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花びらたち 5-5

 控えめにノックされる音が聞こえて、マーガレットは静かに扉を開けた。訪問者の無表情な顔を見て、やわらかく微笑む。
「時間ぴったりですわね。どうぞ」
「失礼します」
 尻尾のように結った黒髪を揺らしながら、カトレアが自室に入ってくる。彼女に椅子を勧めながら、マーガレットは用意していたティーカップに紅茶を注いだ。
 その手つきを視線で追いかけていたカトレアが椅子に腰掛けながら、
「お体の方は?」
「丸一日眠っていたからでしょうか、元気すぎるくらいです。お砂糖はお一つでしたわよね」
「はい」
 お互いのティーカップに一つずつ角砂糖を入れて、マーガレットは向かい合うようにして椅子に腰を下ろす。そして深く頭を下げた。
「改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「――いえ。当然のことをしたまでです」
 唐突だったためか、カトレアの瞳が少し揺れていた。面と向かって感謝されることに慣れていないのかもしれない。
「チューリップさんの判断が功を奏しました」
「ええ。こう言ってはなんですが、あの子が直接向かってこなかったのが意外ですわ。真っ先にわたくしの元へ駆けつけそうなものですのに」
「注意を受けていたからですよ。感情に委ねていると冷静な判断ができない――あなたがそう言ったから」
 チューリップがカトレアを行かせたのは、実際のところ「勘」だと思われる。赤髪の拳士は確かに感情で動くタイプだが、そういった意味では「なんだかまずい気がする」といった、曖昧かつ漠然とした感覚の察知に長けている。
今回は――いや、もしかしたら、以前からそうやって救われてきたのかもしれない。
「あの子には、そうですね……大好きなパイでも焼いてあげるとしましょう」
「マーガレットさんが焼くのですか? 生地どころか厨房が炭になってしまうのでは」
「カトレアさん? なぜ調理に攻撃魔法を使う必要が? いくらわたくしでも火の加減くらいできますわよ」
 カトレアのさりげない冗談に、思わず笑みがこぼれてしまう。出会った当初こそ口数は少なかったが、こうして友人として会話を楽しむところまで交友は進んでいる。
 しかし、紅茶を一口すすった戦器士の瞳には鋭さが見え隠れしていた。
「……本題はなんですか?」
 もとより彼女を呼んだのはマーガレットだ。時刻は日付が変わる直前で、城の者は見回りの人間を除いてほとんど寝静まっている。わざわざこのような時間帯に約束を取りつけたのだから、ただの談笑では終わらない。
 マーガレットは親友の視線を見つめ返しながら、一呼吸置く。
「”魔を断つ者”とはなんですの?」
 その言葉にカトレアは明らかな反応を示した。瞳の奥が揺れたことにマーガレットはすぐ気づいた。
「……どこでそれを?」
「あのとき……わたくしの中には、確実に何かが存在していました」
 召還の触媒にされたときだ。体中が灼熱となってもがき苦しむ中、マーガレットは胸の奥でその”何か”を感じ取っていた。
「あなたの姿が目に入ってきたとき、そいつが言ったのです。”魔を断つ者”と」
「精霊と会話をしたのですか」
「あれがいわゆる精霊なのかどうか知りませんが。なんといいますか……感情そのものが流れ込んできたのです。あなたに対して――」
 一瞬だけ目を逸らしたが、マーガレットはすぐにカトレアの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「憎しみだとか、怒りだとか、様々な負の感情を湧き上がらせていました」
 確信がある。あの瞬間、そういった攻撃的な意思で満たされたのだ。自分自身が彼女を敵視しているようにも錯覚されるほど、溢れ出す感情の強さはすさまじかった。
「……」
 カトレアは思案するようにティーカップ見下ろしてから、
「私自身ではなく、私の血筋そのものをそう呼んでいるようです」
「伝統があるということですか?」
「はい。おそらく、先祖はこの世界の人間ではありません」
「……はい?」
 ぽかん、とマーガレットは目の前の少女を見つめた。
「多次元論の話をしたことを覚えていますか?」
「ああ……世界はいくつも存在するというあれですの?」
