彩を変えていく。
<変身>(トランスコア)
 暴風の中であるにも関わらず、ぽつりと呟くような声はむしろはっきりと聞こえた。言葉を合図とするように小規模の竜巻が弾け、中心部にいた少女の姿がようやくあらわとなる。
 それはピーチハートと似ていた。ただし桃色ではなく緑色。左のサイドテールに結られた髪は、もう暗くなりかけている空の下でも鮮やかに映えている。
「これは……」
 委員長と同じ戦士へと変身した少女は己の衣服を確かめた。白いブラウスに緑のミニスカートとヒールブーツ。黒と灰色のチェック柄をしたリストバンドとハイソックス。普段の彼女からは想像もつかないほどの躍動感溢れるコスチュームとなっている。
 心臓の鼓動が激しく波打っていた。感じる。溢れそうな精神の高揚。身の内に沸き起こる力を早く放出しろと急かされているようだった。
 そして、委員長の変身が解けている。戦士のとしての能力が、少女へと移り変わったかのように。
「サ、サイクロプス! ピーチハートはもういい! そいつをやって!」
 突然変身を遂げた緑の少女を目の前にして、シャーロットは攻撃対象を変更した。先ほどまで泣き喚いていた少女から、漠然とした危険を感じ取ったのかもしれない。
 実際のところ、変身が解けた委員長はもはや戦闘続行不可能。サイクロプスが命令を受け、ようやく彼女の腹部から腕を引き抜く。拳には、激しい衝撃を受けたため捻り破られた衣服の一部が付着していた。
「ぇぷっ――かっ――はっ――」
 揺さぶられ、移動させられ、押し潰されていた内臓器官たちが、陥没した薄い腹筋と共に元に戻る。聞いたこともないような音だった。解放された反動で再び嘔吐感がこみ上げたのか、もう出し尽くしたはず液体が口から吐き出された。
 赤く濁っている。内臓が傷つけられた証拠だった。
 瞳はうつろになり、ここではないどこかを見つめながらずるずると尻餅をつく。穴の空いた制服から赤黒く腫れた腹部が覗いていた。
 受けたダメージが重く響いているためか、ひくひくと腹筋が震えている。いや、おそらく内臓が痙攣しているのだろう。
「……」
 少女の心は大きな陰を落とす。自覚していた。これは自分のせいだと。委員長が擁護しても、自分自身を許すことができなかった。
「グウウウウウオオオオオオオオオオ!」
 バランスの悪い走り方で迫ってきたサイクロプスが腕を引き絞る。やはりのろのろとした動作だった。手に入れた能力の鋭敏な知覚能力も合わさって、少女にはそれがまるで映像のスロー再生のように見えた。
 しかし少女は棒立ちのまま――むしろ、打ち込んでこいとでも言うように胸を張った。
 怪人はゾンビとなっているためかその様子に何ら疑問を持たず、猛拳を緑の戦士の腹へと叩き込む。ずしん、と地響きのような衝撃が彼女の肢体を突き抜け、サイドポニーが大きく揺れた。
「ぐ……ふっ……!」
 一瞬にしてくの字に折れる。ピーチハートの内臓を腹筋もろとも歪めた怪人の攻撃。さしもの新たな戦士も拳の重さに目を見開く。胃袋がぐぼっと抉られ、じわりと込み上げてきた胃液をわずかに吐き出した。
「あはっ、変身したばかりで動き方も分からないの? 大したことないわね」
 魔女シャーロットは気付いていなかった。緑の戦士は背後に何も背負うものがなかったため、本来ならば弾丸のごとく殴り飛ばされてしかるべきである。それなのに、体を折り曲げただけで両脚はほとんど微動だにしていなかった。
 げふっ、と大きく咳き込んだ少女は確信を得ていた。ピーチハートが言っていたことは真実だったと。
「……泣いているのね、本当に」
 小さな呟きによってシャーロットも目を見張った。
 一つしかないサイクロプスの眼から、透明な雫が顎を伝っていた。間違いなくそれは涙と呼ばれるもの。死んだはずの体を魔女によって叩き起こされ、哀れな傀儡と成り果てた怪人が悲しみの感情を溢れさせている。
 胃袋に突き刺さった拳の感触。それがサイクロプスの本気ではないことがはっきりと分かった。生きていたときの彼はその拳で車を粉砕したり、アスファルトに穴を空けていたのだ。
 本来であればこれくらいのダメージで済むはずがない。真正面からまともに受ければ胃袋や肝臓は突き破れ、肋骨もほとんど砕かれ、体内が一瞬で血の海に変わるだろう。
 だから、ピーチハートが言ったことは本当だったのだ。少女は腹の痛みに耐えながら両手を怪人の胸元へと押し付ける。
「こんなのは無駄。終わらせてあげる。いい?」
 問いかけ。意思を持たないはずのサイクロプスは、ゆっくりと頷いた。
「あ、あははっ、構わないわ。もう一度復活させればいいだけのことよ!」
 背後で自慢げに語る魔女を無視し、少女は両手に力を込めた。 委員長と同じ特殊能力。使い方はもう分かっている。変身した影響なのか、まるで生まれた時から細胞全体に染み渡っていたかのように感じられた。
