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★少女騎士レイナ

 弱虫を克服したい――だから彼女は騎士を目指した。
 一般的に女の騎士なんていうのは、やはり男の騎士以上には期待されていない印象が浸透している。戦いは男の仕事で、女はそれを家で待つものだ。
 小さい頃はそのイメージを持っていたが、彼女は――レイナ・アルスレイは何より自分を変えたかった。
「このあたりのはず……」
 薄暗い森の中で、足を止める十六歳の少女騎士。彼女しかし、全身を鎧で覆っているわけではない。もとよりレイナは同年代よりも小柄で、鎧を着込むと立ち上がれないほどだ。反面、その体躯に似合った素早い動きが得意なのだった。だから彼女は鎧ではなく、少し厚い程度の布地でこしらえた衣服をまとっている。
 腰まで伸びた髪と同じ色である朱色を基調とした”鎧”は汚れ一つなく、上半身はほとんど露出がないものの、下は丈の短いスカートである。そこから伸びている脚は肉付きが薄く、足首までの革ブーツがやけに重そうに見えた。
 これが彼女の騎士としての正装である。同姓の騎士からは当然良い印象を持たれていない。女性騎士の恥とか、男に媚びてるとか。
「うっ、この匂い……」
 思わず口元を覆う。
 間違いない。ここに討伐すべき魔物がいる。
 レイナは腰に携えていた長剣を抜いた。細い腕と同じように細い剣。その刃も刃こぼれひとつないことが、薄暗い空間の中でも分かる。
 ふーっ、と深呼吸。心臓が高鳴り始めている。目的は討伐することだが、できればその首を持ち帰りたい。そうすれば、周りの印象なんて変わるだろう。
 神経を研ぎ澄ませながらゆっくり歩を進めていくと、右から葉がこすれる音が聞こえた。はっとして視線を向けると、はっきりとは確認できないが、確かにそこには何かいる気配が感じ取れた。可能な限り息を殺し、姿勢を低くして接近する。
 一際大きな木の根元に何かいる――レイナは生い茂る草木に隠れながらそいつを視認しようとした。
「――あ」
 彼女は用心していたが、ほとんど意味がなかった。そいつは最初からこちらを向いていたし、考えてみれば、人間の――しかも女の匂いにそいつが気づかないわけなかった。
 オーク。一般的に呼ばれている魔物。奴は食事中のようで、周りに皮だけになった小動物の死体が散乱していた。ごつごつとした指が生えている手には、小さい悲鳴をあげている真っ白な兎が捕らわれていた。
「先手!」
 条件は同じ――いや、すでに戦闘態勢に入っていたレイナの方が有利だ。彼女は即座にオークへと駆け出す。
 座り込んでいたオークは接近してくるレイナに対して、これから食べるはずだった兎を、思い切り投げつけた。
「ひゃっ!?」
 この兎はまだ生きている! 少女騎士は剣で切り払うことができず、咄嗟に抱きしめるようにして受け止めた。
 グオオオオオオオオォォォォォォォ!
