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★果汁系戦士アップルハート 第2話「敵はアップルハート!?」

 夜空の下。住民がほとんど寝静まった住宅地の中央にある比較的大きな公園で、彼らは悲鳴をあげていた。
 あらゆる食べ物を食べつくす怪人クイチラス。トカゲのような、カメレオンのような爬虫類に似ていて、二足歩行で歩く。遭遇した人間たちは恐怖におののいて逃げ出すはずが、今の彼らはたった一人の少女に蹴散らされている。
「噂は本当だっタ! 黄色いアップルハートがいるっテ!」
 また一体のクイチラスが蹴り飛ばされて吹き飛び、爆発する。
 月明かりに照らされている少女は全身が黄色く彩られていた。金色に近い色素の髪はポニーテールで、肩の辺りまで伸びて尻尾のように揺れている。白地のブラウスには幼さを印象付けるフリルがあしらえられ、黄色のホットパンツから伸びた長い脚は膝下までのロングブーツで覆われている。見せつけるような白い太ももは細すぎず、かといって太すぎず、なんとも艶かしい。
 少女――レモンハートは、顔立ちと小柄な体からしてまだ成熟しきっていない中学生程度に見えた。
「はあ、めんどくさ」
 ため息を吐きながら、まるで虫を払いのけるかのようにクイチラスを殴り飛ばす。奇妙な呻き声をあげて殴り飛ばされたクイチラスはまた爆散。一人の少女にいいようにやられている怪人たちは焦りつつも必死に抵抗していた。
 そこへ新たな少女が突如出現する。
「待ちなさい!」
 声の主は公園の背の高い公園灯の上で満月を背に仁王立ちしていた。ツインテールに結った薄赤色の髪がささやかな風で揺れている。
「この木なんの木リンゴの木! 果汁系戦士、アップルハ――ああああ!?」
 名乗りの途中で驚愕したように声を荒げる少女――アップルハート。その理由はレモンハートにあった。彼女がアップルハートに目もくれず、クイチラスを殴り飛ばしたからである。
 即座に林檎の戦士は異議を申し立てる。
「ちょ、ちょっと! いま大事なところなんだけど!」
「はあ?」
 レモンの戦士は面倒くさそうにアップルハートを見上げた。
「決め台詞の途中で場を動かすのはルール違反! そういうものでしょ!」
「知らない」
 聞き流しながら蹴りを繰り出す。ついに最後のクイチラスが無様に散っていった。
「ああー! あなた、特撮番組見たことないの!?」
 そんなものに興味はない。レモンハートは何度目かのため息をつきながら腕を組む。
「うるさいなぁ。だいたいあんた、この前あたしに助けられといてなにその態度」
 一週間ほど前、アップルハートがクイチラスに敗北しそうになったところを助けたことがある。実際負けたようなものだったが。一般人に正体が知られるのはこちらとしてもまずいため、レモンハートは気絶していた彼女を安全なところで介抱したのだ。目を覚ました後は用もないのですぐに退散した。
「あ、あれはその……ありがとう。だけどそれはそれ! これはこれ!」
 両手を動かしながら身振り手振りでアップルハートは言葉を続ける。落ち着かない子だ。
「助けてくれたときも思ったけど、あなたは”正義力”が足りない。そんなんじゃ悪を滅ぼすことなんてできないわ」
「……せいぎりょくって、何?」
「正義力は正義の力よ! あなただって悪を倒したいからその力を振るっているんでしょ!」
「いや別に。そもそもめんどくさいし」
「むきー! そんなテキトーでどうするの! 特別な力があるっていうのに!」
 公園灯から飛び降り、掴みかかる勢いで迫ってきながら文句をぶつけてきた。
 全く意味が分からない。レモンハートは別に自分のことを正義の味方だと思ったことはないし、怪人たちは邪魔だからぶっ飛ばしているだけだ。ストレス解消にはなるけど。
