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★果汁系戦士アップルハート 第1話「アップルハート参上!」

 夜の街に悲鳴が駆け巡る。その中を這い回る異形の者たち。
「食エ! 食エ! 食い尽くセ!」
 子供が「カメレオンのお化け」と叫んだ。人間の大人と同じくらいの全長、二足歩行、ぎょろっとした目、長い舌、鋭く並んだ牙、爬虫類のような鱗、太い尻尾。それが何匹も。
「ああっ、やめてぇ! わ、わたしの、わたしの……!」
 彼らはその長い舌でもって獲物を捕まえ、尖った歯でぐちゃぐちゃと耳障りな音を立てながら食べ歩いた。誰かものであったはずの肉が噛み千切られる。肉汁を滴らせながら胃袋に流し込む。
 勇気ある者が何人か立ち向かって行ったが全て無駄だった。刃物を突き立てようが、鈍器で殴りつけようが、硬い鱗には全く通用しない。返り討ちにあうだけであった。
「食エ! 食エ! 全部食エ! 食い残すナ!」
 どこから来て、なぜこんなことをするのかは不明だ。ただ、彼らはとにかく腹が減っているということだけは皆理解できた。
 住民たちはひたすら逃げた。多く並ぶ建物から軒並み人々が姿を見せなくなった頃――
「待ちなさい!」
 入り乱れる騒音を吹き飛ばすかのような声が突き抜けた。それも少女の。異形の者たちはびくりとしてそちらを見上げる。声の主は電柱の上で仁王立ちしていた。
 腰まで伸びた薄赤色の長髪は、二つの白いリボンで結われたツインテール。華奢な体を覆う白地のブラウスには幼さを強調させるようなフリル。髪と同じ色をしたプリーツのミニスカートから伸びる長い脚は、これまた薄赤色のニーハイソックスとショートブーツで覆われている。
 満月に照らされた彼女は自らをアピールするかのように両手を広げた。
「この木なんの木リンゴの木! 果汁系戦士、アップルハート!」
 盛大に名乗りをあげた少女は地上で暴れている化け物たちへ指を突きつける。どこか幼げのある声色と顔立ちからして、おそらくまだ中学生くらいの年齢だと思われた。
「怪人クイチラス! お前たちの暴飲暴食もここまでよ!」
 異形の者たちは明らかにうろたえた様子で彼女を見上げている。
「ゲェーッ! アップルハート!」
「なんでこんなにすぐバレタ?」
「お前の肉を食う音がうるさかったんだロ!」
「おいオレのせいかヨ! 高級牛肉をスルーできるカ!」
「なに一人で食おうとしてんだよオレにもよこせヤ!」
 クイチラスと呼ばれた怪人たちは、各々が確保した食料の取り合いを始めた。入るのが躊躇われるようなレストランで出されていたステーキ、行列ができる屋台の豚骨ラーメン、おまけが付属したお子様ランチ――などなど。住民が食べるはずであったそれらをクイチラスたちは食べつくそうとしていた。
「仲間割れとは醜いわね。他人の物を食べるなんていう最低なことをするあなた達にはお似合いだけど?」
「んだとコラァ! 文句あるなら降りてこいや、アア?」
「いいわ。ただし――」
 ぐっ、と少女が両脚を曲げたかと思うと、飛び降りるようにしてジャンプした。空中でくるっと前転し、すらりと伸びた長い右脚を突き出しながら降下する。
「アップルキィィィィィック!」
「ほぐばァ!」
 長いツインテールをなびかせながら突撃したきたアップルハートに動揺し、高級ステーキを食べていたクイチラスは避けることもできずに蹴りをまともに受けた。顔面にめり込む薄赤色のブーツ。潰れる音が建物の壁に反射する。
