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花びらたち ★4-4

 両手足に風の魔力を纏わせて、アザミの攻撃を受け流す。
「くっ……!」
 拳や脚が接触する度に電撃が弾け、風が乱れる。魔力同士の激突は周囲にも影響を及ぼしかねず、実際地面や木にも傷跡が刻まれていた。
 直接攻撃を受けているわけではないから、少女の魔法による弱体化は今のところ免れている。しかしチューリップはそもそも彼女の年齢が幼すぎることに恐怖すら抱いていた。
「どうしてそんなに戦えるの!」
 漠然とした疑問。自分よりも遥かに幼く、十歳前後に見えるアザミという少女はなぜこうも無表情のまま戦えるのか。
 チューリップが十歳の頃といえば、まだ自分の魔力というものに自信が持てないでいた時期だ。他の者のように放出ができず、出来損ないと言われ、いつも幼なじみの後ろに付いて歩いていたような幼い記憶。もちろんマーガレットからしても当時は『戦闘』など程遠い存在だった。
 それなのに、一体どんな生き方をすればここまで強くなれる?
「……」
 少女の表情には何の色もない。カトレアの無表情とは違う。どこか無機質で、感情というものを生まれつき知らないような、本当に人間なのかと疑ってしまうほどの『無』があった。
 戦い慣れている。人間との戦闘経験が少女には数え切れないほどあるように思われた。
「あっ――!」
 余計な思考のせいで動きが鈍っていたのか、左腕を掴まれた。アザミの右手はひどく冷たい。また違和感がチューリップを襲った。腹部に一撃を入れられた時と同じだ。
 その正体を突き止める暇もなく視界がぐるりと逆さまになった。両足が地に着いていない。
 背負い投げだ、と気付いたときには背中を地面に強打し、思わず咳き込んでいた。満足に受身も取れず、背骨が悲鳴をあげた。
「踏み砕く」
 短い言葉と共に少女が脚を振り上げる。捲り上がる黒と白のロングスカート。硬いブーツの踵が高い位置でぴたりと止まった。
 とっさに動けない。今にも足が落とされようとしたその寸前、アザミの瞳がわずかに右へと動いた。
 視界に馴染み深い杖が映り込んだ。先端に魔結晶が取り付けられた、治療士が持つには少し大きすぎるその杖がアザミへと襲い掛かる。
 倒れこんでいるチューリップですら見てから回避できそうな攻撃だった。当然アザミの体に打ち込まれるはずもなく、右腕であっさりと防御されてしまう。
 がちっ、とあまり聞いたことのない音がした。
「……!?」
 杖を振り下ろしたマーガレットが戸惑ったような色の表情に染まっている。
 脚を上げたまま一瞬だけ動きが止まった隙を見逃さず、チューリップは両手で体を支えながら両足を思い切り振り上げた。逆立ちのような体勢になり、アザミの首を挟み込む。
「はあっ!」
 両足で少女の体を前方へと投げ飛ばした。勢いを利用して流れるような動きで立ち上がる。アザミは空中で一回転しながらも難なく着地していた。
「マーガレット、危ないよ!」
「仕方ないでしょう! ここでわたくしの攻撃魔法は使えません!」
 この場所は森の中であって、確かにマーガレットの炎属性魔法は危険だ。たとえ小さな<ファイアボール>でもたちまち火の海と化してしまうかもしれない。元より彼女は治療士だから攻撃に参加すること自体異例なのだが。
「それよりも、彼女の右腕が妙です。まるで鉄のような感触でしたわ」
「強化してるからでしょ?」
「いいえ、でしたら魔力同士の反応が起こるはずです。彼女は純粋な自己強化タイプではないのかもしれません」
 杖の先端にある魔結晶をマーガレットは撫でた。
 アザミとの格闘で夥しい量の魔力が衝突し合っている現状、チューリップにもそれは理解できた。だからこそ逆に不自然でもある。
