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花びらたち ★3-5(BAD)

 (直接魔力をぶつけるのはあまりに危険ですわね)
 廊下の壁に背中を預けながら天上を見上げる。改めて考えることは、ここがチューリップの夢の中――ひいては記憶の中であるということだ。自分が起こす行動が彼女の記憶に影響を与える可能性が十分にあることを、エリカの記憶操作によって理解している。
(やはり説得すべきです。友人であるわたくしの声なら届くはず)
 物心ついたときから長い時間を共有してきた幼なじみなのだ。その時間を思い起こしてやればいい。戦う必要などないのだ。
 それに、自分は今魔力をほとんど消耗している。慣れない自己強化は思いのほか体への反動が厳しい。頭がふらふらするし、呼吸も乱れている。戦闘は無理だ。
「――くっ!」
 悪寒が背中を駆け抜けた。無意識の内に体が動き、転がるようにして壁から離れる。直後、背を預けていた壁が音をたてて砕けた。外側から爆発を受けたかのように破片が廊下内へと飛散する。
「見つけた」
 穴が空いた壁の先でチューリップが拳を突き出していた。
「わたくしの呼吸を感じ取りましたか」
 こくり、と幼なじみが頷く。彼女は風属性の魔法使いで、空気の流れを操ることはもちろんのこと、不自然な風の動きを読むことなど造作もない。マーガレットの乱れた呼吸を感知してこの場所まで真っ直ぐ向かってきたのだろう。
「観念したら? 逃げられないわよ」
 チューリップの後をついてくるようにしてエリカも姿を現した。余裕に満ちた色を顔に貼り付けている。
「あんたが国の魔法使いをやめるっていうんなら、これ以上チューリップちゃんの記憶をいじったりしないんだけど」
「それはお優しいことですわね。ですが国を捨てるつもりはありません」
 コスモス王妃を裏切ることなどできるはずもない。忠誠や愛国心とかそういったものではなく、魔法使いである前に一人の人間として、誰かを裏切るということそのものがマーガレットには吐き気がするほど許しがたい行為だった。
「そ。じゃ、チューリップちゃんに倒されちゃいなさいよ」
 言葉に押されるようにして拳士が一歩前に出る。
「チューリップ、あなたの記憶は本物ではありません」
「まだ言うの? 騙されないから」
 聞く耳を持とうとしない。
「カトレアさんのことは知っているはずでしょう? 彼女もあなたの敵ですか?」
 ぴたりと足が止まる。
 やはり、とマーガレットは安堵する。エリカが操作したのはあくまで幼なじみとの記憶だけということだ。比較的新しい出来事であるカトレアの記憶はそのまま残っている。
「カトレアは友達……だよ。あれ……マーガレットと仲良く話してる……何で? お前は敵なのに、何でカトレアと一緒なの?」
 次第に表情は険から苦に変化していった。一部の思い出だけを操作されたせいで、本来の記憶と誤差が生じているのだ。勘違いとかそのような言葉では片付けられない、明確な『矛盾』である。
「ではわたくしは? わたくしもカトレアさんとは友人です。お風呂に入った仲ですよ? 覚えているでしょう?」
「あ――うぅぅ――」
 目に見えて幼なじみは苦しみ始めた。よろめきながら頭を抱えている。
 間違いなく効果はあるが、これ以上言葉を投げかけてよいものか躊躇した。果たしてチューリップに与える影響がどれほどのものか見当もつかない。元に戻る確信はないし、最悪の場合を考えて慎重に――
 いや、ここで立ち止まってはいけない。そもそも魔力をぶつけるというショック療法まで考えていたのだから慎重もへったくれもない。
「他にもあるはずですわ。カトレアさんと初めて会ったときのことは? 三人でゴーレムと戦ったことは? わたくしはそこでも敵として立っていましたか?」
「お前は敵で、あたしとカトレアは友達で、カトレアとお前は友達で、お前は友達で、敵が友達で――」
