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★魔法少女リューコ

 ついに来た、この時が。
 伊野中流子はゆっくりと深呼吸した。ポニーテールの髪がささやかな夜風に吹かれて揺れている。通っている中学校の制服を着たまま、彼女は人気のない公園に立っていた。
 足元には一匹の猫。真っ黒な毛並みと、黄色い大きな両目が特徴的だ。
「人払いはしておいたニャ。結界も張っておいたし、ここで起きることは認識もされないはずニャ」
 尻尾をアンテナのように高く伸ばしたその猫は、流子を見上げながら言葉を発した。その声は幼い少女そのもの。明らかに普通の猫とは違う。
「うん。ありがとう、ミケ」
 流子は人語を離す猫――ミケに微笑んだ。
 鼓動は次第の早くなっていく。前回の出来事からおよそ一週間。その時撃破した『侵略者』の仲間が、次元を跨いで現れる。
 流子は襲い来る脅威を振り払う力を、ミケから与えられた。
「む、来たニャ!」
 微風だった夜風が、一際強さを増した。流子にもなんとなく感じ取ることができる。この世にはあってはならないようなモノが近づいてくる気配を察知した。
 内心、恐怖でいっぱいだ。以前のような事がまた起きるのではないかと思うと、今すぐここ場から逃げ出したくなる。帰ってぐっすりベッドに眠りたい。
 しかしそれは許されない。今の流子でなければ惨劇を止めることができないのだ。ミケに能力を授かった彼女が、侵略者を倒す唯一の人間だから。
「あそこニャ!」
 ミケが声で示すのは空中だった。そこには明らかな異変が生じており、流子もすぐに気付く。思わず体が強張ってしまう。
 亀裂が走っていた。空中にだ。まるで見えない空気を切り裂いたかのように、空中の一部分だけひび割れたような傷が走っている。
 次元と次元を繋ぐ門である。
 ぱきぱきと薄いガラスが割れるような音とともに、その傷は広がりを見せていく。
 果たして『侵略者』は姿を現した。
 鬼だ、と流子は感じた。そこで初めて、侵略者には様々な種類がいるということを知る。前回遭遇したのはクラゲみたいに気持ちの悪いモンスターだった。見た目は遥かにこちらの方がマシだが、いかんせんその鬼は規格外すぎた。
「で、でっか……」
 四、五メートルはありそうだった。小柄な流子には巨大な壁に感じられる。赤黒くごつごつした肉体。右手に持つのは大木かと思うほど極太の棍棒だ。流子などあっさりミンチにしてしまえるだろう。
 こちらの世界を支配せんとする、あってはならない来訪者。異次元の住人。まさに怪物と称するに相応しい異形の存在だ。
 ふん、と鬼が鼻を鳴らした。流子を見下ろすその視線はまるで這っている虫を見ているかのようだった。
「キサマがこの世界の守護者か」
 心臓に重く響くような、重量感のある声。流子は脚の震えを必死で押さえ込んだ。
「そうニャ! お前たちの好きにはさせニャいよ!」
 ミケは巨大な侵略者を前にしても怖気づくことなく、シャーッと歯を見せた。
 対して鬼は大きな口を開けて盛大に笑い始める。
「ガハハ! そんな小娘に何ができる? キサマがどんな力を与えたのかは知らんが――」
「ふふん。あたしの一族が代々受け継いできた力、知っているはずニャ」
 そう、もちろんミケもこの世界の住人ではない。侵略者と同じ世界の出身だ。流子は本人からそう聞かされている。
 彼女がいた所がどうなっているのかは詳しく知らない。ただ、ミケは侵略者の魔の手から地球を守ろうとしていることだけは確かだ。こんな化け物たちとは違う。
 そしてミケの一族が持つという特別な力。正式名称は長ったらしくて全く覚えていないが、有り体に言えばそれは――
「マサカ、魔法か!?」
