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花びらたち 2-1

 チューリップはそわそわと落ち着かない気持ちになっていた。
 目の前にある扉の両端に、甲冑のような法衣を着た女性が二人佇んでいる。彼女たちは王妃の親衛隊だ。
 扉の向こう、王室には、リーフガーデン国の王妃コスモスがいる。
(落ち着けー落ち着けー)
 両頬をぱしんと叩く。深呼吸しながらちらりと隣を見た。同じく王妃に呼び出されたマーガレットが微動だにせず立っている。表情は普段と変わりなく、まっすぐに扉を見据えているようだった。
 小声でマーガレットに囁く。
「さすが、余裕なんだね」
「話しかけないでくださいませんか」
 え、とチューリップは首を傾げた。隣にいる幼なじみは髪一本動かすことなく続ける。
「喋らせないでください。余計なことをすると崩れそうです」
 よく見ると、マーガレットの手は小さく揺れていた。白の法衣に隠れているが、両足も小刻みに震えているように感じられる。立っているのがやっとなのだろう。
 チューリップは、はっと息を呑んで、
「……漏れそうなの?」
「ばっ……馬鹿! 違いますわよ!」
 小さく叫び、慌てて口を閉じた。親衛隊二人にじろりと睨まれている。ここは王室の前なのだ。粗相があってはならない。
 そして唐突に、扉が音を立てて開いた。チューリップも慌てて姿勢を正す。
「お入りください」「お入りください」
 親衛隊の抑揚のない声が重なった。促されるまま、チューリップとマーガレットは王室の中へと歩を進める。マーガレットは傍から見ても分かるほど、体を鋼鉄のように固くしていた。
 チューリップも息が詰まる思いで、王室の真ん中で足を止めた。数歩先には緩やかな階段があり、その上では装飾されている椅子に銀髪の女性が座っていた。
「治療士マーガレット! 参りました!」
「お、同じく参りました、拳士チューリップです」
 マーガレットは緊張のためかいつもより声が高くなっていた。チューリップも慌てて後に続く。
「はい、いらっしゃい」
 リーフガーデン国王妃コスモスは、にこりと笑った。白を基調としたドレスには金色のレースが施してあり、きらびやかに光る彼女を見てチューリップは思わず目を細めた。
(きれいだなぁ)
 チューリップは王妃を見上げながら改めて感じる。この国を立ち上がらせた第一人者とも言うべき彼女は、国民誰もが見惚れるほど美しかった。大人独特の佇まいというか、思わず背筋を伸ばしてしまうような雰囲気を放っている。
「二人とも、先日はよくがんばったみたいね」
 セレスタイト村での一件だろう。
「あ、は、はい! とんでもございません!」
 マーガレットのうわずった声に、思わず吹き出しそうになってしまう。おかげで幾分緊張がほぐれた気がした。
「あなた達が持ち帰った石だけど、とても危険なものだそうよ。魔力を吸収しちゃうんですって」
「……魔法は無力化されるということですか?」
 先ほどまでとは打って変わって、治療士の声は落ち着きを取り戻していた。マーガレットは真剣な表情で王妃を見据えている。
 これはとても重大な話だ。チューリップにもそれは分かっている。魔法は魔力を消費して発動する女性特有の技だ。なぜ女性のみが魔力を持っているのかは現在さまざまな説があるものの、解明はされていない。
「そうね。もしあの石を材料にして鎧か何かをつくったら、それだけで魔法に対しては無敵になるそうよ。怖いわねぇ」
 コスモスは頬に手を当てて首を振った。とても恐怖を感じているようには見えない。が、見過ごせない事態だ。
「しかし、そのような石があるなど聞いたことがありません」
「それなんだけどね? あなた達にお願いがあるの」
 ぽん、と王妃は手を合わせる。
「その石については、実は以前から報告があったの。ゴーレムって知ってる?」
 二人の魔法使いは頷いた。