 体が一回り大きな相手を数十メートル吹き飛ばしたアップルハートは華麗に着地。ふっと笑いながら挑発するようにウインクする。
「わたしの技、食べてもらうけど」
「ふっざけんナ! 今度こそお前を倒してやル!」
 クイチラスたちが一斉に少女へ襲いかかる。先ほど蹴り飛ばされた一匹を除けば残りは六匹。多勢に無勢であるにも関わらずアップルハートは笑みを崩さなかった。
「あはっ、遅すぎだって」
 真っ直ぐ突進してきた怪人へと、返り討ちとばかりに腕を振るう。
「アップルパンチ!」
「おぶらバ!?」
 その細腕から繰り出されたカウンターのパンチを顔に叩き込まれたクイチラスがきりもみ回転しながらアスファルトに倒れこむ。
「いつも飯の時間邪魔しやがっテ!」
「正義の味方は悪を倒すものなの! 怪人として生まれたことを恨みなさい!」
 続いて鋭い牙を見せつけながら迫る敵に対し、アップルハートは右手の指を鳴らした。すると風船が割れたような音が弾け、空中に真っ赤な林檎がマジックショーの鳩みたいに出現する。
「これでもどーぞ」
 熟した林檎をクイチラスの口へと放り込む。習性なのか、口に入ってきたものを吐き出そうとはせずむしゃむしゃと食べ始めた。
「こ、これは甘くて美味イ。しかしなんかこう、喉が焼けるようだナ。ム? グ、グウウオオオオアアア!」
 林檎を貪ったクイチラスは突如、喉元をかきむしるようにしながら苦しみだした。やがて緑色をした液体を大量に嘔吐する。彼らの血液であった。
「ふふっ、アップルポイズン」
「毒殺とか酷すぎるゾ! 俺たちの食欲を利用しやがっテ!」
「なんでもかんでも食べるのがいけないんでしょ」
 残りの怪物たちを拳と蹴りで薙ぎ倒していく正義のヒロイン。人々は逃げ出してしまったため彼女の勇姿を誰一人記憶に留めることはないであろうと思われたが――
「うわっ」
 アップルハートはその優れた聴覚ではっきりと聞き取った。間違いなく人間の声であった。
「あっ……!」
 なんということだ。親とはぐれてしまったのか、小さな男の子がファミレスの前で倒れこんでいる。十歳くらいの小学生に見えた。こっそり逃げようとして転んでしまったようだ。
「しめタ!」
 唯一残った一匹のクイチラスが、妙に綺麗な長い舌でその少年の体を拘束する。ぐるりと体に巻きついた舌から脱出しようともがいているが、そのまま怪人のそばまで引き寄せられてしまった。
「子供を放しなさい!」
「おおあいういえお、おいうあおうあっえおいいおあ」
「おとなしくしてろ、こいつがどうなってもいいのか……ですって? このぉ……卑怯者!」
「ハハハハ!」
 舌を巻きつかせたまま顎を上下させるクイチラスを前にして、アップルハートは両手を下げて無抵抗の意思を表す。
 少年は泣き喚いているわけではないが、恐怖で顔を引きつらせている。今となっては後の祭りだが、これ以上彼を傷つけるわけにはいかない。アップルハートはあくまで主導権を譲らないつもりで言い放つ。
「要求を言いなさい。あ、舌外してね。何言ってるか分かんないから」
 クイチラスは少年の襟首の服を掴み上げつつ舌を戻す。
「ムグ。ずばりお前に仕返しすることダ。せっかくだしこいつを使わせてもらおウ」
 すると怪人は少年を鼻先まで持ち上げ、ぎょろっとした目で彼の目を睨みつけた。ひぃっと悲鳴があがったのも束の間、すぐにもがくのをやめて大人しくなってしまう。
「ム? こいツ……面白い奴だナ」
 何を感じ取ったのか知らないが、しばらく視線を交し合った後少年を解放した。アップルハートには何がなんだか分からない。なぜ人質に取った彼を放したのか?
