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花びらたち 2-4

「おそらく、ゴーレムの攻撃対象には優先順位があります」
 呼吸を整えながらカトレアが呟く。
 チューリップは彼女の横顔から、空気までも張り詰めるような緊張感を感じた。眼差しは敵を捉えて離さない。内に秘められる魔力の渦が、波打っている。
「わたくしが最初に攻撃されたのは……」
「マーガレットさんが治療士だからでしょう。定石です」
 戦闘において、治療士や砲撃士といった後衛の魔法使いは優先的に狙われることが多い。近接戦は不得意だが、持ち前の大火力魔法が戦況をがらりと一変させるほど影響が強いためだ。
 前衛の拳士や戦器士は単体での戦闘力が高いが、なにより後衛のサポートがあってこそだ。それこそ治療士が再起不能になるのはなんとしても避けねばならない。
「大丈夫。もうマーガレットには近づけさせない」
 ばしん、と拳と掌を合わせる。同時に魔力を全身に張り巡らせた。チューリップの周囲で、かすかに風が巻き起こる。魔力の奔流が彼女の身体を渦巻いていった。
 その魔力のうねりに、カトレアがわずかに目を瞠る。チューリップ自身はあまり自覚していないが、彼女の魔力は底知れぬほど高く、力強い。一対一の小細工なしの真剣勝負であればあるほど、拳士としての本領を発揮するだろう。
「チューリップさん、私はあなたに続きます。連携は考えず、私のことはいないものとして戦ってください」
「え……うん」
 意味するところはよく分からなかったが、チューリップは頷いた。正直なところ安堵していた。団体行動が初めてというわけではないが、拳士という特性柄、一人で戦うことが多い。仲間とコンビネーションをとるのはまだ不慣れであった。
「では、マーガレットさん」
「ええ、わたくしの<ファイアーボール>が合図ですわね」
 マーガレットは杖を高く掲げる。三人を守るようにして展開していた火球は一層その熱量を強めた。
 ぐっ、と腰を低く落とし、チューリップは両足に魔力を込める。ゴーレムをまっすぐ見据えて、深く息を吸う。
 沈黙はわずか数秒。マーガレットが杖を振り下ろすと、火球の軍勢が飛翔した。さらに赤髪の拳士と黒髪の戦器士が後を追うように続く。
<ファイアーボール>の数は四つ。それらは治療士が放つにしては十分すぎる火力を持った魔法だったが、迎撃の体勢にあるゴーレムに果たして効果はあるのか。
 チューリップの視界には、幼なじみが放った火球は易々と打ち払われる光景が写っていた。ゴーレムの腕によって、炎の塊はそれぞれあらぬ方向へと弾き飛ばされる。天井や壁に衝突、爆散した。
 十分だ。おかげで、ゴーレムを移動させずに攻めることができる。チューリップは仁王立ちする甲冑へと真っ直ぐ突撃した
 カトレアは、やや左から挟撃するように移動していた。彼女は頼れる戦器士だ。チューリップはそう確信している。しかし先ほどの攻撃によるダメージを治療していない――それだけが気がかりだった。それは幼なじみの治療士についても同様だ。
 今、満足に動けるのは自分だけ。
 チューリップは自ら前へと進み出ていく。カトレアよりも速く。
 甲冑姿のゴーレムが身構えた。こちらの攻撃を待ちうけようとしている。コアはおそらく胸のあたりにあるだろう。当然、そう簡単にやらせてくれそうにない。
 カトレアが刀でコアを突けるように、ゴーレムに隙をつくらなくてはいけない。動きを止めることができれば文句はない。
