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★果汁系戦士アップルハート 第4話「3人目登場!(後編)」

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「う……ぐっ……!」
「アップル、しっかり……!」
 膝をつくアップルハートをかばうようにしながら、レモンハートは敵を睨みつけた。
「この前のやつと全然違うじゃん……!」
 時刻は夕暮れ時。二人は今学校の屋上で怪人と戦っていた。土曜日ということもあってか生徒や教師の姿はどこにも見えない。
 怪人といっても今まで何度も相手にしてきたクイチラスではない。以前遭遇したマリオネッターなる幹部と同程度――いや、それ以上の力を持っている。
「マリオネッターのことか? ククク、あいつは幹部の中でも最弱。あっさりやられるとは四天王の面汚しよ」
 敵幹部は鼻で笑いながら近づいてくる。
 さっきはアップルハートが何も考えずに突っ込んでいって、返り討ちにあってしまった。仮にも果汁系戦士で、近接戦闘には自信がある彼女が、である。
 この幹部は一般人のように見慣れた衣服を着て、それこそ怪人と言われても信じられないような人間らしい顔立ちをしていた。見たところ二十歳くらい。
 ただ、服の上から分かるくらいたくましい体つきをしていた。身長は中学生である二人の少女と比べても遥かに高いし、腕や脚には無駄のない筋肉で覆われている。マリオネッターと違って純粋な格闘タイプであった。
「つーことはあと二人いるの? あんたはどの辺?」
「ククク、このオーガ様が一番強いと言ったら?」
「マジで? じゃがんばって倒す。そうすれば後の二人は出てこなくなるでしょ」
「きさま……本当にそれでいいのか?」
 こちらが二人でも苦戦するくらいなのだ。一番強いと自称するこいつを倒せば残りの幹部だけでなくクイチラスたちも尻尾を巻いて逃げ出すかもしれない。
「だからぶっ潰す! ほらアップル、休んでないで!」
 すでに顔に一撃を受けてしまっているアップルハートが、涙目のまま頬を押さえて反論してくる。
「そ、そんな意地汚い理由で戦うなんて正義の味方失格よ! わたしたちは悪を全て滅ぼすために……」
「楽できるに越したことないじゃん!」
「楽をするヒーローなんてかっこ悪いでしょー! ギリギリになりながら勝つのが醍醐味なのよ!」
「イヤだそんなのめんどくさい」
「ホントにもうレモンったら……! いいわ、これが終わったらうちでマスクレンジャー全話マラソンね。正義力を養うの」
「おいやめろそれ全百話とか言ってたやつじゃん! 一日じゃ終わんないし!」
「明日は日曜日!」
「あたしの休みを潰すな!」
 そんなことでせっかくの日曜日を消化されたんじゃたまったものじゃない。アップルハートと一緒にいることは……悪くないけど。
 微笑ましい言いあいを繰り返している二人へと、オーガは大きく足音を立てながら突進をしかけた。
「安心しろ。きさまらの日曜日は永遠に来な――」
 目の前で拳が振り上げられたとき、激しい打撃音とともに視界から敵幹部の姿が消えた。代わりに映りこんだのは、そのオーガに蹴りを加えた緑の戦士。美しくなめらかな緑の髪がオレンジ色の空によく映えていた。
 同じコスチュームに身を包んだ少女を見て、レモンハートは思わず呟く。
「あ、厨二病」
「それは禁句(タブー)よ。控えなさい」
 とび蹴りの体勢から華麗に着地した果汁系戦士ライムハートは、びしりと指を突きつけて抗議してきた。凛とした声で大人びているけれども……
「あ、ライム!」
 とアップルハートが満面の笑みを貼り付けると、たちまち頬を上気させて俯き加減になる。
「はわっ、あ、うん。ま、また会えたね!」
「おいこら、なにこの反応の違い」
 レモンハートはため息をついた。
