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★赤髪メイジのキティ

「壁役は任せてくれ。この磨き上げられた剣と盾で、皆を守ってみせると胸を張る熟年ナイト。
「真っ先に倒したいヤツがいたら教えてくれ。百発百中の矢で射貫いてやるからさ」と豪語する青年アーチャー。
「怪我をしたらわたしにすぐおっしゃってください。でも、無理はしないでくださいね」とほほ笑む少女プリースト。
 
 仲間の三人が、あっという間に倒れた。
 無様に転がっている。無様としか言えない。何の抵抗もできずにやられてしまった彼らを見て、魔法使いのキティは思わず、
「あんたらバッカじゃないの!? あっちにはシーフがいるんだから、トラップ張ってるのは当たり前じゃん! なに真正面から突っ込んでんの! バカバカ! バーカ!」
 と声を荒げて罵倒した。
 すれ違う男性は思わず目で追ってしまうほど可愛らしい顔立ちで、背も低いから、まだ十代になったばかりと紹介されても納得するだろう。
 いかにも魔法使い然とした紺色のローブはミニスカタイプ。両足は同じく紺色のオーバーニーソックスに包まれていて、肌の露出はほとんどない。
 ショートヘアは燃えるように赤く、そして、先ほどの遠慮のない罵倒からして、性格はキツめだ。
「つーかアーチャーとプリースト! ナイトと肩並べて前進してどうすんの? ウオオオオとか叫んで、何がしたかったのあんた達!」
 どう見ても距離を取ってサポートするのが得意のはずなのに、気でも触れたように前へと突撃していった二人を見下ろす。いや、見下す。
「す、すまない。矢だけでも戦えるか試したくて……」
「ごめんなさい、新しく手に入った無駄に攻撃力の高い杖で殴りたかったのよ……」
「アホかマジで焼くわよ!?」
 幼い顔にはっきりと怒りを浮き上がらせている。同年代の少女でもこんな表情にはなるまい。
 また、すぐそばでくねくねしている甲冑姿の男がひとり。
「キ、キティたん! ボクも! ボクも罵ってほしいですゥ! ナイトのくせに守れなかったボクを、ハァ、汚い言葉で責めてぇ!」
「うわ気色わるっ! オッサンのくせに黄色いあげんな! 動くな! つーか最初の時とキャラ違いすぎでしょ!」
 今度はあきらかな嫌悪感で満ちた顔になる。キティは歯を噛みながら、杖をミシリと握りしめた。 本気でぶっ叩いてやろうかと思ったところ、がしゃり、と鎧がこすれる音が聞こえる。この気色悪い熟年ナイトのものではない。
 あー、とキティは心底面倒くさそうに、そちらに振り返った。
 十数歩先にいるのは、いかにもキザっぽいナイト、体つきがたくましい少年顔のファイター、やけに肌を露出しているセクシーなメイジ。あと一人シーフがいるはずだが、どこかに隠れているのだろう。
 キザナイトがやたら白い歯を見せて笑った。
「ハッハッハ。おやおや、もしやと思ったが、本当に罠に引っかかっていたとは。ナイトはまだ分かるが、なぜ後衛職の二人まで麻痺しているんだ?」
「聞かないであげて。バカなだけだから」
 キティは少し距離を離しつつ、キザナイトに答える。
「先輩、油断しちゃ駄目っすよ。あえて罠をくらっておいて、油断させるつもりかもしれないっす」
 と、真面目そうな少年ファイターは倒れている三人を注視した。。
「うふふふふふ」
 お姉さんメイジは謎の含み笑いを繰り返すだけで意味不明だ。このパーティも頭のネジがずれている印象がある。
 キティはロリ顔に苛立ちを貼り付けて、あからさまに大きな舌打ちをした。
「まったく、まともなヤツいないんかこのゲームは!」 
 
 近年のオンラインゲームの発展はめざましく、皆が思い描いていた未来はすでに実現されているといっても過言ではない。
 特に、つい先日発売された『シンクロファンタジーオンライン』はゲーマーのみならず、多くの人間を魅了した。
 値段こそ張るものの全ての周辺機器を揃えれば、自分の体がゲームと一体になることができる。バーチャルリアリティなんて言葉すら生ぬるいほどで、五感も思いのまま。まさに「異世界に召喚された」という昨今のライトノベルのような感覚が全身が味わえるのだ。
 キャッチコピーは「あなたがキャラクターになる」というシンプルなもので、まさにそのワードだけでこのゲームの醍醐味を表している。
