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★スイート・キャンディ

「たあっ!」
 美しく力強い声と共に、細腕から繰り出された拳が敵の顔に叩き込まれた。
すると土で形成された人型怪人がきりもみしながら吹き飛び、ビルの壁に衝突して木っ端微塵に砕け散った。
「ぬうう、おのれ、スイート・キャンディめ……!」
 手下がほとんどやられてしまい、怪人の幹部マッドメイカーはむき出しの歯を強く噛んだ。というより、彼は骨が全部見えてしまっている。
 端的に言えば”ガイコツ”なのだ。
 とんがり帽子と木の杖を持っており、いわゆる魔法使いという風体だがいかんせん体が骨そのものなので、かなり不気味な存在感を周囲に放っている。
 顔らしい顔がないため表情は分からないが、それでも彼のしゃがれた声色から、かなり焦っている様子が感じ取れた。
 ふふっ、とガイコツを困らせているスーパーヒロインは、瑞々しい唇でそっと微笑む。
「懲りないわねマッドメイカー。いくら土の人形をつくったってダメなものはダメ。量より質だって、前に言ったでしょう?」
 透き通った声は力強く、彼女の奥底にある精神の芯が垣間見えるようだった。
 腰のあたりまで伸びた美しくなめらかな長髪は鮮やかなレモン色。
 背も高く、戦闘用の白いミニドレスはしなやかな肢体にぴったりフィットしており、女性らしい部分をあますところなく主張している。
 短めのスカート丈から伸びる肉感的な太ももは白いオーバーニーソックスに包まれ、髪と同じ色のショートブーツを履いていた。
 遠慮がちに言っても彼女の容姿がセクシーなので、思春期の男子には少し目のやり場に困るような雰囲気を醸し出している。
 人々を守るスーパーヒロイン、スイート・キャンディ。それが彼女の名前だ。

「いい加減あきらめなさい。わたしがいる限り、あなた達は絶対に悪事を成し遂げられないから」
「だまれっ! お、俺はもう後がないんだ! ここでお前を倒さなければ、俺は、俺は……!」
 マッドメイカーは体――骨全体を震わせながらキャンディを睨みつけた。眼球はないが、とにかくキャンディに大きな敵意を向けている。
「そう、あなたのところの王様に始末されちゃうってわけね。それじゃ、ここでわたしが直接倒してあげるわ!」
 キャンディはその驚異的な瞬発力でもって敵幹部に肉薄する。
 一呼吸する間もない瞬間に、彼女はマッドメイカーの頭蓋骨に拳を叩き込んでいた。
「グベェ!」
 間抜けな呻き声をあげながらマッドメイカーが吹き飛んでいく。
 十数メートルほど先にある車に激突しつつも勢いが死なず、跳び箱の上を転がるようにそのまま向こう側へと倒れこんでいった。
「あら、高そうな車が……! ごめんなさいね」
 とっくにこの場から逃げ出しているであろう車の持ち主に、彼女は苦笑いしながら謝罪する。
 もし持ち主が男性だったら、キャンディの美貌であっさり許しているかもしれない。
「カ、カカカカッ……!」
 車の向こうから不気味な笑い声が聞こえる。キャンディは少し呆れたような表情で肩をすくめた。
「どうしたのマッドメイカー。今のパンチで頭おかしくなっちゃった?」
「クカ、クカカッ……! スイート・キャンディ、こいつを見ろ……!」
 車のルーフに這い上がってきた骸骨の左手――まだ小学生になったばかりと思われるほどの小さな男の子が首根っこを掴まれていた。
 ぴたり、とスーパーヒロインの足が止まる。凛々しく整った美貌に、険が色濃く表れていた。
「その子を放しなさい」
「そういうわけにいくか。こいつは人質だ……!」
 今度はキャンディが歯を噛む番だった。まさか逃げ遅れた人がいるなんて……気づけなかった自分の失態を呪いながら敵幹部を睨みつける。
「見損なったわよ……! あなたは数ばかりで攻めてきて学習しなかったけど、それでも正面から私を倒そうとしていた。それなのに、そんな卑怯な手を使うなんて……!」
「黙れ! 黙れ黙れ! 俺はもう失敗できないんだ! 卑怯でもなんでもいい! 出でよマッドマンども!」
 びしり、とアスファルトに亀裂が走った。それはいくつも生まれて、下から何かせり上がるようにして割れていく。
 やがて現れたのは土だけで形成された怪人である。
 マッドメイカーは基本的に土を操って手下を生み出し、数でもって蹂躙する戦法が得意なのだ。