 チューリップは思い出す。子供の頃、おとぎ話などで聞いたことがある。ゴーレムは魔獣の一種で、伝説とされている存在だ。泣いている子供を黙らせる「ゴーレムが来るぞ」という決まり文句すら浸透している。
 だがあくまで架空の魔獣である。実際に見たことなどあるはずもない。
「最近ね、アクロライトでゴーレムらしき化石を発見されたの。すっごく大きいんですって。これよりももっと」
 そう言うとコスモスは両腕をめいっぱい広げてその大きさを表そうとした。いまいち分からないが、とにかく巨大であるらしい。
 アクロライトというのは街の名前だ。鉱石が取れる遺跡が有名で、リーフガーデン国に順じている。距離もそう遠くない。
 おそるおそるといった様子で、マーガレットは尋ねた。半信半疑のようだ。
「ほ、本当にゴーレムなのですか? なんの関係があるのでしょう」
「その石はゴーレムの欠片かもしれないんですって」
 ぎくり、とした。チューリップは思わず目を瞠る。それが事実だとすれば、ゴーレムは魔法が効かない魔獣ということになる。
「持ち帰ったあの石を持って行って、確かめてほしいの。調査員が街で待ってるから合流してね」
 すでにゴーレム関係の調査は進んでいるらしい。ここまで事が進んでいると、現実味を帯びてくる。あながちおとぎ話の中だけの話ではないのかもしれない。チューリップは戸惑いながらも好奇心をくすぐられた。
「承知いたしました。マーガレット、チューリップ、両名はこれよりアクロライトへ向かいます」
 ぴん、とマーガレットは背筋を伸ばした。対してコスモスは困ったようにため息をつく。
「そんなに固くならなくていいのよ。私はみんなの母親みたいなものなんだから」
 コスモスは小さく微笑んだ。チューリップは彼女の柔らかな物腰が好きだった。一国の王妃とはいっても、身近な存在に感じられる。母親みたいなもの、という例えも言い得て妙だった。
「は、はい。善処いたします」
 とはいえ相変わらずマーガレットは緊張状態から抜け出せないでいた。彼女の家柄にも関係があるからだろう。チューリップはよく知らないが、コスモスの家系にはよくお世話になっているのだそうだ。
「あ、ちなみにこの話は他言無用よ? これ一応、重大機密だから」
 魔力を吸い取る石など、魔法使い――女性にとっては死活問題になりうる。魔力は命の源ともいえるし、大勢に知られてはパニックになるかもしれない。そのうえ、魔獣が所持していたというのが最も危険な事実だ。石そのものがゴーレムの欠片であるという可能性もあり、芳しくない情報だけが溢れている。
 チューリップはもやもやとした考えを首を振って払う。
「あ、あのー」
「はい、チューリップさん」
「調査員の人って、どんな人なんですか?」
 ああ、と王妃はパンと手を叩いた。
「言うのを忘れてたわね。カトレアっていう子よ。あなた達より一つ下なの。仲良くしてあげてね」
 そのカトレアという調査員は十五歳ということになる。名前からして女性だ。調査員と聞くとチューリップはてっきり眼鏡や髭を生やした男性だと思い込んでいたのだが、どうやら違ったようだ。自分達よりも下となると、さらに若く感じる。
 ふと、新たな疑問が浮かび上がってきた。
「もう一つ聞いていいですか?」
「はいどうぞ」
「コスモス様は何歳――もごっ!?」
 突然口を塞がれた。マーガレットが背後から覆いかぶさるようにして密着し、口元を両手で押さえていた。
「まったくこの幼なじみは何をワケの分からない事を言ってるんでしょうね! そ、それではコスモス様! わたくし達はこれより任務に就きますので退室させていただきます! ごきげんよう!」
 早口でまくしたてると、マーガレットはチューリップの腕を掴んで脱兎のごとく駆け出した。玉座を出て、親衛隊には目もくれずに廊下を走り抜ける。
 階段を下り、親衛隊の目が届かないと確認すると、マーガレットはようやく立ち止まった。肩で息をしながら、ずいとチューリップに迫る。