 キティのプレイヤーも相当なゲーマーで、特にオンラインゲームには糸目がない。ただし言動から分かる通り性格に少々難ありなのでほとんどフレンドができず、ほぼ一人で遊び続けている生粋の“ぼっち”プレイヤーであった。
「これだからパーティはイヤなのよ。メンドくさいから!」
 ではなぜそんな彼女がパーティを組んだかというと、このバトルコンテンツで勝利すると限定報酬が貰えるからである。
 それはソロでは手に入らないレア装備なので、どうしても欲しかったのだが、パーティでしか参加できないコンテンツなので今まで敬遠していたのだ。
 しかし根っからのゲーマーである彼女はレア装備と聞くといつまでも放っておけず、こうして一億歩くらい譲歩して、メイジを求めているパーティに入ってやったのである。
 それがこの有様。
キティは三人の頭上に現れている『麻痺』というログを殴り飛ばしたくなった。実際は手が通り抜けるだけなのでやらないけど。
「ハッハッハ。いやいや、ハズレパーティを組んでしまうことはよくあることさ。今回は運がなかったと思って諦めるのが賢明だよ」
 喋り方がいちいちイラッとくるが、キザナイトの言うことはもっともだ。
 このバトルコンテンツは四対四の対人戦で、勝利する方法は二つある。
 相手パーティを全滅させるか、相手自陣に配置されているオブジェを破壊するか――後者は時間がかかって面倒だし、そもそもオブジェを破壊するということは相手パーティを突破しておく必要があるため、実質全滅させることが勝利条件といえる。
キティ側はすでに三人が一時的にダウンしている。だから一対四。麻痺や毒といった状態異常はある程度時間がたてば自然回復するが、パーティ戦においてそんな時間を与えてくれる相手がいるわけもない。
 さらにあちらは高火力を手軽に出せるメイジがいるし、どこから急所を狙ってくるか分からないシーフもいる。
「あーそうね、もう絶望を通り越して地獄って感じ。でもさー、あたしは諦めるって行為が大っ嫌いなのよ」
 悪い癖というか、キティはいつもそうだった。
 オンラインゲームは基本的に、複数人とコンテンツを楽しむことが醍醐味のゲームだ。
 だがキティは、ずっと、いつでも、いつまでも、一人でプレイしてきた。パーティじゃないと絶対倒せないようなボスモンスターでさえ、負けたとしてもそこで諦めずに、攻略するために挑戦し続けてきたのだ。
 表情を引き締めているキティに、キザナイトはさらに白い歯を見せつける。
「ハッハッハ。これはこれは、面白い冗談だね。メイジ一人だけで我々に勝てるとでも?」
「やってみないと分かんなくない? それともなによ、そっちこそ。あたしを諦めさせようとしてるのって、本当は勝つ自信がないからじゃないの?」
 あえて挑発するようにキティはにやりと笑う。
「ハッハッハ。なかなか、強気なお嬢さんだ。いいだろう。ここは譲歩して一人ずつ……」
「ちょっと、なに勝手に決めてんの? ていうか甘く見ないで。それに一人ずつとかメンドくさいでしょーが。あんたらまとめて相手してやる」
 杖をくるりと一回転させて、三人へ突きつける。
 はっ、と少年ファイターが目を見開いて、
「先輩先輩! こいつ絶対何か企んでる! 正々堂々なんか捨てて、ここはリンチでフルボッコにするのが賢明っす!」
「ハッハッハ。タイマンが得意なはずのファイターとは思えない発言だね。いやしかし僕も同意見だ。キミもそうだろう?」
「うふふふふふふふ」
「賛成って言ってるっす!」
「いやただ意味もなく笑ってるだけでしょそこのエロメイジ」
 やはりあちらのパーティも頭のネジが飛んでいる、とキティはため息を吐いた。
 とにかく、自らギブアップを宣言するのは御免だ。そんなことはプライドが許さない。
「だ、駄目だキティ……! お前ひとりでは……!」
「そうよ……! 後衛職が一人でパーティに挑むなんて無茶よ……!」
「んほぉぉぉ! キティた痛いっ! いたたたたた! つ、杖で叩くのはやめてぇッ!」
「開幕全力ダッシュしたあんたらに言われたくないっつーのよ! あとそこのキモナイトは口開くな!」
 もういい、関わらないでおこう。キティはいつも通りソロプレイの気分で、相手パーティを見据えた。
 壁役のナイト、攻撃役のファイター、範囲攻撃のメイジ、そして今ここにいないが俊敏性の高いシーフ。バランスの取れたパーティだ。ソロのメイジではどうあがいたって勝てる要素なしである。