 ビルの屋上で出会ってからわずか一週間程しか経っていないしアップルハート自身も首を傾げていたが、学校で彼女のが正体を掴むことができなかった。赤の戦士の正体を知ったときのリアクションからして間違いなく身近にいる人物だと思ったのに。
 しかも明らかに『好意』のようなものを抱いている。異性として……という言い方は変だが、ともかくアップルハートに熱い眼差しを向けているのは確かだ。まったく、とんでもない戦士がいたもんだ。
「クク、ククク、やるじゃないか。どうやら俺も本気を出さねばならないらしい」
 蹴りを受けた敵幹部がむくりと立ち上がる。
「封印を解くのね。来なさい。見届けてあげる」
 アップルハートと会話するときは頬が緩みまくっているのに、こうして敵と相対するといきなり氷のような雰囲気を漂わせる。
「後悔するなよ? うおおおおおおお! 装着!」
 咆哮のような声をあげると、オーガに変化が生じ始めた。夕暮れであるにも関わらず陽炎のようなものが立ち上っているのが分かる。
 彼の衣服が次第に色素を失っていった。肉体へと溶けるようにして消えていく。銀色に鈍く光る全身へと変貌。ペンキで塗りたくられたみたいになった。目や鼻まで消えうせてしまって、まるでマネキン人形みたい。コーラのコマーシャルで見たことある。
「これが俺の真の姿、メタルオーガ!」
 口もなくなっているが言葉を発することはできるらしい。
「よーし! ライムが来てくれたから百人力! みんなで力を合わせるの!」
 声を弾ませるアップルハートは心底嬉しそうな表情だった。一週間ほど前、ライムハートにボコボコにされたっていうのに。
「こいつと協力すんの? あんたこの前なにされたか忘れた?」
「過去にとらわれていては敵の思う壷よレモン。明日に向かって前進しなきゃ。わたしたちは未来のために戦うの!」
「意味わかんねえ」
「とにかく! わたしたちの正義力を発揮するときよ! とーうっ!」
 気合一閃、アップルハートはいつものかけ声とともに前へと躍り出た。そのまま銀色の敵へとダッシュしていく。協力とかいいながらどうしていつも勝手に突っ込むのか。彼女いわく「わたしに続いて」らしいが。
「っ――!」
 もう一人の短い呼吸音。気付いたときには、緑のサイドポニーがもう赤のツインテールと並走していた。なんで息が合ってるんだ。
「アップルボディアッパー!」
<首を狩り獲る獣>(イエローヘッドジョー)
 アップルハートの小さな拳と、ライムハートの長い脚がそれぞれ敵幹部の体を捉えた。金属の甲高い音が空に響く。
 腹と首に強力な必殺技を受けたメタルオーガは、しかし腕を組んだままでふらついてもいない。
「ククク、かゆいな」
「そ、そんな……わたしたちの技が……!」
 赤の戦士は声が震わせていた。自分たちより強いはずのライムハートですら目を見開いて言葉を失っている。
「本当の拳というものを教えてやろう!」
 お返しとばかりにメタルオーガの右腕がうなり上げる。二人の攻撃が通用しなかったことに呆然としていたアップルハートはガードが間に合わず、がら空きになっている腹部へとまともにその拳を貰ってしまった。
「がはっ……!」
 アップルハートが両の瞳をむき出しにして呻いた。
 自身の太ももほどもありそうな太い腕が、小柄な少女の体を持ち上げている。下から抉りこむように突き上げられた重い拳は、ほとんどがブラウスに沈み込んでいた。あれでは内臓が無事ではすまない。
「ぁっ……うぷっ、え゛ほっ!」
 ダメージの深さを裏付けるように、赤の混じった胃液をほとばしらせた。びしゃりと地面に広がって、粘ついた血が唇との間で糸を引いている。
 メタルオーガは深くめりこませた拳を素早く引き抜くと、次の標的に狙いを定めた。
「きさまにはこれだ!」
 右膝が緑の戦士に向かって放たれる。
 うつ伏せに崩れ落ちるアップルハートを、唖然とした視線で追いかけていたライムハートはなんとか我を取り戻した。いつかのように、右手を盾にするように差し伸べる。
<絶対禁止領域>(エリアフィフティーワン)!」