「あなた馬鹿ですか! アホですか! 脳みそお花畑ですか! 自殺志願者ですか!」
「な、なんか最後おかしくない? 何なの急に?」
「一国の姫様に歳を聞くなんて身の程知らずにも程がありますわよ! 特にコスモス様の場合は失礼とかいうそんな程度で済むような話でもありません!」
 さらに身を乗り出すようにしてマーガレットが迫ってくる。鼻の頭がくっつかんばかりに接近した治療士は、見たことのないような顔になっていた。恐怖の色で染まっている。
「これは噂ですが、コスモス様に年齢を尋ねた方は以前にもいらっしゃったそうです。その方はその日を境に行方不明となり――」
 ごくりとチューリップは生唾を飲み込んだ。今更ながらとんでもないことをしてしまった、と後悔の念に駆られる。
「み、見つからなかったの?」
「いえ、数日後に城内で発見されました。ただ、お喋りであったはずの彼女は物言わぬ仏像のようになってしまったと聞きます。コスモス様に忠誠を誓い、とにかく王妃のために尽くす存在になってしまったとか……」
 チューリップは、ふと親衛隊の姿を思い浮かべた。玉座の扉を守るようにして佇む、鎧のような法衣を着た、二人の魔法使いを。
 冷や汗が流れた。はは、と乾いた笑いが漏れる。
「マーガレット、善は急げだよ! 今すぐアクロライトに行こう!」
「同感ですわ! そうしましょう!」
 二人は逃げるようにして城を後にする。今聞いた話は忘れよう、とチューリップは自分に言い聞かせた。

 アクロライトは、簡単に言うと鉱山の町だ。山のふもとにあって、石でつくられた背の高い建物が連なっている。山で採掘された鉱石は、装飾品だけでなく、工具や武器などにも加工される。
「あたしたちにはあまり縁のないところだよね」
 チューリップは道行く住人たちの視線を気にしつつ呟いた。
 実際のところ、この町は男性の比率が多い。力仕事は基本的に男性の仕事だ。厳密には男性が唯一持てる役割が、こういった直接的な作業なのである。
 魔法を使えば採掘や農作業もあっさりこなすことはできる。だがそれでは男性がやはり何もすることがなくなってしまうのだ。それに、女性が持つ魔力とて無限ではない。毎日魔法を多量に行使し続ければ、身体にも影響が出る。
 コスモス王妃曰く「女性をサポートするのが男性のお仕事です。がんばって働いてね」。
 マーガレットは高くそびえ立つ時計台を見上げた。
「ですが、なくてはならない町でもありますのよ。剣や盾などの装備もここでつくられていますからね。特に男性には必須です」
 魔法が使えない男性は武器に頼る他ない。魔法使いが武器を使わないというわけでもないが、ごく少数だ。基本的にはマーガレットのように、己の魔力を制御するための杖などを持つ場合がほとんどである。
「武器なんて邪道だよ。女なら拳ひとつ!」
「それはあなたが自己強化タイプだからでしょうに。拳士はむしろレアなくらいなのです」
 チューリップが杖を持たないのは、制御が不要だからだ。魔力を身の内に秘めたまま行動するので、暴発する危険性はほとんどない。
 逆に、マーガレットのように魔力を外へ解き放つ場合は話が変わってくる。一の力を出すつもりが十も出してしまうこともあるし、狙った方向に飛ばないこともある。だからこそ特殊につくられた杖が必要なのだ。
「そんな話をしている暇はありませんわよ。カトレアさんが待つ研究室へ向かいましょう」
 大きな帽子から伸びる茶色の髪を揺らして、マーガレットが歩き始めた。チューリップは後ろからついていく。
 道すがら、男性たちの視線が気になった。女性――魔法使いがこの町を訪れること自体、珍しいことなのだろう。敵意がある目ではないが、あまり居心地はよくない。
 白い建物の前で立ち止まる。他の建造物とは違い、さほど高くないが幅が広かった。博物館みたいだな、とチューリップは心中で呟く。
「ここですわね」
 マーガレットが扉を押し開く。ぎい、と小気味よい音とともに内部の匂いが漂ってきた。砂っぽい匂いだ。
