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花びらたち 序

山の中を、二人の足音が慌しく響いている。一人は腕を引っ張られるようにして走っていた。
 真夜中のため足元はほとんど見えない。かすかな月明かりだけが頼りだが、先頭を走っている者は道筋を知っているのか、迷うことなく駆けている。
 少し開けた場所に出た。木々に遮られていた月明かりが二人の姿をほのかに照らし出す。
 荒い息を吐いているのは後ろの少女だ。朱色の髪が揺れている。顔立ちはまだ幼さを残していて、体も小柄である。
「はぁ……はぁっ……!」
 この暗い視界の中でも、彼女は衰弱しきっていることが見てとれるほど足取りがおぼつかない。
「もう少しだからね。がんばって、チューリップ!」
 赤髪の少女―ーチューリップを連れているのは、さらに体の小さい少女だった。ただの人間ではない。耳がピンと上に伸びており、スカートからは尻尾が伸びている。見た目はほとんど人間と変わらないが、大きな違いはその二つだ。彼女はこの世界で人間とは別の進化を辿った――亜人だった。その中でも一際数が多いとされる猫族である。
「だい、じょうぶ」
 息も絶え絶えに、赤髪の少女は答えた。可愛らしい顔も、格闘法衣も、丈の短いパンツから晒された両脚も、薄く汚れていた。目の前にいる猫族の少女は、彼女にとっては命の恩人だ。猫族の中で唯一、自分を助けてくれようとしている。
「……あっ!」
 猫族の特徴である耳がピンと伸びて、足が立ち止まった。握られている小さな左手に力が入る。チューリップは息を呑んだ。ぞくりと背筋が震え、おそるおそる前方を確認する。
「ああ、あとちょっとだったなぁ? ルル」
 勘にさわるような口調だった。チューリップは何度もこの声を聞いている。監禁中、無力化されている自分をいたぶり続けていた猫族のオスだ。この山に住む猫族たちのリーダー的存在である。次期族長とも言われていた。
「やけにそいつの仲良く話していると思ったら、そういうことだったのか」
「もうやめようよ兄さん……どうして国に歯向かうの?」
 ルルと呼ばれた少女と、リーダーは兄妹だった。妹の言葉に、兄は耳を貸そうとしない。
「お前は黙ってろ。なにが共存だ。人間と一緒に暮らそうだなんていう、国の理想を信じろってのか?」
 一歩前に踏み出してくる。同時に、二人の少女も後ろへ下がる。
「俺たちは昔から迫害されてきたんだ! 今更人間の言うことを聞くつもりはない! 自分たちだけで生きていくんだ!」
「時代は変わったのよ! 魔獣も増えてきて……もうわたしだけじゃどうしようもないわ。人間と協力しないと……!」
 チューリップは、猫族がどのように暮らしているのかは詳しく知らない。ただ、亜人は人間から隠れるようにしてひそかに生活しているという一般常識程度のことだけは分かっていた。
「魔獣がどうした! 今は関係ない!」 
 彼は一切話を聞こうとしなかった。ずんずんと二人に歩み寄っていく。
「だ、だめ!」
 ルルがチューリップの前に立ち塞がったが、兄は妹を腕一本で横へと吹き飛ばした。小さな体が五、六歩分ほど飛んで、呻き声とともに地面へと落下する。
 チューリップは、頭がカッと熱くなるのを感じた。
「妹なのに……最低!」
 いまだに呼吸が荒いが、自分よりも体が大きな相手を前にして戦闘態勢を取った。両拳をぎゅっと握り締めて、構える。
 ふん、と猫族の次期族長は鼻で笑った。
「そんなボロボロで何ができる? お前の魔力はもう底をついてるだろ。魔法が使えなきゃただのガキだ」
「うるさい! 悪いやつは絶対に許さないから!」
 両足に力を込めて、一気に地面を蹴った。その勢いのまま、拳を突き出す。が、その腕をあっさりと掴まれ、拳が届くことはなかった。ぐい、と体が持ち上げられる。
「魔法が使えないとこんなに遅いのか。普段のお前なら俺なんか軽く倒せてたんだろうけどなぁ?」