 そもそも、どうして彼女は――彼女たちは亜人や、コスモスを狙うのか。
「なにがあったの?」
 チューリップは無自覚だったが、核心をつくような疑問を投げかけていた。過去に、彼女たちをそうさせる何かがあったはずだと。
 アザミが地を蹴る挙動。真っ直ぐに見つめてくる彼女は何も語ろうとしない。黙々と、言葉の代わりにひたすら拳を繰り出してくるだけだ。
 マーガレットを押しのけ、風を纏った腕で少女の左拳を受け流す。魔力が衝突しあって空気が弾けた。
「話してくれなきゃ分かんないよ!」
「拒否」
 ようやく貰えた返答は、あまりにも短いものだった。 

 フリージアが両手を広げると、液体へと変化した神器がいくつもの水玉へと分裂した。
「こんなこともできちゃうの」
 宙に浮かんでいる水玉が姿を変え、ナイフのような形状へと変化していく。その数は十を軽く越え、それらは目標である黒髪の少女へと撃ち出されていった。
「――っ!」
 その場から極力動かずに、カトレアは刀だけで防御に徹した。矢のように迫りくるナイフ状の神器たちを打ち払っていく。
 しかし、弾き飛ばした神器はやはり液体に変化してしまう。ただ、すぐにまた刃を形成するわけではなくフリージアの元へと帰還していく。一種の攻撃予備動作があるのだ。
 推測ではあるが、液体に戻ると行動は一度リセットされ、再び攻撃の命令を下さねばならないのだろう。どれだけ強力な神器とはいえ、少なからず隙はある。
「ほらほら、そんなんじゃ疲れるだけだよ」
 とはいえそのような弱点をフリージア自身が把握していないはずもない。弾き飛ばしたナイフを液体に戻ったときには次が、それを溶かしたときには次が、最初に防御したものが既にまたナイフを形成して撃ち出されている。
 ならば、こちらから動くしか状況は変化しない。
「ふっ――!」
 呼吸を止め、姿勢を低くしながら駆け出す。致命傷になり得る軌道のナイフだけを防御しながら、自ら突っ込んでいった。
 回避しきれない刃は肩や脇腹をかすめていく。幼い印象を持たせる黒の法衣が斬られ、肌にも裂傷が生まれた。ただそれは接近の妨げにならなかっただけのこと。
 それを把握していたカトレアは甘んじて傷を負いつつも敵へとの距離を縮めていく。まさに肉を切らせて骨を断つ。
「あははっ!」
 フリージアは笑っていた。この戦いを楽しんでいた。カトレアが攻撃を無理矢理突破してきたことを喜んでいた。
 間合いが狭まったことによりナイフ乱射の効果はさきほどより薄れている。即座に液状の神器を手元へと集合させ、扱いやすい両刃の剣へと戻した。
 足を狙った刀はガードされ、甲高い音が鳴った。途端にフリージアの表情が変わる。彼女は刀を見て不満げに眉を寄せていた。
「そんなんじゃわたしを殺せないよ」
 容易く防御できたから、ではない。カトレアの刀が刃ではなく背――峰の方が向けられていたからだった。
 攻撃をヒットさせることができなかったにも関わらず、カトレアは淡々と答える。
「拘束するだけだ」
「なにそれ。殺すまでもないってこと?」
「見誤るな。私たちは殺人鬼ではない」
「コスモスの犬がよく言うね」
「なぜコスモス様を目の敵にする」
 刀が押し返される。フリージアは神器でもって攻撃をしかけてきた。形状変化に注視したがその予兆はなく、両刃の剣はそのまま刀で防いだ。だが重みが増している。カトレアは両足でしっかりと地を踏みしめて抵抗した。
「あんたたちには分かんないよ」
「まともな会話がなければ分かりようがない」
「話し合いでもしろっていうの?」
 さらに剣が重くなる。フリージアの方が体格でわずかに勝っているからではない。カトレアは彼女の瞳に力強い色を感じ取った。それはただ純粋に、怒りで満ちている。
「そのために言葉がある」