 こくり、とカトレアは頷く。無表情ではあるが、瞳から真剣さが伺えたので、マーガレットは突拍子もない話だとは感じつつも耳を傾けた。
「”魔”とは、異能なものを指しています。私たちが持つ魔力、行使する魔法も含まれます」
「大雑把すぎませんか? それだと女性はほぼ”魔”ということになります」
「先祖がいた世界では、魔法等が存在せず、異常なものと見られていたのかもしれません」
「魔法が存在しない世界ですか? 考えられませんわね……」
「私たちにとっては日常的なものでも、別世界ではまったく別の存在価値であることはあり得ます」
「それは世界が複数あるという前提での話でしょう? わたくしは信じていませんわよ」
「信じろとは言いません。推論を域を出ませんし、あくまで仮説です」
 カトレアの声色に変化は感じられない。マーガレットの意見を否定するでもなく、かといって支持するわけでもなく、ただ『自分はこうだと思う』ことを話している。
 考えてみれば、彼女は神話や伝説をよく知っている。本を読んでいる姿もよく見る。あれは好奇心だけではなくて、先祖に関して調べていたのかもしれない。
「では、カトレアさんの刀は……」
「この世界でつくられたものではないでしょう。もとより、魔力を無力化するなどという代物が、魔法世界で生まれる方がおかしいのです」
 カトレアが多次元論を支持する根拠はそこにもあるようだ。
 マーガレットには一つ、思い至ることがある。以前遭遇した姉妹のことだ。彼女たちも得体の知れない武具を用いていたが、それらも魔力で強化されているとか、そういったものではなかったはずだ。
「”神器”でしたわよね? あの姉妹が持っていた、液状化する装備も?」
「その可能性は高いと思います。むしろ、魔法とは別の力によって効果を発揮しているものは、別世界の物と考えるべきです。”宝具”、”オーパーツ”とも呼ばれていますね」
 心なしか、黒髪の少女は饒舌になっていた。耳を傾けるマーガレットは心の中で小さく笑った。
「その二人が神器をどこで手に入れたかは分かりませんが……私と同じ境遇なのかもしれません。あるいは、私よりも多くのことを知っている可能性もあります」
「すると、姉妹と話をしたいのでは?」
「そうですね。謎を解く鍵になるかもしれません」
 ふむ、とマーガレットは頷いた。そしてティーカップに口をつけて、紅茶を緩やかに喉へ流し込む。
「カトレアさんにとって、わたくしたち魔法使いも”魔”の内に入るのですね」
 これに戦器士は首を左右に振った。
「代々伝わっているからといって、それに縛られる義理は、私にはありませんよ」
「あら意外。決まりとか、そういったものをを重んじるかと思っていましたのに」
「それを嫌っているのは、マーガレットさんも、チューリップさんも同じでしょう?」
 それもそうか、とマーガレットは小さく笑った。金と名声が十分に蓄えられた家柄だったが、チューリップと出会ったことで物の見方は一変している。家系の縛りなんて、価値観を狭める要因でしかない。
「私にとって”魔”とは、害を成すもの――日常を壊す存在のこと」
 大真面目にカトレアはそう口にした。舞台劇のセリフみたいな言葉だったが、彼女は冗談を言っているわけではなさそうで、瞳が真っ直ぐ向けられている。
 なるほど、とマーガレットは深い呼吸を置く。
「一つだけ、知っておいていただきたいことがありますの」
 と、そこで両目を右手で押さえながら沈黙した。
 たっぷり深呼吸三回分ほどの間が空いて、カトレアが眉をひそめたとき、マーガレットは静かに手を下ろした。
「――ッ!」
 ”魔を断つ者”が勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる音が響く。テーブルが揺れてティーカップと受け皿が甲高い音をたてた。
 黒髪の少女は無表情から一変し、驚愕の色を瞳に貼り付けていた。
「マーガレットさん……?」
「わたくしです。いまのところは、ですが」
 治療士マーガレットの茶色い瞳が、燃えるような赤に変化している。
 それは精霊召還を受けていたときと同じだった。彼女自身、体中に熱が帯びているのを感じている。苦しむほどの熱量ではないものの、明らかに本人が持つ魔力とは別の力を備えていた。
「精霊の力を取り込んだのですか」
「そんな大層なものではありません。ほんの少し残っているだけです。それでも、途方もない魔力を感じますけれど」