 拳を構えたキャンディに対し、マッドメイカーは捕まえている子供を見せ付けるように掲げた。
「抵抗するなよスイート・キャンディ。分かっているだろ?」
「くっ……!」
 悔しさに息を洩らしながら、彼女は構えを解いた。
 人質である男の子は顔を引きつらせて震えている。大きく丸い瞳には涙が浮かんでいて、必死に何かを訴えようとしていた。
 キャンディは彼に優しく微笑む。
「あなたは悪くないわ。安心して」
 少年は今にも泣き出しそうではあったが堪えているようだった。キャンディが頷きかけると、彼も小さく頷き返す。
「どうすればその子を放してくれるの?」
「何もしなければいいだけだ……そこで突っ立っていろ。マッドマン!」
 マッドメイカーの言葉に反応し、手下である土怪人たちがゆったりとした動きでスーパーヒロインに近づいていく。
「……」
 キャンディは無言のまま、目の前に立つマッドマンを睨みつけた。彼女は背が高い方だが、それでも成人男性と同じくらいだ。
 土怪人どもはシルエットこそ人間に近いが、体格や質量は一般的な人間のそれを凌駕している。
 人間ならざる土の腕が振り上げられた。次の挙動も予想できる。
 その動作はキャンディからすれば止まっているも同然の動きだったが、今の彼女にはそんな程度のものさえ避けることを許されていないのだった。
「づぁっ……!」
 太い土の腕から繰り出されたフック気味のパンチが、美しいスーパーヒロインの頬に叩き込まれた。鋭い痛みと共に頭が揺れて、脳にまで振動が届く。
 雑魚キャラといってもいいこんな土怪人の攻撃を受けたのは初めてだった。
 スイート・キャンディは初体験ともいえる殴打の痛みに、大きな衝撃を感じている。
(こ、これがマッドマンの……こんなに強かったなんて……!)
 スーパーヒロインたる彼女だって肉体は常人を遥かに超越している。
 ナイフで斬りつけられようが、拳銃で撃たれたようが、キャンディの体には一切通じない。
 ただそれはあくまで”人間”の攻撃方法だ。マッドマンはマッドメイカーが操るただの人形とはいえ、”人間”の常識なんて持ち合わせいない。
 実際のところ、マッドマンの拳はコンクリートなんて簡単に打ち砕くのだ。
 それをまともに、しかも腹部に打ち込まれれば――

「ぅ゛うっ!? ぇはっ……!」
 スーパーヒロインといえど、膝を着くしかなかった。美貌が一瞬で蒼白に変わる。
 激痛を押さえ込むようにして腹部を抱えたキャンディは背中を丸めて苦悶した。
(ぐっ……お腹、やば……!?)
 もろに食らったボディブローの壮絶な痛みに、キャンディは目を見開いて咳き込んだ。
 敵が目の前にいることなんてお構いなしに、無防備に悶絶する姿を晒している。
「ごほっ……! がはっ! っ、かはぁっ、ぁっ……!」
 腹が重い。鈍痛。なぜだか気持ち悪い。
 言い様のない感覚に唾液がどんどん溢れてくるが、キャンディは口を結んで堪えていた。
「ク、カカカッ! いい姿だな、スイート・キャンディ! カッカッカ!」
 キャンディに対してここまで優位に立てたのは初めてだからか、マッドメイカーは骸骨の顔でケタケタ笑い始めた。
 勝てるかもしれない、という期待が彼を興奮させている。
「くっ、は……ホント、見損なったわ……」
 呼吸を乱していながらも、キャンディの声にはまだ芯の通った強さが残っていた。
「抵抗できない相手を痛めつけて、満足? こんなのでわたしに勝って、嬉しい?」
「グゥゥ……! だ、黙れと言っているだろっ!」
 一瞬口をつぐんだマッドメイカーだったが、迷いを振り払うように腕を振り上げてマッドマンたちに指令を飛ばした。
 先ほど頬と腹を殴りつけた土怪人が、うずくまっているキャンディを強引に引き起こす。
「あっ……!」
 無理矢理立たされたかと思えば、今度が突き飛ばされた。足がもつれて倒れ込みそうになった背中へ衝撃が走る。
「があっ……!」
 蹴り飛ばされたと分かった。背骨がみしりと軋む音。骨を通して伝わってきた。
 前方へと突き出されるかたちになった彼女の腹部へと、別のマッドマンがさらに拳を加える。
「ぅごふっ……!?」
 瞳をむき出しにして、低い呻き声を洩らす。
 さらけ出すようになっていたキャンディの腹には、むごいほど深く土の腕が突き埋まっていた。
 拳の部分が見えなくなるくらいにめり込んだその打撃は、体内に隠れている内臓たちまで歪ませる。
(ぁっ……! 胃が、抉れて……!)
