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花びらたち 4-2

 午後の暖かい陽射しの下、山道を馬車がゆっくりと進んでいる。二頭の馬が引いている大きな客室の中には四人の女性が、二人ずつ向かい合うように座っている。
 赤い髪の少女――チューリップが銀髪の女性に尋ねる。
「コスモス様、もっとこう、豪華な感じにしないんですか?」
「パレードならともかく、遠征で目立つのはちょっとね」
 リーフガーデン国の王妃コスモスは柔らかい笑みをたたえながら答えた。彼女は城で常に身に着けているようなドレスではなく、さりとて法衣でもない普段着のような格好をしていた。
「考えてもみなさいな。コスモス様が城を離れているということが知られたらどうなります?」
 チューリップの隣に座っている真っ白い法衣を着たマーガレットがため息を吐いた。大きな帽子は膝の上に置かれている。
「ああそっかー。サインとかいっぱい求められちゃうし、移動しづらいね」
「あなたは王妃をスターか何かと勘違いしていません? まあいいですわ。国を信用していない人たちなら何をしてきます?」
 あら、とコスモスが割って入る。
「遠慮しなくていいのよ? 私を嫌いでどうにかしてやりたいって考えてる人がいるって言えばいいのに」
 そう言われましても、とマーガレットは窮屈そうに苦笑いを浮かべた。どことなく体も固い。目の前に王妃が座っているのだから無理もないだろう。
 周知の事実ではあるがコスモスの性格は気さくで、まるで友人同士のように接してくる。それは国の魔法使いだろうが民だろうが、性別や人種さえ関係ない。
「どうしてみんなすぐに仲良くできないのかな」
「生きる者が全てチューリップさんのようであれば、統一は簡単なのですが」
 瞑想するように目を閉じている黒髪の少女がぽつりと呟く。黒い鞘に納められた刀を抱いている。
「カトレアさん、チューリップは単純すぎるだけですわ。見知らぬ他人に一つしかないパンを半分に分けてあげるタイプです」
「丸ごと与えるよりそちらの方が理想的です。共に生きるという意思表示になりますから」
「本人はきっとそこまで深く考えていませんわよ」
「え? 一人で食べるよりみんなで食べた方がおいしいでしょ?」
「ほら」
 くすり、とカトレアが口元をほころばせた。普段無表情である彼女がこうして感情を表すこと自体珍しいことであったが、共に過ごすことによって幾分柔らかくなってきたようである。
 その様子を眺めていた王妃が口を開く。
「こんなときに突然だけど、あなた達を一つのチームとして固定しようと考えてるの」
 注目が集まる。カトレアも目を開いていた。
 国の魔法使いは訓練を始めた人間も含めれば百人を超えている。他の地域から依頼を受けると、所属する魔法使いの属性を適材適所としてそれぞれに任務を与えていく。鉱山などで大きな事故が起きたのであれば治療士を、植物型の魔獣が現れたのなら炎属性を、といった具合だ。
「これはまだ先の話だけど、能力の高い子たちをそれぞれチーム編成しようと思って。サクラとも相談したのだけど、あなたたち三人がその指針になってくれれば」
 恩師の名前が出たとき、チューリップの背筋が自然と伸びた。
 極端な話、部隊編成の簡略化を狙ったものだった。実力をつけた者も増えてきたため、依頼を受けてから派遣する人物を選定していたのでは時間がかかる。であれば、前衛や後衛などのバランスも考慮したメンバーをあらかじめ構成しておけば手間も省ける。複数の人数を一つとして扱うのだ。
「マーガレットが両属性だし、カトレアも特殊でちょっと偏ってるけど、相性は悪くないと思うわ。仲が良いし。ねえ?」
 顔を窺うようにして隣のカトレアに頷きかけると、黒き戦器士は表情を隠すようにしてわずかに俯いた。
「あら、照れちゃって」
「それって、任務のときはいつも一緒ってことですか?」
 チューリップの問いに頷きが返ってくる。
「そうよ。魔力の属性はもとより、『絆』に勝る強さというものはなかなかないわね」
 もちろん人間関係についても留意すべきだが、その点はコスモスもほぼ問題ないだろうという信頼を置いているようだった。
「ゴーレム事件や前回の魔獣討伐での一件はよく聞いているわ。だから今回、あなた達を直接見てみることにしたの」