 野獣ともいうべき咆哮。動きが止まったレイナへ、逆にオークが突撃していく。厚い筋肉の張り付いた腕が襲いかかってきた。
「くぅ……!」
 オークの腕はしかし、レイナの肉体を捉えなかった。彼女は兎を抱きかかえたまま身体ごと地を転がって回避していたからだ。
 受身を取りつつ地に伏せたレイナは、心臓まで響くような重音に思わず肩を震わせた。同時に、兎が腕をするりと抜け出して草むらの中へと逃げ込んでいく。
 顔を上げると、すぐに音の正体が分かった。レイナの背後に立っていた木が、オークの拳によってへし折れていたのだ。
 なんという威力――ぞわり、と全身に冷たいものが走る。
 そしてレイナは失態に気づいた。彼女は兎の安全を優先するあまり、転がった拍子に得物を取り落としてしまっていたのだ。
「しまった……!」
 二歩先に彼女の剣がある。しかし、その上を跨いで迫ってくる土色の怪物。獰猛な印象とは裏腹に、そいつの動きは的確だった。
 剣を拾い上げようとした手を掴まれ、ぐいっと引っ張り上げられる。
「あっ……」
 かがんでいた姿勢をから無理やり引っ張られて、オークに対しその華奢な身体をさらけ出す格好になる。
 土色の怪物はまたひとつ唸り声をあげると、少女騎士を捕まえていない方の腕を大きく引き絞った。
 大木さえ殴るだけで折ってしまうほどの腕力。正面から受けてはならないオークの拳が、
少女騎士の、布地で覆われているにすぎない腹部に打ち込まれた。
「ぐぇ……!?」
 殴られた瞬間、レイナの瞳孔が一気に縮んだ。
 木を殴り折った音よりも低く、鈍い音。鍛えてはいるものの、年齢相応の柔らかさを残している少女の腹筋は暴力の塊をまともに受け入れた。
「ぁ゛、かっ……! ぁ……!」
 小柄な肢体は一瞬でくの字に折れ曲がり、レイナは口をぱくぱくと震わせた。
 腹の中にずっしりとめりこんだオークの拳はまるで岩のようだった。内臓への圧迫感は横隔膜も痙攣させ、呼吸さえおぼつかない。
 背中側へと押し込まれた胃が変形している。行き場を失った胃液が喉を駆け上り、薄い唇を割って吐き出された。
「げぇぷっ! ごぶっ!」
 食事を控えていたためか、胃液は透明だった。濡れた唇は紫色に変色している。
 ぴくぴくと痙攣する少女の腹から、オークは拳を引き抜いた。内臓や腹筋が元に戻ろうとする生々しい音が、レイナの腹から聞こえてくる。
 そしてオークは再び、拳を後ろに引き絞った。
 たった一発で意識が朦朧となってしまったレイナは、その光景を見つつも、認識ができなかった。また殴られる、と気づくことができれば、まだなんとかなったかもしれない。
 しかし、今の少女騎士には、これから襲いくる二度目の猛撃を、なんの抵抗もなく歓迎するしかなかった。
 グオオオオオオオオォォォォォォォオォォ!
 木々の葉さえ揺らす怒号とともに、分厚い筋肉から繰り出された拳が、ボディアッパーとなって少女の腹部を突き上げた。
「ぅぇ゛っ……!?」
 その威力に少女騎士の身体は軽々と浮き上がり、足が完全に地を離れた。
「ぉ゛っ……お゛ぇ……!」
 両目がむき出しになり、大きく空いた口から舌が限界まで飛び出している。レイナの肢体はオークの拳を支点にして折れ、その拳によって持ち上げられていた。
 身体の重みによって、ずっしりとめり込んでいる拳がさらに腹の中へ沈み込んでいく。やわらかい内臓が体内で強引に押し込まれ、少女はさらに激しく痙攣した。
「ふっ、ぐ……! ぐぶふっ……!」
 宙で折れ曲がっているレイナは、自分の腹にあり得ないほどめりこんでいるオークの拳を見た。人間の拳なんかよりもずっと大きな肉の凶器。
 その拳が突然、ぐりっ、と半回転した。
「うぐぅぅぅっ……!?」
 体内が、ねじれた。オークの拳によって身体の中が思いきりねじれた。
 腹筋がみしりと啼いて、腹肉がぐぼっと歪んで、胃袋ぐちゃりとよじれた。
「ご、げぼっ……!」
 一つ大きく咳き込むと同時に、レイナは再び胃液を戻した。潰れた胃から搾り出されたような勢いで、地面へびしゃりと吐き出される。
 グオオオオ……
 オークが低くうなると、その拳を一気に引き抜いた。支えるものを失った少女騎士はそのまま地へどさりと落下する。
「げほっ……、ぉ、ぅ゛、げぇぇぇ……!」
 胃まで完全に殴り潰された腹を押さえ、レイナは額を地面にこすりつけるほど丸くうずくまった。
 ずっと腹の奥に岩が残っているような気がして、痛みは消えず、嘔吐感も延々と押し寄せてくる。
 また吐きそうになると身体びくっと震えるが、喉の奥でなんとか押さえ込む。だがそれだけでは吐き気が止まらず、少女は痙攣を繰り返した。
 悶絶しているレイナは、さらに攻撃を繰り出そうとしているオークに意識を向けることができなかった。痛みでそれどころではなかったから。
 グオォゥ!