「そんなに正義の味方やりたいならあんたがやりなよ。あたしは別にいいから」
「むぅ~、あなたそれでも果汁系戦士なの?」
「だからここの怪人はもう倒したじゃん。もういいでしょ」
 そう、もうこの場所は安全だ。そもそもアップルハートが遅かっただけである。
 気まずそうにしながらも、まだ文句が言い足りないのか彼女が口を開きかけたときだった。 
「おっと、まだ終わっていませんよ!」
 なぜかエコー気味に響くその声は天から降ってきた。妙に甲高い男の声。二人の前に一陣の風が吹き荒れる。小さな竜巻が発生したかのようだった。渦巻く風の中心に人影のようなシルエットが見える。
「誰だ!」
 突如現れた謎のシルエットは両腕を広げた。同時に風が弾け、レモンハートたちの間を駆け抜けていく。
 敵で間違いなかった。顔は真っ白な仮面で覆われていて、真っ赤なピンポン玉みたいな鼻や両目の部分だけ細い切れ込み。三角帽子、やたらとカラフルな衣装。印象としてはサーカスのピエロだった。
「お初にお目にかかります。私はマリオネッター。どうぞお見知りおきを」
「まさか、敵の幹部?」
「ご明察。近頃クイチラスたちが仕事をサボタージュしていて困っていたのですが、原因はあなた方ですね? ここで終わりにしてあげましょう」
「ふふん、その言葉そっくり返すわ。幹部からやってきてくれるなんて好都合よ」
 すぐさま戦闘態勢に入るアップルハートは、ちらりと視線を向けてきた。そして頷く。レモンハートは何のことやら分からなかったのでとりあえず無視した。
「わたしは果汁系戦士アップルハート! ここで成敗してあげる!」
 とう、と威勢のよい掛け声と共に地を蹴る。常人では考えられないほどの高さまで飛び上がったアップルハートは、薄赤色のニーソックスとショートブーツに包まれた足を突き出しながら突撃をかけた。
「アップルキィィィィック!」
 しかしマリオネッターは、ただ半歩ずれるだけで蹴りを避けてしまった。
「そんなに分かりやすい攻撃など当たりませんよ」
「あら、分かってるの? わたしたちは二人なのよ?」
 地面を抉りながら着地したリンゴの戦士はにやりとほくそ笑む。二人、と聞こえてレモンハートは自分のことも含まれていると気付いたが、特に何もしなかった。
 たっぷり五秒ほどの沈黙が流れ、三人の傍を野良猫が鳴きながら通り過ぎた。
「こらこらこらこら!」
 敵幹部に脇目も振らず、赤の戦士が不満げな表情を浮かべてずんずんと歩いて来る。レモンハートは心底うっとうしそうに視線を返した。
「なに?」
「なに、じゃなーい! 今のは二人の連携を見せるところでしょ! せっかくわたしが先手を取ったのに!」
「知らないし。打ち合わせもしていないのにコンビネーションなんて取れるわけないじゃん」
「こんの……! 分かってない、あなた何も分かってないわ! 初めての協力だっていうのに! いい? 正義の味方っていうのはね――」
――うぜえ。
 あれこれと正義のヒーローあるいはヒロインの条件なるものを解説し始めたので、レモンハートはうんざりしながら耳を塞いだ。だいたい目の前に敵がいるのに悠長に話などしている場合ではない。
「アップルハートさん! こちらを見なさい!」
「何よ今忙しいんだけど!」
 敵幹部に名を呼ばれた彼女は鬼のような形相のままそちらへ振り返る。
「私の目を見なさい。よぉ~く見るのです。もっとこっちへ」
 言われた通りにアップルハートは敵幹部へと近づいていく。呆れた。そんな素直に従うなんて頭の中お花畑なのか。罠だったらどうする。
「目って言われてもあなた仮面してるじゃないの。目のところ細すぎて見えないわ」