 友達、敵、友達、敵。うわ言のようにぶつぶつと繰り返すチューリップの姿は目を逸らしたくなるほどだった。いつも陽気なエネルギーに満ち溢れた彼女が目を見開いて苦悩し、足元さえおぼつかない。
「しっかりして! あなたの幼なじみはわたしでしょ!」
 チューリップの後方に立っているエリカが声を飛ばす。余計なことを、とマーガレットは唇を噛んだが彼女の声は届いていないようだった。
「頭痛い――なにこれ、意味分かんない――幼なじみってなに? だれ? マーガレットは敵――友達――? 誰が? 誰ぇ――!」
 耳を塞いでいやいやするように首を振る幼なじみに駆け寄り肩を掴む。その小さな体は小刻みに震えていた。
「わたくしを見なさい!」
 はっ、と顔をあげるチューリップの目を見つめ返す。青みがかった丸い瞳は恐怖といったそんなものではない、得体の知れないものを見るような色で染まっていた。

「お前は敵、マーガレットは友達、敵、友達、マーガレットが――敵、友達、友達の敵、友達が敵、敵が、敵、敵だ敵だ敵敵敵ぃぃ――!」
 風船が破裂したかのように、赤髪の拳士の精神は崩壊した。

 目を見開いて言葉を連ねる彼女を見て、マーガレットは唖然と立ち尽くした。あまりにも不可解な言動に、一瞬頭が真っ白になってしまった。
 だから、何かを振り払うように繰り出された彼女の右拳を――顔面に迫るその小さくも固く握り締められた拳を、まともに食らってしまった。
「ぐっ――!?」
 突然の衝撃に一瞬理解が遅れた。気付いたときには体が後方に吹き飛んでいて、視界は廊下の天井を映していた。
 どさりと背中から床に倒れこんだマーガレットは痛みが走る鼻を押さえた。手に何かが付着する。
 真っ赤な血だった。そこでようやく自分はチューリップに殴られたのだと把握できたが、脳がそれを嘘だと拒絶した。だっておかしいじゃないか。目の前にいる拳士は仲間で、友人で、大切な幼なじみなのだ。
「うぶっ――ふっ――!」
 鼻から流れる血液がとめどなく流れ出ていく。
 マーガレットは顔を殴られたという事実を受け止められずにいた。鼻の奥に残っている痛みなんかどうだっていい。幼なじみに顔を傷つけられたということが、彼女にとって肉体的よりも精神的なダメージの方が大きかった。
「ぐぅ――!」
 下腹部のあたりが圧迫される。仰向けに倒れている体にチューリップがのしかかってきた。馬乗りの状態だ。
「お前は友達だお前は敵だ敵じゃない友達なんだから友達じゃない敵だから友達友達友達――!」
 そこにもはや幼なじみの姿はなかった。見たこともない形相。記憶の混乱で頭の中が破裂しそうな不快がチューリップを襲っている。
「チューリップ――」
「うるさい! 名前を呼ぶな!」
 腕が振るわれた。今度は左頬。
「ぶぁっ――!」
 何の躊躇もない殴打。強制的に視界が右にスライドし、衝撃で鼻から血しぶきが床に飛び散った。
 揺れる視界でチューリップの姿を捉えなおす。鼻と頬に残る鈍い痛みで涙が滲み、ぼんやりとした輪郭だけがそこにはあった。表情が分からない。幼なじみは怒っているのか悲しんでいるのか。
「ごめ、なさ――」
 鼻血で汚れた口からかろうじて出せたのは謝罪の言葉だった。とにかく、ただ謝りたかった。
(わたくしは選択を誤った)
 説得は失敗だ。
 何が幼なじみ同士の関係だ。長い時間を隣で過ごしていたくせに、チューリップのことを何ひとつ理解しちゃいない。分かっているつもりになっていただけだった。
「なんで謝るの――だって敵でしょ友達なんだから謝らないでよなんでなんでなんでええぇぇぇ!」
 助けるつもりが精神にまで異常をきたすほどの苦悩を与えてしまっている。そうさせたのは他でもない自分なのだ、とマーガレットは悔いた。救いようがないほどの馬鹿だ。
「ほんとに、ほんとにごめ――ぅぐふっ!」
「謝るな!」