 その声は、目の前にいるオークのものではなかった。野生的ではあるものの、どこか感情のこもった声色で、そいつは突如として姿を現した。
「ぅ゛……ぁ……」
 だらしなく開かれた口から粘ついた胃液を垂れ流しながら、レイナは必死に頭を起こした。
 その目がわずかに見開かれる。視界に、今まさに自分を殴りつけようとしているオークの腕を、別のオークが掴んでいたのだ。
 新たなオークは、この表現が正しいのか分からないが、若かった。顔がなんとなく人間に近い雰囲気がある――だが体格は明らかにオークのそれだった。
 二体目のオークがレイナを静かに見下ろしている。攻撃的なオークと何度か声を交わすと、唐突に、
「騎士よ。言いたいことはあるか?」
 流暢な人語で言い放ってきた。
 ぞくっ、とレイナは心臓が縮む思いがした。今の言葉の意味。どうあがいても絶望的な未来しか望めない。
 彼女は殴り潰された腹と内臓の痛みの中で、抵抗の方法を探そうとしたが――無駄だった。今の自分は剣を持っていないし、なにより致命的な打撃を受けている。今は意識を保っているだけで精一杯なのだった。
「ぁ……ぅ」
 自分は、騎士だ。弱気な少女だったレイナ・アルスレイという人間を変えようと、彼女は騎士になったんだ。
 ならば最後まで精神を貫き通して、騎士として死ぬ――
「ぃ、や――やだっ――!」
 レイナは弱々しく震える唇で、半ば無意識にそう言った。
「やだっ、やだやだやだ! こ、殺さないで! 死にたくない! 死にたくないです!」
 自分でも気づかないうちにぼろぼろと泣きじゃくりながら、少女騎士は必死にオークへ訴え始める。死ぬなんてことを考えたら、腹部の痛みさえ無視できた。いや、痛いけれど、それよりも優先すべきは、その訴えだった。
「なんでも、なんでもします! なんでもしますから命だけは助けてくださいぃ!」
 他に言いようがないほどの、命乞い。
 若いオークもさすがに意表を突かれたのか、人間のような驚愕の表情を見せていた。
「あ、あの、あの、わたし、若いし、可愛いとか、よく言われるしっ」
 もはや騎士レイナ・アルスレイは存在しなくなっていた。そんな仮面は今や粉々に砕け散っていて、ただの女の子になっている。だからこそ、命が惜しい。
「その、細いから好みじゃないかもだけど、一応そういう知ってるし、その、経験あるから、男の人が喜ぶこと、げほっ、ぇほっ……!」
 一気にまくしたてたものだから、途中で咳き込んでしまう。腹部への重い殴打のせいでもとより呼吸がままらなかったし、これだけ叫べれば大したものだ。
 咳き込んだ後はぜえぜえと息を荒くする。おそるおそるオークたちを見上げると、まだじっと見下ろされている状態だった。
 それがレイナにとっては、彼らのいわゆる性欲的なものに引っかからなかったと思い、
「ひっ、ご、ごめ、ごめんなさいごめんなさい! 嘘ですわたし男の人としたことないです処女なんです! あのあの、でも知識だけはあるし、いろんなやり方、想像で何回もやってるし!」
 レイナはいわゆる”職業騎士”には疎んじられているが、彼女と同年代や年下の者たちからは、応援もされているし、憧れの的にもなっている。今のレイナを見てしまえば、幻滅どころではないだろう。