 爆発のような音が両者の間で炸裂した。ライムハートを守る絶対防御ともいうべき目に見えないバリアが展開されている。その鉄壁さはレモンハートも知っていた。
 それが、ガラスが割れたような悲鳴をあげて砕かれた。
「なっ――ぐぶっ!?」
 ライムハートの大人びた美貌が歪み、肢体が折れ曲がる。
 凶器とも言えるメタルオーガの膝が腹部に叩き込まれていた。彼の全身はメタル化しており、果汁系戦士の技にビクともしないほどの強度を誇っている。それは受けるだけでなく、攻める点においても大幅にパワーアップしていた。
「ごほっ……!」
 大きく咳き込むと同時に鮮血が溢れる。
 二人を襲った一撃はどちらも重すぎた。生身の人間であれば失神どころではなく即死だろう。戦士として強化されているがゆえに、なんとか心臓は動いていた。ただし苦痛は計り知れない。
「ぐぅ……!」
 崩れ落ちそうになるライムハートは意識を繋ぎとめるように歯を食いしばった。かろうじて折れなかった膝を奮い立たせ、後方へと跳躍した。
 レモンハートのすぐ隣まで戻り敵との距離を離す。間近で見る緑の戦士の口からは血が垂れており、呼吸も荒い。
<絶対禁止領域>(エリアフィフティーワン)が破られた……!」
 彼女にとってそれがどれほどの意味を持つのか、レモンハートにはなんとなくだが分かる気がした。仮にもアップルハートの技すら防御したバリアが、あっさりと貫かれたのだ。メタルオーガの攻撃力は果汁系戦士を凌駕している。
「そこ黄色いの。お前はなにもしないのか?」
「うっ……」
 思わずレモンハートは口ごもった。
 怖い。明確な恐怖心が体を縛りつけている。二人がやられる光景をまざまざと見せつけられ、どうしようもなく足が震えていた。今までこんなことなかったのに。
 鋼の体を持つ幹部は、足元に転がっているアップルハートの頭を掴み上げた。何の抵抗もしないことから、赤の少女は既に意識を失っている。
「なにをする……!」
 ライムハートが歯噛みしながら一歩前に踏み出した。失態だ、と気付いたのだろう。なぜ先ほど赤の戦士を引っ張ってでも距離を離さなかったのか、と。
「なに、安心しろ。俺は人質を取るなんていう姑息な手段は使わん」
 にやり、と笑った。口がないのに、そんな気がした。
「邪魔だからどけるだけだ!」
 高く掲げた少女を手放す。落下していく華奢な体めがけて鋼の拳が繰り出された。初撃よりも鈍い音がして、猛スピードでアップルハートが飛んでくる。
 ここは学校の屋上だ。フェンスがあるがそんなもの到底役に立つまい。
「アップル!」
 恐怖心に支配されていたが、彼女を助けなければという使命感がレモンハートを突き動かした。それはライムハートよりも判断が早かった。
 屋上の端で友人の体を受け止める。だが勢いが強すぎて一緒にもろとも倒れこんでしまった。もう少し遅かったらフェンスをぶち抜いてグラウンドに真っ逆さまだったろう。
 まともに背中をコンクリートに打ちつけた。いや、自分のことなどどうでもいい。まずアップルハートの状態を……
 瞬間、腕に抱いた彼女の体を光が包み込み、すぐに飛散した。
「ああっ……!」
 特徴的な薄赤色のツインテールが、黒髪のストレートロングに戻ってしまう。変身が解けてしまった。
 レモンハートは息を呑み込む。腹部に触れている感触で分かった。肋骨がいくつか折れている。指を少し沈ませるだけで、ぐじゅっ、と水っぽい音がするのだ。変な触り心地だった。内臓が破裂しているのかもしれない。
 息はあるが時折ぴくぴくと痙攣している。最初の一撃で既に内臓が潰されていたのに、さらにもう一発食らったのだ。いまや彼女の体内はめちゃくちゃになっている。
「……ッ」
 すぐ傍にライムハートも駆け寄ってきた。その表情は今にも泣き出しそうなほど崩れている。
 レモンハートも小刻みに震えながら俯いた。
「ククク、怖いか? そうなりたくないなら逃げても構わんぞ」
