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花びらたち 3-4

 敵意。いつも傍にいる幼なじみの眼光から、はっきりと感じ取れた。
「チューリップ、なにを――」
「気安く呼ばないで!」
 チューリップの体には魔力の奔流が渦巻いていた。風そのものをまとった威圧感。魔獣を蹴散らすはずの彼女の拳が、自分に向けられている。
 マーガレットは治療士だ。炎属性の魔法が扱えるとはいえ前線の戦うスタイルではない。疾風のごとく駆けてくるチューリップの拳を回避できるわけがなかった。
 ただ、猛然と迫る敵意を前にして何もしないほど愚かでもなかった。ほぼ無意識のうちに防御魔法を張っていた。
「<プロテクト>!」
 透き通ったガラスのような壁が前面に出現する。魔法だけでなく物理的な攻撃も防ぐ魔力の壁である。治療士は回復魔法だ主だが、生命に関して重点を置いているため、当然身を守る魔法の習得も必須だ。
 ただし相手が悪い。
「はあぁぁっ!」
 声を張り上げながら突撃してくる。大型の魔獣さえ一撃で昏倒させる威力を持つ拳が、<プロテクト>に叩き込まれた。
 魔力同士の衝突。空気が破裂するような音と共に、マーガレットの体が弾き飛ばされていた。
「きゃっ!」
 まるで爆発したかのような衝撃だった。浮遊感と同時に、視界が流れるように移り変わる。わずかの間宙に浮いた体が花壇の上へと落下した。肺から酸素が吐き出される。
(なんてデタラメな威力……!)
 帽子を押さえつつ身を起こしながらも、感嘆の息を洩らす。
 チューリップは以前としてその場に立ったままだ。盾を殴ったことによる反動さえ微塵も感じられない。<プロテクト>は跡形もなく消え失せていた。
「あらら、ほんとにすごいのねあの子って」
 すぐそばのベンチに座っているエリカも驚愕していた。最高のおもちゃを手に入れた子供のように、満面の笑みを浮かべる。
 杖を支えに立ち上がりながら、エリカを睨みつけた。
「これはどういうことですの!」
「だから言ったでしょ? 記憶を変えてるのは事実だって。あんたに対する記憶もしっかり変えちゃったから」
 学校の前で起きたことを思い返す。幼いマーガレットになりすましたエリカは、あろうことかチューリップを傷つけた。
「あんたと一緒に過ごしてる記憶ばっかりだったもん。ちょこっといじるだけで簡単にああなっちゃった。あははっ」
 頭に血が上ってくる。沸騰しそうなほど熱く。幼なじみとの思い出を汚されたのだ。挑発するかのような笑い声に、どうしようもなく腹が立った。
「ふざけないで!」
 杖を高く掲げて魔力を解放する。怒りを表現するかのように、真っ赤に輝く<ファイアボール>が出現した。間を置かずにエリカへと発射されていく。
 距離にしてわずか十歩ほど。座っている状態のエリカがとっさに回避できるほど、火球の弾速は遅くない。
 しまった、とマーガレットは目を見開く。魔法を打ち込むつもりはなかったのに。
 反応できていないエリカの前に、猛スピードで駆けてきた幼なじみが立ち塞がった。己の魔力で強化したその両腕で、熱く燃え盛る火の玉を弾き飛ばしていく。あらぬ方向へとベクトルを逸らされた<ファイアボール>は、中庭のあちこちで霧散した。
「エリカ、大丈夫?」
「平気よ。ひどいわよねぇ、わたしは無防備なのに攻撃するなんて。信じらんない」
 まるで友人同士のように見える。その光景に、胸の奥が鉛のように重くなった。
「チューリップちゃんはわたしの大切な幼なじみなの。分かる? お・さ・な・な・じ・み。ねえ?」
 チューリップが強く頷き返している。
「じゃあ、そこにいる人は?」
「なんでもかんでも焼き尽くす最悪な砲術士!」
「わたくしは治療士です!」
「嘘つくな、お前みたいな治療士がいるもんか!」
「うぐっ、今の言葉は効きますわね……!」
 火力の高い治療士など他に例を見ない。治療士棟を歩いていると「なぜあなたはここにいるの?」と若干引き気味な目で見られることも少なくない。マーガレットだって多少は気にしているのだ。
 いや、今はそんなことを思い悩んでいる場合ではない。
「チューリップ、それは偽りの記憶ですわ。あなたの思い出はわたくしと共にあったはずです」