 少年がうつろな眼差しを投げかけ、ゾンビのようなふらふらとした足取りで歩み寄ってくる。アップルハートは自ら駆け寄って屈みこみ、小さな体を支えてあげた。
「大丈夫?」
「おねえちゃん……飲みたい……」
「え? 喉かわいたのかな。そうだよね、あんな気持ち悪いのに見つめられたら喉がからっからになっちゃうよね」
「おねえちゃんの唾液、飲みたい」
「……はあ?」
 言葉の意味が理解できずに素っ頓狂な声がこぼれた。クイチラスが不気味な笑い声をあげている。
「この子に何をしたの!」
「『食欲』をオレたちと同じレベルまで引き上げてやっただけダ! そいつは今、日頃から食べたいと思ってるモノを追い求めるだけノ――要するにオレたちと一緒サ!」
「……でも唾液って?」
「なんでか知らないがそのガキは女の唾液が飲みたかったそうだナ。人間には変な奴がいるものダ」
「そんなマニアックなフェチをこんな子供が……!」
 思わず少年を見つめる。彼は物欲しそうな目で見上げてきた。どうやら本気で唾液を求めているらしい。そんな上目遣いをされても困る。
「ちなみに言っておくが暴走した食欲を処理しないとオレたちと同じ姿になってしまうゾ」
「なっ、知りたくなかったわその情報!」
 かといって見過ごすわけにはいかない。こんな純粋な――かどうかは疑問だが、少年が食欲を利用されて怪人に変異してしまってはたまらない。なに、たかだか唾液だ。
「おねえちゃん、ちゃんと口でちょくせつ」
「えぇ? 口移し!?」
 さすがに躊躇ってしまうのはアップルハートも性別上女だからであって何の不思議もない。しかし少年からすると拒否されたように感じられたようで、目尻に涙を滲ませる。
「うぐっ、ふぇ……!」
「あわわ、泣かないで!」
「やっぱりイヤなんだぁ……!」
 ふと、少年の体からなにやらどす黒いオーラめいたものが沸き立つのを肌で感じ取った。クイチラスと似たような存在感を漂わせており、それはやはり彼が怪人へと変貌してしまう予兆であることを意味する。
「分かった、分かったから」
 アップルハートは意を決する。そう、わたしは正義の味方なのだ。こんな小さな子供を悪の手先として利用するなんて許せない。
 相手はまだ十歳ほどの小さな男の子であって、あくまで彼を助けるための行動。これはキスにカウントされない。ファーストキスにはならないんだ。弟にいたずらするようなもの。弟いないけど。
「じゃあ、口あけて」
 少年が素直に口を小さく開くと、舌と綺麗にならんだ白い歯が見えた。アップルハートは艶やかな唇をおそるおそる近づけ、あと数センチというところで一瞬停止。もうどうにでもなれとぎゅっと目を瞑って押し付けた。
「ん、んん」
 正義のヒロインが年下の男の子とキスをしてわずかに頬を染めている。彼女は早く終わらせようと考え、唾液を乗せた舌を押し込んだ。
 すると思いっきり吸われた。
「んっ!? んぐ」
 思わず顔を引き離そうとしたが少年の両手で後頭部に回され、がっちりとホールドされてしまった。性別が違うとはいえ体格差は歴然なのにアップルハートは逃れることができない。これが暴走した食欲というものか。
 ああ、わたしの唾液を飲んでる――ごくごくと喉が脈動するのを見て、なんとなく胸の内が昂ぶるのを自覚した。
「ぷはっ、ああ、おいしい。おねえちゃん、りんごの味がする」
「はぁ、そ、そう? それじゃこの辺でむぐううう!?」
 覆いかぶさるようにして押し倒されて再び唇が塞がれた。キスのせいで火照った体はほとんど抵抗できず、アスファルトに背中から密着する。
「んん~! んぢゅ、ちゅぷ、むぅ」
 小さな舌が口の中を這い回った。歯茎も舌の裏もなにもかも、唾液を舐め尽くそうと縦横無尽に駆け回る。体を使って抵抗するも脚がじたばたともがくだけでマウントポジションを崩せない。なんと恐ろしい食欲か。
「はあ、もっと、もっとちょうだい」
 アップルハートは腹部に圧迫感を覚えた。なにかを搾り出そうとするかのように、両手で腹をぎゅっと締め付けている。
