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花びらたち 5-3

 地下室内は謎の発光体が四散した名残で、むせ返るほどの熱気が充満していた。
「はあっ、はっ――」
 二人とはいえ接近戦はほぼスミレに任せていたため、さしもの彼女も疲弊しているようだった。室温が上昇していることもあるが、額には汗が浮んでいて呼吸も荒い。
「今のが、最後、ですわ」
 マーガレットも同じく呼吸が乱れている。前に出て包丁をきらめかせるスミレに補助魔法を施しつつ、死角からの攻撃を防ぐなどして思いのほか魔力を消費した。
「マーガレットさま、お怪我は?」
「大丈夫。あなたこそ自分の心配をなさい。火傷しているでしょう」
「いいえ、これくらいは。お掃除のとき服を焦がしちゃったときに比べれば」
「なぜ掃除で服が燃えるのですか」
「たとえば、ほら、魔結晶を整理しようとして、うっかり転んじゃって火の石がうまいこと発動しちゃったりとか」
「包丁を持ち歩いているのにうっかり転ぶとか危険すぎるでしょうに。あなたよく追い出されませんでしたわね」
 彼女のどこか間の抜けた行動は今に始まったことではないが、そのくせ今の戦いぶりには近接戦に疎いマーガレットでも目を見張るものがあった。チューリップに聞かせたら驚くことだろう。
 数にして十は越えていた発光体は全滅させたが、部屋全体に描かれた魔法陣はいまだに怪しげな光で明滅している。
「それにしても、今のが精霊ですの? もっと神秘的なものだと聞いておりましたのに」
「おや、精霊を信じる気になったのですか?」
「この目で見ましたものね。拍子抜けではありますけれど」
 マーガレットは汗を拭いながら、通信石を額に押し付けた。スラム街の方へ赴いた二人に知らせなければならない。魔力の反応があったというのはもとよりあちら側で、同じような生命体が待ち受けているかも――
「……」
 どうも釈然としない。マーガレットはこの地下室に足を踏み入れる前から、胸の内でもやがかかったような違和感に眉をひそめていた。
 マリーゴールドの依頼はスラム街に出現したという魔力波動の調査だったが、それは自作自演であるという可能性に達している。彼女はここで精霊を召喚し、御しきれずに何体かスラム街へと放浪させてしまった。それを処理するために、自分たちを呼び寄せた……
 おかしい。なにが、と聞かれてもはっきり答えられないのだが、どうしても頭に何かが引っかかる。
 魔結晶の波長があちらと繋がった瞬間、頭の中に声が強く響いた。
『マーガレット? きいて!』
 切羽詰ったような幼なじみの声。こちらから通信を求めたというのに、どういうわけかマーガレットが受け手側になっていた。
「どうしましたの?」
『こっち、魔法陣があって、その、カトレアが魔力取られちゃって!』
 胸のあたりがぎゅっと締めつけられた。チューリップの言葉には動揺が色濃かったものの、短い一言それだけでも十分なほど、事態の深刻さが伝わってきた。
「カトレアさんは?」
『大丈夫だけど、大丈夫じゃないかも……! カトレアが、これは罠だって!』
「……やはり」
 マーガレットは小さく頷く。
 魔力を取られた――おそらく吸収系の魔法だ。スラム街には、言葉は悪いが魔法使いと呼べるレベルの女性は皆無と言っていい。そのような場所で魔力に作用するような呪文がしかけられていたというのは、おかしな話である。
 思い浮かべたくもない、縁を切ったはずの姉の顔が浮かんでくる。
 しかし疑問は残ったままだ。いったいなんのために、そんなことをするのか。
「チューリップ、よくお聞きなさい。カトレアさんの考えはおそらく正しいですわ」
『そ、そっちは? そっちは大丈夫なの?』
「精霊らしきものに襲われましたが、スミレのおかげで撃退できました。一刻も早く合流しましょう。これ以上は――」
「さすがマーガレット、察しがいいわね」