 チューリップは拳にぐっと魔力を込めた。風属性の魔力を身の内に凝縮させる。彼女は自己強化はパワーよりも、スピードなどの立ち回りにおける強化がメインだ。当然、攻撃エネルギーは上乗せされる。
「たああああ!」
 純粋な、小細工もなにもない右ストレートを繰り出す。
 対してゴーレムは左腕でそれを外へと打ち払う。あっさりと。
 続いて少女の左足。風の音を響かせながら振り上げる。
 それすらも、甲冑ゴーレムは右手だけで止めてみせた。
「まだっ!」
 攻撃を止められても、チューリップの勢いは衰えない。次々に拳や足を放つ。
 もとより決定的なダメージを与えるつもりはない。目的は隙をつくることだ。カトレアが刀をコアに突き刺せるだけの隙を。
 左側から刀を抜いたカトレアが迫っていた。チューリップが行う攻撃のわずかな隙間を埋めるように刀を振る。
 しかしゴーレムは刀さえも防いだ。ギン、と刀が弾かれる。
 アタックは終わらない。拳と刀が交互に攻め立てる。会ったばかりとは思えないほど、二人の連携はかみ合っていた。
 チューリップはすぐに察した。カトレアが自分に合わせてくれている、と。
 あくまでメインのアタッカーはチューリップだ。当然、反撃も受けやすい。攻撃の後には隙ができるものだが、カトレアはそこを補おうとしている。ゴーレムからすれば攻撃が間髪いれずに飛んできているのだから、防御に徹するしかない。
 その防御もたいしたもので、左腕でチューリップを、右腕でカトレアを捌いている。拳と刀を弾く音が、リズムを刻んでいた。
 若き拳士と戦器士は、魔法使いとしてのレベルは決して低くない。かたや師の折り紙つき。かたや単独で任務を任されるほど実力者だ。
 その二人を同時に相手するこの甲冑ゴーレムは、町で遭遇した巨大ゴーレムとは一線を画している。
「くっ……!」
 チューリップの耳に小さな呻き声が届く。
 黒髪の少女が、顔をわずかに歪めて足を止めていた。膝を曲げながら手で腹部を押さえている。やはり、先の二撃によるダメージが残っているようだった。
 攻めのリズムが崩れる。ゴーレムがその隙を逃すはずがない。戦器士の攻撃が停止したと見るや、拳士の攻撃を受け流した後即座に反撃へと転じた。
 甲冑が少女へと迫る。
「カトレア!」
 チューリップが叫ぶ前に彼女は回避行動をとっていた。転がるようにしてゴーレムの腕から逃れる。
「――ッ!」
 敵はカトレアにのみ攻撃を向けていた。さび付いた脚が振り上げられ、膝立ちの少女に鋼鉄の踵が襲いかかる。
 このゴーレムはその体に似合わず、俊敏かつ大胆だ。が、なによりも速かったのはチューリップだった。
「くぅ!」
 即座にカトレアの前に移動し、ゴーレムの脚を両腕を交差させて受け止める。重い衝撃。強化しても腕が痺れるほどだった。
 防御したのも束の間、ゴーレムは脚を下げるとチューリップの腕をぐいと引き寄せた。腕の痺れが残っていた赤髪の拳士は抵抗もままならなかった。
 前のめりに倒れそうになるチューリップの額に、鋼鉄の兜が激突した。
「だッ――!」
 何かが破裂したような音を響かせ、少女の額から血が流れた。すさまじい衝撃に脳が振動する。視界が揺れる。そのうえ額の血が右目に入り込んできた。たちまち目の前が真っ赤に染まる。
 たたらを踏む少女の腹に、ゴーレムは前蹴りを突き込んだ。
「ぐはっ!」
 苦痛の息と唾液を吐き出しながら、チューリップは吹き飛んだ。十歩ほどの距離まで蹴り飛ばされ、床を転がりながらも体勢を立て直す。
(重すぎ……!)