「ふぐぅ、んぐううう!」
 肺から酸素を押し出される。口内を舐め回されながらもいやいやと首を振るが蹂躙は終わらない。こんな状態でも呼吸さえままならず、意識さえ朦朧としてきた。
「もっと出してってば!」
 腹を絞めても熱い息しか出てこなかったのが不満だったのか、少年はおもむろに彼女の腹部を殴りつけた。振り下ろされた拳が音を立てて白地のブラウスに沈み込む。
「おごっ!? げほっ」
 予想しなかった痛みに両目を大きく見開く。およそ年頃の少女とは思えない濁った呻き声が唾液とともに吹き出した。
 少年が「出た!」と歓喜しながら再び唇に吸い付く。それだけでは飽き足らず、腹を刺激すれば唾液が出てくると知った少年はアップルハートの口内を貪りながら彼女の腹部へ拳を打ち下ろす。
「んぶっ!」
 深くめり込む拳は内臓を震わせるほどの威力があった。アップルハートとてただの人間とは違う。いくらなんでも年下の子供に殴られたところで大した痛みは感じないはずだ。だからこそ怪人を何匹も倒してきた。
 少年のどこにそんな力があるのか――それは女の唾液をまだ満足に飲み尽くしていない彼が、怪人クイチラスとしての力の一端を表し始めている証拠であった。すなわち彼を大人しくさせるためにアップルハートは殴られ続けなければならない。
「んんっ! えぐっ! んげぅ!」
 何度も何度も突き刺さる小さな拳は直接臓器を抉るようだった。背をアスファルトに押し付けているため衝撃を受け流すことはできずに全て内臓に吸収される。殴られる度に湧き出る唾液。それが面白いのか、彼は口内を貪りながら拳の威力を強めていった。
 ちょうど十発目が胃袋に突き刺さったとき、アップルハートの喉が大きく脈動した。
「うぇっ……んぐぇ!」
 腹の底からこみ上げてきた胃液を押し留めることなど叶わず、少年の口内へと吐き出す。受け止めきれなかった透明な液体がわずかに溢れ出た。いまや二人の口元はべとべとに汚れている。
「ふぁ、お、おねえちゃん。今のすごい。なんか酸っぱくて熱いよ。もっと」
「がはっ……あ、もう、やめ」
 ようやく解放された口で荒く呼吸するも、まだまだ足りないといった様子の少年にまたキスされてしまう。強引に舌を挿入されると同時に、渾身の力を込めた一撃が腹部の中心へとめり込んだ。
「ふぐっ……!?」
 すでに度重なるパンチによって腹筋は崩壊し、こねられた薄いパン生地のように柔らかくなっていた。手首まで深く抉りこまれる鈍い音。さらに上へと捻り上げられる。
 激しい嘔吐感。皮膚や筋肉だけでなく内臓までもが軋むような音をたてる。拳と地面に挟まれた胃袋が形を変え、アップルハートの両目がこぼれんばかりに見開かれた。
「ごぇっ、ぉぐっ!」
 体がびくんと大きく跳ねた。口から溢れ出たのは赤が混じった液体。内臓が傷ついたことによって吐き出された熱い血を、少年はおいしそうに飲み下す。
「ごくっ。ん、おねえちゃん、すっごくおいしかった。ありがとう」
 拳が引き抜かれてなお、アップルハートの腹部はしばらく元に戻らなかった。見えない野球ボールが深く沈みこんでいるかのようにヘコんだままだ。
「かぁっ――はっ――はっ――」
 小刻みに痙攣を繰り返し、舌を突き出しながらぱくぱくと呼吸する口から時折血の糸が漏れ出る。目の光さえ霞み、意識は消え入りかけていた。
「僕帰るよ。また飲ませてね。バイバイ」
 女の唾液だけでなく胃液や血反吐まで飲み干した少年は満足したようだ。にこっと笑うと口元を手の甲で拭い、立ち上がって脇目も振らずに走り去っていく。
「なんダ、もういいのカ。こいつの体液全部吸い尽くせばよかったのニ。まあいいカ」
 事の成り行きを眺めていたクイチラスは、いまだに起き上がれないアップルハートへと歩み寄る。子供とはいえ並々ならぬ食欲の暴走によって怪人の力を一部でも引き出した攻撃で、彼女の内臓器官はひどくダメージを受けていた。
 あとはトドメをさしてやれば完全に息絶える。街の守護者がついに死を迎えるのだ。もう怪人たちの食欲を邪魔する者はいなくなる。