 余裕綽々なメタルオーガに、カチンと来た。
「あ? ふざけたこと言ってんなよ」
「む?」
「あんたをぶっ殺したくてしょうがないくらい、むかついてんだよ!」
 拳をコンクリートに叩きつけながら怒号を飛ばした。
 怖くないといえば嘘になる。でも、仲間をこんなに痛めつけられて黙っていられるわけがない。お互い正体を明かしあった仲でもある。大切な友だちなんだ。
 正義の心がどとうとかそんなものは知らない。興味もない。だけどここで尻尾をまいて逃げるほど、馬鹿じゃない。
「ねえ、あたしたち二人で勝てる?」
「……方法はある」
 ライムハートは口元の血を拭いながら、
「短時間に大量の打撃を与えれば、硬いものも柔らかくなるはず」
「金属疲労ってやつ?」
「そう。だけど、敵がその間なにもしなければの話」
「じゃ、あいつの動きを止めりゃいいんだね。あたしがなんとかする」
 わずかに緑の戦士は目を瞠った。その判断の早さに。
 レモンハートは乾いた笑いを浮かべる。
「あんたの方が強いじゃん。攻撃は任せたよ」
「……分かった。止めるのは一瞬でいい。あとは私に」
 以前のことはこの際忘れよう。今はそんなことを気にしている場合ではない。アップルハートがやられて怒り心頭なのは緑の戦士も同じはずだ。
 変身が解除された少女を静かに横たわらせ、レモンハートは立ち上がる。
「作戦会議は終わったようだな。ん?」
 メタルオーガは相変わらず余裕を滲ませている。
「ああ、あんたをぶっ殺す作戦が決まったよ」
「クハハハ! いいだろう、やれるものならやってみるがいい!」
 腕を組んで仁王立ちしていた鋼の肉体が、腕を下ろすと同時。彼はその大きな体とは似つかわしくないほどの速さでもって突撃してきた。
「くあっ!」
 両腕を広げたダブルラリアット。二人ともガードはしたものの、衝撃には耐えられなかった。フェンスを破壊しながら、メタルオーガは二人の少女を巻き込むような形で屋上から飛び出す。
 地上まで二十メートルほどの距離。果汁系戦士たちは空中で一回転しつつ着地する。
「ぐっ……!?」
 レモンハートが思わず腹部を押さえて屈みこんだ。着地した衝撃なのか、以前ライムハートに砕かれて、まだ完治していなかった肋骨が悲鳴をあげたのだ。
 気付いた緑の戦士は動揺してしまい、すぐ目の前に降りてきた敵幹部の攻撃を避けることができなかった。
「ぬうん!」
「げはっ……!」
 唸り声と鋼の足がライムハートの脇腹へと襲いかかった。弓なりに折れ曲がりながら、吐血の糸を引いてグラウンドの中央へと転がっていく。
「古傷でも痛むのか?」
 うずくまっているレモンハートを蹴り飛ばす。
「ぶぇ!」
 顔面に受けた。もろに食らってしまった黄色の戦士は奇妙な呻き声をあげながら、まるで空き缶のように飛ばされていく。
 十数メートル先にある体育館の壁へと背中から激突した。肺から酸素が叩き出され、視界が明滅した。全身に痛みが駆け巡り、崩れ落ちそうになるところを無理矢理引っ張り上げられた。
「んぐっ……!」
 首を掴まれて壁に押し付けられる。目の前には全身メタリックの敵幹部。
「ここが痛むらしいな」
 メタルオーガは空いている手を大きく広げ、レモンハートの肋骨を腹の上から握りこむように掴んだ。
「がああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!?」
 焼けつくような激痛が広がっていく。傷を負っていた骨が軋み、体の中でめきめきと不快な音をたてている。
 悲鳴を押さえ込むように歯を食いしばる。
「いぎっ、い、ぎぎぎ、ぎぃぃい!」
「ククク、痛いか?」
「っ――べつに――あたし、丈夫だから――」
 あながち間違いではない。小さい頃からバレーをやっていて、数え切れないくらいボールを体中に受けてきた。そのおかげなのか体だけは妙に頑丈になっている。
 勉強やらなんやらは苦手で面倒だが、バレーだけは好きでいられた。だから今も続けている。