 腹に埋め込まれる拳撃によって舌が突き出る。パニックになっているせいか魔力による強化はされていないが、手加減のない本気の一撃だった。
「お前が喋ると頭が痛いの顔も見たくないやめてやめてやめてええええ!」
「ぅあ――かっ――かはっ――!」
 肺から酸素が叩き出されて呼吸困難に陥る。
 マーガレットの柔らかい腹筋を簡単に打ち破った小さな拳が、白いドレスを模したような法衣を巻き込んで奥深くめり込んでいる。床と挟まれるようにして押しつぶされた内臓器官が、圧迫感で悲鳴をあげた。
「はがぁ――おぇっ――!」
 拳が引き抜かれると同時に喉の奥から胃液が逆流した。口元を濡らす鼻血と交じり合って顎を伝い落ちる。
 荒々しく呼吸する中で、チューリップの声だけはしっかりと耳に届いていた。彼女のものとは思えない狂ったような言葉の羅列。
 マーガレットは涙を零した。痛いからではない。いまや幼なじみを救えなかったという自責の念が、どうしようもなく涙を溢れさせていた。
「げほ――好きに、なさい」
 元凶であるエリカを憎むわけでもない。結果として最悪の結果に落とし込んでしまったのは自分。
 ならばせめて責任を取らせてほしい。
「わたくしが受け止めます……だから、好きになさい!」
 痛む腹部に無理矢理力を入れて叫ぶ。
「あっ――ああああああああああぁぁぁぁぁ!」
 幼なじみの雄たけびが鼓膜を震わせる。昨日魔獣を何匹も倒したはずの拳が、明確な攻撃の意思を持ったその固い拳が振り下ろされるのを、マーガレットはしっかり目で捉えていた。



 ゴブリンの子分に捕らえられている少女が泣いている。
「黙れ! ガキの泣き声が耳障りなんだよ!」
 親玉はあろうことかその少女の頬を張り飛ばした。躊躇のない張り手に小さな体は簡単に吹き飛び、地面に倒れこむ。
「貴様……!」
 人質を取られて抵抗を抑えられていたカトレアは怒りをあらわにした。棍棒で殴られる度に表情は軽く歪んではいたが、これほどはっきりとした変化は初めてだった。
 一瞬ぎょっとした親玉だったが、状況の有利には変わりがない。へっ、と軽くあしらう。
「強がりもいい加減にしな。てめえはもうズタボロだろ」
 カトレアの法衣――フリルを軽くあしらった幼い印象を思わせる黒地のブラウスは腹部の辺りが破けていた。棍棒で何度も殴られたために紫へと変色した肌と臍が覗いている。
 やはり黒を基調として明るい赤の混じった格子模様のスカートや膝上まで覆っているドックスはほとんど汚れていない。ダメージを受けている腹部だけが露出している形となり、異様ではあったがどこか艶かしい雰囲気を醸し出している。
 確かに痛みは鈍い重みとなって残っている。しかしまだ耐えられる。チューリップたちが戻ってくるまで耐えてみせる。
「てめえ……! すました顔してんじゃねえよ!」
 さらに怒りを立ち上らせた親玉が棍棒を大きく振り上げる。
 そこへ子分の声が割り込んできた。攻撃の勢いを削がれた親玉は「なんだ!」と苛立たしく子分を睨みつける。
 しかしすぐ気味の悪い笑みを取り戻した。隣に並んできた子分が手にしていたのは、カトレアが抵抗しない意思表示として捨てた刀だったからだ。
「こいつはいい。すぐに斬り殺しちゃつまんねえしな……」
 愛用の棍棒をあっさり捨てた親玉は、鞘に収められたままの刀を受け取る。
 背筋が凍りそうだった。ほとんど無表情で物事を冷静に観察するカトレアは、今このとき間違いなく恐怖を感じた。
 表情が微妙に変化していたらしく、親玉はそれを目ざとく発見して顔をずいと近づけてきた。生臭い鼻息がかかる。
「ん? びびってんのか?」
「寄るな。下衆」
「いいぜ。その減らず口、命乞いに変えてやらぁ!」
 すでに濃い痣が生まれているむき出しの腹部へと狙いを定め、さながら球技でボールを打ち返すような構えで刀を握り締めた。