「けふっ――んぁ――」
 立たねば――アップルハートはなんとか上半身だけを起こしたが、足に全く力が入らない。ただ薄赤色の可愛らしいブーツが地面を滑るだけだった。
 クイチラスが長く赤黒い舌を伸ばし、アップルハートの体を両腕ごと締め上げた。
「うっ!? ぐぅあああああああ!」
 みしりと体の骨が悲鳴をあげる。散々殴打された腹まで圧迫され、正義のヒロインは顎を突き上げながらだらしなく唾液や胃液を垂らした。
「あっがああああ! かひっ、いぎぃぃ――!」
 肺に酸素を送り込むことができず、視界がぼやけていく。涙を滲ませながら呻き声をあげる彼女の目には星空が――
 目の前を何かが凄まじいスピードで通り過ぎていった。同時に鼓膜を震わせる甲高い音。頭が痛くなるような悲鳴。体の開放感。
 急いで呼吸を取り戻す。反動で激しく咳き込む彼女に力強い声が降りかかった。
「ちょっと、大丈夫?」
 アップルハートよりも幾分大人びた声色だったが、その容姿は彼女と似ていた。赤ではなく黄色を基調とした全身。ポニーテールに結ったイエローの髪。アップルハートと同じ白地のブラウス。肉付きのいい太ももをさらしているのはスカートではなくホットパンツで、膝下まであるロングブーツも黄色だ。
 突如現れた彼女はクイチラスを蹴っ飛ばしたようで、怪人は十数メートル先で転がっていた。彼は顔を押さえながらむくりと立ち上がる。
「ゲェーッ! もう一人だト?」
「あーでもめんどくさいなー。なんであたしがこんなことやんなきゃいけないの。さっさと怪人を倒してくれればサボれたのに」
「おい名を名乗れ名ヲ!」
「あ? ああ、レモンハートだよ。これでいい?」
「お前正義のヒロインって自覚あるのカ? もっとほらこウ……あるだロ?」
「なにワケの分かんないこと言ってんの? いいからさっさとかかってきてよ」
「ええイ、言われなくてモ!」
 十メートル以上も離れた位置から長い舌を鞭のように繰り出す。それをレモンハートなる少女はがしっと素手で掴むと、どこからか取り出したらしい半分切れたレモンを擦りつけた。
「ギャアアアアアアアア!」
「どーだ酸っぱいだろー? ほらほら」
 凶悪な攻撃に耐え切れず、クイチラスは慌てて舌を引き戻す。
 その隙を狙ったのか、レモンハートは果実を怪人の口へと野球選手よろしくぶん投げた。すぽんと入り込むのを確認すると指を鳴らす。するとレモンが口内で弾けた。滲み出る果汁の嵐。
「ウグウウウオオオオアアア!」
「あたしのレモンは数万倍すっぱいんだよ。人間ですら失神するくらい。しかも最後にはドーンって」
 殺人的な酸味を味わいつくしたクイチラスは、泡を吹きながら仰向けに倒れたのち――爆散した。これもレモンの効果らしい。建物のガラス窓がびりびりと震える。
 ついに怪人全てが撃退された。後に残ったのは二人の少女と、食べ荒らされた食事処のメニューたち。あの少年を含め、怪我人はいないだろう。
「あんた、いつまで寝てるの――ってホントに寝てるし! つーか気絶してる!」
 アップルハートはレモンハートのことを知らない。だが彼女が駆けつけたとき、ほっと安堵したのが意識を飛ばした原因になっていた。今はぐっすりと眠るように目を閉じている。
 遠くでサイレンの音が鳴っている。レモンハートは頭を掻きむしった。
「正体がバレたら面倒だし……放っておくわけにもいかないし……あーもう!」
 毒づきながらも眠っている少女を抱き上げる。レモンハートの方がある程度背が高い程度だが、たやすくアップルハートをお姫様抱っこすると両膝を曲げ、地面を蹴るようにして跳躍した。
 月明かりが降り注ぐ街の中――建物の壁や屋根、電柱を伝ってレモンハートが駆けていく。
「正義の味方ってホントめんどくさー」
 いつまでもやる気がなさそうな声で愚痴を続けていたが、気絶しているアップルハートにはもちろん届かなかった。

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