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★果汁系戦士アップルハート 第3話「3人目登場!(前編)」

※IEで見ればルビが正しく表示されます。

「……あれ?」
 果汁系戦士アップルハートは、ビルの屋上を見上げて薄赤色のツインテールを揺らした。
「どうしたの」
 同じく果汁系戦士レモンハートは、その隣で友人の横顔を見つめた。
 二人は怪人クイチラスの存在を感じ取り、現場へと急行しているのだが妙だった。察知からさほど時間も経っていないのに、既に怪人たちの気配が忽然と消え失せている。確かにあのビルの屋上にいたはずなのだが。
 代わりに、別に何かがいる。それも強大な力を持つ何か。二人は顔を見合わせた。
「幹部かもね。アップル、気をつけてよ」
 前回のマリオネッター戦において、アップルハートは敵の術中にまんまとはまってしまった。おかげでレモンハートは顔や腹をめいっぱい殴られた。同じ失敗は繰り返さないよう忠告しているのに……
「大丈夫、わたしたち二人が揃えばどんな困難だって乗り越えられるわ!」
 本人は全く自覚がないという有様であった。
「いや、そうじゃなくて。あたしはともかくあんたが先に突っ走りすぎなんだって。いい加減その少年漫画みたいな発想やめたら?」
「なにを言ってるのレモン。努力、友情、勝利、この三原則を捨てたらそんなの正義のヒーロー、ヒロイン失格よ。成せば成る! 当たって砕けろ!」
「砕けんな! とばっちり食らうのはあたしなんだよ?」
「安心して。二人なら痛みは半分、でも喜びは二倍になる!」
「駄目だこいつ……」
 アップルハートは愛らしい顔に似合わず猪突猛進タイプで、怪人の討伐をめんどくさがるレモンハートとは対照的といえる。引っ張り、引っ張られる関係である。それがどこか絶妙な相性を生み出していた。
 家々や電柱などへと軽快に飛び移り、目的地である高層ビルへと向かう。その手前まで一度立ち止まると膝をぐっと深く曲げ、勢いよく跳躍して一気に屋上へと飛び上がる。
「こ、これは……!」
 アップルハートは息を呑んだ。月明かりに照らされた屋上は思いのほか明るく、すぐに理解できた。
 何体もの怪人クイチラスが――既に倒されていた。死屍累々とも言うべき、怪人たちの無残な姿がそこら中に散らばっている。
 感じていた強大な力はその中央に立っていた。三日月を見上げている。線の細さと髪の長さからして女の子だろう。背中を向けているが二人はすぐに重大な事実を悟った。
「果汁系戦士!」
「……一体何人いるわけ?」
 反応はそれぞれ違った。アップルハートは嬉しそうに声を弾ませ、レモンハートは呆れたようなため息。
 ゆっくりとその戦士は振り向く。キレイだ、とアップルハートは思わず見とれてしまった。
 大きな特徴は左に結ったサイドテール。鮮やかな緑色で、胸元まで三日月のように伸びている。白地のブラウスに髪と同じ色のプリーツスカート。長い両脚はハイソックスとショートのヒールブーツに包まれている。
 果汁系戦士のコスチュームは幼い印象を抱かせるが、彼女の鋭い目や物腰がそのイメージを払拭していた。
「導かれたのね、あなたたちも」
 落ち着いたような声色で、やはり大人びているように感じられる。言葉の意味はよく分からないが。
「これだけの怪人を一人でのしちゃうなんて、とっても強いのね! あなた名前は?」
「……果汁系戦士ライムハート」
「ライムね! これで戦士は三人、怖いものなし! 一緒に平和を勝ち取ろう!」
 興奮を抑えきれない赤の戦士は両手をぐっと握り締めて高らかに宣言した。彼女にとって仲間というものはこの上なく素晴らしい響きを持つキーワードで、頬さえ上気させている。
「まったく、あんたは……」
 レモンハートは心底呆れているといった表情だったが、その奥で嬉しさが滲み出ているのを隠しきれてはいなかった。
 対して緑の戦士――ライムハートは一歩前に出ると、整った唇を開いた。
「三人一緒に? いいえ」
 妙なタメをつくってから、二人を睨みつけて言葉を続ける。
「戦士は私一人でいい」
 瞬間、視界に映っていたはずの彼女の姿が消えた。その場に一陣の風を残して。
「――いっ!?」
