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花びらたち ★4-3

 犬族の住人を殺すことで、魔法使い側と――ひいては人間との関係に大きな溝を作るつもりだった。それがどういうわけか族長は国からの来訪者たちを受け入れてしまっている。死因もわざと分かりやすくしたっていうのに。
 まあいい。作戦が失敗したことなんてどうでもいいと思えるくらい、今は千載一遇のチャンスが巡ってきているのだ。
「ホント運がいいよ。まさかのこのこ出てくるなんてさあ」
 笑いがこみ上げてきて仕方ない。まさかリーフガーデン国の王妃さまがこんな辺境に姿を現すなんて予想していなかった。これが笑わずにいられるものか。
 ここで王妃を亡き者にしてしまえばあるいは。異常は話ではあるが、コスモスがほぼ一人で築きあげたような国なのだ。彼女の死はすなわち国の死を意味する。
「ああそうだ、犬族に殺されたってことにすればいいんじゃない? これで亜人との関係も終わりだよ」
 国のトップが亜人に殺害されたとなればもはや統一どころの話ではない。共存など無理だと、平和ボケしている奴らに思い知らせることができる。こんなにおいしい話はない。
「うずうずして仕方なかったね。一日がこんなに長いなんて」
 時刻は既に日が変わった直後だった。コスモスを発見したのが正午を過ぎた頃だったが、
少女は集落に突撃していくのを必死に我慢していた。
 護衛が三人付いていたからだ。見たところ前衛寄りなバランスだったが、相手が三人では少し分が悪いのも事実。
 だから夜中まで待った。この時間なら犬族も活動してはいないだろう。問題は護衛がどのようにして王妃を守っているかだが、陽が高い時より護衛の機能は下がっていると考えていい。彼女たちも人の子だから。
「ま、暗殺が得意だしね」
 にやりと口元を歪めながら、手にしている得物をぐっと握り締める。闇夜で標的を殺すのは初めてではないし、視界が暗いのはむしろ好都合だ。こちらは既に目が慣れている。
「そろそろ行こっか。王妃を殺しに……あははっ」
 闇の中で誰かに語りかけるようにして呟き、森の中へと足を踏み入れる。
 瞬間、視界いっぱいに光が広がった。
「うわっ! なに?」
 攻撃ではない。光は上から降り注いでおり、そちらへ目を凝らすと魔結晶らしき物体が木の枝にいくつか確認できた。動くものに反応したか、それともこちらの魔力に反応したのか。ともかく、真っ暗闇な森でこれほど明るい光は目立ちすぎる。
「はっ、いいじゃん。来なよ」
 あの護衛たちがこちらへ向かってくるのは間違いない。場所もはっきり分かっているから到着はもうじきだろう。
 なにも、魔法使いと戦うのは初めてではないのだ。

 光に照らされている人影を視界に捉えると、チューリップは力強く叫んだ。
「動くな!」
 ゴーレムと戦った遺跡での『電灯』からヒントを得たマーガレットは、発動するとしばらく周囲を照らし続ける魔結晶を製作していた。その効果は覿面で、太陽が沈んだ森の中であるにも関わらず早朝のような明るさである。
 陣形はマーガレットがやや後方で待機。カトレアは相手を挟み込むような位置についた。
 少女の髪は光に照らされて鮮やかに輝く金色で、服装は法衣ではなく普段着のようだった。まるで散歩に出かけていたような日常的な雰囲気を漂わせていて、それがあまりにも異様だった。
 それもそのはず。手には両刃の剣が握られていた。
「あなた、名前は?」
「……フリージア」
 マーガレットの問いには素直に応じた。
「犬族を殺害したのはあなたですわね?」
 もはや聞くまでもないが、フリージアと名乗る少女は口元を歪めながら頷いた。なぜこの状況で笑っていられるのか。
 彼女が持つ得物を見て、チューリップは息を呑んだ。同時にどうしようもないほどの怒りがこみ上げてくる。