 ふん、とメタルオーガは鼻で笑う。
「やせ我慢するな。ひどい顔だぞ」
 いまだに骨を鷲掴みにされているから、呼吸するたびに激痛が繰り返される。その呼吸自体も満足にできないため、自然と涙がこぼれてきていた。
「うっさい――あたしはアップルみたいに、ぅぐっ――簡単にやられないっつーの――」
「なら試してやろうか!」
 締め上げられていた肋骨が解放された。反射的に酸素を取り込もうとしたが、後を引く痛みのせいでぴたりを呼吸を止めてしまう。
 壁に押し付けられたまま身動きが取れない少女の腹に、鋼の拳がめり込んだ。その衝撃は体育館を揺るがすほどの威力で、背中の壁面にいくつもの亀裂が走る。
「ぉ゛ぐっ……!」
 レモンハートの瞳がこぼれんばかりに見開かれた。
 分厚い拳はブラウスの中心に沈み込み、胃袋や肝臓を大きく歪ませた。内臓の位置が変わっている。動いている。変なところにある。
「かはっ、か、ぁはっ……!」
 口を開けっぱなしにしてだらしなく舌を垂らしている。今の一撃はかつてアップルハートに受けたものより何倍も重かった。体内が発狂して暴れているような激痛。
 メタルオーガが拳を引き抜いても、彼女の腹部には生々しい陥没が残ったままだった。若干汚れた白地のブラウスに指の形がはっきり見てとれるほどの傷跡。中央から臍にかけて大きくヘコんでしまっている。
「はっ――ぁっ――」
 びくびくと痙攣するレモンハートは、目の前で再び拳を構えるメタルオーガに対してなんの防御行動も取ることができなかった。自由なはずの両腕は一切動かない。一種の失神状態になってしまっていて、グロテスクなほどひしゃげている腹部は無防備な状態を晒している。
「まだだ!」
 二発目の凶弾が放たれる。黄色の戦士はただ呆然と、大きな拳が自分の腹部へと吸い込まれていく光景を眺めていた。
 すでに歪みきっている内臓たちが、どぷっ、と音を立てて潰れる。
「ぐぶぅぅぉぉ!?」
 今の声を聞いて女の子と気付く者がいるだろうか。獣のような声だった。
 レモンハートの体を伝って体育館に再び激震が走り、窓ガラスがけたたましい音をたてて一斉に割れた。壁のヒビはさらに深く掘られたように広がり、少女の体が半分ほど埋まってしまっている。
 薄い筋肉が張った腹筋などなんの意味もない。鋼の拳は肉体をねじ切るように半回転しながらめり込み、内臓器官を強引に押し込みながらレモンハートの背骨にまで到達していた。
「お゛っ、ごおおおぉぉぉぇぇぇぇぇぇ!」
 こらえることなどできるはずもなかった。圧縮された胃からこみあげてくる熱い液体を、水風船が割れたようにぶちまける。
 赤い。胃液なんてそんな生易しいものではない。溢れ出たのは鮮血そのもので、それだけで命に関わるだろうと察するほどの量だった。突き刺さっている敵幹部の腕に降りかかり、足元に血溜まりを形成していく。
「ぁがっ――ひぁっ――ぇ――」
 痙攣するたびに潰れたような声を漏らすレモンハートは、血で濡れた舌を突き出しながら悶えている。瞳の光がほぼ失われていた。
 確実なてごたえを感じたであろうメタルオーガが呟く。
「終わりだな」
「っ――ぁっ――ら、らい――」
「なんだ?」
「ライムウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 真っ赤に染まった口から、命の灯火が滲み出すような力強い声が飛ぶ。

<星が瞬く風>(ステラウインド)……」

 反応するかのようにもうひとつ、少女の声が聞こえた。
 はっきりとしない視界で、レモンハートは敵幹部の背後に緑の戦士が立っているのを確認した。
 ライムハートが両手を前に突き出す。するとメタルオーガの周囲に風が生まれた。そよ風のようだったそれは次第に強さと荒々しさを増し、小さな竜巻に成長していく。
「フン、今更なにをしても無駄だ。次はお前を――む?」
 ターゲットを変更したメタルオーガは瀕死のレモンハートから拳を引き抜こうとした。