 鈍く痛む腹部を押さえながら、少女拳士は立ち上がった。血液が流れ込んできた右目を手で拭う。再び両目で敵の姿を捉えると、今度はカトレアが防御に回っている様子が見えた。
 仲間の体越しに受けた攻撃で分かっていたことだったが、ゴーレムの一撃は魔力で強化した肉体でも激痛を感じる。しかも長く響く。それほど敵は強力だ。
 相手は生物とは程遠い存在。こちらは呼吸をする人間。体力や魔力的にも、長時間の戦闘は不利になる。素早い決着が理想なのだ。
「マーガレット、<ラピッド>!」
 大声で叫ぶと、幼なじみには振り向かないまま床を蹴る。
 後方から感じ慣れた魔力が放たれてきた。チューリップを包み込むような魔力の流動は、彼女の身体能力を向上させるものだ。
 ただでさえ風属性の魔力によって強化されている少女の身体が、さらに加速した。もはや風そのものとなったような感覚。蹴り飛ばされた距離を一瞬で埋める。
 後方に控えているマーガレットが瞬きした時には、既に拳士はゴーレムに跳び蹴りを加えていた。
「お返し!」
 跳躍からの蹴りは単純に威力が増す。さらに魔力による強化が施されていれば破壊力は絶大だ。
 猛烈な速さで迫るチューリップの蹴りを、ゴーレムは防御できなかった。今はカトレアを攻撃対象としていたせいもあるだろうが、なによりチューリップが速すぎた。
 少女拳士の蹴りは甲冑の胸元を直撃する。激突音と共にゴーレムは弾き飛ばされた。先ほどチューリップが受けた蹴りよりも遥かに重く、強い。甲冑は受身も取れず、耳障りなほど音を立てて転がっていく。
 まだ終わりではない。<ラピッド>の効力がまだ続いているということは、マーガレットが常に魔力を消費しているということだ。こういった能力上昇系の魔法は、発動すれば永久に効果を受けられるような便利なものではない。今この間も、チューリップに向けて<ラピッド>の魔法を送り続けているのだ。
 だから、すぐに勝負を決める。
 チューリップは再び駆け出す。回転を続けるゴーレムがようやく止まったとき、もう後ろに回りこんでいた。予想外の連続だったのか、敵は一瞬硬直したように見えた。
 膝立ちの体勢になっているゴーレムの片腕を掴み上げ、床についている膝の裏を足で踏みつける。コアがあるであろう胸を押し出すように、背中を片手で押し込んだ。
「カトレア!」
 返事の代わりに、黒髪の少女は身動きが取れないゴーレムへと駆ける。尻尾のように結んだ黒髪が揺れ、刀が光を反射する。
 これで終わりだ。チューリップだけでなく、マーガレットも、カトレアもそう感じただろう。
 カトレアが接近する。ゴーレムの胸を一刀両断せんと、刀を振り上げた。
 直後、鈍い音と共に戦器士の動きが硬直した。
「ごふっ……!?」
「え……?」
 カトレアが突如くの字に折れ曲がった。呻き声と唾液を吐き出して、己の腹部に視線を移す。
 チューリップもすぐには理解することができなかった。ゴーレムは自分が拘束しているのだ。絶対に動けるはずはない。
 現実、ゴーレムの腕がカトレアの腹部に深く突き刺さっていた。そのめり込みたるや、胃袋を容易く押し潰していることが見て取れる。
「ぐぁ――あっ――げふっ!」
 既に傷ついている内臓が再び悲鳴をあげる。水っぽい音がチューリップの耳にも届いた。胃液が逆流する音。カトレアの薄い唇を透明な液体が割く。
「かはっ、げほ――げほっ――」
 咳き込む度に粘ついた胃液が床に垂れ落ちる。黒髪の少女は両膝をつき、めり込んだままの鋼鉄の腕を抱え込むようにしてうずくまった。
 その腕の先に、ゴーレムの姿はない。体と腕が分離していた。ガントレットは己の身体を離れて、矢のようにカトレアの腹部へと射出されたのだ。この場の誰にも予想できる攻撃方法ではなかった。
 戦闘中での動揺は命取りだ。ゴーレムは拘束が緩んだ隙をつき、チューリップの手を振りほどく。無防備に立ち尽くしている赤髪少女の鳩尾へ、鋼鉄の肘を付き入れた。
「ぶふっ――!」
 堪えがたい激痛。困惑していたチューリップの腹筋を容易く突き破って、内臓を刺激した。
