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花びらたち 2-5

 リーフガーデン城には大浴場がある。基本的に常時解放されていて、城の人間なら誰でも入れるようになっていた。
 中央には池を思わせるほど広々とした浴槽が構えられており、周囲の壁には洗い場が並んでいる。蒸気で曇った浴場内ではチューリップとマーガレットの二人が、湯船に体を沈めていた。
「はぁ、生き返るね」
 チューリップは顎まで深く浸かっている。気持ちよさそうに目を閉じ、顔がとろけそうなほど頬を緩ませていた。
「魔力を使ったあとはやはりここですわね。体にしみ込んできます」
 幼なじみと向かい合うようにして、肩まで浸かったマーガレットは両手で湯を掬った。
 女性のみが持つ魔力は体力と同じで、自然に回復するが当然時間もかかってしまう。任務が終わった後は、ほとんどの魔法使いがこの浴場を利用する。それだけの理由があるのだ。
「思うんだけどさ、加工とかしないで直接”マナハーブ”を食べればいいのにね」
「そんなもったいないことできませんわよ。マナハーブがとても希少なものであることはあなたも知っているでしょう」
 マナハーブとは魔力を回復する植物だ。消耗した魔力をそれこそ生まれ変わったかのように全快させることができる奇跡ともいうべき薬草だが、もちろんそう簡単に手に入る代物ではない。
「治療士の間でも研究を進めていますが、ほとんど解明できていないのが現状ですからね。いつどこで生えるのかすら分かりませんし……まったくもって謎の植物ですわ」
 二人が浸かっている湯にはマナハーブの葉を極限まですり潰した粉が溶かされている。いかに強力な薬草とはいえ砂のように細かくされたうえ溶いたのでは効力も薄くなるが、魔力の自然回復を促進する効果があることは認められていた。
「まあ細かいことは別にいっか」
 チューリップは面倒くさそうに会話を打ち切り、湯の中を漂い始めた。
「こら、お風呂で泳ぐとは何事です」
「いいじゃん別にー。他に誰もいないし」
 二人は鉱山の町アクロライトにおけるゴーレム騒動から戻ってきたばかりだ。普段であれば町で休息を取ってから帰還するのだが、眠っているカトレアの状態があまりにも不安要素だらけだったため、急遽馬車を利用して城に舞い戻ってきたというわけである。
 治療士隊へカトレアを預けたのはほんの数十分前のことだ。現在の時刻は今まさに日付が変わろうとしているあたり。夜中ということもあって、城の中も静かなものだった。当然浴場を利用する魔法使いはチューリップたちを除いて他にいまい。
「カトレア、大丈夫かな」
 ただそれだけが気がかりだった。マーガレットの回復魔法はカトレアの傷を癒したものの、目を覚ますことがなかったのだ。
「魔力の消費が大きかったためと考えるのが妥当でしょう。それでも、疑問は残りますが……」
 甲冑の姿をしたゴーレムを凍結させたのはカトレアの魔法によるものだが、マーガレットから見てもその魔法のレベルは大して高くないものだった。ただ標的を凍らせるだけなら、氷属性である魔法使いであれば初歩の初歩とも言うべき技だろう。
 大火力の魔法を行使したわけでもないのに、あれほど魔力が失われるものだろうか。チューリップとは別の観点から、マーガレットは黒髪の少女を気にかけていた。
 ふと、入り口の方から足音。床を裸足で歩く音が聞こえてきた。こんな夜中に利用するとは珍しい。眠れないのでひとまず湯を浴びに来たか、はたまた目が覚めてしまったのか。
 マーガレットと向かい合うようにして湯に浸かっていたチューリップは、幼なじみの後方から現れる客の姿を捉えた。
「カトレア!」
 思わず、声を荒げる。マーガレットも目を瞠り、入り口へと振り向く。
「失礼します」
 束ねていた髪を下ろしているカトレアを見て、チューリップはいつもとは違う印象を抱いた。普段の氷をまとったような雰囲気とはうってかわって、胸のあたりまで下ろした黒髪と対照的な白い肌はどこか儚げだ。小柄な身体は叩けば折れてしまいそうなほど細く、小さく見えた。
 マーガレットが表情を険しく変えて、
「カトレアさん、眠っていたのでは」
「さきほど目が覚めました。湯に浸かった方がよいと言われたので」
 普段と変わらない落ち着いた声色だったが、マーガレットの表情が柔らかくなることはなかった。ゴーレムとの戦闘後、眠りについた彼女は明らかに疲弊の度を越していた。
 他人の魔力は、なんらかの魔法を発動させたときに感じ取ることができる。普段は消費を抑えるため、出来る限り魔法は使わないのが常識だ。自己強化タイプのチューリップも同様である。
 そのためカトレアの魔力がどれほどのものかは、彼女が魔法を使わないかぎり測りえない。それがあの時たった一度の発動が臨界点となると、やはり不自然である。彼女ほどの実力者が何故――?