「その通りニャ! 流子は今や魔法少女という世界を守るスーパーヒロイン! お前たちが一番嫌いな存在ニャよ!」
 鬼が歯を噛んだ。見るのも恐ろしい凶悪な顔が悔しさで歪んでいる。彼らにとって『魔法』とはそれほど厄介なものなのだろうか。
「さあリューコ! 変身するニャ!」
 もはや問答無用とばかりにミケが叫ぶ。
「う、うん!」
 流子は恐怖心を無理やり忘れ、鬼を見上げた。今からこの怪物と戦う。自分はどうなるか分からない。だが、決めたのだ。あの時。
「…………」
 数秒の沈黙。流子は冷や汗をかきながらミケに、
「ねえ、どうやって変身するの?」
「ニャ!?」
 こればかりはミケも黄色い目が飛び出さんばかりに驚いたようだ。
「ニャ、ニャ、ニャにを言ってるニャ? この前変身したばかりニャのに!」
「だ、だって、あの時は無我夢中だったし!」
 敵を前にして言い合いを始める二人だったが、それを見過ごす侵略者ではなかった。
「危ニャい!」
 突如、ミケの体が発光し始める。猫であったはずのシルエットが、瞬く間に流子と近い姿へと変貌した。姿が変わりきらない内に、流子の体を抱えてその場から飛び退く。
「ひゃっ!?」
 いきなり体を抱き寄せられたので、流子は一瞬息を詰まらせる。
 けたたましい音を立てながら、流子たちが立っていた地点に鬼の拳が叩きつけられた。雷が落ちたような轟音だった。
 後方へ飛んだミケは着地と同時に流子を降ろす。変身できない魔法少女は、へなへなと地面に尻餅をついた。
「ちょっと! ヒロインの変身を邪魔するのはルール違反ニャ!」
「ソンナルールなど知らん!」
 憮然と鬼は言葉を返す。
「むむ……リューコ! あの時のことを思い出すニャ!」
 人間体となったミケは、流子と同い年くらいの顔立ちをしていた。動きやすそうな黒地のカットソーに青のデニムパンツ。艶かしい足を惜しげもなく晒している。スポーツ少女といった風体だ。
 決定的な違いは頭にある猫の耳だ。人間が持つ耳の部分は髪で隠れていて分からないが、おそらく頭の両脇についたそれらが本来の耳なのだろう。両目は相変わらず猫のままだった。
「あの時って……嫌だよ」
 思い出したくない。だけど忘れようとしても脳にこびりついて離れない。初めて変身したときのこと。目の前で起きたこと。
「お願いニャ、リューコ。今のわたしじゃ侵略者には勝てない。リューコにほとんど力を渡してしまったからニャ」
 流子にはとてつもない潜在能力がある。ミケはそう確信しているらしい。だが流子本人には理解できるはずもなかった。ただの中学生なのに。
「あたしが時間を稼ぐ。頼むニャ!」
 人間の姿となったミケは一人で鬼へと立ち向かっていく。体格差はもちろんだが、彼女自身が「勝てない」と言っていたからきっとそれは無謀な戦いなのだろう。 
 自分が変身するまで、ミケは諦めない。黙って見ているなんてことはしたくない。それでは一週間前と同じになってしまう。あの時だって――


 帰宅途中のこと。何もかも突然の出来事だった。
 女の子が倒れていた。駆け寄って抱き起こすと、ただの人間ではないことがすぐに分かった。猫の耳が生えていたから。
 すぐ目の前には、巨大なクラゲが蠢いていた。女の子の仲間らしき女性が一人で戦っている。
 異空間に迷い込んだらしい。潜在能力とやらの影響で、流子は本来視認できるはずのない戦いの場に足を踏み入れてしまったのだ。
 二階建ての一軒家さえ軽く凌ぐほどの大きさを誇る巨大クラゲは、うねうねとした気持ちの悪い触手で女性の体を拘束する。
 苦しげな悲鳴。満身創痍の女の子が、流子の姿を捉える。
 ――お願い、助けて。
 無理に決まっている。あんな化け物どうしようもないじゃないか。
 ――わたしの力をあげる!