 剣の刃は赤黒く染まっていた。汚れているといった方が正しいかもしれない。今まで何度も血を浴びてきたかのような。なおかつフリージアは笑っているのだ。
「拘束させていただきます。抵抗はやめておいた方が身のためですわよ」
 強気な姿勢を崩さず、マーガレットは金髪の少女を睨む。剣の色を見て察したのだろう。声にもやや必要以上に力が込められていた。
「それはヤだなー。捕まりたくないし」
「もう犬族の方を殺させはしません」
「違う違う。わたしの目的はコスモス王妃だよ」
 ふと、周囲の空気が張り詰めた。カトレアが刀を抜いて構えている。
 発見されていたことに歯を噛みつつも、チューリップも戦闘態勢に入った。ここで彼女を確保しなければ王妃に危険が及ぶ。それだけはなんとしても避けなければならない。
「しかしたった一人では限界がありますわよ」
「あはっ、誰が一人だって?」
 真上で葉が揺れる音がした。風のせいではない、とチューリップは即座に判断して、マーガレットを体を抱きしめながら横へと跳ぶ。
「きゃっ」
 小さな悲鳴。追いかけるようにして轟音が鼓膜を叩き、地面を揺らした。体を転がしつつマーガレットをかばようにして立ち上がる。
 先ほどまでマーガレットが立っていた位置に、新たな少女が足を突き刺していた。カトレアよりも幼い顔立ち。黒と白がバランスよく配色され、フリルがたくさん施された衣服を着ている。まるで人形がそのまま等身大になったような少女だった。
「アザミ、相手は三人だけど一人は後衛寄りだよ。実質二対二だね」
 人形のような少女――アザミはこくりと頷いた。
 戦うつもりのようだ。チューリップは両拳をぐっと握り締めながら構える。
「マーガレットは後ろに!」
 幼なじみの言葉を受けて、治療士は杖を拾い上げながら距離をとる。二人の仲間を視界に捉え、なおかつカバーが間に合う位置まで。 
「アザミそっちお願いね。こっちの方が面白そう」
 剣を手にしている少女はカトレアへと向き直った。
 チューリップは改めて二人目の少女を見定める。およそ戦闘に不向きな格好だ。スカートは長いうえ、肌が見えているのは顔くらいのものだ。年齢もようやく二桁に到達したような顔立ち。その表情は無そのもので、ただひたすらに拳士を見つめている。
「ほんとに、戦うの?」
 後輩の魔法使いと組手をすることはあるが、いくらなんでも彼女は――アザミは幼すぎる。普通ならまだ親元で生活していて然るべき年頃だ。
 その小さな姿が、一瞬で目の前に迫ってきていた。
「――ッ!」
 幼い少女はほぼ予備動作なしで踏み込んできた。ずしんと地面を踏み砕きながら、もう片方の脚が迫る。固い皮のブーツ。純粋なハイキックである。ふわりと長いスカートであるにも関わらず蹴りの軌道は鋭かった。
「側頭部」
 初めて少女の声を聞いた。見た目の幼さをさらに強調させるような可愛らしい声色だったが、それはあまりにも短く攻撃的だった。
 チューリップは咄嗟に左腕でガードする。
「あづっ――!?」
 ばちっ、火花が散った。少女の脚とこちらの腕が衝突した瞬間だ。びりびりと筋肉が震えるような衝撃が腕に走っている。
 動揺している間にも連撃。続いて左拳が襲い掛かってきた。チューリップは受け止めるのを躊躇し上体を前に倒して回避するが、視界に迫ってきたのは長いスカートに隠れた右膝だった。
「顎」
「ぐっ――!」
 蹴り上げられた。また火花。顎から脳天へとダメージが突き抜け、脳みそがぐらりと揺れる。
 視界が強制的に上へと向けさせられ、蹴られた衝撃にチューリップは体を弓なりに仰け反らせた。相手に対して胴体をさらけ出すような形になる。
「麻痺」
 突き出されている腹部にアザミの手が押し付けられた。同時に全身に焼け付くような痛みが広がっていく。
「ぅぐうああああ!?」
 びくんと体が引きつり、体が硬直してしまう。
