スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花びらたち ★3-3

 黒き戦器士が刀を振るう。飛び掛ってきた魔獣が胸元を斬られ、耳障りな悲鳴をあげながら倒れ伏した。
「クソッ! 一人相手に何をてこずってやがる!」
 そう毒づくのは魔獣どもの親玉であった。一際大きな体が存在感を増している。
 鬼のような姿をした褐色肌の怪物。体長は人間よりも小さいものがほとんどだが、そのせいで手に握られている太い棍棒が余計に目立つ。ゴブリンである。
「言葉が通じるならば聞け。森で静かに暮らすのならばこれ以上血は流さなくてすむ」
 刀を構えてゴブリンの親玉を睨む。普段無口で近寄りがたい雰囲気を漂わせているカトレアだが、その言葉遣いも刃のように鋭くなっていた。チューリップたちと会話をする時とはまったく異なった、まさに『戦う姿』である。
「黙れくそったれ魔法使いめ。お前たちがいなけりゃ!」
 号令をかけるように手をかざすと、周りの子分たちが飛び掛っていく。棍棒を叩きつけようとするが、カトレアは立ち位置をすこしずらすだけで避けてみせ、同時に刀を振りぬいた。赤黒い血が散る。
(マーガレットさんの予想は正しかった)
 実際、昨日蹴散らしたゴブリンの残党たちが報復にやってきたのである。村人の悲鳴をきいたカトレアは宿で眠る二人に後ろ髪を引かれつつも撃退に乗り出した。あらかじめ警告を促していたためか、住人たちはすぐに村の外へと避難できた。
 いまや村の中にはゴブリンの死体だけが転がっている状態だった。襲ってきた数も多くはない。残りは親玉含めて三体。マーガレットから渡された魔結晶はほとんど消費してしまったが、討伐依頼はもうすぐ完了する。
「もう一度言う。森に帰れ」
「ぐぅ……おのれ……!」
 親玉はぎりぎりと歯を噛んでいる。このままでは正真正銘の全滅。たった一人の魔法使いにやられるのは腹が煮えくり返る思いだろう。
 視線だけを交わす沈黙が訪れたとき、小さな変化が起きた。石が転がるような音。
 宿の向かいにある民家。その物陰から、まだ物心ついたばかりのような幼い少女が現れたのだ。何かを探しているようにきょろきょろと周りを見回している。
 カトレアは息を呑む。位置が悪い。宿屋の前に陣取っている自分と少女との間にゴブリンたちがいるのだ。
 親玉がその存在に気付いた。慌ててこの場から走り去ろうとした少女の腕を、むんずと掴んで引っ張り上げる。
「おっと、逃げるこたぁないだろ」
「ひっ――いやぁ!」
 醜い顔を間近まで近づけられて、少女は目を瞑って泣き叫んだ。
「その子を放せ」
 カトレアはあくまで冷静だったが、状況は一転して不利になった。ゴブリンたちは人質という願ってもないチャンスを手にしてしまったのだ。
「そんな物騒なものを突きつけられてもなぁ?」
 薄気味悪い笑い声をあげる親玉を睨みつけながらも、黒髪の戦器士は刀を鞘に納めた。さらに手の届かないところへと投げ捨てる。
 音をたてて地面に転がる刀を見て満足そうに頷き、親玉は二匹の子分を見回した。
「お前ら、仇討ちだ。思う存分やれ」
 人間の言葉を話せない子分どもは奇声をあげながら飛び跳ねた。一匹が棍棒を手にしながら魔法使いへと歩み寄る。
 カトレアは微動だにしない。武器も持たず、両手をだらりと下げて一切の抵抗を行わないという意思を表していた。
 棒立ちになっている少女の体に、ゴブリンは棍棒を勢いよく叩き込んだ。
「がふっ――!」
 両腕ほどの太さを持つ凶器が激しくめり込む。みしり、と音がした。激突した衝撃で小柄な少女は弾き飛ばされ、地面へと背中から倒れこむ。
 続けてもう一匹のゴブリンが、後を追いかけるようにして棍棒を振り上げた。地面に転がっているカトレアの脇腹を、遊戯の玉を打ち飛ばすかのように打ち付ける。
「げあっ!」
 潰れたような呻き声と共にカトレアが地面を転がる。束ねた黒髪が振り乱れた。
「げほっ――げほっ」
 脇腹の激痛に咳き込む。骨そのものが悲鳴をあげているようだった。
 ゴブリンの棍棒とてれっきとした武器だ。無防備な体に叩きつけられて無事ではすまない。カトレアは魔力の容量が極端に少なく、魔法を使うことがほとんどない。強化魔法など論外だ。