 流子はそのとき躊躇してしまった。当然の反応である。一切の出来事は常識の範囲外なのだ。冷静に判断できるわけがない。
 戸惑っている間に、女性の悲鳴は耳に痛いほど大きくなっていった。触手は彼女の身体を激しく締め付けている。骨が軋む音さえ聞こえてくるほどだった。
 青白い触手がさらにもう一本女性の柔肌へと伸びる。両足にぐるりと巻きつき、ぐいっと引っ張る。
 一瞬だった。肉がちぎれる音とともに、彼女の身体は二つに分かれてしまった。おびただしい血液と流れ出る臓物。断末魔の叫びをあげている顔は、こちらを見ているような気がした。
 こみ上げる嘔吐感。流子は抱えている女の子から顔を逸らし、地面に思い切り吐瀉した。白く濁った汚物。
 クラゲが近づいてきた。目は見当たらないが、明らかにこちらをターゲットに定めている。
 次は自分の番だ――流子は首を振った。嫌だ。あんな風になりたくない。
 触手が伸びてくる直前、流子の身体は光に包まれた。小さな女の子が託そうとしていた力に、流子の死にたくないという気持ちが応える形となったのだ。
 その日から、魔法の力を手に入れた。


 思えばあのとき、躊躇していなければ女性は助けられたのかもしれない。自分がもたもたしていたから、彼女は死んでしまったのかもしれない。そう考えると流子は後悔の念でいっぱいになる。
 もう、あんな悲劇を起こしたくない。
 流子は決意を新たにし、涙を拭いながら立ち上がる。とにかく、今は変身することだけ優先しなければ。
「リューコ! 避けて!」
 え、と流子は顔を上げる。茶色く太い棍棒が目の前まで迫ってきていた。鬼が投げつけてきたのだ。そんなもの避けられるはずがない。
「ごふっ!?」
 矢のように飛来した棍棒が流子の腹に激突する。棍棒の先端は流子の腹にちょうど収まるほどの太さだった。めきり、と音を立てながら一瞬深く埋まった棍棒は、彼女の胃を押し潰した。衝撃に身体が大きく吹き飛ばされる。
 弾かれるように飛んだ流子は数メートル後方の地面に叩きつけられた。背中を強打し、肺の酸素が一気に吐き出された。
 腹を押さえて転げまわる。海老のように身体を丸くし、およそ少女とは思えない呻き声をあげた。
「ぐううぅぅ――! お――ごっ――げぇぇ!」
 腹の底から押し寄せるモノを、流子は堪えられずに吐き出した。胃液だけではない。まだ消化しきれていない夕飯のメニューが地面にぶちまけられた。鼻を刺激する異臭。
 その時だ。流子の身体が、あの時と同じ輝きに包まれたのは。視界が一瞬白く染まり、体中が熱を帯びていく。ミケから与えられた魔法の力が満ちていく感覚がある。
「おおお! やったニャ、リューコ! 変身したニャ!」
「な、ナンダと!?」
 歓喜するミケと、動揺する侵略者。
 発光していた流子はやがてその光を取り込んだかのように、輝きから姿を現した。
 中学の制服は、ピンクと白を基調とした衣服に変化していた。彼女が所属するチア部のユニフォームにも似ている。ヘソが見え隠れしそうな白いシャツの胸元には大きなピンク色のリボンが飾られている。そのリボンと同じ色をした丈の短いスカート。黒のハイソックスはそのままで、白いふとももがあらわになっていた。
「うぐっ、かは――げほっ――」
 変身は完了したが腹部のダメージが消えることはなかった。痛む腹を押さえながら、流子はいまだに悶え苦しんでいる。
「リューコー! 早く起きるニャ! 今なら侵略者を倒せるニャー!」
 そんな流子の状態を慮ることなく、ミケは叫んでいる。休んでいる暇もない。
「フン、今のうちに潰してくれるわ!」
 鬼はチャンスとばかりに、先ほど投げ飛ばした棍棒を拾う。ミケを無視。ずしんずしんと足音を立てながら、まだ立ち上がれない流子に迫った。
「こ、来ないでぇ!」
 激痛が走る腹部に無理やり力を入れ、流子は力の限り叫んだ。彼女の持つ魔法の力が発動する。
「ぬ、ヌオオ!?」
 棍棒を叩きつけようとしていた鬼は、見えない力で跳ね飛ばされたかのように宙を舞った。地面が揺れるほど頭から勢いよく倒れこむ。
「声だけであれほどのパワー……やっぱりリューコはすごいニャ! そんなやつ一気に倒しちゃうニャ!」
 興奮しているミケだが、流子は腹に残る鈍い痛みのせいで動くことすらできなかった。さっきの大声は火事場の馬鹿力というやつだ。知らない内に魔法さえ発動させてしまったらしいし、今は意識さえ朦朧としている。
「早くトドメをさすニャー! 侵略者が起きちゃうニャ!」
「けほっ、む、無理……!」