「ぬ、抜けん……! こいつ!」
 にやり、と黄色の戦士がほくそ笑む。してやったり、と。
「バカ――まだ、あたしの変身、解けてないだろ」
 そう、彼女はまだ力を残している。腹部に埋まっている拳の上から、腹筋を固めることによって固定させたのだった。内臓器官までもが食らいつくようにして離さない。
 ご丁寧なことに体育館の壁を背にして、体ごとめりこませてしまうような強力な突きだったのだ。レモンハートは賭けていた。アップルハートと同じように腹を殴るだろうと予想して、意識だけは逃すまいと必至に耐えた。
 そして、ライムハートにとってはその一瞬の硬直が必要だった。今や彼女が発生させた風のエネルギーは敵幹部の体を包み込んでいる。
「レモン、もう十分」
 やさしげな言葉に頷き返すと、レモンハートは鋼の拳を腹筋という網から解放した。表情はつくっていても、腹部へのダメージ――特に内臓は他の誰よりも傷が深い。糸が切れた人形のように全身が脱力し、背中を壁に擦りつけながら尻餅をつく。
「う、うおおおおお!?」
 メタルオーガを包む竜巻は、次第に彼の体をコマのように回転させながら上空へと舞い上がらせていった。
 風の檻。そんなフレーズが、レモンハートの朦朧とする意識の中に浮かび上がった。
 緑の戦士が地を蹴る。彼女もまた風に押し上げられるようにして浮かび上がっていった。檻ではなく、足場を支えるような。
 空中に『立っている』ライムハートは、しなやかで長い右脚を構えた。右のヒールブーツが敵に狙いを定める。

<量子の海の翼竜>(クァンタム・シー・リントヴルム)!」

 ただの蹴りではない。レモンハートが痛みを忘れて見入るくらい派手で、かつ魅力的なものだった。
「だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!」
 高速連打。ただ乱暴に蹴りを叩き込んでいるわけではない。それはリズムを刻んでいて、まるで打撃音で音楽を奏でているかのようだった。荒々しさを感じさせない、美しい旋律。
 メタルオーガはぐるぐると回っているから、ライムハートはその場で技を繰り出し続ければいい。それだけでほぼ全身に蹴りが加えられるという寸法である。
 攻撃がスタートした時は弾かれるような音だったが、次第に鈍く、心臓に響いてくるような低音に移り変わっていった。遅くなったり速くなったりすることもない。一定の間隔をもってダメージを与え続けていく。
「ぐおおおおおおおああああああ!」
 効いている。間違いなく効いている。このままいけば――
「だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだっ――だぁ!」
 一瞬ライムハートの表情が曇った。同時に一際大きな蹴りが敵に叩き込まれ、少女の体が地へと降りていく。墜落と言った方が正しいかもしれない。両足で着地することなく体からグラウンドへと落下した。
「くはっ――! はあっ――はっ――」
 スタミナ切れだ。ライムハートは滝のような汗を流して荒い呼吸を繰り返している。万全であればあの鋼の肉体を粉砕できたかもしれない。しかし、腹部に受けた二発はやはりダメージとして深く残っていたようだ。
 拘束している竜巻の力も弱まっていく。まだ空中に浮かびつつも、敵幹部の回転は止まった。ダメージは確実に入っているが、以前としてそこに強靭な肉体は残されている。
「クク、ククク、どうやらここまでのようだな」
「くそっ――」
 あと少しなのに――レモンハートは土を握りこんだ。おそらく、あと一撃。どでかいのをぶちかましてやれば倒せる。
「うぶっ――がはっ――!」
 立ち上がろうとしたとき、痛みと共に再び喉の奥から熱いものがせりあがってきた。胃の中に残っていた血を吐き出す。
「きさまたち二人では無理だったということだ。ハハ、クハハハ!」
 涙が溢れる。悔しい。ここまできて……!