「いえいえそれでいいのです。名前とあなたの視線さえいただければ。アップルハート、シンクロ!」
 マリオネッターが両腕を広げた。するとアップルハートも同じように両腕を動かしたのだ。なにをやっているのだろう。
「あ、あれ? 体が勝手に」
「フフフ、かかりましたね。私は他人を操ることができるのですよ。ほらこのように」
 左手をペットボトルのキャップを外すみたいにひねると、リンゴの戦士もくるりとこちらに振り向いた。その表情は戸惑い一色。本当に操られてしまっているらしい。
「あんた……! そんなあっさり引っかかって……!」
「あっ、だめ! 避けて! ……アップルパンチ!」
 呆れ果てるレモンハートへと、拳が繰り出される。直前で攻撃を知らせてくれたおかげでなんとか回避することができた。とはいえ予想外の事態だ。慌てて二、三歩と距離を取る。
「ちょっと! なにすんの!」
「わ、わたしじゃない! あいつよ!」
「技の名前叫んでたじゃん!」
「技は叫んじゃうものなの! ああっ、いうこと聞かない!」
 続けてパンチやキックなどの攻撃が繰り返される。実際のところマリオネッターの動きであるためか、戦士とは思えないほどぎこちない。初撃は戸惑ったが、なんのことはない。余裕で捌くことができる。
「なんとかしてぇ!」
「しょーがないな、もう!」
 大振りだった蹴りを避けると同時、戦士としての身体能力でもって背後に控えている敵幹部へと接近する。およそ普通の人間がこなせる動きではない。
 一瞬で詰め寄られたことに驚いたのか、仮面の下で息を呑む音が聞こえた。レモンハートは固く握った右の拳を仮面のど真ん中に叩き込んだ。
「んげふっ!」
 べきっと真っ白な仮面を砕きながら顔面を殴り飛ばす。ゆうに三十メートルは吹き飛んでいった。能力は厄介だがマリオネッター自体は大したことない。
「んぶっ――くふっ――」
 心臓が跳ねる。今の呻き声はすぐ傍から聞こえた。まさか、とおそるおそるアップルハートへと視線を移すと、彼女が顔を押さえてへたり込んでいる姿を捉えた。地面に赤い斑点が生まれている。
「ククク、バカなことを……」
 いつの間にか新しい仮面を付け直したマリオネッターが、体を起こしながらふらふらとした足取りで近づいてくる。
「いまや私と彼女は一心同体も同然なのです。私へのダメージはそっくりそのまま反映されるからくりなのですよ」
「なっ……でも、それなら逆に」
「ああ、ちなみにアップルハートさんを気絶などさせても無意味ですよ。私には反映されませんからね」
「え、なにそれ都合良すぎじゃん!」
「聞こえませんねえ? さあ再開といきましょう」
 敵幹部の両手が動く。アップルハートが鼻血を流しながら殴りかかってきた。歯を噛みながらもそれを受け止め、もう片方の拳も同じように防御する。
「だめっ、全然……! 止まんない……!」
 リンゴの戦士は歯を食いしばって抵抗しているが、操られた体は完全にコントロールがきかない状態のようだった。
「拮抗状態も構いませんが、アップルハートさんの命も私の手の平にあるということを忘れてはいけませんよ」
 今度は心臓が冷えるかと思った。そうだ。アップルハートへのダメージがマリオネッターに反映されないのであれば……例えば、自らを攻撃させてしまうことだってできる。必殺の一撃を彼女自身の心臓にぶちかませば終わりだ。
 レモンハートに、薄赤色のニーハイソックスに包まれた膝が迫る。動揺していたため避けるどころか攻撃を察知することさえできなかった。
「アップルニーバット!」
「うぐっ……!?」
 気付いたときには腹部を膝で突き上げられていた。固い感触が埋まりこみ、肺の酸素が強制的に吐き出された。