 二人が注視する中で、カトレアはそばに転がっていた湯桶に湯を掬って、ざばりと頭から洗い流した。黙々と湯を浴びた後はチューリップたちに近づくことはせず、浴槽の隅で腰を下ろした。
「ほんとに大丈夫なの?」
 表情を不安の色で染めながら、チューリップは目を閉じているカトレアに問いかけた。黒髪の少女は小さく頷く。
「心配はいりません。それよりも、城まで連れ帰っていただいてありがとうございました。ご迷惑を」
「う、ううん、気にしないで」
「お二人が不審に思われるのは無理もありません。私の魔力についてでしょう」
 思わず小さく肩を震わせたが、チューリップは口を開かず頷いた。マーガレットはただ静かに次の言葉を待っている。
「私は生まれつき魔力の器が小さいのです。成長しても変わりません」
 彼女らしい言葉の選び方だったが、耳を傾けていた二人はすぐに察しがついた。
 魔力にはいわば容量がある。水を入れるグラスのように、容量が大きければ大きいほど魔法を行使する回数は多くなるし、強力なものを使える。燃料みたいなものだ。
 容量の上限は心身の成長や訓練などによって伸びるが、例外も存在する。魔力の容量が少ないまま成長してしまう――
 カトレアのような女性は実は珍しくない。そういった魔力を持つ者は事務的な仕事に就く場合が多い。なにも魔法使いになることだけが女性の生きる道ではないのだ。
「そっか、だから一回魔法を使っただけで……」
 甲冑ゴーレムを凍らせただけで眠るように倒れてしまったカトレアは、なるほど『器が小さい』というのも的を射ている。およそ戦闘には向かない体だ。
「なるほど。だからあなたは戦器士なのですね。それでもイレギュラーですが」
 マーガレットの言葉に小柄な戦器士は首を縦に振った。
 戦器士は基本的に武器に頼る戦闘系魔法使いだが、その武器はやはり使用者の魔力によって強化されるものだ。カトレアにはそれすらも当てはまらない。
 なにせ彼女の刀は魔力を斬るのだ。強化どころの話ではない。魔法使いを相手にするならいざ知らず、通常の刃物となんら変わりない。
 着ている法衣による若干のステータスアップはあれど、ほぼ生身で魔法を使わない戦闘スタイル。魔法使いらしからぬ魔法使い――それがカトレアという少女だった。それだけ戦器士としての能力はずば抜けて高いと逆説的に証明されている。
「へえー、すごいんだね!」
 興奮したようにチューリップが声をあげる。その様子が理解できないとばかりに、カトレアは眉を寄せた。思えば、彼女がこうして表情をわずかに変化させるのはチューリップの言動によるものが多い。
「なにもすごくありません。私のような魔法使いは良い目で見られません」
「どうして?」
「魔法使いは魔力の大小でレベルを見定める傾向にありますから」
 淡々とカトレアが語る。昔からある見方だ。泉のように湧き出る魔力を持つものが天才とすれば、満足に魔法が使えないほどちっぽけなものは凡才。いわば上流階級と庶民。そういった価値観は魔法の分野にも当てはまる。素質のない者は見下される。
 魔力が人並みよりも遥かに乏しいくせに、国に魔法使いとして認められておりしかも王妃のコスモスからも一目置かれている。いわゆる昔ながらの"伝統的な"魔法使いからすれば気に食わない存在だろう。
 そんな考え方が、チューリップは大嫌いだった。
「あたしそういうの嫌。魔力だけでその人のこと何もかも決めちゃうのは、おかしいよ」
 それこそ、およそ魔法使いとは思えない発言である。だがチューリップは小さい頃に似たような経験をした。
 幼なじみであるマーガレットが、見守るような視線を送っている。長い時間を共有してきた二人には共通する意識もある。
「だから男の人も差別を受けるんだよ。人は魔力なんかで価値を決められるものじゃない。見なきゃいけないところはもっとあるはずでしょ」
 湯の中で拳を握り締めながら、チューリップは力強く言葉を紡いだ。訴えかけるように。それはむしろ願いに近かった。
 リーフガーデン国はその願いを叶えてくれるはず。世界を変えてくれるはず。だからこの国の魔法使いになったのだ。
 それはマーガレットも同様だった。