 隣にいる黄色の戦士が驚愕の声をあげた。アップルハートは後を追いかけるようにして視線を向ける。その時にはもう、見慣れたポニーテールの少女は後方へと吹き飛んでいた。
「……へ?」
 速すぎて分からなかった。風そのものが生きているかのような。移動する過程も見えなければ攻撃さえも一瞬で、ライムハートが腕を突き出していることからレモンハートは「殴り飛ばされた」という事実だけが飲み込めた。
 続けて向けられる殺気。物静かな雰囲気ではあるが、彼女は敵意は氷のような鋭さをみなぎらせていた。
 視線だけで射殺せそうなほどの眼光と、同時に放たれる速い拳。
 咄嗟に両腕をクロスさせて顔を守る。
「くぅっ!」
 防御しても両足の踏ん張りがきかず、わずかに後ろへと押しやられた。戦士として申し分ない攻撃力である。
 両腕の痺れに顔を歪ませながら言い放つ。
「何するの!」
「あなた達は必要ない」
「どうして! 一人より二人、二人より三人の方がいいでしょ!」
「必要ないと言ってる」
「っ……!」
 聞く耳を持とうとしない。なおも反論しようとするアップルハートだったが、緑の戦士の瞳があまりにも冷たく力強い光をみなぎらせていたため、思わず口ごもった。
 こんなに肉薄した状況での動揺は命取り。一瞬とはいえ隙を見せてしまったアップルハートは、腹部に衝撃を感じた。
「くあっ……!?」
 何かめり込んできた。思わず視線を下ろした先で、ライムハートの細い腕から繰り出された拳がブラウスに吸い込まれている。
 それ自体は重いものではなかったが、とても鋭く、狙った箇所に的確なダメージを与えていた。まるで矢を射ったかのような精密さで、左拳が鳩尾にめり込んでいる。
「かはっ……! ぇっ……!」
 肺の酸素が吐き出され、呼吸が停止したことで瞳孔がきゅっと縮む。
 前のめりになった彼女への追撃は、右拳によるフックだった。鎌のような軌道を描いて顎をかすめる。
「がっ!」
 脳が揺れた。全身に電流が走ったような感覚。一撃目のボディブローで既に膝が崩れそうになっていたアップルハートは、強力なフックを踏ん張ることなどできずに殴り飛ばされた。風の中の空き缶のように体がごろごろと転がっていく。 
「うっ、く……!」
 コンクリートを軽く手で添えると、回転する勢いを利用して跳ねるように起き上がる。
 だが、二発目の打撃が思いのほか致命傷で、視界がまるで海の上にいるかのように揺れている。その場に立っているのがやっとで、猛烈なスピードで迫ってくるライムハートへの対応が間に合わない。
「消えて」
 短い言葉にぞくりと鳥肌が立つ。本気なんだ、と今更ながらアップルハートは恐怖を感じた。
「待て!」
 視界の横から金色に近い髪の戦士が飛び出してきた。体ごとライムハートにぶつかっていき、彼女の体を弾き飛ばす。
「あたしをほったらかしにしないでよね」
「レ、レモン……」
「ちょっと大丈夫? ぶっ倒れそうじゃん」
「レモンこそ、ほっぺ真っ赤だよ」
「油断しただけ! 別にそんな痛くないし」
 頬を殴られたレモンは怒りを込めた眼差しをライムハートへと向けた。体当たりを受けたものの彼女は難なく立ち上がり、汚れを落としているのか緑の髪を撫でている。
「どうしても抵抗するのね。苦しむだけだというのに」
「さっきからその上から目線うざいんだよ。あんた何様? 自分が一番強いとか思っちゃってるわけ?」
「事実、あなたは初撃を回避できなかった。隣にいる彼女も同様。実力差は目に見えてる」
「さっきのは不意打ちじゃん! こっちは二人、真っ向から戦うってなってもそう言えるの?」
「レモン待って! 二対一なんてそんなの、正義の味方がやることじゃないわ!」
 がくっ、とレモンハートは体でずっこけるリアクションを見せた。
 何か変なこと言っただろうかと首を傾げるアップルハートに、呆れたような表情を貼り付けた黄色の戦士が言う。
「あんたね、こんなときにまでそんなこと。じゃああいつはどうなの。同じ果汁系戦士を潰そうとしてるんだよ?」
「それはきっと何か理由があるわ。そうでしょ、ライム?」
「さっきも言った。戦士は私一人だけでいい」
 片手を腰に当てたライムハートが淡々と返答する。
「だから、どうしてあなた一人になろうとするの! わたしも最初は一人だと思ってた。でも、仲間が……友達ができて、すごく嬉しかった!」