 もはや岩といっても過言ではないほど重量感のある拳が、ずしりと沈み込んでいた。
 余計な腹肉や内臓器官を押しのけて、胃袋に拳がめりこんでいることをキャンディは自覚する。
 土の腕が引き抜かれたとき、ぐぼっ、と体内から濁った音が聞こえた。同時に腹の奥からぞわぞわしたものが駆け上がってくる。嘔吐感だった。
(やばっ、ダメッ……!)
「んぅぐ!? ぶ、むぐっ……!」
 陥没した腹を左手で押さえながら、咄嗟に彼女は口元を覆った。生暖かいものが喉を通ってきたが、無理矢理飲み込む。
 白い喉元がごくりと脈動した。
 む、とマッドメイカーが何か気づいたように唸った。すぐさま彼は命令を飛ばす。
「マッドマン! スイート・キャンディは何かを隠している……! 徹底的にやれ!」
 くの字に折れて悶絶しているスーパーヒロインへと土怪人の一体が近づく。その太い脚部が攻撃の前動作を見せた。
 痛みと吐き気をこらえているキャンディは目で追いつつも、繰り出される蹴りを受け入れるしかない。
 土の足が叩き込まれた瞬間、彼女の体は弓なりに折れ曲がった。
「げぅうっ!」
 すさまじい激突音と共に易々と蹴り飛ばされてしまう。めぎっ、という鈍い音と激痛で、あばら骨に傷が入ったことをキャンディは知った。
 吹き飛んだ先で別の土怪人が待ち受けていて、彼女の体を乱暴に受け止めたかと思うと、正面を向かせてボディへとさらなる一撃を食らわせた。
「ふぐぅっ……! ぉごっ……!」
 再びくの字に折れるしなやかな肢体。そしてすぐさま別のマッドマンへと突き飛ばされ、蹴られ、飛ばされ、殴られ――
 まるでキャッチボールをするかのようにスーパーヒロインはいたぶられた。そのたびになめらかな長髪と短いスカートが振り乱れる。
(こ、こんな、ヤツらに……!)
 彼女からすればこいつらはザコも同然なのに、好き放題痛めつけられている。
 それは肉体的にも精神的にも、キャンディに深い傷を刻んでいった。
 しかも、攻撃される箇所はほぼ腹部であった。マッドメイカーの指示は大雑把だったが、手下たちはそれに従っている――
 彼はなんとなく気づいているんだろう、とキャンディはさらに危険を感じた。
(耐えなきゃ、絶対に! 今は耐えて……チャンスを待つ……!)
 己を鼓舞するスーパーヒロインだったが、暴力の嵐はとどまるところを知らなかった。

「ぐっぶ! ぁぐあっ……!」
 土怪人の膝が腹の中央に突き刺さり、内臓器官が全て揺れ動いた。
 目も見開いて硬直しているところへ、別のマッドマンのボディブローが鳩尾を抉った。
 ぼふっ、と毛布でも殴るような音。幾度も打撃を受けたキャンディの腹は抵抗力を失って、人間を殴り殺せる威力を持つ拳を真正面から受け入れた。
「ぅ゛げぇっ……!?」
 致命的な猛打を受け、キャンディは爬虫類じみた呻き声を洩らした。
 鉄塊ともいえるマッドマンの拳は完全に埋没し、手首あたりまで沈み込んでいる。
 セクシーなコスチュームは拳の着弾点に向かって吸い込まれ、幾筋もの皺が生まれた。
「ふっ、ぐぶっ――ぅ、ごふぅ゛っ――!」
 くの字に折れた肢体がぴくぴくと痙攣する。
(ぁっ――ナカが、ぐちゃぐちゃ、なって――!)
