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★スーパーヒロインの敗北

「これで終わり!」
 蝶リボンでポニーテールに結った髪が揺れる。幼げな色がこもる声とは裏腹に、彼女が真っ直ぐ突き出した拳は雷鳴のごとき激突音を響かせた。
「グゥアアァァァァァ!」
 二足歩行の怪人が殴り飛ばされ、爬虫類じみた顔が醜く歪んだ。汚い呻き声を撒き散らしながらきりもみ回転し、小さなビルの壁に激突した後、爆散する。彼らが絶命するときの末路だ。
 たったいま倒した怪人が今夜の二体目、通算は二十一体目として、桃色の少女リボンガールの撃破リストに名を刻むことになった。
 ミニワンピースにハイソックス、ショートブーツ。可愛らしい容姿だが、怪人がおそれおののくれっきとしたスーパーヒロインである。
「まだ、これだけじゃ足りない……」
 数々の怪人を倒してきたリボンガールだが、誰かに誇るわけでもなく、ただひたすらに討伐してきた。なにもかも妹のために。
 足りないのは自分の力を存分に奮える敵などではなく、金だ。病院で寝たきりの妹の治療費が必要なのだ。
しかし二十一体分の報酬でもまだ足りないのは、いささか今までの怪人のランクが低すぎたといわざるを得ない。
「もっと強い怪人じゃないと、もっと……!」
 ぎりっ、と歯を噛む。あどけない顔を険しくしていても、それさえ画になるような凛々しさがリボンガールには備わっていた。大きく丸い瞳には力強い光が宿っている。
「――ッ!」
 瞬間、戦士としての第六感に冷たいものが走った。真上から何か来る、と察知したとき、咄嗟に体を前へと投げ出していた。
 アスファルトが砕ける音。リボンガールは宙で回転しながら受身を取り、即座に戦闘態勢を整えながら視線を戻した。
 先ほどまで立っていた箇所に、鉛色の物体が突き刺さっている――よく見るとそれが人型であることが分かった。アスファルトに沈んでいるのは脚だ。
 脳天から踏み砕くつもりだったのだろう敵の姿に、リボンガールは思い至ることがある。
「まさか、シャドウメイル……?」
 近頃その名をよく耳にしていた。知らされていた情報と容姿が一致している。
 全身がやや黒ずんだ鎧で覆われており、フルフェイスの兜のため表情をうかがい知ることができない。もしかしたら鎧そのものが生きているのかもしれないが。
 こちら側で猛威を奮っているとされ、リボンガールの実力を認めたブラックスーツでさえ危険視するほどの存在である。事実、何人もの名将たちが敗北を喫していた。
 戦場に突如現れては暴れまわり、影のように消え去っていくというシャドウメイル。今、目の前にいるのはそいつなのだ。
 放たれる不気味な存在感と強力な威圧感に、リボンガールはほんの少し身を引いた。だが燃えるような瞳の色は一切弱っていない。むしろ逆だ。
「お前を倒せば、あの子が助かる……!」
 おそらく今までと比べ物にならない報酬が手に入るはず。妹への想いが彼女の原動力であり、ともすれば戦う理由だった。
 悪が蔓延しない世の中よりも、とにかく、妹のため。だから正々堂々なんて知ったことじゃない。
 ゆっくりとした動きで鋼鉄の脚を引き抜こうとしているシャドウメイルへと、ダッシュで接近した。
 目前で一際強く踏み込んだとき、地面に亀裂が走る。
「たああああぁぁぁぁぁ!」
 いまだに構えも取れていない鎧型怪人の胸元へと、右足の前蹴りを打ち放つ。可愛らしい桃色のショートブーツが激突し、爆発したような轟音が噴きあがった。
 漆黒の鎧が弾け飛んでいく。重量感のある体が石ころのように舞い、向かいに建っているビルの壁へと叩きつけられた。
 地へと崩れ落ちると思われた鎧はしかし、着地した瞬間にアスファルトを蹴り込んだ。見た目からは想像もつかないほどの瞬発力で肉薄してくる。
「あっ!?」
 ミサイルのごときスピードで眼前に迫ってきた鋼鉄は、左腕を引き絞っている。顔面だ。桃色の少女は驚異的な反応力で防御体勢をとる。
