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花びらたち 2-2

 三人の魔法使いは宿屋へと移動した。
 ゴーレムによる町への被害はほとんどゼロだった。住人たちからは賛同を浴びたほどである。研究所だけは破壊されてしまったので、カトレアが寝泊りしているという宿の部屋にやってきたというわけである。
 黒髪の少女カトレアは、部屋に到着するなり深く頭を下げた。
「申し訳ありません。遺跡の下見をしていたため、町からは離れていました」
「ううん、大丈夫だよ。あたしの怪我は、ほら、マーガレットに治してもらったし」
 チューリップが微笑むと、カトレアは小さく頷いた。
 かわいいな、とチューリップは改めて彼女を眺めた。
 艶やかな黒髪はポニーテール。チューリップよりも背が低く、体の線も細めだ。
 黒をベースに白のフリルをあしらった法衣は、幼い雰囲気をさらに強調させている。赤いスカートから伸びた両脚は、膝上まで黒く長いソックスで覆っていた。少しだけ覗いている太ももが艶かしい。
「すみませんが、お水をいただけますか? 久しぶりに集中的な魔力を使ったので」
 と、マーガレットはキノコのような帽子テーブルに置いて椅子に腰を下ろした。大きく息を吐いている。上級魔法を使ったばかりなので、疲労はまだ取れていない。それはチューリップも同じだった。
「あたしも飲みたい!」
「どうぞ」
 テーブルの上に置いてあった水差しを、グラスへと傾けた。そばに寄ってきたチューリップと、椅子に座っているマーガレットに手渡す。
「お見事でした。さすが『バーニングヒーラー』ですね」
 謎の単語にチューリップは水を盛大に吹き出した。マーガレットは激しく咳き込み始める。
「バッ、バーニング――、ヒーラーって! あは、あっはははは! なにそれ! バーニングって――なに――!」
「げほっげほっ! あ、あなたに笑われるとものすごくむかつきますわね!」
 マーガレットが真っ赤になってグラスを力強くテーブルに置いた。残っていた水が勢いで飛び出す。
 突然笑い転げ始めた拳士を、カトレアは目でだけで追った。
「あ、あの。バーニングは外してください。わたくしは一応、本職は治療士ですので」
「……そうなのですか?」
「そんな無表情のまま見ないでください! 一体どこまでわたくしの変な噂が広がっているんですの!」
「傷口を<ファイアーボール>で焼いて止血したり、記憶障害の患者を杖でぶっ叩いて無理やり正常に戻すのではないのですか?」
「なんですかその荒治療は……ちゃんとした回復魔法で治療します! 攻撃魔法はあくまで緊急時での対応ですのよ」
「失礼しました。治療士が上級攻撃魔法を使うところは初めて見たものですから。いいものが見れました。驚愕を通り越して感激したくらいです」
「カトレアさん、あなた遠まわしに馬鹿にしていません?」
 とんでもない、とカトレアは再びグラスに水を注いだ。不満そうな表情のマーガレットから、今度は腹を抱えながら肩を震わせているチューリップへ視線を向ける。
「チューリップさんのお話も聞いています。猫族過激派の鎮圧に貢献したと」
「鎮圧って……あたしは何もしてないよ。捕まっちゃってたし……」
「猫族の娘と友好を深めていたおかげでしょう。亜人の理解を得るのは、そう簡単なことではありません」
 猫族の娘とはルルのことだろうか。二ヶ月前のあの日、確かにリーフガーデン国と猫族は睨み合っていた。だがいわゆる過激派というのはごく一部だ。時期族長候補だったルルの兄はサクラを恐れて、もう反抗しようとはしない。
「結局はサクラ先生が解決したようなものだけどね」
「先生も認めるほどの実力者であるともお聞きしています。機会があればお手合わせ願いたいですね」
「あたしと? カトレアさんって『戦器士』……だよね?」
 はい、とカトレアは頷いた。
 戦器士は戦いにおいて武器を用いる魔法使いのことを指す。剣や槍といった近距離戦のものから、弓といった遠距離戦の道具を使う者も含まれる。拳士が自己強化なら、こちらは武器強化だ。
 多くの魔法使いが持つ杖と違う点は、それ自体に殺傷能力があること。簡単な違いだが、例えば魔力が尽きかけた場合でも戦うことができる。チューリップやマーガレットのように、己の魔力に依存していないといえる。
 ただし、魔法の使い方だけでなく武器の扱い方も修練を積まなければいけないため、並大抵の努力では到底両立できない。
「その歳で戦器士として任務を任されるとは、感服いたしますわ。それにしても刀とは珍しいですわね」
 マーガレットの言葉にチューリップも頷いた。
 刀は東方の島国――三日月島から伝わった伝統的な武器らしい。らしい、というのは、三日月島についての情報がほとんど揃っていないからだ。
「この刀は先祖から伝わっているものです。私が生まれてからずっとそばにいる……相棒のようなものです」
「なるほど。ご先祖様は三日月島に住んでいたのでしょうか」
「詳しくは分かりません。関係するものは全て海の底ですから」
 三日月島について語れることが少ない理由はここにある。遥か昔に島全体が水没してしまったのだ。原因は局所的な天変地異とも言われている。
「あ……失礼しました。余計なことを……」
「構いません。私は家系などには特に執着していませんから。生きている今が全てです」
 相変わらず無表情のままでカトレアは答えた。