 中は明るく、机や椅子がいくつか雑に並んでた。形跡はあるものの、人影が見当たらない。
「おや、留守でしょうか」
 誰もいないことは一切気にせず、チューリップは研究所内を進んでいく。
「うわー、これすっごいね」
 内部の中央は大きく窪んでいて、入り口から入ってきたチューリップ達はその部分を見下ろすことができた。
 灰色の岩が連なっている。全体的に滑らかで、太く長い岩を中心とし、四方にその半分ほどの太さを持つ岩が飛び出していた。
 鉱石でできた巨大な人間に見える。
「これがゴーレムなのかな。なんか、ただの岩って感じ」
「それを確かめに来ましたのよ」
 巨大な岩の標本を見下げつつ、マーガレットは法衣のポケットから小瓶を取り出した。中には黒い石が入っている。吐き出したあの石だ。もし真実であれば、ゴーレムの欠片を飲み込んでいたことになる。思わず顔をしかめた。
 チューリップはというと、勝手に岩の連なりをべたべたと触り始めていた。
「うーん、やっぱり普通の岩だよ」
「こら、触ってはいけませんわよ。それにしてもカトレアさんはどこに行ったのでしょうね。連絡は着いているはずなのですが……」
 周りを見渡しても、人の気配はない。どこかに出払っているのだろうか。外の通行人に聞けば分かるかもしれない。
「……?」
 キン、と音がした。ガラスに何かが当たるような音だ。
 マーガレットは後ろを振り返る。扉はさきほど閉じたまま、動いた様子はない。机も、椅子も、掘るための道具も、なにも変化はないように見えた。
 キン。
「……あ」
 手に握っている小瓶を凝視する。
 黒い石が、中で蠢いた。
「ひゃっ!?」
 生き物のように動き始めた石に驚き、マーガレットは小瓶から手を離してしまった。
 しまった、と気づいたときには、小瓶は床に激突していた。割れる音が研究所内に響く。薄いガラス瓶だったため、いとも簡単に砕けてしまった。
 黒い石が転がる。転がる。転がる。止まらない。ここは平面だ。研究所が傾いているはずはない。それでも石は、何かを求めるようにして転がっていく。
 巨大な岩のもとに。
「チューリップ! 石を止めてください!」
 マーガレットは思わず叫んでいた。なにかまずい気がする。正体の分からない不安がよぎった。
「石を接触させてはいけません!」
「そんなに慌てなくてもいいのに」
 自分のもとへ向かってる小さな石を、チューリップはブーツで踏もうとした。足をあげたとき、転がる石に変化が起きる。
 ふっ、と浮き上がったのだ。
「と、飛んだぁ!?」
 チューリップが思わず仰け反った。手を伸ばすが、小石は赤髪少女の手をするりと避け、巨大岩の標本へと一直線に飛行した。
 黒の石が、岩に溶けるようにして吸い込まれていった。
 今の出来事をマーガレットはぽかんと口を開けて眺めていた。理解できなかった。石がひとりでに動くなどあり得ないのだ。魔力がこめられた魔結晶でもそんなことは起きない。
 一瞬の沈黙。巨大な岩の塊が、わずかに震えた気がした。
「離れなさい!」
 岩のそばにいる幼なじみを呼び戻す。
 標本だった岩の連なりが、体を起こした。人が睡眠から起き上がるように。上半身らしき部分と、続いて両足のような二本の太い岩が体全体を持ち上げる。頭と思われる丸みを帯びた岩が、天井を突き抜けた。
 研究所全体が音を立てて揺れる。
「マーガレット、外に出て!」
 ぐい、と腕を引っ張られ、チューチップと共に外へ飛び出した。
 同時に人の形をした岩――ゴーレムが、研究所を中から破壊しながらその姿を空の下に晒した。
 住民がどよめく。突然現れた巨大な岩を見上げ、ある者は悲鳴を、ある者は好奇心から声を荒げた。
 体長は、近くに建っている三階建ての屋根よりも高い。先日の植物魔獣よりも一回り大きいように見えた。
 ゴーレムは二人の魔法少女を見下ろした。ごつごつとした腕のような長い岩を、振り下ろす。
「危ない!」
