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花びらたち 5-2

 主人の動きが最近妙であることを、屋敷のメイドであるスミレは気付いていたようだ。マリーゴールドがリーフガーデン国に依頼を送る数日前、どこか妙な動きをしていたらしい。
 例えば日課である紅茶の時間を忘れていたり、雨でもないのに散歩を中止にするといったものだったが、それらは妙とかいうレベルではなく異常と呼んでも過言ではない。マーガレットにも十分理解できた。
「あの人が趣味や娯楽をないがしろにするはずがありません。まったく腹立たしいことですが、姉妹だからこそ分かります」
 この身に同じ血が流れていると思うと全身がむず痒くなるが、逆に確信を持てる。マリーゴールドは子供の頃からそうなのだ。家系の地位や経済力の豊かさも心の促進剤となり、周囲は自分を中心に回っていると思い込んでいる節さえある。
 だから、精霊を召喚するなどという夢物語も信じる信じないの話ではなく、面白そうだからやってみましょう、という遊び感覚で始めたに違いない。その真偽はどうだっていいのだ。
「ここです」
 スミレが足を止めたのは屋敷を囲うように広がっている庭の片隅だった。位置的には建物の裏側であり、美しい緑が広がっている芝生の一画。マーガレットはすぐに気付く。
「地下室ですの?」
「はい。最近お嬢さまが出入りしていて……」
「なるほど。隠れてなにか行うにはもってこいですわね」
 マーガレットは杖で芝生を二、三度軽く小突いた。すると岩がこすれるような音が鳴り響き、芝生の一画が落とし穴のごとく地中へと傾いた。地下への入り口である。
 真昼時であるにもかかわらずその奥は塗りつぶしたような闇が続いており、少し急斜面のようになっている階段もほとんど見えない。
「ありがとうスミレ。ここからはわたくしだけで」
「ダメですよ、危険です」
「もとより覚悟の上ですわ。原因解明のためにここへ来たのですから」
「いえ、そうじゃなくて。いくらなんでも一人は危ないですよ。わたしも行きます」
 最初からそのつもりだったらしい。マーガレットはどう諦めさせようかと考えた。自分は国に所属している魔法使いとして訪れているのに対し、スミレはこの町の住人、一般人なのである。
「あなたを巻き込むわけにはいきません。それに、主人へ反抗することになるのでは?」
「わたしがお仕えしているのはこの家ではなく、マーガレットさまただ一人ですから。今も変わりません」
 息を呑んで思わず周りを見渡す。にこりと微笑む同い年の少女は、屋敷の者に聞かれては大変まずい言葉であったが、微塵も気にしていないようだった。いや、彼女の性格上おそらく天然ゆえの発言だろう。
 二人しかいないことを改めて確認してから、マーガレットはため息をつく。
「……分かりましたわ。無理だけはなさらないように」
 地下の奥に何があるのかは不明だが、もし例の件が真実ならそ個人レベルでの問題にとどまらない。だが精霊召喚とは伝説上の魔法であり、マーガレット自身信じてはいない。
 いずれにせよ、マリーゴールドがメイドたちの目を盗んで何かしら行動しているのは確実なのだ。
 杖の先端に手をかざすと、取り付けられている魔結晶に淡い光が灯った。犬族の里で使用した周囲を照らす石である。
「わ、便利ですね。それ」
「魔法で光をつくらない分魔力の節約になります。わたくしが先に行きますので――そんな顔をしないで。あなたは国に所属していない一般人なのですよ?」
 もしスミレに危害が加わるようなことがあれば、それは国の魔法使いとして職務怠慢といわざるを得ない。これだけは譲るつもりはなかった。
 可愛らしい顔を不安の色で染めたメイドに微笑みを返しながら、マーガレットは地下への階段へと足を踏み入れる。足先が急に冷えたような気がした。
 杖の光で前を照らしつつ、壁に手を添えながら進んでいく。二人の足音が妙に高く響いている。この先には五十人ほどの大人や子供が収容できる広まったスペースがあるはずだ。
「マーガレットさまは、ここがつくられた理由をご存知ですか?」
「ええ。思い出すのも億劫な言い分でしたが」
 子供の頃に直接聞いたことがある。マリーゴールドいわく、
――星が落ちてきたら危ないじゃない?