 連続する殴打でスーパーヒロインの内臓はどこもかしこも変形していた。
 胃も肝臓も子宮さえも、何もかもが元の形を覚えていない。
 そのうち硬い拳がズボリと引き抜かれる。強制的に動かされていた内臓器官たちは再び体内を泳ぎ周り、元の位置へと戻っていく。
「ぅ゛っ――!? んぅぅ゛っ! うぶっ――!」
 その反動で猛烈な嘔吐感がこみ上げ、キャンディは痛む腹よりも、咄嗟に口を両手で押さえた。
(だ、だめっ、ぜったい、吐いちゃ、だめ……!)
 しかしその喉元は下から上へと不規則な脈動が数度繰り返され、押さえた手の指の間やわずかな隙間から透明な唾液や胃液が漏れてくる。
「いいぞ……! とどめだ……!」
 マッドメイカーの命令が手下たちへ伝わっていく。その内の一体はキャンディの背後から近づき、両腕を彼女の胸へと回した。
 そして、艶かしい体躯を強引に締め付ける。形のよい乳房が土の腕でぐにゃりとつぶれた。
「ぐむぅっ……!?」
 かなり強さで胸の上から締められ、口を押さえている手からさらに粘ついた唾液があふれてきた。
 背後からベアハッグを決められている。
 背中もぴったりとマッドマンの胴体と密着しており、若干前に突き出されるような格好になってしまった。
 そこへ、先ほど鳩尾を抉った土人形がゆらりと近づいてくる――
 正義のヒロイン、スイート・キャンディは、無意識の内に首をイヤイヤと振っていた。
(や、やだぁ……また、お腹殴られたら、絶対潰れちゃう……!)
 まったく抵抗ができず、無防備に晒された健康的な肉体。主張するように押し出されたスーパーヒロインの腹部。
 もう何度も殴られて腹筋が機能しなくなった柔らかい腹のど真ん中を、土怪人の凶悪な拳が――
 ボディアッパーが壮絶に突き上げた。
 轟音。
 肉体を殴ったとは思えない音が響いたと同時に、キャンディを背後から固定していたマッドマンが粉々に砕け散った。
 腹にめり込んだ拳の威力がキャンディの体内を突き抜けていき、その衝撃が伝わってしまったのだった。
「ッ……! ぐぷっ……! ぇ゛……!?」
 突き上げられたまま、体が折れ曲がった美しい肢体。剥き出しになった瞳。
 深々と突き刺さった土の腕は手首を越えて、腕半ばまで埋まっている。
 銃弾をも弾く腹筋は内臓ごと薄っぺらくなるまで抉り潰され、その中で胃袋は脊椎にまで押し付けられていた。
(ぁっ……!)