「その通りですわ。魔力は女性特有のものですが、人間性を量る計量器であってはなりません。くだらない物の見方ですわ」
 頭のお固い魔法使いが聞けば顔を真っ赤にすることだろう。マーガレットの家系もどちらかといえばそちら寄りではあるが、彼女はそんな古くさい信念など持ち合わせていない。もとより、本家とは決別しているも同然なのだ。
「不思議です」
 熱く語る二人を前にして、カトレアは小さく微笑んだ。
「あなたたちのそばにいると、心地いい」
 彼女もきっと誰にも見せたことがないであろう、その愛らしい笑み。チューリップは照れくさそうに頬をかき、マーガレットは顔を隠すようにして半分を湯の中に沈めた。
「マーガレット、それじゃ息吸えないよ」
「ごぼごぼぶくぶぇ」
「うるさいですわね、と言っているようです」
「あはは! 照れてるんでしょ?」
「ぶはっ! 照れてなどいません!」
 がばっと湯の中から立ち上がり、頬を染めながら反論するマーガレット。彼女の裸体をカトレアが真剣な面持ちで見つめる。
「な、なにか?」
「美しい体です」
 なんの遠慮もない言葉に、マーガレットはさらに顔を真っ赤にした。慌てて湯へと体を沈ませて、
「……どうも」
 目を逸らしながら軽く頭を下げた。
 この中で歳相応の体格をしているのはマーガレットだけと言ってもいい。同じ十六歳であるチューリップは拳士らしく肉付きは良いがまだ小柄だ。十五歳のカトレアは一見して分かる通り華奢だ。二つ三つほど歳を下に見られてもおかしくないだろう。
 その点、マーガレットは十六ながらも成人女性に劣らぬ美貌と体型を持ち合わせていた。事実、城の中でも彼女の存在感は大きい。休日などにはよくお誘いを受けていることをチューリップも知っていた。自慢の幼なじみである。
 だがチューリップはもはやマーガレットの肌など存分に味わい済みなので、今は別の標的に狙いを定めていた。
「カトレアはすっごくきれいな肌してるよね。気持ちよさそう……」
「気持ちよさ……? いったい何の話をしているのですか? なぜそんなにいやらしい顔をしながら近づいてくるんです?」
 ああ、とマーガレットは幼なじみのスイッチが入ってしまったことを悟った。同時にカトレアへ哀れみの視線を送る。
「カトレアさん、諦めてください。こうなってしまってはわたくしでも止められません」
「話が全く見えないのですが――ひゃっ」
 自分自身でさえ聞いたこともないような素っ頓狂な声がカトレアの口から洩れる。小さな悲鳴に近かった。
 背中にぴったりと何かがくっついている感触がある。風属性の魔法でもって己の動きを強化したチューリップであった。通りでカトレアがその動きを捉えられなかったわけである。
 真っ黒な髪を際ださせているような艶のある白い体。チューリップは胸のあたりに腕を回して、文字通り背中から抱きついていた。
 思わず洩れ出た声と拳士の行為に、カトレアは戸惑いを隠し切れない。
「……これは?」
「チューリップなりの愛情表現ですわ。あなたはお気に入りということです」
 マーガレットは呆れたようにため息をつき、事の成り行きを見守っていた。
「えへへー。すべすべー、つるつるー。いい匂いー」
 まるで子供のように無邪気な笑顔で、頬をうなじに擦りつけた。それだけでなく密着させている肌を総動員し、全身で黒髪少女を味わおうとしている。
 んっ、と妙に艶かしい声。膝を立てて座っているカトレアは身動きが取れない。体を動かそうにもがっちりと固定されてしまっていて抵抗すらできない状態だ。
「あの、あまり肌を撫でないでくださ――あっ――く、くすぐった――ん――」
「やわからーい。ふにふにー。気持ちいいー」
 甘く蕩けたチューリップの表情は幸福で満たされているようだった。
 戦闘では風をまとって前線を駆け抜ける少女拳士の奇行に、動揺しつつも身を委ねしまっていることをカトレアは自覚した。
 風呂に入っているせいではない。この二人と時間を共有するだけで、心が安らぐ。

 大げさなスキンシップは、チューリップがのぼせ上がるまで続いた。

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