 くの字に折れたチューリップの顔面を、さらに裏拳が襲う。頬に衝撃。
「くぁっ!」
 意識が一瞬飛びかけた。火花が散るように、視界が明滅する。踏ん張ろうとしたが、揺れる世界は抵抗なく真横へとズレた。
 倒れこんだ拳士の右脚を、鋼鉄の足が踏みつける。
 砕けるような音が聞こえた。
「ぐっ、があああああぁぁぁぁぁ!」
 足首を襲った激しい痛みに、雄たけびのような悲鳴をあげる。電撃を浴びたかのような衝撃が、右脚から全身を駆け巡った。
 前衛が足を負傷するのは致命的だ。敗因にもなり得る。
「ぃぎっ――ぐううぅぅう――!」
 骨が折れた。分かる。足が動かない。痛い。
 悶絶するチューリップの額は汗が流れ、髪が張り付いていた。涙が溢れる。もはや戦場で活躍する魔法拳士とは思えない。ただの一般的な少女のそれだった。
 泣き喚いている場合ではない。
 ゴーレムの攻撃対象には優先順位がある。カトレアはそう言った。その通りであるなら、この状況はまずい。前衛二人がダメージを受け、後衛を守る手段がない。
「チューリップ! いま行きます!」
 幼なじみの悲鳴にも似た声が飛んできた。回復魔法は攻撃魔法のように遠距離から行使したのではほとんど効果がない。時間もかかるうえに効率が悪すぎる。マーガレットが手を添えてくれるくらいの距離でなくてはまともに治療はできないのだ。
 しかしそれはゴーレムにも接近することを意味する。
 駄目だ。こちらに近づいてきてはいけない。そう呼びかけたかったが、喉から洩れ出るのは苦痛を伴った呻き声ばかりで、言葉にならなかった。
 涙で滲んだ視界。ゴーレムがカトレアの頭を片手で掴み上げていた。両足が浮いている。マーガレットを攻撃する前に、右腕を回収するつもりなのか。
 黒髪の少女は気絶したようにがくりとうなだれている。撃ち放たれた片腕は、いまだ杭のように彼女の腹部に突き刺さっている。相棒同然の刀も、床に転がり落ちていた。
「ぐっ――カト、レ――」
 届かない。こんな小さな声では届かない。
 ゴーレムは右の肘を、カトレアの腹から伸びている己の腕と繋ぎ合わせた。がちり、と金属が組み合わさる音。
 その瞬間、カトレアの両目が見開かれた。めり込んでいる腕を掴み、胃液で濡れた口で言葉を綴る。
「凍結……!」
 呻くように呟く。変化はすぐに訪れた。ゴーレムの腕が次第に白みを帯びていく。
 ぱき、ぱき。空気が音をたてている。チューリップは足の痛みも忘れて、その光景に見入っていた。すぐそばまで近寄ろうとしていたマーガレットも同様だった。
 甲冑の腕が凍りつき始めている。そこから肘、肩、胸、腰、脚――氷の侵食は止まらない。やがて鋼鉄の兜だけを残して、首から下まで全て結晶化してしまった。
 氷。それがカトレアの属性であった。
「コアは兜の中でしたか……」
 ゴーレムの心臓――コアは魔力を吸収し動力とする。頭部だけが凍りつかなかったのは、そこにコアがあるからだろう。
 カトレアは腹を拳から引き離した。浮いたままだった身体が床にどさりと崩れ落ちる。
「かはっ――! けほっ」
 腹部が解放された反動だろうか、少女は大きく咳き込んだ。胃に残っていた血液が吐き出され、床に赤い斑点をつくった。
「カ、カトレアさん!」
 慌ててマーガレットが駆け寄るが、カトレアは手で制す。
「私よりチューリップさんを。彼女の方が重症です」
 無造作に置かれていた刀を手に取ると、少女はそれを杖のようにして立ち上がった。荒く呼吸しながら、氷漬けになったゴーレムを見据える。
 甲冑の兜が、氷の塊から抜け出そうともがいていた。しかしぴくりとも氷の結晶は動かない。ヒビの一つさえ入らなかった。
 刀を引き絞る。刺突の構え。なんの躊躇もなく、無言のままゴーレムの顔面へと突き刺した。
 金属を破壊する音は一切聞こえてこなかった。紙を斬るような音だった。刀は後頭部を貫通する。赤みがかった鉱石が刃の先端に突き刺さっていた。コアだ。