「そんなものいくらでも繕えるんだよ! 世の中は嘘で出来てるんだ!」
 マーガレットの魔結晶が照らす森の中を、フリージアの激しい言葉が突き抜けていく。もう一人の敵と戦っているチューリップらにも聞こえていよう。誰かを痛めつけることで愉悦を味わっているような彼女が、人間らしい真っ直ぐな感情を露にしている。
「その通りだ。絶対的に信用できるものではない」
 なまじ言葉なんてものがあるから、人間はお互いを傷つけあったりもする。カトレア自身もよく理解しているつもりだった。魔力の強さで魔法使いとしての力量が見定められる風潮の中、良い目で見られることはほとんどない。魔力の器が――一度魔法を使っただけで疲弊してしまうような体質を、少なからず恨んだこともある。
「だが全てではない」
 たった一言で切り捨ててくれた人たちがいる。そんなものは関係ない、と。魔法使いというフィルターさえ取っ払って、人間の心そのものに手を伸ばしてきた彼女たちは、今や共に戦う仲間であり友人だ。
「全てではない……?」
 不意に剣が引かれた。押し返そうとしていた力によってカトレアの体が前へとよろめき、そこへ膝蹴りが襲いかかる。
「ぐふっ……!」
 突き込まれた膝が胃の下を抉り、神器によって深刻なダメージを負っていた肋骨がさらに音をたてて震えた。
 くの字に折れたカトレアの美しく長い黒髪が掴み上げられる。間近に迫ったフリージアの荒々しい形相。
「表しか見てないやつが、笑わせないでよ!」
 スカートから伸びる細い脚がカトレアに足払いをかけた。最初の一撃があまりにも重すぎたため、普段であれば切り返せるはずの攻防にあっさりと負けてしまう。倒れこんだところを、さらに硬いブーツが迫る。
「がっ……!?」
 爪先が脇腹に沈み込んだ。鈍い音が体内から聞こえ、蹴り飛ばされた体が転がっていく。
 木に衝突して停止すると、、カトレアは咳と共に小さな口から新たな血液を吐き出した。
「かっ――、ごほっ!」
「今折れたよね、あばら折れたよね。あはっ」
 全身に刺すような痛みが駆け巡っている。ヒビが入っていた肋骨が蹴りによって砕かれてしまい、それが臓器に刺さった。黒髪の少女は体を丸くしながら吐血を繰り返す。
「なんにも分かってないあんたにも味わってもらうから」
 近づく足音。カトレアは激痛が走る体をなんとか起き上がらせたが、膝立ちのままで再び大きく咳き込んだ。これ以上脚が伸びてくれない。立ち上がれない。
「させない!」
 新たな怒声が、体ごとフリージアに突っ込んだ。赤みがかった髪の拳士。二人はもつれ合いながら地を転がり、チューリップの方が先に立ち上がった。すかさずカトレアの前へ移動した。
 倒れているフリージアの傍にアザミが素早く寄り添う。彼女の手に引っ張り上げられて立ち上がる。
 見たところチューリップもいくらかのダメージを受けていた。彼女のことだ、アザミと戦いながらこちらにまで注意を払っていのだろう。呼吸も荒い。
 痛みで動けないカトレアは歯を噛んだが、暖かい光が体を包んでいくことを自覚した。表情に険しい色を湛えた治療士が顔を覗きこんでくる。
「動いてはいけませんわ」
「私は構いません。チューリップさんに加勢を」
「ここではわたくしの魔法は使えないのです……!」
「マーガレットは回復に専念して。あたしが時間を稼ぐ」
「あっはは、二人を守りながら戦うつもりなの?」
 スカートについた砂を払いながらフリージアが嘲笑する。隣に並んでいるアザミは無表情のまま拳士を睨んでいる。
「さっきから無茶苦茶なことばっかりいって、あたしも頭にきたよ! イヤなことがあったからって、誰かを同じ目に合わせようなんて!」
「……は?」
 拍子抜けしたようにフリージアが唖然と口を開けた。