 怪人たちの攻撃など一切ものともしていなかったレモンハートにとっては予想外の痛み。動揺の中での激痛により、思考が一気に鈍る。
「今度はこちらからですよ!」
 さきほどのお返しとばかりにマリオネッターが右の拳を振るう。シンクロしているリンゴの戦士も全く同じように動き、くの字に折れて硬直しているレモンハートの顔面めがけて拳を放つ。
「アップル、パァァァンチ!」
 鈍い激突音。正面からまともにパンチを受け、奇妙な呻き声をあげながら吹き飛ばされていく。浮いた体が地面に落ちるとバウンドを繰り返し、マリオネッターを殴り飛ばした距離よりもさらに長く転がった。終いには太く背の高い公園灯へと背中から叩きつけられる。
「ぅげほ!」
 大きく咳き込みながら蹲る。ようやく体が止まったが痛みは倍以上に膨れ上がっていた。鼻の奥もズキズキする。口の中に鼻から流れ出た血が入り込んできた。砂と混じって変な味がする。
「くぁっ……」
 激痛に震える体が引っ張り上げられた。首元を掴まれて公園灯に背中を押し付けられる。もの凄い力だった。怪人などとは比べ物にならない。体の痛みで両腕も満足に動かせなかった。
 ふと、脚からぞくりとした感覚が駆け上がってきた。アップルハートが右手で太ももを撫で回している。
「なにしてんの……!」
「わたしじゃないってば! あ、でもすごい気持ちいい――じゃなくて! なにさせるのよ!」
 抗議するもマリオネッターはそれを無視した。それどころかアップルハートの右手さらにきわどい位置に――股間にまで伸ばす。黄色いホットパンツの上から細い指がなぞり始めた。
「ひぇっ? こら、そんなとこ触らないで!」
「違う違うわたしじゃない~!」
「んあっ、ちょ、マジで、ぁ、やめっ」
 ぴくぴくと小刻みに震えているレモンハートは秘所をなぞる手を振り払おうとするが、全身を強打した痛みと絶妙な刺激のせいで両手に力が入らなかった。ただアップルハートの手首を握るだけで、その動きを止められない。
「ひぃん、はっ、あぅっ」
 こんなの嘘だ。なんで他人に触られて変な声なんか出してるんだ。レモンハートは唇を噛んで、思わず身を委ねてしまいそうな自分を認めまいと首を振った。
 それはアップルハートも同様に受け入れがたい所業であった。今にも泣き出しそうになりながら叫ぶ。
「もうやめてよ! お願い!」
「そう簡単には終わらせませんよ。こんなに面白いショーなんですからね!」
 再び攻撃の構えを取る。左手でレモンハートの首を押さえたまま、右拳で彼女の頬を殴りつけた。
「アップルパンチ! アップルパンチ! アップルパンチ!」
「ぐぅ! ぶふっ! がっ!」
 気の緩んでいたところへの打撃。快感とも言うべき刺激に震えていたレモンハートは突然の痛みに精神さえも砕かれそうになった。
 二発、三発と左頬に拳が叩き込まれ、その度に視界が揺れた。されるがままに殴られ続ける。痺れるような感覚が顔全体を覆いつくしていった。次第に頬が赤くはれ上がっていく。
「おっといけません。女性の顔は大事なものでしたね? では今度はこちらで」
 そう言ってマリオネッターは続いて腹部へと狙いを定めた。彼の右腕が横から抉るように動き、アップルハートがシンクロする。
「アップルボディフック!」
「ひぐぇ……!?」
 想定していなかった箇所に拳をめり込まされ、レモンハートは驚愕が入り混じった苦痛の色を示した。肝臓を抉り出そうとするかのような、ほぼ真横からの打撃に肢体が弓なりに折れ曲がる。
「アップルボディアッパー!」
「げふっ!」
 今度は臍。さきほどおかしなところを撫でられ続けたため、腹筋には力が入らず弛緩しきっていた。そこへ打ち上げ気味のパンチが侵入し、その衝撃で背中を預けている公園灯が明滅した。