 喉がうごめくと同時、ぐぼっ、と生々しい音。キャンディの瞳孔が急激に細くなっていき、もう堪えることなんてできなくなっていた。

「ぅげっ、ぇ、ぅえ゛え゛ぇ゛ぇ゛えぇぇぇ!」
 必死に飲み込んでいた唾液や胃液を盛大に吐き出し始める。
 黄色く濁った粘液がどぷりとあふれ出してきて、それは決壊したダムのように地面へびちゃびちゃと広がった。
 戦闘前からすでに空腹だったこともあってか、固形物まで嘔吐していない。しかし、吐き出された胃液の中で、ころりと何かが転がった。
 ……飴だった。胃液に溶け込んでいるそれは、レモン味のキャンディである。
「げふっ! ぇっ、ぇほっ! ぁぁはっ……! げぼっ……!」
 電流を流されたようにキャンディの全身が大きく震えた。白い喉元や肉付きの良い太ももがびくびくと痙攣する。
 拳で突き上げられたまま、その艶かしい体躯が突如として淡い光を帯び始めた。
「む、な、なんだ……? マッドマン! そいつを放しておけ!」
 マッドメイカーは戸惑いながら手下に命令しつつ、スーパーヒロインを凝視した。
 自分が吐き出した胃液にどさり転がった光の粒子。その集合体は次第に輝きを薄れさせていき、やがて宙へと舞い上がり、完全に溶けていった。
「げほ、げほっ……! ひぐっ、ぅお゛ぇ゛……!」
 光の渦が消失した後には、あの艶かしくも凛々しい正義の戦士は消え去っていた。
 代わりに、痛みに悶絶する、白いワンピースを着た小さな女の子が残されていた。

(ぁ……変身、が……)
 観察力のある者なら気づくかもしれない。その少女の顔立ちには、スイート・キャンディの面影があることを。
「……クカ、クカカカ! そうか! スイート・キャンディの正体は、まだこんなに幼い子供だったのか……!」
 怪人の幹部は失笑にも似た笑い声を洩らした。
 苦悶する少女は本当に小さく、手足も細い。それこそ今人質として捕らえられている少年と年齢が同じか、わずかに上というくらいだった。
 スイート・キャンディの正体――それは、まだ小学三年生になったばかりの少女だった。
 彼女は飴を口に含んでいる時のみ、スーパーヒロインとして覚醒するという能力の持ち主なのである。
「ぅ、ぐ……ぇ……」
「なるほど、なるほど……! お前の強さにも納得がいく。あの姿は限定的なものだったというわけか! 何かを吐き出すまいとしていたのはそういうことか! クカカッ!」
 勝ち誇ったように笑うマッドメイカー。実際、戦いは決していた。スイート・キャンディの変身が解けた時点で彼女の敗北は決定的なのである。
「勝った……! 俺はスイート・キャンディに勝ったのだ! あとは、とどめを刺すのみ……!」
 敵幹部は右手をスッと掲げる。
 スーパーヒロインのボディを殴り潰したマッドマンが、ゆっくりと右足を上げた。
 今や小学生の身体となっているキャンディでは、その分厚い土の足で踏み潰されれば、骨なんて簡単に砕けてしまうだろう。
 また腹部にくらってしまえば、今度こそ心臓さえ潰されてしまう。
「ぅあ、ま、待って……!」
 あの凛々しい声色は、年齢相応の幼い声になっていた。
 ぐちゃぐちゃに潰れた内臓の痛みに意識が朦朧となりながらも、少女は消え入りそうな声を絞り出す。
 涙を溢れさせて、口元を胃液で汚しながら。
「おねがい、げへ、げほっ! 待って、待ってぇ……! 助けて……!」
「なんだ、命乞いか? スイート・キャンディともあろうものが情けない! カカカカッ!」
 勝利の愉悦に浸っているマッドメイカーは、歯をかちかちと嬉しそうに鳴らした。
「最期に言いたいことがあるなら言ってみろ。その言葉、この町に者どもに伝えておいてやる」
 荒く呼吸する少女は、ぴくぴくと痙攣しながら、
「…………ちゅー、したい」
 敵幹部は右手を掲げたまま、土怪人は足を上げたまま――少女の苦しげな喘ぎ声だけが、たっぷり五秒間は続いた。
「……なんだと?」
「死ぬ前に、ちゅー……キス、したい。わたし、したことない」
 それは女子小学生の、あまりにも正直な願いだった。
 だからマッドメイカーはしばらく呆然としたものの、すぐにまた歯を鳴らして笑い始める。