「知らないよ。お前は敵だもん。あるわけない」
 以前としてチューリップは敵意をむき出しにしていた。その睨みつけるような視線だけで、マーガレットの心は折れかかってしまう。
「そいつの話なんか聞かなくていいのよ。やっちゃって」
「うん!」
 両拳を構えたチューリップが再び突撃してくる。
 杖を両手で握り、横に倒して前へと掲げた。再び魔法の盾が泡のように出現する。先ほどのような薄い透明色をした簡易なものではない。拳士の攻撃に耐えうるだけの魔力を<プロテクト>として解き放つ。
 マーガレットの属性を表すように、盾は炎のような赤を帯びていた。風属性をみなぎらせるチューリップの拳を真っ向から受け止める。
「ぐうぅ――!」
 防御に魔力を集中してなお衝撃を抑えることができなかった。まさに暴風を体で受けているかのようだ。両足でしっかり地面を踏み込まなければ、また吹き飛ばされてしまいそうだった。
「チューリップ! 目を覚まして――! とにかく話を聞きなさい!」
「うるさい!」
 続いて左の拳が盾に叩き込まれる。初撃となんら大差ない威力だった。杖を持つ両腕にびりびりと痛みが走るが、歯を食いしばりながら耐える。
「聞けと言っているでしょうに!」
 声を荒げるマーガレットに呼応するかのように、<プロテクト>が一層真っ赤に染まった。肌が焼けそうなほど熱量が高まる。
「あっ、づ――!」
 チューリップが腕を引く。握りこんだ拳には、軽い火傷のような痕が残っていた。
「あっついよマーガレット!」
「いいから落ち着きなさい! だいたいあなたはいつも――」
 思わず言葉が止まってしまう。ふと、懐かしいような感覚が湧いてきたのだ。それはチューリップも同様らしい。
「あれ……? 今のなに? なんであたし、お前の名前……」
 これはもしや、と希望が見えた。
(わたくしの魔力に当てられたから?)
 今は夢の中に――文字通りチューリップの中に入り込んでいるのだ。そして魔力という共通の要素を頼りにして夢へと進入している。お互いを繋いでいるのは思い出だけではない。
 魔力。これを大量に浴びせれば思い出すかもしれない。慣れ親しんだ自分の魔力をだ。エリカの暗示など吹き飛ばすくらいの。
 すると治療魔法では駄目だ。マーガレットとてまだ治療士として修行中の身である。<プロテクト>や<ラピッド>などの強化魔法はともかくとして、傷を癒す程度のものしか習得していないのだ。
――思わずため息をつく。治療より攻撃の方が得意とは。
 当然大きなリスクも伴う。チューリップを魔法で攻撃するということなのだ。火属性の攻撃魔法で。彼女の記憶へと更なる影響を与えかねない。かといって、他に方法は――
 目を丸くするチューリップへとさらに言葉を投げかける。
「チューリップちゃんしっかりして! なにも考えなくていいの! そいつを倒すことだけ考えて!」
 余計なことを、とマーガレットは声の主を睨みつける。エリカも多少慌てている様子だった。ベンチから立ち上がって大声を張り上げている。
「わたくしを見なさい! あの方の言葉を聞いてはいけませんわ!」
「うう――なんなの、もう! なんかいっぱい頭に――痛い――!」
 争いの中心となっているチューリップは苦しげに頭を抱えた。混乱している。本来の記憶と、エリカが刷り込ませた記憶が混在しているせいだ。
「分かりませんか、わたくしが? 思い出は全部消えたのですか? カトレアさんのことは!?」
「あっ――カトレアって――? あぁ――!」
 ふらふらとおぼつかない足取りになっている。抱えた頭を拒絶するように振った。
(いや、魔法をぶつけなくても、こうして説得し続ければ……)
 ――もしかしたら戻るかもしれない。ただしそれでも、チューリップは記憶のパニックによって精神的に苦しむことになる。
「チューリップ――」
「もう黙って! 黙ってよぉ!」
 もう一度言葉をかけようとしたとき、チューリップは頭の痛みを振り払うかのよう叫んだ。同時に沸き起こる魔力の奔流。激しい風が彼女を守るように渦巻いた。
「きゃぁぁ!」
 至近距離にいたマーガレットは圧倒的な魔力の強さに体ごと吹き飛ばされた。十数歩ほど離れた位置まで飛ばされた体が地面に叩きつけられる。視界が上下左右に揺れた。