 なるほど、とマーガレットが頷いている。言うなればこれはテストのようなもので、三人が護衛役に直接指名された理由にも納得がいく。自分たちの行動如何で魔法使いたちの体制が決定付けるとなると、責任重大だ。
「そんなに身構えなくてもいいのよ? 今回はあくまで私のお供だから」
 とはいえ現在向かっている場所は国の影響をあまり受けていない地域だ。リーフガーデン自体が異様な成長速度で頭角を現した国だし、どこからどこまでが領地なのかまだはっきりしていない部分がある。
 むしろ、コスモス王妃が地位を獲得する以前は人間と亜人の二種類で分け隔てられていたといっても過言ではない。今でこそ城や町の中では亜人も暮らしているが、それもほんの一部だ。
「犬族って頑固者が多いって、ルルが言ってました」
 次第に木々が生い茂っていく景色を一瞥して、チューリップが言った。
 これから、コスモスは犬族の族長と対話をすることになっている。犬族を傘下に入れるための重要な話し合いだ。こちらから申し出たことなので、犬族側の条件を全て呑んだうえでのこの旅路であった。
「コスモス様、今回限りでわたくしたちを見定めるのですか?」
「何も起きなければそれでいいの。でも、魔獣を倒すことだけが魔法使いのお仕事じゃないのよ?」
 この護衛任務の一環で彼女は何を見ようとしているのか。にこりした笑みを崩さない王妃の真意を、マーガレットは図りかねているようで眉をひそめている。
 ふと、カトレアが閉じていた目を開いた。ほぼ同時に二頭の馬がけたたましい鳴き声をあげ、客車がつんのめるようにして停止した。
「――ッ!」
 チューリップが真っ先に外へ飛び出す。
 視界の先では目的地である集落へと続く林道が続いているが、行く手を遮るようにして幾人かの亜人が身構えていた。姿は人間そのものだが、犬の耳や尻尾が生えている。男も女も、合わせて十人前後。畑仕事で使う鎌や鍬を手にしていた。
 馬の足が矢で射られていることに気付き、チューリップは思わず叫ぶ。
「なにするの!」
「チューリップ! 上です!」
 幼なじみの声が鼓膜を叩き、とっさに拳に魔力を込めた。
 やや斜め上から殺気が飛んでくる。矢だった。並の動体視力では避けることさえ難しいであろうその攻撃を、赤髪の拳士は腕を振るだけで弾き飛ばす。刃同士がぶつかるような音の後、一本の矢が地面へと落下した。
 背の高い木の上に、弓を構えた犬族の女性。矢筒に手を伸ばしながら、地上の同胞たちに声を飛ばす。
「ひるむな! 仇をとるんだ!」
 突き動かされるようにして犬族の集団が突撃を開始する。こちらの言い分を聞かせる余裕もない。
 マーガレットとカトレアも外に出たが、前線には出ない。
「二人は馬車を守って。チューリップ、あまり傷つけないように無力化してくれる?」
「……はい!」
 王妃の命を受けて拳士は駆け出す。
 先頭に踊り出てきた男は鍬を持っていた。ただがむしゃらに振り下ろそうとする彼に足払いをかける。手から離れた得物を掴み取りつつ、続いて向かってくる亜人たちを視界に捉える。
 左右から草刈鎌を持った若い女が二人。表情に若干恐怖の色が見えるが、それよりも目の前にいる敵対者を倒さねばという使命感が窺えた。
 右の女の足元へと鍬を投げつける。小さく悲鳴をあげて動きを止めた彼女の至近距離まで一息で接近し、ほっそりとした胴体へと拳を打ち込んだ。
「かはっ!?」
 両目が見開かれて瞳孔が縮小していく。
 やわらかな鳩尾にめり込んだ拳は横隔膜を押し上げて一瞬だけ呼吸を停止させた。女の体から力が抜けていき、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「この……!」
 もう一人の女は、それこそ草を刈るようにして鎌を横に薙いだ。なんの戦闘技術もない素人同然の攻撃。チューリップはわずかに体を反らすだけで回避すると、すぐさま懐に飛び込んで肘を打ち込む。
「ぐっ……!」
 体をくの字に折り曲げながら鎌を落とし、地面に倒れ伏す。
 視線を上へと向ける。弓矢を装備していた女は馬車めがけて矢を放っているが、黒髪の戦器士が刀を振って弾き飛ばしていた。すでにいくつもの矢が転がっている。
 しかし解せないのはこの襲撃である。あちらが裏切った? 自分たちの土地へ誘い込んで仕留めるつもりだった?