 監禁されていたチューリップは、もはや気力だけで立っていた。自分でもよく分かっている。魔法が使えないならまともに戦うことなんてできるはずがない。たとえ体を鍛えていても、体格の差はどうしようもなかった。
 だけど、それでも、目の前にいるこいつは許しておけなかった。いたぶられたからとか、それはどうでもいい。家族を傷つけるようなやつをただ見過ごすなんてできない。
「クク、いい顔だな、おい。その顔がたまんねえよ!」
 体を持ち上げたまま、ルルの兄は空いている腕を振るった。固く握られた拳が、身動きできないチューリップの腹部に突き刺さる。
「うぐっ! がは……!?」
 少女の両目が大きく見開く。鈍い音とともに拳がめり込んでくるのを感じた。捕まっている間にも、何度か受けてきた拳だ。
 鍛えているといってもまだまだ年頃の少女にとって、男の拳は凶器そのものであった。うっすらと割れている腹筋を簡単に突き破られ、内臓が抉られる感覚に襲われる。
「許さないのは俺の方だ。魔獣と間違われるのはもうごめんだ。お前たち人間の身勝手さにはうんざりなんだよ!」
「兄さん……! その人たちは違うわ! わたしたちを助けてくれる!」
 起き上がったルルが、兄の体にしがみついた。兄はめんどくさそうに、足で妹を振りほどく。きゃっ、と小さな悲鳴をあげて、ルルは尻餅をついた。
「人間なんかどいつもこいつも同じだ。特に女はタチが悪い。魔力はお前たちしか持ってないんだからな」
 それが、国はおろかこの世界の問題となっていることも事実だった。魔法は女性にしか使えない。男性は一人も魔力というものを生まれたときから持ち合わせていないのだ。そのため、立場的には女性が上、男性が下という関係が誕生するのも無理はなかった。
「けほっ……あたしたちは……違う」
 チューリップは疲弊しながらも、声を絞り出した。
「性別とかそんなの関係ないよ。あたしたちの国は……理想を叶えるの」
「ふん、男も女も亜人も、平等に生きる国づくりってやつか? 馬鹿馬鹿しい!」
 再び拳が飛んだ。チューリップの腹に、突き上げるようにめり込む。
「ぐっ! かっ……ぁ……」
 胃袋が震えた。喉の奥から熱いものがこみ上げ、口の中に広がっていく。
「うぇ……! げほっげほっ!」
 透明な胃液がこぼれた。胃の中に何も残っていないのが幸いした。
 基本的にチューリップは己の魔力で肉体を強化する戦闘スタイルだ。しかし魔力が底を尽いているため何のステータスアップもしていない。
 通常であれば単なるパンチなど痛みさえ感じないが、今の彼女にとっては十分すぎる攻撃だった。
 咳き込みながら片手で腹部を押さえる小柄な少女を、猫族の男は乱暴に放り投げた。
「あっぐ!」
 地面に叩きつけられた衝撃で、全身に痛みが走る。唇が切れて血で濡れた。可愛らしい顔が苦痛で歪み、体がぴくぴくと小さく痙攣した。
 腹を押さえながら悶えるチューリップに、革のブーツを履いた足が迫る。
「げぅ!」
 脇腹を蹴り上げられ、一瞬だけ宙に浮いた。胃液と唾液が口から糸のように引き、月明かりに照らされた。どさりと再び地面に倒れこむ。嘔吐感に見舞われ、体を丸くする。
「もうやめて! 死んじゃう!」
 チューリップは激痛に息を荒くしながら、猫族の少女を見上げた。彼女は自分を庇うようにして両手を広げて立っている。その背中は自分よりも小さいくらいだ。女性ではあるが魔力を持たない。それが人間と亜人の違いだ。
(あたしが守ってあげないといけないのに)
 本来なら自分が助ける立場なのだ。魔法は生き物の優劣を決めるための力なんかじゃない。誰かを守るために――今がそのときなのに。
 力が入らない。魔法を発動させようとしているが、体が言うことを聞いてくれない。
「どけ、ルル。そいつをいつまでもかばうっていうのなら、容赦しないからな」
 ルルは一歩も引かない。彼女は精一杯の勇気を振り絞っているに違いない。だって両足が震えているじゃないか。