 だが、だからこそキティは燃える。ソロで攻略不可能とされたダンジョンやボスをクリアしてきたのだ。
「ハッハッハ。では参ろうか!」
 キザナイトが抜刀した瞬間、キティは――――
全速力で逃げ出した。
「あっ! 逃げた! あいつ口だけっすよ!」
「ハッハッハ。ここはちょっと狭いからな。メイジが得意とする場所に移動するんだろう。しかしこちらにもメイジがいるからな。ともかく追いかけるとしよう」
 まだ床で麻痺し続けている三人を一瞥することもなく、彼らはキティの後を追い始めた。
 
 
 キザナイトの予想は正しく、フィールド内でも特に開けた場所でキティは足を止めていた。軽く息を弾ませながら、追いついてきた相手パーティに振り返る。
「いた! あそこっす!」
「ハッハッハ。もはや言葉はいらないだろう。このまま仕掛けるぞ! まずは退路を塞ぐのだ!」
「うふふふふふふ」
 目配せされたお姉さんメイジが、笑いながら杖を掲げた。広いフィールドであればメイジがまず行動する――キティ狙いはそれだった。
「かかった!」
 お姉さんメイジが呪文を唱える瞬間、彼女の足元でカチリ、とスイッチのような音。
 直後に爆発したように煙が吹き上がり、一瞬で彼女を包み込んだ。
「わっ!? な、なんだ!?」
 少年ファイターが驚愕していると、次第に煙が薄れていく。
 お姉さんメイジは立っておらず、床で寝息を立てていた。杖を抱き枕にして。
 彼女の頭上には、『睡眠』のログが表示されている。
「こ、これはマジックトラップ……! 先輩、あいつメイジなのにサブジョブにシーフ付けてやがるっす!」
 このゲームは、いわゆるメインジョブの他に、他プレイヤーとの差別化をはかるべくサブジョブというシステムが導入されている。
 性能はメインの半分以下になってしまうが、メインの欠点を補うかたちで設定するのが定石だ。
たとえばプリーストならメイジをサブにして、治療だけでなく攻撃魔法も扱えるようにするとか、そんな具合である。
 キティはというと、常にソロであるため、ダンジョンの攻略にはシーフのスキルがほぼ必須だったのだ。仮に性能半分でも、罠の解除や隠し宝箱の発見、はては敵モンスターの察知がソロで可能になる。
「いやー、こんな簡単に引っかかるなんてね。メイジから潰すのは基本でしょ。ソロ志向のあたしですらパーティの立ち回り分かるってーの」
「ハッハッハ。これはなんとも、異色なメイジだ。だがしかし、僕のサブはプリーストでね。状態異常はすぐに解除できるのだよ。さあ起きたまえ」
 キザナイトが治癒魔法を唱えようと口を開いた。が、今度は彼の足元から煙が吹き上がる。
 そして大きないびきをかいて爆睡する姿が現れる。
「アッー! 先輩ィ!」
「あ、あんたらホントにバカ? 攻撃魔法の罠を張ってたんだから警戒くらいしなさいよ」
 本当は何かしらでダメージを与えた後の治癒魔法で引っ掛けるつもりだったのだが、もう二人をダウンさせてしまった。
「くそっ、可愛い顔をして外道なやつ! けど俺は魔法使えないからカンケーないな!」
「あはっ、ただの脳筋がメイジに勝てると思ってんの? この距離で」
 ファイターは実装されてるジョブの中で極めて物理攻撃力が高い。見た目通り格闘で相手を打ち倒すのが得意だ。
その反面、魔法属性の防御面はからっきし。接近される前に攻撃魔法を一発当てれば終わりである。そしてこの少年ファイターは見るからにアホっぽいので、キティはもう勝利を確信していた。
「メンドくさいから広範囲魔法ぶちかましてあげる! 消し飛んじゃえ!」
 キティは杖を振り上げ、単体ではなく複数の敵を攻撃するための呪文を唱え――
「この瞬間を待っていたわよ……!」
「――ッ!?」
 囁くような声は真後ろから。しかし、すでに詠唱段階に入っているせいでただちに行動をキャンセルすることができず、何者かの攻撃を受け入れるしかなかった。
「あッ……!?」
 首にチクッ、と針に刺されたような痛み。
 マズった、とキティは瞬時に理解した――と同時に、即座に反撃の魔法詠唱を完了させていた。
「“ファイアボム”!」
 轟音が弾ける。
彼女とその背後にいる者、両者の間に小さな爆発が生じた。胸のあたりでモロに爆発を受けた襲撃者は、くぐもったうめき声と共に吹き飛ばされた。
「ちっくしょ、シーアサか……! 通りで探知できなかったわけね……!」