 これが、チューリップという少女だ。どこまでも純粋で真っ直ぐな心を持っていて、相手が何者であろうとありのままをぶつける。彼女は許せないと感じたものを放っておくことができない性格だった。カトレアはそんな彼女を信頼しているし、なにより好感が持てた。
「ガキじゃあるまいし。あんたみたいなのが一番むかつくよ。偽善者!」
 王妃を狙う二人の魔法使いが、王妃を守る拳士に仕掛けていった。

 やはりアザミが前に出てきた。
「いいよ、あんたから先にやってあげる!」
 さらに神器なるものを持った少女も迫ってくる。カトレアに大きな傷を負わせるほどの実力者だ。
 正直なところ二人を同時に相手にするというのは自信がない。そもそも拳士は一対一が理想だし、しかもマーガレットのサポートがほとんど受けられないのでは無謀もいいところだ。
 それは百も承知。チューリップは状況が不利だとか、そんなことどうでもよくなるくらいに怒りが湧き上がっていた。
「ほらっ!」
 剣であったはずの神器が液体に変化し、鎌へと変貌を遂げる。
 腕の動き、視線、そして優れた直感を総動員して、襲いくる鎌の刃先を紙一重で回避する。神器に関してチューリップは知識が浅い。だからアザミに対する行動と同じく避けることを優先した。
「くっ……!」
 だとしてもそれには限界があり、なにより反撃の糸口さえ掴めない。既に荒くなっていた呼吸がさらに激しくなった。
「ちょこまか鬱陶しいよ!」
 また神器が姿を変えた。それは長い鎖だった。
 アザミの鋭い蹴りを間一髪で避けた際のわずかな隙。片足に鎖が絡みついた。冷たい感触と締め付ける痛み。
「あっ――」
「捕まえた!」
 ぐいっと引っ張られチューリップは仰向けに倒れこんだ。背中を強打して顔を歪め、大きく咳き込む。さらにずるずると引きずられ、背中で地面を削るように滑っていく。摩擦による熱さが痛みに混じる。
「ぅ、ぐううう!」
 フリージアの力なのか神器そのものの働きなのかは分からない。とにかく、人間一人を楽々と振り回し、遠心力でついに体が地面から離れた。世界がさらに加速していき、思わず目をぎゅっと瞑る。
「はは、あははっ!」
 面白くて仕方ないのか神器の少女は腹の底から笑っていた。
 切り返す手段を模索する間もなく、浮いていた体にずしんと衝撃がのしかかってきた。
「ぐぁっ……!」
 目を開く。背中から大木に激突していた。幹が音を立てるほどの勢いで衝突し、体の奥底まで振動したように感じられた。
 足を捕らえていた鎖が蠢く。まるで生きている蛇のように体を這い回り、大木と密着するように縛り上げられた。両足と両腕がホールドされて身動きが取れない。
「はい、残念」
 気味の悪い笑みをより一層深くしたフリージアから魔力が解放された。アザミと同じ電撃の魔法。この共通点に、今更ながら一つの事実に思い至った。
「あっ、があああああああぁぁぁぁぁ!?」
 鎖を伝って全身を雷が暴れまわる。弱体化を狙うアザミとは違う、明確な殺意を持った魔法だった。視界が明滅し、脳が沸騰しそうなほど熱い。完全に固定されているためもがくことさえできなかった。
 電撃が収まると同時、すかさず肉薄してくる無表情の少女。意識が飛びそうになっていたチューリップは何が起きるか判断さえできなくなっていた。
 ただ、短く小さな言葉だけが鼓膜を叩いた。
「胃袋」
 空気を切り裂く拳が、ごりっと硬い音と共にめり込んでくる。チューリップの腹部に吸い込まれていき、彼女は背中越しに大木が振動するのを感じた。
「げぼっ……!」
 虚ろになっていた両目が見開かれる。電撃によって弱ってしまった腹筋が、アザミの右拳によって深く陥没した。格闘法衣を巻き込みながら沈み込んだ拳は胃を抉って、チューリップの小さな口から胃液を迸らせた。
「がはっ……げほっ、げっ……」