 チューリップがマーガレットの体を持ち上げ、後方へ跳躍した。当然魔力で体を強化しているため、普通の人間とは思えないジャンプ力でゴーレムと距離をとる。
 さっきまで立っていた地面が、けたたましい音をたてて抉れた。住人たちはその状況を見て、慌しく逃げ始めた。
 ゴーレムはこちらに向かってくる。ずしんと地面を揺らしながら。

 チューリップは幼なじみに頷きかけると、ゴーレムに向かって駆け出した。住人たちに被害が及んではいけない。この巨大な生きる岩を止めなくては。
 小さな少女に対し、ゴーレム再びその腕で攻撃してきた。縦に振り下ろされる太い腕を、横へと回避。地面に叩きつけられたそれに飛び乗って、頭部まで駆け上がる。
「こんのおおおおおお!」
 魔力を込めた右拳を、顔面と思しき丸い岩肌に叩き込んだ。強化したチューリップの拳は地面をも砕く威力がある。それはゴーレムに対しても効果はあった。
 音をたてて腕がめり込む。手のひらの中心に魔力を集め、解放した。
 爆発したような音。岩の頭は内部から破壊され、粉々に砕け散った。ゴーレムが膝をつくのをチューリップは確認した。
 周囲が感嘆するようにどよめいた。チューリップは着地すると、マーガレットに振り返る。
「やったよー!」
「馬鹿! まだですわよ!」
 え、とチューリップは再びゴーレムに視線を戻す。目の前に、岩の腕が迫ってきていた。
「うぁ!?」
 とっさに頭の上で両腕を交差させる。重い衝撃が降ってきた。両足が、地面にめり込んだ気がした。
「ううう――!」
 歯を食いしばって耐える。魔力をこめた両腕で防御しているものの、ゴーレムの腕は重みが尋常ではなかった。
 視界の端で、もう一本の腕が動くのを見た。今は両腕が塞がってしまっている。はっ、と息を呑んだとき、横からその腕が激突してきた。
「ぐはっ!」
 脇腹を突き抜ける激痛。なぎ払うような腕が、チューリップの小柄な体は簡単に跳ね飛ばした。建物の壁に肩から衝突し、地面に倒れこむ。
「ぐっ! かは――!」
 脇腹を殴られた痛みと、壁に強かに打ちつけた体から酸素が抜け落ちた。一瞬呼吸困難に陥って、視界が明滅する。
 巨大な体が近づいてくる。呼吸を整えながらゴーレムを見上げたとき、巨大な肩に火球が飛んできた。爆発音とともに炎の玉が爆裂し、ゴーレムの肩が一部蒸発する。
「こちらです!」
 マーガレットが杖を目標に向けて指し示しながら、<ファイアーボール>で攻撃をしかけたのだ。ゴーレムはチューリップから、治療士の方へと体を向けた。
「まだいきますわよ!」
 手のひらほどの火球がいくつか彼女の周りに出現する。杖を振ると一斉にゴーレムへと発射された。
 胴体、腕、足に着弾していく。爆発音が鼓膜を叩いた。巨体が揺れる。
 ゴーレムの歩みが止まった。岩でできた巨体が屈みこんでいく。
 攻撃を受けたからではなかった。両足をぐっと引き伸ばし、その巨体が宙へと飛び出していく。
 ジャンプしたのだ。
「む、無茶苦茶ですわ!」
 降ってくる脅威から慌てて距離を離す。ゴーレムが着地すると、地面にヒビが走った。地震のような揺れが周囲を襲う。
「あっ、マーガレット!」
 今の振動で、幼なじみが転倒した。
 岩の腕が伸びていく。チューリップは両足に魔力を込める。地面を抉りながら駆け出した。風をまとったチューリップは文字通り神速だ。
 マーガレットの前へと立ち塞がるように躍り出る。突然現れた赤髪少女に驚いた様子もなく、ゴーレムはチューリップを握り締める。
「うっ――ぐぁ!?」
 ぎりぎりと体が締め付けられていく。岩肌が体にめり込む感触が、激痛を伴ってチューリップを襲った。
「チューリップ!」
 後ろで幼なじみが声を荒げた。
「いいから! 今のうちにでっかいのぶち込んで!」
「な……まったく! 少し待ちなさい!」
 ゴーレムには小さな魔法では効果がなさそうだった。自分の部分的な破壊ではなく、マーガレットの大火力魔法なら倒せる。チューリップはそう考えた。