 レモンハートと初めて出会ったのは二週間ほど前だ。彼女もどちらかというと正義の味方などというのには関心がない方だったが、今は共に戦う大切な仲間だ。お互いの正体まで明かしあったほどの仲である。
「……何度も言わせないで。必要ない」
 今、すこしだけライムハートの瞳が揺れた気がした……見間違いかもしれない。いくら熱く語ってみても、彼女は考えを改めなかった。
「むうう……! この頑固者! 石頭!」
「もういいアップル。こういうヤツはいくら言ったって無駄なの」
「でも……! わたしはもうイヤだよ……!」
 声を震わせながら俯く。唯一無二の友人は口をつぐんだ。
 怪人ではなく人間と、それも同じ戦士としての資格を持つ少女と戦うのは、もうこりごりだ。悲しいし、悔しい。
 レモンハートとしてもその気持ちが分からないわけではない。しかし彼女はいきなり殴りかかられたことがイラついて仕方がなかった。
「あーいうのはガツンと一発殴ってやんないとダメなんだよ。分かる?」
「それってやり返したいだけじゃ……」
「うっさい。戦うのがイヤならそこで見てれば!」
 言葉と共に黄色の戦士は突撃を始めた。止める隙もなく、二人の戦士が真正面からぶつかりあう。
「くらえ!」
 繰り出した拳はあっさりと避けられる。反撃に転じようとしたライムハートの目がやや強張った。レモンハートの拳――正確には握られたレモン果実。それがぐしゃりと握りつぶされた。
「ひゃああぁぁぁ!?」
 悲鳴が夜空に木霊する。弾けた果汁を顔に、しかも最悪なことに瞳に入り込んでしまったのだから無理もない。いささか間抜けな声ではあったが。
「ははは! ざまみろ!」
「レモーン! その技はかっこわるいし卑怯だからからやめようねって言ったでしょー!」
 彼女はいつもこうだ。怪人と戦うとき常々感じていることがある。レモンハートには正義力が欠けすぎだ。登場するときに名乗らないし技の名前も叫ばない。そんなことでは悪を完全に打ち滅ぼすことなどできない。
 もちろんレモンハートはそんな忠告など聞き流してしまっているが。
「ねえ痛い? 痛いでしょ? ねえねえ?」
 両目を押さえていながらも膝を折ってはいないライムハートは大したものだが、それをおちょくる黄色の戦士は正義力が欠けているどころかもはやマイナス一直線である。
「……確かに効いた。私もそろそろ封印を解かなければいけないようね」
 目をごしごしと擦りながら、ライムハートが呟いた。
「は? 封印? なに言ってんのこいつ」
「あなたたちが最初で最後になる」
 瞬間、身構えていたはずのレモンハートが体勢を崩してコンクリートに倒れこんでいた。本人は何が起きたのか理解できていないかもしれない。
 アップルハートはかろうじて把握していた。ライムハートがそれこそ目にも留まらぬ早さで足払いをかけたのだ。予備動作すら見せない、あまりにも早過ぎる行動。
 攻撃はまだ終わらず――むしろ次が本命だった。すらりと伸びた右足が持ち上がり、ヒールブーツの底がほぼ真上に向けられた。
 アップルハートからはパンツが丸見えだったが、そんなことよりも友人を助けようと駆け出していく。それは決して遅い判断ではなかった。ただ、なによりもライムハートが早過ぎた。

<城を見下ろす月>キャッスルオンザムーン

 まるで三日月を描くような緩やかな曲線を描き、緑のヒールブーツがレモンハートの腹部に降り落とされた。
 ずん、とビル全体が揺れたかと思うほどの衝撃が響き渡り、レモンハートを中心にしてコンクリートにクレーターが生まれる。
「げふっ……!」
 両目がめいっぱい見開かれた。呻き声と共に体がくの字に曲がる。仰向けにも関わらずだ。踏み潰されている腹を起点にして、上半身が反動で起き上がってしまっていた。
「ぐっ……がはっ……!」
 ヒール部分が腹部のブラウスの中心に沈み込み、吸い込まれるようにして皺が生まれていた。内臓にまで到達しているだろう。
「げうっ……ごほっ!」
 薄い唇から透明な粘液がこぼれた。口を端から顎をつたって白地のブラウスに垂れ落ちる。
 ライムハートのしなやかな足が再び持ち上がっていく。もう一撃加えようというのか。そんなことをしたら……!