 内臓が突き動かされ、腹の底から何かが駆け上がってきた。喉がやけるように熱い。続いて妙な酸味。たまらず口を開けて吐き出す。
「うえっ、かはっ……!」
 透明な胃液だった。気持ちの悪い嘔吐感が腹の中で渦巻いている。ちょっと刺激されるだけでさらに吐き出してしまいそうなほどだ。
 完全に脱力しきっている体も、首元を押さえつけられているため崩れ落ちることを許されなかった。耐え難い痛みで涙さえ滲ませているレモンハートの視界には、さらなる一撃を加えようとしているアップルハートの姿が映った。
「あっ……、それだけは駄目! この技は駄目ぇ!」
 なんとか止めようとしているリンゴの戦士だが、彼女の右拳は固く握り締められながら後ろに引き絞られている。
 逃れることができない。荒く呼吸しながら咳き込んでいるレモンハートは意識が朦朧としているにも関わらず、繰り出された拳を自然と目で追っていた。
「アップル――」
「ぉごっ……!」
 呼吸を止められたために奇妙な呻き声が漏れた。
 みしりと音をたてて、白地のブラウスの中央よりやや上に拳が沈む。多数の神経が隠れている急所。
「鳩尾砕き――!」
 小さく呟きながら、アップルハートはめり込ませた拳を反時計周りに捻りながら突き込んだ。こちらが本命の一撃。衝撃が背中を突き抜けて、壁になっている公園灯に幾筋もの亀裂が走った。
「ぐぶぅぅぅ!?」
 とても少女とは思えない濁った声が溢れた。通常の殴られるものとは違った、内臓そのものが打たれたような感覚。度重なる打撃で柔らかく崩壊した腹筋は、拳全体が腹肉に隠れてしまうほど陥没してしまっている。
 さらに公園灯と挟まれた胃袋がぐにゃりと歪んでいた。痛みよりも先に嘔吐感が駆け巡り、先ほどよりも多くの胃液を盛大にぶちまける。わずかに赤く濁っていた。拳が引き抜かれると同時に体が脈打った。
「んぐっ、げえぇぇ……!」
 舌を突き出しながら悶絶するレモンハートは、もはや戦意さえも失いかけていた。変身能力を手に入れてから敗北の文字を知らなかった彼女は、痛みという感覚さえ遠い存在だったのだ。それが怒涛のように襲い掛かってきて、身も心も押しつぶされていく。
「うひひひ、女性はお腹も大切なところでしたね。失敬失敬」
 マリオネッターの薄気味悪い笑い声も遠く聞こえる。ようやく首から手が放され、腹部を押さえながらずるずると尻餅をつく。小刻みに痙攣しているレモンハートの意識はもう消え去りそうになっていた。
「うくっ……ひっく……」
 わずかに生きていた意識を繋ぎとめたのは、小さな嗚咽だった。目の前から聞こえてくるそれは、間違いなくアップルハートのもの。
「なに……けほっ、泣いてんの」
「だって、せっかく、できたのに」
 体のコントロールを奪われているためか、涙さえ拭うこともできないらしい。レモンハートが見上げた先で、彼女は顔をくしゃくしゃにして号泣していた。
「仲間ができたのに。一緒に戦って、励ましあったり、笑ったりしたいのに、なのに、ごめんね」
 仲間。その言葉を耳にしたとき、レモンハートは不思議の心が安らぐのを感じた。
 正直、正義の味方なんていうものに興味はないしよく分からない。この力を手に入れたときもそんなこと考えなかったし、怪人との戦いもどちらかといえば面倒だ。一般人に正体がバレてはいけないというのも、そういう面倒事が大きくならないため気をつけているだけ。ヒーローのルーツなんて欠片も持っていない。これからも一人で適当にやっていくつもりだった。
「お二人とも全く息が合っていなかったではありませんか。連携の一つもできないで仲間とはお笑いです。全くアホらしい」
 唐突に血が上ってきた。頭が熱い。あいつ笑いやがった。笑いやがった。笑いやがった!