 だそうだ。馬鹿馬鹿しい。
「面白いですよね。星って落ちてくるものなんでしょうか」
「あり得ません。星は膨大な魔力の塊とされています。落ちるより先に消えてなくなると考えるのが自然でしょうに」
 太陽の輝きが強すぎて日中では確認できないが、星の群れは常に空の彼方に浮遊している。魔力が枯れてしまえば消滅するだけ。実際、消える瞬間も確認されているのだ。
「でも、世界はまだまだ分からないことだらけですよ?」
「なにをカトレアさんみたいな――わたくしの友人もそのようなことを仰っていますわ。わたくしには理解不能です」
「もっとロマンを感じましょうよ。だから昔から、夢がない子だ、なんて言われるんです」
 むっ、と治療士は唇を尖らせた。気にしているのに。
「そんな話は後です。もうすぐ着きますわよ」
 ゆっくりと歩を進めていたので長く感じたが、実際それほどの時間は経っていない。屋敷の廊下よりも短かっただろう。
 杖の光が両端の壁を照らさなくなった。階段も終わりを告げており、足元は平らになっている。人が大勢入る空間が目の前に広がっているはずだが、ほぼ真っ暗のため何も分からない。
 まずは部屋全体を把握しなくては。マーガレットは中央辺りまで進んでから光を施そうと考え、再び歩を進めた。
 こつ、と靴が音をたてると同時に、地が白く発光し始めた。
「スミレ、下がって!」
 横から飛び出さないように腕で制しつつ、マーガレットは状況を素早く確認する。
 巨大な魔方陣が描いてあった。この広いスペースの床だけではない。壁面にも、天井にも。手に持つ杖よりも強く発光しており、それ自体が部屋全体を照らしている。
「なんですの、これは……」
 ただしこれほどの規模は見たことがない。魔方陣はそれこそ、マーガレットさえも及びがつかないようなを最上級魔法を行使するときに用いるものだ。一般的には使わない技術である。
「マーガレットさま!」
 スミレの叫ぶのような声に振り向くと同時、メイド服が体ごと飛び込んできた。押し倒されるような形で床に倒れ込む。頭を打たないように手が回されていた。
 倒れる視界の中でマーガレットは見た。スミレの背後、先ほどまで自分が立っていた地点に、なにか――『なにか』としか言いようがないものが滑り落ちてきたのだ。
 この場合、襲ってきたという言葉が正しいだろう。
「ゥ――ゥ――」
 それは鳴き声なのか、何なのか。
 体の小さな四足歩行。全身が熱を帯びているかのように赤く発光しており、生物だといわれても到底信じられないような姿をしていた。炎そのものが生きているかのよう。
「ァ――!」
 意味不明な奇声と共に炎の体が飛びかかってきた。
 覆いかぶさるように重なっていたスミレが素早く立ち上がる。振り向き様、左腕が横一線に振り抜かれる。
「――ッ!」
 悲鳴らしき音が聞こえた。発光体がどういうわけか真っ二つに切り裂かれ、床にどさりと落下する。
 マーガレットはすぐに気付いた。守ってくれた少女の手に、見慣れた刃物が握られている。包丁だ。
「あ、やった。効果はありますよ!」
 本人は場違いともいえる嬉々とした声色で飛び跳ねた。
 現れたのは明らかに魔力を帯びた炎だったし、それをまるで肉でも切り落とすかのように――魔法属性が付与でもされていない限り不可能だ。
 見れば、発光体の体から煙が、いや、水蒸気が立ち上っていた。これは蒸発している音か。斬られた断面がぶくぶくと泡立っているのが確認できる。
 スミレも女性だから当然魔力を持っている。属性は水だ。だからこそマーガレットは疑問を抱かずにはいられない。
「あなた、その技術は?」
 昔のスミレは、天然で、どちらかといえばドジで、戦いなんてこれっぽっちも似合わない少女だったはずだ。
「いつの日かこの街を出て、マーガレットさまに追いつこうと思って。ひそかに練習していました」
「……独学ですの? あなたもいろいろとぶっ飛んでますわね」
 もし国の魔法使いとして所属していたなら、スミレは『戦器士』の資格を得ることになるだろう。驚きなのはほぼ完璧に包丁を『戦器』として使いこなしているという点である。見よう見真似でできるようなスキルではない。
 無機物というのは案外デリケートなもので、魔力を注ぎ込むと簡単に壊れてしまう。マーガレットは石に魔力を込めて『魔結晶』を作り出すゆえ理解は深い。
「休んでいる暇はないみたいですよ」
 差し伸べられた手を握りして立ち上がる。
 帽子を被り直しながら注視する。部屋の中央、つまり魔方陣の中心付近から、先ほどと似たような炎の塊が出現した。床から生えるように。
 一つではない。その形や体長も様々で、それぞれ耳障りな鳴き声を放っていた。
「魔力の塊ですのね……」
 一体一体から放たれる魔力の波動を肌で感じる。それ自体が敵意となってこちら側に放たれていた。室温も上がっていることだろう。
 治療士は杖を抱くようにして気を引き締めた。同時に後悔の念が押し寄せてくる。こんな状況にスミレを巻き込んでしまったこと。
 さらに、彼女へ頼まなければならないことがある。
 相手は動物でもなんでもなく、魔力そのものなのだ。しかも炎属性であることは明白で、同じ炎の使い手であるマーガレットの魔法はほとんど効果が期待できない。
 だが、水属性である彼女ならば。
「お願いできますか?」
 短い言葉だったが、スミレは微笑みながら頷いてくれた。
「もちろんです。わたしはマーガレットさまに仕えるメイドですから」
「メイドは普通、ボディガードなんてやりませんわよ」
「あれ、そうなんですか? 練習したのに……」
 スミレの空いている手が宙を素早く振る。すると何も握っていなかったはずの右手に、手品のごとく新たな包丁が現れた。
「なっ……そもそも、普段から包丁を持ち歩いているというは物騒でしょう」
「携帯しておけばいざというとき、お肉やお野菜が切れます。どこでも食事が用意できますよ」
「アレを食べられると思いますの?」
 不思議なことに落ち着きを取り戻していることをマーガレットは自覚した。複数の謎の生命体を前にして、冗談なのか本気なのか分からないスミレの言葉が妙に心地良い。
「ああ……ごめんなさい。あんなの食べたら火傷しちゃいますよね」
「そういう問題ではありませんが――来ますわよ!」
 無駄話をしている場合ではない。炎の塊たちはそれぞれ己の体を形成すると、やはりあの聞きなれない鳴き声を発しながら襲い掛かってきた。 

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