 突き出た舌から粘液が垂れ落ちる。突き刺さった拳はとどまることを知らずめりめりと奥底まで潜り込もうとしてきた。歪んだ胃がさらに押し潰されて、背に面している大木にまで亀裂を走らせた。それは幾筋も生まれていく。
「うぐぅぅえ! ぅ、げはっ……!」
 天に顔を突き上げ、喉を晒すような形で悶絶する。体が縛られているためアザミの拳を引き抜くことなどできず、己の腹筋でもって押し返そうとするもそれは無駄に終わった。むしろ逆に入り込んでくる感触がある。
「っ……!?」
 また違和感。アザミの右拳が硬いのだ。握り締められているからとか、そういう問題ではない。チューリップは組手で拳を受けることもあるし、だからこそ分かる。この少女は腕そのものが普通ではない。ただ途方もなく硬く出来ている。
「はぐっ、あっ、おぇ……!」
 胃袋が押し上げられて再び胃液を戻した。小さな拳は完全に埋没している。
「ごぇっ……!?」
 さらに拳が無理矢理開かれた。細い指ですら鋼鉄のように硬く、腹肉の中で蠢いている。
「いっ……! ぁっ……!」
 初めて味わう痛みにびくりと体が痙攣した。少女の手が何かを掴んでいる。
 胃を。
「握り潰す」
「ひぐううぁぁああぁぁぁ!」
 喉が裂けるかと思うほどの悲鳴。両目を見開いて体を震わせる。腹の中が突き破られるような激痛に、チューリップは髪を振り乱して悶絶した。
「ごぼっ、ぉごっ、ぇほっ」
 胃袋が少しずつ押し潰されていき、こみ上げる嘔吐感は口から噴水のように濁った液体を溢れさせた。ほぼ真上に向けられている顔も、首も、法衣も、胃液で汚れている。意識だけは生きていた。
 だから、取り乱したようなフリージアの声もはっきりと聞こえた。
「アザミ、避けて!」
 ほぼ同時に、目の前で甲高い音が鳴った。聞き覚えがある。刃物で鉄を斬ったときのような、鋭い音だった。
 胃袋が自由になった。アザミの手も引き抜かれ、チューリップは激しく咳き込みながら呼吸を再開する。口内に溜まっていた唾液や胃液がその度に垂れ落ちた。
「チューリップさんを解放しろ」
 カトレアの淡々とした声。彼女は愛用の刀を、仰向けに倒れこんでいるアザミの喉元に刃先すれすれまで突きつけていた。
「あっ……」
 気付いた。先ほどまで胃袋を握り潰さんとしていたアザミの右手が、手首から切り落とされている。黒い衣服の袖と一緒に転がっていた。
 しかし血の一滴も確認できない。チューリップ自身も血を浴びていない。
「義手です」
 困惑しているチューリップへ教えるようにカトレアが告げた。
「マーガレットさんから聞きました。彼女の右腕に魔力の反応がないと」
 見れば、アザミの右腕の断面は銀色に輝いていた。綺麗だ、と息を呑むくらいに。
 チューリップも実際に見たことはある。病気や事故で不運にも身体の一部を切除することになった人間は、治療魔法をもってしても人体を一から再生させることは不可能。
 失われた一部を人工物で再生させるという、これも一種の治療法である。完全に元通りとはいかないまでも、人間としての機能をある程度まで回復できる。
 同時にパズルのピースが当てはまるように違和感が消えた。戦器士が持つような得物でもない限り、義手に魔法を通わせることはできない。しかも雷属性なのだから、そんなことをすればたちまち義手など焼け焦げてしまうだろう。
 チューリップは胸が痛む思いだった。アザミは敵だ。コスモスを殺そうとする敵。それは間違いない。けれど、義手になってしまった彼女の痛々しい姿が心に響く。
「分かった、分かったから、アザミを殺さないで……!」
 慌てふためいているフリージアは、チューリップを束縛している鎖を液体に変化させた。締め上げられていた体が自由になるが、踏ん張りがきかず赤髪の拳士は腹を押さえながら両膝をついた。
 目の前に斬り落とされたアザミの右手がある。それが、ぴくりと動いた。