 カトレアは腹筋を出来うる限り固めた。気休めだ、という自覚はある。もとより刀の所持者は自分だ。鞘の材質は特殊な合成樹脂で、魔法を用いて製造されている。効力が切れかけている<プロテクト>など簡単に打ち破るだろう。
 これまでにないほどの叫びが親玉から発せられた。
「ラアアアアァァァァ!」
 空気を裂くような音とともに黒い鞘が迫る。思わず目をぎゅっと閉じた。
 めきっ、と鈍い音。
 法衣が破けて晒された脇腹に、鞘がめり込んだ。
「ぐうううっ――! がっ、あああああああぁぁぁぁぁ!」
 棍棒とは比べ物にならない激痛が襲った。たまらず腹を抱え、くの字に折れ曲がったまま倒れこむ。棍棒とは比べ物にならない痛みだった。
「がはっ、はぁ、げふっ、ああぁぁぁぁ――!」
「いい手ごたえだったぞ! 肋骨イッたろ!」
 実際、折れた骨が内臓に刺さっていた。喉の奥からせり上がってくるものを堪えられず吐き出す。溢れ出たのは熱い鮮血だった。呼吸の度に激しい痛みが腹の奥底で響き、蹲って抑えこむこともできずにごろごろとのた打ち回る。
「無様だなおい。さっきまでの威勢はどこいったんだ、おら!」
 興奮したように鼻息を荒くするゴブリンの親玉は、悶え苦しむ少女に追い討ちをかける。両腕でかばうようにして抱えられている腹部に足を踏み降ろす。
「ふぐぁっ――!? げぼっ!」
 年頃の少女とは思えない鈍く濁った呻き声。両目がこぼれんばかりに見開かれる。
 ずしんと両腕ごと踏みつけられ、耐え難い激痛が腹から全身へと響き渡った。内臓に刺さった骨がさらに深く潜り込んでくる。こみあげる嘔吐感に喉が脈動して血反吐を吐き出した。
「おぇっ――はっ、はがっ、げはっ――!」
 赤く濡れた舌を天に突き出しながら痙攣を繰り返した。咳き込む度に血液混じりの胃液が唇の端から溢れ出す。
「ひぃはははは! たまんねえなあ!」
 華奢な体を踏みつけながら親玉は豪快に笑い始めた。
 そこへ、爆ぜたようなけたたましい音が左から轟いた。下品な笑い声も唐突に途切れる。周りの地面にぱらぱらと破片のようなものが散らばった。
「なんだてめえ……!」
 親玉の視線は爆発音の先へと向けられている。カトレアも激痛に耐えながらそちらへと視線を移す。
 宿屋を扉が周囲の壁ごと粉砕されていた。その奥から、おぼつかない足取りで歩いてくる人影が一つ。
 程よく伸びた赤髪に動きやすい法衣。膝だけを特殊なサポーターで守っている露出した脚。茶色のショートブーツ。まぎれもなく彼女であった。
 風を切る音が接近してくる。身構えようとしたゴブリンの親玉の顔面に、チューリップの拳が叩き込まれる。潰れたような呻き声とともに、親玉は遥か右へと弾き飛ばされていった。
 手下たちの奇声が遠ざかっていく。親玉を撃破されたことで逃げ出したようだ。
「はぁっ――チューリップさん――」
 半ば無意識に仲間の名を呼んだ。安堵すら感じる。マーガレットは救出に成功したのだ――
「お前カトレアお前はマーガレットの友達だから敵なんだマーガレットのマーガレットのマーガレットの……!」
 意識が凍りつく。一瞬、頭上に立っている少女が誰なのか分からなくなった。いや、彼女はチューリップのはずだ。いつも溌剌としてマーガレットと仲良く肩を並べている、笑顔がまぶしいチューリップのはずだ。
「お前も敵なんだお前も敵だから敵なんだああああああ!」
 狂ったように叫ぶ拳士は、瀕死の状態であるカトレアを躊躇わずに蹴り飛ばした。
 肋骨を叩き折られた脇腹にブーツの爪先がみしりとめり込む。内臓が変形する感触。刺さっている骨がより一層深く入り込む不快感。
「ふぐっ――!」
 胃に残っていた血液を迸らせつつ、黒髪の少女はさきほど殴り飛ばされたゴブリンのところまで転がされた。
 朦朧とする意識の中でカトレアは悟る。マーガレットは失敗したのだ。チューリップは正体不明の何者かに記憶を改変させられ、もはや自分の知っている彼女ではなくなっている。
――そもそもマーガレットはどこだ?