 イメージする。思いを形にするのだ。自分が得意としてきたこと。空想の世界へ没入すればいい。
「……<天空の夜明け>(キュベリア)
 手の平が瞬時に熱を帯び、緑色をした淡い光が爆発的に放たれた。夜空を駆ける流れ星の如き光の矢。触れていたサイクロプスの胸を爆心地として彼の体が光へと化す。灰ではない。光の粒子となった彼は陽がほとんど落ちた夜空へと舞い上がっていった。
 直前、少女は彼の目に穏やかな色を宿していたことをはっきりと見た。今度は死の先へ――遥か空の上へと昇らせたのである。
 一つ大きく息を吐いて、くるりと後ろを振り返る。腰を抜かしたようにへたりこんでいる元凶の姿がそこにあった。
「魔女シャーロット。これでも蘇らせることができる?」
「あっ、ああ……まだ、まだよ! 怪人どもはまだ――」
 立ち上がらないまま杖を掲げようとした矢先、彼女が視認できない速度で緑の戦士は接近した。まさに風そのものと言っていい。
「うぐっ……!」
 拳一つ分ほど背の高い魔女の首を掴んで持ち上げる。手には確かな怒りが込められている。
「もうやめたほうがいい。死者への冒涜よ」
「ぐぅっ、か、はっ」
「さようなら。夜明けはあなたに訪れない」
 じたばたと足を振るシャーロットの腹部へと、膝を打ち込む。
「がはっ!」
 ばきっ、と木が折れたような音。重いダメージを裏付けるかのようにシャーロットの美貌が歪み、鮮血が吐き出された。
 杖を取り落とした魔女の体が浮き上がる。そのわずかな間にも緑の戦士は次の構えを取っていた。ミニスカートをひるがえしながらその場でコマのように一回転し、先ほどとは逆の足を引き絞る。
<追撃演奏>(ダブルインパクト)
 敵の体が地を這う前に、すでに骨が砕けているシャーロットの腹部へと前蹴りを放つ。ヒールブーツの裏が直撃し、細身の魔女は鈍い呻き声をあげつつ猛然と吹き飛んでいく。
「がぁぁっ……! この、この私がああぁぁぁ!」
 屋上から飛び出した彼女の体が発光を始めた。衣服の隙間から漏れ出すような光はやがて強さを増していき、一瞬だけ強く明滅するとシャーロットの体が爆散する。空中に火の花が咲いた。
 怪人特有の末路を見届けると、少女は急いで友人のもとに駆け寄った。
「委員長……!」
 サイクロプスが本気ではなかったにせよ、かなりのダメージを受けているはず。口元を胃液や血で汚しながらも、委員長は小さく笑みを浮かべていた。
「すごかったよ……みとれちゃった」
 緑の少女は屈み込みながら、何度目かの涙を流す。自然と謝罪の言葉が溢れ出た。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 もう戦士としてのオーラは消えてなくなっていた。委員長を前にすると、いつもの俯き加減な精神状態へと戻ってしまう。
「だから謝らなくていいってば」
「でも、もう、変身が……」
「ああ、うん。それはもうキミのものだよ。えへへ、あたしより断然強いじゃないの」
 それはきっと元々委員長のものだからだ。それを横取りしてしまっただけ。自分が強くなったわけじゃないんだ。
 罪悪感が消えることはない。全て私のせいなんだ、と少女は胸に刻み込む。むしろその方がいい。何もかも自分のせいにしてしまえば、他人の目や心情を気にする必要がなくなる。
 委員長だって、変身能力がなければこんなに痛い思いをする必要がなかったのだ。これは呪われた力だ。人間を超越した力を持ったからこそ、なにかを犠牲にしなければならない。そんな重荷を背負うのは一人だけでいい。


――戦士は私一人でいい。


 高層マンションの屋上。安全のためのフェンスに背中を預けて座り込んでいる三人の少女たちがいる。それぞれ赤、黄、緑と色あざやかで、特徴的な髪型をしていた。
 これまでの経緯を、緑の戦士ライムハートは全て話した。
「……そうだったんだ」
 レモンハートが少し気まずそうに口を開く。彼女は終始真剣な面持ちで話を聞いてくれていた。
 そしてその隣にいるリンゴ色の戦士は、体を小刻みに震わせて俯いていた。チャームポイントであるツインテールが顔を隠してしまっている。
 様子がおかしいことに気付いたレモンの戦士が、
「アップル、どうした――」
「ううぅ、うわああああああああああああああああん!」
 ひゃっ、とレモンハートが女の子らしい小さな悲鳴をこぼした。アップルハートが突然泣き叫び始めたのだ。それはもう号泣を遥かに越えるレベルで、脱水症状を起こしかねないほど涙をぼろぼろ溢れさせていた。
「な、なになになに? どうしたの?」
「だ、だぁって、そんな、悲しいことあったなんて、知らなくて、ひぅ、ごめんね、気付けなくて、うぅ」