 息を呑む。入り口から、できれば忘れてしまいたい声が鼓膜を震わせてきた。
 金粉でもちりばめているかのような金髪を揺らしながら、純白のドレスという普段着に身を包んだ屋敷の主が現れる。いつもの微笑みを浮かべているが、マーガレットの心中は苛立ちを増すばかりだった。
「お嬢さま……!」
 やや肩を強張らせて体をよせてきたスミレに、大丈夫だと声をかけてやる。通信石を法衣のポケットに戻しながら、威圧するようにマリーゴールドを睨みつけた。
「なにを企んでいるのかは知りませんが、言い逃れはできませんわよ」
「あら、私を国へ突き出すの?」
「人に襲いかかるような精霊を召喚したのは無視できません。犯罪として十分に立証できます」
「姉を犯罪者と決めつけるなんて、ひどい妹ねえ」
 マリーゴールドはそれでも笑みを崩さなかった。むしろその深みを増していくのが、気に入らない。
「残念ながら、わたくしは正直者なのです。名指しで呼び寄せたのは間違いでしたわね」
 彼女が事を起こしたという確信がある。魔方陣の描き方、そこから発せられる魔力の感覚など、不本意だが、妹だからこそ判別できる“特徴”を掴んでいた。
「ああ……ねえマーガレット」
 追い詰められているはずなのに、屋敷の主は表情に陰ひとつ落とさず告げる。
「さっきの、本当に精霊だと思ってるの?」
「……は?」
 くすりとマリーゴールドが笑った瞬間、部屋全体に広がる魔方陣が強く光り輝いた。思わず目を細めた瞬間、そば肩を並べていたはずのスミレの気配が後方へと吹き飛んでいった。
「あぐっ!」
 小さなうめき声。同い年のメイドは壁に背中から叩きつけられ、ずるりと腰を落とした。二本の包丁が床に乾いた音をたてて転がる。
「スミレ!?」
 何が起きた? まるで床の魔方陣から追い払われたかのようだった。マーガレットだけを残して。
「水属性のあの子はお気に召さないって。やっぱり、炎を呼ぶには炎じゃないと」
 しまった――気付いたときにはもう遅かった。
 胸の奥底がどくんと大きく鳴り響く。地下室の中央、魔法陣の中心に立っているマーガレットは、空気中ではなく全身に熱が駆け巡っていくのを自覚した。
「あっ――ッ――!」
 熱い。体が熱い。手も足も、心臓も肺も肝臓も、血管も皮膚も眼球も、全てが熱い。
 膝をついてうずくまるマーガレットを、姉は興味深そうに眺めた。
「精霊はこっち側の住人じゃないの。分かる?」
 理解する余裕などなかった。心臓が、飛び出しそうなくらい鳴り響いている。それなのにマリーゴールドの声だけはやけにはっきりと鼓膜を撫でてきた。
「こっち側に顕現するためには、媒体が必要ってわけね。犬とか猫とか、小さな動物じゃ変質してなんか変なモノになっちゃうし、ここはやっぱり――」
 一旦口を閉じて、唇の端を吊り上げる。
「魔力を持った人間じゃないとね」


 地下へと続く道は、廃屋と化している小屋で発見した。スラム街の中心地より隅に位置しており、瓦礫などが周囲に散乱しているため住人たちも寄りつかないようだった。
「これを使いましょう」
 スカートではなくショートパンツ姿のカトレアは、淡く輝く魔結晶が握っていた。以前マーガレットが遺跡や深夜の森で使用していた、周囲を明るく照らす石である。
 これを細長い紙筒などに仕込んで用いれば、ランタンとは違っていくらか先を見通すことができるようになる。発火しているわけではないため、筒が燃えることもない。
「貸して。先に行くよ」
 カトレアの頷きを確認してから、チューリップは紙筒を受け取る。先に待ち受けているのは魔力を発するものだが、それを断つ刀を持つとはいえカトレアを先行させるのはリスクが大きい。
「すみません」
「謝ることないよ。こーいうのはあたしの役目だから」
 魔力の量が極端に少ないカトレアは、防御のために魔法を行使することができない。常に生身同然なのだ。したがって自己強化タイプのチューリップが前へ出るのは当然といえた。