 胃液と唾液で口元を汚した流子の身体に異変。魔法少女としてのコスチュームが再び光を放ち始める。
 身体の力が抜けていくような感覚。気付いたときには、流子はセーラー服に逆戻りしていた。
「ニャッ? ニャんでもう変身が解けたニャ!?」
 両耳をピンと張ったミケは、慌てて流子のそばへ駆け寄っていく。
「むむ、やっぱりまだ経験不足のせいかニャ。もう一度変身するニャ!」
「だ、だから、どうやって変身するのか分かんないんだってば!」
「じゃあニャんでさっき変身できたニャ?」
「知らないよぉ! ミケが、あの時のこと思い出せって言うから……嫌だけどがんばって思い出して……そしたらお腹にぶっといの飛んできたし……! もうめちゃくちゃ!」
 だんだんとヒスを起こし始めた流子は涙を流していた。この世界とは違う住人のミケから能力を与えられた特別な存在とはいえ、元々はただの中学生だ。数分前まで固く心に刻んでいた決意は、すでに崩壊してしまっている。
「もうヤだよ……思い出すと気持ち悪くなっちゃうし、それだけで吐きそうになるし……さっき吐いたけど」
「……ニャ? もしかして……」
 ミケがなにやら思いついたようだ。初めての変身、そのときの状況、今の状態……全てを照らし合わせ、彼女は一つの答えを導き出す。
 そんなミケには視線を合わさず、うつむきながら流子は泣き叫ぶ。
「お腹痛い……もう帰りたい……!」
「とにかく落ち着くニャ。まだ侵略者は倒してな――」
「グヌ、その通りだ」
 十メートルほど先でノビていた鬼が、むくりと立ち上がった。頭を左右にぶんぶん振り、意識を確かなものにしている。
「よくもやってクレタナ。ふん、今なら簡単に殺せそうだ」
 ずん、と鬼が一歩踏み出す。流子はへたり込みながらびくりと肩を震わせた。
「ちょっと待つニャ! もう一回変身するまでそこで座ってろニャ!」
「フザけるな! 誰が待つか!」
「シャーッ! 変身していない魔法少女を倒しては意味がニャい! お互い全力全開で戦って勝利し、そこで初めて満足感が得られるものではニャいのか!?」
「知るかそんなコト! 寝言は寝て言え!」
 ミケのよく分からない説得には耳を傾けず、鬼は棍棒を拾い上げて突進してきた。
「ええいお前にはプライドってもんがニャーのかー!?」
 歯を剥き出しにして鬼に対抗しようとするミケは、しかし再び流子へと向きを変えた。まさか敵に背を向けるとは戦闘放棄も甚だしいが、彼女には鬼と戦うよりもやるべきことがあった。
「立つニャ!」
 足腰に力が入らない流子の手を掴み、ぐいっと引っ張り上げる。
 小さな身体に似合わず強い力だった。流子はミケの顔を見つめる。こくり、と猫の耳を生やした頭が縦に振られた。
「いくよリューコ!」
 それは「逃げよう」という意味合いの言葉ではなかった。
 空気を切る音とともに、ミケの細腕が唸る。流子は彼女の動きをしっかりと目で追っていた。どうにも頭の回らず、ミケが何をしようとしているのかが理解できなかった。こんな状況で、自分の腹を殴ろうとするなんて予想できるはずもない。
 セーラー服の中央に、小さな拳が深々とめり込んだ。
「ふぐっ――!? おぁ――!」
 下から打ち上げられたような拳は胃を押し上げた。身体が一瞬だけ宙に浮く。流子は目を白黒させて己の腹部を見下ろした。ミケの拳が見えなくなるほど埋まっている。
 予想外の行動に抵抗もなにもできなかった女子中学生の胃は猫少女のアッパーをあっさりと受け入れてしまう。痙攣する内臓。めり込んだ箇所から全身に広がっていく激痛の波。再びこみ上げる嘔吐感。腹の底が熱い。喉が脈動する。
「うぶっ、ぐ、ぁえええぇぇぇぇ!」
 流子は口からわずかに黄色く濁った液体を吐き出した。棍棒の一撃で既に胃の内容物を全てぶちまけていた彼女は、胃液しか吐くものが残っていなかったのだ。
 これはさすがの鬼も動揺したようで、ギラギラとした両目を丸くして立ち止まっていた。
「な、な、なにをしてるんだキサマは?」
 ミケが答える前に、流子に変化が訪れる。まばゆい光を放つ魔力の輝きだ。舌を突き出して胃液を垂らし続けながらも、流子はセーラー服から魔法少女としての姿へと変身を遂げていた。
「ごほっごほっ、うぇぇ――」
「おお、思った通りニャ! リューコ、キミの変身へのキーは『嘔吐』ニャ!」
 魔法少女の腹に拳を埋め込んだまま、ミケは嬉々と声を荒げる。
 ミケの仲間が目の前で殺されたとき。流子は変身するかどうかの瀬戸際だった。女性が死んだとき、流子は嘔吐した。それが、言ってみれば契約完了の証となってしまったのだ。