「カカカカッ! こいつはとんだ正義のヒロインだな。クカカッ、いいだろう。このガキとさせてやる。マッドマン、連れて来い」
 足を下ろした土怪人が、うずくまる少女の頭をむんずと掴んで持ち上げた。
 身体を動かされて体内でぐぽりと音がして、少女は新たな胃液をこぼした。
 車の上で待っている幹部へと歩み寄っていくマッドマン。
 やがて少女からも、泣きながら震えている少年の表情がはっきり読み取れるほどに接近した。
 マッドマンはやや乱暴に、ずいっと少年へ少女を近づける。視界いっぱいに広がる、年下の少年の泣き顔。
「泣かないで。だいじょうぶ、だよ」
 鼻先がくっつくほど接近した幼い二人。少女の方が痛みに口元を歪めながらも、首を伸ばして少年の唇へと吸い付いた。
 カカカッ、と笑い声があがる。
 ムードもなにもない。これは死を目前にした一人の少女が、命乞いの果てに懇願した哀れな願い事――
 たとえマッドメイカーでなくとも、この場に人間の目撃者がいたとしたらそう感じたに違いない。

 ふと、少年が驚いたように頭を動かした。
「んく、ん、ぢゅるっ……!」
 幼い少女の、いやに艶かしい声。どこで覚えたのか、彼女は少年の口内へと舌を滑り込ませていた。
 マッドメイカーにまで、そのじゅるじゅるとした舌と唾液の音が聞こえている。
「クカッ、最近のガキは欲求不満なのだな。まあ、死ぬ前に望むことがコレでは――」
 半ば呆れている幹部は、だがすぐに気づいた――その時点でもう遅かった。
 少女の身体が、大気に音を響かせながら再び強い光で包まれる。
「ぬっ、し、しまった! このガキ、飴を……!」
 光が一際強く輝いた瞬間、そこには圧倒的な存在感を誇る正義のスーパーヒロインが再降臨していた。
 同時に、その光の輝きだけで土怪人は砂へと霧散する。
「だあぁぁぁぁぁ!」
 怯んだマッドメイカーの手から、少年を奪還して腕に抱きこむ。
 そして、彼女は敵幹部の剥き出しになっている肋骨へと、渾身の蹴りを叩き込んだ。
「グゥゥガアアアアアアアアア!」
 至近距離で放たれたキャンディのキックは轟音を響かせ、マッドメイカーは空き缶のごとく宙を舞った。
 向かい側に位置していたビルの壁に激突し、骨の欠片をぱらぱら撒き散らしてぐったりと倒れこむ。
 蹴りを受けた肋骨部分は、見事に砕けてぽっかりと穴が開いたようになっていた。
(イチゴ味なんて、可愛いわね)
 再び変身後の姿になったスイート・キャンディは、戦闘開始時とは違い、赤色の髪に変貌していた。彼女は飴の味によってカラーが変わるのである。
「ごめんね、ファーストキス奪っちゃった?」
 キャンディは小さく微笑みながら少年を降ろすと、その小さな頭を撫でた。彼の顔は真っ赤になっており、思わずキャンディはくすりと笑ってしまう。
 スイート・キャンディの正体がただの小学生であること――少年はそれを知ってしまった。
 純粋そうな彼を見つめ返しながら、その口元に指を当てる。
「今日のこと、二人だけの秘密にできる?」
 頬を赤く染めながら、こくこくと首を縦に振る少年に、キャンディはウインクしながら口の中の飴を舌で鳴らした。
「ありがとう。さあ、危ないから逃げて。あとはお姉さんに任せなさい」
 少年の背中を軽く押してやる。彼はよたよたと歩きながら、一度振り返る。
 キャンディが微笑みながら頷きかけると、名残惜しそうにしながらも、人々が逃げた先へと駆け出していった。
 建物の陰に消えるところまで確認すると、視線を敵幹部へ移す。瞳に鋭い色をみなぎらせながら、静かにそちらへと歩み寄っていった。

 近づいてくるブーツの足音に、マッドメイカーは全身をぶるりと震わせた。
 蹴りや壁に衝突したことで彼の身体は変形しており、もはや自力で立つこともできないようだった。
「グッ、お、のれ……! まだこんな力が……!」
「言っておくけど、立ってるのがやっとだからね。あれだけお腹殴られて、胃も肝臓も潰されて、変身も解けたし……すぐに回復するわけないでしょ」
 実際、彼女の身体はボロボロだった。一度変身が解除されてしまったこともあるし、内臓はまだほとんど歪んだまま。