 顔面しわくちゃである。背の高いマンションの屋上なので人目にはつきにくいが、声が住人に聞かれているかもしれない。
「うぐ、これは、仮面戦士マスクナイトの第三十八話『さらば最高の好敵手ハンニャマスク!』よりも悲しいわ……!」
「知らないし! あーもう鼻水まで出て――うわこっち向くな! 飛ばすな!」
 言いながらもレモンハートはハンカチを取り出してアップルハートの顔にぐいぐい押し付けた。
 やっぱり似ている、とライムハートは改めて感じた。委員長とアップルハート。容姿にはほとんど共通点がない。変身前の彼女は、あまり目立つような雰囲気ではないし、運動神経も得意な方ではない。ちょっとドジなところもある。
 そんなことは問題じゃない。心だ。赤の他人のために、こんなにも心の底から泣いたり、笑ったりする人を、委員長以外にもいることを知った。
 あの快活な委員長は憧れの存在だったが、目の前にいる少女に対しては別の感情が芽生えていることも自覚していた。何故かは分からない。ただひたすらに胸の内を焦がしてくるのだ。
「んぐっ、大丈夫よライム。もう一人で背負い込むことないわ。わたしたちはこれから三人……いいえ、四人で何もかも共有していけばいいの!」
「四人ってあと一人だれ?」
 レモンハートが首を傾げる。ここには三人しかいないはずだが。
「もちろんピーチよ。彼女の正義力はライムに受け継がれているんだから、まさに一心同体。だから一人でもわたしたちを圧倒できたのね。なるほど納得!」
 拳をぐっと握り締めながら羨望のような眼差しを向けてきた。
 ライムハートは頭をがつんと殴られた思いだった。この変身能力は元々委員長のもので、自分はそれを奪ったのだと認識していたのだ。
 だから、純粋な瞳からつい目を逸らしてしまう。
「でも、私はあなたたちに――」
「ストップ! 過去のことはもういいの。見据えるべきは現在、そして常にわたしたちの前にある未来! バックトゥザフューチャー!」
 それは微妙にニュアンスが違うような気もする。隣でレモンハートが呆れたように方をすくめつつ、
「それはそうと、どうしてそんな話を?」
 改めて問われるとライムハートは即答できなかった。自分でもよく分からないが、たぶん聞いてほしかったのだと思う。見栄を張っていても、心の奥では「誰か」を求めていたのかもしれない。
 それが気恥ずかしくて答えられないでいると、アップルハートが腕を組んでうんうん頷き始めた。
「分かる、分かるわ。誰にでも言えない秘密ってのはあるものよ。わたしにだってあるから」
「はっ、いい歳してヒーローだのなんだのを隠そうともしてないくせに、秘密なんてあんの?」
「もちろん、ほら、好きな人とか」
「ああなるほどね……えええ!?」
 レモンハートと一緒になって声を荒げてしまった。リンゴの戦士は口が滑ったとばかりに口元を押さえている。
「ちょ、ちょちょちょっと、誰? 誰?」
 好奇心丸出しでポニーテールを揺らしながら詰め寄っている。ライムハートとしては気が気でなかった。以前意を決して告白したものの何か別の解釈をされてしまったため、こちらの好意は伝わっていない。だからアップルハートが言う意中の相手というのはまかり間違っても自分ではない……
「言えない秘密って言ったでしょ! この話はおしまい!」
「ヒントだけでいいから! 先輩? 後輩? それともクラスにいる? あたしが知ってる人?」
「なんなのレモンこんな時だけ! あっ、そろそろご飯食べながら今朝のヒーロータイムを見返す時間だから、この辺で解散! それじゃ!」
「おいこら逃げんな! ライム捕まえて――あれ、どうしたの? なんか魂抜けてない? おーい」
 いくら手を振りながら声をかけられても、ライムハートは我を取り戻すのに相当な時間を要した。
 今更ながら思う。あの出来事以来、委員長はいつもと同じように友人として接してくれていた。そしてすぐに存在を知った他の戦士――アップルハートとレモンハートは、こちらから襲いかかったにも関わらず今や仲間として心を許してくれている。
「……ああ、私は勘違いをしていた」
 変身能力。所有者は確かに何かしら使命を帯び、一般人とは違った生き方をしなければならないだろう。怪人と戦って心身ともに疲弊するのは避けられない。友人が痛々しく傷つくのを目に焼きつけるのも、精神をじわじわと犯していく。その毒を誰でもない、自分一人だけで受け入れていくつもりだった。
 だけど、それらを覆すのが仲間なのだ。委員長――ピーチハートから受け継いだ力は、新しい絆までの橋渡しをしてくれた。呪われた力だなんてとんだ思い違いだ。だって、赤と黄の二人はあんなにも暖かい。委員長のように。
 

――戦士は私一人ではない。
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