 しかし友人たちの心情を考える暇なんてなかった。レイナはとにかく、死にたくなかった。だってまだ十六歳だし、やりたいことはまだまだいっぱいある。
 騎士としての誇りとか、そんなもの知ったことか。死ぬよりマシだ。
 レイナがさらに命乞いを続けようとしたところ、後から現れた若いオークがいきなり屈みこんで、
「素晴らしい!」
 と、レイナへずいっと顔を近づけた。
「うひゃあ!? き、キスですか? あの、あのあの初めてなので、その、最初は舌入れないで――!」
「む? いやいや、そんなことはしない。それは本当に大切な人のために取っておきなさい」
「そ、そそそ、そうですか? そうですよね! やっぱりキスは好きな人――え?」
 少女騎士はオークの言葉の意味が、すぐに読み取れなかった。
 若いオークの表情は、先ほどの暴力的なやつよりもどこか人間的で、かつ、なにやら羨望といってもいい眼差しを向けてきている。
「あなたのような騎士に出会えるとは思いもしなかった。生きていてよかった。握手してくれないだろうか」
「ふぇっ? は、はいっ……」
 差し伸べられた手を、おそるおそる握り返す。彼の手は筋肉質で硬かったが、暖かい。レイナは困惑しながらも、その手の感触で妙な落ち着きを取り戻し始めた。
 うむ、とオークは頷く。
「今のご時勢、騎士というのはどうもプライドが高すぎる。敗北を喫したら何も考えず『くっ殺せ!』だ。命を投げ出しておいてなお上から目線で命令してくる始末。そんなに騎士の誇りやイメージが大事か? 命よりも大事なものなのか?」
 彼は立ち上がると、舞台劇の役者よろしく、身振り手振りで語り始めた。
「生きて恥をさらすのが怖いのか? それより死んだ方がマシか? そもそもそんな風潮が蔓延っている方がおかしいのだ。死んだ方がいいわけないだろう。友人や家族だって、生きていてほしいと思うはずだ。違うのか?」
 最後は尋ねられているのだと気づいて、レイナは思わずびくっと反応した。
「は、はい! 死ぬより生きる方が絶対いいです!」
「そう! そうだよ! あなたは分かっている! だからこそ先ほどのような命乞いができるのだ! いやはや感動した!」
 若いオークはまた膝をついてきて、レイナの手を取ってぶんぶんと上下に振った。そんな彼の目はやたらと真っ直ぐで、ある意味人間よりも人間くさい性格だった。
 レイナは何がなんだかワケが分からなくて、まだ少し彼の言動に疑いをかけながらも、おずおずと口を開く。
「あ、あの、殺さないの?」
「命乞いをした者を殺すほど外道ではないよ。それに、あなたのような騎士を殺すなんてとんでもない」
「じゃ、じゃあ、殺さない代わりに、その、身体を好きにする、とか?」
「ああ、そんな風に吹き込まれたクチか。言わせてもらうが人間たちは妄想のしすぎだ。いったいどこの誰だ、我々がまるで暴力と性欲しか頭にないみたいに印象付けたのは。人間の身体は脆すぎるし、ちょっと力を入れただけで壊れる。あなただって軽く殴られただけで吐いてしまった」
 そう言われて、少女騎士は思い出したように腹を抱えた。
 あれが軽く殴られたって? 一発で吐いて、二発で内臓潰されたのに?