「っはぁ――マーガレット、さんは?」
「倒した」
 一言だけ。
 子供のようにわめき散らしていたチューリップは一言だけぽつりと告げた。そこには感情の起伏もなく、あらかじめ用意していたセリフを読むかのごとく。
 目の前が真っ暗になるかと思った。信じたくない。マーガレットは彼女の幼なじみだ。本気で傷つけることなんてあり得ない。
「げほっ、マーガレットさんは、あなたを救おうとしたはずです」
 震える膝に力を入れるが、全身がばらばらになりそうな痛みのせいでほとんど足が動かない。靴底が地面を滑るばかりで立ち上がることすらできなかった。
 両手で踏ん張り、上半身だけを起き上がらせたまま続ける。
「そんなものだったのですか、あなたたちは……! 二人の絆は……!」
 二人と出会ってまだ日は浅い。だがこれだけははっきりと分かる。幼なじみ同士である二人はそばで見ていて分かるほどの親密な関係にあった。友人という枠すら超えた、ある意味で一心同体のような絆。その距離感をうらやましく思ったほどだ。
 それが、誰とも知れない何者かに断ち切られるだけでなく、幼なじみを敵として認めてしまうほどあっさりと崩壊してしまうなんて。
「ううぅ――お前もあたしの頭に入ってくるの何でなの友達で敵のくせにぃぃ――!」
 滅茶苦茶な言動を繰り返すチューリップが地面を蹴った。土が抉れるほどの――まさに突撃という勢いでもって接近してくる。
 彼女はもう元に戻りはしない。夢の中で記憶を改変されて現実世界に帰還したのだから、もはや何をしても無駄だ。
 カトレアは痛みで鈍っている思考を総動員して打開策を探した。指先に馴染み深い感触がある。転がっている得物が――そばで倒れている親玉の手から転がり落ちた、相棒ともいうべき刀が目の前にあった。
 拳士が跳躍した。右足を突き出し、体が真っ直ぐ向かってくる。彼女の得意とする跳び蹴りだ。
 普段のチューリップであれば、この状況でそんな単調な攻撃はするまい。だからこそカトレアは、体を転がすだけで回避することができた。それだけでも腹部に痛みが広がる。
「だっ!」
 己を突き動かすように声を絞り出す。ばらばらになりそうな体に鞭打って、鞘から引き抜いた刀を突き出した。
 蹴りを地面にめり込ませたチューリップの胸元に、陽に反射した銀色の刃が深く突き刺さった。
「かっ――!?」
 驚愕したように両目を剥く拳士の鼓動が、刀を通して伝わってくるようだった。心臓を狙った刃は抵抗なく突き進んで、彼女が持つ溢れんばかりの魔力ごと断ち切っていた。
 ごふっ、と吐血したチューリップと目が合う。何か求めるような色をしていた。今となってはその色にどのような意味が含まれているのか判断できない。痛いからなのか、死にたくないからなのか、敵として認識している自分を倒せなかったことによる無念さによるものなのか、それとも――
 チューリップの瞳から光が失われ、前のめりに倒れ伏す。刺された箇所から夥しい血液が流れて地面を染めていった。
「はぁっ――はぁっ――」
 荒く呼吸を繰り返すカトレアも力尽きたように仰向けになった。青かったはずの空が黒く染まり始める。瞼が重い。体の感覚が麻痺したかのように、痛みさえおぼろげだった。
 やがて風の音さえ遠くなり、世界が闇に落ちた。



 人の気配にカトレアは目を覚ました。青い空ではなく茶色の天井。室内であることがすぐに分かった。
「起きちゃ駄目よ。体力が戻っていないわ」
 大人びた女性の声は隣から発せられた。
「コスモス様……」
 リーフガーデン国王妃コスモスがすぐ隣で座っている。彼女は柔らかい笑みを携えて頷いた。通常なら王妃がこのようなところで時間を割いているわけもないのだが、彼女にとってカトレアは特別だった。
 室内を見回す。自分の部屋だ。生活に必要最低限のものしか置いていないという、なにもない空間が多い部屋。