 コアが原型をとどめていられたのも一瞬だけだった。魔力を断つ刀によってたちまち細かい砂と化す。床へと全て流れ落ち、小さな砂の山を形成した。
 キン、と刀が鞘に納められる。その音を合図にマーガレットがチューリップへと駆け寄った。
 再び足の痛みが襲ってきた。チューリップは歯を食いしばって呻き声を抑える。
「だ、だいじょうぶだよ。これくらい」
「何が大丈夫なものですか!」
 ぴくりとも動かない右足に手を添えられ、刺すような激痛が上ってきたがそれは一瞬だった。暖かみのある魔力が足を包み込む。
「ごめん、マーガレット」
「なぜ謝るのです」
「あたし、全然ダメだね。こんなに泣いちゃってさ。ほんと、全然ダメ」
 結局、また助けられたも同然だった。自分一人では何もできない。あの時から何も成長していない。折れた足の痛みよりも、己の弱さを痛感して新たな涙を零した。
 猫族の娘ルルが、逃がしてくれようとしていたあの日。まだまだ未熟だった自分は、もっと強くなったはずではないのか。無様に涙まで流して……
「チューリップさん、それは違います」
 カトレアは少し呼吸が乱れているが、いつもの無表情な顔に戻っていた。彼女もチューリップのそばで屈みこむ。
「あなたがいなければ作戦は成功しませんでした。感謝します」
「作戦? え、なんのこと?」
 わけが分からず、チューリップは首を傾げる。自分がゴーレムの動きを止めて、カトレアがとどめを刺す――はたして今この状況は、成功といえるのだろうか。
「第二の作戦です。元々の案が成功するに越したことはありませんでしたが」
「カトレアさん、あなた、チューリップの魔力を利用しましたわね?」
 わずかに憤りが感じられるマーガレットの言葉に、カトレアは小さく頷く。
 チューリップは何のことだったかさっぱり理解できなかった。
「あなたがゴーレムに細かく魔力を送り込んでいたのは分かっていましたわ。敵に悟られないよう、チューリップの魔力を隠れ蓑にしたのでしょう?」
「……気づいていましたか。治療と攻撃の魔法を同時に使うだけありますね」
 大きな力の前では、小さな力は目立たない。チューリップの力強い魔力が流動する中で、カトレアは己の魔力を敵に注ぎ込んでいたというのだ。敵に気づかれないよう、チューリップを前面に出し、ゴーレムの相手をさせていた……そういうことらしい。
「ですがやはり時間がかかりました。ゴーレムが腕だけを飛ばしてきたのはむしろ好都合といえます。その腕を起点に魔力を流し込むことができました」
 思えば、ゴーレムが腕を元に戻した時点で結晶化が始まった。離れた腕だけでは、ゴーレムもカトレアの真意に気づけなかったのだろう。あの予想外な攻撃さえ、カトレアは逆に利用したのだ。
「へえー、全然気づかなかった」
「チューリップ、あなた何とも思わないのです?」
「どうして? ほら、あれでしょ? 敵を欺くにはまず味方からってやつ」
 あっけらかんと言うチューリップに、マーガレットはぽかんと口を開けた。カトレアでさえわずかに目を見開いている。
「あなたの実力を侮っていたわけではないのですが……いえ、言い訳ですね。申し訳ありませんでした」
 カトレアとしては、ゴーレムを氷漬けにする作戦はあくまで最後の手段だったのだろう。今の彼女は疲弊しきっていて、魔力も半分以上消費しているように感じられた。元々薄い肌色をしていた顔は、青白くなっている。
 その衰弱した身体が、ぐらりと傾く。
「あ、ちょっと――!」
 慌ててマーガレットが小柄な少女を両手で支えた。
 チューリップの足首から手を離しているが、すでに治療はほとんど完了していた。骨が響くような感覚はあるが、しっかり再生している。
「すみません、少し、休みます」
 声は今にも消え入りそうだった。ほんの少し魔法を使っただけで、カトレアは立つことすらままならなくなっていた。
 黒髪の少女が目を閉じる。浅い呼吸音が、チューリップの耳にも届いた。

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