 洞窟の入り口のような穴へと足を踏み入れる。やや窮屈ではあるが、二人とも小柄なためスムーズとはいかないまでも前へと進むことができそうだった。
 入り口付近は急斜面だったがすぐになだらかな通路へと移り変わる。当然陽の光は入らず、チューリップは思わず、魔結晶を仕込んだ紙筒をぎゅっと握り締めた。ある程度の魔力が注ぎ込まれているため、土壁の汚れなどもはっきり見えるほど石が放つ光は強い。
「ねえ、カトレア」
「はい」
「精霊って悪いやつなの?」
 書物などはほとんど読まないから疎いが、精霊というのは神様みたいなものだと思っていた。信じる信じない以前に、よく分からない。
 おかしな疑問だったのか、背後でカトレアが小さく笑った気がした。
「生き物かと問われれば少し違うかもしれません。ですが精霊も人間と同じです。彼女たちも自分で物事を考え、行動しますから」
「あ、やっぱり精霊も女だけなの?」
「私の知る限りは」
 カトレアはそういった話にやたらと詳しい。聞かせてくれた中で一番印象深いのは、平行世界という考え方である。自分たちが生きているこの世界は、実はいくつもあるという話だ。マーガレットに言わせれば『トンデモ話』だそうだが。
「しかしまだ精霊と決まったわけではありません」
「それを確かめに来たわけだもんね――あ、部屋みたいになってる」
 歩を進めていくうち、光が左右の壁を照らさなくなった。肌に感じる空気から、おそらく先ほどまで歩いていたのは廊下かなにかで、いま足を踏み入れたこの地点は、なにやら広々としたスペースになっていると思われる。
 チューリップはブーツで踏んだ感触からして、明らかに人工的な床だと理解した。だが、手が加えられているという事実に不信感が募る。
「この光だけじゃ分かんないね」
 声の響き方からして、それなりの広さがあるように感じられた。マーガレットなら魔法で全体をすぐに照らしてくれるのだが。
「広さを把握しましょう。予備の石を投げます」
 すぐ隣に並んだカトレアが、ストックしている魔結晶を放り投げた。淡い光をまとわせた魔結晶が三つ、放物線を描いて落下する。
 こつっ、と乾いた音をたてて床に落ちた魔結晶は、急激にその光を失った。三つ全て。
 その代わりに、別のものが輝き始めた。この部屋――厳密には、この部屋に描かれている絵が光を持ち始めたのだった。
 天井、床、壁。隅々まで線が張り巡らされている。
「これは……魔方陣のようにも見えますが」
 カトレアが周囲を見回している。断定しなかったのは、彼女も見たことない模様で組み立てられていたからだろう。
 実際のところ大規模だった。随分と手間をかけたようだが、チューリップにはその用途がさっぱり分からない。
「上で感じてた魔力って、この魔方陣なのかな」
「それは間違いないでしょう。しかし……」
 思い当たる節があるのか、カトレアはなにやら考え込んでいる。邪魔してはいけないな、とチューリップはそれ以上何も言わず、とりあえず魔方陣と思しき模様の中央へ進んでみることにした。
 それがあまりにも安直な行動だったと、すぐに後悔する。
「――だめです!」
 仲間の声に振り向こうとしたとき、チューリップは体を突き飛ばされていた。他の誰でもない、カトレアがその細身をぶつけてきたのだ。
「カトレア!?」
 とっさに受身を取ったチューリップは、即座に体を起こす。だが表情に困惑と驚愕が入り混じった。
 先ほどまで緩やかな光で脈動していたはずの魔法陣が、激しく明滅した。中心のその下、チューリップのすぐ目の前で、カトレアがびくんと体を痙攣させる。
「がっ――!?」
 火花が散るような音が聞こえた。はっきりと見て捉えたわけではないが、彼女の身に何かが起こったのは間違いない。表情が苦に染まっている。
 チューリップが駆け寄る前に、カトレアは刀の鞘を布包みごと抜き捨てた。両手で柄を握りこみながら、床にまっすぐ突き立てる。この床だってただの床ではないだろうに、その刀は抵抗を受けることなく突き刺さった。