 とんでもない威力を目の当たりにしたアップルハートは気持ちが萎縮してしまっていた。だけど友人は致命的なダメージを受けたためか、攻撃が来ると分かっていてもその場から逃れられそうにない。
「やめてぇ!」
 悲鳴のように叫びながらダッシュする。半ばヤケ気味だった。相手は同じ果汁系戦士で、確かな敵意をみなぎらせている。何もかもが最悪な展開で、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
 アップルハートを突き動かしたのは仲間が傷つけられたという事実である。彼女は拳を固く握り締め、ツインテールを振り乱しながら自慢の技を繰り出した。
「アップルパァァァンチ!」
 ただ殴るだけと思ったら大間違いだ。戦士としての正義力が込められた必殺の一撃。これを受けた悪はただではすまない。文字通り必殺なのだから。
「……」
 対してライムハートは二撃目を叩き込もうとしていた足を下ろすと、左手を軽く前に突き出してきた。細い指が並んだ小さな手の平。それで防御のつもりだろうか。
 そんなことくらいで、アップルパンチが――
「あっ……!」
 自慢の技は届かなかった。
 受け止められた――正確には拳がぴたりと止まってしまった。ライムハートの手に触れてすらいない。まるで、彼女との間に見えないバリアとも言うべき壁が立ちはだかっているかのようだった。
「アップルキック!」
 蹴りもやはり相手の体を捉えることはできなかった。ライムハートは冷ややかな瞳のまま、表情を変えることなく手を向けているだけだ。
「そんな、そんな……」
 怪人たちを蹴散らしてきた技が一切通用しない。恐怖感がじわりと広がってきた。こんなこと、今までなかったのに。
「無駄よ。私の<絶対禁止領域>エリアフィフティーワンを破ることはできない」
「え? なに? ひゃあっ?」
 腕を掴まれた途端、真上へと投げ飛ばされた。超人的な怪力というわけでもない。体がふわりと浮かび上がるような感覚だった。ライムハートが風を操っていると考えた方がしっくりくる。彼女を守っているのも、きっと風なのだ。
 高さにして十数メートルほどの宙に投げ出された赤の戦士は、法則にしたがって真下へと落下していく。視線の先には見上げている緑の戦士。彼女は体をひねりながら、新体操のような動きで美しい脚を振り上げた。

<天を見上げる月>ヘヴンリームーン

 先ほどとは逆。下から上へと三日月を描いた。一直線に落下していくアップルハートの胴体、無防備になっている腹部へと、ヒールブーツの爪先がめり込む。
「ごふっ……!?」
 体がへし折れんばかりにくの字に曲がった。
 めきっ、と肋骨までもが軋む音がした。最初に受けたパンチなどとは比べ物にならない。
 落下するスピードと、蹴りになっても失われていない精確さによって、内臓は大きく歪ませられた。
「んっ、ぅぐえええぇぇぇぇぇ!」
 体の奥からあふれ出すような嘔吐感。ライムハートの足に腹を突き上げられたまま、アップルハートはびくりと体を震わせた。喉が一瞬大きく膨らみ、抑えることもできずに胃液を吐き出す。若干黄色く濁った粘液が、真下で腹部を踏み砕かれたレモンハートの顔に降りかかった。
「ア、ップル……!」
「かはっ……ぁっ……かっ……!」
 舌を突き出して悶える。拳よりも硬いヒールブーツ、しかも丸く尖った爪先をまともに受けたのだ。戦士として体が一般人よりも遥かに強化されているが、それは相手も同じこと。
 放たれたキックはまるで砲弾のような威力で、アップルハートの腹筋は抵抗さえできずに内臓への進入を許してしまった。
「フィニッシュ」
 小柄とはいえ少女一人を軽々と支えている足を、勢いよく振りぬく。
 投げ出されたアップルハートの体がコンクリートに叩きつけられて転がっていく。今度は受身も取れない。
「ぐふっ、ぇぐっ、ぁはっ……!」