 不自然な状況にチューリップは声を張り上げる。
「族長さんから聞いてないの?」
「話し合いなど罠だろう! 騙されるか!」
 弓矢の女が答えた。今日行われるはずの会合は知っているようだが、まるで信用されていない。
「仇をとるってどういうこと! あたしたちは何もしてない!」
「黙れ! 魔法使いなんてどいつも同じだ!」
 聞く耳さえ持とうとしない。
 詳しい事情は知る由も無いが、同胞が魔法使いに殺されたという事実だけがはっきりと呑みこめた。
 チューリップは歯を噛んだ。いわれのない罪を着させられたからではない。いまだに人間と亜人の溝が深いことが何よりも悔しかった。同じ生を受けたものであるはずなのにどうしてこうも分かり合えないのか。差し伸べた手を振り払われてしまうのでは見も蓋もない。
 仕方ない。今この場には王妃であるコスモスがいるし、危険はなんとしても無力化しなければ。行動が再開された犬族たちを見据えて――
「やめんか!」
 心臓が飛び上がりそうなほどの怒号。思わずびくりと動きを止めてしまったチューリップは、その声の元を視線で辿る。犬族の住人たちもそちらへ顔を向けていた。
 林の奥から現れたのは、体格の大きい男性だった。ぴんと上に伸びた犬の耳と尻尾。周りの若い亜人たちより一回りほど年齢が上のように見えた。
「族長……!」
 弓矢の女が慌てたように地上へと飛び降り、彼の元へ駆け寄っていく。
「ポメラ、お前の独断か」
「は、はい」
「馬鹿者っ!」
 小気味良い音とともに、女――ポメラの体が倒れこむ。族長が彼女の頬を思い切り張り飛ばしたのだ。
「客人になんたる無礼か! 恥を知れ!」
「し、しかし、テリアの……!」
「……お前の無念はよく分かるが、冷静になれ。我々だけではどうにもならんこともある」
 ぐっ、とポメラは口をつぐんで力なく俯く。
 族長は頭を下げている同胞たちの間を進み、見計らったかのようにコスモスが馬車を降りた。カトレアが傍に付こうとしたがそれを手で制している。
 二人はお互い一礼する。
「無礼をお許しください。長のスパニエルと申します」
「リーフガーデンのコスモスです。慌しいようですけど、なにか不都合が?」
 王妃の表情は柔らかいようだったが、チューリップにはどことなく相手にプレッシャーを与えているようにも感じられた。
「申し訳ない。皆、まだ魔法使いの存在に不安を抱いているようで」
「女性の方は『仇をとる』と豪語していましたけど……何が起きました?」
 あくまでこちらのペースを譲らない。
 魔法使いが絡んでいることは間違いない。この地上全土で暮らす人間たちが国と同調しているわけではないから、当然与り知らぬところで事件が発生していることもあるだろう。
 スパニエルは一旦押し黙った後、重々しく口を開いた。
「一人が殺された。耳と尻尾を切り取られている」
 思わず鳥肌が立った。チューリップは己の体を抱く。
「亜人狩りですか」
「ご存知か」
「ええ、耳に入っています。となると犠牲者が増える可能性もあるわけですね」
 亜人狩り。最近亜人たちの間で広まっている、不気味な噂。
 信じたくない話ではあるが、亜人の耳などを高値で買い取る商いが陰で存在する。普通の獣よりも何倍も高く、亜人を狩ることを生業としている者さえいるのだ。