「詳細を教えてください」
 ベッドで横になっているカトレアは法衣が新しくなっていることを確認しながら口を開く。
 コスモスは躊躇したようだったが、じっと彼女を見つめているとゆっくり頷いた。
「村から連絡があったわ。重症の魔法使いがいるって聞いて、治療士隊を編成したわ。村人は全員無事」
 そこで一呼吸置いてから、再び続ける。
「あとはあなただけ」
「マーガレットさんは?」
「……全身を強く殴打された痕があったそうよ。死因は出血性ショック死。私は見ていないのだけど、仲の良かったアロエが気絶するくらいひどい状態だったって」
 チューリップの言葉が蘇ってくる。「倒した」という短いメッセージ。
「報告をちゃんと聞いたうえで思ったのだけど、あなたも殺されかけたんじゃない? チューリップに」
 言葉だけでなく姿までありありと思い起こされてくる。別人のように豹変してしまった拳士の言動。それに対する自分の行動まで。
「私は人を殺めました。処罰を」
「正当防衛でしょう? あなたは自分の命を守ったのよ」
「そんなことは関係ありません!」
 腹部がわずかに軋んだが、構わず体を起こしながら叫ぶ。その感情の爆発は、コスモスでさえ驚愕するほどだった。
「コスモス様、あなたは仰っていましたね。私には誰かが必要だと」
「……ええ」
 彼女は常に一人だった。人並みの魔力すら持たないくせに戦器士として国から認められている彼女はいつも一人だった。任務で他の魔法使いと組んでも、それは一時的なものであって続けるものではない。それが普通だと思っていた。
「おかしな人たちだった。私との距離を詰めようとしてきた。それが、心地良かった」
 呆れるほど正義感が強い拳士と、包容力に満ち溢れた治療士。二人は自分を見てくれていた。特異な体質であることを知っても、それがどうしたと一蹴した二人。
 初めて友と呼べる関係を築いたのに。
「ここが痛いんです……! 殴られたからじゃない……それよりももっと、深くて重い!」
 法衣の胸の辺りをぐっと掴む。知らない痛みだった。体ではなく、奥底にある何か――心が痛い。
「それが友達を失うってことなのよ」
「私には耐えられない!」
 一人であり続けることを寂しいと感じたこともない。それがどうしたことだ。もうこの世にはいない二人のことを想うと、胸が張り裂けそうになる。初めて孤独というものを知った。
 しかも、チューリップを直接手にかけてしまったのだ。友人を殺してしまったという事実は、心の傷として深く刻まれるだろう。
「こんなに辛いなら、私は……」
 こみ上げてくる孤独感に涙が流れた。とめどなく溢れ出る涙を拭うこともできず、ベッドのシーツに顔をうずめる。
「友なんていらない……! 一人がいい……一人になりたい……」
 くぐもった声を漏らしながら子供のように泣きじゃくる。戦器士としての姿はもはやどこにもない。十五歳の少女が、ただひたすらに涙している。
 コスモス王妃は彼女が泣きつかれて眠ってしまうまで、いつまでもそばで見守り続けた。

Comment

No:28|
更新お疲れ様です。
最後が凄く切なかったです。
友を失ったカトレアの気持ちを考えると涙が出ます。
やっぱり正規ルートが良い話なので、違った結末が読めるBADルートも面白くなりますよね
感動をありがとうございます。
テンション上がってしまいました(笑)
カトレア最高!!
これからも頑張って下さい!!
楽しみにしてます
No:29|NoTitle
>紅さん
コメありがとうございます。
せっかくのBADENDなので正規ではできないことをめいっぱいやろうとした結果、こうなりました。
登場人物を気に入っていただけるのは作者冥利に尽きます。嬉しいです。

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