「二人……? 何を、言ってるの。私たちは、三人」
 まだ呼吸が整っていないライムハートが、仰向けで夕焼け空を見上げながら言葉を紡いだ。
 レモンハートも気付いた。校舎の屋上。そこに立っている少女の姿を。
「変……身!」
 淡く、しかし力強い光が少女の体を包み込んだ。 黒髪が薄赤色に染まり、特徴的なツインテールが生まれる。白いブラウスと髪と同じ色のミニスカート、ニーハイソックス、ショートブーツ。可愛らしい姿でも、彼女もれっきとした戦士なのだった。
「この木なんの木リンゴの木! 果汁系戦士、アップルハート!」
 決め台詞と決めポーズも忘れない。ああ、間違いなく彼女だ、とレモンハートは思わず安堵して笑みをこぼした。
「四天王オーガ、じゃなくてメタルオーガ! そこまでよ! これ以上仲間を傷つけることはわたしが許さない! とどめをさしてあげる!」
 愛らしい顔に怒りをみなぎらせている。実際はかなり無茶をしていた。
 しばらく眠っていたとはいえアップルハートの肋骨は折れたままで内臓も血の海になっているはずだ。だがそれでも彼女は立ち上がった。悪を滅ぼすために。
「これはわたしだけの正義力じゃない。レモンとライムの思いも込められてる。三人合わせれば何倍も、何十倍も、いいえ何百倍も――」
「いいから早くやれー! ぇほっ、今しか、ないんだから!」
 内臓の痛みに喘ぎながらも突っ込む。こんな状況でも相変わらずヒーローごっこ。なんてブレない性格してるんだ。これが彼女のいう正義力ってやつなのか。
「そうね、悪に釈明の余地なし! 正義力の真髄を受けなさい!」
 リンゴ色の髪をなびかせながら、かけ声と共に跳躍した。宙で新体操のようにくるりと回転する。ライムハートに劣らぬ美しい脚線が夕日に照らされた。
 見たことある。彼女に無理矢理見せられた特撮番組に出てくる、主人公が敵にかますおなじみの必殺技。
「アップルキィィィィィィィィィィック!」
 右足のショートブーツがメタルオーガに叩き込まれる。雷のような激しい衝撃音。
「グワアアアアアアアアアア!」
 彼が耐えたのは一瞬だけ。ライムハートの技によって耐久力がほぼゼロに等しくなっていた鋼の肉体が、音をたてて砕けた。
 アップルハートは着地すると、キックの勢いがいまだ消えないのか砂を巻き上げながら地を滑っていく。ちょうどライムハートのそばで停止した。
「バカな――この俺が、この俺がァー!」
 体の左半分ほどがもぎとれてしまったメタルオーガ。いくつものヒビが体中に走っていき、その隙間から光が溢れ始めた。
「正義は――」
 敵に振り向くことなく、アップルハートは右手を高く掲げ――
「勝つ!」
 ガッツポーズ。
 メタルオーガが一際強く発光したかと思うと、直後に爆発四散した。怪人クイチラスなどよりも遥かに大きな爆発だった。鋼の体が粉微塵になって、グラウンドに飛び散っていく。
「くっ――はぁっ――」
 やはり致命傷を受けている身には堪えたのか、腹を抱えて両膝をついてしまった。
 同じく傷が深いレモンハートもなんとか立ち上がり、殴られた箇所を押さえつつ彼女のもとへと歩み寄っていく。緑の戦士は仰向けから上半身だけは起こしていた。
「無茶しないでよ……! あんたっていっつもそうなんだから……!」
「ごめんね。でも、みんなで掴んだ勝利だよ」
 えへへ、と笑みを浮かべるアップルハートは、とても嬉しそうだった。