 小さな集落などが被害を受けているが、それでも二人以上は殺されていることが多い。しかもこの先にあるのは犬族の根城とも言うべき場所だ。警戒するのも無理はない。
「心中お察しします。相手が魔法使いであるという確信は?」
「死体を見た。全身が焼け焦げているようだった」
「なるほど。そちらとしては私たちを追い返したいかもしれませんが、このまま見過ごせません」
「……」
 犬族の状況からすればコスモスたちを受け入れられるはずはなかったが、族長はじっと王妃の視線から瞳を逸らさなかった。見定めているような、心の奥を見ようとしているような表情。
 やがて、スパニエルは頭を下げた。
「よろしく頼む」
「族長! 信用するのですか!」
 先ほど張り手を受けたポメラなる女性が駆け寄ってきた。こうして堂々と異を唱えるところからして、彼女自身も犬族の中では地位が高いのかもしれない。
「ポメラ、この者たちは魔法を使ったか?」
「……いえ」
「そういうことだ」
 その言葉だけで弓矢の女は一歩引いた。
 厳密には初手の攻撃で魔法を行使したが、チューリップは自己強化を行わずに応戦していた。魔力を持っていなければ魔法に対して抵抗力が働かない。人間の男性はもちろん、亜人に対して魔法を使うというのは丸腰の相手に剣で戦うも同然だ。
 殺された犬族の住人は体が焼け焦げていたという話だから、正々堂々と応戦したチューリップたちを族長スパニエルは危険ではないと判断したのだろう。よい観察力を持った人物である。
「魔王使いの相手は、魔法使いがします」
 コスモスは振り返って三人の魔法使いたちにそれぞれ視線を送った。答えるようにして頷き返す。
 ふと、馬車での会話をチューリップは思い返した。魔獣を倒すことだけじゃない。時には同じ人間とも戦わなければならない。コスモスはそう言いたかったのではないか。
 とはいえ亜人の体の一部を切断するという残虐な行為を生きる術としているような奴らだ。魔法使いである前に、同じ人間として――命あるものとして許せない。
 赤髪の拳士は拳を握り締め、陽が高く昇っている天を仰いだ。

Comment

No:30|
私も少し前に小説を書いていましたが、ただひたすらに女の子をボコる話を書くのは嫌でした。
やっぱりしっかりしたストーリーがあってこそ、バトルシーンが引き立つのだと思います。
『花びらたち』はストーリーがしっかりしているので、バトルシーンを早く読みたいと思う反面、2ー5であったチューリップのカトレアに対するスキンシップのように、ほのぼのとする話も読みたいと思える所が面白いです。
なので私は『花びらたち』が大好きです!!
応援してます
頑張って下さいね
長々と済みませんでした。
No:31|
>紅さん
Twitterのつぶやきを読んだのですね。
流れに沿ったお話というのは大事なもので、ただ通り魔的にボコったって何も面白くないでしょうし、やはりシチュエーションが必要不可欠だと思います。それが長い短いは置いといて。
でもあくまでリョナ目的で書いてるっていうのも事実ですから、物語の設定については甘いところたくさんありますけどね……
読んでくださって本当にありがとうございます。これからもよろしくです。

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