 カトレアの刀は精霊を直接斬ったわけではない。召還の魔方陣を無力化した――いわば通り道を閉じたのだ。
 しかし、儀式が未完成だったとはいえ、確実に彼女と融合しかけていた。内に秘める魔力の中に、精霊の残滓が存在している。
「わたくしの意思で制御できるようですが、あのときのことを考えると不安になります」
 というのは、屋敷の地下室でのことだ。召還を中断させた後、マーガレットは人が変わったように罵詈雑言を並べながら姉へと迫っていった。本人もはっきりと覚えている。
「有り体にいえばむかついていたのです。感情の起伏如何では、この魔力に精神を奪われるのかもしれません」
「……暴走の危険性が?」
「ええ。あの日を再現する可能性は十分にあり得ます。ですからあなたに頼みたいことがあるのです」
 言い終える前に、カトレアの表情が苦に移り変わるのをマーガレットは見ていた。彼女のことだから、すでに察していただろう。
「もし、わたくしが自分を制御できなくなったとき――」
「あなたはずるい……!」
 言葉を遮られた。両手をテーブルについて俯きながら、黒髪の少女は唸るように言った。
「先ほどまでの会話は、私に断らせないためですか」
「……純粋な疑問があったから聞いたのです。ですが、そう思われても仕方ありませんわね」
 また一息挟んでから、改めて続ける。目の前にいる仲間に。親友に。
 ”魔を断つ者”に。
「暴走などしてしまったときは、わたくしを斬ってください」
 言いよどむこともなく、マーガレットは静かに告げた。一瞬、親友の肩が震えた気がする。その様子に胸の奥がちくりとしたが、これだけはっきりとさせておきたかった。
 返答を待っていると、俯いた少女の声が重い空気を震わせた。
「……私に手をかけろと?」
「わたくしを斬らなければならない時点で、それはもうわたくしではなくなっています。あなたのいう”魔”そのものです」
「でも姿は変わらない! 仲間を――友人をこの手で殺せと、あなたは言うのですか……!」
「……その通りです」
 あくまで冷静につとめてうなずいた。当然、そう簡単に受け入れてくれるとは思っていないし、整理も必要だろう。マーガレットとしては、可能性があるという話をするだけで十分だった。意識させておけば、決断のときに背中を押すきっかけになるだろうから。
 カトレアはテーブルから手を離し、背筋を伸ばした。彼女が顔を上げたときにはもう、マーガレットの瞳は通常の穏やかさに戻っている。
「……チューリップさんには?」
「あの子には話しません。あなたと、コスモス様だけが知っています」
 どこか納得した表情で、黒髪の戦器士は軽く息を吐いた。
 実際のところ、まずコスモスに看破されたのだった。王妃はいつものように柔らかな笑みをたたえていたが、彼女にこう言われた。
『マーガレット、”魔”が憑いてるわね』
 しかしその瞳だけはいつもと違った。こちらを心配しているとか、助けようとか、思いやりの眼差しではない。表面の自分ではなく、中にあるモノを見ていたのだ。
 王妃はこの力のことを知っている。それでいて何も語ろうとはしなかった。おそらく判断を委ねられたのだろう――だからマーガレットはこうしてカトレアに打ち明けることにしたのである。
「……確かに、チューリップさんは知らない方がよさそうですね」
 マーガレットは深く頷いて答える。あの子には言えない。
 いつか魔力を暴走させて自滅する可能性がある――それを幼なじみには言いたくない。
知られたくない。
 カトレアが落ち着きを取り戻した声を響かせる。
「約束はできません」
 瞳に力強い光が込められていた。声も透き通っていて耳にはっきりと届く。
「あなたを斬らずに済む方法を見つけます。必ず」
「……分かりました。お願いします」
 深く頭を下げる。ふと、マーガレットの胸の内でじわりと何かが広がる感覚があった。精霊の魔力ではなく、紛れもない感謝の感情である。
 ほとんど諦めかけていたことを、彼女は今更ながら自覚した。暴走したときのことばかり考えて、この異様とも言うべき魔力の根源を取り除くという、別の解決方法を自ら閉ざしていた――
 斬って終わらせるのではなく。道を斬り開く。黒髪の少女はそう断言したのだ。
「お騒がせしました」
 倒してしまった椅子を元に戻しながら、カトレアはぬるくなってしまった紅茶を飲み干す。
「あ、お待ちください。わたくしたち、しばらく休暇でしょう? 明日は何かご予定が?」
「いえ。特に考えていません」