 だから彼女はチューリップとは違い、ほぼ生身の状態で前線に立っている。
「いい眺めだな。こんなガキ一人のためにご苦労なことだ」
 親玉はへらへらと口元を歪めていた。捕まっている少女は泣きじゃくりながら事の成り行きを見ていることしかできない。
「……下衆だ」
 崩れそうになる膝をしっかりと伸ばし、脇腹を押さえながらカトレアはゆっくりと立ち上がった。
「なんだと?」
「下衆のやることだ。人質がいなければまともに戦うこともできないか?」
「黙れ!」
 親玉の怒号を合図に子分の一匹が動く。先ほど一発目を叩き込んだゴブリンだ。助走をつけながら、再びカトレアの細い体躯へと棍棒を打ち込む。激突音。
「ぐっ、ふ――!」
 苦痛に顔が歪んだ。しかし二、三歩よろめいただけだった。背をわずかに丸くしながらも、彼女は膝をつかずに魔獣たちを見据える。
「ふっ……軽いな」
 子分は憤慨したようにたたらを踏む。奇声を発しながら三度凶器を振り上げた。
「待て! 俺がやる」
 親玉の声で飛び、思わず体を硬直させる子分。肩を小さくしながら彼へと場を譲る。
 捕まえていた少女はもう一匹のゴブリンに渡し、親玉はずんずんと魔法使いへ歩み寄る。もともと体が小さな魔獣だ。他の子分よりも一回り大きいが、背丈はカトレアとほとんど大差がない。
 目の前に迫ってきても、カトレアは表情を崩さなかった。氷のように冷たい眼差しはそのままだ。
「調子に乗りやがって。クソ魔法使いが!」
 自身が持っていた棍棒が唸りを上げる。狙いは何度も殴打された箇所。鉛が埋まっているような鈍痛が後を引くその脇腹に、四度目の攻撃が突き刺さった。
「うぐううぅぅぅ!」
 子分などよりも遥かに重い一撃。肋骨がめきめきと軋む。爆発を受けたかのような衝撃はカトレアの体をくの字に折り曲げさせた。黒髪が揺れる。
 衝撃で内臓が震え、腹の底から熱いものがこみ上げてきた。
「ぐっ――ごほっ」
 透明な胃液が唇を割り、食い込んでいる棍棒に降りかかった。両手で凶器を掴みながら、体を時折痙攣させている。
「どうだ、今のは効いただろ。なぁ効いただろ!」
 親玉は手ごたえを感じて笑みを深くした。棍棒を引き戻しながらカトレアの顔を覗き込む。表情が硬直する。
 倒れない。先ほどと同じく多少よろめいただけだ。顔をあげたカトレアは、呼吸を荒くしながらも口を開く。
「そんなものか。肋骨一本折れていないぞ」
 煽るような言葉に親玉は頭に血を上らせたようだった。顔が赤くなり、狂ったような叫び声をあげながら棍棒を振り回す。
「がはっ! あがぁ――ぇほっ!」
 反撃できない黒髪の少女を滅多打ちにする。ただ乱暴に。その度にカトレアの口から痛々しい呻き声が洩れる。
 ゴブリンたちは感じ取ることができないだろうが、カトレアには防御強化の魔法が施されていた。マーガレットから託された魔結晶のうち最後の一つ――<プロテクト>の効果を得る石が発動したのである。
 二度目に脇腹を殴られたとき、法衣に忍ばせておいた魔結晶が砕かれた。発動条件は魔力を少し注ぐか、または石そのものが割れたとき。
 図らずもそれが発動の鍵となった。ただし魔結晶はあくまで補助アイテムのため、本来の<プロテクト>ほど強化を得られるものではない。本来砕かれるはずの骨が、なんとか耐えられるだけのものになっているだけだ。
 魔結晶の効果も時間に限りがある。そう長くはもたない。
 魔法を満足に使えないカトレアは、この不利な状況で自分一人ではどうすることもできないと即座に判断していた。待つしかないと悟った。
 あの二人を。
 戦っているのは自分だけではない。幼なじみのために危険をかえりみず死地へ飛びこんだ治療士がいる。かけがえのない友人が消えてしまうかもしれないという彼女の苦痛を思うと、ゴブリンから受ける痛みなど大したことはない。
(きっと二人で戻ってくる)
 信じている。だからカトレアは、ひたすら待つ。

Comment

コメントの投稿

Comment
管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。