「そうよ! そいつは敵なんだから、やっちゃっていいの!」
 喜んでいるようなエリカの声。背中に痛みを感じつつも体を起こす。
 はっ、と目を見開く。拳士が迫ってきていた。上から。尻餅をついているマーガレットを踏み潰そうと、右足を突き出して。凄まじい魔力の塊だ。
「――!」
 チューリップのとび蹴りが炸裂する。地面が砕けるほどの威力だった。巻き上がる土と砂が瞬く間に二人を覆い隠していく。
 しかし拳士は手ごたえを感じていなかった。その優れた動体視力で、治療士が直前で回避したの確認していた。
「……いない?」
 エリカが辺りを見回しながら呟く。砂煙が晴れた視界には、チューリップの姿だけ。その手には治療士がかぶっていた大きな帽子だけが握られている。
 ヒビが走っている地面に足跡が残っていた。
「ああ、<ラピッド>を自分にかけたのね。でもそんなことしていいのかしら」
 マーガレットはまだ健在であると理解するが、それでも笑みを崩さなかった。

 城内の奥へとひた走る。そのスピードはチューリップさえ及ばないほどだった。
 拳士の攻撃を<プロテクト>で防ぎきれないという、ほとんど直感のような判断がマーガレットを救った。彼女は自分自身に<ラピッド>の魔法をかけ、人間離れしたスピードでもってチューリップの蹴りから逃れたのである。
「あっ――」
 治療士棟へと続く廊下で転倒してしまう。<ラピッド>の効果が切れた。彼女の体を包んでいた淡い光が消失し、杖が投げ出される。
「うぶっ、ぐぅえええぇぇぇぇぇぇ!」
 こみ上げる激しい嘔吐感に、たまらず吐き出した。朝食を取っていなかったため、ぶちまけるものは胃液だけだった。
 視界がぐるぐると回っている。爆発しそうな心臓の鼓動。全身の細胞が暴れているかのような痛み。滝のように流れる汗。激しい耳鳴り。荒い呼吸を繰り返しながらのたうちまわる。
 強化の反動だった。
 前衛ならともかく、後衛であるマーガレットが身体能力を強化する魔法を受けること自体が稀だ。拳士らと治療士などが行う強化魔法の違いはこの点にある。
 前者は自身の能力に見合った強化しかできないが、逆に言えば戦闘において常に己の”最大出力”を維持することができる。
 後者は端的に言えば”限界を突破”することができる。強化を受ける人間の能力に左右されず、肉体的限界を超えた運動やパワーを得ることができるのだ。
 術者の加減ひとつで効果も変動するが、今に限っていえばマーガレットは己の限界を知らなさ過ぎた。
「げふっ、うぐぇぇ――!」
 前衛タイプの魔法使いに注ぐほどの強化魔法に、治療士であるマーガレットがそう簡単に順応できるわけがない。ほんの数秒間走っただけでこのありさまだ。
「はぁ、はぁ、かはっ」
 この状態では回復を行うこともままならない。なんとか呼吸を整えていく。
(今のうちに打開策を……)
 チューリップが元に戻すには選択肢が二つある。攻撃魔法をぶつけるか、説得を続けるか。おそらくどちらかが正しい。
 仰向けに転がりながら思案する。相手は幼なじみとはいえ拳士としてのレベルは高い。マーガレットも不本意とはいえ、攻撃魔法に関しては自信がある。ただし戦闘スタイルに違いがありすぎだ。
 一騎打ちは拳士の得意分野だ。近接武器を持つ戦器士すら凌ぐだろう。そういった意味では、たとえカトレアのような卓越した戦器士でも勝てるかどうかは怪しい。あの黒髪少女の場合は魔力を斬る刀を持つのでほとんど関係ないのだが。
 いずれにせよ、マーガレットがチューリップと真正面から戦うことは無謀以外のなにものでもない。
 ならば説得するしかないのか? こちらの方がいくらか安全だ。だが幼なじみはこちらの言葉だけでも頭を抱えて苦しんでいた。内面的なダメージが深くなるかもしれない。
 二つの方法を同時に試すことも考えたが、そんな余裕は与えてくれるはずがない。どちらかに集中するしかないのだ。
「……」
 完全に無事ですむような方法はない。
 決めなくては。

・魔力をぶつける
・説得する

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