「……うるさい、クソピエロ」
「汚い言葉ですねえ。そもそもあなただって彼女のことを鬱陶しそうに――」

「黙れっつってんだろ!」

 びりびりと空気を震わせるほどの怒号に、マリオネッターが体を強張らせて後ずさった。アップルハートも目を見開いて固まっている。
 思わず叫んでしまったために再び咳き込んでしまう。痛みと嘔吐感が支配する体に鞭打って、腹を押さえながらもゆっくりと立ち上がる。
 なんとしてもヤツをぶっ飛ばしたい。とにかくアップルハートを何とかしないと。
「そうだ。変身、解いてよ」
 腹部の痛みを堪えながら言葉を紡ぐ。
 こうして甚大なダメージを受けているのも、アップルハートが変身して能力を向上させているがゆえだ。それなら一般人に戻れば。
「さっきからがんばってるんだけど、それもできないの!」
「無駄ですよ。それすらも私の手の内です」
 駄目だ。変身プロセスすら敵のコントロール下ではもはやどうしようもない。ところがリンゴの戦士は何かに気付いたようだ。
「変身……そ、そっか! わたしを戦闘不能にして!」
「なにを言って……ああそうか。……いや、いやいやいや! それじゃ本末転倒だし!」
「いいから! これは悪を滅ぼすためなの。正義の鉄槌なら甘んじて受け入れる!」
 相変わらず意味が分からない。しかし他に方法が思いつかないのも事実。ためらっていてはマリオネッターにまた攻撃されてしまう。
「なにをするつもりか知りませんが、無駄だと言ったでしょう!」
 アップルハートの左手が再び首を掴もうと伸ばされたが、触れるか触れないかの距離で制止した。わずかに体全体が震えていて、目をぎゅっと瞑りながら歯を食いしばっていた。
「なに? わ、私のシンクロに抵抗するとは!」
「今のうち、早く……!」
「分かった。恨みっこなしだからね!」
 右手に力を込める。相手は自分と同じ戦士だ。並大抵の攻撃ではただいたずらに傷つけるだけ。失神させるくらいの一撃を与えねばならない。狙うべきは急所。こちらが三発目に食らった箇所に。
「せええええええい!」
 大きく叫んで迷いを吹き飛ばす。レモンハートは固く握った右拳を、アップルハートの鳩尾めがけて突き上げた。
「ぇぉっ……!?」
 アップルハートはまん丸の目を見開いて呻いた。両足が地を離れ、くの字の折れた体が持ち上げられている。
 なによりもまず、レモンハート自身が驚愕に目を瞠っていた。あまりにも深く入りすぎだ。アップルハートの背中に壁があるわけでもないのに、腹筋はおろか内臓ごと押し込んでいき、はては背骨にまで到達していた。
 拳で深く抉りぬいた胃袋はゼリーみたいな感触だった。暖かくて柔らかい。背骨との間に挟まれて痙攣しているのが分かる。
「あんた、わざと力抜いて……」
「ぁ……これで、おあいこ……」
 今にも消え入りそうな声が耳元で囁かれた。アップルハートの口から粘ついた液体が一筋垂れ落ち、すぐにがくりと脱力する。慌てて拳を引き抜いて細い体を抱きとめた。気絶する瞬間、彼女は微笑んでいたような気がした。
「なにを馬鹿な。血迷ったのですか?」
「これでいいの」
 その言葉を証明するかのようにアップルハートの体が光で包まれる。イメージカラーとも言うべきリンゴ色の淡い光は一瞬強く輝くと弾け飛んだ。後に残されたのは、制服を着た女の子。
「あたしと同じ学校じゃん!」
 しかもネクタイの色からして同学年で間違いない。なんて世界は狭いんだ。
 気になるところではあるが後回しだ。レモンハートは少女の体横たわらせると、敵幹部へとずんずん歩み寄った。視線の威圧だけで体がすくみあがってしまいそうなほどの怒りで満ち溢れ、実際敵の声は震えていた。
「ふ、ふふん、話を聞いていなかったのですか? 私を攻撃すれば彼女にぐおあ!?」
 殴ることでうるさい口を黙らせる。仮面の頬に拳を叩き込まれたマリオネッターはきりもみ回転しながら地面に倒れこんだ。
 ぐったりと気絶している少女には、何の変化も起きていない。成功だ。
「ば、馬鹿な! 何故だ!」
「今はアップルハートじゃない。ただの女の子だよ」
 厄介な能力だが、名前が必要であるというのが最大の弱点だった。マリオネッターがシンクロの対象としたのはあくまでアップルハートなのだ。この盲点には敵自身も気付かなかったようである。