「……カトレア!」
 叫んだときにはもう遅かった。
 右手が液体へと溶けた。フリージアが持つ神器のように。瞬く間に主であるアザミの半分になってしまった右腕へと飛んでいく。
 一連の流れにカトレアさえも動揺していたのか、足元で倒れているアザミの右足が動くのを捉えられなかった。
 足払いをかけられた黒髪の戦器士。その体が浮遊した一瞬の間に、アザミは先ほどの動作の勢いを利用して回転しながら立ち上がり、カトレアの腹部に回し蹴りを放った。
「脇腹」
「がはっ……!」
 電撃が走った。刀を手にしたまま蹴り飛ばされる小柄な体。まだ治療さえ完璧ではないはずの腹部に強力な蹴りを入れられ、カトレアは吐血の糸を引きながら十数歩先にある木へと激突した。
 その右腕は、完全に元へと戻っていた。
「あはっ! バッカじゃないの? どうせ殺すつもりなかったんでしょ?」
 勝ち誇ったようなフリージアの笑い声。
 そうだ、どうして気付かなかった。アザミが神器を持っているという可能性をなぜ考えなかったのだ。
 殺気。フリージアが迫っていると感じたチューリップは立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。腹部の痛みは以前として鈍く残っているし、嘔吐感も消えていない。
 ふと、体に淡い光が宿った。マーガレットだ。魔力を総動員して傷を癒そうとしているのが分かる。駄目だ、直接体に触れて治療しているわけでもないのにそんなことをしたら。
「うざ、そろそろ消えてよ」
 背筋が凍った。フリージアが標的を変えた。こちらに向いていたはずの殺気が違う方向へと向けられている。追いかけるようにしてチューリップも視線を移した。
 視界に映るのは、こちらに手をかざしている幼なじみと、彼女めがけて飛来する銀色の槍だった。形を変えた神器。
 避けられない。体が動かない。
「駄目ええぇぇぇぇ!」
 森の中をチューリップの悲痛な叫びが響き渡る。
 一瞬、視界が光った。まるで雷が落ちたときのような瞬間的な光。同時に槍型の神器が、マーガレットを目前にして突進を止めた。見えない壁が邪魔をしたかの如く宙を舞い、地面に突き刺さる。
 何が起きたのか、チューリップの動体視力をもってしても確認できなかった。マーガレットも。神器を投擲したフリージアでさえも。
「あら、大変なことになってるのね」
 場違いとも思える、拍子抜けしてしまうような優しげな声。
 視線が一斉にそちらを向いた。蹴り飛ばされて蹲っているカトレアも。アザミの感情を表さない瞳も。
 魔結晶の光で照らされた森の中で光輝く銀色の長髪。整った顔立ちは美しく白い肌は汚れ一つない。一見すると一般人かと思うほどのよくある服装を身に着けているが、それは彼女が「歩きやすいから」と望んだ結果だった。そしてチューリップたち三人が守るべき存在。フリージアたちが狙っている存在。
 リーフガーデン国王妃のコスモスその人であった。

Comment

No:37|
更新お疲れ様です!
カトレアがいつも以上に格好良くて、いつも以上にやられ気味で興奮しちゃいました
試験勉強中断して、30分ぐらいかけて読みました(笑)

やっぱり『花びらたち』面白いです!!
それと『果汁系戦士アップルハート』のレモンハートも私好みで…

黒葉さんの小説は本当に大好きです

これからも応援してまーす
No:38|Re: タイトルなし
>紅さん
長らくネットから離れていたので今更な返信となりますが。
Oh……私の小説が原因で試験の結果が悪くなったら大変なので勉強はちゃんとやりましょうw
応援ありがとうございます。すごく励みになります。

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