 瞬間、周囲が暗闇を取り戻す。魔法陣の光が消えた――正確には、刀で魔力を文字通り切断したのだ。
 闇の中に浮かんでいるカトレアの輪郭が、がくりと膝をつく。
「カトレア!」
 異常事態に取り乱しながらも、チューリップは仲間の傍に駆け寄る。転がった魔結晶を拾っている暇なんかない。
 カトレアの体に触れた瞬間、息を呑んだ。異様に冷たい。
 それは彼女が氷属性の魔法使いだからというわけではなく、生命力そのものが弱まっているというような感触だった。か細い呼吸からして、チューリップはそれを確信した。
「はっ――はぁっ――」
「だ、大丈夫!? 怪我してる?」
「ぐっ――<ドレイン>です――!」
 消え入りそうな声でカトレアは告げてきた。
 チューリップの動揺は、一瞬で怒りに変わった。<ドレイン>とは、つまり魔力を吸収する術である。魔力ある者に対して使うという、明らかに攻撃の意思が含まれたものだ。
 女性にとって血液とほぼ同義にあたる魔力は、失われれば当然生命にも影響が及ぶ。しかもカトレアの場合、それは誰よりも重要視しなければならない。
 彼女は備えている魔力の上限が少ないのだ。初歩的な魔法を一度使っただけで疲労困憊するくらいなのだから、その魔力に直接作用する技を使われては――
「しっかりして! ああ、もう、こんなときにあたしは……!」
 さらには、チューリップの特性まで状況の改善を阻害していた。魔力を放出することができない赤髪の拳士は、カトレアに魔力を供給することもできない。
「いえ、心配、いりません。すぐに、斬りましたから」
<ドレイン>を発動させた魔法陣のことを指しているのだろう。とはいえチューリップは、彼女の魔力量であるとか、そういった不安要素を拭い去ることはできなかった。
 今すぐにでもマーガレットのもとへ飛んでいった方がいいのではないか。どうするべきか、暗闇の中で瞳を泳がせたチューリップは、また別の異変に気づいた。
「揺れてる……?」
 地震だろうか、床が振動しているように感じる。いや、この部屋全体が揺れていた。
 第六感が警告を発している。地鳴りを聞いたチューリップは、有無を言わせずカトレアを抱きかかえた。闇に少しだけなれた視界の中で刀の鞘も拾い上げ、入り口に向かって駆け出す。
 風属性であるチューリップの走力は、他の魔法使いと比べようもない。狭い地下通路でも彼女の加速はほとんど衰えず、入ってきたときよりもはるかに短い時間で外へと脱出した。
 陽の光に思わず目を細めたとき、チューリップは背後で何かが瓦解する音を聞いた。
 息をわずかに弾ませつつ振り返る。地下へと続く穴からは土煙が吹き上がっていて、土を踏むブーツの下でも、かすかな揺れを感じた。
「何が、どうなってるの……」
 さらにこのくぐもった騒音。先ほどまで足を踏み入れいていた暗闇の空間は、おそらく瓦礫で埋もれてしまったことだろう。
 腕の中でカトレアが口を開く。
「<ドレイン>だけでは、なかったのでしょう。連続で作動するよう、しかけられていたと、思われます」
「誰がそんなこと? どうして?」
「それは――いえ、その前に、もう大丈夫です」
「え? あっ、ごめん」
 横抱きにしていたカトレアを降ろしたが、彼女の足は自身の体を支えられず、チューリップに寄りかかった。
 肩を借りながら黒髪の少女は言葉を続ける。
「これは、私たちを狙った罠です」
「あたしとカトレアを?」
「この場所に訪れる理由をつくったのは、一人しかいません」
 チューリップの表情も険しくなる。どちらかというと、心の中でその疑念は持っていたのだ。小さい頃、マーガレットと時間を共にするうえで、どうしても目に入ってきてしまう存在。
「あの人が――」
 忘れたくても忘れられそうにない、意味深な笑みを常にたたえている女性の顔が思い浮かんだ。同時に、懐に忍ばせている通信石が反応を示した。
 タイミングがいい。チューリップは淡く光る石を額に押し付けた。いますぐ知らせておかなければ。