 呼吸するだけで腹部に激痛が走り、時折ぐちゅりと胃が音を鳴らしている。
 気を抜けばすぐにでも意識が飛びそうなほどだが、キャンディは腹を押さえつつも、己の気力を総動員してマッドメイカーの前に立っていた。
「マッドメイカー、わたしは、あなたのこと嫌いじゃなかった」
「なっ……突然何を言い出す……!」
 当然というか、言葉の意味を汲み取れない彼はいぶかしむ声色になった。
「あなたの戦い方は、不器用だけど正直だった。だからわたし、あなたと戦うのが結構好きだったのよ」
 内臓の痛みを堪えながら、彼女は凛々しい美貌に微笑を含ませる。
 これは本心だった。
「数にモノを言わせた戦法だけど、いつも正面からだったでしょう。回りくどい姑息な戦法なんて取らない。それに、あなたは人々に危害を加えない」
 びく、と骨の身体が震えた。
「みんなが逃げてから、わたしと戦い始める。気づいてないと思ったの?」
「偶然だ……!」
「そう? でも、今回でちょっと幻滅しちゃった。人質なんか取っちゃって」
 小さくため息をつく。今までは人間を盾にすることなどしなかった彼からして、今日の戦いは本当に最後のチャンスだったのだろう。
 それほど、彼らの親玉――デスサタンは恐ろしい存在ということなのだ。
「勝手に幻滅していろ! 俺はもう、終わりだ……! さっさと殺すがいい!」
「殺すなんて物騒な言葉使わないで。わたしのは”浄化”よ」
 そこだけは譲れない、とキャンディは胸を張って腰に手を当てた。そしてマッドメイカーにゆっくりと、手を差し伸べる。
 攻撃的な意思がない――彼の手を取ろうとするような、優しげな手だった。

「なんのつもりだ……」
「あなたに”悪”は似合わないわ。デスサタンが怖いなら、こっち側に来たら?」
「……馬鹿か! 誰が”正義”側になど……!」
「別にヒーローをやってくれなんて言ってない。あなたの土を操る能力って、人の役に立ちそうじゃない? ほら、建物つくったりとか」
「ば、馬鹿か本当に! お前は、本気で言っているのか…! そんな真似誰がするか!」
「あら、じゃあ、この前うっかりアパートを壊しちゃって、それをこっそり直したのも偶然なのかしら?」
 ぐぐ、とマッドメイカーは今度こそ口をつぐんだ。
 勝利を確信したようにキャンディが微笑みを深くする。
「ほーら、あなたやっぱりこっち側がお似合いよ。周りはわたしが説得する。誰にも文句言わせないわ。だから、”悪役”なんてやめちゃいなさい」
 優しく諭すように、耳元で囁くように、彼女は柔らかく言葉を紡いだ。
 差し伸べられた右手。細腕だが怪人を一発でノックアウトしてしまう力を秘めた白い右手。
 マッドメイカーは骨の身体を小刻みに震わせながら、すがるように右手を伸ばし始めた。
「いいのか……今更、俺なんかが、お前たちの……」
「わたしが許す。だから――」
 ふと、キャンディは新たな殺気を感じ取った。右側から、それもかなり遠い。しかしその殺気が向けられているのは自分ではない。
 ぐしゃ、と壮絶な破砕音と共に、目の前にいる骨の顔が弾け飛んだ。風船が内側から破裂したみたいに、マッドメイカーの頭部が粉々に砕け散ったのだ。
「ぁ……!」
 キャンディは素早く殺気の元へと視線を巡らせる。攻撃が放たれた地点はビルの屋上だった。
 殺気はその一瞬だけで、距離が遠すぎるせいもあって、攻撃者の姿はほとんど確認できずに終わってしまった。
 万全の状態であれば追いかけることもできたが、腹部に残っているダメージが重いため無理はできない。
 悔しさに強く歯を噛んだキャンディは、手を握り返そうとしていたマッドメイカーの亡骸を見下ろした。
 おそらく、彼はデスサタンの命により処理されたのだろう――しかも、手負いである自分を無視している――ヤツは遊んでいるのだ。
「デスサタン……!」
 血管が浮き出るほど拳を握り締めて、スイート・キャンディはイチゴ味の飴を思い切り噛み砕いた。

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