 だが即座に失態を悟った。猛然と襲いかかってきた敵の迫力に、判断が先走ったか。視界の隅で、無機質な拳がもう一つ形作られているのを認めた。
 顔を守ろうとした両腕を下げることはもう間に合わない。
 シャドウメイルが踏み込んだアスファルトが地鳴りをあげる。リボンガールは敵の右拳が腹部を抉ろうとする瞬間を、理解しつつも受け入れるしかなかった。
 ゴッ、と妙に硬い音が響いた。
「ぐ、ぁっ……!?」
 腹部のやや下に突き込まれた鋼の拳。ミニワンピースに隠された細身な体は、スーパーヒロインの名に恥じない、それこそ鋼ともいうべき肉体を誇っている。
 それでもなんの小細工もないボディブローによって、腹筋が悲鳴をあげた。予想以上の威力に数歩よろめいたが、少女は苦痛を闘志に変える。
 広げた両手を黒ずんだ兜に押し付け、
「吹っ飛べぇぇぇぇぇ!」
 手の平と兜の隙間から桃色の光が溢れた同時、雷鳴音がとどろいた。最初の蹴りなどとは比べようもない攻撃力が炸裂し、鎧怪人の頭部が爆煙を立ち上らせる。
 エネルギーを一点に集中させて発射する必殺技で、ゼロ距離で受ければいかに強力な怪人といえど無事では済むまい。リボンガール自身も確かな手応えを感じていた。
 粉砕された兜がバラバラと崩れ落ちる。薄れていく煙の奥から現れたものを見て、桃色の少女は心臓が冷えるのを自覚した。
「あ……え……?」
 そいつは鎧型の生物ではなかった。中に怪人が――いや、人間が入っていたのである。歳がそう変わらない少女がいた。銀色のショートヘア、切れ長の目。
 リボンガールは彼女を知っている。友人だ。それも小さな頃からの。
「どうして――う゛ぅっ!?」
 肉を打つ音が体内で反響した。腹部に鎧の――幼なじみの腕が突き刺さっている。驚愕に染まった両目が、激痛でさらに見開かれた。
 一瞬で体がくの字に折れる。呆然としていた少女は腹筋を固める間もなく、ほぼ無防備で一撃を受けてしまっていた。
 鉄柱が打ち込まれたような感覚。鎧のガントレットがめきめきと音をたてている。
 潰れた。腹筋が、腹肉が、腹膜が、内臓が、まとめて。穴が開くかと感じるほどの痛みと、とてつもない嘔吐感が駆け上がってくる。
「ぐっ……ッ! ごぷッ……!」
 口内に広がった酸味が飛び出した。愛らしい桃色の唇を割った黄色い粘液。胃液だった。唾液と混ざって糸を引きながら、びちゃりと鋼の腕にこぼれ落ちる。
 拳が引き抜かれたとき、ずるりと内臓が鳴いた。一度大きく痙攣したリボンガールの両膝が崩れかけるが、攻撃はまだ終わらない。
 拳型のクレーターが刻まれたミニワンピースへと追撃がかかる。銀髪の少女は情けのひとかけらも表さず、リボンガールの初撃と似た前蹴りを打ち込んだ。
「ぅぐあっ!」
 くの字のまま蹴り飛ばされた先には、大型トラックが佇んでいた。コンテナ部分へと突っ込むとけたたましい破砕音が鳴り響く。
 体中が痛みを訴える。鋭い打撃に意識を半分狩り取られたリボンガールは、しかしそのポニーテールが地に落ちることを許されなかった。
「がッ……!」
 倒れ込む前に、首を鷲掴みにされた。爪先が浮くくらい軽々と持ち上げられ、コの字にへこんでいるコンテナに押し付けられる。
 気道への圧迫で咳き込みながら、リボンガールは意識を必死にたぐり寄せた。
 親友の表情は、激しい怒りの色に染まっている。まるで別人だ。
「かはっ、目を、さまして……!」
 こんなことあり得ない。きっと彼女は何者かに操られているんだ。そういう例もいくつか見てきた。精神を支配する怪人が――
「正義の味方になっても、頭の中はおめでたいままだね」
 この時初めて、幼なじみ――シャドウメイルは言葉を発した。聞きなれた声色。透明感があって、かつ芯が通っている力強いあの声だ。だけどなぜか遠く感じる。
「私は自分の意思でこうしてるの。リボンガール、だったよね。あんたを倒すために」
「う、ウソ……!  そんなの、おかしい……! えうぅっ!?」
 再び腹部に拳を入れられ、わずかな酸素が叩き出された。
 ずしりとめり込んだ拳が内臓を変形させながら突き進み、背中越しにトラックを振動させる。