「でしたらもう少し付き合ってくださいな」
 どこかうきうきとした気持ちで、マーガレットは椅子から立ち上がった。親友を呼んだ目的の二つ目がこれだ。
 様々なラベルが貼られた瓶が大量に並べられている棚に歩み寄り、顎に手を当てながらそれらを眺める。
「カトレアさん、お酒は?」
「飲んだことはありません」
 静かな回答に、マーガレットは両目を見開いて驚愕の意を表した。この世の物でないものを発見したような面持ちで、唇を震わせる。
「な、なんですって……! お酒を飲んだことすらないなんて人生の半分――いえ九割は損してますわよ」
「さすがに言いすぎです。飲まなくても支障はありません」
「神話や伝説の本だって読まなくても支障ありませんが?」
「……」
 言わんとすることを理解したのか戦器士は反論しなかった。ふふん、マーガレットは勝ち誇った笑みを浮かべながら質問を重ねる。
「甘いものと辛いものはどちらがお好きです?」
「強いて言えば、前者です」
「フルーツをよく食べますわよね?」
「はい」
「ふーむ……ではまずこれでいきましょう」
 マーガレットは一つの瓶を手に取るとテーブルに戻った。すぐそばにある戸棚から透明なグラスを二つ取り出し、その内の一つに瓶の中身を注ぐ。
 液体はほぼ透明だったが、無色というわけではない。どことなく白っぽくて、香りもある。
「ぜひ飲んでみてくださいな。さ、遠慮せず」
「……いただきます」
 先ほどまでの緊張感はどこへ行ったのか――そう言いたげなカトレアはグラスを手に取り、鼻に残るような香りがする液体を少しだけ口に含んだ。
 わずかながら目が大きく開かれたのをマーガレットは確認した。
「どうです?」
「……おいしいです。林檎ですか?」
「ええ。あぁ、カトレアさんがお酒の分かる舌を持っていてよかったですわ。チューリップは全然飲めませんのよ。おいしくないって」
「確かに、人を選ぶ味や風味だとは思いますが」
 素直な感想を述べた黒髪の少女は、再びグラスを傾ける。部屋の主は満足そうにうなずき、自分がいつも飲んでいる酒を用意した。
 興味深そうな視線が注がれている――マーガレットはくすりと微笑んだ。
「これはまだあなたには早いですわ。やめておいた方が懸命です」
「死ぬわけではないでしょう。誘ったのはそちらですよ」
「ふむ、そう言われると……ではどうぞ。一応わたくしは止めましたわよ?」
 グラスを差し出すと、失礼、と言ってカトレアは口元に近づけた。独特の香りに一瞬眉根を寄せ、おそるおそるといった様子で口に運ぶ。
 途端に、目を見開いて盛大にむせ始めた。
「ッ! けほっ、ぇほっ、ッ――!」
「あー、だから言いましたのに。初心者にはキツいんですのよ、これ」
 口元を押さえて咳き込んでいる少女を面白がり、マーガレットはその手からグラスをひったくって軽々と飲み干した。
 驚愕の色に染まった瞳で見つめられ、いい気分になってくるのは避けようがない。
「それ以上のものはやめにしておきます? 明日どうなるか分かりませんし」
「休暇ですから気にする必要はありません。もとより、飲み明かすつもりだったのでは?」
「あら、バレましたか。チューリップには悪いですが、あの子が飲めないのが悪いのです。では、朝までよろしくお付き合いください」
 追加で酒を注いだグラスで乾杯の意を示すと、カトレアもそれにならった。無表情ではなく、口元には笑みが浮かんでいる。
 しかし見つめられている眼差しには、真剣さが込められていた。どうでもよい、と聞き流せるような話ではなかったのだから当然だ。
 おそらく彼女の中では動揺も消え去ってはいないだろう。それはマーガレットも同じこと。いつ爆発するともしれない強大な力が、己の内に潜んでいる――気が気ではない。
 だからこうして酒を飲もうとしているのだった。仲間であり親友であるカトレアを巻き込んで、思い切り飲み潰して、起きたら何もかも忘れていればいい。二人とも。それはマーガレットにしてはらしくもなく、現実逃避な考え方だった。


 陽がのぼる前にいつの間にか眠っていた。テーブルにもたれるようにして熟睡していたマーガレットは、カトレアが自室に戻っていることを知ると同時に、昨晩の会話がほとんど記憶に残っていることに気づいて、空になった酒瓶を床に叩きつけた。

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