 チューリップが若い戦器士を見つめる。この少女は感情の起伏というものが少ないようだった。かといって冷めてるというわけでもない。表情の変化はほとんどないが、心の強さが伝わってくる。チューリップにはそう感じられた。
「戦器士の人とは組手とかしたことないけど、あたしでいいんなら」
「楽しみにしています」
 そのときはサクラ先生に見てもらおう、とチューリップは考えた。
「さて、本題に入りましょう。カトレアさん、あの石についてご存知ですの?」
 マーガレットが表情を切り替える。
「正確にはただの石ではありません。ゴーレムのコア――いわば心臓です」
 カトレアは語りつつ、新たなグラスに水を注いだ。
「し、心臓ですの? そんなものをわたくしは飲み込んで……」
 アクロライト村での一件を思い出し、マーガレットは腹に手を当てた。幼なじみに殴られて嘔吐した感覚が蘇る。
「コアは魔力を吸収することは聞いていますね? それは魔力を動力とするからです。よって魔法でコアを破壊することはほぼ無理と言っていいでしょう」
「ああ、だから……」
 マーガレットの上級攻撃魔法でコアそのものが倒せなかった理由はそこにあった。
 聞けば、コアはいつも『体』を作るらしい。今回の巨大なゴーレムは、遺跡近くにあった岩を寄せ集めたもののようだ。魔力を吸収するというコアは破壊できなくとも、体には魔法が通じるわけである。
 だが、心臓をなんとかしなくては根本的な解決にはならない。再び体を作り出してしまうからだ。
「それじゃ、コアを壊すには直接的な攻撃じゃないといけないんだね。あたしじゃ無理ってことかぁ」
 苦笑しながら頬をかく。拳士は魔力で己を強化しなければまともに戦うことはできない。コアに魔力を吸収されるのでは、強化した拳などでは意味がないだろう。殴りつけた瞬間に普通の拳へと戻ってしまう。
 ふと思い出す。カトレアの刀はゴーレムのコアをあっさりと砕いていた。
「武器だったら何でもいいのかな?」
「いえ、私の刀は特殊です。魔力を斬ることができますから」
 戦器士の少女は腰の鞘を手に持ち、柄を軽く引いた。刃が少しだけ覗く。
「コアに魔力が備わっているなら、それを断ち斬ることができます。逆に不普通の岩や壁には無力ですが」
「対ゴーレム用の装備というわけですか。しかし、魔力を斬ってしまうのなら刀を強化できないのでは?」
 マーガレットの疑問はもっともだった。戦器士は武器を強化して戦うのが普通だ。
「問題ありません。私自身が魔法を使えないわけではありませんから」
 無表情であるが、自信に満ちたような言葉だった。
 彼女は確か十五歳だ。まだまだ若いのにこうしてゴーレムについて任務を任されているのだから、魔法使いとしての実力も大したものなのだろう。
「愚問でしたわね。頼もしい限りですわ」
「恐縮です。バーニン――『灼熱の治療士』ほどではありませんよ」
「今あなた言い直しましたわねわたくし聞き逃しませんでしたわよしかもなんか新しい二つ名が出てきたんですけど!?」
「しゃ――しゃくねつの――あははっ――あはっ――しゃくねつ――!」
「だから笑うのをやめなさいチューリップ!」
 再び顔を真っ赤にして立ち上がる治療士。同時に部屋の温度が上がった気がした。マーガレットの体から魔力が溢れ出ているのを感じる。
「あわわ、ご、ごめん! 謝るから抑えて抑えて! 部屋が燃えちゃうよ!」
「――はっ。あら、わたくしとしたことが。まさかそんな、それくらいのことで激怒したりしませんわよ。ええしませんとも。おほほほ」
 笑いながら椅子に座る。マーガレットが落ち着きを取り戻すと共に、燃えるような魔力も小さくなっていった。
 だから灼熱の治療士だのなんだのと言われるんじゃないか、とチューリップは心中で呟く。
 その間、カトレアはやはり無表情だったが、さすがに警戒したのか刀の柄に手をかけていた。それはそれで物騒ではあったが。
 チューリップはふと、刀についてなにかが引っかかる感覚がよぎった。はっきりとは分からない。ただなにか釈然としなかった。パズルのピースがどうしても埋まらないような、歯がゆい気持ちが心を揺さぶる。
 そんな幼なじみには気づかず、マーガレットわざとらしく咳払いをして話を戻そうとした。
「と、とにかく。わたくしたちはゴーレムの調査に来たのです。これからのことを考えましょう」
「では遺跡へ行きましょう。今回の巨大ゴーレムもそちらで発見されました」
 カトレアの言う遺跡はチューリップも知っている。装備などに加工される鉱石が採れる遺跡だ。ゴーレムが見つかったとなれば、鉱業に影響が及んでしまう。放置することはできない。
「遺跡の最深部はまだ調査されていません。ある程度は見てきましたが、大人数で進むようなところでもありませんね」
「そうですか……ではまずはわたくしたちだけで行きましょう。城への応援は状況を見てからということで――チューリップ、聞いていますの?」
「――え? あ、う、うん」
「しっかりなさいな。ぼーっとしていましたわよ」
「あはは、ちょっとお腹すいちゃって」
 まったく、トマーガレットはため息をついた。そしてカトレアに、遺跡へ向かう前に食事ができるかどうか尋ねている。
 チューリップは黒髪の少女をじっと見つめていた。正確には刀を。あれを対ゴーレム用の装備だとマーガレットは言った。もちろんその役割もあるだろう。
(ゴーレムを斬るための刀ってわけじゃないんだ。だって、魔力を斬るんだから)

 チューリップは気づいた。魔法使いに対しても有効である、と。

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