 腹の筋肉組織が痙攣している。これは少女の魔法によるものだとようやく気付いた。雷属性。攻撃を受けるたびに火花が散っていたのもそのせいだ。
 電流を流されて全身が固まっているチューリップの、無防備に晒された腹部へと。
「鳩尾」
 アザミは右のボディアッパーを捻じ込んだ。
「ご……ふっ……!」
 自分のものとは思えないほどの呻き声と唾液が漏れた。
 内臓ごと下から突き上げられ、体がくの字に折れながら一瞬宙に浮いた。生地が薄い格闘法衣に拳が吸い込まれている。アザミの細腕からは想像もつかないほどの威力に、チューリップは両目を見開いたまま悶えた。
「ごほっ! げぁっ……!」
 的確に抉られた胃袋から透明な液体が駆け上がり、小さな口を割って吐き出された。予想もしていな威力だった。強化された肉体を易々と砕かれたのは、流された雷のせいで筋肉に力が入らなかったからだ。
「あっ……かはっ……かっ……」
 拳が引き抜かれたが、なおも腹筋は陥没したまま修復されなかった。そのため胃はいまだに歪められたままで維持され、嘔吐感を伴った激痛がチューリップの思考を霞ませる。半開きの口から粘つく胃液を垂れ流し、腹を押さえようともしない。意識が半分飛んだ状態になっていた。
 怒涛の連撃は終わらない。前のめりになっている拳士の顔へとアザミは回し蹴りを放つ。
「チューリップ!」
 幼なじみの声に突き動かされ、ぼやけていた視界が正常を取り戻した。迫り来る蹴りに、己の魔力を瞬間的に解放する。
「だああああああっ!」
 あらん限りの力で叫ぶと、体の周りに風が巻き起こる。まるで彼女を庇うかのように竜巻が巻き起こりアザミの蹴りを止めた。魔力が衝突し合い、雷の線が空中で迸る。
 突然出現した風の力にも幼い少女は表情を一切変えなかったが、脚を下ろすと後方へ跳躍し一度距離を取った。
 ようやく腹部の状態が回復する。胃がくぐもった水音を鳴らしながら正常な形を取り戻した。
「うぷっ――けふっ! げほっげほっ!」
 反動で再び胃液を吐いて咳き込む。崩れそうな膝を気力で支えつつ、痛打を受けた腹部を押さえながら敵の姿を改めて確認した。
 自分よりも明らかに年下の少女。体の線も筋肉もなにもかも格闘向きとは思えないが、彼女の戦い方はチューリップでさえ目を見張るものがあった。
 攻撃も厄介である。接触した部分に雷を流し込み、筋肉を弛緩させる。相手を弱体化させる戦法なのだ。自己強化タイプであるチューリップとは相性が悪い。アザミの拳や蹴りを直接防御するのは避けなければならない。
「でも、なんか、変」
 さきほどは殴られたというよりも、鉛を直接埋め込まれたような感覚だった。腹に攻撃を受けたときのじわじわと響くような苦痛が感じられないほどの、漠然とした『痛み』がある。筋肉組織が緩んでいたから――いや、それだけが理由ではない気がする。
 その痛みがうっすらと和らいでいくのを感じた。後方から幼なじみが回復魔法を行使しているのだ。
「大丈夫。もう油断なんかしない」
 拳士は再び構えを取った。魔法使いを見た目で判断するのは大きな間違いだ。アザミという少女は、手加減などしていい相手ではない。
 注意を払いつつもう一人の仲間へと視線を向ける。黒髪の少女は腹を押さえて苦しげに咳き込んでいた。口からも血を流していた。あのカトレアが苦戦している――その事実に驚愕しつつも、チューリップは今目の前にいる敵に集中した。
 他に意識が向けばやられる。自分が倒れたらどうする? 誰が幼なじみを、王妃を守るのだ。それはカトレアも同じ。どちらかが負けた瞬間この勝負は決してしまう。
 一切の感情を表さない敵の表情を睨み返しながら、地面を蹴った。

 剣戟が繰り返される。刀と剣の打ち合いが森の中に響き渡っていた。
 フリージアの攻撃は確かに戦い慣れているようだった。上下左右、様々な角度から刃が襲い掛かってくる。