 がくりと膝を着きつつも、首元を押さえながらキティは吹き飛んでいった相手に視線を移す。
 十数歩ほど離れた場所で転がっているのは、相手パーティの最後の一人、シーフ職の少女だった。サブジョブはアサシンで間違いない。シーフが好む組み合わせジョブで、俗にシーアサと呼ばれる。
 吹き飛ばされた女シーフは、少し焦げた胸元を押さえながら立ち上がった。
「あいたたた……! ふふ、そうよ! 実は最初からのこのフィールドで待っていたの! アサシン初期スキルの“霧隠れ”は便利ね! さすがチートスキルと言われるだけあるわ!」
「おいッ! 最初から待ってたなら、先輩たちが眠らされる前になんで助けなかった!」
「…………ほら、敵をあざむくにはまず味方からと言うじゃない?」
「最初の間はなんだよ!? あとそれ使い方ちょっと違うと思うぞ!」
 こいつらよくパーティ組めたな……とキティはどうでもいい疑問を抱いたが、現状の危機に冷や汗をかいていた。
「うくっ、しびれる……!」
 アサシンは暗殺に長けたジョブだ。特にシーフのサブジョブとなれば、攻撃の厄介さに拍車がかかる。本来ならHPが瞬時にゼロになってもおかしくないのだが、キティの判断力の良さが功を奏した。
 が、おそらくシーフの武器に麻痺属性が付与されているのだろう。ダメージ自体は軽く済んだが、全身の筋肉がビリビリと突っ張ったようになっていて、うまく体が動かない。
 麻痺状態になると、治癒するか自然回復を待つしかない。キティたった一人の状況では――
「まあでも、グッジョブ。これで勝ったも同然だな」
 少年ファイターは屈託のない笑みを浮かべてサムズアップ。
 だがキティは、「は?」と煽るように彼を睨んだ。
「なに、言ってんの。まだバトルは終ってない。言ったでしょ。あたしは諦めるのが大っ嫌いだって」
「おいおい、こんな状態でもまだギブアップしたくないってか? 無駄なことやってないでさっさと――」
「そっちこそ、メイジ一人になに手こずってんの? あはっ、あたしが女キャラだからって遠慮してんの? 根性なしのガキ。ゲームなんかやめて寝とけっつーの」
 ゲームのキャラクターで見ればキティの方が年下だが、プレイヤーの年齢は判断がつかない。
 が、少年ファイターはどうもそれが気に障ったようだ。
「こ、このやろ、ガキって言ったかお前! もう俺はガキなんかじゃねーよ!」
「ああ、そう? じゃあ、随分と“ガキみたいな大人”ね。女一人ヤれないくせに大人ぶってんじゃねーわよ」
「て、てめぇ……!」
 この程度の煽りに分かりやすく反応するんだから、プレイヤーもはまだまだ子供で間違いないだろう――キティはあからさまにため息を吐いてやる。
「いいぜ、後悔すんなよ? もう許してやらねーから」
「いちいち前置きしなくていいって。おどおどしてんのバレバレ」
 ますます眉間をぴくぴくさせる少年ファイター。
 彼は動けないキティの胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせると、空いている拳をギリギリと握りしめた。
「こんのやろ! ……っらァ!!」
 一瞬ためらう素振りを見せたが、少年ファイターの拳はキティの腹部に飛んだ。ミニスカローブの中央に拳が埋まる。
 ぼふっ、と布団でも殴りつけたような音が響いた。
「ふッぐ……!」
 少女の目が見開かれ、体がくの字に折れる。
 メイジは軽装になりがちで、装備に物理耐久がほとんど無い。そもそも防御力に乏しいジョブだし、攻撃力がものをいうファイターに殴られてはひとたまりもない。
 胸倉が放されると、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「ぅっ、げ、ぇほッ! げほっげほッ…………!」
 まだ麻痺状態が続いているため、手足が思うように動かせない。腹の痛みを押さえこむこともできず、彼女はだらりと弛緩した体をぴくぴくと痙攣させるしかなかった。
「どうだ、おい……! 俺だってな、女の腹を殴るくらいできんだよ!」
 胸を張って言えることではないと思うが、少年ファイターは興奮した様子で言い放つ。お仲間の女シーフはというと、肩をすくめて呆れていた。
「げほッ、ぁはっ、あっはははは」
 なんとか仰向けに転がったキティは、なぜだか笑い声を洩らした。