「おのれ、かくなるうえはあなたの名前を暴いてシンクロするまで! 黄色ですから……たくあんハート――」
 言葉とともに目を覗き込んでくる。レモンハートは白い仮面の目の辺りに、手の平に出現させたレモンを押し付けた。
「レモンハートだよクソピエロ!」
 黄色い果実を思い切り握りつぶす。弾けた果汁が細い目の穴に吸い込まれていった。
「ぎゃああああああ! 目が、目があああ!」
 悶絶必至の攻撃である。マリオネッターは仮面の上から目を押さえてごろごろと悶えた。外して直接目を押さえればいいのに。
 そんな敵幹部の首元を掴み上げる。
「最初の蹴り、避けてたよね」
 連携を決めようとしていたアップルハートのアップルキック。せめて自分が最後にぶちかましてやろう。彼女の分まで。
「ま、待ってください平和的に解決しましょう正義の味方なんですから抵抗できない相手に大技をかますなんてらしくありませんどうかお慈悲を!」
「悪いけどあたし、正義の味方とかよく分かんないから」
 だから、技の名を叫んだりなんかしない。変身できるとはいえ、実際はただの女子中学生だから。
 真上に投げるようにしてマリオネッターを放る。喚きながら落下してくるそいつを睨みつけながら、レモンハートは肉感的な太ももを備えた右足を引き絞った。
「死ねええええええええ!」
 鈍い音と共に蹴りがマリオネッターに直撃。さながらサッカーボールのように体が遥か上空へと飛ばされていく。耳障りな悲鳴が次第に遠くなっていく。
 敵幹部の姿がそれこそ空の彼方で見えなくなった頃、彼の体は爆散した。怪人クイチラスと同じ散り方であった。
「ぅぐっ、けほ、はあっ……」
 腹部が思い出したように痛みを復活させた。自分でも曖昧になるほど怒りに身を任せていたらしい。実際のところ変身が解けてもおかしくないダメージを受けているのだ。
 遠くでサイレンが聞こえる。深夜とはいえここは一応公園だし、誰かに見られた可能性もある。変身しているからまだいいが、問題はアップルハートだ。
 腹を押さえながら少女へと視線を移す。口から胃液を垂らして失神している彼女は間違いなく同じ学校で、同学年。
「しょーがないな、もう」
 痛みで重くなっている体に鞭を打ち、少女の体を抱きかかえる。細くて華奢な女の子。一見地味な印象なのに、正義だのなんだのと熱く力説しながら悪に立ち向かっていた。きっと今までもそうしてきたのだろう。一人で。
「またこのパターン……」
 一週間前にもこんなことがあった。あの時はアップルハートもまだかろうじて体力が残っていたから変身が解除されていなかったけど。
 少女をしっかりと抱えながら駆け出す。一歩踏み出すごとに痛みが刺激となって思わず顔を歪ませるが、無視する。地を蹴って電柱の上へ。ジャンプを繰り返して公園から離れていく。
 アップルハートの正体を知っているのは自分だけ。彼女の言う正義の味方的価値観からすれば、正体がバレてはいけないはずだ。
――これで、おあいこ。
 少女が失神する寸前に呟いた言葉。
「まだまだおあいこじゃないよ」
 これから家に連れてってやる。そして、あたしも正体を明かしてやる。これでちゃんとしたおあいこ。お互い同じ秘密を共有するんだ。
 それに、この子は一人だとなにをしでかすか分かったもんじゃない。マリオネッターの能力にまんまと引っかかったし、とてもじゃないが放っておけなかった。また操られたりして顔とか腹を殴られたのではこちらがもたない。
 そばにいてあげないと。一人より二人の方がいいでしょ。
 せっかくだし、正義の味方の話を一つくらい聞いてやってもいいかな――レモンハートは無意識のうちに笑みを浮かべていた。

Comment

No:35|
レモンハートが殴られるシーン萌えました。
お触りから顔連打、腹への流れが個人的に好きです。

あと、レモン果汁攻撃w
No:36|
>Nさん
ありがとうございます。やはりボロボロになる女の子は萌えますよね。
ヒロインピンチとなるとえっちぃシーンも欲しかったのでそれっぽいのを入れました。ちょっと無理矢理感がありますが。
レモンハートは派手な技とか持っていないというか考えたりしないし、レモン果汁を目に入れるというのも咄嗟の思いつきです。彼女はそんな感じで戦います。

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