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花びらたち 1-1

 リーフガーデン城の鐘が正午を告げる。
「今日は午前だけでおしまい! みんなゆっくり休んでね」
 赤髪の少女チューリップは、快晴の下で基礎訓練を行った新人たちを労った。三人の少女たちはチューリップよりも幼く、しかし彼女に負けないくらいエネルギッシュだ。
「先輩、ありがとうございました!」
 少女たちはぶれのない動きで一斉に礼をすると、お互い声を掛け合いながら城の中へと入っていった。皆で体を洗い流すのだろう。チューリップも軽い運動は行っていたが、あくまで指導する側なので汗をかいていない。
「あら、ちょうど終わったところですのね」
 後ろから声をかけられた。振り向きながら、チューリップはにこりと笑みを浮かべる。
 声の主は、キノコのような大きな帽子をかぶっていた。上衣は膝下まで伸びたドレスのような法衣を着て、ヒールが低い革の靴を履いている。頭から足先までほとんどが白色だ。帽子からのぞく背中まで伸びた長い髪が唯一の茶色で、彼女の清楚な雰囲気がむしろ強調されている。
「マーガレットもお疲れさま。お昼お昼!」
 はいはい、とマーガレットと呼ばれた少女はバスケットを見せた。中にはサンドイッチが入っている。お手製のようだ。
 彼女はチューリップの幼なじみである。幼少の頃から一緒に過ごした時間は長い。言動からも見てとれるほど、いわゆる上流階級のお嬢様であるが、それを鼻にかけない性格がチューリップは気に入っていた。
「わーい! いただき――」
「立ちながら食べるなんて行儀が悪いですわよ。それにここは食べる場所ではありません。いつものところへ行きましょう」
 チューリップが伸ばした手をさらりとかわして、マーガレットはそそくさと歩き始めた。
 するとチューリップは幼なじみの体を抱き上げ、思い切り地を蹴った。ひゃわ、と変な悲鳴があがる。
 二人は宙を飛んでいた。塀を飛び越え、中庭へと移動する。中央の大きな噴水や、色とりどりの花を咲かせている多くの花壇が特徴の大きな中庭だ。噴水のそばにあるベンチの前へと、赤髪をなびかせながらふわりと着地した。幼なじみを降ろしてから、ベンチにどかりと腰を下ろす。
「はい到着! はい食べよう!」
 帽子を押さえながら縮こまっていたマーガレットは、地に足をつけた途端抗議を始めた。
「お、驚かさないでくださいます? たかだか数分の距離を飛ぶなんて、魔力の無駄使いもいいところですわ」
 明らかに普通のジャンプ力ではない。飛行だ。
 チューリップは風属性の魔法使いである。自己強化タイプで、魔力を放出するのではなく己の肉体に作用させるのが特徴だ。風属性である彼女にとって飛行など造作もない。
「いいから早く早く!」
 呆れたようにため息をつくマーガレットもベンチへ腰を落ち着ける。バスケットをチューリップの隣に置くと、すぐさま赤髪の少女はサンドイッチに手を伸ばしてばくばくと食べ始めた。
「様になっていますわね。すっかりと」
「食べるの好きだからね」
「食べる姿ではありません! 後輩の何人かをお世話することになったのでしょう?」
 えへへ、とチューリップはサンドイッチを頬張りながらはにかんだ。先ほどの三人の少女たちは、拳士隊に入隊したばかりの新人たちだ。隊長のサクラから、午前の基礎特訓のみ監督するよう任されたのだ。とはいえ、週末の一日だけなのだが、それはサクラから頼られているということだ。
「あの一件以来、あなたの成長には驚きましたわ。最初は相手にされていなかったそうですけれど、今はサクラ先生と組手をするくらいですものね」
「一度も勝ったことないけどね。まだまだだよ」
 猫族との争いがあったのは二ヶ月ほど前のことだ。猫族との関係は落ち着いている。ルルは今、城で保護されている状況だ。
 あの日からチューリップは己の弱さが悔しくてたまらなかった。それこそ当時はまだ入隊したばかりで、偵察任務くらいしか請け負ったことのないほど実戦経験は浅かった。だからといってそれを言い訳にはしたくない。
 強くなろうと決めたのだ。まだ目標であるサクラには到底足元にも及ばないが、少しは認められているというのも事実である。
「もっと自信を持ちなさいな。あなたは十分強くなっていますのよ」
 マーガレットがこれほど褒めるのは珍しいことだ。いつもは食べ方の行儀が悪いだの、部屋が片付けられていないだの、まるで姉か母のように口うるさいのだが。
 なんとなく恥ずかしくなって、チューリップは頬をぽりぽりとかく。
「そ、そんなに褒めないでよ。マーガレットだっていろいろ話題になってるでしょ。『燃やす治療士』って」
「だっ、誰ですのそんな不名誉な称号をつくったのは!」