「マーガレット! 聞いて!」
『……どうしましたの?』
 こちらからのコンタクトではなかったのに、マーガレットはまず聞き手にまわってくれた。
 チューリップはカトレアを支えながらまくしたてる。
「こっち、魔法陣があって、その、カトレアが魔力取られちゃって!」
 向こう側から息を呑む音が聞こえた。頭の良い彼女のことだ、もしかしたら懸念していたのかもしれない。もとより、何か裏がありそうだと言っていたのはマーガレットなのだから。
 聞けば、すでにマーガレットも待ち伏せの攻撃を受けたらしい。精霊に襲われたとはっきりそう伝えてきた。
 またあの人の顔がちらつく。はっきり確信があるわけでもないのに、この街で起こることすべて、思惑通りに動かされている気がしてくる。
『一刻も早く合流しましょう。これ以上は――』
 途端に、通信石の共鳴が途切れた。息遣いさえ聞こえてこない。
「マーガレット? ねえ、マーガレット! 返事して!」
「どうしたのですか?」
「分かんない……急に聞こえなくなって」
 魔結晶が若干の熱を帯びているし、通信する働きそのものが失われたわけではない。
 意思疎通をおこなっている余裕がなくなったということだ。間違いなく何らかの異変が、マーガレットを襲っている。
 それは、こちらも同じだった。
「……揺れています」
 小さくつぶやいたカトレアは、ふさがった地下への入り口に目を向けていた。つられてチューリップも視線を追いかける。
 ぼこっ、と地面が盛り上がった。それも一つや二つではなく、いくつも土の山が形成されていく。
 周囲の瓦礫や粘っこい土、さらさらした土も入り混じって、それらは三角型の山から違うシルエットへと変化し始めた。ある程度の高さで一度止まったかと思うと、続いて上下左右が丸みを帯びたり、さらに細長い腕を生やしたり……
「なに、あれ」
 チューリップは呆然とつぶやいた。なにしろ目の前で奇妙な動きを見せている土や砂は、その数を二十は超えようとしていたのだ。
 それらの形成が終わったとき、彼女は漠然とこう思った。
――土から人が生えてきた。
「……! ドールです……!」
 表情を厳しく変えたカトレアが刀を構えて一歩前に出た。
 黒髪の少女は戦おうとしている。いまや彼女はまともなコンディションではないというのに。
「た、戦うの? だめだよ!」
「放置しておけば、住人に襲いかかります」
 ドールというものが、チューリップには分からない。ただ一つ言えるのは、土の人形めいたそれらが”良いモノ”には見えないことだった。
「でも! 今のカトレアは……!」
「承知の上です。チューリップさんはマーガレットさんのところへ」
 とんでもないことを言い放った。ドールと呼ばれた敵の数が二十はくだらないのに、一人で対抗するつもりなのか。いくらカトレアの戦闘能力が一線を画しているとはいえ、なにもかも状況が悪すぎる。
 地から生えてきたそのドールたちが、のそのそと接近してくる。
「マーガレットさんの身にも何か起きたと考えた方がいい。あなたは飛んでいけるはずです。急いでください」
 弱々しいが、妙にはっきりとチューリップには聞こえた。動揺で泳いでいた目がぴたりと停止する。
 この地区からマーガレットがいるはずの屋敷まで、足腰が自慢な者でも数分かかる。だがチューリップにそんな一般常識は当てはまらない。
「う……!」
 それでも赤髪の拳士は判断を下しかねた。目の前にいる仲間を簡単に放っておけるほど、心は腐っていない。カトレアだって今や親友なのだ。どうして幼なじみであるマーガレットと、その重みを比べなければいけないんだ。
「あなたしかいないのです、チューリップさん……!」
 訴えかけるような視線で見つめられる。
 チューリップは歯を強く噛んだ。迷っている時間はない――決断しなければ。
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