気味が悪いのか、少年ファイターは少し後ずさる。実際異様な光景だ。体が痺れ、思い切りボディブローをくらった少女の方が、笑っているのだ。
「なに、もう終わり? あたしのHPまだ残ってるんだけど?」
「なっ……お前、もう無駄なことするなよ……!」
「無駄ぁ? ふざけたこと言わないで。まだ負けてないでしょーが!」
 転がっている杖を掴んだ。ロリ顔魔法使いは麻痺という状態異常になりながらも、杖を支えにゆっくりと立ち上がろうとしている。
 オーバーニーソックスに包まれた細い脚がぷるぷると震えて今にも崩れ落ちそうだが、瞳の力強さはいまだ失われていない。
「やるだけ無駄? 往生際が悪い? ふん、上等よ。それをひっくり返すのが気持ち良いんだから……!」
 彼女はいつもそうやってゲームをプレイしてきた。
 一度は考えたことがないだろうか? RPGやアクションゲームのいわゆる『負けイベント』は、どうにかすれば勝てるんじゃないか、と。
 キティは常にそんな思考の持ち主で、そして自ら実行してきた。システムの穴を突いたり、時にはバグを利用してイベントをクリアすることだってあった。
 だがMMOというのはそうもいかない。確認された不具合は修正されるし、バグを利用した攻略は、不正利用としてアカウントを停止される可能性すらある。
 だから彼女は、真っ向からこのゲームに挑むしかなかった。パーティを組むことが推奨されるオンラインゲームにおいて、ソロでどこまでやれるのか。
「ソロはパーティに勝てないなんて、どこに書いてあんの? ねえ? できるわけないって、勝手に決めつけてんじゃないわよ……!」
 細々とした声量ながらも、心臓を突き刺すような声は少年ファイターと女シーフを動揺させていた。
 が、女シーフはジョブの基本能力で、キティの行動に素早く気づく。
「ッ……! 止めて! そいつ、杖の先で呪文を書いてるわ!」
 ちっ、とキティは舌打ちし、少年ファイターが即座に行動する。
「あっ……! やらせるか!」
 リーチの長い脚が、少女の杖を蹴り飛ばす。
 支えを失ったキティが倒れ込むより先に、少年ファイターの固い拳が、ボディアッパーとなって少女の腹部を突き上げた。
「ごぶッ…………!!」
 肉を打ち付ける音と、低い呻き声。同時に、キティの頭上に『クリティカルヒット!』のテキストが浮かび上がった。
 まだ十二、十三歳程度の体格でしかない彼女は、メイジゆえ物理的な防御力も薄い。少年とはいえたくましい腕から放たれる拳は、柔らかな腹筋に完全に埋まり込んでいた。
 くの字に折れた細身な体が、ボディアッパーで強引に宙へ持ち上げられる。メリメリとした音が体内から響き、キティは全身をびくりと痙攣させた。
「っ、ぁ、かはッ……ぁ゛っ……!」
 横隔膜が圧迫され呼吸が止まり、ひくひく悶えながら舌を突き出している。滴り落ちていく唾液の筋が、妙な色気を醸し出していた。
「よし……! クリ入った!」
 少年ファイターが言いながら拳を引き抜く。
支えを失ったキティはどさりと地に落ちる。ようやく麻痺が回復したため、なんとか腹部を抱えることはできたが、呼吸困難な状態が続く。
「終わりだろ! ファイターのデバフなしパンチなんだ……メイジならもうHPが……」
 少年ファイターはしかし、表情をさらに曇らせた。
 いまの攻撃は、確かに入った。クリティカルヒットした。少女はメイジで、物理的な耐性はほぼ皆無と言っていい。
 それなのに。
「げほッ……! かはッ……! はあ、はあ゛ッ……!」
 それなのにキティは、また立ち上がった。なんとか酸素を取り込み、荒い呼吸を繰り返している。
「なんでだ……! メイジが、ファイターの攻撃を食らって無事なはずが……! お、おい! なんか分かるか!?」
 優位に立っているはずの少年ファイターは女シーフに視線を飛ばす。
「ダメージは入ってるわよ! でも、まだゼロじゃない!」
「んなバカなことがあるか! 直接攻撃が二回入ってんだぞ? しかもこいつは防御バフもかけてないのに……!」
「……いや、まさか。ちょっと待って、“調べる”!」
 女シーフの両目が、わずかに青い色を帯びた。これはシーフ特有のスキルで、相手の具体的なステータスを可視化することができる。すでにバトルは終盤に差し掛かっているからほとんど無駄ではあるのだが、今回だけはあまりにも状況が異常だった。
 ぜえぜえと肩を上下させるキティの周囲に、いくつかのウィンドウが展開された。彼女のステータスが数値となって表示されている画面である。