「げぼっ……ぁ……」
「意味分かんないのよ! なんであたしがダメで、あんたがいいわけ!?」
 充血した瞳が睨みつけている。リボンガールは粘ついた胃液を垂れ流しながらも、幼なじみの目に既視を感じていた。
 彼女はもともと気が強く、不良な男女関係なく正面から突っかかっていく。少し荒っぽいが、見ていて気持ちのいい性格だった。
 それが特殊能力を身につけてから、何かが違っている。
 力を利用していた。自己満足のために。
 上官であるブラックスーツの言葉が脳裏をかすめる。「能力を自己中心的に使うようでは正義の味方とはいえない」という彼の持論は、幼なじみにとって納得できるはずのない考え方だっただろう。
 実際のところ親友は、真っ先に試験を受けたが不合格だった。
「あんたより力は上のはずなのに、なんでよ!」
「ッ……違うよ……! その力は、自分だけのものじゃ、ない……!」
「うるさい!」
 またしても右の拳が唸る。肝臓を狙ったフックが左脇腹に沈み込むと、ぐはっと桃色の少女は左右の目を非対称に見開いた。
「うるさい! うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!」
 怒号と共にリボンガールの腹を乱打が責めたてる。すでに何度か打撃を受けていた腹筋は、鋼の拳にほとんど抵抗できなくなっていた。
 濁った低い呻きが、少女の口からほとばしる。
「ぐ、おぅぅ!? げうっ……! ぅぶっ、ぉ゛ぇ゛ッ……!」
 腹筋が機能していない。弾き返す音は皆無で、腹肉がされるがままに打たれる音だけが聞こえた。
 肝臓がぐにゃりと歪み、子宮がびくりと痙攣し、胃がぐちゃりと潰された。そういった異音が腹の中に響き渡り、次第にリボンガールの顔から血の気が引いていく。
 唾液と胃液の逆流が止まらない。水っぽい音が常に口の奥から溢れ、撒き散らされていく。アスファルトには汚れた胃液溜まりさえできていた。
「ああああああああああああああああああああッッ!」
 狂ったような銀髪少女の叫び声。打ち上げる拳が――おそらく最大限の威力を内包したボディアッパーが、柔らかく砕かれたスーパーヒロインの鳩尾を突き上げた。
 一瞬のうちに鋼の拳が丸々食い込む。その威力はほっそりとした背中を突破して、壁となっているトラックを吹き飛ばした。
「お゛っ……ッ!!」
 瞳孔が狭まる。手首まで沈んだ拳を支点にして、しなやかな肢体が持ち上げられた。への字の格好になったリボンガール。
 桃色のコスチュームは背中の部分が弾け飛んでしまった。その露出された肌には、拳の痕が薄く残っている――衝撃が突き抜けた証拠だった。
「ッ、ぐっ、げぼッ!!」
 喉が蠢いた途端、真っ赤な血液が吐き出された。様々な液体と混ざり合って粘液となり、幼なじみの頬や肩に飛び散る。
「……弱いよ」
 静かに言い放ち、シャドウメイルは右腕を振り払った。ぼろぼろの人形となったリボンガールは無造作に投げ出され、地を転がる。
「はッ――ぁ、かふっ――ぇ゛ほッ――!」
 吐血の糸をひきながら腹部を抱えた。肋骨や脊椎にもヒビが入っている。
 内臓ほとんどがぐちゃぐちゃに潰されて破けてしまい、腹の中を血で満たしてしまっていた。浅く呼吸するだけで水音が鳴り、断続的に痙攣を繰り返す。
 のた打ち回りたくても、痛みのせいで身じろぎ一つできない。
「やっぱり、あたしの方が強い……! 次はあいつ……あたしを認めなかったあいつ!」
 もはやリボンガールには用もないのか、幼なじみはくるりと背を向けた。
「ぁ――ま、待っ――」
 駄目だ。彼女は後戻りできない道に進んでしまう。暗黒の底に。その力を自己満足のために利用していけないんだ。
 呼び止めようとリボンガールは大きく息を吸った。途端に身体中に激痛が駆け回り、朦朧としていた意識が消し飛ぶ。
 ぼやけていた視界に闇の幕が下ろされる。瞼の裏に、一瞬だけ妹の眠る顔が映りこんだ。

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