 ようやく停止したかと思うと海老のように体を丸めた。強烈な一撃を受けた腹部には耐え難い激痛が残っている。内臓器官が痙攣して呼吸も満足にできない。小刻みに体を痙攣させながら、意識だけは必死で繋ぎとめていた。
「脆い。この程度で果汁系戦士を名乗るなんて」
 彼女は再びレモンハートの腹部に足を落とす。
「ごぉぉぁ!?」
 友人の痛々しい悲鳴と共に、木が折れたような鈍い音が聞こえた。アップルハートは思わず息を詰まらせる。
「があぁぁっ……げぼっ!」
 視線を向けたと同時だった。肋骨までもが砕かれ、レモンハートの口から鮮血が飛び出した。お揃いである白いブラウスが赤く染まっていく。
 あろうことかライムハートは、そのままぐりぐりとヒール部分を捻りこんだ。耳を塞ぎたくなるような呻き声がアップルハートの鼓膜を叩く。
「もう、ぇほっ……やめ、て……!」
 いまだに安定しない呼吸のまま、震える膝を無理矢理伸ばす。今にも崩れそうな体に鞭を打って声を張り上げた。
「お願いやめて! 友だちを傷つけないで……!」
「……」
 無様だ、と感じたのだろう。あわれむような眼差しで見つめられた。
 アップルハート自身もそう思った。だって声は震えているし、涙がぼろぼろと溢れている。重い攻撃を受けたせいもあるが、なによりも仲間が――友人が苦しんでいるのを見るのが辛かった。
「変身を解いて。そして二度とその姿にならないと誓って」
 それはアップルハートにとってどれほどの意味を持つか。まだお互い出会ったばかりのレモンハートでさえ言葉を失うほどの、あまりにも酷な命令だった。
「そうすれば、もう、レモンを」
「戦士の資格を捨てるのなら、これ以上の戦い無意味」
「……分かったわ」
 ほとんど逡巡しないうちに答えたアップルハートに、今度は友人が食ってかかる。
「待って! ごほっ、あんた、ほんとにそれでいいの!?」
 苦しげに咳き込みながらも彼女は叫んだ。そんなの納得できない、と。内臓器官が激痛で震えているだろうに。
「あんなに正義がどうとか言ってたじゃん……! 悪を倒すのがあたしたちの役目だって……やんなきゃ駄目だって……! そんな簡単に捨てて……!」
「違う! 正義を捨てたわけじゃない! でも、友だちを見捨ててまで貫く正義に、なんの意味があるの?」
 誰よりも正義を愛し、悪を憎み、人々を守り続けてきたアップルハート。彼女は友情を得た。自分一人だけじゃなかったことが幸福だった。
 レモンハートとの絆はまだまだ深く結び合っているわけじゃないかもしれない。
 だけど、友だちを守れなくてなにが正義の味方だ。
「あ、あたしは……まだ!」
「レモン! わたしたちは負けたの……! 負けたのよ……!」
 そう、敗北したのだ。二人の正義は、たった一人の別の正義によって打ち砕かれた。それは疑いようのない事実で、レモンハートも心のどこかで気付いているだろう。
 このライムハートには勝てない。
「うっ……くそっ……! くそっ!」
 黄色の戦士までもが涙を流している。彼女はほとんど太刀打ちできなかったことが悔しいのだ。負けず嫌いだってこと、よく知ってる。
「ライム、一つだけ約束して」
 負けたくせに勝手なお願いだとは思いつつも、戦士であるなら……
「わたしたちの代わりに、みんなを守って」
「もとより私はその運命。言われるまでもない」
「そう、よかった」
 それなら安心だ。自分たちよりも遥かに強い彼女なら、例え敵幹部が集団で襲ってきてもあっさり返り討ちにしてしまうだろう。
 にこりとアップルハートは微笑むと、両手を広げた。深く息を吐くと、体を淡い光が包み込み始めた。薄赤色に輝くオーラはイメージカラーだ。それも永遠の別れとなる。
 時間にして数秒、優しげな光が収まるとアップルハートとしての姿は消えうせていた。一般的な、一見すると地味な女の子が中学の制服を着て立っているだけ。
「これでいいよね? ……ん?」
 異変が起きていた。変身を解いたアップルハートの正体を目にしたライムハートが、明らかに動揺した様子で目を見開いている。