 それを見た少年ファイターと女シーフは、あんぐりと口を開いた。
 HPが一、二、三……五桁ある。
「……は? おい、表示バグってんぞ」
「違うわよ! 正真正銘こいつの基本ステだってば!」
「いや、いやいやいやおかしいだろ! なんでHPがナイトより高いんだよ!? 先輩の二倍近く――――」
 動揺の最中、何かに気づいたように言葉が止まる。少年ファイターの視線はステータス画面から仲間の方へ移り、女シーフは驚愕の表情で何度もうなずく。
「こいつ、成長ポイントをHPにガン振りしてるのよ! 信じらんない……!」
 察しの良いプレイヤーなら分かるだろう。『成長ポイント』はレベルが上がるごとに獲得できるポイントで、筋力や魔力などに振り分け、好みのステータスに成長させることができるシステムだ。
 普通、長所となるステータスを上げることが基本である。ファイターで魔力をアップさせても無意味だし、クレリックで敏捷性をアップさせても前に出ないのだから宝の持ち腐れ。
 だがキティは、不可能といわれたものを強引になんとかするタイプの人間。常識というもの捨て去るスタイルのプレイヤーなのだった。
 にやり、と彼女は口元を吊り上げる。
「あはっ、気付いた? すごいっしょ? げほッ、メイジでも、HPこんなになるのよ、けほっ」
 HPがゼロにならない限り、キャラクターが倒れたという判定にはならない。だから、彼女が倒れない限り、キティ側のパーティは『敗北』にならないのだ。
「ほら、どうしたの。二発くらい、げほっ、全然余裕なんだけど?」
 先ほどの攻撃は、普通ならメイジくらい戦闘不能になっている。しかしキティのHPが尋常ではないため、まだ五分の一も削れていなかった。
 制限時間はまだまだ残っている。彼女が倒れない限り、このバトルはいつまで経っても終了しない。
「それとも、もうこんな可愛い女の子は殴れない? くふふっ、意気地なし。男なら暴力で女を屈服させてみろっつーの」
「てんめぇ……! ”発勁”!」
 少年ファイターがスキルを発動する。頭上に現れるのは『攻撃力増加』のログ。わずかの時間だが二倍近い数値になっているはずだ。
 さらに、
「”経穴”!」
 続けて彼はキティのこめかみを、両サイドから人差し指で突く。
「んッはぁ!?」
 電流でも流れたかのようにロリ顔少女の肢体が震える。瞳孔がキュッと狭まり、顎を上げてぴくぴくと痙攣した。
 頭上に表示されるのは『防御力低下』。成長ポイントをすべてHPに振り分けているキティにしてみれば、もはや防御力がゼロに等しい状態だ。
「”四連突き”、一! うおらああああああああああッッ!!」
 激しく叫びながら、少年ファイターは再び拳を打ち放った。
 威力の上がった拳が、防御力の下がった少女の腹へと、遠慮なくぶち込まれる。
「グッ……! ぐぷッ!?」
 ズンッとめり込んだのは腹部の中央。
 拳がすぐに引き抜かれると、くの字に折れ曲がるキティの口から、唾液の飛沫が飛び出す。
「二!」
 次に狙われたのは脇腹。左拳が右脇腹を壮絶に抉る。
 メギッ――という音を、キティは体内で聞いた。
「ぃぎッッ!? っがァ……!」
 弓のように体が曲がった少女の頭上に『右肋骨(九番 十番)骨折』のログ。体内から全身に行き渡る激痛に、キティの瞳が一瞬裏返る。
「三!」
 続けて臍の辺りに、拳が振り下ろされる軌道で着弾した。防御力皆無な腹筋はバンッと風船が割れるような音をたて、猛打を受け入れる。
 拳がズブリと下腹部まで侵入すると、少年ファイターは駄目押しとばかりに拳をひねり込んだ。
 折れた肋骨の一部が、体内を泳ぎ回る。
「ふぎゅッ!? くぶッッ……!! ぇ゛お゛ぉぉぉッ!」
 キティは紫色に変色した唇から、赤みがかった胃酸がこぼれた。『大腸 小腸 一部断裂』。
「四! とどめだああああああああああ!」
 ミニスカローブの上からでも分かるほど、ボコボコに変形している少女の腹部。”四連突き”最後の一打は、鳩尾めがけて放たれる。
 掬い上げるような軌道の拳が、ローブを巻き込みながら鳩尾にめり込んだ。
「ッ……!? ッぐ……!」
 一瞬で手首まで沈みこんだ拳は、胃袋まで一気に抉り込まれた。ずっしりと埋まった拳を、少年ファイターは再び強引にねじり上げる。
 ――なにか、破れる音がした。
「ぉ゛ッ……ォ゛……!?」
