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★おにはそと、ふくはうち

 二月三日。
「では最初の方、お入りなさい」
 初老の神主が、寺の外で待機しているであろう人々に向かって声を飛ばした。
「……」
 一人の少女が、柱に縛りつけられている。細身で肌の血色が悪く全体的に白っぽい。薄い布切れを着せられただけの格好だった。
 ただ、目つきだけがやけに鋭い。なんとも異様な雰囲気をかもし出していた。
 彼女は人間ではない。容姿は十四、五歳に見えるが、頭のてっぺんに小さな三角形の突起物が二本伸びている――角だ。
 鬼。
 生活しているわけではなく、捕らえられた鬼の少女だった。どこから来たのか誰も知らない。この地に最初からいた。いつのまにか、寺の奥で幽閉されていたのだ。
 まず入ってきたのは若い男だった。
「あなたからですね。お歳は?」
「ちょうど十八歳になります。来月ですが結婚も控えていて……」
「おおそれはおめでたい。ぜひとも悪鬼を祓って身を清めなさい」
 青年はおもむろに紺色のジャケットを脱ぎ捨ててシャツ一枚になる。
 体の線は細いが妙にたくましく、薄い筋肉が上半身を覆っていた。神主が身を引くと、青年は勇ましい足取りで鬼の前に立つ。
 縛られている鬼の少女は、射殺すような瞳で睨みつけた。警戒する犬のように喉を鳴らしている。
 ぼろぼろな体ながらも威圧感が死んでおらず、人間ではあり得ない眼光に青年はたじろいだ。
「安心しなされ。寺の中は人間の聖域。鬼は反抗できません」
「は、はい」
 神主の言葉に青年は頷きを返し、一つ深呼吸をした。
「おにはーそと――」
 と、拳を構える。
「ふくはーうち!」
 言葉と共に鬼少女の腹部へと拳が唸った。薄い布一枚の中心へと叩き込まれる。
「グゥッ……!」
 切れ長の目が一瞬、見開かれる。獣じみた呻き声。だが確かに女の色気が溶け込んでいた。
「おにはーそと、ふくはーうち!」
 再び腕が引き絞られ、鬼少女の腹肉を打つ。
「グブッ! ァ……!」
 青年は格闘技をたしなんでいるのか、さまになっていた。一発一発が的確に鬼少女の腹部に打ち込まれ、そのたびに苦悶の呻きが漏れる。
 鬼という種族となって生まれたという事実が、彼女を苦痛の谷底に落とし込んでいた。人間よりも寿命が長く、生存能力が途方もなく強い。
 一年間ほぼずっと陽に当たらないまま過ごし、たいした食事も与えられていない鬼少女は衰弱していたが、それでも鬼としての生命力は失われていなかった。
 人間ごときが延々と殴り続けたとしても、彼女は「死」という世界に逃げることはできない。
「おにはーそと、ふくはーうち!」
「ウッ……! ェエッ……!」
 拳が次々と突き刺さる。やせ細った彼女の腹筋では拳の侵入を防ぐことができず、そのうえ背を柱に密着させられているため、衝撃は内側へとダイレクトに響いた。
 かろうじて機能していた内臓たちが強引に歪められ、全神経に痛みに呼び起こす。嘔吐感が胸を押し上げた。
「ゥ、ェホッ、ガハッ……!」
 激しい打撃に鬼少女は喘ぐしかない。ただひたすらに咳き込む姿は痛々しかった。だが青年も神主も、彼女の身を案じてなどいない。
「おにはーそと、ふくはーうち!」
 何発目かの猛打が、薄い鳩尾を捉えた。青年が思わず目をみはる。拳は手首が隠れるほど、ぼぐっ、と腹肉を陥没させた。
「グッ……ッ……! ォッ……!?」
 小さな瞳が一回り大きくなるほど見開かれた。胃のねじれる音が体内で反響する。色白の肢体がビクンと震えて、
「カッ、ハッ! ガッ、ァァッ……!」
 渇ききった咳き込みが溢れた。死なない程度の水しか与えられていないのか、胃液さえろくに出てこない。吐き出すことのない嘔吐感に鬼少女は身をよじった。縄が腕に深く食い込む。
 青年からはその後も殴打の嵐を受け、彼の歳の数、つまり合計十八発ものボディブローを味わった。
「ハァ、カ、ハッ……!」
 かすれた呼吸が苦痛の深さを物語っている。ただの人間、それも年端もゆかぬ少女であれば失神していてもおかしくはない。鬼である彼女は、気絶すら叶わないのだった。
「お疲れさまでした。あなたへ降りかかる悪は消え去ることでしょう」
「ありがとうございました」
 青年は呼吸を整えながら、ではこれで、とジャケットを拾い上げて立ち去っていった。
「次の方、どうぞ」
 そうして神主は次々と訪れた人々に同じことを行わせた。