 とはいえ剣の攻撃というのはいってみれば『点』か『線』でしか致命傷を与えられない。突き刺すか斬るか。それらは攻撃の軌道を少しズラすだけで対象には到達しなくなる。
「あーもう! あんたつまんないよ!」
 最低限の動きだけで防御し続けているカトレアに我慢ならなかったのか、フリージアは手を止めて毒づいた。
「守ってるだけでまともに斬ってこないし、こっちのは当たんないしさ。真面目のやってよ。わたしたち殺し合いやってんだよ?」
「殺し合い? 亜人を殺す輩が、笑わせるな」
 血塗られた剣を見ながらカトレアは口を開く。亜人狩りはおそらく今回が初めてではあるまい。魔力を持たない亜人が魔法使いに抵抗する術はないと言える。フリージアは一方的な残虐を繰り返してきたのだ。
「ふふっ、何もできないやつを痛めつけるのは最高だし」
 くすくすと笑みをこぼしながらも視線は外さない。その微笑みは彼女にとってはいつもの感情表現なのだろう。一般人からすれば狂気に見える。
「やり合うのも好きだけどさ、あんたは面白くないよ。呼吸ひとつ荒くしてない」
「お前の力不足だ。悔しければ一太刀入れてみせろ」
「はっ、言うじゃん。後悔しないでね!」
 挑発的な言葉にフリージアは笑み消し、真正面から剣を振り下ろしてきた。何の小細工もない大振りな斬撃だ。
 カトレアは展開のパターンを瞬時に予測し、効率のよい反撃を判断した。目的は相手を殺すことではなく無力化すること。この攻撃を刀で横へと弾き、懐に飛び込んで鳩尾へ一撃を加えればよい。
 迫りくる剣を捌こうとしたとき、フリージアの唇がつりあがる。
 今までの戦闘経験から培われた直感が、とっさに体を後ろへと跳躍させた。刃の走る線がすぐ傍できらめいた。同時に右肩に熱い痛みが走り、凛とした表情が崩れ去る。
「づっ――!」
 何が起きたのかすぐには把握できなかった。剣の刃先が突然曲がったような気がしたのだ。まるでこちらの刀を避けるかのように。距離を置きながら相手の得物を確認する。
 フリージアが装備していたはずの武器が、鎌になっていた。童話の死神が持っているような命を狩る大鎌。刃はやはり赤黒く染まっていた。
「ほんとむかつくなー。今ので右腕斬り落とせるはずだったのに」
 一太刀浴びせたにも関わらず、彼女はまだ不満げに呟いている。
 まだ致命傷ではない。法衣の右肩部分から出血はしているものの、刀を持つ力にさほど影響はない。問題はあの鎌だ。
「あはっ、理解できないって顔してるね? 見せてあげよっか」
 金髪の少女は鎌を見せつけるようにして掲げると、血塗られた鎌がどろりと液体へ変貌した。高熱で溶かされたように。その液体はさざ波のような音を纏わせながら新たな形状へと移り変わり、両刃の剣へと姿を戻した。
「詳しいことはわたしもよく知らないけど、液体金属なんだって。『神器』だよ。あんたのもそうでしょ?」
 よく知る言葉にカトレアは表情を険しくする。
 神器。それ自体が特殊な力を持つ武器や防具の総称である。魔法などで強化されているわけではないため、魔力を断つ刀でもってしても無効化できない。
「なぜお前がそれを」
「さあ、それは秘密」
 人差し指を唇にあてながらウインクしている。
 カトレアは刀を握り直し、目の前の敵がとてつもない脅威であることを再認識した。亜人の体を切り刻むような輩が所持していていい代物ではない。
 ふと、右肩の痛みが消えていくのを感じた。視線は動かさずに心の中で礼を述べる。
「優秀な治療士だね。もっと深い傷負わせてあげる!」
 剣を振り上げながら突撃してくるフリージア。斜め上から襲いくる刃を刀では防御せずに身を引いて避ける。形状が変化するとなると間合いが測りにくい。果たしてどの程度までリーチがあるのか見極めなければ――
「いい判断だけど!」
 フリージアの声に呼応するかのように、再び神器がその姿を変えた。