「そ、そんな……! こんなことが……!」
「あのー?」
「これも導きだというの? また私に選択を強制させる……! いつまで私を躍らせるつもり!」
 わなわなと唇を震わせながら何事か叫んでいるライムハートに、倒れているレモンハートまでもが呆然と見上げていた。
 ちょっと気になることがある。彼女の言動はどこか変なのだ。例えば技を叫ぶとき。別にそれ自体はおかしなことではない――レモンハートは全然分かってくれないけど――とにかく、技名が分かりづらいことこの上なかった。
 なんていったっけ、キャッスル? ヘブン? 意味が分からない。必殺技というのは簡潔明瞭で、聞いただけでそれと分かるような名前でなければならないのだ。それなのに――
 あっ、と気付く。
「もしかして、厨二――」
「きゃあああああああ言わないで! あれは違う、だから、違うの。その、えっとね、えーっと」
 顔を真っ赤にしながらしどろもどろになっている。さっきまでとはまるで別人だ。それこそ普通の女の子みたいにあたふたしている。目が泳ぎっぱなしだ。
「絶対そうでしょ? なんかむやみに長い漢字にカタカナでルビ振ってるタイプ――」
「いやあああああああやめてえええええええ! ああ、あなたには、あなたにだけは知られたくなったのにいいぃぃぃぃ!」
 奇声のごとき悲鳴を発しながら、ライムハートは突如背中を向けて走り出した。
「ああっ、ちょっと!」
 脇目も振らず一目散に駆け出した緑の戦士は、なんら躊躇することなくフェンスを飛び越えて屋上から飛び出してしまった。嗚咽のような声がビルの下へと落ちていく。
 ぎょっとしたが、ライムハートは付近の建物を伝って移動していた。尋常ではないスピードだったのですぐさま姿が見えなくなる。逃げ出したと言った方が適切かもしれない。
 ビルの屋上に残されたのは、残り香のような風と二人の少女であった。
「まさか……」
 上半身だけを起こしたレモンハートが、何かしら気付いたような視線を送ってきた。
 うん、と頷き返して、
「ルビ振るタイプだよね」
「ちげぇーよ! 絶対あんたの事知って――ぐぅっ、けほっ」
 突っ込みを入れたせいで折れた肋骨が痛んだのか、体を曲げてうずくまる。胃に血液が残っていたらしく、一つ咳をするたびに赤の糸が唇から伸びた。
 慌てて駆け寄り、抱きしめるように手を回す。
「大丈夫……?」
「ん……あいつに心当たりないの? あんたの事知ってる口ぶりだったじゃん」
「厨二病の友だちはいないかなぁ」
「……ともかく、向こうは間違いなく知ってる。学校も同じかもね」
 思えば、お互い同じ学校の生徒だ。クラスは違うけど、同級生だから顔を合わせることも多い。
 ライムハートも似たような環境だとすれば、中学の女の子だ。それがどうして。
「どうして一人になろうとするのかな。わたしには分かんない」
「聞いたって教えてくれなかったでしょ。考えたってしょうがないよ」
 とはいえ納得できるはずもない。同じ果汁系戦士なのだから、共通するものがあるはずだ。
 すなわち、正義の心である。ライムハート自身も悪と戦うことを約束してくれた。それなら分かりあえるはずだ。絶対に。
 すぐにまた彼女と出会う日が来るような気がする。友人を介抱しながら、緑の戦士が去った方角を見つめた。

Comment

No:51|
正統派、ツンデレときて厨二系ヒロイン…! 
これからの腹pならぬ熱い展開に目が離せませんね!
No:52|Re: タイトルなし
厨二もある意味王道だと思っています。避けては通れぬ道ぞ。
No:53|
相手に伝わらない必殺技名w
アップルさんの「正義力」もじわじわ来ますがw
No:54|Re: タイトルなし
>Nさん
ライムは語呂の良さとかを重視するのです。思わず口ずさんじゃうような。
アップルはなんでしょうね、こう、正義馬鹿なんですよ!

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