 一回り大きい体が迫っている。チューリップは呼吸するだけでも痛みが走る全身に鞭を打って、声を張り上げた。
「やめてええええええええええ!」
 その瞬間、聞き覚えのある声が降ってきた。透き通るような、それでいて力強い。
「そこまでだ」
 上から――空から風が吹いた。ずしん、と地面が砕ける音も聞こえた。青い長髪がチューリップの視界に映る。それを見ただけで、チューリップは無意識のうちに安堵していた。
 桃髪の女性が、二人の少女を守るようにして空から降りてきたのだ。その姿を見て、猫族の兄妹は揃って息を呑んだ。
「ば、ばかな。そんなわけあるか。いくらなんでも早過ぎる!」
「馬でも相当時間がかかるだろうな。だが私は飛べるから関係ない」
 女性は腰に手を当てて胸を張った。空から着地した衝撃で、両足に小さなクレーターができている。長身で、チューリップと似たような法衣を着ていた。
「サクラ先生……」
 弱々しかったが、先生と呼ばれた女性――サクラはチューリップの声をしっかり拾ったようだった。目の前に敵がいるにも関わらず、後ろにいる二人に振り返った。
「よくがんばったな、えらいぞ。猫族のキミもな」
 薄い月明かりでも分かるほどの美しい顔立ちだった。ゆっくり微笑むと、ルルに視線を移す。
「これからキミの仲間を吹っ飛ばすけど、いいかな?」
 ルルは、きょとんとした顔で女性を見上げた。その向こう側にいる兄は、思わず来訪者に動揺していたが今の言葉が頭にきたようだ。
「なんだとてめ――!?」
 風が吹いた。それは瞬きをしている間だった。サクラに掴みかかろうとした彼は、あっという間に何十歩も先にある林の中へ、吸い込まれるようにして飛んでいったのだ。そばにいたチューリップですら何が起きたのか分からないほど、一瞬だった。
「あ、すまない。許可を貰う前にやってしまったよ」
 サクラは苦笑いしながら頬を掻いた。ルルはというと、兄が消えていった方向をぽかんとしながら見つめていた。
「せんせ……けほっけほっ」
 チューリップは立ち上がろうとしたが、上半身を起こすことすらできなかった。今だに殴られた腹部は鈍く痛んでいて、疲労もひどい。
 鉛のような体を、サクラに抱きかかえられた。
「寝ていろ。そのうち仲間たちが到着する。起きる頃には、もう全て終わってるさ」
 囁くような言葉に、チューリップは瞼が重たくなるのを感じた。先生がきて安心しきったからかもしれない。母に抱かれているような感覚だった。
 眠りにつく直前、満身創痍の少女は心に決めた。
 
 先生のように強くなろうと。

Comment

No:1|よろしくお願いします
はじめまして、レムと申します。
Number氏のリンクからとんでまいりました。

ファンタジーですね、すばらしい!
ファンタジー+腹パンチなど、完全に私得ではありませんか。
今回は序章ということですが、いきなり動きがあるシーンからですね。
彼女たちの背景がわからないので、状況がよく飲み込めませんでしたが、つかみはよいと思います。
それにしても、チューリップとは、面白い名前ですね。花の名前で統一されていらっしゃるのでしょうか。
そして腹パンチ描写もなかなか素晴らしい!
ワクワクさせていただきました。

おそらく、時代背景が描かれるであろう次回に期待しております。
No:2|Re: よろしくお願いします
レムさん初めまして。感想ありがとうございます。
ファンタジーは時代背景を描写するのが難しいところで、最初から延々と説明するよりはまずアクションを入れようと思った次第です。
お察しのとおり、女の子たちは花の名前で統一です。ルルは違いまけどね。
腹パンチに限らず、リョナシーンが肝となるので、お褒めの言葉を頂きとても嬉しいです。もっとがんばります。

よろしければこれからもお付き合いくださいませ。

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