 強敵を倒したという達成感だけでなく、実際は三人で協力したことがなによりの喜びなのだろう。最初は一人きりだった彼女にとって、『仲間』という存在はかけがえのないものだから。
 アップルハートが緑の戦士へ視線を向ける。
「ライム、仲間っていいものでしょ? これからは一緒に戦お?」
「あっ……」
 顔を赤くして目をそらすライムハートは、俯き加減のままゆっくりと立ち上がる。
「い、言いたいことがある」
 ふと、空気が変わった。張り詰めたような感覚。
 レモンハートは思わず身構えた。以前のようなことがある。ライムハートは自分以外の戦士の存在を認めようとしなかった。さっきは強敵を倒すための、一時的な共闘だったのかもしれな――

「す、好きです! 付き合ってください!」
「――ほえ?」

 今にも火が吹き出そうなほど赤面しているライムハートと、素っ頓狂な声をあげるアップルハート。
 黄色の戦士は慌てて二人の間に割り込みつつ詰め寄っていく。
「おい待てこら! ドサクサに紛れて告白してんな!」
「今しかないと思った」
「なにそのキメ顔むかつく!」
「そういうあなたは何なの」
「あ、あたしは友だちだよ、と・も・だ・ち! 別にそんな特別な関係じゃ――」
「じゃあ入ってこないで。私は真剣!」
 確かにその熱意は伝わってくるが、ちょっと待ってほしい。性別を考えろ。あんたら女同士だろ。いや別にアップルが心配とかそういうわけではなくて。
「えっと、わたし女なんだけど……」
「分かってる、だからこそ! 性別の壁なんて破壊(ブロークン)すればいい!」
「壁って言われても……はっ、分かったわ!」
 ぽん、と両手を打ち鳴らす。
「突き合うって要するに特訓ね!」
「そう、特訓――え?」
 さすがのライムハートも、予想外の返しに唖然としたようだった。
 レモンハートは心のどこかで彼女に同情している。こうなってしまってはもうだめだ。アップルハートを止めることなどできはしない。彼女の言う『正義力』のスイッチが入ってしまったのだから。
「いいわライム。お互いぶつかり合って切磋琢磨するのもまた正義の味方として必要な要素だもの! そ、そっか。この前本気でわたしたちを潰そうとしたのはそういうわけだったのね!」
「い、いや、違――」
 別の意味で狼狽している。怪人に対しては異様なまでの強さを発揮する彼女が、こうして言いくるめられているのを眺めるのは、なかなかどうして面白い。
 大胆な告白に踏み切られたときは肝を冷やしたが、アップルハートはそれ以上に斜め上を行く思考回路をしていた。なんだ、心配いらなかったじゃないか。
 くすくすと笑いながら、レモンハートはライムハートの肩に手を置く。
「ふふっ、ライム、諦めた方がいいよ」
「えっ、えっ? あの、私、だから、あの」
「よーしそうと決まれば明日の朝、テレビのヒーロータイムが終わってから特訓よ! レモンは寝坊しちゃダメだからね!」
「あたしも!? だからせっかくの日曜日を潰すなって!」

 まるで、普通の少女たちのように。正体を隠して人知れず平和を守っている彼女たちではあるが、本来は中学校に通う一般的な女の子なのだ。
 誰かが通報したのか、遠くからサイレンの音が近づいてくる。正義のヒロインたちがそれに気付くまで、無邪気な押し問答は繰り広げられた。

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