 腹腔内から喉にかけてゴボッと生々しい音が上っていく。ロリ顔少女の瞳がむき出しになり、喉が大きく脈動したかと思うと、桃色に上気した頬が膨らんだ。
「ぶぷッ、ごええぇ゛ぇ゛ッ! ぇえ゛っ、ぐぇ゛ぇ゛ぇっぇぇぇ!!」
 濁り切った吐瀉液が溢れた。びちゃびちゃと地面を叩き、足元を一気に汚していく。
 わずかに混じる固形物は、一時的なステータスアップのために食べた食事アイテムだった。二人の足元には、キティが吐きだした唾液、胃液、血液、吐瀉物でまみれている。
「どうだ、おらぁ!」
 少年ファイターは拳で持ち上げたキティを、地面へ投げつけるように振り払った。
「ぎゃうっ! ぁッ、がはッ……! げぼッ、ごほッ……!」
 背中から打ち付けられ、再度口から吐瀉液が吹き出る。ようやく猛撃から解放されたキティはすぐに腹部を抱え、小さくなるようにうずくまった。
 彼女の頭上に表れているステータスは、蒼然たるものだった。

『右肋骨(九番 十番)骨折』
『大腸 小腸 一部断裂』
『肝臓 陥没』
『胃袋 破裂』

 内臓器官に属する状態異常がほぼすべて、小さな体をがんじがらめにしている。
 胃が空っぽになるまで嘔吐した少女は、口の端に小さな泡を吹かし、中途半端に潰された虫のように悶えた。
「カハッ、く、ごっぽ……! げぼッ! んくッ……ぇ゛っ……」
肋骨で傷つけられた腸の血が腹腔内に広がり、咳き込むたびに腹からぐちょぐちょと、血と内臓が絡み合う音が聞こえる。
「ちょっと、あんたやりすぎ……!」
 さすがに顔を引きつらせている女シーフ。見ているだけで内臓が痛くなってくる光景に、無意識のうち手を腹部に添えていた。
「はぁ……はぁ……! まだ、削り切れてねえ……! むちゃくちゃだこいつ……!」
 むちゃくちゃに少女の腹を殴り潰した本人が言うセリフではないが、これだけの殴打を受けてもキティのHPはまだギリギリで二桁を保っていた。
ただ、今も内臓から出血しているため、HPが毒状態のように減り続けている。こうなれば後は放っておいても、ゼロになって再起不能だ。
 そこでようやくというか、残り二人の役立たずが目を覚ました。目をこすりながら状況を確認すると、
「ハッハッハ。どうやら寝ている間に終わったようだね」
「うふふふふふ」
 と、まるで反省の色もない様子だった。
「あはっ、あっは、げぽっ、あはははははッ」
 腹を抱えながら仰向けに転がったキティは、吐瀉液で汚れきった唇を歪ませる。
「かはッ、あんた、やるじゃん。女の子の胃も、腸も、ほとんど、げほっ、破けるまで、お腹を殴りまくるなんて、あははっ、見直しちゃったよ」
内臓を全てぐちゃぐちゃにされたせいで気でも狂ったか、というような笑い声だった。かなり異様な光景で、お姉さんメイジすら口をつぐんでいる。
「でもさ、ちょっと、時間かけすぎじゃない? いくら可愛いからって、けほッ、あたし一人夢中になって、いいの?」
 む、とキザナイトが初めて表情を曇らせる。
「どうしたんスか、先輩?」
「……ハッハッハ。これはしてやられたようだ。我々は最初から彼女に釣られていたということだね」
 キザナイトが宙で指を踊らせると、彼自身のログ画面が展開された。
 そのウィンドウに表示されているのは、パーティの拠点となるオブジェ周辺。そこには、
「アッー! あいつらは!」
 キティとパーティを組んで、最初からいきなり突っ込んで罠に引っかかったあの三人が、オブジェを攻撃している。その残り数値も、あとわずか。
 キティは、囮だった。
 全員が悟った瞬間、オブジェの防衛力数値がゼロになる。
『Bチームの拠点が破壊されました。Aチームの勝利です』
 フィールド全体に女声のアナウンスが流れると同時、満身創痍の少女は仰向けのまま拳を掲げた。
 HPは、残り「1」で止まっている。彼女のパーティは最終的に、全員生存の状態。文句なしの勝利だった。
 
「はーーーーーマジ疲れた。もう二度とやんないわ」
 報酬受取所の前。治療を受けたキティは、限定報酬である金色の首飾りを弄んでいた。レア装備を手に入れたので、瞳には喜びの色が満ちている。
 そこへ、背後からおずおずとした声がかかる。
「あ、あの……」
「んあ?」
 キティはだるそうに、座ったまま首だけそらして後ろを見た。
 熟年ナイト、青年アーチャー、少女プリースト。先ほどまでパーティを組んでいた面々が並んでいる。