 その暴れた方のオークは、若いオークが現れてからというもの、ほとんど微動だにせず直立している。レイナはそれだけで二人の上下関係が分かった。
「そもそも人間を孕ませることなんて、遺伝子的に不可能なんだよ。異種姦なんて幻想だ。だから我々オークに限らず、魔物が人間と交配することはあり得ない。それこそ人間たちの行き過ぎたイメージだ」
 幼い頃から絵本などで培われてきた魔物への印象が、一気に崩れ去った。というのも、この目の前にいる若いオークの口調があまりに優しく、音楽のようなリズムのため、レイナは衝撃よりも安心感で満たされていた。
 彼はしばらく熱弁を振るっていたが、喋りすぎたと自覚したのか一つ咳払いをした。
「とにかく、あなたは自分が助かるためにはプライドさえかなぐり捨てるヒトだ。絶滅危惧種かと思っていたが、こうして間近で見ることができて本当に感謝している。ありがとう」
「え、は、はい……どうも」
 それは決して敬意を表する言葉でもなんでもないのだが、悪い気はしなかった。
 死なずに済んだ……しかし、レイナの表情は険しいままだった。
「ん? どうした。なにか心配事でも?」
「あ……わたし、一応こう見えても騎士で。ここに来た理由も、その、オークの討伐で。自分から受けた依頼だし、このまま帰ったら多分、騎士の称号を剥奪されちゃう」
 そう、レイナはあくまで自分自身で討伐を志願した。それなのに何の成果もなかったとなれば、自分はもちろん、騎士全体のイメージに傷がついてしまう。そうなれば、また疎んじられる一方だ。
「手ぶらでは帰れないということか。まったく人間社会は面倒だな。生きて帰ってきたのだから、喜んで迎え入れられてしかるべきだと思うが。しかし、あなたのような騎士を失うわけには……」
 ふうむ、と若いオークは腕を組んでうなった後、そばに転がっているレイナの長剣に気づいた。それを拾い上げ、しげしげと刃を眺め回す。
 武器を取られた、とは思わなかった。レイナは不自然なくらい彼に一種の信頼感を抱いている。
 グオオゥゥゥ。グオゥ。
 彼は今まで一切割り込んでこなかった暴れオークに一言二言声をかけると、手にした剣を大きく掲げる。
 え、とレイナが声をあげる前に、彼は仲間であるはずのオークの首下へ、剣を一気に振り下ろした。
 肉を切断する生々しい音と、どす黒い血が大量に吹き出した。
「ひいいぃぃぃ!?」
 情けなくも尻餅をつきながら後ずさる少女騎士。足元のすぐそばに、ごろりとオークの生首が転がった。
「これでよし。ほら、その首を持って帰るといい。あなたの剣で斬ったから、手柄として認められるだろう?」
「あ……ぁ……はい……」
 うむ、と若いオークは剣を土に突き立てつつ、満足げに頷いた。
「一つ頼みたいのだが、ここは危険がないことを人間たちに伝えてくれないだろうか。我々は行く先々で攻撃を受けるのだが、こちらは静かに暮らしたいんだ」
 彼の声色は若干疲れているように感じられた。
 そういえば、とレイナは思う。オークたちが実際に何か、街に被害を出しただろうか。ただその姿が確認されたというだけで、こうして討伐依頼が発生したのか。
 転がってきたオークの首。こいつは、兎を食べようとしていただけ。食事中だっただけ。そこに、自分が攻撃をしかけたことを思い出した。
――人間というのは、本当に自分勝手なのかもしれない。
「……はい、こう伝えます。ここは毒沼が多いから、近づかないようにって」
「素晴らしい。助かる」
 彼の表情は笑顔だった。オークの笑み。
 再び手が差し伸べられ、レイナは躊躇なくその手を握り返した。優しく引っ張られると、腹部に痛みが復活したものの、なんとか立ち上がる。
「名前を聞かせてくれないか」
「レイナです。レイナ・アルスレイ」
「レイナというのだな。しっかり覚えた」
 手が離されると、彼は首なしになったオークの腕を掴みあげ、ずるずると引っ張り始めた。森の奥へと。
 剣はレイナの目の前に突き立っている。それなのに彼は少女騎士に背を向けて、悠々と歩き去っていく。
 馬鹿にされているとは、思わなかった。
「あの! あなたの名前は?」
 レイナの問いかけに、若いオークは足を止めて振り向く。
「ドュエノス。発音できるか?」
「……ドュエノス」
「うむ。ああ、レイナさえよければ、またここに来てくれないか。いつでも歓迎する」
 視線を前へ戻すと、ドュエノスは再び歩き始めた。
 彼の姿が見えなくなるまで見送ってから、レイナは自分の剣を鞘に戻した。
「あ……これ、このまま持って帰るの……?」
 足元に転がるオークの生首。
 騎士なのにメンタル面で非常に脆いレイナにとって、魔物とはいえ”生き物の首”を直接手にするのは、かなり勇気のいることだった。
 おそるおそる震える指でオークの頭部に触れる。しかし、その返ってきた硬い感触だけでビクリと手を引いてしまう。
 レイナ・アルスレイが、本当の意味で騎士として成長できるのは、まだまだ先だった。

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