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花びらたち ★4-1

 どうしてわたしは亜人なのだろう。
 亜人として生まれたことを、犬族の少女テリアは常に不幸だと感じてきた。人間として見られず、純粋な獣としても認められない中途半端な種族。
 コスモスなる人物はリーフガーデンという一つの国をつくりあげ、共存主義とか何とか――難しい言葉は分からないが、とにかくみんな一緒に仲良く暮らすという方針を掲げている。テリアはそれに賛成で今すぐにでも国へ移り住みたいと考えていたが、犬族というのは数が多くてその分派閥も様々。できるだけ関わりあいたくない、と今までどおりの生活を望む声の方が大きい。
「今までどおりったって、人間に避けられてばっかりじゃん」
 彼女自身は直接罵倒されたわけではないが、亜人は時折魔獣と同じような目で見られてきた。魔獣なんて化け物そのものだ。自分たちはちゃんと心を持ってるし、人間と同じように感情を表現する。それなのにどうして差別など受けなければならないのか。
「なんでわたしは亜人なのよ」
 両親を恨んだことがないといえば嘘になる。たとえ性別が女でも人間でなければ魔力を持たない。この世界において魔法が使えない女なんて何の役にも立たない。亜人であればなおさらだ。
 その問題を、国は解決してくれるっていうのに。
 テリアは舌打ちしながら、木の実などを探しつつ森を歩き回った。夕暮れ時で薄暗いが、集落を囲むようにして木々が佇むこの辺りは庭のようなもの。動きやすい服装だから店頭することなんてないし、当然迷うこともない。
 しかし、今日はどうも匂いが気になる。彼女は持ち前の嗅覚でその微妙な違和感を嗅ぎ取っていたが、その時点で既に手遅れだった。
 ばちっ、と弾けるような音。
「あぎッ――!?」
 視界いっぱいに火花が散った。体中に走る痺れるような激痛。木の枝が刺さったとか、そんな生易しいものじゃない。これは物理的な痛みとは違っていた。
 全身が硬直してしまったかのように、テリアは仰向けに倒れこんだ。
「かかった、かかった!」
 少女の声が鼓膜を叩いた。聞き覚えがないし、嗅いだことのない匂い。その事実だけでもテリアには恐怖で満たされた。この辺り一帯は犬族の縄張りで、知らない誰かがいたとすればそれは犬族以外の存在しかあり得ない。
「あっはは、痙攣しちゃってるし口から泡吹いてる」
 背の高い木々と夕暮れの空が映っていた視界に、その知らない存在が顔を覗きこんできた。体は言うことを聞かないものの目だけはしっかりと機能している。
 金髪の少女だった。亜人の特徴である獣の耳もない。これから太陽が強く照り始める季節にふさわしく肌を露出した衣服を纏っている。年頃の娘らしい印象を受けた。
「あっ、い――はっ――」
「あっれー? そんなに痛かった? きゃはっ」
 何が面白いのか、少女は満面の笑みを貼り付けていた。
 彼女が何をしたのか分からない。だがテリアにとって重要な点はそこではなく、なぜこんなことをしたのか、だった。
「にしても結構可愛い顔してるなぁ。やりがいありそう」
 金髪の少女は笑みを一層深くすると、右手に持っていたものを見せつけるようにかざした。
 背筋が凍る。それは見たことがあるし、自宅にも一つ置いてある。剣山のようにギザギザな刃が一直線にならんだ鋸だった。少女には似つかわしくない組み合わせである。
 刃渡りや刃幅はちょうど腕と同じくらいで、大木よりも細い板を切断する際に使うような代物だった。なにか違う点があるとすれば、刃が全体的に赤黒く塗られていることだった。テリアは自慢の嗅覚でその匂いを敏感に嗅ぎ取ってしまい、心臓が止まりそうなほどの恐怖を感じた。
「え、な、なに」
「さーて、どんな声で鳴くのかなー」
 少女は腰を下ろすとおもむろにテリアの髪を掴んで頭を引っ張り上げ、手にしている凶器を耳に近づけた。
 何の躊躇もなく、耳の根元に刃を侵入させる。
「ひゃっ、ぁぎゃあああああぁぁぁ!」
「あはっ、いい声。綺麗に取ってあげるからね」
 肉が削がれる音をテリアは初めて聞いた。耳を切られるなんてことも初めてだった。
「ん~ん~」
 鼻歌さえ歌いながら鋸を動かしている少女は、時折吹き出てくる返り血も気にせず作業を続けた。
「ぃぎっ、あっ、ひぃっ」
 歯を食いしばろうとするものの、最初に雷を直接受けたような感覚のせいで手足の指さえ全く力が入らない。それでも耳をはがされる激痛という信号が脳に伝わってくる。意識さえはっきりしたままだ。
 ぷつりと左から音が消えた。涙に滲む視界には、金髪の少女が犬の耳を持ち上げて嬉しそうに眺めている光景が映っている。
「いい色だし、いい毛並みだね。きっと高く売れるよ」