 ただし初歩的な魔法とは違って、上級の魔法は詠唱に時間がかかる。それまでゴーレム注意を引く必要があった。
「が――ああぁぁ!」
 ゴーレムの力は尋常ではなかった。魔法で肉体を強化していても、小柄な少女は痛みで呻き声をあげた。ごつごつとした岩肌が握りつぶさんばかりにめり込んでくる。
「か―ーはっ! かぁ――!」
 肺から酸素が搾り出された。呼吸すらまともにできない。掠れた声で、チューリップは悶える。口の端から涎が流れ落ちる。
 背後で幼なじみが言葉を紡いでいる。それもだんだんと遠くなっていった。
(マーガレット、早く――)
 マーガレットの詠唱はまだ終わらない。
 次第にぼやけていく視界の中、チューリップは何かが横切るのを見た。ゴーレムと自分の間をそれは駆け抜けていった。
 ふっ、と体が解放される。気づいたときには地面へと落下していた。ゴーレムの腕ごと。
「かはっ――! な、なに――?」
 何が起きたのか分からなかった。咳き込みながら確認する。先ほどまで自分を握り締めていたゴーレムの腕が、真ん中から消えてなくなっていた。
 斬られてる、とチューリップは悟った。爆発したわけでも、千切れたわけでもない。腕の断面は刃物で切ったように綺麗だった。

 ゴーレムの腕がチューリップを握り締めたまま落下する。マーガレットにもその状況が理解できなかったが、詠唱は止めなかった。集中力を切らすと無駄になってしまう。
 巨人の残った方の腕が、チューリップに伸びようとした。
 詠唱が完了する。
「チューリップ、離れなさい!」
 赤髪の幼なじみは、切り落とされた巨大な手から抜け出した。それを確認すると、狙いをゴーレムに定める。
 遠慮などいらない。文字通り全部吹き飛ばす。
「<サンシャインウェ―――――――――――ブ>!!」
 あらん限りの力で叫ぶ。
 ゴーレムに向けた杖の先から、まばゆい光が発射された。轟音。人間を軽く覆いつくすほどの太さを持ったその光の波動が、一直線にゴーレムを目指した。
 巨人の胸を貫く。胴体に大穴が開き、ずしんと膝をついた。
 光が収束していく。マーガレットは極度の疲労を感じて、ぺたりと地面に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……」
 肩で息をするマーガレットのそばに、何かが転がってきた。黒く、拳一つ分ほどの大きさだ。
 それを見たマーガレットは息を呑む。以前飲み込んだ黒い石とそっくりだった。ゴーレムが動き出す前、小さな石が巨人の胸に吸い込まれていったことを思い出す。
 黒い石は、死にかけた虫のように蠢いていた。再びゴーレムと同化しようとしているのか、少しずつ動き始める。
「そんな……破壊できなかっ―ー」
「それで十分です」
 少女のような声が横切った。チューリップよりも幼い。
 声の主を見上げた。彼女は全体的に黒だった。束ねた髪が一房、後頭部で揺れている。黒の衣服と赤を基調とした格子模様の短いスカートに、膝上まであるソックス。すぐにリーフガーデン国の法衣であることに気づいた。
 黒髪の少女が石へと歩み寄っていく。彼女は得物を手にしていた。剣のようだが、少し違う。マーガレットは本で読んだことがある。東方の島国に伝わる特徴的な剣があることを。
 刀。
 少女は刀を、黒い石に突き刺した。びくりと石が痙攣したかと思うと、次の瞬間には砂となって崩れ始めた。さらさらと、刀が突き刺さった部分から砂へと変化していく。
 ほんの数秒間で、黒い石はただの砂になってしまった。
「もう活動することはありません」
 黒髪の少女がマーガレットに振り向く。刀が左腰にある鞘へと収められた。滑らかなその動きは思わず見惚れてしまうほどだった。
「あなたが……カトレアさん?」
 マーガレットは体の疲労も忘れて、よく状況が飲み込めないまま尋ねていた。
 黒髪の少女は、こくりと頷いた。

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