 それは鎖になった。彼女は手首のスナップをきかせて器用に鎖をしならせ、黒髪の戦器士の首へと巻きつける。ぎりっと首の器官が締め付けられた。
「ほーら!」
 思い切り引っ張られてカトレアの体が無様に転倒し、顔面を地面に強打する。
「うぶっ――!」
「じゃあ次はわたしの魔法ね」
 火花が散るような音が聞こえた。打ち付けた鼻から血を流しているカトレアの全身に激痛が駆け巡る。
「あっがあああああぁぁっぁぁ!?」
 神器を介して浴びせられたのは電流だった。殺害された亜人が焼け焦げていたというのは、炎ではなく雷。空気が弾けるような音をたてながらのた打ち回る。
「あっははは! いい声で鳴くじゃん!」
「ぐうううぅ!」
 歯を食いしばりながら刀を振る。鎖はあっさりと両断され、電流がぴたりと止まった。首が解放される。だが斬ったはずの神器は液体に変化すると、フリージアの手元でまたしても剣の形状を取り戻した。
 さらに間合いが詰められる。カトレアは痙攣する体に鞭打って立ち上がり、刀を盾のように構えた。鎌に変形しても致命傷を避けられるように軌道を外せる位置を見定められたのはさすがというべきか。
 例え奇抜な形をした刃でも防御できるはずだった。しかし鎖という武器とはいえないもにまで姿を変えていることを深く疑うべきだった。
「なっ――」
 予想通りフリージアの神器は液体から個体へと移り変わったが、それは刃ではなく鈍器であった。拳ほどの面積があるハンマーに。
 鈍器は単純な話、対象に命中させる範囲が広いため攻撃の成功確率が高い。そもそも剣と槌の打ち合いなど状況が限定的すぎるが、この場合後者の方が『面』の広さから力押しできる。
「斬るだけじゃないよ!」
 甲高い音。細い刀身は巨大なハンマーに弾き飛ばされてしまった。簡単に手から離れてしまったのだ。体の筋肉が雷によって弛緩しているせいでもあったが、戦器士にとって得物を手放すのはそれこそ腕を失うに等しい。
「あははっ!」
 遠心力でもってそのまま風車のように一回転し、カトレアの腹をめがけて神器を振り上げる。
 避けられない。攻撃を受ける他に道はないと察した黒髪の少女は鞘を盾にしようとしたが、全身に走った電流のせいで迅速な行動を取ることができなかった。
 風を切る音の後、肉を打つ鈍い音が響く。
「ぉごっ……!」
 体ごともぎ取られそうな衝撃に両目を剥いた。
 筋肉が弛緩していたためほとんど抵抗もできずに、鉄のように硬いハンマーは深くめり込んできた。みしりと肋骨を軋ませながら内臓をまとめて押し潰し、カトレアの端正な顔立ちが苦痛に歪む。
「がはっ、げぼっ――ぇほっ!」
 腹を押さえてよろよろと後退し肩膝をつく。抉られた胃からこみ上げる熱いものを堪えられずに咳き込みながら吐き出した。赤の混じった胃液が点々と地面に付着していく。
「うっわ今の感触やっば! あばら折れた? まだ? ヒビくらい入ったんじゃない?」
 確かな手ごたえを感じたらしいフリージアは追い討ちをかけることもなく、背中を丸くするカトレアを眺めつつ歓喜していた。
「あぁ興奮しちゃう。ねえねえ、もっとそんな声聞かせてよ」
 腹部の激痛に発狂したい感情を抑えこみながら、カトレアは地面に転がる刀を拾いながら立ち上がった。鼻と唇の端から垂れ落ちる血を拭いとる。
 視線をちらりと仲間へと移すと、腹を押さえながら苦しげに顔をゆがめている拳士の姿が映った。そのすぐ後ろにいる治療士も困惑している。
 チューリップほどの実力者にダメージを負わせるとは、現れた二人目も只者ではない。カトレアは自分だけでなく仲間の身も案じた。どちらか片方が倒れれば全滅は必至。その時点で任務は失敗だ。
 コスモスにも危険が及んでしまう。それだけは絶対に避けなければならない。腹部のダメージに呼吸を荒くしつつ、刀の柄を力強く握り締めた。

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