「あ――あ――」
 手を真っ赤な血で染めた少女の言葉を理解する余裕はなかった。ただ「どうして?」という素朴な疑問だけが頭の中を駆け巡っている。
 なぜこんなことをするのか分からない。なぜそんなに喜びに満ちている顔をしているのか分からない。
「はい次右ね」
「や、やめっ――」
 制止しようとした言葉を甲高い悲鳴が追いかけた。右耳が熱い。直接炎を当てられているかのような。それに伴う痛みはテリアの思考をさらに霞ませていった。
 左耳のときよりも早く処理は終了した。血を浴びた鋸と犬型の耳を二つ手にした少女は満足げに頷いている。
 テリアにはもう何も聞こえない。少し垂れ気味だった特長的な耳が切り取られてしまったから。今自分が呻き声をあげているのかどうかさえ分からない。ただひたすらに痛みが存在するだけ。
「尻尾も貰うけどいいよね? 駄目? あ、もう耳ないから聞いても仕方ないか。あはっ」
 言葉はテリアにはもう届かない。顔を覗きこまれて何事か尋ねられているということだけは把握できた。
 少女は仰向けになっている犬族の少女を足蹴にし、ごろりとうつ伏せにさせた。
 音のない世界が動く。土や落ち葉しか見えない。少女の姿を捉えていないことが、逆に恐怖を募らせた。
 続いて尻尾に激痛。
「ふぎああああぉおおぉぉああぁぁ!?」
 聴覚が奪われているせいなのか、声は滅茶苦茶に歪んでいた。その雄たけびのような悲鳴を聞いて、金髪の少女は腹の底から笑い声をあげる。
「あっははは! なにその声、おっかしー! 尻尾が感じるとこなの?」
 既に血で塗られている鋸は細い尻尾を今にも切断しようとしていた。だがテリアの挙動が面白いと感じ、あえてゆっくりと、確かめるようにしながら刃を動かしていく。
「あっがああああいぃいぃあぁぁぁぁ!」
 尻尾から脳天まで突き抜けるような痛みの信号が、体を弓なりに曲げさせた。腕は一切動いていないにも関わらず、胸から上だけが直角に折れ曲がらんばかりに仰け反っている。
 がくがくと全身を痙攣させながら逆くの字になっているテリアに対し、少女は少しだけ残念そうに息を吐いた。
「んー、尻尾はそうでもないねー。もっと長い方がよかったんだけど」
 ふっ、と尻尾の感覚さえ途切れた。さらにまた脇腹の辺りを蹴られて仰向けに戻される。すると少女は吹き出した。
「ひっどい顔! 涙と涎でぐちゃぐちゃ!」
 もう嫌だ。痛い。痛い。ものすごく痛い。何もかもが痛い。聞こえない。何も聞こえない。
「ほぉ、いへ……!」
「え、なに?」
「ほろ、しへぇ……!」
「……殺してって言ってんの?」
 周りの空気がわずかに冷えた気がした。体がぼろぼろになっていてもその異変をテリアは感じ取っていた。
 いつの間にか、少女は狂気に満ちた笑顔を完全に消している。
「はぁ? なに勝手に殺されたがってんの?」
 怒りを顔に滲ませながらテリアの薄い肌着一枚で守られている腹部を踏みつけた。
「ごほっ! えぐっ――」
 鈍い音をたてて固いブーツの底が突き刺さる。呻き声とともに肺の酸素が叩き出されたうえ、捻るようにして埋められている少女の足がさらに深く沈みこんできた。
 内臓をぐりぐりと軋ませながら押し潰され、こみ上げてきた酸味のある熱い液体が口内を満たす。
「げぼっ! はがっ――はっ――はっ――」
 一切の音が聞こえないテリアにはもはや何もかもが理解できない。なぜひとおもいに殺しくれないのか。どうしてこんな人とは思えない行為ができるのか。
「そんなのあたしが決めることじゃん。あー、聞こえないよね。片方の耳くらい残しとけばよかった」
 さも残念そうにため息を吐く。
 悟った。この少女はまともではない。今更なことではあるが、まともであるはずがない。きっとすぐに殺してはくれないだろう。
 ならば、と全身を力を総動員して口を大きく開く。そこへあろうことか鋸の刃が進入してきた。思わず顎を硬直させる。
 少女が咄嗟に凶器を口内へと差し込んだのである。舌の上へ乗せるように、喉奥に接しないギリギリのところで停止していた。口の周りに傷さえつけていない。
「舌噛んじゃダメだよ。自分から死ぬなんてそんなつまんないことさせないからね」
 にやりと笑う彼女はいつもの表情に戻っていた。この残虐行為をまるで人形と遊んでいるかのように楽しみ、耳と尻尾を手に入れて喜んでいたあの笑顔。
 せめて魔法が使えれば、抵抗なり何なりできたかもしれないのに。そもそも普通の人間であればこんな目に遭うこともなかっただろうに。
 駆け巡る激痛の嵐の中、テリアは再び己の境遇を呪った。
 どうしてわたしは亜人なのだろう。

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