「なに?」
「いえ、あの、すみませんでした」
 プリーストの少女がぺこりと頭を下げると、あとの二人も彼女に続いた。三人ともどこか窮屈そうな表情である。
 あー、とキティは立ち上がり、お尻をぽんぽんはたきながら告げる。
「あれが勝つための最適解よ。あたしが言い出したことだし、あんた達は謝る必要ない」
 ほぼ全て、キティが考えた作戦である。あえて三人が突っ込んで罠に引っかかるのも、それに激怒するキティも、その後の行動も。
 三人はお世辞にもレベルの高い装備を持っているとは言い難かった。だから彼女は、どうすれば勝てるかを考え、そして自分を犠牲にするような作戦を提案したのである。
「……では、改めてお礼を。ありがとうございました」
 再度、三人が深く頭を下げる。
 ん、とキティは恥ずかしそうに目をそらす。
いつもソロで遊んでいた彼女にとって、パーティを組むことはほぼ初めてのこと。だからお礼を言われることに慣れておらず、頬をぽりぽりとかいた。
「あー、はいはい、どうもね。そんじゃあたし行くから」
「ああっ、待ってくださいっ。狩りですか? それなら一緒に行きましょう!」
「え? いや、最初に言ったっしょあたしはソロプレイヤーだって。パーティは組まない主義なの!」
「じゃあ、せめてフレンド! 相互フレンドだけでもお願い! せっかく一緒に遊んだのに、このままさようならなんて寂しい! こっちから申請送っちゃいます!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
 静止する暇もなく、少女プリーストからのフレンド申請がメッセージBOXに届いた。続けて、あとの二人の申請まで送られてくる。
 会話することすらなかった彼女のオンラインゲーム人生に、初めてのフレンド申請が届いたのである。
「えっ、いや、あのっ」
 バトルでの強気な姿勢はどこへやら。思いもよらぬ出来事にあたふたしている様子は、まさに年齢相応の少女そのものだった。あくまで、キャラクターの年齢ではあるが。
「許可! 許可だけでもいいのでお願いします! そんなしょっちゅう声かけたりしませんからー!」
「わわっ、な、涙目でしがみつかないでよ! 分かった、分かったから!」
 一刻も早くこの場から離れたかったので、キティはマイコンソールを表示し、フレンド申請の【許可】ボタンを急いでタップした。
 今までたった一人でプレイしてきた彼女のフレンド一覧に、少女プリーストのキャラネームが追加される。
 すると、間髪置かずに新たなフレンド申請が届いた。残り二人と、そして、さきほどバトルした相手パーティ四人からも申請が届いている。
「あ?」
 見れば、施設の入り口に立っている彼らが見えた。白い歯を光らせるキザナイトが、そっぽを向いているが目がこちらに向いている少年ファイターが、意味不明な含み笑いをこぼしているお姉さんメイジが、手を振りながらウィンクしている女シーフが。
「ああ? なによもう! バッカじゃないのあんた達……! こんな、一人でずっと生きてきたあたしに……ほんと、なんなのよ……!」
 
 別に、一人でも全然平気だ。
 リアルでも同じ。キティは――キティのプレイヤーは、一人でいることが多かった。
 友達がいないわけじゃない。かといって多くもない。親友と呼べる人もいない。
 親はいつも遅くて、家では一人でいることがほとんど。だからオンラインゲームに手を出した。
 ちょっとアレな性格は自分でも分かっている。ここでもやっぱり一人だったが、全然平気だ。だって慣れているから。
 でも、いまはなんだか、悪い気はしない。
 
 キティはとっさに、目元を腕で隠す。そうしながら、少し震えた声で言う。
「しょーがないわね、ほんと。フレンドになってやるわよ。でも言っとくけどね、ソロ志向なのは変わらないから、絶対に」
 その点だけは譲れないところだった。実際、ソロで攻略し続けることに快感を覚えているし、これからもそうしてこのゲームを遊ぶつもりだ。ゲームのサービスが終了するまで。
「まあでも、あたしが必要なら呼べばいいんじゃない? そんとき暇だったら、なんか手伝ってやんないこともない、かもね」
 ぐすっ、とキティは鼻を鳴らして、口元に笑みを浮かべた。

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