 マーガレットは唾を飛ばしながらベンチをばしんと叩いた。衝撃でバスケットが落下しかけ、チューリップが慌てながら手で押さえる。
 ドレスのような法衣は、治療士の基本的な装いだ。文字通り、治療を主とする魔法使いである。基本は何か一つの属性を伸ばすのが一般的だが、マーガレットは治療の他に放出タイプの魔法も学んでいる。チューリップには到底真似できない芸当である。
「誰が燃やす治療士ですか! 火力が高いヒーラーですか! 癒しの炎ですか!」
「そ、そんな風にまで言われてるんだ。一応気にしてたんだね」
 炎系の魔法がマーガレットの得意分野でもある。チューリップとは違い魔力を外へと放出する、一般的なタイプだ。
 彼女は口より先に手が出ることがよくあった。事情を知らない新人たちが初対面で、そのおかしな二つ名を呼ぼうものなら、問答無用で火の玉を飛ばされるという逸話も珍しくない。
 こほん、とマーガレットはわざとらしく咳払いをした。
「そんな話はどうでもいいのです。今日は折り入って頼みがありますの」
「なに?」
「セレスタイトという村をご存知ですわね?」
 チューリップは頷いた。最近よく話題になる村だ。
「病気が流行ってるって聞いたよ」
「ええ。治療士隊にもお呼びがかかりましたわ。どうやら魔力にも作用する病気らしいので、ひとまずわたくしが調査することに」
「え? 一人で?」
「ですからあなたにお願いが。同行者を一人連れていくようにとのことですので」
 要するに、ボディーガードということだろう。
 セレスタイト村では、謎の病気が流行しているそうだ。当初は発熱がひどいとか、体が痛むなどの報告が城には届いていた。重い風邪だろうと思われたので通常の医師を派遣していたが、近頃は事態が悪化している。村に住む女性が、突然魔法が使えなくなったという。身体的な問題ならまだしも、女性のみが持つ魔力にまで作用する病気だとすればそれはただの病気ではないかもしれない。
「もちろんわたくし達にも影響を及ばさないとは限りませんわ。とはいえこれはしっかりと解明すべき問題です。無理にとは言いませんわよ」
 怒りっぽい性格だが、マーガレットという少女は何より治療士としての意識が人一倍強かった。過去にあったことをチューリップはよく知っている。そんな幼なじみの頼みなのだ。断る理由はないし、むしろ協力したい。手伝ってあげたい。
「病気なんか怖くないよ。一緒に行こう!」
 チューリップは拳をぐっと握り締めた。
「そう言ってくれると思っていましたわ」
 にこりとマーガレットは頬を緩ませた。
「出発は明日の朝です。馬車の手配はしておきますので、今日はゆっくり休んでおくといいですわ」
「ええー、飛んでいった方が早いよ」
「無駄な魔力を消耗するなと言っているでしょうに。目的地では万全を期すべきです」
 はーい、とチューリップは渋々頷いたが、急にもじもじし始めた。
「どうかしましたか?」
「あの……ごめん。マーガレットが喋ってる間に全部食べちゃった」
 マーガレットが視線を移したその先には、空っぽになったバスケットがある。
「なっ! なななななっ」
「だって美味しかったから……さ、さすがマーガレットのお手製だね! あはは」
「褒めても駄目です! わたくしのお昼はどうなるんですのー!」
 チューリップは周囲が急に熱を帯びたように感じた。本能的に危険を察知して、幼なじみから距離をとる。白がイメージカラーの治療士の周りに、手のひらほどの炎が出現していた。それもいくつか。
「わああ落ち着いて! なんか火の玉出てるよ!? 無駄な魔力は使っちゃ駄目って……」
「これは必要な制裁です! <ファイアーボール>!」
 燃やす治療士ことマーガレットが叫ぶと、炎たちは赤髪の拳士めがけて襲い掛かった。
 チューリップは両拳に魔力を込め、迫る炎の球体を弾き飛ばす。ここは花壇もたくさん並んでいる中庭だ。全て上空へと弾き返す。
「駄目だってば! 花が燃えちゃう!」
「……あ」
『花』という言葉に正気を取り戻したようだった。マーガレットは急に恥ずかしくなったようで、頬を真っ赤に染める。
「い、いけません。わたくしとしたことが……」
 ほっ、とチューリップは一息つく。落ち着いてくれたようだ、と安堵したが、ずいと目の前まで接近してきたので思わず体を仰け反らせる。
「わっ」
「しかしわたくしのお昼の問題は解決していません! 調達してきなさい!」
 ものすごい剣幕に、チューリップは逃げ出すようにして城へと向かった。

 城の魔法使いたちは、笑いながら二人の騒動を見守っていた。いつものことだ、と。

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