「おにはそと! ふくはうち!」
「ッ、ガァッ……!」
 まだ十歳にもならないほどの少女が、無邪気に鬼の腹部を殴りつける。さきの青年に十分痛めつけられたため、子供のかよわい殴打といえども内側に響いてきた。次第に内臓が痙攣を始める。


「おにはそと、ふくはうち」
「グブッ! ゥ、グッ……!」
 しゃがれた声の老人は、杖で突いたり、横殴りにする。非力であっても高齢のため打ち込む数も多く、鬼少女が身にまとっている布も、腹の部分が破れてしまった。赤黒く染まった腹部が覗く。

 また、中にはこのような習慣があると聞いて訪れた旅人もいた。山登りでもするのかというような大荷物を背負った大男で、最初の青年よりも筋骨隆々、腕は鬼少女の胴回りと同じくらい太い。
「おにはそとーふくはーうち!」
 ごつごつした拳が痣の中心にめり込む。柔らかい肉を打つくぐもった音。やせ細っている胴体へと、大きな拳は丸々飲み込まれた。
「グッ!? ウ……、ァッ……!」
 柱まで折れてしまいそうな衝撃に、肋骨にめきりとヒビが入った。脊椎にまで亀裂が走ったかもしれない。
 拳が大きすぎるため、内臓ほとんどが背中側へと押しつけられた。疲弊していたそれらが許容できないレベルの猛打を受けて、悲鳴をあげる間もなく一気に変形させられる。
 胃袋も、肺も、肝臓も、心臓までも。全てが紙切れ一枚の薄さになるまで潰れた。一部は瞬間的に破裂して、腹腔内を血液で満たす。
 白い喉が跳ねた。
「ングッ、ゲボォォォッ……!」
 生命の色をした血が吐き出される。足元にびちゃりと飛び散った赤色の液体。
 男は異様な感触に動揺して神主に振り向いたが、神主は「問題ない」と頷くだけだった。
 なにしろ、鬼の生命力は人のそれをはるかに凌駕しているのだから。内臓の一つや二つ破裂したところで、数日で元通りになる。
 それを聞いた男は安心して、まだ満たしていない分の歳の数だけ拳を振るうのだった。


 深夜。
「君が最後ですかな。もうじき日が変わります。四日に移り変わる前に――」
 なにやら殴りつけるような音がして、神主の言葉が止まった。直後に床へと倒れ込む響きが寺の中に広がる。
 少年といっていいほど若々しい男が、鬼少女の前に現れた。彼は丸い瞳を見開いて口元を覆う。むせ返るような血の匂いが充満しているからだった。
「ひどすぎる……!」
 無理もない。縛られた鬼少女の足元にはおびただしい量の血が飛び散っていた。裂傷などではなく、全て内臓をめちゃくちゃに潰されたゆえの吐血である。腹部の青痣以外、彼女の体には傷一つ付いていないのだった。
 いったいどれだけ殴られたのか。百、二百はくだらないだろう。なのに鬼少女は意識を保っている。小さく呼吸するたびに、ペースト状になるまで叩き潰された内臓がおかしな音をたてていた。
「……!」
 彼女はそれでも、敵対心をむき出しにして歯を剥いた。
「ち、違うよ。僕は違う。いま助けるから」
 少年は神主の頭でも打ったのか、木製のバットをその辺りに転がした。たすき掛けにしている小さな鞄からカッターナイフを取り出すと、鬼少女を拘束している縄に当てる。それ自体は別に特別なものではなく、拍子抜けするほどあっさりと切ることができた。
「わわっ」
 鬼少女の体が倒れかかるのを、慌てて抱きとめた。体格がほぼ同じだったが、その異様な軽さに少年は息を呑んだ。同時に怒りらしき色が表情に湧き上がってくる。
「ふざけんなよ……!」
 優しげな怒気だった。それを鬼少女は感じ取ったのか、わずかに目を細める。どうしてこの人間は、自分を殴りつけないのか、と疑問を抱いているようだった。
「ァ……ゥ」
「喋らないで。ここから逃がしてあげる」
 やせこけた鬼少女を背負うと、彼は途中で倒れている神主を一瞬ちらりと見たが、すぐに寺を出た。
 その時点で、鬼少女は聖域を抜けたため力の拘束も解かれたことになる。彼女はその気になれば、少年の首をへし折り、山奥へと逃げ去ることも可能だった。
 そうしなかったのは、ただ単純に体力の消耗が激しかった――というのもあるだろう。だが少年の背中に密着していると、なぜか離れるのがためらわれるのだった。
 少年の身体にしがみつく。
 日付が変わっただろうか。深夜の暗闇に包まれた外気は肌寒いが、鬼少女の心は暖かい安心感で包まれていた。

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