「あのときと今回もゲロだったから正直賭けではあったのだけど、どうやら胃液でもセーフらしいニャ。良かった、もしゲロ限定だったら毎回何か食べておかニャいと――」
「ぇぐっ、い、いいから、これ、抜いてぇ……!」
 押しつぶされているような声で流子は呻く。「ああごめんニャ」とミケは拳を引き抜いた。解放された胃が元の形に戻る反動で胃液が口から割って出た。倒れ掛かる魔法少女をミケが抱きとめる。
「よしこれで思う存分戦えるニャ!」
「ううぅぅ、無理に決まってるでしょぉ……!」
 腹の痛みは消えない。もう二度も重たい攻撃を食らっている。お腹は大事なところなのに。
 再びコスチュームの存在は薄れ始めていく。
「ニャァァ!? そ、そうか、リューコにとって変身はつまり腹にダメージを受けること! 戦う前からハンデ持ちとは大変な魔法少女ニャ……!」
「ぐううぅぅ――!」
 もう意味が分からない。いろいろと理不尽すぎる。どうして自分がこんな目にあわないといけないのか。さっぱり分からない。ミケは自分勝手だし――
「ガハハ、こいつは愉快だ。魔法と聞いてさすがに危機を感じたが、こんな小娘なら余裕だな」
 鬼は少しも気にかけようとしないし。ちょっとくらい優しさを見せてくれたっていいだろう。侵略者ってのはみんなそうなのか。すでにボロボロになっている女の子に対して一片の情けもかけずに殺しちゃうのか。
 ふつふつと、怒りが湧き上がってくる。誰に対しての怒りなのかは流子自身にも把握しきれていない。もう全部だ。ミケも、侵略者も、意味不明な不運にぶち当たった自分にも。何もかもが、ムカツク。
「もうイヤ……」
 つぶやくようにして流子が口を開く。胃液で濡れた唇は震えていた。
「ん? ナンダ? 命乞いなら聞いてやらんでもないぞ」
 鬼の声にもイライラする。なんで地球なんか侵略しに来るんだ。おかげ自分が戦わなければいけなくなったじゃないか。魔法かなんか知らないけど、こんな状態にならなきゃ変身できないなんてイヤに決まっている。
 全部お前達のせいだ。
「うるさい……! うるさいなぁ、もう!」
 流子の身体全体に魔力が満ち満ちていく。ミケはそう感じ取った。これから起きるであろう出来事に備え、静かに怒りを迸らせる魔法少女から急いで離れた。
 支えを失った流子は一瞬ふらついたが、自分の足でしっかりと踏ん張った。目の前に立っている巨体を見上げる。涙と胃液で顔はぐちゃぐちゃだ。鬼は一瞬ひるんだ。
「どっか行けぇぇ! 消えてよぉぉぉ!」
 力の限り叫ぶ。腹の痛みなんかどうでもいい。目の前にいるクソみたいなヤツに怒りをぶつけなければ気がすまない。
 一瞬、世界が白く包まれた。流子が全身にたぎらせていた魔力の塊が、叫びを引き金にして一気に放出されたのだ。太陽のごとき熱さと光を帯びたエネルギーが、鬼の身体に直撃する。
 侵略者は瞬きすらできずにその巨体を蒸発させられていた。塵ひとつ残ってはいない。それはミケすらも見たことがないような魔法の威力だった。
「す、すごいニャ……! リューコはとてつもない潜在能力を秘めているニャ! つーかわたしもちょっと危ニャかったけど」
 もはや鬼を消すどころではないほどの魔法だったが、公園には一切被害が出ていないようだった。流子が対象するものにだけ作用するらしい。その辺りも彼女が魔法を扱う者として優秀であるという証であった。
 流子はその事実を理解しようとはしなかった。したくもなかった。とにかく、今は眠りたい。何もかも忘れてぐっすりと眠りたい。だってやっと終わったんだもん。
 小柄な身体に光が満ち、弾けた。一瞬にしてセーラー服へと戻る。その時点で流子は気を失っていた。前のめりに倒れかかる彼女を、ミケが抱え込む。苦しそうな表情ではあったが、しっかりと呼吸をしていた。
 ほっと安堵すると、ミケは夜空を見上げた。罪悪感はあった。一週間前に対処しきれなかった侵略者を倒すために、この世界の一般人に協力してもらうなんて、もとより無謀だったのだ。偶然魔法少女としての潜在能力があったとはいえ、本来行ってはならない能力の譲渡。だけど流子は見事に侵略者を撃退してくれた。誰よりも感謝している。
 寝顔を改めて眺めた。これからのことに思いを馳せる。果たしてあとどれくらいの侵略者が襲い掛かってくるのだろうかと。
 その度に変身して戦わなければいけない流子は、果たしていつまで持つのかと。

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